日記・コラム・つぶやき

共同研究をやりませんか(4)

 野中と、共同研究をやりませんか。
 
 クラスで算数嫌いの子供が多く、どうしていくか迷っている先生。
 
 クラスに低学力児が多く、どうしていくか悩んでいる先生。
 
 算数の勉強が好きになる子供を増やしたい先生。
 
 勉強に自信を持てる子供を、算数を通して育てたい先生。
 
 応募してほしい。
 
 私は、この共同研究での実践を数多く集めて、さらに課題を精査し、さらに確かな方法に磨き上げたいと願っています。
 ぜひ、ご協力してほしい。

1 目標                                                

 この共同研究の目標は、2つ。                              

(1)クラスの低学力児を引き上げていくこと。10,20,30点を取っている子供を、60,70,80点に引き上げていく。                   

(2)クラスの平均点を90点以上にすること。 しかし、これはクラスの実態によってかなり違ってくる場合がありますので、無理をしないこと。                                             
2 条件                                                       
 

 共同研究を進めていく条件があります。                         

(1)「味噌汁・ご飯」授業の算数本(明治図書)を読んでいること(もちろん、これから読む人もいいです)。          

(2)「味噌汁・ご飯」授業として進めていけること。自分の力量で、教科書通りに進めること。             

(3)問題解決学習の方法をとらないこと。この学習方法を取ると、低学力児を引き上げることはできないからです。だから、この方法で算数の研究している学校は、不適当になります。                   

(4)学年をばらして少人数指導をしているところも、不適当になります。あくまでもクラス単位で指導しているところです。         

(5)教科書は、最初は東京書籍版、教育出版版でお願いしたい。現実的に、野中が、その2つの教科書しか持っていないためです。   
  他の教科書については、今後考えます。       
                                                    

3  具体的なやり取り                                             

(1)受け持った学年・クラスで、2学期の2単元を選んでほしい。野中とやり取りをするので、期間や時間に余裕を持って選んでほしい。
  
(2)その2単元の業者テスト(テストと解答)を野中の方へ送付してください(野中の住所は、メールでやり取り)                           

(3)野中は、復習テストと宿題を作成して送付します。8月中に行います。どのようにして作成したかも、一緒に同封します。            

(4)担任は、実践します。                                     

(5)そのテストの結果(点数)を野中へ送付します。 4月からのテスト結果(点数)を含めて送付します。その結果と共に、低学力児の様子を報告してください。(記録用紙は送ります)                              

(6)野中は、その結果を含めて分析し、その様子を報告します。   

(7)担任は、今後の指導の参考にする。                  

 ★
 これらの条件で共同研究をしたいという先生は、ブログのコメント欄で申し込んでほしい(コメントの公開はしませんので安心ください)。私の方からメールを送ります。      
  あまりにも人数が多くて、私が対応出来ない場合にもメールで対応します。                                                             

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共同研究を始めました(3)~学習指導で間違った認識をしていた~

 37年間、クラス担任をしながら、学習指導の基本は、常に決まっていた。
 「基本的な学習指導ができていれば、その学習理解でさらに発展した応用問題も対応できる」

 こういう認識を持ちながら、クラスにいる低学力児を引き上げる試みをずっと追求してきたことになる。
 「低学力児の引き上げ」が、教師としての第1の追求課題であった。

 しかし、現役生活の中で、この課題に対して満足な結果をあげることができなかった。
 ★
 そこに、びっくりする提起が行われた。
 認知心理学の研究成果。

 この提起は、学び合いの西川純先生の『学力向上テクニック入門』(明治図書)でなされた。
 この本を読んで、がぜん認知心理学の研究成果を学ばなければと思い、横浜の図書館へ通い、100冊程度の本を読みあさった。

 これらの本の内容に接しながら、今までの認識が、まったくの間違いであることに気づかされたのである。

 認知心理学の研究結果は、まとめると次のようなこと。
 ★ ★ ★
 一般的な知識や能力というものはなくて、我々の能力の大部分は、それぞれの状況や場所などにものすごく依存する。
 ★ ★ ★
 これを認知心理学では、「文脈依存性」「領域固有性」と言っている。
 
 どういうことか。
 つまり、「あることで学んだことが、他の状況では使えない」「基礎・基本の理解で、発展した応用問題を解けない」
ということになる。
 
  「おい、おい、おい、37年間私はまったくの認識違いをしていたんだ!」ということになる。
 ★
 今回の共同研究では、私は、「復習テスト」と「宿題」を作成している。
 そして、それを担任の先生に実施してもらっている。
 
 だから、共同研究をしているクラスが、これだけの結果を生み出している理由は、ここに原因がある。

 それは、認知心理学で明らかにされた「領域固有性」を克服できるように、その「復習テスト」と「宿題」の2つに込めたのである。
 ★
 何をしたのか。

 事前に、クラスで実施する業者テストと解答を送ってもらった。
 私は、その「テスト分析」をしたのである。
 そうすると、そのテストには、必ず「ひっかけ問題」がある。
 
