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2021年3月

つれづれなるままに~初任者研修がありました~

●サンデーモーニングという番組で、オリンピックの意義について話題にしていた。
 何のためにオリンピックを開くのか。
 それが分からなくなっているのである。

 もうすでに世界の70%以上がオリンピックを開くことについて否定的である。
 日本でも、7割の人が中止か延期をアンケートしている。

 聖火リレーが始まったが、盛り上がらない。
 意義が分からないのである。

 復興五輪というテーマはもうすでになくなっている。
 また、人類がコロナ禍を克服した証として開くという意義も、世界は変種株に犯されている現状では克服も何もないではないか。

 日本もまたこれから変種株の第4波が襲ってくることが現実味をおびえているではないか。

このままでオリンピックを開くというなら、日本の国民体育大会に外国選手が参加するということぐらいでしかない。
 それをやろうということである。

 私は最初から中止を早めに決断すればいいと考えていたが、そうならない状況で進んでいきそうである。

●3月26日に、神奈川県海老名市の初任者研修会に行く。
 昨年も、この26日に開催された。
 ほとんどが中止になる中での決断であった。
 
 教育長は、この初任研は「不要不急の研修ではない!」と言われている。
 ぜひとも必要なのだ、と。
しかも、赴任前研修として行われている。

 私の話を初任者に聞かせて、始まるまでに10日間の準備期間があるわけである。その準備の時間を取ろうという試み。

 私も初任者に「今日話をすることは、ほとんどが初めて聞くことです。今日の話を聞いて、あと10日間で心の準備を含めて準備をしてください!」と話し始めた。

 初任者にとって(とくに担任をする初任者にとって)、いくつかのハードルがある。
 初任者は、そのハードルがハードルだと意識しないままに進めてしまう。
 そこで失敗をしてしまう。

 その失敗を避けさせなければならない。
 もちろん、きちんと実践できなければどうにもならない課題だが、まずそのハードルを意識させることが大きな課題である。

 そこが最初の初任者研修の意義だと、私は感じている。

●以前のブログでも話題にしたのだが、教師も子供たちも、互いにマスクをして授業をしていることについてである。

 もう1年間ずっと、こういうことになっている。
 何が問題なのか。

 子供たちと「関係づくり」をするとき、教師は、「ことば」と「表情」しかない。
 ことばに表情を伴って、子供たちにことばを届ける。

 これがマスクで共に覆われているので、子供たちは教師がどんな表情でしゃべっているのか分からない、教師も子供たちがどんな表情で受け取っているか分からないのである。

 だから、ことばだけが教室空間を浮遊しているのではないか。

 その結果、「関係づくり」がうまくいかなくなっている。
 子供たちとの関係がうまくつくれないので、学級がまとまらない。

 ただ、コロナ禍が終わったとしても、クラスの半数ぐらいはずっとマスクを付け続けるのではないだろうか。
 私は、そのように予想している。
 もう子供たちは、マスクを付けている方が安心感が増すと思っているのではないだろうか。

 教師にとっては、困った事態である。
 以前にも増してむずかしい「関係づくり」が強いられる。
 どうしたものか、と思っていた。

 ふと思ったのだが、経営コンサルタントの神田昌典さんから毎日このような動画を送られてくる。
 この動画を見ながら、このように手を動かしたらどうだろうか、と思ったのである。
 
 youtu.be/nhVRZEEfwfQ

 神田さんはマスクをしていない。
 でも、このように言葉を発すると同時に、さまざまな手の動きを付け加えられる。
 このように表情の替わりに、この手の動作を付け加えて、言葉を発していったらどうだろうか、と思ったわけである。
 確実に、ただ突っ立ったままで「ことば」を発するよりも、より子供たちへ言葉は伝わっていくのではないだろうか。
 どうだろうか。

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業務連絡です!

資料をさしあげますというブログを出しましたところ、たくさんの方が応募されました。
ありがとうございました。
ところが、送る段階で枚数が多いために3回に分けて送ったりしているので、送り忘れが
あるということで数人の方から連絡がありました。
資料が届いていない方、面倒でももう一度連絡をお願いします。

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もう一度、資料をさしあげます!

