日記・コラム・つぶやき

「自己流」で身に付けた力量で対応できなくなっている!

  「味噌汁・ご飯」授業研究会の会長でもある、秦先生より次のようにブログで、今回の本の紹介をしてもらった。
  ★ ★ ★
 教師の1年目の教科書
野中信行先生が「教師の1年目の教科書」(学陽書房)を上梓された。
私のところにも1冊ご送付くださった。
一週間もしないうちに、重版との知らせが入った。
嬉しい限りです。
さて、肝心の中身はということ、次の6章からなっている。
・序章 最初の1か月で身につけたい仕事のきほん
・第1章 必ずやっておきたい新年度・新学期の準備
・第2章 ここだけは押さえたい学級経営のコツ
・第3章 新任でもできる授業・指導のコツ
・第4章 クラスがまとめる子どもとのコミュニケーション
・第5章 新任だからできる保護者とのかかわり方

お読みいただければわかると思いますが、極めて平易な文章でわかりやすく
述べられています。
しかし、よく読むと書かれている内容は、経験者が読んでも役立つ原則論が多く含まれていることに気付かされます。
野中先生は、全国津々浦々の学校の授業を参観されたと伺っています。
つまり、全国の学校の課題をご存じだということです。
その課題を初任者向けにわかりやすく編集したのが、本書と言えるでしょう。
是非、お読みいただければと思います。
 ★ ★ ★
  みごとに私の意図を読み取ってもらっている。ありがたいことである。
 
 前回のブログで、教師の力量を高めるための「守破離」の原則を書いた。
 次のような内容だった。
 ★ ★ ★
 「守」…基本となる実践をマネて、マネて、基本をしっかりと習得する。

  「破」…セミナーや研修会、本などで、身に付けた実践とは違う実践を
     研究する。

 「離」…自分の今までの研究を集大成し、自分独自の教師像を追究する。
  ★ ★ ★
 しかし、現実の多くの先生たちは、最初から「離」ばかりの追究をされている。
 いわゆる「自己流」「自己流」「自己流」である。
 「守」である基礎・基本を身に付けないままに、最初から「自己流」で満足している。
 それで今までは何とかやってこれたのである。
 でも、もうそれがダメになっている。
 
 私が見聞きしている事態は、想定を超えている。
 クラスが、学級崩壊になり、学校の中で何人も休職となり、学校崩壊状態を招いている。

 それは、子供たちの変容が主因になっているのだが、それに合わせて対応できる先生たちの力量が追いつかないのである。
 今まで身に付けた「自己流」の力量では対応できない。
 そんなことが起こっているのだと、私は考えている。
  ★
 私は、今回の本で「守」である「学級づくり」「授業づくり」の基礎・基本はこうですよ、と伝えたかったわけである。
 
 もちろん、野中流の基礎・基本である。
 これは、初任の時から3年でほとんど身に付けてほしい内容である。

 これを踏まえて「破」「離」がやってくるというのを分かってほしいのである。
 

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『教師1年目の教科書』が重版になる!

  『教師1年目の教科書』(学陽書房)の本が、1週間で重版になりました。
 多分、ブログを読んでいただいている先生方が買っていただいているか、初任者の先生に薦めていただいていると思われます。
 感謝いたします。
 ありがとうございました。

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再び横浜野口塾のお知らせです

  再び野口塾のお知らせです。

 今回も一講座私も提案させてもらっています。

 

        横浜野口塾のお知らせ


1 日 時 平成31年3月30日(土)  10:30~17:00

2 会 場 横浜水道会館

 

              相鉄線 天王町駅下車徒歩7分

 

3 参加費 4,000円    学生2,000円

 

4 定 員 60名

 

5 日 程
  10:00 受付開始

 

 
10:30~12:00 第一講座 「説明文指導のポイントはこれだ」

 

10:30~10:45 地元教師による「想像力のスイッチを入れよう」の模擬授業

 

10:45~10:50 野口先生による指導・講評   

 

10:50~11:05 野口先生による「想像力のスイッチを入れよう」の模擬授業

 

           5分休憩

 

11:10~12:00    野口先生による説明文の指導法についてのご講演

 

 

 

12:00~12:50   昼食休憩・書籍販売

 

12:50~13:00        PRタイム

 

13:00~ 14:30第二講座「物語指導のポイントはこれだ」   

 

13:00~13:15     地元教師による「わたしはおねえさん」の模擬授業

 

13:15~13:20    野口先生による指導・講評

 

13:20~13:35     野口先生による「わたしはおねえさん」の模擬授業
     5分休憩

 

13:40~14:30     野口先生による物語の指導法についてのご講演

 

