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つれづれなるままに~変異株の感染が広がっている~

●今までいつも新年の冒頭で、その1年の目標を立て、自分の書斎に掲げることを習慣にしていた。
 今年は、それをやらなかった。
 1年の目標を立て、月々の目標を立て、……という習慣を几帳面にやっていたのである。
 今年からそういうことをやらないことにした。
 そうすることが、実感としてあまり重要なこととして感じられなくなったからである。

 私は今年の8月で74歳を迎える。
 高齢者である。
気持ち的には、まだ若いと感じているが、もうりっぱな高齢者である。

 最近、高齢者には高齢者なりの過ごし方があるのだとしみじみ感じるようになった。

 たとえば、思想家故吉本隆明氏は、『幸福論』(青春出版社)の中で、次のようなことを語っておられる。この頃は、吉本さんは80歳近くになっておられたと思われる。

「僕が自分で考えて、こういうふうにごまかしておこうか、まあこれでいいことにするか、というふうにできるだけ心がけていることがひとつだけあります。
 それは、つらいとか苦しいとか、あるいは逆に今日は調子がいいとか、いいことがあったとかいう、禍福といいましょうか、幸・不幸といいましょうか、それを長い周期で考えないようにすることです。」

「つらいこともそんなに続くもんじゃない。それから、いいことも続くもんじゃないぞと考えるわけです。」

「……そういうふうにして、幸・不幸とかも、長く大きくとらないで、短く、小さなことでも、一日の中でも移り変わりがあるんだよと小刻みにとらえて、大きな幸せとか大きな不幸というふうには考えない。小さなことだって、幸・不幸はいつでも体験しているんだ、と考える。そういうふうに大きさを切り刻むということ、時間を細かく刻んで、その都度いい気分だったら幸福だと思い、悪い気分だったら不幸だと思う。そんなふうに刻んでいくことが、僕の場合はある程度実感にかなっていることで、それしか僕は思いつかないですね。」

 この吉本さんの言葉は、私の実感にも限りなく近い。
 私も、これで行こうと思ったわけである。

 だから、1年先のことなんか、とても考えられない。
 せいぜい、1週間先を見通すぐらいである。

 土曜日にBSで寅さんの映画を見たら、「ああっ、これで1週間が終わった!」と思うわけである(その寅さんの映画も、そろそろ終わりになるということで、何をめあてに過ごしていこうかと考えているところである)。 

 小さく刻んで生きていく、ということである。
 

●変異株のコロナがじわじわと広がっている。
 大阪では、50人の感染者がいたと報道されていた。
東京でも、感染者が下げ止まりしている。
 この変異株の感染ではないかと疑われる。

 しかし、この遺伝子検査は、報道によると、まだ1%の検査で終わっているということ。
 ちょっとびっくりすることではないか。
 
 もはやかなり市中感染が広がっていることは誰でもが感じているであろう。
 専門家たちも、この変異株が主流になると警告を発している。

 また、政府は、PCR検査の時と同じような失敗をするのでないのだろうか。
オリンピックのためである。
 コロナの最初のときも、オリンピックのためにPCR検査を控えてしまった経過がある。
 今回も、オリンピックをとにかく決行したいために変異株の蔓延をさせたくないと考えるのではないか。そう予測できる。

 早く変異株の検査の拡充をすべきなのである。
そして、実態をつかみ、早く対処する体制を構築すべきである。

 このまま行けば、確実に変異株による第4波が襲ってくることは間違いない。
 素人考えでもそれは分かる。
 どうなるのだろうか。 

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