日記・コラム・つぶやき

教員不足 授業できない学校も!

  こんな深刻な事態がニュースになっていた。

 YAHOOニュースである。

 ★ ★ ★
広島県内35校で教員不足 授業できない学校も
5/15(火) 19:35配信 RCC中国放送

中国放送
広島県内の公立の小中学校など35校で、教員が決められた人数に達していない「欠員」の状態にあることがわかりました。
呉市では4月、授業を受けられない生徒がいた中学校もありました。
広島県教育委員会によりますと、県内の公立小中学校などを対象に調査した結果、35の学校であわせて38人が欠員状態になっているということです。

その内訳は非常勤講師が12人、臨時採用の教員が26人です。

このうち呉市の吉浦中学校では、1年生の国語と2年生の理科で必要な教員を確保できず、あわせて4クラス101人が4月分の授業を受けられませんでした。

5月からは、ほかの学年の教員が授業を行っています。

「生徒や保護者に心配をかけ、大変申し訳なく思います」
(呉市教育委員会 学校教育課・高橋伸治課長)

呉市教育委員会は、求人を出すなどして新たな講師を探していますが、このまま見つからなければ夏休みや冬休みに補習を行う可能性があるということです。

「今後、非常勤講師を早急に配置できるよう全力で取り組んでいきたい」
(高橋課長)

「由々しき事態だと思っている。生徒たちにしわ寄せがいくのはできるだけ避けていくことが望ましい」
(広島県・湯崎英彦知事)

湯崎知事は会見で、教員不足により授業への影響が出ていることに懸念を示しました。

広島県教委は、定年による大量退職に新規採用が追いつかないことが教員不足の原因だとしたうえで、「他の都道府県でも事情は同じため、教員の確保に苦慮している」と説明しています。

今後、学校現場での授業などへの影響を詳しく把握したうえで、教員の確保策を検討したいとしています。
 ★ ★ ★

 おそらく、この事態は広島だけではない。
 数年前、関西のO市は、「講師50人待ち」という事態になっていると聞いた。
 この話を聞いて、関西N市の教育センターの指導主事に聞いたら、「うちも同じような状態です!」と。

 「講師50人待ち」というのは、「来ない」ということ。
 だから、校内で先生が辞めたり、療休に入ったりしたら、その学校の誰かの先生が代わりの担任をする以外にないわけである。
 代わりの先生がいればいいが、いない場合教頭が担任をすることになる。
 ★
 この事態に、やれることは、とにかく免許を持っている先生をかき集めることなのである。
  その先生がどんな先生かは問題外のこと。

 今、驚くのは、採用試験に不合格になった講師たちが、ほとんど、担任になっていることについてである。

 採用することについてはいい。
 でも、担任にするというのは、どういうことだろうか?
 少人数指導とか専科とかにするならば話は分かるのだが、担任である。

 それについては、学校自体がもう担任にする以外に余裕がないという状態らしいのである。
 そう言えば、今年採用された、私の甥や姪も、臨任のときには担任をしていたのである。

 採用された初任者は、初任者指導がついたり、さまざまな研修が行われたりする。
 でも、講師に対しては、ほとんど何もない。
 放置状態になっている。

 それで担任ができるのか?
 まともにできるはずはないではないか。

 30年、40年前なら、それも可能であった。
 学校はのどかな状態だったから。
 がんばってやれる人ならば、誰だって教師になれたのである。

 ところが、今は無理。
 その人の情熱とか意気込みとか夢とかでは、どうにもならないリアルな現実がある。
 ★
 どうするか。
 手立てははっきりしている。
 
 学校に担任から外れている先生を3,4人増やすこと。
 加配すること。

 これだけでも、今問題になっている懸案の事例を、半分ぐらい解決することができる。

 文科省は何とかしようとしている。
 でも、財務省が動かない。
 あの財務省である。

 このままでは亡国の道を突き進むだけである。

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崩れていく初任者の教室をどうするか(1)

  知り合いの先生が、1年生の学年主任をしている。

 隣には、初任の先生がいて、その初任者指導教員でもあるということ。

 ところが、ここへきて隣の初任の教室が崩れてきていて、困っているという連絡を受ける。
  これからどのような対処法になるのか、という質問である。
 
 初任者個々によって課題が違ってくる。 
  実際に、その様子を教室で参観できれば、その課題は明らかにすることができるが、それはかなわない。
 ここでは、一般的な傾向として書いてみることにする。

