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つれづれなるままに~野良猫のトロが亡くなった~

   ●朝日新聞の折々の言葉(鷲田清一)から  2019.2.4

「お前が絵を描くなら、文章を書くなら、このまちの住人になるなよ。
 距離を取れ。
            陸前高田(岩手県)の写真館店主

 東日本大震災後、消防団長としての復旧に尽くした写真館店主は、被災者の言葉を必死に写し取ろうと移住してきた東京藝大の院生(当時)・瀬尾夏美に、その張りつめた思いを汲みつつも毅然とこう告げた。表現者は土地に密着してはならないと。これがのちの瀬尾の仕事の支えになった。
 「さみしさという媒介についての試論」
 ★
 この言葉はあらゆるところで使われるはずである。

 たとえば、新しい担任になった初任者へも使われる。

「あなたが、この学級をほんとにきちんと軌道に乗せたいと思うなら、
 子供たちの仲間になったりしたらだめだ!距離を取れ。」

 初任者の、大きな失敗は、子供たちの中へ入り、仲間になろうとすることから起こってくる。
 距離を取れとは、「縦糸を張れ!」ということになる。
 そして、横糸を張る(子供たちとの心の通じ合い)ことが必要になる。
 距離を取り過ぎても問題だからである。

●可愛がっていた野良猫のトロが亡くなった。
 隣の家の小屋で誕生し、ちょこちょこと私の家に遊びに来ていた。
 
 娘が玄関にトロの小屋を作ってあげ、夜になると、そこに入って休むようになった。

 食が細く、こわがりで、おくびょうだった。
 だから、毎日隣の家と前の家で、ひなたぼっこして過ごした。
 どこに行くこともなく、いつも私たちの見える場所にいた。

 ところが、今年になって、隣のうちにずっといるようになり、冬になっても、小屋に帰ってくることがなくなった。
  この寒さである。
 耐えられるのかなと心配していたが、やはり無理であった。

 最後は、私の家に連れてきて、一晩過ごした。
 朝方5時頃、もう冷たくなり始めて亡くなっていった。
  5年を過ごしたことになる。
 野良猫の寿命は4,5年と言われるが、丸6年生きたことになる。
 えさは隣の家でもらい、いつもいつも小食であった。
 それが心配だった。

 朝玄関へ出ると、ついつい日が当たっているところを探してしまう。
 もうどこにもトロはいない。
 
 平和主義者で、争うということをほとんどしなかった。
 トロがいる見慣れた風景が、もうないのだ。
 しばらくこのことに耐えなければならない。
 
●学事出版が『教採合格手帳』を出した。
 教員採用試験合格を目指す人のための手帳だという。
 
 私は、この手帳のもとになった教師プランニング手帳づくりの作成に関わった一人であった。
 その関係で、今も必ずその手帳が送られてくる。
 
 今回も、採用試験合格のための手帳を作成したということ。 
  それが送られてきた。よく出来ている。

●日本画家の堀文子さんが亡くなった。
 100歳だった。
 「慣れない、群れない、頼らない」という生き方を終生貫いた方だった。

 今堀さんが書かれた「私流に現在を生きる」(中央公論新社)を読んでいる。
 文章がうまい。しみじみ感じる。合掌。

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