 それは、このテストを作成している人(学習指導要領に精通したプロが作っている)が、全国平均を80~85点に調整するために、テスト問題の中に、必ず1問か2問、むずかしい、教科書には出ていない問題を差し挟んでいることである。

 この問題は、必ずそのままやらせれば、クラスの低位や中位の子供たちは、まちがいなくひっかかる。間違ってしまう。
 
 子供たちは、「この問題はやったことがない!」という認識をもつのである。
 認知心理学の「領域固有性」は、そのことを示している。

 だから、いつまでも低学力児の点数は、上に引き上げることができないということになる。
 もともと、そのようにテストは作成されているのであるから。 
 
 だから、何をしたのか。

 私は、その引っかけ問題の類題を、復習テストと宿題に混ぜて、事前に練習できるように仕込んでいったわけである。
 それだけではない。宿題には、教科書にない、ちょっと高度な問題も差し挟んでいった。

  ★
 学校現場では、神話のように考えられてきたことがある。

 「事前に、テストを見たりしたらだめだ!」と。
 「そのようなことは、姑息なことである」と。

  だから、いつもテスト用紙を配布してから、担任もその内容を知ることになる。

 「この問題は、やったことがないな。でも、基本的なことは教えているから、その応用で解いていけるはずだ!」と。
 こうなる。
 
 実は、私がこのような認識を持っていた。
 これがまったくの間違いであることを教えられたのである。
 ★
 大切なことがある。
 それは、点数主義に陥ってはだめであること。
 点数を上げるだけにこだわって、目の前の子供たちを見ようとしないことになる。

 
 時には、テスト問題を教えて、良い点数を取らせようとする先生がいる。これこそ姑息である。
 しかし、こんな姑息なことは、いずれ子供たちから見抜かれてしまう。

 私たちがこの共同研究に込めた最大の目的は、2つ。
 

 ①子供たちが算数が好きだという意欲と、算数が好きだという自信を持たせること。
 ②だからこそ、低学力児の点数の引き上げをしていくこと。

  どうだろうか。
 

 算数学習は、もともとこの2つのためになされていくべきではないのか。
 そして、この①②のような子供たちが、共同研究で実際に生み出されてきているではないか。

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つれづれなるままに~北見へ行ってきました~

7月17日、北海道の北見へ行く。
 北見市教育委員会から呼ばれての学校訪問である。
 昨年から2校ずつ訪問している。

 17日の2時頃に女満別空港へ着く。ひんやりしている。
 ジャケットを持ってきて良かった。
 低温注意報が出ていると、テレビは報じていた。
 

 15°である。「寒い!」。
 35°の横浜から来ている。実に20°の違い。
 ちょっと体がおかしくなる。
  ★
 18日、北見市立中央小学校を訪問。
 朝10時過ぎに学校へ着くと、運動場で鹿5,6頭が走り回っていたと聞く。パトカーが何台も来て、大騒ぎであったらしい。
 学校は広くて広くて、廊下など横浜の3倍ぐらいの広さ。
 
 3,4時間目、先生たちの授業を見せてもらう。
 そして、5時間目に、3年生の教室で、いつもの詩の授業をさせてもらう。
 
 他校からも先生たちが参観されていて、教室ではなく、教室前の多目的の場所で行う。
 子供たちは、乗りまくり、どんどん発表する。
 そのために、予定していたこともできなくて、うれしい悲鳴である。
 
 おもしろい子供がいっぱい。
 
 子供たちの感想。
「のなか先生またおあいしたいです。先生、すごくたのしかったです。またあったらべんきょうおしえてください。」
「たのしすぎてきんちょうしませんでした。とても楽しいをこえていました。すごかったところはものまねじょうずなのです。またきてほしいです。」
「どきどきし、はらはらしました。」
 
 放課後、1時間だけ「学力向上」に絞って話をする。
 ★
 19日、北見市三輪小学校を訪問。
 すばらしい環境の学校。
 
 このように北海道は、学校がすばらしい。
 うっとりする校舎である。
 
 この学校は、今年から道教委の学校力向上の事業を引き受けられている。
 3,4時間目に先生たちの授業を見せていただく。
 
 先生たちの数が多くて、1教室3分だけだが、抜きんでた授業力を発揮している先生たちが何人か。
 それは数分で分かる。

 ここ6年間で、1000人近くの先生たちの授業を見てきて、数分で、その先生の授業力が分かってくるようになった。
 見る視点をはっきりして、そこを見れば分かる。

 5時間目に、また5年生に詩の授業をする。
 すごい、すぐれた子供たちが何人もいて、授業をしながらなんと楽しいことかと痛感する。

 授業が終わって、階段を下りようとすると、その1人の男の子がおいかけてきて、「先生、楽しい授業でした。ありがとうございました 」と挨拶にきてくれた。
 ★
 授業は「味噌汁・ご飯」授業をしている。
 決して「ごちそう授業」ではない。
 
