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相談を受けて~1年生の世界を楽しむこと~

  高学年ばかり担任してきて、初めて1年生を担任している先生からの戸惑いの相談が入りました。

 以下の通りです。

 ★ ★ ★
低学年の指導についての相談です。
これまで高学年ばかりで初めての一年生担任です。

高学年担任ばかりをしていたからなのか低学年の騒然としたあの感じが我慢ならないのと同時に、学級としてまずい状態だから何かしなければいけないのか、低学年は普通こうだから大丈夫だよという状態なのかが全くわかりません。

具体的には
●高学年だと多少騒がしくても「〇〇くん、よく話聞いてくれてるね。」たどと言えば大体すぐに落ち着くものですが、一年生はその褒め言葉すら聞こえないで騒いでいます。10回ほどそんな褒め言葉を繰り返して、やっと落ち着くこともあれば、時には少し口調を強くして強制的に落ち着かせることもあります。

●さらに話を聞いていない子も必ず5人くらいいて、その子にものすごく目がいきます。下を向いている、隣としゃべる、地面をいじるなどです。5人くらいならやはり目をつぶるべきなのでしょうか。私はどうしても気になって、〇〇聞いてる?大丈夫?などと言ってしまいますが。。
それでも、中には同じ質問をしてきたり、自分のやる事や並ぶ場所などがわかっていない子もいます。

●リーダーシップを取る子があまりおらず、おふざけやお遊びにすぐ同調してしまいます。「今はやめとけよ」などという子がほぼいません。それでまた怒る。


こんな感じで、荒れてるとかでもないですし、他の先生から褒められることもあるのですが、自分自身がこれまでの高学年のイメージが基準にあるので、到達ラインが高すぎる?のかイライラしてしまいます。

高学年イメージが邪魔していて、一年生としては優秀ではないにしても、普通のクラスにはなっているのでしょうか。

それとも、やはり私の感覚通り、クラスは荒れていて、今後改善為に多大なる努力をしていかなければいけないのでしょうか〈もちろん優秀なクラスでもさらなる向上をさせなければいけないわけですが、、〉。

これまで高学年担任として、教師主導で、統率した雰囲気でやってきていたので(鬼監督とかそういうイメージではなく、楽しませながらもやるところやらせたり、自分が中心にいる感じです。例えが変ですが明石家さんまのよう感じです。)、そのギャップをものすごく感じます。
投稿: カナリヤ
 ★ ★ ★

 この戸惑いは、私が初めて6年生から1年生の担任になったときのものと同じです。
  よく分かります。

 今までは「右!」と言えばさっと動いていた子供たちが、そうはいかないのです。
 1つ1つの学習規律の定着も、今までと2倍も3倍も時間がかかります。
 一々にぐったり疲れてしまうわけです。
 
 今までは2,3つまとめて指示を出せば子供たちは動いてくれたのが、まったく通じません。「先生、次何やるの?」と今言ったばかりのことを何人も聞きます。

 低学年は、指示についての「一時に一事の原則」が分かっていなければ、指導できません。
 ★
 こんな戸惑いですね。
 私は、カナリア先生が、こんな世界もあるのだと戸惑いを覚えられたことは実に良いことですよ。

 決してクラスが荒れているわけではなく、高学年的な指導が低学年では通用しないということなのです。

 子供たちは、1,2年生はこんな具合なのです。
 
 3,4年になると、ちょっと変わってきます。
 とくに、4年生の夏休み以降は判断力がついてくるわけですから、とても大切な時期になります。
 
 そして、高学年。今は女子が思春期を迎える子が多く、大変です。それに比べ、男の子たちの幼さが目立ちます。

 低中高のいずれの学年でも、それぞれに指導が違ってきます。
 
 だから本来は、高学年ばかりとか、低学年ばかりとかを固定して持つべきではないのです。
 
 でも、学校事情でそうならざるをえないのですね。
  私も最後の10年以上は、高学年でした。

 若い頃に4回1年生を担任することがありました。
 その時の経験はものすごく貴重なものでした。
 
 高学年ばかりを持つと、こちらの心がかさかさに渇いてしまう経験がありました。
 しかし、その後低学年を持つと、心洗われる思いになりました。
 ★
 低学年は、複雑ではありません。
 簡単な基本原理で動いています。
 活動的なことが大好きですし、おもしろいことが大好きです。
 しかし、ねばり強い継続は苦手。
 
