日記・コラム・つぶやき

日常授業の改善ということ

 「日常授業」の改善ということ
                                       
1 ぶっつけ本番授業をしている 
 小学校の担任は、毎日5,6時間の授業をしている。
 ちゃんと教材研究ができているかと言えば、それはない。
 

 ほとんどの先生たちが、毎日「ぶっつけ本番授業」をしている。何の準備をしないままに、そのまま教室へ行き、赤刷りの指導書を斜め読みしながら、何とか1時間を終えていく。
 

 「ちゃんと教材研究をしなさい」と言葉かけできない。
 そんな余裕の時間なんてない。
 

 本来、学校は、授業で成り立っているところ。1時間目から6時間目の授業で、一日の日課表は組まれている。
 だから、そこに学校は、エネルギーの大半を注ぎ込まなければならない。しかし、そうなっていない。
 

 多くの教師たちは、その授業の準備を一番粗末にしている。
させられているというのが、正確な言い方だ。
 

 きちんと教材研究をしようと思っても、できない。それだけの時間的余裕がない。だから、テキトウになる。
 それでもがんばっている先生たちは、自分の睡眠を削って行っているはずである。
 

 「べき論」が主張される。
「もっと教材研究をすべきだ」「もっと楽しい授業にすべきだ」……
 しかし、こんな「べき論」は、ほとんど破産している。
 

 実際に、ほとんどの先生がやっていることは、これとは隔絶したことなのである。
 
2 「日常授業」の授業法を変える
 

 問題点を指摘ばかりしていても始まらない。
 現実がそうなのである。この現実はすぐに変わらない。
 

 だから、この現実を踏まえてこちら側の発想を変えなければならない。
 どうするのか。
┌───────────────┐                 
│ 日常授業の授業法を変えること   │                
└───────────────┘                 
  私は、こういう結論にたどり着いた。
 

 多くの先生たちは、「日常授業」を乗り切る授業法を持っていない。
 ほとんどが指導書頼り。
 

 研究授業の場合だけが、特別に特別の教材研究を試みる。
 ネット検索がほとんど。
 

 お客様用の「ごちそう授業」。
 その授業が終われば、もう1年間が終わる。
 

 明日から、いつもの授業に戻っていく。
 ほとんど何も変わらない。
 

 子供たちの学力向上もない。
 授業力の向上もない。
 

 だって、1000時間以上の時間を赤刷りの指導書頼りで、スカスカの授業を続けているのだから。
 
3  「日常授業」を乗り切る3条件
 

 さて、どのように「日常授業」を変えていくか。
 このためには、いかに子供たちにエネルギーを使わせて、授業に集中させていくかを考えればいい。
 

 子供たちは、決して教師に、毎日楽しく、おもしろい授業をしてくれと願っているわけではない。
 子供を見くびってはいけない。
 

 ただ、無意識的に願っていることはある。
┌────────────────────┐       
│ 聞いているだけの時間を少なくしてほしい    │      
└────────────────────┘       
 彼らは、ただ聞いているだけでなく、体を動かして作業などの活動をさせてほしいと、願っている。無意識ではあるが……。
 

 集中する時間を作るためには、どうするか。
 そのための条件を考えればいい。
 

 それを提案したい。
 「日常授業を乗り切る3条件」になる。
┌──────────────┐                   
│ ①全員参加                      │                   
│ ②スピード・テンポ              │                   
│ ③小刻みに                             │                   
└──────────────┘                   
 

 ①全員参加のためには、挙手発言型の授業を止めなくてはならない。いつもよく手を挙げる4,5人を中心に展開する授業を止めなくてはならない。
 また、数多く挙手させようとする授業も止めなくてはならない(挙手発言を止めるということではない)。
 

 そんなことに力を使わないで、どんどん指名をして全員を参加させる授業に切り替えていく。
 

 ②のスピード・テンポは、必須の条件。
 子供たちはすでに毎日のゲームで、もう無意識的にスピード感が体に染みついている。だから、「ゆっくり、丁寧」な授業は、もう彼らの感覚に合わなくなっている。
 

