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つれづれなるままに~童心先生からうれしいお知らせ~

●童心先生からコメントが入りました。
 うれしい、うれしいことでした。
★ ★ ★
 野中先生、ご無沙汰しております。その節は、色々とありがとうございました。

 今年は初担任の時と同じ2年生を担任してきましたが、時々小さなトラブルはあるものの、同学年の先生から「(私の)クラスはとても落ち着いているね」と言ってもらえるくらい、それなりに上手く学級づくりを行うことができています。
 そして次年度より、正式に本務教員として採用されることになりました。

 学校現場に入って数年。なかなか花が咲かない日々でしたが、その分、私の根はしっかりと育ち、今の自分を支えているような気がします。

 へっぽこ教員の私ですが、自分が苦労した分、同じように悩み苦しむ後輩達の支えになれるように、頑張っていきたいと思っています。野中先生のさらなる御健勝を祈りつつ……


 ★ ★ ★
 童心先生は、これまで非常勤の講師として大変な苦労を重ねてきました。
 それは、このブログでも取り上げていきました。

 しかし、必ず這い上がっていくのですよ。
それに感心しました。

 次年度は、本務教員として採用されるということ。
 うれしいことですね。

 きっとこれまでの苦労が生かされていくはずです。
 良かったなあ。


●「味噌汁・ご飯」授業研究会の会長である秦安彦先生が、フェイスブックに次のようなことを書いておられる。
 ★ ★ ★
コロナ禍で小学校教師が苦労したこと
コロナ禍で小学校教師が苦労したこと。
これを多くの先生に聴いてみた。
かなりの先生が次のように答えた。
「分散登校中に課題を出したが、そのできが今一つでした」
「結局個人差が大きく、課題を出したところを今一度学校でやり直す必要がありました」
・・・きっと、その通りなのだと思う。
が、その原因を家庭に求めてはいけないというのが、私の考えだ。
 
結局、多くの子供たちにまだまだ自学力がついていなかった。
いや、学校がまだまだ自学力をつけていなかった。
私はそう考えている。
ここで「自学力」を再度定義しなくてはならないだろう。
私は、「教科書程度のテキストを自力で読み取る力」と定義したい。
その程度の力があれば、少なくとも算数教科書を自力で読み、問題を解くことができるはずだ。
その程度の力を学校がすべての子供たちに十分つけてこなかったことが問題なのだ。
コロナ禍中にある今、多くの教室で「おしゃべり授業」が増えている。
原因はいろいろだろう。
中でも、マスクで子供の表情が見えないことは最大の原因かもしれない。
教師の言葉が伝わっているかマスクが邪魔をして表情から読み取りにくくなっているのだ。
「伝わっていないかも」
と焦る教師は、さらに丁寧に説明しようとして「おしゃべり授業」に陥ってしまう。
私はそのようなことが増えていると多くの教室を実際にのぞいて感じている。
では、どうすればよいか。
教師が懇切丁寧に説明するのではなく、子供が自ら読み、そして問題を解く力をつければよいのである。
私はおよそそのように考えている。
 ★ ★ ★

 大事な指摘をされている。
学校現場の状況がよく伝わってくる。

 「教科書程度のテキストを自力で読み取る力」をつけることの提案。
 実際に秦先生が指導されている初任者が、子供たちに算数の教科書を自力で読み取って、極めて高い成績をあげている事例を聞いている。
 決してできないことではない。

 このような視点が、今まで私たち教師になかったのである。
 この主体的な学習のあり方は、今推奨されていることではないか。

 だが、現実は、新井紀子先生の指摘にもあるように、教科書の読解さえもままならない状況に陥っている。
 カリキュラムの消化に追われて、そんなことを言っていられないということであろう。

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