日記・コラム・つぶやき

「味噌汁・ご飯」授業の算数科編の出版

   いよいよ「味噌汁・ご飯」授業の算数科編の本が出版される。

 https://www.meijitosho.co.jp/bookstore/

 国語科編を出版して、3年の月日がかかった。

 7月13日に入庫されるという。書店に出回るのは、7月25日頃になるであろう。
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つれづれなるままに(2)~あれが心星ですよ~

  ●13日、神奈川県横須賀の初任者研修に行く。

 76名の初任者。
 課題を4つ設けて、ペアで相談をしてもらいながら、講座を進める。
 
 課題1 担任をする新任の先生がよく失敗する1つのこと。もしかしたら今、それで失敗しているかもしれない1つのこと。それは何だろうか?

 課題2 多くの初任の先生がつまずく第1のことって何だろうか?もしかしたら、それで今つまずいているかもしれない1つのことって何だろうか? 

  課題3 子供との「関係づくり」をどうしたらいいか?

 課題4 初任者指導をお願いされて知り合いの先生が、1
     ヶ月だけクラスに入りました(週3日)。4年生。
     その指導の先生が驚いた1つのことって何だろうか?

 課題とそれに対する答えをいくつか与えて、ペアで1分間相談をしてもらうという形式である。

  よく集中して聞いてもらう。
 クラスが大変になっている初任者がいるはずである。

 講座が終わって、どうしたらいいかと質問にきた初任者の先生がいて、もっと具体的に話を聞きたいところだったが、残念であった。

●14日、東京の練馬に行く。
 学級経営部会の研究会に呼ばれている。

 池袋まで行って、そこから西武池袋線に乗って、練馬高野台まで行く。
 研究会があるF小学校を探しながら歩いて行くと、ちょうど学校帰りの子供に会う。
「F小学校はどう行ったらいいの?」
と聞いたら、おびえる目で私を睨み、ばっ~~~と走り去っていく。
 
 こういう時代である。
「防犯教育が徹底されていますね」と校長先生に伝える(笑)。 親から不審者から声をかけられたと、学校へ電話が行く恐れがあるからである。 
  ★
 研究会は、「スタート時の学級づくり」というテーマで話をする。よく聞いてもらえる。

 終わって校長室へいると、訪ねて見えた先生たち。
 その1人にびっくり。

 明治図書の「新卒教師時代を生き抜くシリーズ」で一番最初に出した青い本の編集をしてくれたMさんなのである。
「えっ~~~~~~~~」という驚き。

 先生になられていたことは分かっていたのであるが、まさかこの練馬区におられるとは……。
 一度だけ私の最後のクラスを訪問してもらったことがある。あれから10年なのである。 


●整形外科に血液検査の結果を聞きに行く。
 足のかかとの腫れは引いている。普通に歩けるようになっている。

 血液検査の結果は、庭仕事をしたことで虫に刺された可能性が一番高いということ。
 もう1つは、やはり痛風である。
 尿酸値が高い。

 家系で父親も痛風だったのである。
 尿酸値が排出されにくいという体質である。

  先生から様子を見ましょうということになる。

●体調が悪い中で、ずっと『みをつくし料理帖』(角川春樹事務所 高田郁著)を読み進んだ。
 先頃土曜時代ドラマに登場し、黒木華が主演をしている。

 心癒やされる時代小説。
 料理に人生を賭ける澪の生き方が見事に活写されている。
  ★
 人生の岐路に立たされた澪が、天に瞬く星を眺めながら医者の源斉に問う。
   ★ ★ ★
 「道が枝分かれして、迷いに迷った時、源斉先生なら、どうされますか」
 源斉は澪の横顔に視線を移し、少し考えて、答えた。
 「私なら心星を探します」
  「心星?」
 問いを重ねる澪に、そう、心星です、と源斉は深く頷いてみせる。
 「あそこに輝く、あれが心星ですよ」
 源斉の指が、天の川から北にずれ、淡い黄色の光を放つ星を示した。
 「より明るく輝く星は、ほかに幾つもあるけれども、あの星こそが天の中心なのです。全ての星はあの心星を軸に廻っているのですよ」
 天に中心があるなど、考えたこともなかった。
 澪は声もなく心星を見上げる。
 「悩み、迷い、思考が堂々巡りをしている時でも、きっと自身の中には揺るぎないものが潜んでいるはずです。これだけは譲れない、というものが。それこそが、そのひとの生きる標となる心星でしょう」
 源斉の静かな声は、乾いた砂が水を吸うように澪の心に沁みていった。澪は瞳を閉じる。閉じてなお、心星は瞼の裏で輝き続けた。
 …………
 ★ ★ ★