 ③小刻みに というのは、「小刻み活動法」として提起していることになる。
 指導言(発問、指示、説明)のあとに、すぐに「活動」を小刻みに組み入れていく授業法。
 

 指導の内容を細分化する。子供たちが聞く時間をできるだけ少なくし、ちょこちょこと活動を入れる。
 

 活動とは、書く、発表する、ペアで相談する、グループで話し合うなどになる。

4 「味噌汁・ご飯」授業の算数授業
 

 ちょうどこの時期に、神奈川県厚木市のM小学校から頼まれて算数の授業を行った。「味噌汁・ご飯」授業の算数の授業をしてほしいということ。
 

 この授業を「日常授業を乗り切る3条件」で組み立て、授業を行った。5年生の授業。
 結果的には、予定通りには行かなかった。
 

 しかし、私がどんな授業をしようとしたのかを授業記録として提起することは意義があることだと考えて、授業を再現してみたい。

   ★

 もしこの再現授業がほしいという方がおられたら、コメント欄で申し込んでほしい。

 メールの添付(PDF)で送ります。コメント欄は公開にしませんので、遠慮なく申し込んでほしい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

甲子園白山高校の快挙から算数教育を考える!

 今年の夏の甲子園は、2校の県立高校が大会を盛り上げた。
秋田の金足農業と三重の白山高校である。
 金足農業高校は、吉田君という豪腕ピッチャーで勝ち抜いていったことは皆さんが知るところ。
 ところが、三重の白山高校は、そんな特出した選手はいない。
 こんなチームが、どうして予選を勝ち抜いたのか。
 
 三重県は、高校野球で特別に弱いところでない。
 三重高校は、春の選抜でベスト4に進んでいる。
 ここには、松阪商業という強豪校もいる。
 この松阪が、今年は1回戦で三重を破っている。

 こんな中で、白山高校が登場してきている。
 甲子園では、1回戦で敗れたのであるが、そんなことは問題ではない。
 この登場に、報道ステーションは、12分をさいて異例の報道をしたほどなのだ。

 プロ並みの甲子園常連校の中で、部員数人という白山高校に赴任した東先生が成し遂げたことはすばらしいという一事。
 
 誰も予想しなかった快挙。
 きっと選手たちも信じられなかったに違いない。

 東先生は、何をしたのか、ということになる。
 高校野球は、ほとんど監督の技量が、すべてを決定していくのである。
 ★
 実は、このことをくわしく教えてくれたのは、いつも愛読している中林則孝先生の「教室はドラマ30」。
 初任者向けに出されている通信である。
 中林先生は、三重の白山高校の近く。
 
 中林先生の通信に、とても興味深い記事が出ている。
 「なぜ白山は強いのか」という記事。

 ★ ★ ★
 テレビ報道で知ったことですが、年間の試合数が160とのこと。この数字は常識的にはあり得ないことです。1年間は52週ですから、毎週土日に試合をしても100ちょっとです。160という数字は全国の高校野球の関係者を驚かせたはずです。
 1日に2試合をすることで160という試合数が可能になったようです。この試合数をこなすだけでもパワーやスタミナをつけることができるはずです。三重県大会で決勝を戦った松阪商の監督は「うちの選手は疲れ果てていたけど、白山の選手はピンピンしていた。練習試合の回数の違いだろう」とコメントしていました。
 ★ ★ ★
 160という試合をこなすことに賛否はあろう。
 しかし、これで普通の弱小の高校チームが、強豪校を破ったのである。
 それについて、中林先生は、次のようにその秘密を書いている。
 ★ ★ ★
 私はもう一つ思うことがあります。
 それは「練習」と「試合」は質が異なることです。練習はインプットといえます。対して試合はアウトプットです。
 脳科学者は「インプットだけではなくアウトプットをも取り入れる方が学習効果が高いこと」を実証しています。
 ……略……
 つまり練習ばかりするのではなく、試合を多くすることで強くなるということです。試合が多いというと、マラソンの川内選手を思い起こします。川内選手は常識外のレースを経験しています。レースそのものが質の高い練習になると川内選手はいいます。
 ★ ★ ★
 ここには、大事なことが言われている。
  公務員ランナーの川内選手が、プロのアスリートたちをなぎ倒して勝っていった秘密も、書かれている。

 このことは十分に考える必要がある。
 ★
 ここからまったく違う話題に引き寄せて語らせてもらう(笑)。
 「味噌汁・ご飯」授業の算数授業についてである。
  「味噌汁・ご飯」授業の算数について、この授業は子供たちに「思考力」を身に付けさせることができないという批判を受けることがある。
 
