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2018年6月

つれづれなるままに~尻から俳句~

●NHKのアサイチの番組に、俳句の夏井いつきさんが出演されていた。
 俳句の指南をされたのだが、「うっ~~、うまい!」という内容。感心してしまった。
 
 テーマは、「尻から俳句」。
 ①まず、お尻の5音から考える。
  これは季語じゃないものにする。
  司会者の華丸さんは、「ボールペン」を選ぶ。
 
 ②次に、お尻の5音を描写する7音を考える。
  華丸さんは、「半分青い」と。
 
 ③そして、最初の5音は、気分に合わせて季語を選ぶ。
  華丸さんは、「青嵐」。
   
 今頃の季節ならば、このような例になると…。
 風薫る 梅雨曇 青嵐 夏の星 など

 下5と中7には、季語は入れない方がいい、とも。
  ★
 子供たちに俳句を作らせようとすれば、このままずばり指導していけばいい。
 さすがにブレバトで活躍している夏井さんの指摘は、きわめて具体的ですぐれたものである。
 
●公立小学校教員採用試験の競争率である。
 統計学の舞田敏彦さんがブログに明らかにされている。
 
 http://tmaita77.blogspot.com/2018/06/blog-post_25.html

 今どうなっているかがはっきりする。
 ★
 2000年度と2017年度が比較されている。
 
①受験者数は、どうなっているのか。
 2000年度………4,6156
 2017年度………5,2161
 受験者数が、多くなっている。ただし、都市部に集中していて、27都道府県は、マイナスである。

②採用者は、どうなっているのか。
 2000年度………3,683
 2017年度………15,019
 これも多くなっている。
 初任者が増えていることがはっきり分かる。
 どこが多いのか。ほとんどが大都市圏である。
 増えているベスト5
 東京……1,631
 神奈川…1,051
 大阪府…1,014
 愛知……  991
 福岡……  810
 
③競争率は、どうなっているのか。
 2000年度……12,5
 2017年度…… 3,5 
  高いベスト5
 鹿児島…8,9
 沖縄……5,6
 群馬……5,2
 奈良……5,0
 兵庫……4,9
 低いベスト3
 広島、高知、富山…2,3
 和歌山…2,4
 山口、愛媛、茨城…2,5

 軒並みに競争率が減っている。
 たとえば、和歌山は、2000年度には、54,2だったのが、2017年度には、2,4に激減している。
 これは大変なこと。
  ★
 舞田さんは、次のように結んでおられる。
「日本は、優秀な若者を教員に引き寄せるのに成功しています。労働条件や待遇がよくないにもかかわらず、です。高度な人材を安く使える、個々の教員の熱意ややりがい感情に寄りかかっているわけですが、こういう虫のいいやり方も、綻びを見せ始めてきました。」と。

 これから3,4年で、地方でも世代交代が起こって、初任者がどっと入ってくる。
 教員離れが加速するのかどうか、それが大きくこれからの学校教育を変えていく。

●今、けん玉に凝っている。
 と言っても、たいしたことがない。
 やっと大皿、小皿が10回に8回ぐらいできるようになり、「もしかめ」が何とか少しぐらいできるようになったぐらい。

 認知症の予防にはもってこい、と(笑)。

 でも、これを本格的にやろうとしたらとんでもないレベルがあるということ。
 どこまでできるようになるかと、…。
 
 やりながら分かったことは、このけん玉の技術は、ただやみくもに場数を経るということではないということ。
 いかに技術を細分化して、その細分化した技術の繰り返し練習であること。

  そのことが分かる。
 技術を身に付ける方法は、いかなることも共通なのだ。
  ★
 ここでふっと思い出したことがある。技術の細分化ということについてである。
 水泳指導。
 
 クロール指導を、佐賀で長いこと体育の指導主事をされていた義兄のTさんに教えてもらったことがある。

 ①まず、腕かきの仕方を教え、陸上練習をさせる。
 ②次に、水の中で歩きながら腕かきの練習をさせる。
  それから腕かきだけでプールの横ぐらいを泳がせる。
 ③陸上練習で、腕をかきながら息づきの仕方を教え、練習させる。
 ④水の中で歩きながら腕をかきながら、息つぎの練習をさせる。
 ⑤ビート板を使い、1回息つぎをしたら、立つ。それを
  繰り返す。
 ⑥2回、3回と延ばしていく。
 ⑦今度は、ビート板を半分に切ったもので(廃棄する古いビート板をノコで切っておく)同じように行う。
 ⑧次に、1/4に切ったビート板で同じように行う。
 ⑨最後に、何も使わないで練習させる。