 私は、「小刻み活動法」を駆使して、小刻みに、指導言と活動を繰り返して授業を組み立てている。
 
 日頃、先生たちはつまんない授業を繰り返している(笑)。 内容もさして面白くも楽しくもないのだから、つまんなくなるのは当たり前。

 だけど、つまんない内容を、つまんないままに繰り返していてはならない。子供たちは、飽き飽きしている。

 別に、毎日楽しく、おもしろい授業をやれというのではない。そんなことが日常的にできるわけがない。
 私たちは、平凡な日常で過ごしているのであるから。

 ただ、1つだけ「小刻み活動法」を使えば、必ず子供たちは授業に集中する。集中せざるをえない。
 集中する授業をつくればいい。
 
 そのためには、ただ黙って聞く時間をできるだけ少なくして、活動の時間を小刻みに設定していけばいい。
 それだけである。

 そして、フォローを数多く。
 褒めたり、認めたり、励ましたりを数多くするのである。

 ただ、それだけではだめだ。
 厳しいことも、付け加える。
 授業では、「書くのが遅い!」「ノートを開くのが遅い!」「手の上げ方が下手だ!」……などの叱りもいれる。 
  ★
 人は、「褒める」と「叱る」の割合いが「3:1」でないと、ポジティブな気持ちにならないと言うことらしい。
 これは、数学者マルシャル・ロサダが提起した「ロサダの法則」である。
 
 優良な会社は、「6:1」、超優良な会社は「9:1」の割合いで部下を褒めているということ。
 『任せ方の教科書』(角川書店)で、出口治明さんが紹介されていた。

 ほとんどを「叱る」だけで過ごしている先生方は、おおいに耳が痛いことである。
 ★
 19日の夜遅く、横浜へ帰ってきた。
 また、35°の世界への復帰である。
「今年は、秋が早く訪れるはずだ」と願いながら、暑さにふうふう言っている。
 

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共同研究を始めました(2)~「味噌汁・ご飯」授業の効果~

  共同研究を進めている中堅の先生(「味噌汁・ご飯」授業研究会のメンバーだった先生である)の研究結果も送られてきている。

 このM先生は、今年度新しい学校へ異動している。
 4年生の担任。
 3年生の時、4クラス中3クラスが学級崩壊していて、受け持ったクラスは大変である。
 特別支援対象になっている子供が、33人中13人(自閉症、ADHDなどの子供)。
  ★
 こんな状態から始まっている。
 最初から「味噌汁・ご飯」授業で始める。

 でも、大変である。
 第1の単元の「大きな数」の単元テストは、以下の通り。
 技能40/50
 数学的考え方 38/50
 知識理解 40/50

 最低の点数は、表の点数(100点)が以下の通り。
 S1さん 45
 S2 さん 30
 Mさん 45
 
 結果は、まあまあではないか。ここから始まる。
 ★
 第5の単元「わり算の筆算2」を野中との共同研究(1単元だけ)を行う。
  ここまでにM先生は、「味噌汁・ご飯」授業で4単元をこなしてきている。
 
 単元テストの結果は、次の通り。
 技能 47/50
 数学的考え方 48/50
 知識理解 44/50

 最低点を取っていた3人の動向はどうか。
 S1さん 45→85
 S2さん 30→70(この子供が最低点になる)
 Mさん 45→85

  見事な伸びを示している。
 クラスの最低点も、70点になっている。これも見事。
 低学力児をきちんと引き上げている。
 ★
 M先生は、共同研究の実践をした結果で次のようなことを書かれている。

 ①4月と比べて、最近では、子供たち一人一人が、正しい型を覚えてから、応用や自分の解き方ができるようになることに気が付いてきたので、9月以降の子どもたちの学力の向上は、より期待できると思っています。
 
 ②他の3クラスとの比較で言えば、それぞれの観点で5~10ポイントほど高いことが情報交換で分かる。これは、低学力児が中位に、中位の児童が上位になってきている結果である。

 そして、次のように結んでおられる。
 ★ ★ ★
 7月の個人面談で半数以上のご家庭から、「算数の授業が面白いと言っています」と言っていただけました。また、低学力児の保護者からは、「勉強に自信がついてきたのでとても毎日生き生きしている」と報告を受けました。そしてたくさんの感謝の言葉をかけていただきました。学習ができる・わかるというのは、子どもたちの自信につながり、それが学級経営上かなりのプラスになります。昨今では、学級崩壊が珍しくない時代ですが、こういった試みが、それらの処方箋になってくるのかなと考えられます。今回の取り組みは、システム化されていたので、ベテラン・若手問わずに取り組むことができ、特に技術に乏しい若手にはとても有効なやり方になると思いました。
 ★ ★ ★