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横藤先生から時子先生へ

   時子先生の相談について、横藤雅人先生にコメントをお願いした。すぐに以下の内容で返ってきた。

 
 ★ ★ ★
時子さん、はじめまして。
元小学校の校長をしていた横藤と申します。

なかなかにしんどい状況ですね。
まずは、悩める子供たちの一番近くにい続けてくださり、ありがとうございます。
悩む子供たちは、口では反発していても、自分(たち)に心を寄せてくれる誰かがそばにいることによって、どうにか自分を保っていることも多いものです。時子さんが、その貴重なお一人であることに、ホッとします。

いただいた情報を読む限りでは、学校は生徒たちにとって実に良くない環境のようです。「自習」と名付けられた放置は、生徒たちの心をじわじわと追い込み、押しつぶしていくことでしょう。まして、教師が生徒の人格否定を、彼らの目の前でするなど、とんでもないことです。校長は、この実態を知っているのでしょうかね。きっと知らない、
いや知ろうとしないのではないかと思います。
強い怒りと悲しみを覚えます。

さて、そうは言っても時子さんのお立場でできることは限られているでしょう。次に、私なりに、こう考え、やってみてはと思うことを述べてみます。実際を見ていないので的外れかもしれませんが、少しでも参考になれば幸いです。

○時子さんは、彼らの悲しい姿を見ていられなくて、なんとかしたいと「ケジメをつけよう」などと声をかけているのでしょう。しかし、この声かけは、今の生徒たちには反発を招くだけと思います。彼らにしてみれば、「それを言うなら、あそこで内職している先生たちに言ってよ。」と言いたいところでしょう。
ですから、ここは、せいぜい「勉強する気にならないか。困ったな。
でも気持ちも少し分かるよ。ちょっとでもやりたくなったら、いつでも声をかけてね。」くらいの間合いがいいと思います。
子供たちは、野中先生が書かれた、アドラーの言う「子供の5つの作戦」のうち「第2、3、4の作戦」を展開中と思われます。この作戦をエスカレートさせないためには、責めないこと、彼らに責められていると感じさせないことが、まずもって大事だと思います。

○先生たちと相談の上ですが、例えば時子さん他の先生による読み聞かせを、週に1~2回実施するなどはいかがでしょう。心が優しく強くなる絵本などをほんの短時間、読み聞かせするのです。「自習」だけでは、変化がなさ過ぎます。そこで、生徒が時子さん他への信頼を取り戻し、また勇気づけられて前を向くきっかけになるかもしれませ
ん。まあ、そううまくは運ばなくても、絵本に目を向け、耳を澄ます時間があることは、彼らにとっても時子さんにとってもとてもいいことなのではないでしょうか。

○中学校の先生の中にも、心ある方はいることでしょう。そういう方を一人でいいので見つけ、少しずつ生徒たちの話が出来るようになる
といいと思います。その日の中で見つけた生徒の「小さなよさ」を、共有できるといいですね。注意したいのは、他の先生や管理職の悪口に偏りすぎないようにすることです。(少しはいいでしょう。笑)

○これは、できればの話ですが、生徒たちの思い(担任への、級友への、自習監督者への、保護者への、そして時子さんへの)を、紙に書かせることはできないでしょうか?
このような生徒たちの声は、物事を動かす大きな力を秘めています。
それを、話の出来る先生、あるいは担任の先生、場合によっては管理職などにさりげなく届けることができたら、やがて生徒指導委員会や職員会議などの議題になっていくかもしれません。