 初任の先生は、5月のこの時期に、クラスが賑やかになっている。すでに荒れているところもある。

 これから魔の6月に入る。
 5月の末に運動会を控えているところは、運動会が終わったあとが大変である。

 原因ははっきりしている。
 
 ①子供たちとの「関係づくり」の失敗
 ②踏み出していく「学級づくり」の失敗

 大きく言えば、この2つになる。
 ★
 ①の関係づくりの失敗とは、2つ。

 1つは、最初の子供たちとの関わりを、「仲良し友達先生」となろうとすることからの失敗。
 
 友達みたいに、やさしく、親愛の情を込めて関わろうとする。否定することではないが、「教師」としての関わりをしていないので、5月、6月になってくれば、賑やかになり、一部の子供たちは勝手に動き出すようになる。
 もはや、その動きを押さえることができない。

 2つ目は、クラスにいる「超やんちゃ」な子供2,3人に対する対処の方法がうまくいかず、もはや「やりたい放題」になっている。

 ★
 ②の「学級づくり」の失敗である。

 踏み出していく4月の「学級づくり」は、子供たちが安心して暮らしていけるように、仕組みとルールをきちんと組み立てていかなければならない。

 ところが、大学ではほとんど学んできていないので、どうすればいいか分からない。
 初任者には、何とか授業さえきちんとやればいいのだという認識しかない。
 
 「学級づくり」の必要感がない。
 だから、仕組みづくりも、またルール作りもうまくいっていない。
 秩序が整わない「無政府状態」になっていくのである。
  ★
 さて、どうしていくか。
 1学期の間は、まだまだ修正は可能である。

 ある学校では、九州から出てきた初任の先生が2週間で辞めて、帰ってしまったと聞いた。今年度のことである。
 ほとんど放置状態だったということ。

 今初任者は、博打のような状態におかれていると言ったのは、「学び合い」の西川純教授である。
 
 きちんと面倒を見てくれる学校へ赴任すれば、何とか1年間は凌いでいける。
 しかし、自分の面倒で精一杯の学校へ行けば、ほとんど放置状態におかれる。初任者一人で過ごしていける状態には、今学校は成り立っていない。
 そのため、辞めるか、療休に入るかになってしまう。

 その意味で、赴任する学校の当たり外れ(博打の丁半)によって初任者は左右されていると、西川先生は言われていた。

 だから、初任者ががんばれるのは、周りの支援が大きい。
 初任者指導の先生、学年の先生などがこぞって支援できれば、何とかがんばっていけるものである。

 とりあえずの方策は、3つ。

 1つ目は、「仲良し友達先生」から「教師」への転換。
 友達としての今までの接し方ではなくて、きちんと「教師」をすること。きちんと「行動化」していくこと。
 どうするか。
 
 とりあえず、2つ。
 ①授業と休み時間の区別をきちんとつけること。
  授業では、きちんとした言葉遣い、友達を「さんづけ」 「くんづけ」で呼び合うことなどを徹底する。休み時間に なったら、自由に呼び捨てやあだななどの呼びかけで関わ り合う。
  そういう関わりで、授業と休み時間のきちんとした区別 をする。

 ②叱る時は、真剣に叱ること。
  「そんなことやっちゃだめでしょ!」というような叱り 方をしない。やってはダメなことは、真剣に厳しく叱る  ことが必要。

  2つ目は、超やんちゃな子供への対処法。
  不適切な行動を繰り返し取ることで、始終注意、叱責などの措置が取られていることであろう。
 それは自然な対応になる。

 それに対して、担任に対しての反発を強めていることであろう。
 
 どうしていくか。
 ①しょっちゅう叱っていくことを止める。
  ひどいルール破り、授業の妨害などに絞って叱り、少々 のことには目をつぶっていく。
 
 ②一緒に遊ぶことを多くする
  超やんちゃな子供は、えてして教師に対する甘え方をし らない場合が多い。こちらから意図的に近づいていく。
 
 ③ほめる、認める、励ます
  叱られ慣れているが、ほめられていない。
  だから、ちょっとしたことでできたりしたことを全体の 前でほめていく。これがえらく効く場合がある。

  3つ目の方策は、ルールづくりに関すること。
 教室のルールを整えていくのである。
 それには、目標達成法を提案しておいた。
 低学年には(4年生ぐらいまでは有効)、目標達成法の低学年版として個人目標達成法「ハカセ方式」がある。
                               (つづく)