          10分休憩・書籍販売

 

14:40~15:40  第三講座  野中信行先生の学級経営講座 

 

                          「学級を軌道に乗せる学級づくりのあり方」

 

          10分休憩・書籍販売

 

15:50~16:30 第四講座  野口先生の教養講座 

 

                           「情報の読み方」        16:30~ 17:00  交流会

 

17:30~19:30 懇親会(希望者) 

 

6 申込方法

 

 「第202回 授業道場 野口塾 IN横浜 」のページのURLからお申し込みください。

 

 

 

 https://kokucheese.com/event/index/552120/
    
7 連絡事項

 

(1)昼食は各自でおとりください。会場周辺には飲食店があります。会場での飲食も可能です。

 

(2)講座修了後に会場近隣店で懇親会を予定しています。野口先生と直接お話しができる
 チャンスです。進んでご参加ください。 (4,000円程度の予定です。)

 

 

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つれづれなるままに~飛行機ができてきた~

●S小学校から、最終の校内研修に呼ばれた。
 5時間目に4年生の初任者のクラスで授業をし、その後、講座である。

 S小学校は近くの学校である。
 自宅から歩いて向かう。30分ほど。
 ★
 すぐに4年生のクラスで、授業。
 事前に5分ほど担任の先生と打ち合わせ。
 
 3階にある教室へ向かう。
 教室へ「こんにちは」と入ると、元気な声、顔で挨拶を返してくれる。
 「これはいいな」と内心思う。
 早速自己紹介をする。
 いつものパターンで、小刻みに自己紹介し、笑い、笑い、を起こす。
 とにかくよく笑う。
  これだけ笑わせておけば、授業はだいたいうまくいくのである。
 ★
 自己紹介の中で、突然「K君 どうなの?」と振ると、「どうしてぼくのことを知ってるの?」という顔。
 周りの子供が「筆箱に名前のシールを貼ってあるじゃん!」と教えている
(事前に担任の先生から、クラスの雰囲気を握るやんちゃな子供を教えてもらっていたのである)。
 
 そのKくんが、授業の感想で書いている。
 
 ★ ★ ★
 新しい先生だったから、とてもきんちょうしました。やさしいかおで、めがねをかけてる男の人は、だいたい内心こわい人と思っていたけど、とてもやさしい先生だし、とてもおもしろい先生だったなといんしょうにのこりました。
 「もういちど、またこんなおもしろいじゅぎょうをうけたいな~」なんてことを思いました。(いっしょう頭からはなれないと思います)
 ★ ★ ★
 
  良い子だなあと思う(笑)。
 
●  ブログに、山中先生からこのようなコメントが載った。
 私の「一昔前の授業だ!?」に対するコメントである。

 ★ ★ ★
 6年ぐらい前に市内のある中学校の社会科研究授業を参観しに行きました。
その授業後の研究協議の中で,
「一斉授業をやっている先生がまだいるんですね。一斉授業をやっている先生は,先生として認めません」
という発言をした大学の先生がいました。
私は,「知識をしっかりと定着させるためには,一斉授業も必要だと思っています。一斉授業をきちんとやれない教師は,他の学習指導をやってもうまくいきません。」と発言しました。
その大学の先生は,その場では言いませんでしたが,その学校の研究主任へ私を批判するメールを送ってきました。
(その文面は私も読みました)

不易の部分を大切にしない教育は,時代が変わると消えていくのだと思います。
 ★ ★ ★
 
 こんなことを言う大学の先生がいるのだとびっくりしたところである。
 現場をまったく知らない、相当にひどい教授である。

  私は、ここ7年間に1500人ぐらいの先生の授業を見てきたが、一斉授業以外の授業をされていた人は、1人もいなかった。
 今も、日本全国の先生たちは、数多く一斉授業をしているはずである。
 
 別に、一斉授業だけにこだわる気はないのだが、一斉授業をまったくダメであると発想すると、現場の実態と大きくかけ離れる。
 むしろ、山中先生と同じように、一斉授業をきちんとやれないならば、他の授業はできないのだと私も思っている。

●2019.38 朝日新聞 折々のことばから  鷲田清一

  人間には
   行方不明の時間が必要です

 「うたたねにしろ/瞑想にしろ/不埒なことをいたすにしろ」、人には
 「ふっと自分の存在を掻き消す時間」が要ると詩人はいう。「日々アリバイを作るいわれもないのに」境内電話は鳴る。でも出ない。むしろ時の隙間をこじ開けて一人「ポワン」としていたい。自分の大切に思うのも大事だが、ときに自分に厭きる。自分をチャラにすることも必要だ。詩「行方不明の時間」から。