 まさに、指導の細分化である。
 
 あるとき、採用試験を受ける講師の先生が、25mのクロールができないことが分かった。
 急ぎ、私が、1時間ぐらいだっか、その先生の指導をした。
 できることを確認して、その細分化で指導したのである。

 みごと、採用試験の実地試験では25m泳ぐことができたということ。採用も合格になった。そんなこともあったのである。

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初任者指導の先生たちの講座へ行く

  鳥取の倉吉に行った。
 今回は、初任者指導の先生たちへの研修会である。
 鳥取県全体から145名の先生たちが集まっておられて、会場はぎっしり。

 一度だけ数年前に千葉の柏市で、指導の先生たちへ話をしたことがあったのだが、今回で2回目になる。

 これから3,4年の間に、地方の教育現場では大きな変動が起きる。
 初任の先生たちがどっと入ってくる事態である。
 そのために、その先生たちを指導する先生たちも、数多く必要になるのである。
 ★
 ところが、事態はうまくいっていない。
 初任者と指導の先生たちの間で、齟齬が起きている。
 いくつかの原因がある。

 1つは、指導の先生が、自分なりの指導をされた頃と同じような厳しい指導をするのだが、それが初任者に合わない。厳しい指導が合わなくなっている。

 2つ目は、指導の先生が、指導の方法で、具体的な指導を持っていないこと。ずれた指導をしている。
  今、最初(1ヶ月)は、まず学級の基盤をしっかり作っていくことから始めていかなければならなくなっているのに、その指導をしない。
 
 授業の指導ばかりをする。授業をきちんと指導すればいいと思っている。

 初任者も、授業をちゃんとやればいいと思っている。
 「学級づくり」については、ほとんど大学で学んできていない。だから、必要感がない。
 
 現実的には、学級がうまくいかない。
 
 地方の場合は、まだまだ子供たちが素直であり、落ち着いているところが多い。
 その場合は、ことさらに「学級づくり」を意識しなくても
成立していく場合がある。
 だが、都市圏の学校は、もう成り立たない。

 指導の先生は、「あなたの授業が、楽しく、おもしろくないから、子供たちが荒れる。もっと教材研究をしなさい」と指導する。
 
 初任者も、自覚症状があるから、遅くまで残って教材研究をしようとする。夜の9時、10時まで。
 でも、教材研究といっても、どうやるか分からない。指導書を丹念に読み、指導案を作るぐらい。

 へとへとになる。
 それでも、クラスは良くならない。

 初任者は、「自分は教師に向いていないのだ!」と考える。
 そして、辞めていく。
 こんな事例がかなりある。
 あるY市は、1年間に4,50人の初任者が辞めていく。

 初任者も指導の先生も、授業に特化して考えている。
 
 そんなことではなく、子供たちとどういう関係を作っていくのか、どういう「学級づくり」をしていくのか、について最初指導しなくてはならないのである。

 そこがなされないためにうまくいかないのである。
 ★
 初任者指導の先生で、4人の初任者を担当している先生がいた。
 校長を退職して初任者指導に着かれた。
 始業式が終わってすぐに初任者に会って、「明日からA4 1枚でいいから授業についての指導案を書いてきなさい」と指導された。

 悪意はない。しかし、その1枚の指導案でも、初任者はパソコンで作ろうとしたら、1時間以上かかる。授業は5時間も、6時間もある。

 やらざるをえない。
 だが、クラス担任なのだ。
 その授業案づくりばかりにかかっていることはできない。 数限りなく仕事が押し寄せてくる。
 
「学級づくり」という大切なこともある。
 それは、ちょっと想像していけば分かることではないか。

 結局、4クラスのうち3クラスが学級崩壊になった。
 あとの1クラスも、4,5月は厳しかったが、1年生の担任だったから何とかなったのである。
 なぜ、こんなことが分かっているかというと、1クラスだけその後始末を私がしたからである。その先生はがんばって1年間を乗り切った。