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つれづれなるままに~10年間のこと~

●先日の千葉柏市の講師研修での受講者感想を、指導主事の先生より送ってもらった。

 ★ ★ ★
「縦糸がほぼない状態だということに気付けたので,KSSを意識したいと思いました。気付かせていただき,ありがとうございました。」

「授業がいつも45分で終わらないことが悩みでした。授業をまたいでしまうと子どもの理解度も下がってしまうので,しっかり45分におさめるのは大切だと改めて感じました。

模擬授業の中にちりばめられている細かいポイントもしっかり明日から実践していきたいと思います。」

「私は現在『仲良し友達先生』になっている部分があり,叱り方も甘い所を悩んでいたので今日を機にけじめをはっきりとする,しっかりとしかることを目標にしたいと思いました。」

「大学を卒業してまだ1ヶ月,わからないことばかりで不安な日々でしたが,こうしてみたい,ああしてみたいという思いがたくさん生まれました。ありがとうございました。」

「縦糸・横糸のお話がとても参考になりました。初めてのことばかりで,目の前のことに精一杯になってしまいがちですが,子どもとの横糸もしっかりつくろうと思いました。短い模擬授業でしたが,とても引き込まれました。」

「毎年,講義形式のスタイルから主体的に取り組む授業への切り替えを課題としていますが,教科や単元によってうまくいかないことも多くあります。今日の授業づくりのお話を聞いて単元の見通しの立て方や,一コマの作り方がとてもよくわかりました。」

その他にも,もっと早く先生のお話を伺いたかったという感想や,先生のブログにコメントを書かせていただきたいと思っているという感想が多くみられました。
 ★ ★ ★
 多分、講師の半分以上は、大学出たてで採用試験に合格しないで講師になった先生である。

 これらの感想を見ると、私の話が伝わっていると思われた。 最初は、「学級づくり」で、次に 「授業づくり」、そして最後に「こんな授業なのです!」と、受講生を相手に模擬授業をした。この最後の模擬授業が良かったようだ。うれしいことである。

●私が受け持った卒業生の1人Hさんと会った。
 年賀状のやり取りはしていたのだが、私がその年賀状を70歳を契機に終わりにすると伝えると、以下のハガキが舞い込んだ。
 ★ ★ ★
 10年間のうちに、先生にお話したいことがたくさんできました。後片付けの1つとして私ともう一度会ってはいただけないでしょうか。
 ★ ★ ★

 賑やかな町田の街で会って、お昼ご飯を食べた。
 Hさんは、10年前のHさんで、ほとんどあのままで生きていた(そう言うと、成長がないととられるがそうではない)。
 
 6年生のあの頃も、クラスでどちらかと言えば孤立しながら、それでもきちんと自分らしく生きていた。
 私はそれでいいのだと思い続けていた。
 
 会ってみて、今も、そんな生き方を続けていた。
 大学をこの春卒業し、フリーターをしながら、大学院を目指しているということ。
 
 確実に自分に向き合いながら、自分の生き方を探していこうという姿勢がなんともいいのである。
 浮き立った姿勢が感じられなかった。
  うれしかった。
 
 がんばってほしいな、と。

 帰り道、私はこの10年間何をしてきたのだろうと思いつつ……。

●友人のKさんが写真展を開いたので、駆けつけた。
 鳥をテーマに、撮り続けた写真。

 素晴らしかった。
 海外での写真もあり、惹きつけられた。

 Kさんも教師をやっていて、定年後こうした生活をしている。励まされる思いになった。
「うん、うん、生きているんだ!」と。

●現代の人たちは、鉄分が慢性的に不足して貧血になっていて、それが疲れやだるさを生みだしていると、NHKのためしてガッテンのテレビは伝えていた。

 そこで、効果があるのが、「鉄瓶」とか「鉄たまご」というものらしい。

 早速高島屋に買いに行ったが、鉄瓶は1万円以上する。鉄たまごは、テレビで評判になったので、品切れだという。

 これではダメだと思って、アマゾンで調べてみた。
 あった、あった、南部鉄瓶はさまざまな種類がある。
 そこで5000円台の鉄瓶をゲット。
 
●5月15日に、神奈川県横須賀の初任者研修に行った。
 もう何年も通っているところである。

 小中67名の参加者。
 5つの課題で進める。75分。

 ①担任をする初任の先生がよく失敗する1つのこと。
  それは何だろうか?
 ②子供との関係づくりをどうしたらいいか?
 ③学級がうまくいくかどうかの岐路はどこか?
 ④安心・安全な居心地の良いクラスを作るために?
 ⑤ルール作りをどうするか?