 幼児期や低学年の頃は、「動」の時間と「静」の時間を意識した子育てをしなければなりません。
 そのバランスが大切です。

 「動」の時間を数多くもった子供は、落ち着きがなく、少しでも静かにすることがむずかしいのです。
 こんな子供にカナリヤ先生もきっと手を焼いていますね。
  それは、「静」の時間をあまり持たないで子育てをしてきた結果が出ています。
 
  1年生の担任の時は、読み聞かせを数多く取りました。
 「静」の時間ですね。
 
 わざわざござを教室に準備していて、このござにご招待という形で特別の空間を作るわけです。
 そこで静かに絵本の読み聞かせをしました。

 1年間が過ぎるとずいぶん落ち着いてきますよ。
 ★
 低学年はどんな子供たちなのか。
 私は、「その場、おもしろ、理想主義者」と名付けていました。

 その場主義者、おもしろ主義者、理想主義者を総称したものです。
 その場主義者とは、その場で決着をつけなければ効果がないことです。
 
 ノートに丸を付けることも、ドリルなどに丸を付けることも、…ほとんどをその時間の中で決着をつけるようにしました。
 その場で、ほめ、認めていくのです。
 
 授業の中に、その時間を組み込むようにしました。
 それがどれほど子供たちのやる気を生み出すのか。

 おもしろ主義者とは、おもしろいことには男女とも掛け値なく惹きつけられること。
 笑うことが大好き。
 だから、笑わせておけば、もうそれだけで先生が好きになるのです。

 理想主義者とは、先生が「こうしよう!」ということには、掛け値なく従っていく存在なのです。
 ただし、認め、ほめ、励ましてあげることが必要。

 この3つのことをやっていけば、クラスはうまく軌道に乗ります。
 
 でも、このことは中学年でも、高学年でも、同じ事ですね。
 ただ、低学年は、顕著に反応するのですから。
 ★
 カナリヤ先生、1つ1つの指導は時間がかかりますが、そのうちに効果が現れてきます。
 
 時間がかかるのです。
 教えることはそんなに多くはないのですから、じっくりと構えて1年生の世界を楽しんでください。

 
 

 

 

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コメント

野中先生、カナリヤ先生こんばんは。

私も、昨年度6年生を担任していて、今年度は2年生の担任をしています。

1年生では無いのですが、カナリヤ先生の気持ちは痛いほどよくわかります。

私は以前、野中先生が低学年の指導の相談に応えられていた時の、「1・2年生は理想主義者だ。」という一言が特に頭に残り、このことを頭に置いて指導をしてきました。

本当に野中先生のおっしゃる通りだと思います。

今の自分のクラスにも、いわゆる、やんちゃは何名かいます。

(もしかしたら男子の半分くらいはそうかもしれません…。)

そうしたやんちゃな子どもたちが、学級のルールを破るような望ましくない行動をとる度に、学級全体にその子の取った行動はどうなのか?と返すようにしています。

そうすると不思議なことに、問題行動を取った子以外のやんちゃ達も、そのことはおかしいと言い出します。

中村健一先生の本にも書かれていたことですが、

「勝てない戦いはしない。」

ということだと思います。

1学期はなかなか落ち着かず、この先どうなるのかと不安でしたが、最近は教頭先生にも「ずいぶん落ち着いたね。」と言われるようにもなりました。

今までは、元々中学校の教員志望だったこともあり、高学年しかできないんじゃないのかなーと思っていましたが、今は低学年の子どもたちと一緒に毎日を過ごすのが楽しくてたまらないです。

1学期と比べて少し気持ちに余裕が出てきたのかもしれません。

引き続き、縦糸と横糸のバランスを考えつつ、野中先生のおっしゃる、

「その場主義」「おもしろ主義」「理想主義」

の3点から、子どもたちが安心できて楽しい学級にしていきたいと思います。

投稿: kawamu | 2017年9月19日 (火) 20時59分

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