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2020年4月

つれづれなるままに~9月入学ということ~

●東京で感染者が100人を切り、だんだん減ってきているというニュースが出ている。
 これに対して、山中教授は警告を発している。
 それは単に検査をしていないだけという警告である。

 http://健康法.jp/archives/55484?fbclid=IwAR171Ek7a0MXoAdevv2cn6jWjijLZ8xb99XrHjIK3fmEt-xoSnBQWPgGu1I

 これだけ検査を増やせと言われているのに、まだ検査を絞っている現状がある。

 また、山中教授は、陽性率の高さに警鐘を鳴らしている。

https://www.mag2.com/p/news/450090?utm_medium=email&utm_source=mag_W000000003_mon&utm_campaign=mag_9999_0427&trflg=1

 陽性率とは、検査した人数に対して、どれだけ陽性者が出たかどうかの割合。
 それが、東京で約40%、大阪で約20%。
 
 アメリカが20%、ドイツは7%、韓国は3%というから、日本の高さは異常である。

 これで安心できるのであろうか。
 こんなことを続けていたら、爆発的な感染者は出てこないだろうが、いつまでもだらだらと感染者が出てくる恐れ続く。
 終息がどんどん遅くなる。

●今、柔道界で最も強いと言われる大野将平に興味がある。
 彼は、試合で勝ったときに何も表情に表さない。
 どうしてなのか。
 その答えが、朝日新聞のTimely(武士道精神 永遠に 安藤嘉浩)に書いてある。

 「余計なことをしたくないだけ」という答えが返ってきた。
 「相手からすれば、投げられて、負けた。その上でガッツポーズされたら三重苦でしょう。そこまでやる必要があるのか」と疑問に感じるからだという。
 そのあとに、次のように付け加える。
「金メダルとったから偉いわけではない。むしろ競技生活を終えた後、どんな人生を送るかが大切だと思う。嘉納先生も柔道を通じての人間教育をうたわれています」と。

 さすがに大野将平である。

 この大野の言葉を引き取っていえば、金メダルを取る(往路)よりもむしろ競技生活を終えたあと(帰路)が大切だということである。

 そうなのだ。
 人は、仕事をしているときよりも、仕事を退職してからが大切だ。
 人は、仕事をしていれば、それに紛れてしまって自分を見失う。
 退職すれば、自分と直に向き合わなければならない。
 そこで問われるのは、往路で身に付けた器量というものである。

 もっと言えば、仕事をしているときよりも、今休校になって、自宅にいるときが大切だ。
 そのときに、その人の器量が表れる。
 とりとめもない、その「日常」の過ごし方に、その人のすべてが表れる。
 油断してはならない。
 
●ここへきて、9月入学がクローズアップされてきた。
 知事会が打ち上げている。

 9月にしたら、学力格差が解消される。また、世界標準になる。
 そういうことらしい。
今年の9月を考えて、そう言っている。

 そんな簡単なことだろうか。
 私は大変なことだろうと思ってしまう。
 まず、9月にコロナ感染が終息していることを前提に提案されている。
 まず、そこからおかしい。
 
 4月入学で、社会生活は成り立っている。
 そのことで人々の習慣と習俗などが決まっている(意識されていないが)。 これを一気に変えていくのであるから、大変である。
また、4月入社を迎える経済界の承認も得なければならない。

 まず、学校教育法とそれにつらなる施行規則などすべてを書き換えなければならない。
 それを改定し、国会で承認を得なければならない。
 9月まであと4ヶ月でそれができるのか。
 それを文科省がやりとげられるのか。 
 
 せめて来年の9月ということになれば、可能かもしれない。
 としても、オリンピックと同時進行でできるのかどうか。

 といっても、この9月入学がとんでもないことだとは言えない。
 朝日の天声人語を読んでいて、初めてのことを知ることができた。
(2020.4.29)
 ・明治期の大学は、西洋にならい、9月が学年の始まりだったということ。

 ・今の始業時期は、旧日本軍の徴兵制に関わりがある。
  徴兵対象者の届け出の時期が9月から4月に変わり、徴兵猶予の資格を
 学生が得やすいようにと4月入学が広がっていった、と。
 
 何のことはない。
それまでは、9月入学だったのである。
  徴兵対象者の届けの時期に合わせて、4月に変えたのである。
そうするならば、変えられないということでもないではないか。

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コロナ後の学級運営をどうするか?(3)~子供たちとの関係づくりを考える~

1 学級崩壊になる担任の先生の特徴2つ

 子供たちとの関係をどのようにつくっていけばいいか。

 学級崩壊の事例をブログで応募して、多くの先生から事例が集まった。
 分かったことがいくつかあるのだが、大半の先生たちが共通に行っていたことがある。2つある。

 1つは、前回にもあげた「スピード・テンポ」が無くなること。
 空白の時間をしばしばつくってしまうこと。

 2つ目は、ずっと叱り続けていることである。

 この2つとも、やっている先生たちにとっては、自然な行為なのである。
 もめごとなどが起こるから立ち止まってしまうし、問題が続いて起こるから叱らなければならない。その連続である。
 自覚症状もなくなる。