 ぴったり75分で終わる。
 最近は、時間調整がうまくいくようになった。
 
 かなり厳しく初任者に迫っていったので、かなりしんどかったのではないか。
 とにかく、1年間を何としても凌いでいくのだとメッセージを送る。
 

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大谷翔平が身に付けた「冷静な適応力」とは?

    今、メジャーリーグで大活躍している大谷翔平は、人間の可能性をさらに追求する人として私たちの前に現れている。


 その活躍にわくわくする。
 彼の活躍は、私たちを元気にする。

 サンデーモーニングで張本さんが言われていた。
「大谷は、日本にいるときには打者としては並の打者だった。 でも、今の大谷は、私たちが30年代に理想とした打ち方 を身に付けている。どこで、あんな打ち方を身に付けたの か?」と。
 張本さんは、珍しく大谷を誉めていた。

 オープン戦では、まったくだめであった。
 それが、いつのまにかメジャーリーグに合わせた投げ方、打ち方を身に付けている。
 監督は、「適応力がある!」と。

 大谷は、あのような派手な賑わいのなかにあって、どこか冷静な対応ができる。キーワードは、「冷静な適応力」ということになる。
 
 こんな方法をどこで身に付けたのか。
  それはとても興味ぶかいことになる。
 ★
 大谷翔平で、話題になったことがある。高校生の時に作成したものだという。
 Photo

 これは「目標達成表」となっている。
 でも、この表の原点は、今泉浩晃さんの「マンダラート」であることは、ほとんど知られていない。

 この表は、今泉さんの発祥である。
 それを他の人はマネしているだけである。
 
  大谷翔平は、今もきっとこのマンダラートを使って、じっくりと考えているのではないか。
 
 そのように私は予想する。
 それが、あの「冷静な適応力」を生みだしているのではないか。
 ★
 実は、私も、このマンダラートを使って「考えた」ことがある。
 「味噌汁・ご飯」授業についてである。
 だれも、「日常授業」についての研究なんてしたことがなかったのである。
 このほとんどについて、私はマンダラートで考え続けた。
 ★
 人は、日頃「思う」ことは始終やっている。
 でも、「考える」ことはやっていない。

 「考えてみなさい」と指示されていることなども、「思ってみなさい」と言っていることで、実際の「考える」ということではない。

 人はほとんど「考えて」いないのである。
  「じゃあ、じっくり考えてみよう」と身構えても、考えられることはたいしたことはない。

 そのことを今泉さんは指摘されている。
 そして、「考える」ためには、ツールがいるのだとも。
 
 今泉さんは、その「考える」ツールを「マンダラート」として提起している。
  http://www.mandal-art.com/
 
「WelcomeSeminar」をクリックしてください。

  ★
 じっくりと考える。
 誰でもが、そのように言う。
 しかし、ほとんどがそうできない。
 思いを連ねているだけである。
 
 「考える」ことはどうすることか、今泉さんに教えてもらったことになる。
 

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自分さがしの旅~過去は変えられる~

  私は長いこと過去の失敗や挫折や間違いなどに苦しめられてきた経験がある。

 調子が悪くなると、とたんに過去のさまざまな問題が思い出されて、またさらにその問題に苦しめられる。
 そんなことをずっと繰り返してきた。
 最近は、そんな過去が出てきたら、さっと忘れていく訓練ができているので、悩まされることは少なくなったのだが…。
 ★
 自分のことが嫌いだという人がいる。
 びっくりするのは、意外とこんな人が多いということ。
 「自分が好きになれない!」と。
 そんな人を見ると、やはり過去に苦しんでいるんだなと思ってしまう。
 ★
 ところが、最近以下のような言葉に出会って驚いた。
 「過去は変えられますよ」と。
 「えっ~~、そんなわけはないだろう!未来は変えられるが、過ぎてしまった過去は変えられるわけはないだろう!」と思っていたからである。
  ★
 この本に出会って、しみじみと思った。
 もう少し若い頃にこの本に出会っていたなら、私の人生も変わっていたのではないか、と。
 