 「だって、どこにも思考させるところがない。ただ、教え込んでいるだけではないですか!」と。
 「じゃあ、反対に聞きますが、あなたの授業はどこで思考力をつけているのですか?」
 「私の授業では、最初の問題で自力解決として十分に時間をとって子供たちに考える時間をとっています」と。
 「それで思考力はついているのですか?ついていると何で評価しているのですか?」
 「……だって思考する時間は十分取っているのですから!」
というようなやり取りになる。

 ここには、「思考する授業」と「思考力をつける授業」の混乱がある。
 この2つを取り違えている。
 「思考する場面」を設定すれば、子供たちに「思考力」がつくという短絡化した発想がある。
 
 考えていただきたい。
 水泳のクロールの泳ぎ方についていろいろ考え、話し合いをして練り上げていけば、クロールが泳げるようになるのか。
そんなことはありえない。誰だってそれは分かる。
 
 クロールが泳げるようになるには、泳ぎ方の技術を教えてもらい(「インプット」)、水の中で何度も繰り返し練習(「アウトプット」)をしなければ泳げるようにならない。
 
 これは、スポーツ、音楽、料理、演劇、芸事などすべての技能を習得するものには共通なこと。
 技術を与え、その技術を使いこなす技能を高めさせていくアウトプットが大事になる。

 算数学習でもそうなる。
 子供たちに問題の解き方をきちんと教え(「インプット」)、その解き方を使って数多く練習問題に当たって、解いていく(「アウトプット」)。そのプロセスの中で算数の「思考力」は身に付いていくはずである。

 それを「味噌汁・ご飯」授業の算数はめざしている。
 ★
 要するに、1問だけの自力解決の授業は、インプットばかりで迫ろうとしている。

 算数の「味噌汁・ご飯」授業は、「インプット」から「アウトプット」へのつなぎをきちんとなして、勝負は「アウトプット」の練習問題を解くことだと考えている。
 そして、そのための布石を打っている。

 クラスにいる算数の低学力児を、確実に引き上げていく手立ては、この「アウトプット」にあるのだということではないか。

 今までの算数教育は、このことをほとんど問題にしていない。
 「インプット」ばかりを云々してきたのである。
 ★
 最初の中林先生の指摘に戻りたい。
 白山高校の快挙や川内選手の試みは、「アウトプット」への取り組みにその秘密があったのである。

 同じように、全ての学習も、ここにポイントがあることを知るべきである。
 
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

つれづれなるままに~しゃべるロボットみたい~

●胃カメラを行った。
 一日検診で、萎縮性胃炎と診断され、胃カメラでくわしく調べた方がいいと勧められたのでやってみた。
 初めてなのである。
 
 麻酔をかければ簡単に終わると言われて、それを選んだ。
 点滴をし、のどに2回辛いものを振りかけた。
 

 それ以降、まったく意識がない。
 気づいたら、休養の椅子に座らさせられていて、時間は1時間ぐらい経過していた。
「えっ~~~、何だ!」と。

 それで終わった。
 ちょっとふらふらするが、それもすぐに回復する。
 

 今日一日は、乗り物を運転したりすることを絶対にしないこと。
 そんな注意を受ける。
 胃カメラを飲んだという意識がまったくない検査であった。
 
 この夏、整形外科、歯医者などにしばしば通う。
 老化現象で、さまざまなところがおかしくなる。
 
●算数の共同研究の資料づくりをしている。
 せっせと毎日この作業に当たっている。
 16人の先生たちと共同研究をしている。

 送られてくるテストを分析し、教科書の教材を分析し、そして復習テストと宿題を作成するという地道な作業。
 
 教科書は、T社、K社、K社の3つ。
  「それぞれこんなに違うのだ!」と分かってくる。
 

 T社は、練習問題が豊富。
 K社は、文章問題が少ない。
 ……  など。
  ★
 テスト分析しながら、その問題が教科書のどこで教えられているか、どこで問題として取り上げられているかを調べる。
特に、子供が間違いやすい「数学的な考え方」の問題などはマークする。
 

