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2018年10月

まだ相対評価をやっている学校がある!

   2学期制では、10月の体育の日をはさんで、1学期が終わり、2学期が始まっている。

 通知表のことを、さまざまな先生方に聞く。

 驚くことに、いまだに相対評価で行っている学校がある。
 しかも、それが多数派である。

 学年で、上がり下がりがあまりないように調整するというのである。
  つまり、Aは何人ぐらい、Bは何人ぐらい、Cは何人ぐらいと設定する、と。
 ★
 教育政策として、相対評価から絶対評価(到達度評価)に変わったのは、もう15年ほど前のことである。

 現役の頃、その渦中にいて、評価委員会の委員長として通知表を変えていくことを担った。
 
 まず、評価規準(ノリジュンと言っている)を整えた。これは、すべての学校で行っている。
 
 つぎに、評価基準(モトジュンと言っている)を設定した。
 これをやっていない学校があまりにも多すぎる。
 これがないために、いまだに相対評価をやっているのである。

 そして、最後に通知表を全面的に改定した。
 ★
 絶対評価に移行していないで、相対評価をいまだにやっている学校に対して、罰則はないのか。
 ある大学の先生に対して聞いたことがある。
 通知表を出すことが、強制されるものではないので、それはむずかしいということであった。
 
 ただ、いまだに相対評価をやっているということが明らかになれば、教育委員会からの指導が入ることは明らかであろう。
 公教育としてはありえないことだからである。
 ★
 必ず、クラスの中で、Cを何人かつけなくてはならないというのが、相対評価である。

 クラスのみんなが、設定している基準に到達しているならば、Cはいなくなるというのが、当たり前のこと。

 私は、算数の共同研究で、クラスにいる低学力児の底上げを目標として取り組んでいる。

 ところが、Cを必ずつけなくてはならないとするならば、Cの子供がいてくれることで、担任はほっとするという。

 それでは、教師は、低学力児を底上げしていく取り組みなんかするはずはないではないか。

 教師としては倒錯した感覚。

  きっと「おかしい!」と思いつつ、そういうことを言えなくて泣く泣くCをつけている先生もいるはずである。

ブラック企業というのは、こうして内から作られていくのである。

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「うるせ~~」「めんどくせ~」と言われて

  東京のO区での初任者指導研修会。
 昨年に引き続きである。

 生活指導がテーマ。
 
  講座の中で、こんな課題を出す。
 「こんな子供がいます。あなたはどう対応しますか?」
 
「始終落ち着きがなく、隣の子供にちょっかいを出す。注意をすると、『うるせ~~』『消えろ~』と暴言を吐き、時には暴力を振るったりする」

 そして、4人グループで、1人がやんちゃな子供になり、あとの先生たちが、その対応を演じる、というロールプレイ。

 初任の先生たちは、こういう発達障害などの子供たちに、困り果てている。
 どう対応していいのか、迷っているわけである。
  ★
 これに対して、今さまざまな対応が出されてきている。
 
 たとえば、脳科学者の平山諭さんは、『満足脳をつくるスキルブック』(ほおずき書籍)のなかで、ADHD、アスペルガー症候群、反応性愛着障害は、脳の働きの問題として捉えられるようになっていると、提起されている。

 脳の働きを良くすれば(満足脳にしてあげれば)、改善していくという提起である。

 脳には、2つのネットワークがある。
 1つは、報酬系神経ネットワーク。もう1つは、不安系神経ネットワーク。
 
 報酬系神経ネットワークは、給料のようなもので、もらうとうれしくなる。
 一方の不安系神経ネットワークは、給料をもらわないようなもので、不快や嫌悪が広がる。

 だから、報酬系神経ネットワークを強くすれば、満足脳にすることができる、ということ。
 反対に、不安系神経ネットワークを強くしてしまうと、人への警戒心が現れ、対人関係がうまくいかなくなる。
 
  大変分かりやすい。
 報酬系神経ネットワークを強くする働きには、その1つとして「セロトニン5」を実践することだと、いう提起がある。

 セロトニン5とは、次の5つ。
 ①見つめる
 ②ほほ笑む
 ③話しかける
 ④ほめる
 ⑤触る
 ★
 超やんちゃな子供が、「めんどくせぇ~~」「うるせぇ~~」と言ったら、どう反応するか?