 とくに、ベテランの先生たちに多い。
 力量がある先生たちも、同じようにやっている。
 
 もし学級崩壊に会いたくなかったら、絶対にこの2つはやってはいけない。
 
 今、学級担任をしている先生たちの鉄則は、「子供や親を反発の対象にしてはいけない」ということになる。絶対の鉄則である。

 どんなに力量がある先生でも、この鉄則は必要。
 今、力量があるというのは、ほとんど子供たちや親たちには通じなくなっている。

2 見事な担任の先生の対応
 
 つい先日、地方のある先生から相談を受けた。

 転勤された先生。
 担任したのは、6年生。問題のある子供がいるクラス。
 最初の日から、その児童が学級を飛び出したりしているわけである。

 まず、異動して6年担任は最も危険なことを伝える。
 自分が力量があると思っている先生ほど危ない。
 自分で何とかすると身構えるからである。

そして、問題のある児童への対応を伝えたわけである。

 その先生は、「しばらくの間は、その子のことはおいといて、(もちろん悪いことをしたら指導はしますが)、その子以外の児童をしっかりと指導しながら周りから固めていこうと考えているところです。」と書かれていた。

 極めて適切で、原則的な対応をされようとしている。

 さて、問題のその子供はどうなったのか。
 その先生の連絡によれば、次のようである。

「学校が再開してから2週間が経過しました。あれから、気になる児童とは、何とか問題も起きずに過ごしている状況です。クラスのほうも落ち着き、ほかの児童からは気になる児童の行動が落ち着いていることに信じられないといったことを聞くことがあります。
 先生からのアドバイスである『そ』で始まる言葉を使いながら指導した結果かなと考えているところです。」と。

 その先生は、問題のある児童に対して、叱りつけることをしないで「そ」のつく言葉で対応されたらしい。
 今のところ、うまく行っている。
 
 最適な出発をされている。
 
 重要なので繰り返し書いておきたいが、クラスにいる問題のある子供たちに対して、最初からがんがん叱ったりしてはいけない。絶対である。

 見逃しておいて(どうしても問題あることだけを叱る)、その間に学級を軌道に乗せることを着々と進めるのである。これが「学級づくり」。
 この「学級づくり」で、子供たちが自分たちで学級を動かしていくように早く(1週間で)するのである。

 ここが勝負。
 学級が子供たちの手で動き出せば、超やんちゃな子たちは、簡単に勝手な行動が取れなくなるからである。 

3 脳科学から見た「適切な言葉」の使い方

 「そ」のつく言葉である。

 これは、脳科学者平山諭先生の『満足脳にしてあげればだれもが育つ』(ほうずき書籍)に学んだことである。もともと発達障害のある子供たちへの支援をどうしていくかについて書かれたものである。

 「満足脳」とは、次のこと。

「脳には『報酬系神経ネットワーク』と『不安系神経ネットワーク』が存在するが、競い合ってどちらかのネットワークが勝つ。報酬とは給料のようなもので、もらうとうれしくなる。不安とは給料をもらわないようなもので、不快や嫌悪を感じる。《叱って》《怒って》《怒鳴って》授業をすれば不安系が勝ち、悲観的なマイナス思考を生み出す脳を作る。《ほめて》《かまって》あげれば報酬系が勝ち、楽観的なプラス思考を生み出す脳を作る。」

 この楽観的なプラス思考を生み出す脳を「満足脳」と言われている。

 子供たちとの「関係づくり」には、さまざまなことがあるようであるが、要するに、「言葉と表情」しかないことを自覚しておかなくてはならない。

 先ほど学級崩壊になる先生が、「叱ってばかりいる」ことを原因にあげたが、「叱っていく言葉」が、悲観的なマイナス思考を生み出す。

 超やんちゃな子供たちから、反発を受け、その範囲が広がっていく。
 これは脳科学では、不安系な不満足脳になる言葉を数多く子供たちに投げかけているからである。

 平山先生は、次のように言われている。

 ★ ★ ★
 端的に言って、人間関係を築くスキルは「言葉と表情」しかない。《やさしく感じる言葉》《楽しく感じる言葉》、逆に《不快に感じる言葉》がある。
表情も同じだ。一般に、人は不快に感じる人には近づかない。脳が心地よくならないからである。怒ったり、怒鳴ったり、嫌みを言ったり…、目が据わっていたり、口先で話したり、笑顔がなかったり、こういう人たちは相手の脳に好印象を与えない。つまり、《やさしい心地よさ》と《楽しい心地よさ》を与えない。そのために、人を元気にさせてくれないのだ。子どもたちの心を《暗く》している言葉や表情があるということだ。
 ★ ★ ★

 そこで、「そ」のつく言葉である。
 これも、平山先生が書かれていることから引用したい。

 ★ ★ ★
 《そ》が付く言葉は有効である。「そーなの」「そうなんだ」「そうか」「そうだよね」などは、相手の心を傷つけない。事実を認める言葉だからだ。《ど》が付く言葉もいい。導入段階で使える。「どうですか」「どうしたの」「どれどれ(話してごらん)」「どうぞ」「どういたしまして」などだ。
 ほめることは、『成功体験』の積み重ねにつながる。ほめられたことは一般に繰り返そうとするからだ。
 ほめ方には5種類ある。
 1 短いフレーズで元気よくほめる。
  「すてき」「ばっちり」「すごい」など。
 2 名前を付けて特定化してあげる。
  「すてきですね、菜々子さん」「ばっちりだよ、一郎君」など。
 3 成長や達成「おしゃべり授業」を実感できるようにほめる。
  「できるようになってきたね」「やったじゃない」など。
 4 にっこりほほ笑んで事実を話題にする。
  「(ノートに)書いている、書いている」「(ノートに)消している、消  している」「いい顔、いい顔」など。かまってもらっている感じが出て  満足度は高まる。2回繰り返すとリズミカル(音楽)になるので脳は喜  び効果的だ。
 5 期待効果を狙ってほめる。
  「(集団から離脱している場合)中に入ってくれたらうれしいな」「(教科書を出していない場合)出してくれたら、先生、チョーうれしい」など。
 ★ ★ ★