 確かに、教科書のどこか(まとめの問題など)で取り上げてはいる。しかし、1問だけ。
 
 その1問だけ問題を解いて、果たしてできるようになるのだろうかと疑問が出る。
 
 低学力児や中位の子供は、きっと分からないままで終えた可能性がある。あるいは、その1問で分かっていても、テストの問題を解けるかどうかは分からない。
 
 その結果、テストではできないままに悪い点数を取ってしまうということになる。
 問題がここにある。
 そういうことが分かってくる。

 学習塾に行っている子供たちができるのは、これらの問題を数多く練習しているから。

 子供たちにはあまりにも練習問題が少なすぎる。
 ここ。ここが、問題なのである。
 
●仕事の「2:6:2の法則」というのがあるそうだ。
 テレビでやっていた。
 
 いい加減に聞いていたので、確かではない。
 最初の「2」割は、きちんとがんばってやる仕事。
 

 「6」割は、それなりにテキトウにする仕事。
 最後の「2」割は、やらない仕事。
 
 うなづける。
 
 もはや、すべてをちゃんとやろうなんて考えてはいけない。
 そんなことをしたら、オーバーワークになってしまうことは当たり前。
 
 私が現場でやっていた時も、ほとんどこのような仕事をやっていた。
 私の仕事術も、この通りだった。
 だから、5時頃には帰ることができた。
 ★
 経済学者の野口悠紀雄さんは、その本『「超」集中法』(講談社現代新書)で、次のように書かれている。
 ★ ★ ★
 本書で述べるのは、「さまざまなことに『コア』と呼びうるものがあり、努力をそこに集中すべきだ」ということです。
 「コア」とは、「核」という意味です。コア機能、コア商品、コアメンバーなどというように使われます。
 全体の中でコアが占める比率は量的には2割程度であることが多く、他方で、「コア」によって全体の成果や価値の8割程度が生み出される場合が多いのです。このことは、「2:8法則」と呼ばれます。
 したがって、努力をコアに集中させれば、仕事の効率は飛躍的に高まります。これを意識するかどうかで、結果に大きな違いが生じるのです。
 ★ ★ ★
 結局、仕事の「2:6:2の法則」は、野口さんの「2:8法則」と同じことになる。
  ★
 今、多くの先生たちを襲っている感覚は、仕事への「手応え」のなさ である。
 
 ただ、教室へ行き、ただ授業をして、そして子供たちと「さよなら」をする。今日一日の満足感はない。ただ、目の前の蠅をはらっているだけだから。
 
 関係がない人が見たら、「しゃべるロボット」みたい(失礼!)に見えるのではないだろうか。

 仕事もまんべんなくやる。
 確かなのは、絶対に仕事の「2:6:2の法則」や「2:8の法則」を持っていないこと。

 仕事でコアになる「2」割を持っていなければ、絶対に「手応え」のある「日常」を送ることはできない。

 繰り返すが、今、多くの先生たちは、自分で大切にする「2」割の仕事を持っていないこと、そして目の前の仕事をまんべんなくこなしていくことで、「手応え」のなさに陥っているのである。
 

 
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

学力テストを教員ボーナスに反映~呆れかえる大阪市の対応~

 次のような報道が、教育界に大きな波紋を広げている。

学力調査結果を教員ボーナスに反映」最下位に大阪市長
 吉村市長は2日の記者会見で、政令指定都市20市の中で平均正答率が2年連続で最下位だったことに「非常に危機感を感じている」と指摘。正答率の数値目標を設け、達成できたかどうかを校長や教員の評価に反映させる方針を示した。「結果に対して責任を負う制度に変える」「予算権をフルに使って意識改革をしたい」などと発言した。
 ★
 大阪市の学力テストの結果が悪いことは、周知の事実である。
 しかし、50年ぐらい前にやっていた学力テストでは、大阪は、上位にいて、「大阪に学べ」という時代もあったのである。
 
 50年経って、学力テストの学力は、急降下している。
 なぜか。
 
 それは、はっきりしている。
 「家庭力」が落ちたのである。
 つまり、子供の学力に大きく影響する家庭の経済力や家庭環境が大きく落ち込んでいったのである。
 生活保護家庭は、大阪が日本で、第1位である。
 