 2人の初任者は、休職を繰り返したと聞いた。今、どうなっているのか、教師を続けているのかも分からない。

 「A4 1枚の指導案を書いてきなさい」という指導が、初任者の人生を狂わしてしまう。
 自分の思い込みだけでやろうとするから、こういうことになる。
 
 この事例だけでも、はっきりする。
 最初は、学級をしっかり作らせなければならないのである。 

 ★
 なぜ、しっかり学級を作るのかというと、それは授業を軌道に乗せるためである。
 学級は、基本的には授業で動いていく。
 
 学校の一日の時間の流れがそうなっている。
 1時間目から6時間目までの時間の流れで、ほとんど学校の時間が成立している。
 
 その時間が、豊かでなかったら、学級経営はうまく軌道に乗ることはないのである。


 

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つれづれなるままに~「うまくいかないこと」への対処法とは~

●姪が子供を連れて遊びにきた。
 子供は、1歳9ヶ月の男の子Kちゃん。
 
 活動的で、激しく動き回る。ひとときも油断ができない。 好奇心旺盛なのだ。
 
 ところが、朝、テレビをつけるとじっと見つめる。
 日頃、テレビを見ていないということ。
 
 その時、指さして叫ぶ。「パパ!」。一瞬のこと。
 福山雅治が出ているエナセーブのCMである。
 
 「えっ~~~」と。
 2回目のCMで確かめる。
 ほんとに、ほんとに、福山のそばにパパが写っている。
 
 そのパパは、モデルをやっていて、そのCMに出演していると姪の言。
 
 驚いたのは、私たちはそのCMの間、福山雅治を見ているのだが、Kちゃんは、違うところを見ていたところ。
  なるほど、見るところが違う。
 私たちも、このような眼を持たなければならないと、つくづく思う。違うところを見ておくのである。

●コーヒーが好きである。
 毎日飲む。
 最近新聞を読んでいたら、丸山コーヒーの丸山健太郎さんが特集されていた。
 
 丸山コーヒーというのは、いつか知り合いの先生から送ってもらって飲んだことがあった。
 おいしいという記憶はあったのだが、その時、それ以上に取り寄せて飲もうというほどではなかった。
 
 その特集記事を読んで、がぜん興味を持った。
 「1年の150日以上を、世界のコーヒー農家訪問についやし、手塩にかけてつくられたコーヒー豆を買う、買う、農家の言い値で買う。そして、豆のオークションでは落札、史上最高値で落札。さらに、世界各地である品評会に、審査員として参加、参加、だれよりも多く参加。」とある。

 長野、東京、神奈川、山梨に計11店。17年の年商約16億5千万。

 ともにスペシャルティコーヒーの普及に取り組む米国人、スージー・スピンドラーさんは「彼ほど温かくユーモアのある人はいない。生産国の方々は彼を頼って苦難を乗り越えてきた」と。
 ★
 早速父の日ギフトコーヒーを頼む。
 安売りはしないと言っているので、確かに高い値段。
  すぐに来た。

  うまい!
 ピュアな味と言った方がいいのだろうか。
 また、頼んでみたいという気持ちになる。

 日本には、こうして丸山コーヒーのフアンがいるのであろう。

●時間があれば、本の原稿に取り組む。
 『新任教師1年目の教科書』(仮)の原稿である。
 
 来年2月に出版予定。
 計画的に原稿執筆に取り組んでいる。
 
 原稿を書くパソコンは立ってやっている(笑)。
  五十肩になって、座ってのパソコンが原因であることが分かり、思い切って立ってやることにしたのである。
 
 もう2年ぐらいだろうか。
 慣れというのは恐ろしいもので、何の不都合もない。
  3,4時間立っていても平気である。

●メールで、若い友人たちから相談を受けることがよくある。 全部、うまくいかないで悩んでいる相談である。

 「うまくいかないこと」への対処法についての基本的法則がある。2つ。

 ①うまくいかないのは、成長のための必要事
 「うまくいかないこと」は、決して否定的に考えることではない。うまくいってばかりいたら(そんな人はいないのだが)、その人は、まったく成長できない。
    うまくいかない出来事は、あなたが成長するための必要事だということ。それを考え、乗り越えていくのですよという、お知らせである。
 

 ②うまくいかないのは、発想の間違い
  一生懸命にやって、うまくいかないことが出てきたら、それは、あなたの考え方ややり方が間違っているのですよというお知らせ。発想を転換しなさいということ。もっとうまい考え方があるよ、うまいやり方があるよということである。