●けん玉の「飛行機」が少しずつできるようになってきた。
 まだ5回に1回ぐらい。

 とにかく、試行錯誤。
 けん玉では、この飛行機とふりけんが鬼門になる。
  ここでけん玉を止める人は多いはずである。

 私は、「人ができることはできないことはない」という信条をもっているので、しつこく挑戦している。
 やっと、やっと、コツがつかめてきたのである。
 けん玉では、5級の段階。
 

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『教師1年目の教科書』(学陽書房)が発売される

   『新卒時代を乗り切る 教師1年目の教科書』(学陽書房)が発売される。
 3月6日よりアマゾンで売り出される。

 初任の先生へ向けて、今まで何冊もの本を出してきた。
 今回は、その集大成になるものである。

 決して見栄えの良い実践を書いているわけではない。
 しかし、初任の先生がぶつかるであろう現実に、「こうすればいい!」という助言をどれだけ書けるかと格闘して書いたものである。

 その意味で、若い先生たちの基礎・基本の実践がここに上げられていると思ってもらっていい。
 
 これだけできれば、クラスは何とかなるのである。
 中堅やベテランの先生がぶつかっているハードルも、ここへ戻ってくればいいのである。

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「1週間のシナリオ」を差し上げます!

 3月になった。
 新しい年度が始まる。
 今年度も初任の先生が、教師としての仕事を始める。
 ところが、心痛めるのは、辞めていく初任の先生たちが数多くいることである。
 
 決して、いい加減に子供たちに対応しているわけではない。
 また、教師へ対する希望や夢をもって、教師になってきている人たちなのである。
  ★
 16年前に初めて本を出した。
 『困難な現場を生き抜く教師の仕事術』。
 周りで学級崩壊が起こり、これから大変なことが起こってくるなあと実感したからである。
 
 その時、具体的な提案をしたのが「3・7・30の法則」だった。
 「学級づくり」の提案である。
 1ヶ月をどのように乗り切るかをテーマにしたもの。
 
  この1ヶ月が「学級づくり」にとって、どれだけ重たいものか、もう現場の先生たちは実感されていることであろう。
 中村健一先生なんか、この1ヶ月で100%決まると断言されている。
 勝負は1ヶ月なのである。
 ★
 勝負の1ヶ月で、「3」日をずっと声高に主張されてきた。
 私も、「3」の大切さを主張している。
 出会いの3日間として提起している。

 3日間で「野中先生が担任になって良かったなあ」と印象づけること。
 これが「3」のねらいになる。
 そのために、私は得意ネタの「怖い話、汚い話、おもしろい話」で迫っていく。
 教室の子供たちを震え上がらせたり、笑いの渦に巻き込んだりするのである。
 
 しかし、3日間は分刻みの時間。
 教科書を取りに行ったり、大掃除をしたり、……あっという間に過ぎ去っていく。
 そんなにこの時間に多くのことは期待できない。
 むしろ、最も重要になるのは、3日を含めた「7」(1週間)の時間である。
 仕組みづくりの1週間と言っている。
 朝登校してから、終わりの会までの「教室の一日」を仕組み化するのである。
 子供たちが自分たちで教室を動かしていけるようにするためである。
  ★
 そして、繰り返しの「30」日が来る。
 「7」でつくった仕組みは、1回きりのこと。
 
 子供たちは前年度のクラスで1年間慣れてきている仕組みがある。
 それがいいに決まっている。
 習慣を変えるわけである。
 
 そのために、「30」が必要。
 繰り返し、繰り返し、徹底させていく。
 大事な仕組みは、毎日でも取り組まねばならない。
  ★
 初任の先生は、この「学級づくり」の大切さを知らない。
 だから、クラスが大変になるのである。
 
 私は、初任の先生のために、その「7」(1週間)にどんな仕組みをつくればいいかを「1週間のシナリオ」で提示することにした。

 こんな仕組みになる。
 私の実践を7割程度入れてつくりあげた。

 もちろん、これは他の先生方にも参考になるものである。
 ★
 例年、このシナリオをほしい方に提供している。

 昨年とほぼ同じである。
 著作権も放棄しているので、自由に使っていい。
 
 特に、初任の先生たちに配付してほしいと願っている。
  何とか初任の先生たちが辞めないで1年間を終えていくことを切に願っているためである。

 ほしい方は、コメント欄にその旨を書いてほしい(非公開)。

 23枚の枚数になるので、十分注意してほしい。
 
 

 