 そのことを統計学者の舞田敏彦さんは、ブログに明らかにされている。
  
http://tmaita77.blogspot.com/2018/08/blog-post_13.html

 舞田さんの結論は以下のこと。

 「これをもって言いたいのは,子どもの学力は社会的規定を被る,学テの結果の全てを「教師力」に還元するのは筋違いだ,ということです。8月6日の記事で述べたことを繰り返しますが,行政が為すべきは,不利な条件の地域・学校への支援を強化することです。首長がこういう立場をとっており,一定の成功を収めているのが,東京都の足立区です。」 


  こういうことは、学力を考えていく上では当然のことなのである。
 この当然のことを、大阪市長は、理解していないということになる。呆れかえる。
 

  企業ではすでに潰れている成果主義を導入して、アメとムチで教員を追い込んでいくやり方が、学校教育に通用しないことは、当たり前のことではないか。

 

  また、この大阪市は、全国学力テストの成績を上げるために、独自の学力テストを作成し、小学3年以上(?)に実施している。昨年から始めたのだろうか?
 この学力テストは、3学期に行われる。
 だから、その担任の1年間の授業力の結果を測ろうとするもの。

 その成績は、その担任が異動してもついて回るものだと、ある校長先生からお聞きした。
 これも、ひどいものである。

 子供の学力は、その学校の実態(子供が抱えている家庭環境など)によって大きく左右されてくるという(舞田敏彦さんのブログではっきりしている)ことを無視している。
 子供の学力は、教師の授業力が、全てであるという大阪市の規定の仕方は、常識を超えてひどいものである。

 大阪市への採用を希望する学生が減っている。現役の先生たちも、他都市へ職を移していると聞いている。
 
 当然だ。
 学力向上の全てを教師の授業力に集約してしまう、大阪市のトンチンカンな対応がこういう結果を招いている。
  さらに、この現象は続いていくはずである。
 
 学校教育の崩壊現象は、真っ先に大阪市から始まっている。 


 文科省は、学力テストがこういうことに利用されることに強く警告を発し、撤回されなければ、毎年やる学力テストを止めて、3年か5年に1回をやるか、あるいは全員ではなくて、抽出性にすればいい。
 大阪市は、学力テストの趣旨を逸脱しているのであるから、これは当たり前の措置。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

つれづれなるままに~郷里佐賀へ帰る~

●朝日新聞での「折々のことば」(鷲田清一)から。
 ★ ★ ★
 現代人が失いかけているのは「話し合い」などではなくて、むしろ「黙りあい」だ
 ★
 やたらコミュニケーションの必要が説かれて時代だが、「黙り通した」ことのない人に「語りつくせる」はずがないと、歌人・演劇家は言う。人は話し相手を見つけることが幸福への糸口だと勘違いしていると。言葉を呑み込んだ相手の思いにあれこれと想像を巡らすより先にもう「返信」している、そんなネットの世界が出現するはるか前の発言である。
 ★ ★ ★

●12日から郷里佐賀へ帰る。
 横浜も暑い日が続いていたが、佐賀の暑さは半端ではない。体温を超えて、37,8℃になる。

 12日は、施設に入っている母のところへ行く。
 もうすぐ97歳になる。
 
 昨年までは、私のことを分かっていたのだが、今年はほとんど分からないようになっていた。認知症が進んでいる。
 でも、施設の職員の人たちに恵まれて、元気で過ごしていることが分かり、安心する。

 夜は、妹や甥と一緒に会食。
 ★
 13日は、午前中に墓参り。暑い、暑い。

 夜は、妹宅で、親戚、兄弟が集まっての会食。
 姪に双子が生まれていて、その子たちを中心に盛り上がる。
 ★
 14日は、家内の実家へ移動。
 嬉野市の塩田町。
 今年は、ここも暑い。
 
 いつもは、山風が入って涼しいのだが、今年は違う。
 夜寝るときにも、その暑さが大変。

  だが、15日に台風が九州を直撃し、雨が降って一気に空気を冷やしてくれる。
 直撃した台風は、風がなく、雨だけ。
 恵みの雨になる。
 
 だから、山風が入り、いつもの快適さが戻る。
 自然の風のありがたさが身にしみる。
 ★
 16日の午前中に福岡空港へ行く。帰省客でいっぱい。
 午後、羽田へ戻ってくると、気温が34℃だという。
 それでもさわやかな感じで、そのくらいの気温には体が動じないようになっている。

 17日は、気温は30℃になっていない。
 このさわやかさは、なんともいえない快感。
 このまま秋になってくれないかと願うばかりである。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