 子供たちへの「関係づくり」の基本になるのは、織物モデルの縦糸・横糸張りである。これは、このブログでも繰り返し書いているので繰り返さない。

 以上に上げた平山先生の言葉は、私たちが今まで「横糸」を張る(心のつながり)ということで位置付けてきたことである。

 ここまで書いてきて、「叱ってはいけないのだ!」と思われるかも知れない。
 平山先生は、発達障害のある子供たちへの対応として提起されていることである。
 この提言は、問題のある子供たちへ向けてのこととして受け取る。

 私たちの「関係づくり」から言えば、縦糸張りがあるからこそ、横糸張りが生きてくるのである。
 「叱ること」が必要なときには、真剣に叱らなければならない。
 これをいい加減にしてはならない。

 子供たちは、決して叱られることを拒否しているわけではない。
 問題は、しょっちゅう叱られることへの拒否感である。
 ★
 4月の始業式のときと比べて、さらに困難は増しているはずである。
 いつもなら、2,3人の超やんちゃな子供を、素速くクラスに包み込んでいく処方箋でうまくいったはずである。

 ところが、これからはそうはいかない。
 超やんちゃな子供が、2,3人どころか、5,6人に増えていることを想定しなければならない。
 また、その超やんちゃな子供も、これまでの怠惰な生活とゲーム・スマホ生活で、すぐに規則正しい生活(学校は規則正しい生活)に順応しない。 
これが大変である。

いかに、その問題がある子供たちを反発させないように「関係づくり」をしていくかが、コロナ後の最大の課題だと考えていい。

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つれづれなるままに~これからのコロナ感染を予測する~

 日本でのコロナ感染者が1万人を越えた。
 
 このコロナ感染は、大きく日本を揺り動かし(もちろん世界を揺り動かしているわけだが)、私たちの日常をもさまざまに変えている。

 この状況をずっと注目してきた。
 私の人生の中で、3・11の東北大地震は大きなできごとであって、もうこれほどのできごとが再び起こってくるとは思われなかった。

 だが、その予測はみごとに裏切られた。
 再びコロナ感染が襲ってきたのである。
 ★
 この間に、私の素人判断で見つめてきた事態を素描しておきたい。

 隣の韓国が、今回の総選挙で与党政権のコロナ対策の評価が大きくて、与党が、圧勝したニュースを伝えている。

 韓国は、最初から検査・隔離を徹底して行い、封じ込めに成功している。
 ドライブスルーの検査態勢は、いくつかの国がマネをするほどであった。
 日本でも新潟県が行っている。

 一方の日本は、最初にクラスター発生に的を絞っての取り組みであった。
 検査をするのは重症者で、いまだにPCR検査が少ないことが問題になっている。

 これだけ問題にされながら、なぜPCR検査をしなかったのか?

 考えられたのは2つ。

 ①厚労省が検査へのルートを絞ってきたことによる。
 ②医療崩壊を防ぐため。

 ①のルートの絞り込みは、その目安に、1つに風邪の症状や37,5度以上の発熱が4日以上続く、2つ目には、強いだるさや息苦しさがあるとしたことである。
 その場合に、まず帰国者・接触者相談センターへ相談し、それから受診をする、そして医者が必要と判断した段階でようやく検査が受けられる。

 しかし、この場合でも、まず電話がつながらない、たらい回しをされるなどの苦情があいついだわけである。

 ②の医療崩壊である。
 今でもその事態が間近に迫っているのである。いや、もう始まっている。
とくに、院内感染が広がっている。
 
 韓国は、最初の数人の感染者が出た段階で、医療の備えを急ピッチに進めている。
 そこでの成功は明らか。

 ところが、日本はクルーズ船問題があり、最初の感染者からこれだけの時間があったのに、いまだに医療の備えができていない。呆れるほどである。
少なくとも3ヶ月の期間があった。何をやっていたのだろうか。

 ★
 なぜ、厚労省が検査ルートを絞り込んだのか。

 私は、そこにオリンピックがあったのだと判断した。
 とにかく、オリンピックを中止にさせたくない。
 安倍政権の悲願なのである。
 だから、日本はそんなにたいしたことはないと装わなければならない。
 そのため、感染者を数多く出したくない。
 
 考え出されたのが、検査ルートの絞り込み。

 その結果、オリンピックは1年延期になった。
 一応は目的達成できたわけである。
  
だが、検査を絞り込んだ結果、重症者対応はできたのだが、軽症者や、そして無症状者は野放しになったのである。
 これらの人たちが、感染を広げていったことは明らかである。
 