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横浜野口塾のお知らせ

       横浜野口塾のお知らせ


1 日 時 平成31年3月30日(土)  10:30~17:00

2 会 場 横浜水道会館

              相鉄線 天王町駅下車徒歩7分

3 参加費 4,000円    学生2,000円

4 定 員 60名

5 日 程
  10:00 受付開始

 
10:30~12:00 第一講座 「説明文指導のポイントはこれだ」

10:30~10:45 地元教師による「想像力のスイッチを入れよう」の模擬授業

10:45~10:50 野口先生による指導・講評   

10:50~11:05 野口先生による「想像力のスイッチを入れよう」の模擬授業

           5分休憩

11:10~12:00    野口先生による説明文の指導法についてのご講演

 

12:00~12:50   昼食休憩・書籍販売

12:50~13:00        PRタイム

13:00~ 14:30第二講座「物語指導のポイントはこれだ」   

13:00~13:15     地元教師による「わたしはおねえさん」の模擬授業

13:15~13:20    野口先生による指導・講評

13:20~13:35     野口先生による「わたしはおねえさん」の模擬授業
     5分休憩

13:40~14:30     野口先生による物語の指導法についてのご講演

          10分休憩・書籍販売

14:40~15:40  第三講座  野中信行先生の学級経営講座 

                          「学級を軌道に乗せる学級づくりのあり方」

          10分休憩・書籍販売

15:50~16:30 第四講座  野口先生の教養講座 

                           「情報の読み方」        16:30~ 17:00  交流会

17:30~19:30 懇親会(希望者) 

6 申込方法

 「第202回 授業道場 野口塾 IN横浜 」のページのURLからお申し込みください。

 

   https://kokucheese.com/event/index/552120/
    
7 連絡事項

(1)昼食は各自でおとりください。会場周辺には飲食店があります。会場での飲食も可能です。

(2)講座修了後に会場近隣店で懇親会を予定しています。野口先生と直接お話しができる
 チャンスです。進んでご参加ください。 (4,000円程度の予定です。)

 



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つれづれなるままに~野良猫のトロが亡くなった~

   ●朝日新聞の折々の言葉(鷲田清一)から  2019.2.4

「お前が絵を描くなら、文章を書くなら、このまちの住人になるなよ。
 距離を取れ。
            陸前高田(岩手県)の写真館店主

 東日本大震災後、消防団長としての復旧に尽くした写真館店主は、被災者の言葉を必死に写し取ろうと移住してきた東京藝大の院生(当時)・瀬尾夏美に、その張りつめた思いを汲みつつも毅然とこう告げた。表現者は土地に密着してはならないと。これがのちの瀬尾の仕事の支えになった。
 「さみしさという媒介についての試論」
 ★
 この言葉はあらゆるところで使われるはずである。

 たとえば、新しい担任になった初任者へも使われる。

「あなたが、この学級をほんとにきちんと軌道に乗せたいと思うなら、
 子供たちの仲間になったりしたらだめだ!距離を取れ。」

 初任者の、大きな失敗は、子供たちの中へ入り、仲間になろうとすることから起こってくる。
 距離を取れとは、「縦糸を張れ!」ということになる。
 そして、横糸を張る(子供たちとの心の通じ合い)ことが必要になる。
 距離を取り過ぎても問題だからである。

●可愛がっていた野良猫のトロが亡くなった。
 隣の家の小屋で誕生し、ちょこちょこと私の家に遊びに来ていた。
 
 娘が玄関にトロの小屋を作ってあげ、夜になると、そこに入って休むようになった。

 食が細く、こわがりで、おくびょうだった。
 だから、毎日隣の家と前の家で、ひなたぼっこして過ごした。
 どこに行くこともなく、いつも私たちの見える場所にいた。

 ところが、今年になって、隣のうちにずっといるようになり、冬になっても、小屋に帰ってくることがなくなった。
  この寒さである。
 耐えられるのかなと心配していたが、やはり無理であった。

 最後は、私の家に連れてきて、一晩過ごした。
 朝方5時頃、もう冷たくなり始めて亡くなっていった。
  5年を過ごしたことになる。
 野良猫の寿命は4,5年と言われるが、丸6年生きたことになる。
 えさは隣の家でもらい、いつもいつも小食であった。
 それが心配だった。