中村健一先生の『ジャンケンもう一工夫』(黎明書房)

  中村健一先生が、またまた新しいゲーム本を出した。
 『ジャンケンもう一工夫』(黎明書房)。
 今回は、ジャンケンゲームに絞り込んでの自信作と、本人も言っているほどである。
 ★
 健一先生のゲーム本で大きく評判になった本がある。
 『73のネタ大放出』(黎明書房)。
 
 学期始めに、このネタで子供たちを笑いの渦に巻き込んだ本。
 私は、初任者指導の講座では、必ずこの本を薦めた。
 
 笑いを作り出すのが苦手な女性の先生たちには、「このゲームをやればいいのです!」と薦めた。
 笑いのあるクラスは、崩壊をすることがないのであるから。
 
 この本は、1万部をはるかに超えていったと聞いた。
 ★
 今回の本も、きっと期待に応えてくれるはずである。

| | コメント (1) | トラックバック (0)
|

つれづれなるままに~第1次の共同研究は締め切りです~

●7月31日、東京の練馬へ行く。
 練馬は、東京でも格別に暑いところ。
 ふうふう言いながら、会場へ急ぐ。

 ここの教育委員会の夏の講座を引き受けている。
 3年目になる。
 厳しいのは、「学級づくり」講座で3時間のノルマがあること。
 
 今回も30名ほどの受講者。
 初任者が10名ほどいて、うってつけの講座になる。
 
 多分、初任者にとって、9月から何をやらなければいけないかがはっきり分かったことであろう。
 
 7月までの学級経営の反省をしてもらう。
 10項目での採点。
 

  1人の初任者に何点だったか聞くと、65点。もう1人の初任者に聞くと、35点。
 合格基準が70点以上なので、65点はまあまあ。
 35点は、2学期からがんばらなければならない。
 ★
 7月までの「学級づくり」で大切なことは、2つ。
 

  1つは、子供たちが自分たちで学級を動かしていけるように仕組みを作り上げているかどうか。
 2つは、学級にきちんとしたルールが息づいているかどうか。
 
 この2つがきちんとできていないから、クラスが荒れていくのである。
 うまく行っていない学級は、この2つを、2学期から新たにどのように作り直すかを提起する。

 ●ブログに日本全国から相談のコメントが入る。
 公開はしない。
 数日前にも、1人の初任者から相談が入る。
 現在のクラスの問題が、3枚にも綴られている。

 2年生の担任。
 ほとんどの問題が、2つに絞られる。
 

  1つは、子供たちの「関係づくり」がうまくないこと。
 2つ目は、「学級づくり」をきちんとしていないこと。

 メールで何度もやりとりをしながら、問題点を絞っていく。

 この先生の、これからの教師人生がかかる。

●算数の共同研究者は、結局16名ということになった。
 これ以上は、むずかしい。
 いずれ第2次の共同研究者を求めるので、そこに応募してほしい。

●とにかく暑い。
 夜中に暑くて目を覚ます。
 一日中クーラーが必要である。

 この暑さは、30年、40年前の九州の佐賀の暑さ。
 その暑さが、関東にやってきているということになる。

 その頃の横浜は、扇風機で十分だったのである。
 きっと生活の何かを変えなくてはならない、ということなのだろう

| | コメント (2) | トラックバック (0)
|

つれづれなるままに~つながり孤独ということ~

7月23日、千葉の柏市に初任者指導教員研修で行く。
 指導教員へ向けて講座をこうして開いているというのは、ほとんどないのではなかろうか。
 今年は、鳥取県教育委員会に続いて、こうして柏市からも呼んでもらう。

 現在、指導教員は、初任者が増えていく数だけいるわけであるが、指導については、ほとんど野放し状態(笑)。
 勝手な指導をしているという状態である。

 というより、授業についての指導ばかりをやっているであろうということが予想できる。
 初任者の授業は、問題があるところばかりだから、指摘することは容易なこと。
 
 ただ、指導者は苦戦をしていることが予想できる。
 すれ違いが起こっている。
 
 昔ながらの指導が、もう初任者には入らないからである。
 講座では、そのことについて話をする。
  ★
 講座を終えて、次に日に感想をいくらか送ってもらった。
 ★ ★ ★
「わかりやすく,実践的なお話でした。1学期を終えて,初任者のことを初任者指導として振り返るよい機会となりました。2学期は,初任者の問題授業の克服に視点をあて指導していきたい。」

