相談に答えて~幸福は最初不幸の形をして現れる~
Y先生から以下のような相談コメントが載りました。
★ ★ ★
突然のコメントすみません。
中学校の教師をしている20代のYといいます。
野中先生が2010年7月19日(月)にアップされた「孤立 命絶った教師」2010年11月19日 (金)にアップされた「再び、報道ステーションの初任教師自殺の番組を見て」の記事を1年ほど前に読み、何とも言えない衝撃を受けました。
すごく心に残って、また心が洗われるような感覚になり、時々読み返しています。
よろしければ、フェイスブックで、この時の記事を紹介したいのですがよろしいでしょうか。
私自身、木村百合子先生のような気持にここ2、3年ずっとなっていて、なかなか抜け出せず、このままだと私はどうなってしまうのだろうか不安です。
教師としての自信も無くなり、また小さい学校で教師の人数も少なく、40代後半~50代の先生しかおらず周りの先生からはフォローがなかなか得られていないように私自身は感じ、批判ばかり・・・、それらのストレスで人生で初めて蕁麻疹ができました。
このまま教師を続けることはできるのだろうか、またこのまま続けたら私はどうなってしまうのか、、、とても不安です。
小学校、中学校、高校と、私が生徒の時、学校に行きたくないと思ったこともなかったですが、今初めて「学校に行きたくない」と思いました。
私はどうしたらいいかわかりません。
どうしたらいいかわからず、野中先生のブログに書き込んでしまいました。
お忙しいところ、申し訳ないのですが、何かアドバイス、お言葉いただけたら嬉しいです。
乱文乱筆ですみません。よろしくお願いいたします。
★ ★ ★
●以上のような内容のコメントをいただきました。
2010年に書いたブログを読んでもらえたのですね。
私ももう一度読み直して見ました。
この状況は今もぜんぜん変わっていないですね。
(フェイスブックへの掲載は大丈夫ですよ。)
★
人生で初めて躓き、立ち止まっておられるのですね。
そのように感じました。
「私はどうしたらいいかわかりません。
どうしたらいいかわからず、野中先生のブログに書き込んでしまいました。」
と書かれてありますので、とにかく立ち止まっておられるようです。
私にも、若い頃そのように思ったことが何回かありましたので、その時の苦い思いが甦ってきました。
具体的に悩んでおられる内容が分からないので、今私がY先生に伝えられる内容は、以下のことです。
それは私がそのような生き方をしてきて、自分なりに克服してきた経過があることです。
落ち込んだりしたときのとっておきの極意です。
①結果には原因があること。
偶然起きることはないです。
原因があって結果があります。
その原因をじっくり考えてみることです。
そして、その原因に向き合うことです。
すぐには克服できないかもしれません。
でも、少しずつ克服していけばいいです。
②目の前のことだけに対処すること。
今の大変な状況がずっと続くことはないのです。
そのようには、人生は成り立っていません。
大変な時は、努めて目の前のことだけに集中して生きて いく。
過去を振り返らず、未来も考えず、ただその時の課題だけに集中する。これはむずかしいですが、努力する。
時として、終わった過去をぐじぐじと振り返るのです。特に調子が悪いときは、こうなります。
誰も、もうそんなことは忘れているのに、自分だけがぐじぐじ引き摺るのです。最悪のパターン。
きっぱりと止めることです。
これからの未来を心配することもよくあります。
今の状況が未来永劫続くような感じになっているはずです。
そんなことはありえないのです。
目の前のことだけに集中する。
これを続けていくと、ふっと楽になる時間がきます。
必ず来ます。
こうして乗り切っていくことです。
人生には、必ず躓きや失敗や挫折があるものです。
だから、昔から「禍福はあざなえる縄のごとし」ということわざがあるのですよ。
こういう時には「凌ぐこと」だけです。
ぜひ、乗り切っていってください。
★
もう1つだけY先生に伝えておきます。
森信三先生という人がおられます。
日本の教育界に大きな足跡を残された方です。
その先生が、『若き友への人生論』(致知出版社)を書かれています(Y先生読まれた方がいいです)。
その中に、「逆境に処する態度」があります。
★ ★ ★
では、逆境に対処するには、われわれは一たい如何なる心がけが必要であろうか。
それに対してわたくしに忘れられないのは、「隠岐の聖 者」永海佐一郎博士のいわゆる「幸福は最初不幸の形をして現れるのがつねである」というコトバであって、わたくしは、これほど端的、しかも深い真理を語られた人は少ないのではないかと思うのである。……略…
……
即ちわれわれ人間が、不幸に対処する態度としては、不幸を回避しようとしないで、あくまでもそれに耐え抜くことによって、やがてそこには、全く思いも設けなかったような大きな幸福が与えられるということであって、このことの示す真理性については、わたくし自身もその永い生涯の上に、これを身証体認してきたといってよいのである。 ……
★ ★ ★
どうでしょうか。
凌ぐことについての真理が書かれているわけです。
「幸福は最初不幸の形をして現れるのがつねである」ということなのです。
今感じている不幸は、耐えているうちに幸福に変わるというのです。
私もまたそういう経験を何度もしました。
Y先生も、今大変な不幸に会っているのでしょう。
耐え抜いていると、いずれ「苦しかったけれど、経験して良かった!」という時期がくるのですよ。
健闘を祈ります。
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