 でも、いやいや反対にこうも思った。
 「今だからこそ、この本の価値が自分の中にすとんと落ちてきたのであろう」と。
 
 その本とは、『自分さがしの旅』(斎藤一人著KKロングセラーズ)。
 この一人さんの本は今までも読んできていた。
 しかし、どうにも馴染めない考えがあり、真面目に読んでこなかったものである。
 この本も最初は読むのを迷った。
 「自分さがし」という言葉は、大嫌いな言葉だったから。 
 しかし、読んで見て「ほんとに良かった!」と思った。
 私の人生(といっても残り少ないのだが)は、これで変わるよと思ってしまう。
 ★
 過去を変えられるという話の続きである。
 斎藤一人さんは語る。
  ★ ★ ★
 過去は変えられないけど、未来はどうにでもなる―という話、聞いたことあるだろ?
 でも、どうにもならないよ(笑)。
 あなたの、その嫌な過去を変えないで、未来はしあわせ、って無理。なぜなら、あなたは子どものときから、ずぅっーと否定漬、貧乏漬にされてきて、不幸グセがついちゃってるから。そういう人は、今日も、明日も明後日も、ずぅーっと不幸なんだよ。
 ★ ★ ★
 一人さんは、周りにいる人に話している、こういう口調スタイルで話は進んでいく。
 
 ★ ★ ★
 オレは「過去はどうにでもなる」っていうんだよ。
  過去って、自分の頭のなかにある思い出だからな。
 思い出ってのは、どうとでも、自分の好きなように書き変えられるんだよ。
 オレたち、歴史上の人物じゃないんだから、そんな、歴史の教科書に載っかってるわけないからね(笑)。
 変えちゃっても全然問題ないの。
 ★ ★ ★
  ★
 さてさて、どうやって変えるんだろうということになる。
 ★ ★ ★
 だから、自分が否定的になっちゃったときね、消極的になったり、落ち込んだり、悲しくなっちゃったときに、
「この思いは、どこからきてるんだろう」
 一回、過去にもどって考えてみる。
 だから、一人さんの“自分さがしの旅”とは、自分の記憶のなかを旅するの。自信を失う前の自分、否定漬にされる前の自分、こわがりだとか、心配性だとか、そういう性質をもつ前の自分に会いに行く。
 ★ ★ ★
 ふんふん、それで……。
 話は続く。
 ★ ★ ★
 それと同時に、過去に自分が失敗したこと、恥ずかしく思ったできごと、自信を失ったことや傷ついたこととか、思い出すといい気持ちがしないような過去を一個一個、“いいこと”にひっくり返しちゃうの。
 オセロで黒いコマを白に変えるみたいに、変えちゃうんだよ。
 ★ ★ ★
 こう言われたら、「えっ~、思い出すと良い気持ちがしない過去を“良いこと”に変えちゃうというけど、そんなに簡単にできるの?」と反論したくなる。
 今までさんざんこの忌まわしい過去に悩まされてきたのだから。
 ★
 斎藤一人さんは、どうやってひっくり返していくのか。
 それが問題である。
  ★ ★ ★
 だから、必ずね、悪いことの反面には、“いいこと”があるの。そしたら、“いいこと”を強調するの、自分の人生で。悪い方へ目が行っちゃうとよくないから、“いいこと”を強調する。
 ★ ★ ★
 確かに、物事には「いいこと」と「悪いこと」がある。
 忌まわしい過去は、この「悪いこと」が前面に出て、忌まわしくなったのである。
 