○これも、上手に運ばないと逆効果ですが、「黒船」を呼び込むことができれば、その効果は大きいです。黒船とは、例えば地域の民生委員や市町村教委の教育委員などによる「自習」の視察です。先生たちには、あくまでも「いつものように」してもらうのです。
視察後に、管理職と視察者が懇談すれば、事態は早く大きく動くことが期待できます。
ただし、繰り返しますが、学校の先生たちを糺弾するために呼んだという誤解を招かないように細心の注意を払いながらです。
また、参観日には、「自習教室」在籍生徒の保護者に、「自習」の様子を参観することを呼びかけられると、いいでしょうね。

以上、はじめに述べたように実情に合っていないことを述べているかもしれませんが、少しでも参考になればと思い、精いっぱい書かせていただきました。
 ★ ★ ★

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時子先生に答える

   時子先生から相談のコメントが入りました。

 「心の相談員」をされているのです。
 教師ではないということで、中途半端な立場に悩まれている様子がよく分かります。
 相談を受けたのですが、それに答えていく適切な任であるとは思えません。
 こういう場合に何ができるのか、こういう生徒とどういう関係を結んでいったらいいのか、分かりません。
 
 このブログを読んでおられる方で、ぜひともコメントをしてもらいたいと思います。もうすでに、某教師の先生がコメントをしてもらっています。ありがとうございます。
 さまざまな立場からの意見をお願いします。 
  ★ ★ ★
 野中先生、はじめまして。時子と申します。
悩んでいる時にこちらのブログを拝見し、教師ではありませんがどうか相談に乗って頂きたく、コメントを書かせて頂きました。

私はある中学校で「心の相談員」として不登校傾向にある生徒の支援をしています。しかし、四月に着任してから毎日感じる違和感と自己嫌悪がもう限界に近づいています。
「学校には行けるけれど教室には入れない不登校生徒」というのは、いつの時代もいるかと思います。
現在働いている中学校は、彼らを一つの空き教室に集め、先生方の監視のもと一日中自習をさせています。
自習と書きましたが、生徒達は勉強をするわけではありません。おしゃべりをしたり、本を読んだり、絵を書いたり、机につっぷして寝ていたり...です。
最初は彼らのことを「学校に来ているだけ偉い」「少しずつ学校に慣れて話ができたらいい」と思っていたのですが、学校に来て一日中寝ている生徒も多いのです。
目にあまり、「授業中と休憩時間のケジメはつけようね」と声をかけると中学生ですので「うるさい」「うざい」と暴言が帰ってきます。反抗期もあるし、暴言を吐くのも仕方の無いこととは思います。
しかし、自習監督をする教員たちも生徒に声かけもせず、自分の仕事だけを黙々とやっています。学年主任まで「あいつらは何を考えているのかわからない」「甘えている」「相談員さんの自由にして」と生徒達の前で言いってしまうのです。
相談員はあくまでパートの採用(週4日の4時間勤務)なので、授業をすることはおろか、生徒達を1日見守り、不適切な先生から守ることもできません。不登校の支援をするはずの先生方が、率先して生徒の信頼を裏切っていく学校です。裏切られている生徒達は私にも心を開いてくれません。
相談員をして3年。辞めることも考えていますが、私が逃げたら生徒達は...と考えてしまいます。

投稿: 時子
★ ★ ★
 時子先生、このような仕事を3年続けておられるのですね。ほんとに「ご苦労様です」という声だけです。
 砂を噛むような生活ですね。
 何の報われもない生活ですね。
 それでも3年続けておられます。
 「私が逃げたら生徒達は…」という思いからですね。
 
 学校も、先生たちも、もう見捨てているのです。
 彼らはもう教師としての志を失ってしまっています。
 
 だが、これが中学校の先生たちが抱えている現実だということも了解してください。
 半端でない仕事に追いまくられ、部活に追いまくられ、生徒指導に追いまくられ、……、そして、一番大切な志を失っています。
 彼らの本意ではないのははっきりしています。

