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つれづれなるままに~つながり孤独ということ~

7月23日、千葉の柏市に初任者指導教員研修で行く。
 指導教員へ向けて講座をこうして開いているというのは、ほとんどないのではなかろうか。
 今年は、鳥取県教育委員会に続いて、こうして柏市からも呼んでもらう。

 現在、指導教員は、初任者が増えていく数だけいるわけであるが、指導については、ほとんど野放し状態(笑)。
 勝手な指導をしているという状態である。

 というより、授業についての指導ばかりをやっているであろうということが予想できる。
 初任者の授業は、問題があるところばかりだから、指摘することは容易なこと。
 
 ただ、指導者は苦戦をしていることが予想できる。
 すれ違いが起こっている。
 
 昔ながらの指導が、もう初任者には入らないからである。
 講座では、そのことについて話をする。
  ★
 講座を終えて、次に日に感想をいくらか送ってもらった。
 ★ ★ ★
「わかりやすく,実践的なお話でした。1学期を終えて,初任者のことを初任者指導として振り返るよい機会となりました。2学期は,初任者の問題授業の克服に視点をあて指導していきたい。」

「野中先生のお話は,どれも『そうそう』と思えることばかりで,とても参考になりました。2学期,まずは『学級づくり』をしっかりさせたいと思います。」

「今日の講義は,すべて現実的な話で手立てもわかりやすかったのでとても参考になりました。学級づくりが基本であるというお話には,同じ思いで指導できていたことに安心しました。」

「初任者の気持ちになって進めていくことの大切さを痛感しました。実例の数々が初任者指導の立場として,思いあたる節があり,2学期の展望に繋がりました。」

「1学期の指導を経て,見えてきた課題をどう指導すればよいか考えていたが,今日の講義でそのヒントが得られました。」

「自分の実践と対比しながら,野中先生の講義を聴くことができ,大変参考になりました。初任者の実践力を高められるように今後も指導していきたい。」
 ★ ★ ★

●NHKのクローズアップ現代で「つながり孤独」について放映していた。
  ツイッターやフェイスブックなどのSNSが急速に普及するなか、多くの人と繋がっているのに孤独という「つながり孤独」を感じる若者が増えている、と。
 ★
 「やはりなあ!」というのが感想。
 人と繋がることばかりに時間をとられて、「自分と繋がる」ことをやっていないのだから、これは当たり前ではないか。

 SNSに書いてあることは、その人の動向とかトピックスなどであり、表面的な非日常になる。

 8000人と繋がっていた人のことが出ていたが、結局孤独感に苛まれている。
  表面的なことばかりに繋がっているのだから、必ず虚しくなる。
 
「自分と繋がる」というのは、誰にも言わない、言えない気持ちを抱え込んでいることと対話するということ。
 
 携帯やスマホがなかったときには、若者たちは、必然的にそんな時間を持たざるを得なかったのである。
 ★
 さらに、最悪なのは、繋がっているSNSの友人の写真と自分の現在と比べていること。

 自分が「しあわせ感」を感じる第1の鉄則は、人と比べないということなのに、それを踏み外してしまう。

 SNSに出てくるインスタグラムで、その友人たちの写真に見入る。
そして思う。
「キラキラした写真っていうのが、あんなに近くにいた人たちがやっぱり違う世界にいるんだなっていうさみしさがあります。うらやましいっていう気持ちがありますし、自分と同じ人たちだったのに、こんなに差があるのか」と。

 その写真を掲載している友人だって、たまたまキラキラしているところを載せているだけ(その人だって孤独感を抱え込んでいることだってあるのに)なのだということに思い至らない。

 こんなに人と比べてばかりで、
「『つながり孤独』を感じすぎて、しんどかった時は、ああ死にたいと。」となってしまう。
 ★
 繰り返すが、人は、誰にも言えない、言わない気持ちを抱え込んでいる。
 ここと対話する孤独な時間が必要である。

 ここを避けて、すぐに誰かと繋がろうとするから、余計に孤独に陥っていく。

「自分と繋がる」時間を取れない限り何も始まらない、ということを知ることである。

● 統計学者の舞田敏彦さんのブログ「データえっせい」で「いじめの学年別認知件数の変化」が出ている。

 http://tmaita77.blogspot.com/2018/07/blog-post_22.html
 
 文科省の調査によると、小・中・高・特別支援学校のいじめ認知件数は、2010年では、7万7360件だったのが、2016年では、32万3143件になっている。
 実に、6年間で4.2倍に増加している。

 この増加をどう見るか。
 舞田さんは、次のように言われている。
「これをもって、今の子どもは悪くなっている、陰湿になっているなどと、単純な解釈をする人は少ないでしょう。いじめ自殺の続発など、問題の深刻化を受け、いじめの把握に本腰を入れられるようになっているためです」
 ★
 ただ、いじめ認知件数の変化がある。
 小学1年から中学3年までで、2010年は、中学1年がトップだったのが、2016年では、小学校2年生が最も多くなっている。

 いじめの認知件数は、どの学年でも増えているが、低学年ほど増えている。
 小2は、9倍、小1は、12倍にもなっている。
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 小学校の問題行動が、年々増加していて、それが何を意味しているのか、ということが気になる。
 このいじめの増加も、気になるところである。 

●三重の中林則孝先生からいつも初任者指導の指導記を10号ずつ定期的に送ってもらう。「教室はドラマ30」。
 熟読する。
 ここでは、適切な指導の結果が載せられている。
 
「良いことは良い、だめなことはダメ」とはっきりと書かれている。
 初任者向けに出されている。
 このようにきちんと書かれると、初任者も爽快になるにちがいない。

 第90号は、「教科書を使った授業の効用」を書かれている。

 現在の学校現場のブラックの実態を前提に、「こんな実態の中、さらに『教材研究に時間をとりなさい』ということは不可能です」と言い切られている。

 そこで、初任者が今できる教材研究は、「初任者研修の指導員として『合理的な』教材研究が必要です。合理的という意味は授業者の力量に反映する教材研究ではなく誰にでも可能な教材研究ということと短時間で可能な教材研究ということです」と。
 そして、教科書を教えるための教材研究を提起されている。 まったく同じ立場である。

 今、初任者は、指導書ばかりで指導をしている。
 教科書をほとんど見ていない。
 そこでとんちんかんな指導をしている。
 中林先生は、そういう現実に切り込まれている。

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