 普通、人は、①②というように考えない。
 2つの傾向を示す。
 1つは、ずいぶんと落ち込む。自分を責める。「自分ってダメなやつだ!能力がない!」と。
 
 もう1つは、周りにその責任を転嫁する。
 他の人が悪いとなる。自分はこれだけがんばってやっているのに、邪魔をする、となる。
 
 自分で考えれば、絶対正しい、これ以上に考えようがない、と思うのだが、うまくいかない。それは、自分の周りの人間が悪いからだ、と。
 
 普通、人は、この2つのように考える。
 
 でも、このような人は、また同じように間違う。
 それは、この人の世は、自分だけでなく、他の人も生きているのであるから。
 「関係」の中で生きているのであるから。
 ★
 うまくいくためには、発想を変える。
 自分が正しいのだと思わないで、どこで、何に、どのような問題にぶつかっているのだと、じっくり考えてみることである。
 
 えらそうに言っているが、私はこの歳になって、やっとこの境地に立っている。
 この基本的法則を、早く若い頃に身に付けていればもっと生きやすくなっていたのだと思ってしまう。 
   

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今、学校に行くのは楽しいです。子どもたちがかわいいです。

   何年前になろうか。

 以下のようなコメントが、ブログに入ったことがある。

 ★ ★ ★
 こんばんは。初めてコメントさせていただきます。
 小学校教員の初任者です。大学を卒業して教員になりました。もう毎日が辛くて本気で辞めたいと思っています。
 2年生を担任していますが、クラスが崩壊しています。
 相談をしないことを怒られたので、相談はしていますが、現状を伝え、解決策を考えて動いてくれてはいますが、わたしの心がなにも追いついていません。私の辞めたいという気持ちを相談することができる人が一人もいないからです。
 私が舐められているから、私の授業がいけないから、ルールが徹底されていないから、私自身がぶれているから。全部自分が悪いのはわかります。でもどうすればいいのかわかりません。
 ★ ★ ★
 
 その後、この初任者はがんばって1年を過ごしたのかどうか、心配である。

 ★
 魔の6月である。
 このような気持ちになっている初任者は、かなりいるのではないかと危惧している。

 小島先生の報告記に感想をもらったE先生は、「一般企業で新入社員がいきなり、一つの事業所を任される、支店長になるようなことは普通ありません。」と書かれている。

 いきなり支店長になる、この事態が、まさしく学校現場で起こっているのであるから。
 30年、40年前なら、普通に成立していた、この事態は、子供が変わり、親が変わった、この状況を、初任者は処していくことが困難になっている。

 先の初任者は、「全部自分が悪いのはわかります。でもどうすればいいのかわかりません。」と問いかけている。

 「どうすればいいのか」を周りの関係者は、教えられないのである。
 ほんとうなら、大学で学んでこなければならない。

 ほとんどの教員養成の大学は、採用試験合格にばかり力を入れて、採用後のことなど想定していないと、私は見ている(私の知り合いの大学の先生たちはがんばっているのだが、あまりにも少数)。

 ほんとうなら、小島先生のような存在が、初任者指導の先生に必要なのだが、残念ながら、それも期待できない。
  ★
 こんな絶望的な状況の中で、あるY先生から、希望のある手紙をもらった。
 九州で先生をされている方である。
  「ときかたハカセ」を送っていたのである。

 この手紙には、次のように書かれていた。
 ★ ★ ★
 私は、野中先生の本に救われた者の1人です。4年前、1年生を担任したときに、学級崩壊しました。特別支援対象の子を中心にクラスが落ち着きを無くし、授業が成り立たない状況でした。崩壊していく様は、野中先生の本に書いてあったとおりです。全校体制で管理職や他の職員が私の教室に入り、何とか凌いだ一年でした。本当につらい日々でした。
 ★ ★ ★

 今では、この学級崩壊はどこにでもあることなのだ。

 この先生は、続けてこう書かれている。

 ★ ★ ★
 野中先生の本に出会ったのは、冬休みの頃です。学級がうまくいかないのは、私の授業が悪いからだと思っていました。でも、野中先生の言葉に授業ではない、学級づくりがきちんとなされていないからだとあり、ハッとさせられました。
 ★ ★ ★

 私が強く主張している、「最初の1ヶ月で優先させるのは、授業ではなく、学級づくりなのだ」ということ。
 ここに、目を止められたのである。

 そして、「野中先生の本を何度も読み、できることを続けました」と書かれている。

 そして、今。

 ★ ★ ★
 今、学校に行くのは楽しいです。子どもたちがかわいいです。
 ★ ★ ★
と結ばれていた。
 「やったあ~~」というところである。
 ほんとに本を出していて良かった、と思う。
 九州で先生をしている方にこうして届いたのである。
 ★
 初任者が何をすればいいか、この手紙でもはっきり分かることである。