 もはや、この生徒たちと関わる志と、関わる手立てを見失っているのです。
 ★
 さて、時子先生がこれから何ができるか。
 正直方策は見つかりません。

 でも、思いつくままに感じたことを書いてみます。
 
 ①生徒たちは、普通は引きこもりになるのですが、学校へは来ているのですね。それは学校に対する何かの「期待」を持っているからではないですか。
 ②やはり学校の何かに所属していたい、自分もまた認められたいという願いが胸の底の方にあるからではないでしょうか。
    アメリカの心理学者マズローは、そのことを「所属欲求」「承認欲求」と言いました。
  ③この「所属・承認」欲求が充たされないとき、子供たちが取る問題行動は、5つの作戦としてアドラー(アドラー心理学)は指し示しています。
    勉強されていることだと思います。
  第1の作戦 賞賛を求める「良い子でいてほめられよう」  
    第2の作戦 注目を引く「なんとしてもめだとう」
   第3の作戦 権力闘争「勝とう、すくなくとも負けないでいよう」
  第4の作戦 復讐「相手にできるだけダメージを与えよう」
  第5の作戦 無能力の誇示「見捨ててもらおう」
 
  おそらく、集まっている生徒たちは、もはや「第5の作戦」を取っているのではないでしょうか。
 
 クラスにいる超やんちゃな子供たちは、第2、第3、第4とエスカレートしていくのです。
  私は、この②③の原点に戻って、生徒たちのことを考え直していく必要をとみに考えます。
 時子先生、私はこういうことしか考えられません。

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20代の先生に答えて~とにかく凌ぐ以外にない~

  20代の先生から以下のようなコメントが寄せられていた。連絡が遅れて申し訳ありません。

 
  ★ ★ ★
 この前は、理科専科として高学年とどう接していくかについてアドバイスをいただき、ありがとうございました。

6年生との子どもたちとの関係は、正直男子女子ともによいとは言えません。
3クラスあるうち1クラスは、私の理科の授業ではどうもやる気のない態度を見せ、ノートを書くようにいってもなかなか書こうとしない男子が数名います。私の言動に反発する様子を見せることもよくあります。

また、別の1クラスは、理科の授業が息抜きのような態度を子どもたちが見せます。たまに、後ろに担任の先生がいるときは賢い様子を見せているので、正直落ち込みます。
授業力が未熟というのもありますが、この子たちと過去に関係作りで失敗したのが大きいのかなとも思っています。

この6年生とは、実は3年生のときと4年生のときにも関わりがありました。
3年生のときは、3クラスあるうち1クラスで、一部の4人の男子が授業妨害をしていたので、担任外だった私は補助で入ることになりました。しかし、その男子児童をうまく抑えることはできませんでした。
また、次の年に4年生の算数TTとして、この学年に関わるようになりました。
授業妨害していた4人の男子児童は、クラス替えにより単独になったことに加え、担任の先生の努力によって比較的落ち着くようになりました。ただ、その学年の子どもたちは、算数TTとして授業に入っていた私に対しては嫌っている子が多いと感じることもありました。

そういった経緯で、この子たちと過去に関係を築くのに失敗したかなという自覚もあります。
一部の男子には、私の注意が入りにくく、私が近づくと「あっちに行け」と言われたり、口答えが返ってきたりすることもあります。

子どもたちとの関係がよくないので、注意は必要最低限にし、子どもたちをほめたりねぎらったりする言葉を言うことを考えていますが、なかなかうまくそういった言葉が出てこなくて悩みます。

最近は、春の運動会の練習のため、組み体操などでも子どもたちと関わっています。
6年生の様子は全体的にダラダラしたムードで、私語が多かったり砂をかけたりすることも多いです。担任の先生が厳しく注意すると、静かになりますが、すぐにまた騒がしくなりしつこくくり返します。
私は、その様子を見て、注意することも考えましたが、関係がよくない私の注意は効果がないと思い、なるべく6年生のいるところからは離れるように行動したこともあります。
ただ、高学年の担任の先生からは「どの先生も同じように注意をしていかないといけない」と叱られ、6年生のいるところから逃げている自分に罪悪感を感じています。

理科の授業は、運動会の練習で疲れているせいか私語が多く、実験の説明をしても十分聞けていなかったり、全く別のことをしていることもあったため、思いっきり叱ったこともありました。
授業自体を充実したいと思い、実験等を積極的に取り入れるようにしていますが、子どもたちのふわふわした様子やダラダラしたムード、やる気のないムードを見ていると、何か事故が起きないかと心配にもなり、危険な実験はしたくないという思いにも駆られてしまうのです。

