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つれづれなるままに~高田郁さんの小説を読む~

●東北地方の地震は、規模的には阪神淡路大震災と同じだったという報道である。
 私が住んでいるところでも、震度4であった。
 震度3まではいつものことだが、さすがに震度4になると、その揺れ方が大変である。
 一瞬、直下が来たのではないかと身構える。

 今回の地震は、規模的には大きかったのだが、1人も死者を出さなかったのは、たいしたものである。もちろん、時間が夜の11時7分だったということも幸いした。もし日中に起こっていたら、もっと災害は大きくなったであろう。

 それにしても、3.11を経験した宮城、福島の人たちは、たいしたもの。地震への備えも防備もできている。

●長崎の中学校の山中先生が、フェイスブックに次のように書かれている。

 ★ ★ ★
市内の中学校での研究テーマのほとんどが「学力向上」に関するものです。しかし,現状を見ると学級経営がうまくいっていない学校が多いのではないかと密かに思っています。小さいトラブルが多発している,長期欠席生徒が多い,授業中騒がしい,臨時の学年集会がちょくちょく開かれるなどの原因は学級集団づくりにあると思うのです。これらすべて学級担任の責任ではありません。副担任の責任もあります。学校全体の責任でもあります。授業は公開できますが,学級経営は公開することが難しいです。学級は公開しても,その哲学や技術などは見えません。そこで,全職員で学級経営について学ぶことが大切だと思うのです。校内の研究テーマを学力向上に固執しないで,学級経営に重きを置いたほうが現実的です。学級が安心できる,安定している場所であれば,学力も向上すると考えているのです。現在,研究主任として来年度のテーマを考えていますが,「よりより生徒集団づくりを目指して」などのような学級経営に関するテーマにしようと目論んでいます。
 ★ ★ ★

 ちょっと驚いたのは、中学校で学級経営が大きなテーマになること。
 
 本来ならば、小学校でこの学級経営に正面から向き合わなければならない時代にきているのに、学級経営を中学校で問題にされているのである。

 中学校は、教科ごとに先生が替わっていくために、なかなか学級経営というテーマになりにくいのではないだろうかと考えてきた。
 しかし、それでも担任が学級をつくるわけである。
 その学級経営が問われる。
 ★
 今では学級経営は、ほとんど担任の個人的な思いでやられている。
 学級経営の考え方が、先生によって異なるからである。

 それは、学級経営が「学級における担任の全ての仕事」に関わるということから、その違いが生まれる。

 3,40年前は、学級で授業さえやっておけば学級は成り立っていた。
 1年の中で、大きな学校行事をこなしながら、学年行事を進めて、その合間に授業をしていくという流れで学校はほとんど成り立っていた。

 しかし、この20年の間に、もはや授業だけでは子供たちに対応できない時代になってきたのである。
 学級経営が問われる時代になったのだと考えている。
 ★
 私は、学級経営を次のように考えている。
 ①関係づくり(縦糸・横糸)
 ②学級づくり(仕組みづくり、ルールづくりなど)
 ③学習指導(日常授業、全員参加など)
 ④生活指導(いじめ指導など)
 ⑤連携・協力(危機対応、保護者対応など)
 ⑥環境整備(教室設営、行事対応など)

 3,40年前までは、③だけが強調されていた。
 今では、もう「ごちそう授業」を追究する時代ではなく、「日常授業」をどれだけ豊かにしていくかが問われる時代になっている。そのように主張してきた。
 授業の重みがなくなったわけではなく、向けるべき視点が変わってきたのである。
 
 18年前に最初の本(『困難な時代を生き抜く教師の仕事術』学事出版)を出したときには、②の「学級づくり」の必要性を強調した。それは今でもそうである。
 しかし、今では学級経営全体が問われている。
 とくに、①関係づくりの視点をきちんともたなければ、もはや今どきの子供たちに対応できなくなっている。
 
そうしなければ、学級崩壊が多発し、学校崩壊になっていく時代に対応できない。私はそう考えている。

●『あきない世傳 金と銀 十』(高田郁著 角川春樹事務所)を読んでいる。
 このシリーズを愛読している。
 高田さんの小説は「みおつくし料理帖」から愛読している。

 この十作目もおもしろかった。
 二度読み返している。こんなことはなかなかない。

 高田さんの特徴は、情景描写のうまさである。

 たとえば、書き出しは次のようになる。

 ★ ★ ★
 薄縹(うすはなだ)の空に、仄かな鴇色が朝焼けの名残を留める。
 辺りに麗らかな陽射しが溢れるまで、今少し、刻があった。
 如月、晦日。
 初午に針供養、涅槃会も過ぎて、浅草広小路へと続く表通りには、何処となく長閑な気配が漂う。時折、ちょんちょん、と聞こえる音、あれは花売りの老女が鋏を鳴らす音だった。
 ★ ★ ★

江戸時代の、その情景が浮かび上がってくる。
 うまいなあ、と。

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コメント

 野中先生、ご無沙汰しております。その節は、色々とありがとうございました。

 今年は初担任の時と同じ2年生を担任してきましたが、時々小さなトラブルはあるものの、同学年の先生から「(私の)クラスはとても落ち着いているね」と言ってもらえるくらい、それなりに上手く学級づくりを行うことができています。
 そして次年度より、正式に本務教員として採用されることになりました。

 学校現場に入って数年。なかなか花が咲かない日々でしたが、その分、私の根はしっかりと育ち、今の自分を支えているような気がします。

 へっぽこ教員の私ですが、自分が苦労した分、同じように悩み苦しむ後輩達の支えになれるように、頑張っていきたいと思っています。野中先生のさらなる御健勝を祈りつつ……

投稿: 童神 | 2021年2月27日 (土) 07時06分

童神先生、おつかれさまでした。

こうして野中先生のブログで繋がることができたご縁もありまして、自分のことのように感じておりましたが、近況を見て私も目頭が熱くなってしまいました。

お互い、健康に気をつけて「続けて」いきましょう。

野中先生、素敵な出会いをありがとうございます。

投稿: kawamu | 2021年3月 1日 (月) 22時01分

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