 多くの先生から資料の依頼がありました。
 どうぞうまく活用してもらえばありがたいです。
 もう一度だけ連絡をします。

 新年度へ向けて次のような資料を準備しました。
 特に、初任の先生を意識しております。
この資料は、ブログのコメント欄(非公開)で申し込んでもらえば、どなたにも差し上げるものです。
 著作権はありませんので、自由にお使いください。
 ただ、注意してもらいたいのは、申し込まれるときパソコンの容量の多い物でよろしくお願いします。資料の最後には、A4の枚数を載せておきます。
複数申し込まれる方は、分けて送る場合がありますので、よろしくお願いします。
 ①1週間のシナリオ(2021年度版) 23p(圧縮版)
 ②目標達成法の方法 8p
 ③学級を軌道に乗せる方法 8p
 ④計算や読みが苦手な子供の指導法 13p
 ⑤初任者必須の10ヶ条 16p

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つれづれなるままに~変異株の感染が広がっている~

●今までいつも新年の冒頭で、その1年の目標を立て、自分の書斎に掲げることを習慣にしていた。
 今年は、それをやらなかった。
 1年の目標を立て、月々の目標を立て、……という習慣を几帳面にやっていたのである。
 今年からそういうことをやらないことにした。
 そうすることが、実感としてあまり重要なこととして感じられなくなったからである。

 私は今年の8月で74歳を迎える。
 高齢者である。
気持ち的には、まだ若いと感じているが、もうりっぱな高齢者である。

 最近、高齢者には高齢者なりの過ごし方があるのだとしみじみ感じるようになった。

 たとえば、思想家故吉本隆明氏は、『幸福論』(青春出版社)の中で、次のようなことを語っておられる。この頃は、吉本さんは80歳近くになっておられたと思われる。

「僕が自分で考えて、こういうふうにごまかしておこうか、まあこれでいいことにするか、というふうにできるだけ心がけていることがひとつだけあります。
 それは、つらいとか苦しいとか、あるいは逆に今日は調子がいいとか、いいことがあったとかいう、禍福といいましょうか、幸・不幸といいましょうか、それを長い周期で考えないようにすることです。」

「つらいこともそんなに続くもんじゃない。それから、いいことも続くもんじゃないぞと考えるわけです。」

「……そういうふうにして、幸・不幸とかも、長く大きくとらないで、短く、小さなことでも、一日の中でも移り変わりがあるんだよと小刻みにとらえて、大きな幸せとか大きな不幸というふうには考えない。小さなことだって、幸・不幸はいつでも体験しているんだ、と考える。そういうふうに大きさを切り刻むということ、時間を細かく刻んで、その都度いい気分だったら幸福だと思い、悪い気分だったら不幸だと思う。そんなふうに刻んでいくことが、僕の場合はある程度実感にかなっていることで、それしか僕は思いつかないですね。」

 この吉本さんの言葉は、私の実感にも限りなく近い。
 私も、これで行こうと思ったわけである。

 だから、1年先のことなんか、とても考えられない。
 せいぜい、1週間先を見通すぐらいである。

 土曜日にBSで寅さんの映画を見たら、「ああっ、これで1週間が終わった!」と思うわけである(その寅さんの映画も、そろそろ終わりになるということで、何をめあてに過ごしていこうかと考えているところである)。 

 小さく刻んで生きていく、ということである。
 

●変異株のコロナがじわじわと広がっている。
 大阪では、50人の感染者がいたと報道されていた。
東京でも、感染者が下げ止まりしている。
 この変異株の感染ではないかと疑われる。

 しかし、この遺伝子検査は、報道によると、まだ1%の検査で終わっているということ。
 ちょっとびっくりすることではないか。
 
 もはやかなり市中感染が広がっていることは誰でもが感じているであろう。
 専門家たちも、この変異株が主流になると警告を発している。

 また、政府は、PCR検査の時と同じような失敗をするのでないのだろうか。
オリンピックのためである。
 コロナの最初のときも、オリンピックのためにPCR検査を控えてしまった経過がある。
 今回も、オリンピックをとにかく決行したいために変異株の蔓延をさせたくないと考えるのではないか。そう予測できる。

 早く変異株の検査の拡充をすべきなのである。
そして、実態をつかみ、早く対処する体制を構築すべきである。

 このまま行けば、確実に変異株による第4波が襲ってくることは間違いない。
 素人考えでもそれは分かる。
 どうなるのだろうか。 

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マンガ本が発売される!

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 新刊です。3月15日の発売です。
 『マンガでわかる!はじめての担任 お仕事BOOK』(こちゃ著 監修野中 信行 学陽書房)

 こちゃさんは、長崎在住の教師経験者。
 そのこちゃさんが、文章とマンガで初任の先生へ向けての本を出されたのです。
 文章とマンガで伝えるという形式は、おそらく初めての試みではないでしょうか。