 それが、今日の結果ではないのか。
 韓国と真逆の方針をとった結果が、こうなっている。
 ★
 緊急事態宣言が、最初は7都道府県、そしてすぐに全国に発出された。
 
最初の合い言葉は、クラスター感染をさせないということで、「三密を避けよう」ということであった。
 
 緊急事態宣言が出てから、「不要不急の外出は止めよう」ということになった。
 
 そして2回目の緊急事態宣言のあとには「外に出ないで自宅にいよう」ということが強調されるようになった。

 これからどうなるのだろうか。
 誰も予測できない。
 素人判断で、これまでとこれからのことを考えるとどうなるか。
 ひとつやってみよう。

 ①東京都の感染者数が100人から200人の間を続けている。
  私は、市中感染の状況からもう少し多くなることを予想したが、急激に 増えることは今のところない。
  検査の数が多くならないからである。
  あれほど政府は、検査を増やそうと宣伝をしているが、増えていない。 一説によれば、希望者の5%ぐらいしか検査をしていないという状況らし い。医療崩壊への警戒であろうが、かえってそのことで院内感染を蔓延さ せている。
  だから、これからも感染者は数多くならない。しかし、減らない。
  ずっと同じような人数で推移していく恐れがある。

 ②これからは、感染者数で判断できない。
  今最も注意して見ておかなくてはならないのは、死亡者の数である。
  これが増えている。
  この数が増えているということは、それだけ感染者が増えていると思わ  なければならないということらしい。

③この曖昧な政策をとらせているのは、専門者集団が、政府と一体化して  進めてきた、その結果と考えられる。
緊急事態宣言も、4月1日に出さねばならなかったが、1週間遅れた。
  その遅れが、さらに感染を広げたと言われている。
  政府の経済対策に押し切られて、コロナ対策が遅れ遅れになっている。
  今の時期は、1週間というのが大きいらしい。

 ④アジアの中国、台湾、韓国が完全にコロナを押さえ込んでいるという事  例が出されているのに、そのやり方を模倣しようとしていない。
徹底した検査、隔離のシステムが取れないのである。
  日本だけが、国民に自粛を促すという方法だけで進めている。
  これは何だろうか。
  この方法で押さえ込めると思っているのだろうか。

 ⑤これからのコロナ感染について、どうなっていくのか。
  これも予測を立ててみよう。

  A いずれ終息する。
   他の国みたいに感染は広がらないで、今の状態をキープして 
   そのうちに終息していく。

  B 感染爆発をする。
   感染が地方にも広がり、院内感染も爆発し、ロックダウンしなけれ
   ばならない事態になる。

  C ずっと今の状態が続いていく。
   今の感染状態がずっと引き続いていく。いつ終息するかも分からない
   ままに続いていく。

  D 第2波、3波が押し寄せてくる。
   一旦収まりかけてくるが、また感染者が増えてくる。

  政府は、Aになる立場で推進しているようである。
  日本国民は、ほとんどがこうなることを願っているはず。
果たしてそうなるかどうか。

 
 しかし、これだけのシナリオでは危険だ。
 必ず複数のシナリオを考え、その準備をしなければならない。
 とくに、Bのシナリオは、最悪のものだが、覚悟して準備しなければならない。

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コロナ後の学級づくりをどうするか?(2)

 コロナ後の学級づくりをどうするか?
 これはきわめて大切で、重要な課題である。

 4月の1ヶ月間を失っているのである。
 子供たちの新しい気構えが萎えている。

 それを踏まえての「学級づくり」になる。
 きっと困難さがつきまとう。

 ただでさえ、学級崩壊が問題になっているのに、ましてや最初の1ヶ月を失っているのである。

 私は現役の頃、自分に与えてきた課題は「学級づくり」であった。
 この研究過程で、さまざまな課題を積み重ねてきた。

 やはり、「学級づくり」にとって大きなポイントは、学級始めなのである。
それも、最初の1ヶ月が大きなポイントであることが分かってきた。

 しかし、それは先生たちの課題となっていなかった。
 その1ヶ月を、どう過ごしていくかというのは、どこにも、誰も、明らかにしていなかったのである。

 自分なりに発想したのは、「3・7・30の法則」である。
 
 4月の1ヶ月を、どう過ごしていくか。
 3日で印象的な出会いをし、7日で、学級の仕組みをつくり、30日でその仕組みを徹底して繰り返し定着させるとシステムである。
 ★
 今、初任者指導を20年以上経験してきて、「学級づくり」について最低限必要なものが自分なりに絞られてきている。

 あくまでも最低限な課題である。
 これがなくては、学級として成り立たない課題となる。

 大きなテーマは、「安心のある学級づくり」。
 
 そのために3条件が必要。

  ①学級の仕組みをつくる。
  ②スピード・テンポ。
  ③学級のルールづくり。

 ①については、当たり前の課題である。
 学級という組織をつくるのであるから、そのための仕組みが必要なことは当然である。
 そのために、まず「教室の一日」をつくる。
 1週間でつくる。必須である。
 朝教室へきて、朝自習から終わりの会までの、一連の流れ。
 初任の先生には、まずこれをつくらせるのである。
その流れについては、『初任者指導の教科書』(拙著 明治図書)のp50~に明らかにしている。また、詳しくは、「1週間のシナリオ」として明らかにしている。このシナリオは、ブログのコメント欄で申し込めば、誰にもお渡ししている)