 「味噌汁・ご飯」授業は、子供たちをこうして変えているのである。
          (つづく)

 
 

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共同研究を始めました!(1)~初任の先生がこんな結果を出しました~

  算数「味噌汁・ご飯」授業の共同研究をしている。
 「味噌汁・ご飯」授業研究会として、昨年算数本を出版した。
 これを具体的にどのように実践していけばいいのか、それを共同研究として進めている。
 
第1次の「味噌汁・ご飯」授業研究会は解散したので、「味噌汁・ご飯」授業研究会とは別に個人的なことで進めている。

 共同研究をしている方は、初任の先生(3年)、2年目の先生(5年)、臨採の先生(1年)、中堅の先生(4年)の4人。

 この共同研究の目標は、2つ。
(1)クラスの低学力児を引き上げていくこと。
   10,20,30点を取っている子供を、60,70,80点に引き上げていく。
(2)クラスの平均点を90点以上にすること。
  (50点満点では、それぞれの領域で、45点以上)
   しかし、これはクラスの実態によってかなり違ってくる場合があるので、無理をしないこと。

 具体的にどんなことを行うかというと、以下の2つ。

 ①野中が2単元の復習テスト(授業の最初の5分間に行う)、宿題を作成。
 ②担任は、復習テストや宿題を子供にやらせながら、「味噌汁・ご飯」授業を行う。

 これだけである。
 ★
 まず、初任の先生のクラスから結果が出てきている。
 
  新しい計算 わり算  (東京書籍)  3年
  技能 49/50 数学的考え方 48/50  知識・理解 49/50
 

初任の先生は、私へのメールで次のように書かれていた。

「 野中先生、こんにちは。
先週割り算が終わりテストをしました。学級の3観点の合計の得点率は97%でした。掛け算が苦手だった子も今回は得点が8割を超えました。また、大きく点数がアップした子も何人もいました。すごい成果に驚いています。本当にありがとうございます。」

 最低点のBさんは、以下のようになる。
 技能 40/50 数学的考え方 30/50
 知識・理解 50/50
  ★
 この結果を受けて、私は正直びっくりした。
 3観点を100点に換算していえば、97点になる。
 最低の子供が、表は70点 裏は満点の50点である。

 予期している結果をはるかに上回っている。
 所詮、初任の先生なのである。
 うまい授業など期待できない。
 でも、そのクラスで、こんな結果を生みだしている。

  がんばって、「日常授業」として1時間1時間をきちんとこなさなければ、こういう結果は出てくることはない。

 みごとに、私の作成したものと、初任の先生の授業がマッチして、この結果を生みだしていると言えるだろう。
 ★
 2単元目の結果は、以下の通り。
 計算の仕方の工夫(筆算)
  技能 48/50 数学的な考え方 45/50
 暗算
  技能 48/50

 最低点のBさんは、以下のようになる。
    技能 45/50 数学的考え方 35/50
 暗算
      技能 40/50

 1単元目とは、少し点数は落ちている。
 数学的な考え方が、45/50になっている。

 これには、落ちるだけのわけがある。
 予想通りということになる。

 しかし、目標とした2つは、完全に達成されている。
 みごとと言ってよい。

  どうしてこんなことができるのか?(つづく)

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つれづれなるままに~けん玉に凝っている~

●NHKのプロフェッショナルで、かこさとしさんの最後の日々を見た。
 92歳で亡くなった。
 最後まで絵本づくりに拘り、最後を全うされた、と。

 最後に、水についての科学絵本を出されようとされていた。編集者との打ち合わせ。
 
 もうかこさんは、絵を描くことができなくなっていた。
 編集者は、替わりに絵を描いてくれる画家を引き連れて、簡単に描かれた台本を見ながらの打ち合わせ。
 
 台本についてのかこさんの鋭い指摘。
 結局、本にすることはボツになった。

 それから21日後に、かこさんは息をひきとった。

  かこさんの志は、戦争体験の反省からつくられている。
 その志を一途に貫かれた。合掌

●新聞の書評から、ふと買ってみた本。
 良い本だった。いや、なるほどと教えられることばかりだった。
 『すごい トシヨリ BOOK』(毎日新聞出版 池内紀著)

 ★ ★ ★
 昔の人は、人生五十年と言っていた。
 僕は、今でも、五十年というのはそんなに変わらないと思っています。
 平均寿命がもう八十を超えて、九十、百歳の人がざらにいるわけですから、人生に行きと帰りがあると考えれば、行き帰りで百年。行きのいわゆる上り坂をあがっていく、いろいろなことが楽しい時期はやっぱり五十年ぐらいだと思います。
 ★
 リタイヤした後の十年、二十年、あるいはもっと長い人生をどう生きるか。もしも、この下り坂が楽しくなければ、せっかく生きていることも非常につまらないものになる。
 下り坂の楽しみは、自分の老いと向き合うことから始まります。
 ★
 自分が老いるというのは初めての経験で、未知の冒険が始まるのだから、「こういうことはこれまでなかった」とか、「これぞ年寄りの特徴」とか、日々、気がついたことを記録するための、「自分の観察手帳」を作ったのです。
 ★ ★ ★
 私も池内さんに学んで、年寄り手帳を作ることにする。
 年を取っていくことは、死へ向かっていくだけのことなのだが、それを「未知の冒険」と捉える発想の転換はおもしろい。何事も、考え方なのである。