 「最初にきちんと学級を作ってから、次に授業づくりに行く」(もちろん、同時進行だが)。

 このシンプルな課題をこなしていけば、十分に初任者でもやっていけるのである。
 

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2階建ての二層構造になっている

「初任指導報告記」を書かれた小島先生は、2ヶ月だけ今回の初任者指導をされている。

 
 担当した先生は、臨時任用教員という肩書きの先生だったが、厳しい条件をもっていた先生だった。7月に採用試験を控えているということもあるが、身に付けている力量も担任としては厳しい条件であった。
 
 「もし、私が補助をしていなかったら、いつ崩壊の憂き目にあったかもしれない」と言われるほどである。
 それでも、他の学年の初任の先生のクラスは荒れまくっている状態の中で、何とかこのクラスは、2ヶ月を過ごしている。
 
 やはり、小島先生の適切な補助指導があったからである。
 それほどに初任者指導の先生の影響は大きい。
 ★
 「初任指導報告記」の最後の解説にも書いたことだが、ここでももう一度書いておきたい。
(1)「学級づくり」を優先する                            
 私は、教師が行う「学級経営」や「授業」などは、2階建ての二層構造になっていると考えている。                           
 
   まず、1階部分の基本的な土台をしっかり成り立たせて、それから2階部分の充実に取りかからなければならない。もちろん、これは同時進行であるが、1階→2階の順序性があることを取り違えてはならない。                                                
   学級経営の2層構造では、1階部分で、「これなくしては学級が成り立たない、必須のアイテム」がある。これが、「学級づくり」になる。
 
  2階部分では、授業が中心になる。  
 初任者にまず最初に指導するのは、1階部分のことである。   
 
  1階部分の「学級づくり」の成立を優先しなければならない。早く子供たちが、自分たちで教室を動かしていけるようにしなければならない。
   ここが、最も肝心なポイントなのだ。キーワードは、「スムーズさ」。
    小島先生は、その必要感を次のように書かれている。          
 
      ①一日の生活リズムを作る。                   
     ②クラスみんなが安定・安心して生活できるように、仕事を分担して活動する。
 
(2)これなくしては授業は成り立たない、必須アイテム    
 
   「授業づくり」での二層構造では、1階部分で、「これなくしては授業は成り立たない、必須のアイテム」があり、2階部分では、協同学習などの学習アイテムやすぐれた発問などの授業向上のアイテムで成り立っている。
 
 本来は、1階部分は、大学の時に身に付けてこなければならないものである。しかし、ほとんど身に付けていない。まったくの白紙部分として指導を始めなくてはならない。      
 
 なぜ、1階部分の指導なのか。                              
  これなくしては、一斉授業はきちんと成り立たないからである。
  しかし、指導する初任者指導の先生たちにも、このような意識はない。授業を見て、思いついたことを立て続けて指導するだけになる。
 
 ともすれば、2階部分の指導をしてしまって、初任者を混乱させてしまっていることがある。                               
 
 それでは、1階部分の必須のアイテムとは何か、ということになる。                                                       
 小島先生は、何を指導されているか。                           
 
  ①指示-確認の原則
 ②空白の時間をなくす
 ③「めあて」から「まとめ」45分をきっちり。        
  ④教科書を使うこと
  ⑤一時に一事の原則
 
 このような流れになる。
  ★
 「学級づくり」と「授業づくり」について、1階部分の内容をきちんと明らかにしなくてはならない。
 
  今、小島先生の報告記と、私の経験を踏まえて、明らかにしているところである。
 完成したら、また皆さんに報告したいと思っています。

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事務連絡です!

 「初任指導訪問記」は、多くの方の申し出であり、ありがとうございました。

 ブログのコメントで申し出があったら、すぐに送付するようにしておりました。
 リターンがあった場合は、容量が不足している場合があり、宅配メール便にして
送りました。

 ところが、リターンがなくて、届いていない場合がありました。
 申し込みをしたのに、まだ届いていない場合は、もう一度連絡をお願いします。

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『初任指導報告記』の感想をいただいた!