②については、学級崩壊の事例を研究していて、明らかになった課題の1つである。

 学級崩壊に陥る先生たちに共通しているのは、教室の活動や授業にスピード・テンポがなく、「空白の時間」があまりに多くなることである。
 要するに、学級崩壊のクラスは、決まって「スピード感」がなくなるのである。100%。

もめごとなどがあり、しばしば授業や活動がストップして、その仲裁にあたり、教室に空白の時間ができること。

 子供たちは、無意識的に、スピード感が肌になじんでいる。
 ゲームの影響。

 子供たちは、教室が、スムーズに流れていなくて、ゴトゴト立ち止まっていれば、そのことで不快を感じ、逆にだらだらしてスムーズさを打ち消していく行動をする。

 昔は、授業でも活動でも、「ゆっくり丁寧に」が合い言葉であった。
 でも、今は「スピード・テンポ」なのである。
 これは心しておかなくてはならない。

 ③のルールづくりは、組織の大原則と言ってよいことである。
 平和で、より良い国は、きちんとした法律がある。
 その法律を国民それぞれがきちんと守ることで、平和で民主的な国ができあがる。
 それと同じように、どんな小さな組織でも、その組織を守っていくためのルールが必要なのである。
 
 これが、教室では実に曖昧になっている。
 学校での大きなルール(約束ごと)は存在しているが、教室では、前年度の踏襲としてのルールが曖昧なままに子供たちに息づいているだけである。

 教室にも、子供たち相互に守っていく、きちんとしたルールが必要である。
子供たちが自分たちで守っていくルールにならなければならない。

 私は、それを目標達成法として提起している。
 簡単にできるルールづくりなのである。
(『初任者指導の教科書』のp68~に掲載している。)

 この3つの課題がきちんと息づいていけば、まず「学級づくり」の最初はできあがったことになる。
 初任の先生たちは、まずこれをつくりあげることなのである。

 勉強が終わっていない。
 そんな「学級づくり」にもたもたしている場合ではない。
 簡単にさっと必要なものだけつくって、あとは授業、授業でいかなければならない、と先生たちは身構えそうである。

 しかし、これは絶対に失敗する。

 勝負の1ヶ月がなくなっているのである。
 子供たちは新学期の新しい気持ちもなくなっている。
 ゲームとスマホに明け暮れる時間をずっともってきたはずである。
怠惰な時間と、怠惰な気持ちにまみれている。

 まず、ゆっくり出発する。
 3条件をきちんと実践する。

 普通の4月よりも、慎重に、粘り強く、出発する。
 
 あせる気持ちもあろうが、まず「学級づくり」をしなくては何事も始まらないことを胆に銘じるべきである。

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つれづれなるままに~初任者指導の教科書の本が2版になる~

●次のような記事が出る。文科省発のもの。 

 ★ ★ ★
夏休みや土曜に授業も 教員OBの積極活用要請 文科相、休校長期化で
4/21(火) 19:55配信
産経新聞

 萩生田光一文部科学相は21日の閣議後会見で、新型コロナウイルスの感染拡大に伴う全国各地の休校の長期化を踏まえ、学校の再開後に通常授業だけでは学習が間に合わない場合、夏休みや土曜に授業をする必要が出てくる可能性もあると指摘した。その上で、退職した教員の力も積極的に活用することを要請、同省は全国の都道府県教育委員会などに事務連絡を出した。

 萩生田氏は会見で「今から言うと萎縮するかもしれないが、夏休みが全て休みにできるのか。一部の日程は授業をやるとか、平日放課後に補習をやるなどして、しっかりカバーしないといけない」と訴えた。

 また、そうした学習の遅れを取り戻すためには、教員OBから一層の協力を得るよう呼びかけ、教員免許の保持を再雇用の条件とする教委については、条件緩和を検討するよう求めた。
 ★ ★ ★

 実は、私の知り合いからも連絡を受けた。
 その知り合いは、文科省関係の仕事を手伝っているということ。

 退職した教員のOBを2万人集めたいということ。
 私にそういう人脈がないかという連絡である。

 私は、「退職した先生たちは、もう現場で疲弊してへとへとになって辞めた人が多いので、もう一度復帰するという話はそう簡単に乗らないと思います」と連絡をしておいた。
 
 現場で普通級を持ちながら、退職まで行ける先生は、地方では可能である。
でも、関東、関西の都市圏では大変である。
 
 退職までたどり着ける先生の方が少ないのではないか。
「こんなことをやって命を縮めたくない!」と思っているはずである。
 
 佐賀から横浜に一緒に教師になってきた親友は、「もう馬鹿馬鹿しくなった!」と退職を待たず、辞めてしまった。

 別に学級崩壊とかにあったわけではなく、優秀な教師であったが、そんな教師たちが馬鹿馬鹿しくなって辞めていっている。

 2万人も集めたいという話だが、そんなに教師がいるわけがないのである。

●この3月に出版した『初任者指導の教科書』(明治図書)が、2版になった。
 限られた読者層に向けて書いた本だったので、2版に行ってくれるかどうかを案じていたが(2版になったら出版社はもとがとれるのである)、ありがたいものである。
 このブログを読んでもらっている読者の皆様が買っていただいたのであろう。ありがとうございました。