●けん玉に凝っていると書いた。
 続いている。
 大皿、小皿、中皿、「もしかめ」までは何とか辿り着いた。
 
 「とめけん」で立ち止まった。
 これは、6級になるという。
 上へ上げて、穴の中へすぽっと入れる技。
 これはむずかしい。

 試行錯誤。
 でも、やっとヒントらしいものに辿り着く。
  10回のうち、4,5回入るようになる。

 やっていると汗が出る。
 集中力が鍛えられる。
 これは、ボケ防止にはもってこいである。
 
●7月10日、神奈川県大和市の初任者指導研修へ行く。
 もう少しで夏休み。
 初任者も、待ちに待った夏休みであろう。
 
 その前に、この4ヶ月間のクラス経営を行っていたのかが問われる。
 その反省をし、9月からの2学期を迎えていくという趣旨での研修会。 

  90分。とにかく精一杯訴える。

●7月11日、東京北区の学級経営研究会の授業研究会に呼ばれて行く。暑くて、暑くて、大変。
 目的地の学校へ辿り着くまでに2時間近くかかる。

 授業は、2年生の国語「お手紙」。
 なかなか元気な女性の先生で、5年目だということ。
 センス抜群なのだ。

 でも、授業は、途中で停滞した。
 最初は、子供たちは意欲的だったが、だんだん元気がなくなる。
 
 私は、時間の使い方と発問の問題として判断する。

 放課後の話し合いは、参観された先生方の協議があって、そのあと45分間私の講評、提案をする。

 

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考えるためのツールを紹介~今泉浩晃さんのマンダラート~

  現場で生きていて、心がけていたことがある。

 ①よく見る
 ②それが何かと考える
 ③打つ手を処方する
 ④行動する

 現場を生きていくための処方箋である。
 しかも、この4つは、瞬時に考え、行動する。
 だから、若いときには、よく失敗した。

  しかし、現場で子供たち相手に格闘しているわけで、うまくいくことばかりはない。
 何か行動しなければいけないところが現場である。
 
「理論を実践に」などと格好良い言葉があるが、そんなことは考えてはいられない。
 その時の精一杯の対応しかできないのである。
 
 そこで大切なのは、それまでの経験を反芻して自分の中にしっかりと蓄えをもっているかどうか、なのである。
 それが、瞬時に試される。
  ★
 現場教師を37年間やってきて、一番何が自分にとって問題だったのか。
 
 つくづく私の中に残っている結論がある。

 それは、「考える」ことがあまりにも不足していたことである。
 でも、現場教師は、「考えて」なんていられない。
 それが自然である。
 その場その場で思ったことで行動する以外に方法はないのであるが…。

 「考える」なんて言っているが、実は考えてなんかいない。 ただ、その場で思っているだけ。
  現場教師としてやっているときには、こんなことは思ってもいなかったのである。

 そのことをしたたかに思い知らされたことがある。
  定年退職後のこと。
 ★
 5/15のブログで「大谷翔平が身に付けた冷静な適応力とは?」のことについて書いた。
 大谷翔平が、高校1年生に使っていた「考えるためのツール」も紹介しておいた。
 これの原点は、今泉浩晃さんのマンダラートである。
 
 すでに高校1年で、考えるためにツールを使いこなしていたことになる。

 これを見て「すごい!」と思われるのは、8つの考える要素(セルと言うのだが)の中に「メンタル」「人間性」「運」が入っていること。
 技術をいかに高めるかだけに拘っていないのだということである。
 ここがすごい。
 
 恐らく、大谷は、今故障をしているが、どうするかをこのマンダラートで考えているのではないかと予想する。
 ★
 「私も考えてはいるのです!」と言われる人は多いのだが、それは「思っているだけ」。思うことを、考えると勘違いしているのである。

 「考える」ためには、そのための「ツール」が必要。
 それを提起したのが、今泉浩晃さんなのである。

 これを模倣している本があるが、原点は今泉さんである。 ★
 今泉さんが、どんな提起をされているのか。

  一番ピンときた提起が今泉さんが中学生に向けて書かれたマンダラート入門である。とても分かりやすかった。

 これを今「味噌汁・ご飯」授業研究会で一緒だった秦安彦先生がブログに連載されている。
 https://dousureba2.blog.so-net.ne.jp/

 ★ ★ ★
 「中学生のためのMandal-Art 入門」はデザイナー今泉浩晃先生が、全23回にわたってFacebookのiMandalArtサイト・ノートに連載された記事です。
現在もこのサイトでノート過去記事を遡ればみることができます。
今回、私のブログに転載する許可を得ました。
転載にもしばらく時間がかかりますが、2回分ずつご紹介します。
★ ★ ★
 マンダラートは簡単な方法である。
 やる気になれば、すぐにできる。

