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座間の事件を考える(3)~遠くに目をやろう~

  最初は携帯(今ではガラケーという)から始まった。

 電車の中で、外国人から「聖徳太子!」と言われたように顔の前に掲げてメールをピコピコと打っていた。

 そして、スマホ。
 これで電車の中は様変わりをした。

 今では、男も女も、ぴこぴことゲームに興じている。
 ★
 携帯一色になった時代に、イギリスへ留学した姪は、「向こうの若者は、携帯はほとんど電話で連絡することしか使っていないよ」と言っていた。

  とにかく携帯も、スマホも、日本の若者たちの多くが真っ先に使い出した状況らしい。

 これらが、生活を変え、精神状況にどのような影響を与えるのか、その結果が真っ先に日本の若者たちで試されるのであろう。モルモット状態と言えるのか。
 世界の最先端の結果である。

 NHKのあさいちでは、スマホでの不調を放映していた。
 スマホ老眼、口が開かない、首、肩の不調、不眠症状ということらしい。

 はっきりしているのは、目の前のスマホに四六時中かかりっきりになっていて、精神的におかしくなっていくのは当たり前だということである。

 精神に異常をきたす。
 今は「スマホ症候群」と言って、片時もスマホをそばにおいていないと不安になってしまうという症状になっている人が多いという。

 そう言えば、近くの川縁を散歩していて、乳母車を押している若い母親や犬を散歩させている方が、片手に必ずスマホを持っていることに気づいたのはいつ頃からだろうか。

 ★
 しかし、この状況は後戻りはできない。
 それは不可能に近い。
  行き着くところまで行く。

 どうするのか。
 1つだけ、フランスの哲学者で『幸福論』の著者でもあるアランの言葉を思い出す以外にない。

 ★ ★ ★
 遠くに目をやる1
 ふさぎ込んでいる人に言いたいことはただひとつ。「遠くに目をやろう」
 こういう人はだいたいきまって本の読みすぎである。人間の目はそんなに近くに焦点を合わせるようにはできていない。だから宙を見つめると安らぐのである。
 星空をながめるとき、あるいは果てしない海をながめるとき、目の緊張が完全にほぐれる。目がほぐれると心が解き放たれ、足どりも自信にあふれる。自分の内部のすべて(臓器までも!)がほぐれ、しなやかになる。
 だからといって、意志の力でむりやり緊張をほぐそうとしてはいけない。自分の中にある意志の力を自分自身に向けると、すべての調子が狂い、しまいには身動きできなくなるのだ。自分のことを考えてはいけない。遠くに目をやろう。
     (『アランの幸福論』アラン著 ディスカバー)
 ★ ★ ★

 アランの時代は、携帯やスマホはなかった。
 近くを見続けている人は、「本の読み過ぎ」であった。

 ★ ★ ★
 遠くに目をやる2
 人間の目は、はるか遠くを見つめると安らぐしくみになっている。このことが、わたしたちに深遠な真実を教えてくれている。
 思考は身体を自由にし、その身体を、わたしたちの本当の故郷である宇宙へ導きかえさなければならない。人間のかけがえのない宿命と人体のはたらきの間には、深いつながりがあるのだ。
               (同上)
 ★ ★ ★

 これくらいでいいだろう。
 アランは、このスマホの時代が来ることを予感していたかのように、大事なひとことを残している。

 自分のことを考えてはいけない。遠くに目をやろう。
 
  ★
 今回の座間事件は、SNSが中心に関わって発生した猟奇殺人である。
 人々は、白石容疑者が、なぜあのようなひどい事件を起こしたのかというところに目を向けるであろうが、私は巻き込まれていった若者たちのリアルな「現在」に目を吸い寄せられた。(終わり)
 
 

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