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再び「味噌汁・ご飯」授業(2)~「ごちそう授業」について~

   「ごちそう授業」については何度も書いてきた。

 「味噌汁・ご飯」授業と、対比的に使ってきたネーミングである。

 「ごちそう授業」とは、多くの時間をかけて教材研究をし、さまざまな準備をして、精一杯の授業を展開するもの。

 今まで強調してきたのは、これまでの日本の授業研究は、「ごちそう授業」追究だったということ。
 それは、各学校現場では、研究授業として具現化されてきた歴史がある、と。

 誤解を受けやすいのだが、私は、その「ごちそう授業」を否定してきたことは一度もない。
 むしろ年に1,2度は挑戦した方がいいと言ってきた。
 その挑戦で学ぶことは数多い。

 ただし、その「ごちそう授業」の追究の中で必ずなされなければならないことがある。
 それは、今日も6時間行い、明日も6時間を行う「日常授業」に下ろしてくる原理・原則をつかんでこなければならないことである。
 
 大切なのは、ここ。
 「ごちそう授業」の追究に、日常性を繰り込んでこられなければ「砂上の楼閣」にしか過ぎない。
 ★
 だから、今まで否定してきたのは、今だもってその「ごちそう授業」の追究だけをしていることになる。
 
 公開の授業研究会などは、いまだにそれである。
 
 いわゆる「ごちそう授業」主義に陥っている。
 「ごちそう授業」の感覚が染みついてしまっているからである。

 否定してきたのは、「ごちそう授業」主義に陥ることである。
 この主義とは、提起される授業が日常授業にはとても実践できないシロモノであることだ。

  この主義に陥っている現象が2つほどある。

 1つは、研究授業主義とでも言った方がいい現象。
 研究授業をやっておけば、それでこと足れりとする。
 
 研究授業と日頃の授業(「日常授業」)とは、ほとんど関係なく過ごしていく授業研究である。
 「あれはあれ、これはこれ」と区別して、研究授業さえやっておけば済まされる。
 
 このような現象を作り上げている。
 追究しても研究成果はほとんど達成できないような過大な研究テーマを設定し、年中行事化している。
 
 2つ目は、「日常授業」を粗末にする現象。
 1つ目の現象の結果であるが、研究授業さえやっておけばいいという考えは、日頃の授業を実にイイカゲンに済ませていく現象を生みだした。
 
 多くの教師たちの「日常授業」は、ほとんど何の準備をしないままに済まされる「ぶっつけ本番」授業になっている。
そうせざるを得ない忙しさを抱え込んでいるとも言える。



 

 

 

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