 私が退職後に身に付けたのは、この「考える」ことである。
  このツールを使って考えた。
 

 日々の手帳も、これを使っている。
 手づくりである。
 私の日常には、もうなくてはならないものになっている。

 
 

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つれづれなるままに~尻から俳句~

●NHKのアサイチの番組に、俳句の夏井いつきさんが出演されていた。
 俳句の指南をされたのだが、「うっ~~、うまい!」という内容。感心してしまった。
 
 テーマは、「尻から俳句」。
 ①まず、お尻の5音から考える。
  これは季語じゃないものにする。
  司会者の華丸さんは、「ボールペン」を選ぶ。
 
 ②次に、お尻の5音を描写する7音を考える。
  華丸さんは、「半分青い」と。
 
 ③そして、最初の5音は、気分に合わせて季語を選ぶ。
  華丸さんは、「青嵐」。
   
 今頃の季節ならば、このような例になると…。
 風薫る 梅雨曇 青嵐 夏の星 など

 下5と中7には、季語は入れない方がいい、とも。
  ★
 子供たちに俳句を作らせようとすれば、このままずばり指導していけばいい。
 さすがにブレバトで活躍している夏井さんの指摘は、きわめて具体的ですぐれたものである。
 
●公立小学校教員採用試験の競争率である。
 統計学の舞田敏彦さんがブログに明らかにされている。
 
 http://tmaita77.blogspot.com/2018/06/blog-post_25.html

 今どうなっているかがはっきりする。
 ★
 2000年度と2017年度が比較されている。
 
①受験者数は、どうなっているのか。
 2000年度………4,6156
 2017年度………5,2161
 受験者数が、多くなっている。ただし、都市部に集中していて、27都道府県は、マイナスである。

②採用者は、どうなっているのか。
 2000年度………3,683
 2017年度………15,019
 これも多くなっている。
 初任者が増えていることがはっきり分かる。
 どこが多いのか。ほとんどが大都市圏である。
 増えているベスト5
 東京……1,631
 神奈川…1,051
 大阪府…1,014
 愛知……  991
 福岡……  810
 
③競争率は、どうなっているのか。
 2000年度……12,5
 2017年度…… 3,5 
  高いベスト5
 鹿児島…8,9
 沖縄……5,6
 群馬……5,2
 奈良……5,0
 兵庫……4,9
 低いベスト3
 広島、高知、富山…2,3
 和歌山…2,4
 山口、愛媛、茨城…2,5

 軒並みに競争率が減っている。
 たとえば、和歌山は、2000年度には、54,2だったのが、2017年度には、2,4に激減している。
 これは大変なこと。
  ★
 舞田さんは、次のように結んでおられる。
「日本は、優秀な若者を教員に引き寄せるのに成功しています。労働条件や待遇がよくないにもかかわらず、です。高度な人材を安く使える、個々の教員の熱意ややりがい感情に寄りかかっているわけですが、こういう虫のいいやり方も、綻びを見せ始めてきました。」と。

 これから3,4年で、地方でも世代交代が起こって、初任者がどっと入ってくる。
 教員離れが加速するのかどうか、それが大きくこれからの学校教育を変えていく。

●今、けん玉に凝っている。
 と言っても、たいしたことがない。
 やっと大皿、小皿が10回に8回ぐらいできるようになり、「もしかめ」が何とか少しぐらいできるようになったぐらい。

 認知症の予防にはもってこい、と(笑)。

 でも、これを本格的にやろうとしたらとんでもないレベルがあるということ。
 どこまでできるようになるかと、…。
 
 やりながら分かったことは、このけん玉の技術は、ただやみくもに場数を経るということではないということ。
 いかに技術を細分化して、その細分化した技術の繰り返し練習であること。

  そのことが分かる。
 技術を身に付ける方法は、いかなることも共通なのだ。
  ★
 ここでふっと思い出したことがある。技術の細分化ということについてである。
 水泳指導。
 
 クロール指導を、佐賀で長いこと体育の指導主事をされていた義兄のTさんに教えてもらったことがある。

 ①まず、腕かきの仕方を教え、陸上練習をさせる。
 ②次に、水の中で歩きながら腕かきの練習をさせる。
  それから腕かきだけでプールの横ぐらいを泳がせる。
 ③陸上練習で、腕をかきながら息づきの仕方を教え、練習させる。
 ④水の中で歩きながら腕をかきながら、息つぎの練習をさせる。
 ⑤ビート板を使い、1回息つぎをしたら、立つ。それを
  繰り返す。
 ⑥2回、3回と延ばしていく。
 ⑦今度は、ビート板を半分に切ったもので(廃棄する古いビート板をノコで切っておく)同じように行う。
 ⑧次に、1/4に切ったビート板で同じように行う。
 ⑨最後に、何も使わないで練習させる。