 私は、監修としてささやかな助力をしました。

 きっと初めてクラス担任になる初任の先生にとっては、強力な手助けになる書です。
 お勧めします。

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つれづれなるままに~あれから10年~

 NHKの近江友里恵アナウンサーが、3/5(金)のあさイチを最後に退職された。

 https://news.yahoo.co.jp/articles/ee95706658adc4aa686cf5fc49fed617edeaccee
 
 私はブラタモリからの近江アナのファンだった(笑)。
 飾らない人柄がとても好感が持てた。
 いつまでも素人のような素地を残しているようなアナだった。

 最後のあさイチは、近江さんが涙する場面もあったが、最後に「マチづくりをこれからの目標にしたい!」ときっぱりと話をしていた。

 ★
 はじめがあれば、かならず終わりがある。
 これは世の必然。

大切なのは、「そのあと」なのである。

 詩人谷川俊太郎さんは、書いている。

  そのあと

 そのあとがある
 大切なひとを失ったあと
 もうあとはないと思ったあと
 すべて終わったと知ったあとにも
 終わらないそのあとがある

 そのあとは一筋に
 霧の中へ消えている
 そのあとは限りなく
 青くひろがっている

 そのあとがある
 世界に そして
 ひとりひとりの心に

●書棚から一冊の本を取り出す。
 ターシャ・テューダーの本『思うとおりに歩めばいいのよ』(メディアファクトリー)。
 この本には、ターシャ・テューダーの言葉が込められている。

 ターシャは、アメリカを代表する絵本作家。
 アメリカ、バーモント州の山中で、ほとんど自給自足の生活をしながら、花を育て絵を描いて過ごしていた人。
 彼女が育てる広大な庭は、全世界の庭師たちの憧れの的になっていた。
 NHKでも何度も放映されていたので知っている人もいるであろう。
 92歳で亡くなっている。

 ターシャの、この本を読むとほんとに癒やされる。
 気持ちがほんわかと温かくなる。

 「家事をしている時、あるいは納屋で仕事をしている時、これまで
  の失敗や過ちを思い出すことがあります。
  そんな時は考えるのを急いでやめて、スイレンの花を思い浮かべ
  るの。
スイレンはいつも、沈んだ気持ちを明るくしてくれます。
  思い浮かべるのは、ガチョウのひなでもいいんだけど。」

 「子ども達は『これまで大変だったでしょう?』と言うけど、 
  そんなことは全然ないわ。
  わたしは人生をバケーションのように過ごしてきました。
  毎日、一刻一刻を楽しんでね。」

 「これまで、よくやってきたと思いますが、
  みなさんにお伝えするようなメッセージはありません。
  もし、わたしに人生哲学のようなものがあるとすれば、
  ソローの言葉がよく代弁しています。
  『夢に向かって自信をもって進み、思い描いた人生を生きようと
  努力するなら、思わぬ成功を手にするだろう』
  まったくそのとおりです。
  この言葉は、わたしの人生そのものです。」

 最後のソローの言葉を引用しての人生哲学は、開拓者精神を活かした良きアメリカの心根を表している。

●3月11日がやってくる。
 あれから10年が経とうとしている。
 
 この間に、気仙沼や、石巻を訪れた。
 気仙沼には、震災後数ヶ月のあと。
 石巻には、復興が始まっているところへ。

 言葉がなかった。

 あれから10年。
 私たちは、何が変わったのであろう。

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まず「学級をつくる」こと~ここから始める~

初任者の先生の算数授業をビデオをとってもらい、メールに貼り付けても らい見ることができた。

 一人一人の子供の席にシールで覆いがしてあって驚く。
 こんな状態で先生たちは授業をしているのかとびっくりしたのである。

 3年の算数の授業。教科書をそのままに教えていく普通の算数の授業。

 しかし、子供たちは落ち着いている。
 先生も、もはや10年選手のような落ち着きである。
 
 とにかく先生がしゃべりすぎていないことが目に付く。
 余計なことは言っていない。
 子供たちも、今まで身に付けてきたやり方でどんどん学習を進めていく。

 こんな授業の積み重ねをやってきたのだという思いでビデオを見る。
 その初任の先生は、このような算数の授業を積み重ねて低学力児を引き上げている。
 そのクラスの最低点が70点というような実績を上げられている。

 きちんとやるべきことをやっていけば、初めてのクラス担任の初任の先生でも、このようなクラスをつくることができることを証明している。

 最初に、学級づくりから始められている。
ここが重要。

 最初から授業の指導にかかってはだめである。
 学級が曖昧なままで、そこに授業を乗せようとしてもぐじゃぐじゃとなってしまう。授業が軌道に乗らない。

 「学級をつくる」というのは、とりあえずでいい。

 指導すべきは、次のこと。

 ○一日の流れをつくる。
  朝自習から終わりの会までの流れをつくる。

 まずは、1週間でこの流れをつくっていくのである。
 学級の仕組みをつくるわけである。

 なぜ、このことが必要かというと、子供が朝教室へきて、その一日をどのように過ごしていけばいいかが分かっている状態をつくることの重要性になる。
 これで子供たちは「安心感」が持てる。
  
 ブログで「2021年度の1週間のシナリオ」を差し上げている。
 これをぜひとも参考にしてもらいたい。

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資料をさしあげます!