 平山先生は、「《そ》が付く言葉は有効である」と言われている(『満足脳にしてあげればだれもが育つ!』(ほおずき書籍)
 ★ ★ ★
 《そ》が付く言葉は有効である。 
「そーなの」「そうなんだ」「そうか」「そうだよね」などは、相手の心を傷つけない。事実を認める言葉だからだ。《ど》が付く言葉もいい。導入段階で使える。
「どうですか」「どうしたの」「どれどれ(話してごらん)」「どうぞ」「どういたしまして」などだ。
 ★ ★ ★
 だから、「めんどくせぇ~~」「うるせぇ~~」と言ったら、「そーなの」「そうか」と対応すればいい。

 また、平山先生は、「ほめること」について、次のような5種類の方法も提示されている(上記の本)。

 ★ ★ ★
1 短いフレーズで元気よくほめる。
 「すてき」「ばっちり」「すごい」など。

2 名前を付けて特定化してあげる。
 「すてきですね、菜々子さん」「ばっちりだよ、一郎君」 など。

3 成長や達成を実感できるようにほめる。
 「できるようになってきたね」「やったじゃない」など。

4 にっこりほほ笑んで事実を話題にする。
 「(ノートに)書いてる、書いてる」「(ノートに)消して る、消してる」「いい顔、いい顔」など。かまってもらっ ている感じが出て満足度は高まる。2回繰り返すとリズミ カル(音楽)になるので脳は喜び効果的だ。

5「(集団から離脱している場合)中に入ってくれたらう  れしいな」「(教科書を出していない場合)出してくれた ら、先生、チョーうれしい」など。
 ★ ★ ★
 反対に、言ってはいけない言葉がある。

 〇そんなことは言ってはいけません。
 〇「まだできないの」「なにやっているの!」などの
  否定の言葉
  〇何度言ったらいいの、など。

 ★
 1つのグループに実演をしてもらった。
 やんちゃな子供になった、1人の男の先生の演技がうまくて、皆さんからどっと笑いが起こる。

 このような対応をこれから研修ではどんどん入れていかねばならないのだと、そう強く感じた。

 
 

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つれづれなるままに~小二教育技術11月が発売~

●小学館から出ている『小二教育技術』11月号に、原稿を書いた。特集原稿である。
 「11月の荒れ、これでクラスは回復する」
 8枚も書いたのである(笑)。

  Photo


  「11月の荒れ」は、大変である。
 もう回復不可能と言われるほどなのだ。
 それは、担任と子供たちとの関係が、もう修復不可能なほどにこじれてしまうからである。
 
 そういう状態に何ができるか。
 いやいや、苦労したのである。
 その苦労のあとを読んでいただきたい(笑)。

●それは一日検診から始まった。
 久しぶりに一日検診を受けたのである。
 
 結果は、胃に萎縮性胃炎が見られるというもの。
 原因は分かっていたが、再検査を受けた。
 
 「癌が隠れていたら困りますので胃カメラで検査しましょう」となったからである。
 
 受けに行った。
 異常ありません。
 
 今度はピロリ菌の検査というのだ。
 血液検査でピロリ菌はいないとなっていたのだが、今度は呼気での検査という。
 
 検査をしたら、次には医者による検査結果の通知がある。一々それに出かけなければならない。
 私は時間があるので、行けるが、仕事を持っていたら、これは大変。
 
 今、医療はこのようになっている。
 7月3日に一日検診を受けて、もはや10月が終わろうとしているのに、まだ引き摺っている。
 
 その間、何も異常がないのに、このように引き摺る。
 いわゆる、ここで一々「お金を落とさせる」わけだ。
 これが一部の医療の実態である。

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日常授業の改善(3)

「日常授業の改善」を書いた。
 

    三重の中林先生に、「教室はドラマ30」という初任者に出している通信で、私が書いたものを引用してもらっている。
ありがたいことである。
 最後の感想のところで次のように書かれている。
 ★ ★ ★ 
 野中信行先生の文章には過激な言葉が並んでいます。うなづくところもあれば、指導書を見ていてもそれをアレンジするのだがら、スカスカではないと思ってみたり。
 同感するところは日常授業の充実とそのための「全員参加、リズム・テンポ、小刻み活動」ということです。
 「学び合い」の学習ではそのどれも欠けていました。というか、この考えの対論としての「学び合い」でした。
 4人の初任者の皆さんが何年後か、この野中先生の文章を見るとき、自分の姿と重ねることのないようになってほしい。………
 ★ ★ ★
 過激だと言われている(笑)。
 意識して極端に書くことは、確かにある。
 でも、今回の「日常授業の改善」というテーマで書いたことは、「リアルな現実」である。