この子たちとの関わりは、まだまだ半年以上あるので、どう関係をよくしていけばよいか悩んでいます。
 投稿: 20代男性教師 |
 ★ ★ ★
 大変苦労されている様子がよく分かります。
 
 先生のいる学校は、学校全体が荒れていて、どの学年も大変なのでしょう。
  だから、その中で一旦関係が壊れていくとずっとそれを引き摺っていくことになりますね。
 今までTTとして関わってきて、それでうまく関係を作れなかった子供たちもいるということ。

 こういう状況の中で、それでも先生はがんばってやっているのですよ。
 うまく報われていませんが、とにかく続けていく以外に方法はありません。
 
 ほんとうは、学校全体の方向をうまく舵取りをしていく管理職の問題なのですが、それを期待できそうにありません。

 先生、あと半年ですね。
 もう凌ぐ以外にないのです。
 今の状況がすぐに何とかなるとはとても思えません。
 教え方や教材などの問題を超えています。

 淡々と今やっていることを繰り返していく以外にないです。

 ①授業を続けていくことが難しくなったならば、校長へ相  談し、担任の先生に後ろへついてもらい、後ろで仕事を  してもらう手立てをお願いすることです。

 ②危険な実験は状況に合わせて例示だけに止めるなどを考  えていくべきです。
 
 辛いですね。
 でも、人生の中で凌ぐ以外にないことは何度か訪れます。 その1回が今訪れていると思ってください。
  はっきりしているのは、その辛い状況はずっと続きませんよ。
 
 必ずふっと楽になる時期が訪れます。
 昔から言われていることわざに以下の言葉があります。

 「禍福(かふく)は糾える(あざなえる)縄のごとし」

 世の中、不幸が転じて幸福になったり、逆に幸福が転じて不幸になったりする。幸福と不幸とは巡り巡ってかわるがわるやってくるという意味です。
 そのように人生はなっているのですから。
 私も37年間の教師人生ではそうでした。

 来年度は異動することを勧めます。
  新しく出直した方がいいですね。

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つれづれなるままに(1)~歩けなくなったのです~

  ●6月5日、朝4時に起きる。

 急いで支度をし、6時30分過ぎにはタクシーで新横浜へ向かう。
 今日は、愛知県大治町のO小学校を訪問することになっている。
 2,3,4時間目に先生たちの授業を参観し、5時間目に私も授業をし、そしてその後90分講演をする。
 ★
 この学校の校長先生には、私のブログをいつも見てもらっていることが分かる。ありがたい。

 学校へ到着し、早速各教室の参観をする。
 3クラスか4クラスある規模の学校。

 5分ずつクラスを回っていく。
 ★
 「その程度の時間で授業を見て、何が分かるのですか?」と聞かれることがある。

 その学校が、学校としてのレベルをどの程度保持しているのかは、その学校の「日常」の姿を見ればいい。
 それは、先生たちの「日常授業」の姿であるはずである。
 
 学校は、1時間目から6時間目までの「日常授業」で成り立っている。
 それがうまく機能しているとき、学校は正常な姿を保っているはずである。
 ★
 5時間目に、いつもの詩の授業を行う。
 3年生の子供たち。初任の先生のクラス。
 ほんとに楽しい授業だった。

 初任の2人の先生から感想の手紙をもらう。
 教頭先生から送ってもらえた。

 特に、授業をした初任の先生からは、うれしい感想であった。
 ★
 その日、教育長や指導主事の先生たち、O小学校の校長などと懇親会をし、自宅には夜11:00頃に帰り着く。長い1日であった。