 だが、一人さんみたいに、その過去を今から振り返って、「ふりかえってみれば、いいことはなかったのか?」と考えれば、「あるのだ、あるのだ!」。
「あの事件は思い出しても冷や汗が出てくるけど、あの事件がなければ、人間関係の大変さに気づけなかったなあ!」
「あんな失敗をしてしまったけど、今度は身構えるようになっているじゃないか!」
 と考えていくのである。
 ………………
 このように、今からは、その「いいこと」として処理していけばいいのである。
 ★ ★ ★
 過去にもどって、このマイナスの出来事は、これこれ、こうだから、よかったんだ。
 そうやって、どんどん、どんどん、マイナスの過去を“いいこと”に解釈ができるようになると、この先、起きることについても、“いいこと”に、“いいこと”に解釈できていく、と。
 そしたら、これからはゼッタイ不幸になんかなれない。
 ずっと、ハッピーにしか、なりえないんだよ。
 ★ ★ ★
 感心した。なるほど、なるほど、こうやって考えていけば、過去に悩まされることはなくなってくるのである。
 私たちの人生に起こってくることは、自分にとって「必要、必然」なのである。
 それをマイナスとしての出来事ではなく、「いいこと」として引き受ける。
 できそうである。
  ★
 斎藤一人さんに、マイナスの出来事は起きないのか?
 その時にはどうするんだろうと、思ってしまう。
 書いてある、書いてある。
 ★ ★ ★
 ちなみに、一人さんは「自分の人生は喜劇」と決めてるの。
 だから、オレの人生、おもしろくてしようがない。
 何が起きてもおもしろいんだよ。
 だって、オレは、喜劇なんだよ。
 だけど、なかには「悲劇」と決めている人もいる。
 そういう人の人生って、何でも悲しくて、何しても泣くんだよ。だけど、その悲しいドラマ、本当は、いとも簡単に変えられるの。
 脚本変えればいいんだよ。
 それで、オレたちはね、主役で脚本家なんだよ。
 だから、一人さんは、たとえ、ものすっごい苦労がきたって、「笑い」なんだよ。
 ふつうの人なら自殺しちゃうようなことでも、オレだったら大笑いなんだよ。
 なぜかというと、「喜劇だ」って決めてるから。
 ★ ★ ★
 大変な世界だなと、思う。
 これほど価値観をひっくり返すというのは、簡単ではない。
 
 こんな生き方に初めて出会っている。
 
 斎藤一人というのは、何者であるのだ、と思われるだろう。
  ★ ★ ★
 ダイエット食品「スリムドカン」などの商品で知られる化粧品・健康食品会社「銀座まるかん」の創設者。1993年以来、全国高額納税者番付12年連続6位以内にランクインし、2003年には日本一になる。土地売買や株式公開などによる高額納税者が多い中、事業所得だけで多額の納税をしている人物として注目を集める。  
  ★ ★ ★
 私はすでに過去に悩まされることはなくなっている。
 すっきりしたものである。
 まだ、一人さんみたいに自分の人生を「喜劇」だと考えていくことはできない。
 だが、これから起こる困難や失敗や不幸なことなどに、こうして立ち向かっていくことはできるはずである。それをこの本で教えてもらった。

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明日の授業をどうするか?(2)

   前回のブログで、以下のように書いた。

 ★ ★ ★
 先生たちは、毎日授業をやっている。これが「日常」である。
 何となく、とにかくやっている。
 でも、やっているだけ、手応えがない。
 しかし、ここにほんとうに多くの先生たちが悩んでいるのか、私は懐疑的である。
  もう悩むことさえなくなっているのではないか。
 もうそのような「日常」を惰性的におくるだけになっているのではないか。
 だから、悩んでいる先生は、まだまだ大丈夫だと思うのである。
 ★ ★ ★
「松下先生のセミナーなどに反応される先生は、まだまだ大丈夫なのだ。だが、問題は、明日の授業をどうするかなどにもはや悩んでないんじゃないか!」
 というのが私の反応である。

 決められた時間に、決められた内容を、ただ淡々とだらだらと教える。
 まあ、つまんないわけである。
 
 とにかく「手応えがない」。
 目の前の蠅を追っているだけ。
 ほんとうなら授業なんかしたくない。
 でも、しなくては首になる。だから、いやいややっている。

 ★
 ここには、今まで進められてきた「授業研究」の集約点があるなあと、思い続けてきた。
 要するに、行き詰まり、煮詰まってしまっているのだ。

 今までの日本の「授業研究」は、「ごちそう授業」の追究であった。
 ここで決定的に不足していたのは、「評価」。
 自分の実践を評価するということが、極めてあいまいであった。

 「ごちそう授業」で追究されたことは、端的に言えば、「見栄えの良さ」であった。
 
 1時間の研究授業は、数多くの時間をかけて教材研究をし、多くの準備をし、精一杯の授業を追究された。
 
 その中で、子供たちの多くに発言させようとした。
 あるいは、話し合いをさせ、討論までもっていこうとした。
 とにかく、活発な子供たちの活動を生み出そうとしたのである。

 でも、ほとんどの先生方はそうできなかった。

 問題なのは、それが目的視されていたことである。
 それはあくまでも手段であるはずである。
 その活動を通して子供たちに何を獲得させ、どのような学力を身に付けさせるかであったはずである。