  『初任指導訪問記』は、多くの申し込みがあった。

 早速、感想も送ってもらう。
 
大阪のM先生から以下のような感想をもらう。
 ★ ★ ★
<1>
6月のこの時期。
自分自身を振り返るのにおおいに勉強になりました。
例えばP.10
――――――――――
教科書を使って堂々と授業することです
――――――――――
「ふだんを変える、それが一番人生を変える」
という言葉がありますが、
我々にとっての、ふだん(日常)は、
教科書を使ってしっかり教えるということです。
P.4 
――――――――――
何事も、謙虚に学ぶ
――――――――――
教科書を読むと、本当に学びが多いです。
僕たち中堅も謙虚に学ばなければいけません。
<2>
P.12
――――――――――
下校時刻を守っているか。
――――――――――
この言葉に多くのことが集約されています。
授業が時間内に終わっている。
提出物のチェックができている。
配付物が配り終わっている。
準備、片付けなどのスピードが速くなっている。
当番のシステムが機能している・・・・
サラッと書かれた一行ですが、
ここから逆算して日常を組み立てる。
その日常を組み立てるための、
学級づくり、必須のアイテムなのだと思いました。
本当に貴重な資料をありがとうございました。
今後とも御指導よろしくお願いいたします。
 ★ ★ ★

E先生からは以下のような感想をもらう。
 ★ ★ ★
ファイルをお送り戴きありがとうございます。
読ませていただきました。
一般企業で新入社員がいきなり、一つの事業所を任される、
支店長になるようなことは普通ありません。
小島先生のようにサポートをしてくださるかたが付いている教員は幸せだと思います。
こうした「経験」が学校の文化の中にきちんと組み込まれて
行かなければならいと思っています。
学年を組んだベテランの自己中心的な能力の発露がとなり
の初任者に悲劇をもたらす悪い例を何回も見てきたので、
初任者を担当した指導教員(例えば学年主任)は自分の能
力を抑えてでも、初任者にあわせなければならないと思っ
ています。
ありがとうございました。
 ★ ★ ★

 高校の先生からも、こんな感想をもらう。
  ★ ★ ★
  初任指導訪問記をどうもありがとうございました。
 早速一読しました。

 やはり、小学校というのは担任の先生がずっとクラスと一緒にいるのが大きな特徴であるなあと感じました。

そして、ある保護者が言っていた「(小学校は)担任の先生によりますよ」という言葉の重みが迫ってきました。(私事ですが、子供が保育園年長クラスなので、そんな話の流れからでした)
でも、本来はどの先生でも最低限はできてほしいし、やればできるのだという希望の文章にも感じられました。
手立てさえあれば。正しい知識さえあれば。
いや、本人は不足していてもそれらの面でサポートがあれば大丈夫なのだと。
もう少し時間を取って、あらためてじっくり読んでみたいと思います。
今後とも先生方の取り組みにより、救われる先生(と子ども達)は多いだろうと思います。
どうか、お体に気をつけて、無理のない範囲でご活躍ください。
 ★ ★ ★
 
 初任者と初任者指導の先生との齟齬がある、と伝わってくる。うまくいっていない。
 初任指導の先生が、かえって初任者を潰していく事例もある。困ったものである。
 ★
 退職して初任者指導をされた、ある校長先生のこと。
 4人の担当をされた。
 結果的に、3人の初任者のクラスが学級崩壊になった。
 もう1人も、4月、5月は厳しかったという。ただ、1年生の担任だったから助かった、ということ。

 何をされたのか。
 始業式の日に、その4人に指導をされた。
 「明日から、あなたたち授業の指導案を書いてきなさい。A4 1枚でいいから」と。
 
 初任者は、初任者指導の先生から、このようなことを言われたら断ることができない。
 A4 1枚でも、パソコンで作るとなったら、初任者は1時間以上かかる。それを時間分作るのである。それがどうなるのか、指導者は分かっていない。
 
 ただ、「授業をちゃんとやれば、クラスはうまく行く」と思っているのである。善意ではある。
 
 初任者も、それだけに専念できれば何とかなるかもしれない。でも、クラス担任であり、そして無数の仕事が舞い降りてくる。
 
 右も左も分からない初任者が、毎日4時間も5時間も、全部の授業の指導案を書き、そしてクラス担任としての仕事をする。それがどれだけ過酷なことであるか、想像力をちょっとでも働かせば分かることである。
 ★
 学級が崩壊した。
 2人は、その後療休に入って、それを繰り返したと伝え聞いた。今も、教師を続けているのか、心配である。
 教師人生の最初のところで、指導者の単なる善意が、人生そのものをねじ曲げていく。