●8日、夜中から右足のかかとに痛みが走り、どうにも寝ていられなくなる。
 朝起きて見ると、腫れ上がっている。
 痛みがひどく歩けないのである。
 
 大変なことになっている。
 急ぎ整形外科へ行く。
 タクシーを呼び、やっと歩けるという状態。
 レントゲンを撮り、血液検査をする。

 運良く骨折はなかった。
 先生からは、「ばい菌が入ったか、痛風の可能性もあります!」ということ。

 9日から広島へ行かなければならないのである。
 果たして歩けるのかということになる。

 鎮痛剤を飲み始めると、夕方には痛みが治まってくる。
 何とか広島へ行ける、と。

●9日、新横浜から広島福山へ向かう。
 新幹線に4時間ぐらい乗っておかなくてはならない。

 福山には、初めて訪れる。
 駅前のホテルに3時過ぎに着く。

 6時過ぎには、横藤雅人先生と合流。
 横藤先生は、8日に鳥取倉吉で講座を設け、翌日ここへ駆けつけてこられている。

 夜、主催者の山根先生たちと、中村健一先生が合流。
 一気に賑やかになる。
 中村先生と会うのは5年ぶりぐらいになるのだろうか。

 私はウーロン茶なのに、隣でがぶがぶとビールや日本酒などを飲まれる。
 ★
 10日、10時30分から教師力向上セミナーが始まる。 テーマが「元祖 織物モデルの縦糸・横糸張り」とその実践 である。

 トップバッターが、中村健一先生。
 軽快ないつもの調子で、ネタが次々に公開される。
  会場の雰囲気が一気になごやかになる。

 次の提案は、友田真先生。
 この先生は若くして『子どもたちの心・行動が「揃う」学級づくり』(黎明書房)の単著をもっている。
 「ゲーミフィケーション」の提案はおもしろかった。
 初めてこの言葉を知る。

 午後、横藤先生の提案。90分。
 「学級経営は『織物モデル』」
 横藤先生はますます進化している。
 パワーポイントの中に、動画を挿入して提案の中身を広げている。いやいや、学ぶところ多数。

 その後、私は「『味噌汁・ご飯』授業を訴える~今、「授業」に求められていること~」を提案。90分。
 講座の中に、模擬授業を盛り込む。

 身銭を切って、学ぼうとする若手の先生たちの姿勢は、素晴らしいものがある。
 日本の教育は、こういう先生たちが支えている。
 ★
 11日、へとへとになって横浜へ帰ってくる。

 

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『授業力&学級経営力』7月号が発売された!

 『授業力&学級経営力』7月号(明治図書)が発売された。

 特集が「通知表所見の最強文例集」である。
 私も冒頭に書いている。
 一緒に書いているのが、山田洋一先生や宇野弘恵先生、玉置崇先生など知り合いだらけ。
 もう通知表のことについて書くのは、これで最後。
 現場を退いて10年も経っているのだ。もはや通知表ではない。
 ただ、今回の原稿を読んでみて、良いことを書いている(笑)。
 通知表についての本質に関わることについてである。
  ★
 通知表が通知表としての機能を発揮するためには、「日常活動や日常授業と連動する」ことが必要である。
 このことがなされなければ、通知表単独では、決して次学期につながらない。教師の自己満足。
 
 この連動するシステムをどのように作っていくかが問われる。
 もう1つは、通知表の中身に関すること。
 ほとんどが記号である。
 かろうじて所見は、言葉で書くものであるが、受け取る側では記号として受け取られるはずである。
 必要な所見は、感動する文章とか飾り立てた文章ではない。
 伝わる文章で十分。
 私は、それを「定型文」という形で提起している。
 

 初任者は、まずこの定型文を覚え、使えるような文例集を蓄えていけばいいのである。

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たくさんのツッコミがあって、面白かった!

  神奈川県大和市のH小学校へ行く。

 5時間目に授業をし、その後、先生たちに90分話をする。
 
  5時間目の授業は、4年生のクラス。
 元気な子供たち。
 
 授業が始まる少し前に教室へ行き、自己紹介をする。
  自己紹介のところから「小刻み活動法」で行う。
 つまり、何か言ったら、すぐに子供たちに「活動」をさせるのである。
  ★
 Y君は、感想に書いている。
「先生はみんなをわらわして、みんなのきぶんをあげてくれ たり、ちょっと失敗したときなぐさめてくれるとてもやさ しい先生だと思った。とてもたのしいじゅぎょうだった。」