 指導書を見ることは問題はない。いや、それなくしては、もう「日常授業」をこなしていけなくなっている。多くの先生たちのこと。

 しかも、それはつかの間の「斜め読み」なのだ。
 それでしか、対応し切れていない現実がある。
  ★
 だから、授業がスカスカになるのである。
 
 教材の工夫をすべきだと言われる。
 反対する人はいない。
 その通り。
 できれば、そうすればいい。
 
 でも、そんなことは「日常授業」では無理だ。
 教科書でいい。
 子供たち全員が持っているのである。
 それを使わない手はない。

 指導書も使っていい。
 だが、いつまでもそれを読まなければ授業ができない状態ではまずい。
 指導書は、単元目標の確認や本時の目標の確認程度に止められるようにしたい。

 教科書を読んで、それを1時間で、どのように教えていくかが考えられるように早くなりたい。
 ★
 むしろ、私が強調したいのは、その「指導の展開法」なのだ。
 ここを変える。
 
 なぜ、変えるのか。
 
 多くの先生たちの授業の展開は、子供たちにとって、「飽き飽き」するものだから。
 
 ①話を「聞くだけ」があまりにも多すぎる。
  先生だけがずっとしゃべっている。
 ②一部の子供だけが始終発言する。
  ほとんどが傍観者になっている。
 ③ゆっくり、丁寧で、いつも授業が中途半端で終わる。

 これらを変える。
 
 「聞く」だけの授業→「集中する」授業 に変える。
 
  なぜ、「集中する」授業なのか。
 
 それは、子供たちが一番望んでいるから。
 子供たちは、どんなに「つまんない内容」(教科書に載っていることは、ほとんどがつまんないのである)でも、いつのまにかそれに「集中している」という状態に変えてほしいのである。
 ★
 先日も、兵庫県の三木市で、授業をした。
 4年生の初任者のクラス。

 いつもの詩の授業である。
 谷川俊太郎さんの詩を使う。

 授業は、黒板に詩を書いて、それをノートに写し、それを一人ずつ読んで行く。それが基本の進め方。
 おもしろくもないはずである。

 だが、子供たちは楽しそう。手応えもずいぶんある。

 どうして、このシンプルな進め方に、子供たちは乗ってくるのか。

 それには、授業の展開法に工夫を凝らしているからである。
 ★
 この授業では、展開法の工夫を、4つの条件で構成した。
 
 ①全員参加
 ②スピード・テンポ
 ③フォロー(ほめたり、認めたりすること)
 ④小刻み活動法

 「日常授業」の改善では、「日常授業を乗り切る3条件」を提案したが、今回は、それにフォローを付け加えている。
 
 これらの4つの「構成要素」を使って、「日常授業」の展開を変えていければ、子供たちはいつのまにか「集中してきますよ」という提案である。

 70点の授業でいい。
 「日常授業」は、80点以上を望む必要はない。
 
 50点以下の「すかすか」状態を克服するのである。
 それが、「日常授業」の改善というテーマになる。
 
 

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つれづれなるままに~北海道と兵庫県に行きました~

●9月25日に、北海道へ行く。
 登別の幌別西小学校の公開授業研究会に呼ばれている。

 新千歳空港を久しぶりに訪れる。
 ここへ下りるとほっとする。
 何か郷里へ来たような感覚になる。
 ずいぶん、この空港を利用したのである。

 ここから南千歳を経由して、幌別まで行く。1時間。
 この駅には、二度目になる。
 泊まるホテルも二度目。

 夕方に着き、ホテルから眺める景色は絶景。
 幌別の山々に夕日が沈み込む様子が、あざやか。
 こんな景色を久しぶりに見た感じで、しばし見とれる。
 ★
 幌別小は、道教委の学校力向上の事業を引き受けて1年目の学校。何から何まで初めてで、最初からさまざまなシステムを作らなければならない。
 大変な労力である。

 26日、午前中に先生たちの授業を見せてもらい、3時間目に、5年生の教室で、私もいつもの詩の授業をする。
 
 おもしろい授業。2年目の先生だが、良い学級経営をしていることがよく分かる。

 午後から公開授業研の授業を見せてもらう。
 そして、1時間、体育館で講演である。

 若い先生たちが多く、これから期待できる。
 がんばってほしいな、とエールを送る。
  ★
 26日、登別駅に教頭先生に送ってもらい、そこから新千歳空港まで急ぐ。
 20:00の飛行機。
 家に帰り着いたのは、夜11:00過ぎになる。
 フウッ~~、忙しい一日だった。

●10月4日に、新神戸に行く。
 5日に、兵庫県三木市の初任者向けの授業研究会に呼ばれている。
 この日は、三宮のホテルに一泊。

 そのホテルのレストランで夕食。
 サラダを頼むと、4人分ぐらいの大盛りサラダ。
 ウワァ~~~ということになる。
 レジで、「ウサギになった感じだったよ。」と言うと、笑い、笑い。
 ★
 翌日5日、9時過ぎに指導主事の先生がホテルに迎えに見える。
 三木市のM小学校まで40分ばかり。
  このM小で、初任者の2人が、授業をし、そして私が5時間目に授業をすることになっている。