 結局、その試みの意識にあったのは、授業に対する「見栄えの良さ」の追究であった。 

 その過程で、子供たち一人一人がどの程度の向上的変容があったかなどは、ほとんど意識の外であった。
 
 学校現場では、研究授業の「見栄えの良さ」によって、授業がうまい先生、下手な先生が決められていったはずである。

 そうならば、誰だって「授業がうまい先生」になりたいのである。  
 ★
 ここまで書いてきて、反論があるだろうなあと思う。
 極端に書いているから(笑)。

 そうでない実践をしている先生や、授業研究している先生だって、確かに数多くいる。

 しかし、今までの「授業研究」は、もうすでに煮詰まってしまっているんだから、極端に考えないと本質が見えてこない。

 今、多くの先生たちの「日常授業」のキーワードは、「手応えの無さ」。
 そして、今までの授業研究のキーワードは、「見栄えの良さ」。

 「見栄えの良さ」の追究の果てに、辿り着いたのが「手応えの無さ」ということなのだ。

 たとえば、料理にたとえてみよう。
 お客さんがみえる時には、日頃にない「ごちそう」を提供する。ところが、それが終わると、日常にもどる。日常の食事法をもたないので、惣菜を買ってくるか、そこらにある物を食べて凌いでいくことしかしない。
 
 その結果、栄養に偏りを招いて、慢性的な病に陥っている。
 自覚症状がない。
 こんな状況ではないか。

  こんなことをやっている間に、結局新井紀子先生が指摘されるように、日本の中高生が想像を絶する基本的読解力の落ち込みを招いてしまっているのである。

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つれづれなるままに~TOKIOの記者会見を見て~

   ●千葉柏市に研修講師として行く。

 講師の先生たち80名。そして、希望者の先生方。
 
 集めたのは、新しく講師として出発している先生たちだということ。
 今年度採用試験を受けようと思っている先生方が数多くおられる。
 ほとんど初任の先生たちと同じ状態なのである。
 
 今、この講師の先生たちが、ほとんど何の研修もない状態で放置されている状態だという。
 柏市は、これではいけないということで昨年度から講師研周を始められている。

 講師だと言っても、ほとんどクラスを受け持っているのである。

 びっしりと2時間。学級づくりと授業づくりについて話をする。
 来年度の採用を願うばかりである。

●TOKIOの記者会見を見た。
 この記者会見を見ながら涙を誘われるような気持ちになった。
 ★
 この中の1人である松岡昌宏は、私のかつての勤務校で6年で卒業していった卒業生である。
 記者会見では、山口に対して一番厳しく涙ながらに指摘していた。
「(山口がいずれの時期にTOKIOに戻りたいという発言に対して)あのような記者会見での甘えを、もしTOKIOが生みだしていたとしたなら、もう解散しなければいけない」と。
 
 あるとき、卒業式が終わり、教室で指導要録を書いていると、突然「失礼します。ちょっとだけ入って良いでしょうか?」と入ってきた男がいた。後光が差すようなイケメンである。それが松岡だとは、あとで聞いた話である。
 
 私は素知らぬ風に要録を書き続けたのだが、私の教室で松岡も6年生を過ごしたのである。

 松岡を知る知り合いの先生は、「この前、市が尾の駅前でTOKIOが演奏をしていたんだけど、松岡君が私を見つけるととんできて、『先生、ご無沙汰しております!』と言うのよ。あんなに礼儀正しくなっているなんて思わなかったわ」と教えてくれた。 

 やんちゃな子供だったらしいが、なかなかに成長していったのである。
  ★
 もはやTOKIOの面々は、ほとんどが40歳を越えている。40歳をどのように越えていけるのかは、大きな転換点なんだなと思ってしまう。
 山口は、ここで躓いたのである。

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明日の授業をどうするか?

横浜の松下崇先生が、以下のようなことをフェイスブックに載せられていた。


 ★ ★ ★
【新・サークル活動の展開】

 今、横浜の教育現場は若い先生がかなり増え、割合は6割を越える勢いです。そして、若い先生の多くは、子どもとのかかわり方よりも「明日の授業をどうするか?」で日々、頭を悩ませているように感じています。つまり、休み時間で子どもたちとはなんとなく楽しみながら一緒に過ごすことができるが、「授業の時間」となると途端、硬直化した、辛い時間となっているようなのです。
 そこで、授業の時間にどのように子どもとかかわり、授業を展開していけばいいか、相談できる場を作ることにしました。第1回定例会を開催したいと思います。興味のある方はご連絡ください。個別にご連絡いたします。
  ★ ★ ★