 ちょうど新潟の庭野三省先生から電話があった。
 日本教育新聞に書評を書いたという連絡である(書評を担当されている)。
 5月頃に掲載されるらしい。
 庭野先生は、十日町市の教育委員もされている。
「これは、指導の先生だけでなく、初任者もぜひとも読むことを強調しておきました。」という連絡。
 ありがたいことである。

 ブログを読んでいる初任の先生は、ぜひとも今のうちに読んでほしいものである(笑)。
 

 

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コロナ後の学級運営をどうするか?(1)

 岐阜、大阪市が休校の措置を5月31日まで延長している。
 おそらく、他の都道府県も、いずれこのような措置を取って行くであろう。
果たして、これだけの期間で終わっていくのであろうか。

 コロナの終息は、とても短期間で決着がつかないと予想される。
 長期戦である。
 ★
 はっきりしているのは、いずれ学校は再開するということだけである。
 その間に何を準備して行くのか。
 それが学校に問われている。

 もはや、文科省や教育委員会を頼りにするわけにはいかない。
 ほとんど右往左往していて、これからのことについて方針を出すことはできない。
 トップが右往左往しているので、その下にいる組織が独自に動いていくことはできない。
 

 学校で準備することは、「コロナ後の学校運営、学級運営」になる。
 多くの先生たちは、とてもそんなことを考えられない。
 「これからどうなるのだろうか?」「勉強していないことをどうようにしていったらいいのだろうか?」ということを不安に思っているはずである。

 しかし、先生たちは、「コロナ後の学級運営」については、自分なりの方向を準備しなくてはならない。
 まだ、そんなことを考えることさえできないと言われるかもしれない。

 もう一度繰り返すが、いずれ学校は再開する。
 このことだけははっきりしている。 
 その時に備えていくことである。時間はあるではないか。

 一歩先を構想する。
 ★
 ここで考えておかなくてはならないのは、3月の休校と4月からの休校は、まったく違うということである。

 3月の休校は、まとめの時期での休み。
 4月からの休校は、始めの時期での休校。

 3月の休校は、まとめができなかったのである。
 だから、それは次の学年で補充はできる。

 しかし、4月からの休校は、「初めの時間」を失うということである。
 この損失は、はかりしれないほどである。

 たとえば、学級経営にとって、初めの1ヶ月は勝負の時間。
 この1ヶ月で、ほぼ8割が決まってしまう。
 この時間を取り戻すことは、よほどの力量がないとむずかしい。

 その4月の1ヶ月は、かけがえのない時間。

 もちろん、全国では、この初めの時間を持った学校もある。

 でも、2回目の緊急事態宣言を受けて、どうなるのか。それは、各都道府県に任されている。

 「開始時期に、その4月の1ヶ月をやればいいのではないか?」と言われるかも知れない。
 もちろん、そうする以外にないのだが、条件が違ってくる。

4月の最初だという子供たちの気持ちや、先生たちの気持ち、学校の雰囲気などすべてが無くなっている。
 
 ここで始めなくてはならないのである。
 これがどんな影響を与えるのか、誰も分からない。
 経験したことがないからである。

 コロナ後の学級運営。
 何が課題になるのか?

 3つが具体的に課されてくると思われる。

  ①学級をどう始めていくか。
  ②子供たちとの関係をどのようにつくっていけばいいか。
  ③履修すべきことになっている単元をどのように履修させていくか。

 とりあえず、この3つが課される。

 これについて、準備をしなければならない。

 これは、学校が初めて経験する事態なのである。
 今までの実践が何もないわけである。

 どうするか?
 これについて、私ならばどうするか。
 1つひとつ考えていきたい。       (続く)
 

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つれづれなるままに~果たして5月6日で終わるのだろうか~

●国民に一人2枚のマスクを配布するという。
 466億円かかるという。
 笑うしかなかった。
 これだけのお金があれば、使うべきところは至る所にあるだろうに…。
 
 内田樹さんは、以下のようにツイッターで呟いていた。

「この日本政治史上かつてないスチャラカなプランがそのまま実現にこぎつけてしまうための可能性は、官邸のガバナンスが著しく風通しの悪い独裁に陥っているのか、でなければ総理を囲む側近が、一から十までバカ揃いであるからなのかのいずれかの場合しか考えられないからだ。」その通りです。


●【ニューヨーク共同】30日の米紙USAトゥデー(電子版)は、東京五輪の新たな大会日程が発表されたことについて「無神経の極みだ」と国際オリンピック委員会(IOC)を批判した。

 同紙の運動担当コラムニストは「世界中が疫病と死と絶望に包まれている時に、なぜ日程を発表する必要があるのか」と指摘。「せめて暗いトンネルを抜けて光が見える時まで待てなかったのか」と述べ、新型コロナウイルス感染の状況改善を待つべきだったとした。

 さらに来年7月に感染が終息している保証はないとして、発表が拙速だったと主張した。
 ★
 果たして来年の7月に感染が終息しているのだろうか。
 これからアフリカ、中南米に感染は広がっていくはずである。

 アメリカハーバード大学の研究チームが、新型コロナの世界的流行を抑えるためには、外出規制などの措置を2022年まで断続的に続ける必要があると発表している。ただし、抗ウイルス薬、ワクチン開発などで短縮されると言っている。

