読解力不足をどうとらえるか~新井紀子さんの答えをまとめる~
新井紀子さんが、2019年12月に発表されたPISAの読解力低下問題について答えておられる。
https://www.businessinsider.jp/post-204493?fbclid=IwAR2xoenxc2FHv-ObAflahNJvG4VK8d0wl1kEntGcz2Hg1EC51ysXOKzF-Os
新井さんは、『AIvs教科書が読めない子どもたち』で、日本の子供たちの読解力低下を指摘されて、大きな反響を呼んだ数学者である。
今回、PISAでも、その事実が明らかになる。
以前からこの事実は、新井さんが指摘されていたことである。
今回のこのことで、新井さんがどう反応されるのか、とても興味深いことであった。
新井さんの反応を、私なりにまとめたものをここに記しておこう。
1 今回PISAで、日本の読解力が低下して、平均点が落ち、順位も前回(2015年)の8位から15位に下がったことについて、どう感じておられますか?
①今回の結果について、「戦犯は誰だ?」と言った記事の多さが気になった。
②読解力のために、1人1台タブレットを導入すべし、という拙速すぎる
結論の多さに呆れた。
2 PISAの結果を受けて、有識者のコメントに「日本はICT教育が不十分だからだ」という指摘が多かった。問題を解く際に使うコンピュータに慣れてなかったからだということでした。それについてはどうですか?
①PISAの数問を解くための「慣れ」を身に付けることが目標ではないから、その議論は本末転倒。しかも科学的ではない。
②前回(2015年)もコンピュータ調査だったのに、読解力は8位だった。そこから順位が落ちた理由にはならない。
③数学・数理リテラシーと科学リテラシーも同じコンピュータでの回答なのに、それぞれ6位と5位。しかも、1人1台タブレットを導入している フィンランドでも順位が落ちている。根拠には何もならない。
3 では、どうしてICT教育のせいにしたいのか?
①前回のPISAショック(2003年、2006年に3分野で大きく順位を下げた)の時に、フィンランドなどを視察して対策を講じ、全国学力テストを指導してV字回復させたと言われている人たちは、対策が一定の効果があったとしたい。そのためには、他に戦犯を探さなくてはならなかったのではないか。
②政権にとって景気浮揚策として「1人1台タブレット」は魅力的でしょうから。
4 新井さんの著書を読むと、むしろ読解力を上げるには、板書をするなど「書く」行為をさせること、つまり「昭和的」な教育の方が効果が上がった実例が書かれています。ICT教育を進めて、読解力が上がるとは思えないのですが、どうでしょうか?
①「書く」行為は、そもそも人間にとって不自然な動作であると認識してほしい。「読む」「書く」はプログラミング同様に不自然な行為ですから、その時代と環境と要請に従って、カリキュラムを構築して確実に身に付けなければならない。
②けれども、私たち大人は、自分が子供だった時代に、読み書きを「自然に」身に付けた思い込んでいます。ですから、自分たちの子供の世代も、放っておけば、「それくらい」はできるだろうと信じています。でも、自転車もただ乗れるようになるわけではないのと同じように、字を書くというのは相当に集中力とトレーニングが必要なのです。
③実は、今の子どもの多くが、中学生になってもノートが取れない。ノートの取り方自体が分からない。成績の下位の生徒だけでなく、中の上の生徒でもそうなのです。
④板書を写させると、写すことに「認知負荷」がかかりすぎるので、先生の話が聞けなくなる。
⑤本来ならば、小学校3,4年ぐらいまでに、先生の話を聞きながらノートが取れるようになってほしいのですが、それが難しい状況。
⑥定規で線を書くのにもいっぱいいっぱいになってしまいますので、先生は困って、プリント中心の授業にしてしまう。それでますます字を書かなくなり、手先がコントロールできなくなるという悪循環が生まれる。
5 そもそも読解力とは、どんな能力なのですか。
①「読解力とは何か」については、宗旨がいろいろあり、ひとつに決められない。
②PISA調査で目指している読解力は、複数の情報、複数の長文を批評的に読んで、自分の立場を明確にすることが求められている。
③このレベルにもっていくためには、その前に基本的な読み書き能力が必要です。
④文章が読めるというのは、まず字が読め、その次に単語レベルで読める。
教科書が読めるためには、読むために必要な語彙量の95~98%ぐらいがなくてはならない。
たとえば、徳川家康などの初めての言葉に出会ったとき、他の言葉が分かっていれば、「徳川家康というのは、徳川幕府をつくった人で、…」と分かり、新たに徳川家康という語彙を獲得できる。
まず、これは人の名前なのか、物の名前なのかという分類がだいたいできなければ厳しい。そのためには、幼児期の、字を書かない段階で、耳から聞く語彙が相当量ないと厳しい。
⑤私たち世代(50代以上)は、主に家庭の会話とテレビやラジオから語彙を獲得してきた。ラジオやテレビには、階層に依らず語彙量を揃える上では、メリットがある。
⑥ラジオやテレビ離れがここ10年で一気に進み、みんなが同じ語彙を持っているという前提は、瓦解したと言っていい。
⑦今起こっているのは、言葉で言っても伝わらない、伝えようがないという状況であろう。
6 一人一台タブレット政策。小学校からのタブレット導入については、どうでしょうか。
①これは、もう終わりだな、と。特に小学生は絶対タブレットは良くないと私は確信しています。
②先進的に導入した私立学校や家庭で既に弊害が出ています。小学校からタブレットドリルで学ぶと、紙や長文にはもの戻れないのです。意外なことですけど、検索すら自分ではできない生徒が出てくる。学びが常に“消費的”になるでしょう。けれども、大学や社会で求められる学びは “生産的”な学びなので、タブレットドリルで育った子は立ち直れないほど挫折してしまう。
③タブレット導入で今まで7時間かかっていた授業が2時間で終わり、残りは深く考える授業に当てるというような授業は、麹町中学校のようなある意味「特殊な環境」の学校だけでできることだと思います。それが本当に地方でもできるのかも検証せずに、タブレットという言葉が一人歩きしています。
④しかもローマ字入力ができるのは、小学校5,6年生なので、それまでキーボードは使えません。その間、一体何をやるのでしょう。
7 新井さんは、AIの時代だからこそ、人間は「読解力」が必要だとおっしゃっています。なぜ、読解力なのかを改めて教えてください。
①読解力は目標ではありません。読解力は、よりよく学んでいくためのスキルです。学び続けることが求められる21世紀社会に必須なスキルだという位置付けです。
②日本の公教育以外で格差をなくす平和的な方法はないと思っています。
ちなみに、アクティブ・ラーニングは格差を広げてしまいます。それは戦後最初のアメリカ主導の学習指導要領である、ディーイ式の「生活単元学習」の失敗で明らかになっています。
③小学生のうちは比較的ワイワイやっていますが、中学生になると、出来る子が言ったことに他の子は追随します。だから、授業を全てディスカッションでやることは、現場を見ていない人の寝言に過ぎない。
| 固定リンク
コメント
この記事を読んで興味を持ち,新井紀子さんの「AIに負けない子どもを育てる」(東洋経済)をすぐに購入し,読破しました。
とても興味深い内容で大いに参考になりました。学びのきっかけをつくっていただきありがとうございました。
投稿: 山中太 | 2020年2月 2日 (日) 19時48分