 もう1人は、私がなんとか手助けをした。
 その教師は、がんばって何とかしていった。 
 良かったのである。
 ★
 4月の最初は、「学級づくり」を精力的に行わなければならない。
 それを行わなければ、クラスはうまくいかない。
 それが、この事例はみごとに物語っている。
 

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クラスの荒れをどうするか(2)

  小島先生の「初任指導訪問記」を読んでもらうと、明らかになることが1つある。

 ほとんどの初任者指導の先生たちが、担当する初任者を指導するのは最初から授業についてのことである。
 
 初任者は、2日目か3日目に授業を始める。
  彼らは、授業を何とかしなくてはならないと思っている。だから、早々に始める。
 
 初任者指導の先生たちも、授業の指導を始める。
 ここは、初任者も、指導の先生も思惑は一致する。

 ひどい指導者は、指導案まで書かせる。
 
 両者とも、最初は、「学級づくり」なのだということは、想定にない。
 
 ところが、小島先生は、「学級づくり」から入られている。 最初に指導されている指導技術は、「指示ー確認」の原則である。
 これは、授業でも大切なものだが、子供たちを動かしていく技術として最重要なものと言ってよい。
  ★
 「授業づくり」を通して学級づくりをするという主張がある。
 昔は、そういう主張をする実践家は数多くいた。
 今でも、そういう主張をされる。
 
 たとえば、このような言い方になる。
 「学級づくりと授業づくりを分けて考えたのでは効果はでません。授業の中でこそ、学級づくりをするという意識が大切です。」
 
 「学級づくり」の考え方が、私とは違う。
 第一、この考え方は、中学校では通用しない。
 授業は、教科によって違うのであるから。
 また、初任の先生たちにも、なかなかこの考え方は通じない。
 
 上越教育大学の赤坂先生の考え方がある。
 
 ★ ★ ★
 学級づくりの目的は子どもたちを群れから集団、つまりチームに育てることだと私(赤坂真二)は思います。子どもたちは、一日に5人くらいの子どもとしか会話していなことが調査でわかっています。今、学級は放っておくとバラバラで学級がその体を為さなくなってしまいます。
 学級のチームづくりは、4月の最初の7日以内に学級の生活や学習ルールを一通り指導し、30日間で定着するよう繰り返し指導するようにします。
 30日間で一斉指導の体制を定着させたら、そこから、徐々に子どもの自由度を増やしていきます。2か月くらいかかります。
 ★ ★ ★
 明快である。
 赤坂先生は、「学級づくり」の目的は、子供たちを群れから集団、つまりチームを育てることだと定義されている。

 私も同じである。
 第1の目的は、クラスの子供たちが一番望んでいる「安心 感」を確保するため。
 第2の目的は、子供たちが自分たちでクラスを動かしていく「集団」を育てるため。
 
 そのために、「学級づくり」3原則(関係づくり、仕組みづくり、集団づくり)を設定する。

 そして、その「学級づくり」は、1ヶ月が勝負となる。
 「3・7・30の法則」で勝負する。
 ★
 初任の先生は、授業から始めて行く。
 初任者指導の先生も、授業の指導から始めて行く。

 ここには、授業さえうまくいけば大丈夫なのだという考え方がある。
 しかし、初任の先生は、そんなにすぐに授業はうまくいかない。当たり前である。

 子供たちが荒れてくる。
 そうすると、指導の先生は、「あなたの授業がおもしろくないから、子供たちが退屈し、荒れてくるのだ」と指摘する。

 初任の先生は、確かにそうだと納得し、必死に教材研究をしようとする。
 でも、何をやればいいか分からない。
 
 指導書を何度も読み直し、指導案を作ろうとする。
 余裕があれば、ネット検索をする。
 夜の8時、9時まで。

 それでもクラスはなんともならない。
 つくづく嫌になってしまう。
 「自分は、教師に向いていないのだ!」と。

 こんなことが展開されていないだろうか。
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 ここには、大きな間違いがある。
 クラスが荒れてくるのは、授業がおもしろくないということではない。
 
 「授業、授業だ」という視点からしか見ないから、こういう結論になる。
 授業ではない。やり方(「学級づくり」)がまずいから、そうなっているのである。
  授業は、いまできることを精一杯やればいいのである。