 私の言い方がおもしろかったらしい。
 T君は、書いている。
 「言い方がおもしろかったです。ちびまるこちゃんのおじいちゃんみたいな声でした」

 また、他のT君も、書いている。
 「野中先生のじゅぎょうはとても面白くて、とても楽しかったです。とくにたくさんツッコミがあって面白かったで す。」
  ★
 このような感想を上げたら、とても面白く、楽しい素晴らしい授業だったように思えるであろう。

 実際は、いつもの詩の授業で、黒板に詩を書いて、それを写させて、読ませただけのもの。シンプルそのもの。
 そのままやったら、つまんないままに終わるであろう。

 だから、70点の授業にするために工夫を少ししているわけである。
 
 ★
 基本は、「授業づくり3原則」で授業を作っている。

 指導言(発問・指示・説明)―活動―フォロー

 これが授業の基本型である。
 指導言が「縦糸を張ること」、フォローが「横糸を張ること」と考えて、そのバランスを考えればいい。
 子供が「たくさんのツッコミ」というのは、このフォローのこと。

 まさに、子供たちとの関係づくりと同じだ。

 もう1つは、「小刻み活動法」。
 指導言を出したら、すぐに「活動」をさせる。
  ノートに書かせたり、読ませたり、発表させたり、ペアで相談させたり、…という「活動」である。
 それを小刻みに繰り返す(生活科や総合の学習などでは、まとまった時間が必要なので適用できない)。
 ★
 要するに、ちょこちょこと小刻みに活動を入れると、子供たちは必然的に授業に「集中する」。
 そうなっている。

 それは、いつも子供たちがやっているゲームを想定すればいい。
 もうじっくり、ゆっくり、丁寧にという授業は、子供たちの感覚に合わなくなっているのである。

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いよいよ近づいてきました!教師力セミナー

 いよいよ近づいてきました。

 横藤雅人先生と中村健一先生と私の3人が揃って提案する会は、おそらく今回が初めてで終わりです。
 私の講座は、「味噌汁・ご飯」授業についての提案ですから、模擬授業を付け加えて行いたいと思っています。楽しみです。


 第45学 教師力向上セミナー

元祖「織物モデルの縦糸・横糸張り」とその実践

○日時:2017年6月10日(土)
○場所:福山市男女共同参画センター
Rimふくやま地下2階 

○参加費   一般3000円(学生2000円)
○定 員   50名
○主催:徹底反復研究会 中国支部

○講師紹介

・横藤雅人氏
平成28年度から北海道教育大学学校臨床教授。それまで長く北海道にて公立小学校で教諭、教頭、校長を務めた。不登校の子とその保護者、荒れた学級に多く関わった経験から、『子供たちからの小さなサインの気づき方と対応のコツ』、『必ずクラスがまとまる教師の成功術!学級を安定させる縦糸・横糸の関係づくり』(野中信行氏との共著)、『その指導学級崩壊の原因です! 「かくれたカリキュラム」発見・改善ガイド』、『5つの学習習慣』、『日常授業の改善で子供も学校も変わる!学力向上プロジェクト』等の著作を発表。

・野中信行氏
北海道教育委員会の学校力向上アドバイザーとして北海道の学校訪問をし、「日常授業」の改善を訴えている。「味噌汁・ご飯」授業を提案し、7月には算数の本を明治図書から出版する。著書は、新卒教師シリーズや「味噌汁・ご飯」授業シリーズ(明治図書)など。また、学級経営でも、多数。特に、『必ずクラスがまとまる教師の成功術』(横藤先生との共著)『必ずクラスを立て直す教師の回復術』(学陽書房)は、注目され、売れ続けている。初任者指導アドバイザー。

・中村健一氏
授業づくりネットワーク、お笑い教師同盟などに所属。「子どもも先生も思いっきり笑える73のネタ大放出!」「教室に笑顔があふれる中村健一の安心感のある学級づくり」(黎明書房)等著作物も多数。子ども同士や子どもと教師の距離を縮めるためには?子どもたちが不安なく教室で過ごすためには?そんな疑問に答えるために、クラスみんなで笑えるミニネタを多数考案、実践されている。メールマガジン「授業成立プロジェクト」元編集長。