 このような発表を勘案すれば、来年の7月のオリンピックもかなり厳しいと考えなければならない。

●安倍首相の動画は、さまざまなところで賛否を呼んだ。
 シャキッとしたカジュアルな服装に身を包み、自宅でくつろぐ姿である。
 首相とすれば、こうして休みましょうと呼びかけたかったのであろう。

 だが、「いいね!」とする人もかなりいたのだが、疲弊して、ゴミ袋に身を包み、感染者を治療している病院関係者や、明日をも知れぬ仕事を続けている中小企業の人たちは、この呼びかけをどう受け取ったのだろうか。

 安倍首相に欠けているのは、こうした人たちへ向ける眼差しとでも言えるのだろうか。

 経済学者の野口悠紀雄さんが次のようにツイッターに呟かれている。‏
★ ★ ★
 あのトランプでさえ、戦時大統領 だと言っている。それは、寝食を忘れて危機に当たるということだろう。世界の指導者の中で、「私は、いま、自宅で優雅に寛いでいます」と公言した人がいるだろうか?
 ★ ★ ★
 
 ドイツのメルケル首相や、イギリスのジョンソン首相、アメリカニューヨーク州のクオモ知事などのテレビで映る、深刻な表情。
 我が国の首相とは、大きな違いがある。
 これは一体何なのだろうか。

●学校が休校になっているところがある。
 聞くと、1週間のうちに何日か出て、あとは自宅勤務という状態らしい。
 
 こんな時こそ時間がたっぷりあるので、今までためていた課題に挑戦できるのではないか。
 そのように発想できる。

 しかし、そうはいかない。
 ついついネットづけになったり、だらだらと過ごす時間になってしまう。

 家族がずっと一緒にいるので、子供たちはゲームばかりやっていて叱ることが多くなり、また夫婦はついつい諍いになり、家族中が不穏な日々を過ごしているということらしい。

 私も退職して、家にいる時間が多くなり、日々の時間をどう過ごしていくかが大きな課題であった。
 うまく過ごせるようになるまでには、ずいぶん時間がかかった。

 経験上言えることは、次のこと。

 ①一日の時間設定をきちんとすること。
  起きる時間、寝る時間、運動をする時間、……。
  規則正しい時間ができるかどうかなのである。

 ②その日にする課題をきちんと明確にする。
  私は、自作の手帳に、朝起きて、その日の課題を全部書き上げて、
  その課題を済ませたら、一つ一つレ点をつけていく。
  
 今日は、庭で大きくなっているフキを取って、フキ料理をするのが1つの課題である。
 また、けん玉の日本一周の挑戦(笑)。動画を見て、研究をする。
 こうしたことを1つ1つ済ませていく。

 
 

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つれづれなるままに~緊急事態宣言を受けて~

 緊急事態宣言が、7日に出された。
 遅すぎたのである。

 やはり、経済的な落ち込みを不安視していたという新聞報道である。

 ★
 この緊急事態宣言は、5月6日までという。
 7つの都道府県の学校は確実にこれまでは休校になる。

 しかし、これで終わるとはとても思われない。
 1学期いっぱいは休校になることを想定しておかなくてはならないと予測する。
 すでに、この7つの都道府県とすでに学校が始まったところとの学力格差などが問題になっている。
 休校になっているところは、教育課程をどうするかをすでに考え始めているのであろう。初めての経験である。どうしたらいいものか。
 ★
 コロナ対策で、これまで日本が取ってきた施策は、「集団免疫体制」である。
 感染者が増えることで「集団免疫」ができるーーと。
 検査をなかなか実施しなかったのは、そのためである。

 この「集団免疫体制」を同じように取ってきたオランダ、英国両政府が強い批判を浴び、感染防止策の強化を迫られた。
 
 オランダは、欧州全体に感染が拡大し始めた3月半ばは、他国に比べて緩い規制で乗り切ろうとした。

 その際、1つの理由として言及されたのが、人口の一定数が免疫を得ることで感染を収束させる「集団免疫」という考えだ。ルッテ首相は「これからしばらくの間で、大半のオランダ人がこのウイルスに感染する。感染した人はその後ほとんど免疫を持ち、集団免疫が大きいほど、リスクの高い高齢者や健康状態のよくない弱者にウイルスが広がる確率が減る」と説明した。

 だが、「国民の健康でロシアンルーレットをするようなもの」(自由党のウィルダース党首)などとの批判が殺到した。高まる批判を受け、ルッテ氏は「集団免疫は目的ではなく、今の対策の結果、付いてくるもの」と釈明。その後、3人以上の集会の原則禁止など、規制強化に乗り出した。

 英国も転換を迫られた。
 英政府は3月12日、死者が8人に止まっていた段階では集会自粛などの要請を見送った。政府のバランス主席科学顧問は「大多数の人は感染しても軽症だから感染を完全に抑えず、集団免疫を築くことが狙いだ」と説明。すると、英メディアから「政府は多くの犠牲者が出るのを許容した」などと批判が噴出した。

 さらに、英国内の疫学者らが、期制を強めなければピーク時に集団治療の病床の8倍の患者が押し寄せ、死者は25万人にのぼるという試算を発表。英政府は3月16日以降、学校の一斉休校や罰則付きの外出制限など対策を強化し、集団免疫という言葉も封印した。

 以上の情報は、朝日新聞(2020.4.4)の「オランダ・英 集団免疫の考え転換」による。
 ★
 要するに、集団免疫体制が破綻しているのである。
 日本は、この言葉をあまり使わないで、実態はCDRの検査を少なくするという方策で乗り切ろうとした。
 