 今、先生たちを悩ませていることが、「明日の授業をどうするか?」なのだということ。
 私もまた、さまざまな先生方と話しながら、感じてきたことは、このリアルな現実なのである。
 
 先生たちは、毎日授業をやっている。これが「日常」である。
 何となく、とにかくやっている。
 でも、やっているだけ、手応えがない。
 ★
 しかし、ここにほんとうに多くの先生たちが悩んでいるのか、私は懐疑的である。
 
 もう悩むことさえなくなっているのではないか。
 もうそのような「日常」を惰性的におくるだけになっているのではないか。

 だから、悩んでいる先生は、まだまだ大丈夫だと思うのである。

  忙しい先生たちは、学校の仕事を優先し、教材研究などは最後に回される。
 やれればそれでもいい。
 多分、やらないままに何とか「ぶっつけ本番授業」になっていく。
 指導書の斜め読みで過ごされる。
 ★
 先生たちが元気になる手立ては、シンプルな手立てだと言い切っている。

 毎日やっている5,6時間の授業を豊かにすること。
 これである。

 そうではないか。
 学校を成立させている多くの時間は、1時間目から6時間目の「日常授業」である。
 
 この時間が貧弱で、疲弊すると、もちろんそれをやっている教師が元気がなくなり、へとへとになる。
 子供たちとの時間に手応えがないので、ただただ消費する時間だけになる。
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 この結果が、新井紀子教授が指摘される、想像を超える「基礎読解力の低下」を招いていると、私は考えている。

 多くの先生たちは、このリアルな現実を、ほとんど認識していない。
 だから、どうしていいかの手立てもない。
 何とかその日暮らしをすればいいのだ、と。

 どうしていくのか。
 待ったなしである。

 

 
 
 

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事務連絡~A先生、連絡ください~

  A先生、パソコンに目標達成法の資料を送りましたが、リターンで返ってきてしまいました。メールも通じません。

 連絡をしてください。

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つれづれなるままに~横浜駅伝を走りました~

●神奈川愛川町の中津小学校へ行く。

 もう4年目。
 毎回先生たちの授業を見て、私も授業をして、そして講座というパターンをこなしている。
 
 今回は小中連携ということで、近くの小中の先生たちが集まっておられて、100人ほど。
 
 この学校は、外国籍の子供たちが100人以上いる。
 だから、先生たちは大変である。
 先生たちの授業を見せてもらい、4年前より確実に授業力が上がっている。
 学級も落ち着いている。
 やはり、管理職の度量と、先生たちのチーム力が上がれば、こうなっていくのである。
 
●時代小説の佐伯泰英さんの連続物をずっと読んできた。
 佐伯さんも、76歳。
 毎月の連続物をこなしていくのは大変なことである。
 今回、『鎌倉河岸捕物控』が32巻目で終わった。
 主人公の宗五郎に、「どうやらこの辺が潮時だな」と言わせている。
 はじめは、勢いで始められるが、終わりはあっけないものである。
 終わったなあ。
●ふと見たテレビに惹きつけられた。
 NHKのプロフェッショナルである。 
  北海道砂川市で書店を経営する岩田徹さんのこと。
 今、日本一幸せな本屋として有名である。
 岩田さんが選ぶ「一万円選書」は、3000人待ちという状態。
 一万円分の本を選んで、岩田さんが送るのである。
 岩田さんは、その人に読んで欲しい本を選ぶ(いろいろなアンケートが取られている)。
 だから、岩田書店も、今流行の本は並んでいない。
 岩田さんが、読んで欲しいと願う本が並べられている。
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 悩みに悩み、さまざまな試行錯誤を繰り返して、辿り着いた岩田さんの生き方。
 人生は捨てたもんではないね、としみじみと感じる。
 
●高校生からの親友のKが、突然大腸癌で入院し、緊急入院をした。
 「おい、おい、どういうことだ!」とオロオロした。
 運良く手術は成功し、1週間で退院した。
 「ついてた!」ということである。
 退院してすぐに電話がきた。
 「もう我々はちょっと先は闇だな!」と。
●4月30日 横浜駅伝を走る。
 といっても、3キロの距離である。
 
 鶴見川沿いで毎年横浜駅伝が行われる。
 556チームの参加。すごい数である。
 
 私は、横浜教職員走友会の1チームとして参加する。
 暑い日であった。
 5区の区間を、暑い、暑いという感じで走りきる。
 
 まだまだ何とか走れるのかなという感じ。

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