 3月に入りました。
 各学校では、新年度の準備が始まっているのだと思われます。

 このブログでも、新年度へ向けて次のような資料を準備しました。
 特に、初任の先生を意識しております。
この資料は、ブログのコメント欄(非公開)で申し込んでもらえば、どなたにも差し上げるものです。
 著作権はありませんので、自由にお使いください。
 ただ、注意してもらいたいのは、申し込まれるときパソコンの容量の多い物でよろしくお願いします。資料の最後には、A4の枚数を載せておきます。
複数申し込まれる方は、分けて送る場合がありますので、よろしくお願いします。

 ①1週間のシナリオ(2021年度版) 23p

 ②目標達成法の方法 8p

 ③学級を軌道に乗せる方法 8p

 ④計算や読みが苦手な子供の指導法 13p

 ⑤初任者必須の10ヶ条 16p
 

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つれづれなるままに~童心先生からうれしいお知らせ~

●童心先生からコメントが入りました。
 うれしい、うれしいことでした。
★ ★ ★
 野中先生、ご無沙汰しております。その節は、色々とありがとうございました。

 今年は初担任の時と同じ2年生を担任してきましたが、時々小さなトラブルはあるものの、同学年の先生から「(私の)クラスはとても落ち着いているね」と言ってもらえるくらい、それなりに上手く学級づくりを行うことができています。
 そして次年度より、正式に本務教員として採用されることになりました。

 学校現場に入って数年。なかなか花が咲かない日々でしたが、その分、私の根はしっかりと育ち、今の自分を支えているような気がします。

 へっぽこ教員の私ですが、自分が苦労した分、同じように悩み苦しむ後輩達の支えになれるように、頑張っていきたいと思っています。野中先生のさらなる御健勝を祈りつつ……


 ★ ★ ★
 童心先生は、これまで非常勤の講師として大変な苦労を重ねてきました。
 それは、このブログでも取り上げていきました。

 しかし、必ず這い上がっていくのですよ。
それに感心しました。

 次年度は、本務教員として採用されるということ。
 うれしいことですね。

 きっとこれまでの苦労が生かされていくはずです。
 良かったなあ。


●「味噌汁・ご飯」授業研究会の会長である秦安彦先生が、フェイスブックに次のようなことを書いておられる。
 ★ ★ ★
コロナ禍で小学校教師が苦労したこと
コロナ禍で小学校教師が苦労したこと。
これを多くの先生に聴いてみた。
かなりの先生が次のように答えた。
「分散登校中に課題を出したが、そのできが今一つでした」
「結局個人差が大きく、課題を出したところを今一度学校でやり直す必要がありました」
・・・きっと、その通りなのだと思う。
が、その原因を家庭に求めてはいけないというのが、私の考えだ。
 
結局、多くの子供たちにまだまだ自学力がついていなかった。
いや、学校がまだまだ自学力をつけていなかった。
私はそう考えている。
ここで「自学力」を再度定義しなくてはならないだろう。
私は、「教科書程度のテキストを自力で読み取る力」と定義したい。
その程度の力があれば、少なくとも算数教科書を自力で読み、問題を解くことができるはずだ。
その程度の力を学校がすべての子供たちに十分つけてこなかったことが問題なのだ。
コロナ禍中にある今、多くの教室で「おしゃべり授業」が増えている。
原因はいろいろだろう。
中でも、マスクで子供の表情が見えないことは最大の原因かもしれない。
教師の言葉が伝わっているかマスクが邪魔をして表情から読み取りにくくなっているのだ。
「伝わっていないかも」
と焦る教師は、さらに丁寧に説明しようとして「おしゃべり授業」に陥ってしまう。
私はそのようなことが増えていると多くの教室を実際にのぞいて感じている。
では、どうすればよいか。
教師が懇切丁寧に説明するのではなく、子供が自ら読み、そして問題を解く力をつければよいのである。
私はおよそそのように考えている。
 ★ ★ ★

 大事な指摘をされている。
学校現場の状況がよく伝わってくる。

 「教科書程度のテキストを自力で読み取る力」をつけることの提案。
 実際に秦先生が指導されている初任者が、子供たちに算数の教科書を自力で読み取って、極めて高い成績をあげている事例を聞いている。
 決してできないことではない。

 このような視点が、今まで私たち教師になかったのである。
 この主体的な学習のあり方は、今推奨されていることではないか。

 だが、現実は、新井紀子先生の指摘にもあるように、教科書の読解さえもままならない状況に陥っている。
 カリキュラムの消化に追われて、そんなことを言っていられないということであろう。

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