神戸市立東須磨小学校の事件を受けて(3)~同僚性の問題を突きつけた~
37年間の教師生活で、最後の勤務校O小学校に赴任した。
荒れまくった学校で、「3年学校」と呼ばれていた。先生たちが、3年間しか居着かない(居着けない)のである。
高学年を受け持つ女性の先生は、子供たちから殴られるという事例はさまざまにあり、まともにクラスを維持していくのは大変なことである、と言われた学校である。
赴任した最初の始業式で、居並ぶ子供たちのばらばら感には、びっくりしたものである。350人ぐらいの学校。
★
さまざまな改革が行われた。
2年間で、落ち着いた学校へ生まれ変わった。
これをなしとげたのは、管理職を中心とした全職員の団結であった。
「こんな学校だからこそ、先生たちがまとまらなければならない!」という思いが、それぞれの先生たちに強かったわけである。
さまざまな改革が行われた中で、その1つが「職場づくり」であった。
★
私が退職をするその年に、北海道から石川晋先生が、私のクラス訪問に見えた。
石川先生は、朝早く来て、校長室から職員室をじろじろ眺めていた。
「野中先生、この学校の先生たちは、朝から賑やかですね。職員室のあちこちで、うるさいほどにさまざまな会話がなされている。驚きました。」と。
「これが学校では普通ではないんですか?」
「いやいや、学校によっては、ほとんど会話がなく、職員室が凍り付くような感じの学校がありますよ。」と。
O小学校では、朝の職員室で、にぎやかな会話がなされている。学年を越えて、さまざまな先生たちが交流していたわけである。
★
これはO小学校での「職場づくり」が成功していたわけである。
「職場づくり」とは、先生たちの中に「同僚性」をつくりあげること。
基本は、学年の枠を越えて、さまざまな先生たちが、ぺちゃぺちゃとおしゃべりを交わし合う関係をつくりあげることなのである。
ここから始まる。
職員旅行を変えた。
他の学校は、もう廃止したところが多かったが、これを変えた。
日本全体のおもしろいところを訪問した。
職員旅行を変えるための3条件。
1つに「食べ物が美味しいところへ行くこと」、2つには、「みんなが行ったことがないところ」、3つには、「みやげものが良いところ」などである。
長崎へ行った。大分の別府温泉へ行った。黒部ダムへ行った。
ほとんどを飛行機で行った。
毎月、積み立てをしたからである。
回数を重ねるごとに参加する人たちが増えていった。
この職員旅行は、学年を越えて「同僚性」を培う、もってこいのもの。
★
「職員旅行の復活をすべし!」という提案をしているのではない。
先生たちの他愛ない、おしゃべりが、学校の中で交わされる関係がつくられることが、同僚性の始まりであること。
そこからなのである。
もし、このような同僚性が、東須磨小学校に根付いていたならば、4人組が自由にやりたい放題をすることを防がれていたはずである。
このような組織風土があったならば、このような事件は起きなかったはずである。
この4人組の事件は、私たちに「同僚性」の問題を突きつけたのだと、私は考えている。(完)
| 固定リンク
コメント
野中先生お久しぶりです。
私も関心を持って事件を追いかけています。
野中先生がおっしゃるとおり、須磨東小の職員室人間関係の希薄化は、事件の発覚を遅らせたと私も考えています。
うちの学校の職員室もかなり人間関係が希薄だと感じています。30年教師をしていて一番です。その原因は、これも、須磨東小と同じ、前校長にあると考えています。
校長が何を大切にする人間かということは、良くも悪くも学校全体に影響します。校長が、教師同士が互いに助け合って児童生徒の教育活動にに当たることを是としていれば、それは次第に学校全体に広がります。しかし、残念ながら、須磨東小もうちの学校の職員室もそうはならなかった。
さらに、若手の先生と話して感じるのは「自分が直接関わっていない『揉め事』とはできるだけ距離を置きたい」と考える傾向があることです。野中先生の言う「同寮性の欠如」です。「同寮が困っていたら声をかける」という文化は薄れつつあるのかなと悲しくなります。
優れた人材が学校管理職に昇格するシステムを早急に取り入れるように、教育改革を行うことが必要だと思います。
投稿: J.SASE | 2019年10月20日 (日) 05時10分
佐瀬先生、お久しぶりです。今回もコメントありがとうございました。 確かに、校長のリーダーシップは大きいですね。校長が、その学校の流れを左右することは明らかです。今回も、前校長がきちんと役割を果たしていれば、こんな事件は起きませんでした。
管理職に有意な人材がほしいところですが、その有意な人材が管理職から離れていっていますね。そこが問題ですけど……。
投稿: 野中信行 | 2019年10月23日 (水) 12時48分