「野中先生のお話は,どれも『そうそう』と思えることばかりで,とても参考になりました。2学期,まずは『学級づくり』をしっかりさせたいと思います。」

「今日の講義は,すべて現実的な話で手立てもわかりやすかったのでとても参考になりました。学級づくりが基本であるというお話には,同じ思いで指導できていたことに安心しました。」

「初任者の気持ちになって進めていくことの大切さを痛感しました。実例の数々が初任者指導の立場として,思いあたる節があり,2学期の展望に繋がりました。」

「1学期の指導を経て,見えてきた課題をどう指導すればよいか考えていたが,今日の講義でそのヒントが得られました。」

「自分の実践と対比しながら,野中先生の講義を聴くことができ,大変参考になりました。初任者の実践力を高められるように今後も指導していきたい。」
 ★ ★ ★

●NHKのクローズアップ現代で「つながり孤独」について放映していた。
  ツイッターやフェイスブックなどのSNSが急速に普及するなか、多くの人と繋がっているのに孤独という「つながり孤独」を感じる若者が増えている、と。
 ★
 「やはりなあ!」というのが感想。
 人と繋がることばかりに時間をとられて、「自分と繋がる」ことをやっていないのだから、これは当たり前ではないか。

 SNSに書いてあることは、その人の動向とかトピックスなどであり、表面的な非日常になる。

 8000人と繋がっていた人のことが出ていたが、結局孤独感に苛まれている。
  表面的なことばかりに繋がっているのだから、必ず虚しくなる。
 
「自分と繋がる」というのは、誰にも言わない、言えない気持ちを抱え込んでいることと対話するということ。
 
 携帯やスマホがなかったときには、若者たちは、必然的にそんな時間を持たざるを得なかったのである。
 ★
 さらに、最悪なのは、繋がっているSNSの友人の写真と自分の現在と比べていること。

 自分が「しあわせ感」を感じる第1の鉄則は、人と比べないということなのに、それを踏み外してしまう。

 SNSに出てくるインスタグラムで、その友人たちの写真に見入る。
そして思う。
「キラキラした写真っていうのが、あんなに近くにいた人たちがやっぱり違う世界にいるんだなっていうさみしさがあります。うらやましいっていう気持ちがありますし、自分と同じ人たちだったのに、こんなに差があるのか」と。

 その写真を掲載している友人だって、たまたまキラキラしているところを載せているだけ(その人だって孤独感を抱え込んでいることだってあるのに)なのだということに思い至らない。

 こんなに人と比べてばかりで、
「『つながり孤独』を感じすぎて、しんどかった時は、ああ死にたいと。」となってしまう。
 ★
 繰り返すが、人は、誰にも言えない、言わない気持ちを抱え込んでいる。
 ここと対話する孤独な時間が必要である。

 ここを避けて、すぐに誰かと繋がろうとするから、余計に孤独に陥っていく。

「自分と繋がる」時間を取れない限り何も始まらない、ということを知ることである。

● 統計学者の舞田敏彦さんのブログ「データえっせい」で「いじめの学年別認知件数の変化」が出ている。

 http://tmaita77.blogspot.com/2018/07/blog-post_22.html
 
 文科省の調査によると、小・中・高・特別支援学校のいじめ認知件数は、2010年では、7万7360件だったのが、2016年では、32万3143件になっている。
 実に、6年間で4.2倍に増加している。

 この増加をどう見るか。
 舞田さんは、次のように言われている。
「これをもって、今の子どもは悪くなっている、陰湿になっているなどと、単純な解釈をする人は少ないでしょう。いじめ自殺の続発など、問題の深刻化を受け、いじめの把握に本腰を入れられるようになっているためです」
 ★
 ただ、いじめ認知件数の変化がある。
 小学1年から中学3年までで、2010年は、中学1年がトップだったのが、2016年では、小学校2年生が最も多くなっている。

 いじめの認知件数は、どの学年でも増えているが、低学年ほど増えている。
 小2は、9倍、小1は、12倍にもなっている。
 ★
 小学校の問題行動が、年々増加していて、それが何を意味しているのか、ということが気になる。
 このいじめの増加も、気になるところである。 