 2年の初任の先生は、国語の「お手紙」の授業。
 4年の初任の先生は、国語の「ごんぎつね」の授業。

 この2つの教材ともに、よく知られたものである。
 初任者は、よくがんばって授業をしたことになる。
 望むことは、いろいろあるが、やはり精一杯に授業はされたことになる。
 ★
 講座は、他に希望された先生方を含めて30人ばかり。
 2人の先生の授業を検討し、私が初任者に望む内容を伝える。
 

  講座の最後に、「授業が上手になるとっておきの方法」を伝える。
 自分の授業を録音して聞く。これである。
 先生たちが一番嫌がることになる。
 「一人研究授業」と言っている。

 初任者の中で、すでに4人の先生がやっていて、「いいね」ということになる。

 最初に聞くと、
 ①冷たい言い方、嫌な声 
 ②しゃべりまくっている 
 ③何を言っているか分からない 
 ということになる。
 15分ぐらいで聞けなくなって、録音を止める。
 
  ここからなのである。
  自分では、15分ぐらいしか聞けない自分の授業。
 それを子供たちは、毎日5時間も6時間も聞いているのだと想像力が働くかどうかなのだ。
 ★
 終わったら、すぐ新神戸の駅へ送ってもらう。
 自宅まで帰るのに、また3時間。
 横浜へ着くと、小雨。昼頃からずっと降っているのだ、と。
 
 
 

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仕事への手応えを取り戻す~ここへ戻っていく~

 算数の共同研究をやっている。
 すでに2学期の単元に挑戦してもらっている。
 共同研をやっている一人のS先生からメールをもらった。
 
 ★ ★ ★
現在、研究の単元の最中ですが、子供たちの様子が変わってきました。
以前から全員参加を常に意識していたつもりでしたが、それは単なる「つもり」だったことを痛感しています。
クラスには発達障害の子が6人おりますが、その子たちの様子が特に違います。ついてきているどころか、授業を楽しんでいます!
「○秒でやります」「○年生のスピードです」
「先生と同時に書き終わります」など、具体的な目標を示すだけで、目の色、鉛筆の走りが全く違いました。先日いただいた算数の授業記録の、野中先生の指導言はまさに目から鱗、でした。
 また、低学力児も力をつけてきています。
九九が微妙な子も、「過去のことは気にしないよ。これから変われるように頑張ろう」と声を掛けると、毎日空き時間に九九の練習をし、授業についてこれるようになりました。子供をやる気にさせるとはこういうことを言うのだなあと勉強になりました。学校行事で算数の時間が潰れると、その子が「先生、今日算数の授業ないのが残念です。算数やりたかった〜」とまで言うようになりました(笑)嬉しいことです。子供の向上的変容は教師の頑張るエネルギーになるなあと感じました。

授業中の手応えは感じつつあるので、数字で結果を出せるように更に邁進してまいりたいと思います。
 ★ ★ ★
 ★
 「日常授業」の改善について書いてきた。
 その中で、多くの先生たちから無くなっていこうとしている最大のものが仕事への「手応え」なのだと指摘した。
  これについて、校長を経験された横藤雅人先生から次のように指摘を受けた。
 ★ ★ ★
 「一番大きなものは、仕事に『手応え』がなくなること」も全面的に同感です。その構成要素が「学力がつかない」「低学力児の固定化」「授業力が上がらない」の3要素というのも慧眼です。
 学校経営をしていた立場から言いますと、「説明責任」とか「危機管理」「多様性への対応」「個性の尊重」などなどへの対応をするために、何のためにするのかも、やって効果があったのかも分からない「アリバイづくり」文書づくりにとられる時間の増大も、仕事への誇りや面白さ、手応えを失わせる大きな要因だと感じます。
 ★ ★ ★
 重要な指摘である。
 「手応えの無さ」の構成要素を「学力がつかない」「低学力児の固定化」「授業力が上がらない」の3つのまとめとして上げてあるのは、その通りである。
 
  上にあげたS先生が、算数の共同研究でどれほどこの「手応え」が出てきているのか、分かってもらえるであろう。
 横藤先生が指摘されている、3つの構成要素をS先生は克服していかれている。

 教師は、どこで、何に、喜びを感じ、仕事への充実感を増していくのか、はっきりしているのである。
 
 ここへ戻っていくことである。

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