 まさに、指導の細分化である。
 
 あるとき、採用試験を受ける講師の先生が、25mのクロールができないことが分かった。
 急ぎ、私が、1時間ぐらいだっか、その先生の指導をした。
 できることを確認して、その細分化で指導したのである。

 みごと、採用試験の実地試験では25m泳ぐことができたということ。採用も合格になった。そんなこともあったのである。

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初任者指導の先生たちの講座へ行く

  鳥取の倉吉に行った。
 今回は、初任者指導の先生たちへの研修会である。
 鳥取県全体から145名の先生たちが集まっておられて、会場はぎっしり。

 一度だけ数年前に千葉の柏市で、指導の先生たちへ話をしたことがあったのだが、今回で2回目になる。

 これから3,4年の間に、地方の教育現場では大きな変動が起きる。
 初任の先生たちがどっと入ってくる事態である。
 そのために、その先生たちを指導する先生たちも、数多く必要になるのである。
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 ところが、事態はうまくいっていない。
 初任者と指導の先生たちの間で、齟齬が起きている。
 いくつかの原因がある。

 1つは、指導の先生が、自分なりの指導をされた頃と同じような厳しい指導をするのだが、それが初任者に合わない。厳しい指導が合わなくなっている。

 2つ目は、指導の先生が、指導の方法で、具体的な指導を持っていないこと。ずれた指導をしている。
  今、最初(1ヶ月)は、まず学級の基盤をしっかり作っていくことから始めていかなければならなくなっているのに、その指導をしない。
 
 授業の指導ばかりをする。授業をきちんと指導すればいいと思っている。

 初任者も、授業をちゃんとやればいいと思っている。
 「学級づくり」については、ほとんど大学で学んできていない。だから、必要感がない。
 
 現実的には、学級がうまくいかない。
 
 地方の場合は、まだまだ子供たちが素直であり、落ち着いているところが多い。
 その場合は、ことさらに「学級づくり」を意識しなくても
成立していく場合がある。
 だが、都市圏の学校は、もう成り立たない。

 指導の先生は、「あなたの授業が、楽しく、おもしろくないから、子供たちが荒れる。もっと教材研究をしなさい」と指導する。
 
 初任者も、自覚症状があるから、遅くまで残って教材研究をしようとする。夜の9時、10時まで。
 でも、教材研究といっても、どうやるか分からない。指導書を丹念に読み、指導案を作るぐらい。

 へとへとになる。
 それでも、クラスは良くならない。

 初任者は、「自分は教師に向いていないのだ!」と考える。
 そして、辞めていく。
 こんな事例がかなりある。
 あるY市は、1年間に4,50人の初任者が辞めていく。

 初任者も指導の先生も、授業に特化して考えている。
 
 そんなことではなく、子供たちとどういう関係を作っていくのか、どういう「学級づくり」をしていくのか、について最初指導しなくてはならないのである。

 そこがなされないためにうまくいかないのである。
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 初任者指導の先生で、4人の初任者を担当している先生がいた。
 校長を退職して初任者指導に着かれた。
 始業式が終わってすぐに初任者に会って、「明日からA4 1枚でいいから授業についての指導案を書いてきなさい」と指導された。

 悪意はない。しかし、その1枚の指導案でも、初任者はパソコンで作ろうとしたら、1時間以上かかる。授業は5時間も、6時間もある。

 やらざるをえない。
 だが、クラス担任なのだ。
 その授業案づくりばかりにかかっていることはできない。 数限りなく仕事が押し寄せてくる。
 
「学級づくり」という大切なこともある。
 それは、ちょっと想像していけば分かることではないか。

 結局、4クラスのうち3クラスが学級崩壊になった。
 あとの1クラスも、4,5月は厳しかったが、1年生の担任だったから何とかなったのである。
 なぜ、こんなことが分かっているかというと、1クラスだけその後始末を私がしたからである。その先生はがんばって1年間を乗り切った。

 2人の初任者は、休職を繰り返したと聞いた。今、どうなっているのか、教師を続けているのかも分からない。

 「A4 1枚の指導案を書いてきなさい」という指導が、初任者の人生を狂わしてしまう。
 自分の思い込みだけでやろうとするから、こういうことになる。
 
 この事例だけでも、はっきりする。
 最初は、学級をしっかり作らせなければならないのである。 

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 なぜ、しっかり学級を作るのかというと、それは授業を軌道に乗せるためである。
 学級は、基本的には授業で動いていく。
 
 学校の一日の時間の流れがそうなっている。
 1時間目から6時間目までの時間の流れで、ほとんど学校の時間が成立している。
 
 その時間が、豊かでなかったら、学級経営はうまく軌道に乗ることはないのである。


 

