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教師の技量を高めるためにどうしたらいいか?

 3月の5週目から4月の1週目にかけて、教育委員会の初任者指導研修に走り回った。慌ただしく過ごした2週間だった。

 初任者指導の最後には、今回出版した『教師1年目の教科書』(学陽書房)を宣伝した。
「この本は、教師が身に付けるべき基礎・基本が書かれています。3年間で、このほとんどを実践できるようになってくださいよ」と。

 押しつけがましい宣伝である。
 多分、そのように感じた初任の先生もいたにちがいない。

 この本は、私が今まで出してきた初任本を集大成したものである。
 単に、初任者が身に付けるべき基礎・基本という意味合いをこめたものではない。
 
 このことについて、もう一度書いておきたいという気持ちになった。
 前回のブログにも書いてきたことである。
 
 教師の技量を高めていくには、どうしたらいいか。
 最近、忙しすぎて、現場では、こういうことを考える余裕を見失っている。

 相変わらず、研究授業だけは、華々しく行われているが、それは研究テーマ追究である。
 教師の技量向上とは、追究の意味が異なる。

技量を伸ばしていくには、千利休が編みだした「守破離」という勉強法がある。
 『アウトプット大全』というベストセラーを出した、精神科医樺島紫苑氏によれば、この勉強法は次のように指摘されている。

 ★ ★ ★
 私はさまざまな勉強法を研究してきましたが、学問もビジネスもスポーツも遊びも、この「守破離」以上にムダなく効率良く取得する方法はない、という結論に達しました。
          『ムダにならない勉強法』(サンマーク出版)
 ★ ★ ★
 樺島氏によれば、「守破離」は次のようになる。

 守…師についてその流儀を習い、その流儀を守って励むこと。
 破…師の流儀を極めた後に他流を研究すること。
 離…自己の研究を集大成し、独自の境地を開いて一流派を編み出すこと。


 私は、この「守破離」を教師の技量向上のために、以下のように位置付けている。

 「守」…基本となる実践をマネて、マネて、基本をしっかりと習得する。

「破」…セミナーや研修会、本などで、身に付けた実践とは違う実践を
     研究する。

 「離」…自分の今までの研究を集大成し、自分独自の教師像を追究する。

 まずは基本を徹底的に真似て、しっかりと習得する。次に基本を踏まえたうえで、他の方法やいろいろなパターンを試してみる。そして、最後に「自分流」を確立していく。
 こういう流れになる。
 ★
 初任の先生たちが、まず「守」で身に付けるべき基礎・基本は、どこにあるのか。
 教育界では、これが極めて曖昧であった。
 膨大な教育本がある。もちろん、基礎・基本について書かれた本もある。
 しかし、それが最初に身に付ける基礎・基本なのかというと、極めて曖昧になる。

 学校現場には、「守破離」の発想がなかったのである。
 それでも昔は、ベテランの先生が初任の先生たちを教えていくという風土が残っていて、「守」を身に付けていく基盤はあったのである。
 今は、その風土もほとんど残っていない。

 ベテランや中堅の教師が、教えるべき基礎・基本をもっていない現状がある。
 だから、若い先生たちもあえて学ぼうとしない。

 それでは、何を、どのように身に付けてきたのか。
 これも、樺島氏に解説してもらおう。

 ★ ★ ★
 ほとんどの人は、「守破離」のステップを踏まないで学ぼうとしている。だから効率が悪いし、なかなか成長しないのです。では、どんなふうに学ぼうとしているのかというと、それは「離離離」です。「離」というのは、一言でいえば「自分流」です。
 ★ ★ ★
 樺島氏は、そんな人を「リリリのおじさん」という。

 ★ ★ ★
 まず、何かを始めようと思ったとき、誰かに習うわけでもなく、入門書を読むわけでもなく、自分流でスタートする。そして、自分流で試行錯誤をし、自分流のスタイルを確立したつもりになっている。
 しかし、全く基本がなっていないので、上達もしないし、やっていてもおもしろくない。長く続けられずに、中途半端なところでやめてしまう。そんな、「リリリのおじさん」が多いのです。いきなり「離」から入ると、早々に学びから「離」れて、脱落してしまうという悲惨な結果になるのです。
 ★ ★ ★

 どうだろうか。
 教師の世界で、「りりりのおじさん・おばさん」はいっぱいいないだろうか。
 もう50代のベテランなのに、まだいまだに初任の先生レベルの授業しかできない先生たちはいっぱいいるではないか。
 相変わらず、「おしゃべり授業」でずっと過ごしている。

 結局、「守」で基礎・基本を学ばないで、自己流で積み上げてきた結果は、
悲惨である。
 もうこういう先生たちが、現在の子供たちへの対応ができなくなっている。
 
 このことは、先生たちの責任ばかりに帰することはできない。
 現場には、「守破離」の発想がなかったのであるから。
 だから、若い先生たちに基礎・基本の力量を身に付けさせる研修は、いまだに存在しないのである。

 ★
 こういう現実を踏まえて、私は今回の本を出した。
 「これが、まず身に付けるべき基礎・基本ですよ!」というわけである。

 もちろん、野中流の基礎・基本である。
 これでなければならないということではない。

 しかし、最初は、誰かの基礎・基本を真似ることから始めなければ何も始まらない。

 こんな意味を、この本に持たせたことになる。

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