 しかし、限界である。
 緊急事態宣言で、ほとんどその撤回をせざるをえないであろう。

 一方、欧州の主要国で死亡率(0.7%)を大きく減らしたドイツの施策は、これとは真逆の体制を取ってきた。

 初期の段階で大量の検査を行い、症状の重さに応じて診療方針を決めて、一気に患者を振り分けるという方法である。

 人口呼吸器を大量に保有していたのも良かったということだ。

 結果として、高齢者の重症者を抑えることに成功し、非常に死亡者数が少なくなっている。

 今では、国内に比較的余裕があるので、他国から患者を受け入れる姿勢すら見せているのである。
 韓国も、これと同じような施策をとり、一気に患者を減らすことに成功している。
 日本でも、政府の方針に反して、独自に検査をした和歌山がある。和歌山方式と言われた。
 ★
 問題は、日本である。

 確かに患者数は他国に比べたら少ない。
 それだけ、検査をしていないのだから、当然と言えば当然である。
 今まで病院の数を統合という形で、どんどん減らしてきているので、患者が多くなれば、それに対応するベット数など対応できない。
 医療崩壊はすぐにでも起こる。

 問題は、日本が、これからニューヨーク州になるかどうかの瀬戸際だということである。
 
 「日本はばくちをしている」という外国報道があったが、その結果が出てくるのが、これからである。

  

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つれづれなるままに~緊急事態はもうそこまできている~

 数百年に一度経験するかしないの経験をしている。
 そのことをTBSのサンデーモーニングで寺島実郎さんが言っていた。

 4日、東京では感染者が118人になった。5日は、143人。
 市中感染がどのくらい広がっているのか、誰も分からない。
 これからとんでもない事態が起きることを予測する。

孫正義さんが、次のように呟いている。
 ★ ★ ★
4月3日
ニューヨーク州は3月7日に非常事態宣言を発表。
当日の累計感染者数は89人、3週間後の4月1日は83,712人。
東京の4月3日現在の累計感染者数は773人。
みなさんどう思いますか?
★ ★ ★


また、池田清彦さんも呟いている。

 ★ ★ ★
新型ウイルス感染の修羅場を潜って来た岩田健太郎が、東京都は速やかにロックダウンすべきというのだから、議論している暇は無いと思う。これは時間との闘いなのだ。数万人の命がかかっている。今すぐ決断した方がいいよ。
★ ★ ★

 小池都知事は、緊急事態宣言をださなければならないとヤキモキしている。
 しかし、安倍首相が動かない。
 そんなふうに見える。
 緊急事態宣言を出したら、もはや取り返しがつかないくらいに経済が落ち込むからであろう。

 ★
 誤解されるかも知れないが、私は、稀有な歴史の貴重な経験に立ち会っていると思っている。

 もはや、今までの経験なんて通用しない。
 今、起こっている事態や目の前の事態に目をこらし、自分や家族ができることだけに専念せねばならない。

 そうは言っても、日頃の生活が変わっているわけではない。
 毎日の生活のペースを変えず、冷静に、淡々と生活をするだけである。
 

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つれづれなるままに~危難にあったときの対処法~

●【ニューヨーク共同】米紙ニューヨーク・タイムズ電子版は26日、新型コロナウイルスの日本での感染状況について「厳しい外出制限をしていないのに、イタリアやニューヨークのようなひどい状況を回避している」と指摘、世界中の疫学者は理由が分からず「当惑している」と伝えた。

 日本が医療崩壊を避けるため、意図的に検査を制限しているとの見方を紹介。米コロンビア大の専門家は、日本のやり方は「ばくち」であり「事態が水面下で悪化し、手遅れになるまで気付かない恐れがある」と警鐘を鳴らした。

 オリンピックが延期という状況になって、急に東京での感染者が増えた。
 あまりにもできすぎな感じである。

 海外のコロナ感染のひどさは、驚くばかり。
 どうして日本だけがこんなに少ないのかと、誰でもが疑問に思うはずである。
 同じコロナなのである。この感染の違いは何か。

 「意図的に制限をしている」という指摘である。

 もしこんなことをしているとしたら、市中感染がどんどん広がっているであろう。
 それが、今の東京だとしたら、大変なことになる。
 

●コロナ騒ぎで大騒ぎになる中で、私たちは冷静な対応を迫られている。
 
 いつも自分に危難が降りかかったとき、どのような行動を取ればいいか。
 慌てふためいて、大騒ぎをするということが多くの人たちの行動であるが、そうならないための対処法である。

 こういうときの対処法をご存じだろうか。

 私は、『道を開ける』(創元社)のカーネギーの対処法に従っている。

 ウィリス・H・キャリアの公式という。

 ①第1に、まず状況を大胆率直に分析し、その失敗の結果起こり得る
  最悪の事態を予測する。

 ②第2。起こり得る最悪の事態を予測したら、やむをえない場合に
  は、その結果に従う覚悟をする。

 ③第3。これを転機として、最悪の事態を少しでも好転させるように
  冷静に自分の時間とエネルギーを集中させること。
  

 誰でもが、人生の中で何度か、大きな危難に遭う。
 それは必然だ。
 その時の対処法を知っておくことは大事なことである。

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