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つれづれなるままに~「うまくいかないこと」への対処法とは~

●姪が子供を連れて遊びにきた。
 子供は、1歳9ヶ月の男の子Kちゃん。
 
 活動的で、激しく動き回る。ひとときも油断ができない。 好奇心旺盛なのだ。
 
 ところが、朝、テレビをつけるとじっと見つめる。
 日頃、テレビを見ていないということ。
 
 その時、指さして叫ぶ。「パパ!」。一瞬のこと。
 福山雅治が出ているエナセーブのCMである。
 
 「えっ~~~」と。
 2回目のCMで確かめる。
 ほんとに、ほんとに、福山のそばにパパが写っている。
 
 そのパパは、モデルをやっていて、そのCMに出演していると姪の言。
 
 驚いたのは、私たちはそのCMの間、福山雅治を見ているのだが、Kちゃんは、違うところを見ていたところ。
  なるほど、見るところが違う。
 私たちも、このような眼を持たなければならないと、つくづく思う。違うところを見ておくのである。

●コーヒーが好きである。
 毎日飲む。
 最近新聞を読んでいたら、丸山コーヒーの丸山健太郎さんが特集されていた。
 
 丸山コーヒーというのは、いつか知り合いの先生から送ってもらって飲んだことがあった。
 おいしいという記憶はあったのだが、その時、それ以上に取り寄せて飲もうというほどではなかった。
 
 その特集記事を読んで、がぜん興味を持った。
 「1年の150日以上を、世界のコーヒー農家訪問についやし、手塩にかけてつくられたコーヒー豆を買う、買う、農家の言い値で買う。そして、豆のオークションでは落札、史上最高値で落札。さらに、世界各地である品評会に、審査員として参加、参加、だれよりも多く参加。」とある。

 長野、東京、神奈川、山梨に計11店。17年の年商約16億5千万。

 ともにスペシャルティコーヒーの普及に取り組む米国人、スージー・スピンドラーさんは「彼ほど温かくユーモアのある人はいない。生産国の方々は彼を頼って苦難を乗り越えてきた」と。
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 早速父の日ギフトコーヒーを頼む。
 安売りはしないと言っているので、確かに高い値段。
  すぐに来た。

  うまい!
 ピュアな味と言った方がいいのだろうか。
 また、頼んでみたいという気持ちになる。

 日本には、こうして丸山コーヒーのフアンがいるのであろう。

●時間があれば、本の原稿に取り組む。
 『新任教師1年目の教科書』(仮)の原稿である。
 
 来年2月に出版予定。
 計画的に原稿執筆に取り組んでいる。
 
 原稿を書くパソコンは立ってやっている(笑)。
  五十肩になって、座ってのパソコンが原因であることが分かり、思い切って立ってやることにしたのである。
 
 もう2年ぐらいだろうか。
 慣れというのは恐ろしいもので、何の不都合もない。
  3,4時間立っていても平気である。

●メールで、若い友人たちから相談を受けることがよくある。 全部、うまくいかないで悩んでいる相談である。

 「うまくいかないこと」への対処法についての基本的法則がある。2つ。

 ①うまくいかないのは、成長のための必要事
 「うまくいかないこと」は、決して否定的に考えることではない。うまくいってばかりいたら(そんな人はいないのだが)、その人は、まったく成長できない。
    うまくいかない出来事は、あなたが成長するための必要事だということ。それを考え、乗り越えていくのですよという、お知らせである。
 

 ②うまくいかないのは、発想の間違い
  一生懸命にやって、うまくいかないことが出てきたら、それは、あなたの考え方ややり方が間違っているのですよというお知らせ。発想を転換しなさいということ。もっとうまい考え方があるよ、うまいやり方があるよということである。

 普通、人は、①②というように考えない。
 2つの傾向を示す。
 1つは、ずいぶんと落ち込む。自分を責める。「自分ってダメなやつだ!能力がない!」と。
 
 もう1つは、周りにその責任を転嫁する。
 他の人が悪いとなる。自分はこれだけがんばってやっているのに、邪魔をする、となる。
 
 自分で考えれば、絶対正しい、これ以上に考えようがない、と思うのだが、うまくいかない。それは、自分の周りの人間が悪いからだ、と。
 
 普通、人は、この2つのように考える。
 
 でも、このような人は、また同じように間違う。
 それは、この人の世は、自分だけでなく、他の人も生きているのであるから。
 「関係」の中で生きているのであるから。
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 うまくいくためには、発想を変える。
 自分が正しいのだと思わないで、どこで、何に、どのような問題にぶつかっているのだと、じっくり考えてみることである。
 
 えらそうに言っているが、私はこの歳になって、やっとこの境地に立っている。
 この基本的法則を、早く若い頃に身に付けていればもっと生きやすくなっていたのだと思ってしまう。 
   

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