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つれづれなるままに~繰り返し話法ということ~

●知り合いのお母さんで99歳になる女性の方がおられる(私の母親と同じ)。
 俳句をずっとつくってこられた方で、脳梗塞になられて、言葉も不自由になられていたが、リハビリで会話ができるまでになられた。

 知り合いが、電話をすると、元気な声がかえってきて、
「今はコロナで不自由な生活だと言われているが、戦争中に比べればたいしたことがない。住む家もあり、食べ物もあり、クーラーもきいていて涼しい。」と言われた、と。

 これから編み物をしたいと言われていると言う。

 コロナ禍で、訪ねていくことができないもどかしさの中で、お母さんはこうして元気だというのである。

 戦争を経験した方たちは、元気なのである。

 私も励まされる。
 今の不遇さに、文句の一つも言いたいのだが、それを言っても始まらない。
 
 困難さは、切り開いていくものである。しみじみそう考える。

●女子大の教師をしていると、学生から結婚のことについてよく訊ねられる。「どういう人が夫としてふさわしいのでしょう。」と。

 内田樹さんのブログを見ていると、小津安二郎監督の映画について、小津安二郎断想として10回シリーズで書かれている。
 10年ほど前に書かれたものらしい。

http://blog.tatsuru.com/

 上の問いかけも、小津安二郎断想(6)に書かれていること。

 小津安二郎監督は、今では世界の小津と言われている人なのである。
 人間心理の機微をみごとに描き出している映画ばかり。
 その中で「東京物語」は、私が見た映画(それほど見ていないが)の中では最高の映画。
 
 山田洋次監督が、この映画を真似てほとんど同じ映画をつくっている。
『東京家族』。2013年。
 私は、この映画も二度見たものである。

 『おはよう』も印象的な映画。

 最後の駅の場面。
 ひそかに惹かれ合っている平一郎(佐田啓二)と節子(久我美子)が出会っている場面。
 内田さんは、書いている。

 ★ ★ ★
 彼らは、「いつだって翻訳のことかお天気の話ばっかりして、肝心なことは一つも言わない」カップルである。映画の最後に駅で出会うときも、ふたりは相変わらずお天気の話に終始する。しかし、この美しいほど無意味なリフレインに小津安二郎は日本映画史上もっとも純度の高い愛情表現を仮託したのである。
 ★ ★ ★

 私は、この映画で、心に落ちたことがある。
 無意味なリフレインこそが、コミュニケーションの最たるものなのだ、と。

 そこで、ネーミングをつけた。
 「繰り返し話法」と。

 「わたしはもうだめなのではないでしょうか?」という患者のことばに対して、あなたならどう答えますか、という問いがある、と『「聴く」ことの力』(阪急コミュケーションズ 鷲田清一著)に書かれている。

 5つの選択肢がある。

 ①「そんなこと言わないで、もっと頑張りなさいよ」と励ます。
 ②「そんなこと心配しないでいいんですよ」と答える。
 ③「どうしてそんな気持ちになるの」と聞き返す。
 ④「これだけ痛みがあると、そんな気にもなるね」と同情を示す。
 ⑤「もうだめなんだ……とそんな気がするんですね」と返す。

 結果は、精神科医を除く医師と医学生のほとんどが①を、看護師と看護学生の多くが③を選んだそうだ。
 精神科医の多くが選んだのは⑤である。

 これは、一見何の答えにもなっていないように見えるが、実はこれは回答ではなく、「患者の言葉を確かに受け止めましたという応答」なのだ、と鷲田さんは紹介している。
 
 これも「繰り返し話法」なのである。

 「夫婦が長続きするためには、繰り返し話法を使うのですよ。」
 「どんなことですか?」
 「何か話しかけられたら、『そうだね』って!」
 「今日寒いね!って言われたら、『そうだね!寒いね』って!夫婦で無意  味なリフレインを繰り返して会話をしていくのです!」

 何度も離婚の危機があった、ある夫婦は、いつも次のような会話をしていた。
 「今日寒いね」
 「何を言っているんだ!冬なんだから寒いのは当たり前だろう!」と。
 
ほんとのことなのだが、最悪の答え方である。
 夫婦での本音は、相手をとても傷つけるものだから、できるだけ控えなければならない。
 ★
 子供たちとの間でも、問題があるときには、この「繰り返し話法」は効果がある。
 高学年の女子たちのトラブルでは、彼らへの対応で、この「繰り返し話法」がずいぶん効果を上げた。
 そんなことを思い出す。

 ★
 そう、そう、冒頭の問いかけ。
 「どういう人が夫としてふさわしいのでしょう。」

 内田樹さんは、次のように書いている。

「この問いに私はいつもこう答えている。『男なんて、結婚してしまえば、みんな同じだよ』
 男の成熟度は『社会』において(つまり男が背広を着ているときには)際立つが、家に戻って服を脱いで下着姿になってしまうと、『できる男』も『できない男』も言うことやることにさしたる差はない。結婚した後、女性が見せつけられるのは男なら誰でも違いのないところ、端的に言えば男のいちばん無防備で、幼児的な部分ばかりである。だから『結婚してしまえば、みんな同じ』なのである。」

 小津安二郎監督の『彼岸花』についての断想である。

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