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クラスの荒れをどうするか(1)

  いよいよ6月に入った。

 
 学級経営において、「魔の6月」と言われている月である。 私のところへ伝わってくることは、クラスが荒れ始めていることの数多くの情報である。
 2週間で郷里へ帰ったという初任者の話を聞いたが、もはやクラスは大変なことになっているという初任者がいるのである。
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 クラスが荒れていくパターンは、共通している。
 
 ①まず、クラスにいる数人の超やんちゃな子供がいて、その対応に追われる。
 
 ②その子供たちに反発され、うまく対応ができない。
 
 ③5,6月になると、次第にやんちゃ集団が多くなり、7,8人ぐらいに膨れあがる。
  ④モグラ叩きみたいな感じで、授業の始まりが5分程度かかる。騒乱状態の一歩手前。
 こんな感じなのである。
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 問題は、①のところにある。
 超やんちゃな子供に過剰に関わりすぎ、反対に反発を食らっている。
 
 初任者にとっては、超やんちゃが目立っているので、ついつい関わりすぎるということになる。
 また、ある面では、「この子たちが決め手だ!この子たちをクラスに包み込んでいければ、このクラスはうまく行く!」と考えていく場合もある。だから、過剰に関わる。
  この超やんちゃな子たちは、横糸(心の通じ合い)がなければ、うまく関われることはできない。
 
 注意し、叱るだけの関係では、反発を感じるだけである。 
 「叱るな!」と言っているわけではない。
 やっていけないことをやった場合は、当然叱らなければならないが、がんがん厳しく叱り続ける関係から、うまい関係が生まれるわけがない。
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 方向が間違っている。
 数人のやんちゃたちが、決め手ではない。
 「2:6:2の法則」がある。
 組織の法則である。
 
 最初の「2割」は、真面目派の子供たち。次の「6割」は、中間派。最初は、真面目派と一緒に静かに座っている。最後の「2割」が、やんちゃ派である。この中の数人が、超やんちゃな子供。
 
 組織の法則に従えば、最後の「2割」に強く働きかけることは徒労である。ほとんど虚しい試みになる。
 それを多くの先生がやっている。そして、クラスが荒れている。
 
 どうすればいいか。
 決め手は、「6割」なのである。
 
 この中間派の6割を、真面目派の2割に引きつけて、8割を味方にする。
 これが、組織原則の決め手になる。
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 そのためには、8割の子供たちが願っていることを、担任が実現していけばいいのである。
 
 それは何か。
 「安心感がもてるクラスにしてほしい」
 
 キーワードは「安心感」なのである。
 これを担任がクラスに保障できれば、8割を味方にしていくことができる。
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 そのために、どんなことをするのか。
 
 私は、その決め手になるのが、1ヶ月の「学級づくり」であると断言している。
 もう少し言えば、1週間の「仕組みづくり」と「ルールづくり」である。
 
 その目標は2つ。
 1つは、一日の生活のリズムを作ること。
 
 2つ目には、子供たちが自分たちで動いていける当番活動を軌道に乗せること。
 
 私は仕組みづくりについて、「1週間のシナリオ」を提起している。
 この1週間に何をすればいいのか。すなわち仕組みをどのように作ればいいのかを提起していることになる。
 
 仕組みの中心は、この3つ。
 ①日直活動
  朝の会・終わりの会の司会、授業の最初・終わり、
  給食の司会など
 ②当番活動
  一人一役
 ③給食活動、清掃活動の徹底
 
 この3つをとにかく軌道に乗せるわけである。
 軌道に乗せるというのは、「スムーズに動いていく」ようにするわけである。
 「スムーズさ」が何よりも大事。
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 超やんちゃな子供たち、1週間の間はそんなにはちゃめちゃな行動はとらない。 
 その間に、子供たちが自分たちで動いていく仕組みを組み立てていく。
 
 最初はできないので、とことん教え、繰り返し練習させる。 クラスがスムーズに動き始めれば、その中で、超やんちゃな子供が、勝手な行動を取ることはなかなかできなくなる。 
 
 子供たちが自分たちでクラスを動かして行っているからである。
  ここが大事なのである。
 
 超やんちゃな子供が、自由に勝手に動いていける時間の前に、すでにクラスがスムーズに動いている状態にするわけである。
 
 ここに力を尽くすということ。
 このことが初任者には、まったく理解できていないわけである。だから、荒れる。(つづく)

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