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つれづれなるままに~73歳の誕生日を迎えました~

●家に閉じこもりながら、今年はさまざまな本を読むことができた。
 一番の収穫は、『追いついた近代 消えた近代』(岩波書店 苅谷剛彦著)である。
 大変な分厚さ。
 それでも、今オックスフォード大学にいる苅谷さんが、日本の教育政策がどのような変遷を経て、今日のかたちになっているかを追究した労作である。

 私にとっても、初めて知ることばかりで、読後感は複雑(?)である。
 簡単に、この本をまとめることはできない。

この中で特に印象に残ったのは、次のような言葉。
 ちょっと長くなるが勘弁してほしい。

「教育政策の言説においては、このような空回りがすでに20年以上も続いているというのが筆者の見立てである。」

 「……たしかに、これらは、『上からの教育改革』を印象づける。だが、本章での検討を踏まえれば、それは、(エセ)演繹型思考を通じての『上意下達』による教育改革の実施過程にほかならない。たとえば、学習指導要領で『主体的・対話的で深い学び』と言い換えられた『アクティブ・ラーニング』は、もともと外来のactive lerrningという教育用語を理想的な学び方として、抽象的なレベルで輸入した概念である。それをもとに、それより抽象度を下げた日本語で説明しようとする言説が、先に引用した学習指導要領「解説」部分であった。だが、それを言い換えた『主体的・対話的で深い学び』という日本語も、依然として抽象度の高いレベルでの理解・解釈にとどまる。漠然と、児童生徒が進んで何かを調べたり、それをもとに話しあったり、あるいはそこでの議論の結果を発表する、といった、外形的に見て『受け身』ではない学習を想定しているイメージは伝わる。だが、そこで実際に児童生徒たちの頭のなかで何が行われているのか、外から積極的に見える学習への参加と、そのようには見えない学習とのちがいはどこにあるか。前者では、主体(性)の育成が行われ、後者では行われていないとしてよいのか。それを判断するのは誰で、その判断力はどのようにして育成されるのか。このようなことは、手本となるような授業実践を研究することで、どの教師にも育成可能なのか。教育学の研究は、そのような学習のメカニズムやその成果について、評価できるレベルにまで研究が進んでいるのか。不明な点を挙げればきりがない。……」

「とりわけ、すでに多忙を極める教員たちが、このような学習にどれだけ準備と、学習成果についてのフィードバックができるかについては、学校や教員の現状をとらえて、そこからどのような問題があるか、障害はどこにあるかを(帰納的に)に考えてみればすぐにわかるはずである。」

「それが失敗に終わっても、原因がわからないままである。1990年代以後に実施されてきた教育改革と同様に、実行を阻む原因も解明されないままだろう。」

 これくらいでいいだろう。
 「アクティブ・ラーニングが最後の砦だ!」と、教育の実践家たちはこぞってそれらの実践になだれ込んでいったが、苅谷先生のこれらの言葉にどう反応するのだろうか。

 そんなことを考えた夏であった。

●8月26日に誕生日を迎えました。
 朝早く娘から誕生祝いのメールが届き、そして知り合いの方から電話で誕生日お祝いの歌(電話口でハッピバースデーを歌ってくれる)をいただいた。
 うれしいことです。
 73歳になりました。
 いつのまにか、こんな歳になっています。

 毎日ほとんど家にいるだけの生活ですが、「暇だなあ!」という時間はありません。
 決まり切った生活ですが、毎日同じ生活を繰り返し続けています。
 飽きることはありません。
 「繰り返し」が人生の本質だと思っていますので、それにならっています。

 今日は、改めてカーネギーの「道を開ける」の第1章を読み直しました。

 「過去と未来を鉄の扉で閉ざせ。今日一日の区切りで生きよう。」

 一冊の小さい手帳に、朝今日やるべきことを書き出します。
 それを一つ一つやり終えて、消していく作業をやります。
 それが、私の一日です。

 最近読んだ本で、『ぜんぶすてれば』(DISCOVER)という中野善壽さんの本が良かったのです。
 中野さんは、元寺田倉庫代表取締役社長兼CEOという方。
 伊勢丹、鈴屋などを歴任した方で、現在75歳。
 伝説的な人らしく、出版の依頼が数多く、断り続けて今回は題名に惹かれて引き受けたという本。

 中野さんは、次のように書かれています。

 ★ ★ ★
 …………
 ずいぶんせっかちですね、と笑われそうですが、僕はそう思わない。
 なぜって、明日死ぬかもしれないから。
 「明日がある」という希望は持つべきだけれど、
 本当に明日が来ると信じてはいけない。
 僕は75年以上を生きてきたから、
 「明日が来ること」が絶対でないのだとわかります。

 今日できることは、今日のうちやる。今すぐやる。
 「何から先にやればいいか」なんて考えなくていい。
 思いついた順に、なんでもすぐやれば、後悔することはありません。
 ★ ★ ★

 まさに、この通り。
 「今日できることは、今日のうちやる。今すぐやる。」
 
 私の信条にぴったり。
 「今日一日の区切りで生きよう」ということである。 

 今日も、両手ぶり体操をしながら、上空を飛ぶ飛行機を追い(横浜の空は、10分に1機は飛ぶんです。これが楽しい。)、また、紫蘇(勝手に生えてきた無農薬の紫蘇)を摘んで、紫蘇焼酎を造りました。これがおいしいのです。いろいろ試しましたが焼酎は、れんと(黒糖焼酎)が一番。
いや、いや、決して暇ではない。毎日何かやることがあるのです(笑)。 これから夕食はささやかな誕生会。今年は、女房と2人だけ。
 紫蘇焼酎を飲んで楽しみます。

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