 朝玄関へ出ると、ついつい日が当たっているところを探してしまう。
 もうどこにもトロはいない。
 
 平和主義者で、争うということをほとんどしなかった。
 トロがいる見慣れた風景が、もうないのだ。
 しばらくこのことに耐えなければならない。
 
●学事出版が『教採合格手帳』を出した。
 教員採用試験合格を目指す人のための手帳だという。
 
 私は、この手帳のもとになった教師プランニング手帳づくりの作成に関わった一人であった。
 その関係で、今も必ずその手帳が送られてくる。
 
 今回も、採用試験合格のための手帳を作成したということ。 
  それが送られてきた。よく出来ている。

●日本画家の堀文子さんが亡くなった。
 100歳だった。
 「慣れない、群れない、頼らない」という生き方を終生貫いた方だった。

 今堀さんが書かれた「私流に現在を生きる」(中央公論新社)を読んでいる。
 文章がうまい。しみじみ感じる。合掌。

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事務連絡

  「学級づくり」「授業づくり」の基礎基本の文書を希望された方で、まだ届いていない先生は、もう一度コメントしてください。リターンで返ってきた先生がおられますが、所在が不明です。

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一昔前の授業だ!?

   フェイスブックを見ていたら、T先生の授業に対して、以下のような否定をしている先生がいて、驚いた。
 T先生は、多くの著作をもっていて、特に国語教育では貴重な提言を数多くされてきた先生である。
 T先生は書いておられる。
 ★ ★ ★ 
 ……
 お一人だけ、全否定された方がおられた。
「こんなものは主体的対話的で深い学びではない一昔前の授業だ。
このような発問や指示を通して成り立つ授業は脱却しなければいけない過去の成功体験だ。」
………
 ★ ★ ★
 普通は、思っていてもここまで言うことはない。しかも、授業をしてくれたT先生に向かっての感想である。

 こんな自信がどこから生まれてくるのであろうか。
 驚くばかりである。
 ★
 これと同じようなことを言われたことがある。

 かつて20年前にも、新しい学習指導要領が改訂され、新学力観の考え方で授業を大きく変えなくてはならないという流れがあった。総合が入ってきたときである。
 
 この新学力観の考え方は、今の授業観と同じものである。
 漢字学習を否定したり、無理矢理にかけ算九九を教えることはないと指導したり、…とにかく教え込みの学習を全て否定するような勢いであった。

 決して文科省は、そんなことを提起したわけではなかったが、各地の教育委員会は、そんなことを指導していくところが出てくる。

 総合で私が授業をしたら、それを見た指導主事は、「子供が最初に声をかけるような授業ではなくて、教師が最初に切り出して発言しているので、そういう授業はダメな授業だ!」とまで発言した。
 私としては、まあまあの授業だったと思っていたのである。

 こんなバカな指導主事が、えらそうに指導をするときがあったのである。

 教師が指導する授業は、一昔前の、古くさい授業だという風潮であった。
 子供たちが前面に立って授業で活躍し、教師は側面から支援をする。
 そんな授業をすべきだと強く主張された。

 この風潮は、「ゆとり教育」の失敗という形で、尻すぼみに終わっていくのである。
 その結果、副作用としてひどい学力の低下を伴っていく。
 ★
 時代は巡る。

 20年前の新学力観の授業で何が失敗したのかと言うと、「不易の学力」を全く想定の中に入れていなかったことである。
 学習指導要領の中には、常に変わることがない「不易の学力」があるわけである。
 小学校は、特にその「不易の学力」の習得に力点をおくべき。
 
 算数の場合で言えば、1年生で習う「繰り上がり、繰り下がり」、2年生で習うかけ算九九などなど、どうしても覚えさせ、身に付けさせねばならないものがある。

 これを身に付けさせないで上学年にいけば、確実に低学力児になる。
 間違いなく算数嫌いを起こし、学習そのものを拒否していく子供たちを数多く生みだす。
 
 この当時、「嫌がることは無理をして教えなくてもいい」という風潮が広がった。
 今まで首根っこをつかまえても教えていくことが教師の作法であったものが、解き放たれたわけである。
 「やらなくて良くなった!」と。
 
 だから、低学年で必ず低学力児を4,5人出していくことが当たり前になっていく。

 今でもその後遺症は数多く残っている。
 それ以来、多くの教師たちが低学力児を何とかしようと身構えなくなっていったからである。

 私が今全国の先生たちと算数の低学力児を引き上げていく試みを共同研究でなしているのは、その後遺症をどのように克服していくかなのである。
 ★
 いつでも時代の流れで、研究授業だけは、今の流れで授業をし、そして普通の授業(「日常授業」)は、赤刷りの指導書の斜め読みで、カスカスの授業をやっている。
 20年前も、ほとんどの教師はそういう二面性をもってやっていた。
 そうしなければやっていけなかったからである。

 問題は、研究授業を何とかするということではなく、毎日やっている「日常授業」を何とかすること。
 この当たり前のことを発想の基盤にしなければ、何も変わらないのである。

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