●三重の中林則孝先生からいつも初任者指導の指導記を10号ずつ定期的に送ってもらう。「教室はドラマ30」。
 熟読する。
 ここでは、適切な指導の結果が載せられている。
 
「良いことは良い、だめなことはダメ」とはっきりと書かれている。
 初任者向けに出されている。
 このようにきちんと書かれると、初任者も爽快になるにちがいない。

 第90号は、「教科書を使った授業の効用」を書かれている。

 現在の学校現場のブラックの実態を前提に、「こんな実態の中、さらに『教材研究に時間をとりなさい』ということは不可能です」と言い切られている。

 そこで、初任者が今できる教材研究は、「初任者研修の指導員として『合理的な』教材研究が必要です。合理的という意味は授業者の力量に反映する教材研究ではなく誰にでも可能な教材研究ということと短時間で可能な教材研究ということです」と。
 そして、教科書を教えるための教材研究を提起されている。 まったく同じ立場である。

 今、初任者は、指導書ばかりで指導をしている。
 教科書をほとんど見ていない。
 そこでとんちんかんな指導をしている。
 中林先生は、そういう現実に切り込まれている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

算数の共同研究についての事務連絡です

 

共同研究の申し込みが、来ています。
 第1次の申し込みは、10名までで締め切ります。
 私の方で対応できませんので、よろしくお願いします。
 あと3名です。
 第2次については、2学期になって連絡します。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

共同研究をやりませんか(4)

 野中と、共同研究をやりませんか。
 
 クラスで算数嫌いの子供が多く、どうしていくか迷っている先生。
 
 クラスに低学力児が多く、どうしていくか悩んでいる先生。
 
 算数の勉強が好きになる子供を増やしたい先生。
 
 勉強に自信を持てる子供を、算数を通して育てたい先生。
 
 応募してほしい。
 
 私は、この共同研究での実践を数多く集めて、さらに課題を精査し、さらに確かな方法に磨き上げたいと願っています。
 ぜひ、ご協力してほしい。

1 目標                                                

 この共同研究の目標は、2つ。                              

(1)クラスの低学力児を引き上げていくこと。10,20,30点を取っている子供を、60,70,80点に引き上げていく。                   

(2)クラスの平均点を90点以上にすること。 しかし、これはクラスの実態によってかなり違ってくる場合がありますので、無理をしないこと。                                             
2 条件                                                       
 

 共同研究を進めていく条件があります。                         

(1)「味噌汁・ご飯」授業の算数本(明治図書)を読んでいること(もちろん、これから読む人もいいです)。          

(2)「味噌汁・ご飯」授業として進めていけること。自分の力量で、教科書通りに進めること。             

(3)問題解決学習の方法をとらないこと。この学習方法を取ると、低学力児を引き上げることはできないからです。だから、この方法で算数の研究している学校は、不適当になります。                   

(4)学年をばらして少人数指導をしているところも、不適当になります。あくまでもクラス単位で指導しているところです。         

(5)教科書は、最初は東京書籍版、教育出版版でお願いしたい。現実的に、野中が、その2つの教科書しか持っていないためです。   
  他の教科書については、今後考えます。       
                                                    

3  具体的なやり取り                                             

(1)受け持った学年・クラスで、2学期の2単元を選んでほしい。野中とやり取りをするので、期間や時間に余裕を持って選んでほしい。
  
(2)その2単元の業者テスト(テストと解答)を野中の方へ送付してください(野中の住所は、メールでやり取り)                           

(3)野中は、復習テストと宿題を作成して送付します。8月中に行います。どのようにして作成したかも、一緒に同封します。            

(4)担任は、実践します。                                     

(5)そのテストの結果(点数)を野中へ送付します。 4月からのテスト結果(点数)を含めて送付します。その結果と共に、低学力児の様子を報告してください。(記録用紙は送ります)                              

(6)野中は、その結果を含めて分析し、その様子を報告します。   

(7)担任は、今後の指導の参考にする。                  

 ★
 これらの条件で共同研究をしたいという先生は、ブログのコメント欄で申し込んでほしい(コメントの公開はしませんので安心ください)。私の方からメールを送ります。      
  あまりにも人数が多くて、私が対応出来ない場合にもメールで対応します。                                                             

| | コメント (1) | トラックバック (0)
|

より以前の記事一覧