〇スケジュール

10:30~11:15   講座1・中村 健一氏「縦糸も横糸も張れる!中村のネタ大放出!!」

11:20~11:45   講座2・友田 真氏「子どもたちの心を掴み・子ども同士をつなぐ」

   (休憩)

12:45~13:10   講座3・出原 眞一氏「教科指導と学級経営」

13:15~14:45   講座4・横藤 雅人氏「学級経営は『織物モデル』」

14:50~16:20   講座5・野中 信行氏「『味噌汁・ご飯』授業を訴える~今、「授業」に求められていること~」

(休憩・質問用紙記入)

16:30~16:50   Q&A 「横藤氏・野中氏が学級の悩みにすべて答えます」

16:50~        閉会行事

17:30~20:00   懇親会  居酒屋 おの  会費4000円

〇申し込み

第45学 教師力向上セミナー  参加申し込みは,こくち~ずで受け付けます。

学校名、氏名、懇親会参加希望を明記の上、送信下さい。定員になり次第、締め切らせて頂きます。

http://www.kokuchpro.com/event/43dd0a40a641987430484672b7e67649/


 
 
 


 

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大変な状況になっているのだ!

   先のブログで以下のように書いた。

  ★ ★ ★
 このままいけば、学校は崩壊していく。
 私は、何年も前からそう言っている。
 学校現場は、もはや尋常な世界ではない。
 
 いじめを訴えていた仙台市立中2年の男子生徒の自殺は、もはや学校が学校としての呈をなしていない状況を露呈してしまった。
 
 生徒は、アンケートにも書き、先生にも訴えている。
 それでも、いじめは終わらず、その果てに自殺をしている。
  この自殺の影響は、かなり大きいと思わなければならない。
 
 もはや、いじめを受けている生徒が、学校や先生に相談することの無力さを、今回ははっきりと示したわけである。
 
 生徒にどうしろというのか。
 不登校になる以外に方法は、もうなくなったのである。
 
 現場にいた経験から分かるのだが、決して先生たちがサボっているとは思わない。
 もはや1つ1つの問題に、先生たちが、こだわっていることができないだけである。
 
 こういうカタチで、今学校現場が壊れていっている。 
  ★ ★ ★
 ここで仙台の中学2年の男子生徒の自殺について書いている。
 この仙台市は、2014年以降、市立中学の男子生徒3人が、いじめを受けたあとに自殺している。
 2014年9月 中学1年の男子生徒がいじめ自殺。
 学校は、その後、同級生らに「転校した」と説明していたことが判明。市教委は、遺族から公表しないように強く要請されたから、と。
 
 2016年2月 中学2年の男子生徒がいじめ自殺。
 父親が、第三者委員会による再調査を求める。
 
 2017年4月 中学2年の男子生徒がいじめ自殺。
 2教諭の体罰などが発覚。
 このような経過である。
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 これは、もはや仙台市の教育委員会が、まともに機能していないことを物語っている。
 文科省の義家文科副大臣が乗り込み、市教委が機能不全に陥っていると指摘している。
 朝日新聞は、2017.5.25の朝刊で「仙台いじめ 鈍い対応」という見出しで記事にしている。
 
 こういうカタチで、学校単位ではなく、その市全体が壊れていっている。
 これは、象徴的な、1つの事態なのである。
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 心配していたことが現実化している。
 全国学力テストで学習状況調査を行っていて、2014年は道徳偏差値が宮城、福島が都道府県ランキングで最下位に沈んでしまっていたわけである。
 
  http://tmaita77.blogspot.jp/2014/12/blog-post_11.html
 
 確実に子供たちが荒れていっている。
 その結果、学校も荒れていっていることが予測できたのである。
 
 その原因は、はっきりしている。
 震災や原発の後遺症である。
 
 私は福島のK市に長く関わってきたことで、講座で先生たちに「子供たちが荒れてきていませんか?」と尋ねたことがあった。
 先生たちは、「子供たちが荒れてきている。だから、学級も落ち着かなくなっている」という答えであった。
 
 宮城もまた、そういう状況が生まれてきているはずである。
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 もはや、今までの方法が通用するはずがない。
 
  何を、どうすればいいのか、ほとんど見当もつかないのであろう。
 いやいや、大変なことになっているという認識がないのかもしれない。

 

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