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文ヶ岡小の訪問(3)~「授業の振り返り方」について~

      文ヶ岡小訪問記(3)

      ~「授業の振り返り方」について考える~
 研究授業などをする。
 一生懸命教材研究をし、さまざまな授業の準備をし、精一杯の授業を披露する。
 ほとんどの先生が行う。
 
 終わればそれっきり。
  「終わったあ~~~」となる。
  私もそうであったので、えらそうには言えない。
 
 ただ、これからが本番である。
 Afterの仕事が残っている。
 私たちは、このAfterの仕事をいい加減にしてきた。
  この振り返りをきちんとするようになったら、授業は格段にうまくなるはずである。
 ★
 文ヶ岡小の先生たちに、「振り返りの方法」を提起する。
 「もしこれから提起することを3年間継続してやれたら、大和市の教員の中で3本指に入る授業者になることができます!」と。
 
 ほらを吹いているわけではない。
 ほんとに私はそう思っているからである。
 
 これから提起することは、北海道の中学国語の教師である堀裕嗣先生が若い頃通勤の車の中で毎日繰り返したと聞いたことである。
 
 網走小でみごとな授業を展開した渋谷渉先生(今石狩市で指導主事をされている)も、若い頃毎日実践したと聞いた。
 他にも多くの実践家たちは、昔から繰り返してきたことなのである。
  ★
 昔、斎藤喜博先生や向山洋一先生は、100回の研究授業をせよと言われた。
  これをやると、確かに格段に授業がうまくなる。
 
 それは、当たり前。①②を繰り返しているから。
 
 ①数多くの教材研究を行う。
 ②多くの人に見てもらえる。意見ももらえる。
 
 うまくなるのは当然である。
 しかし、普通の教師に、100回の研究授業ができるはずはない。
 寝食を潰して、授業にかかりっきりにならなければできないこと。
 
 普通の教師ができることは何か。
 そのように考えた。
 
 そこで、次の③のことを発想した。
 
 ③自分の授業を客観視することはできないか。
 授業は、自分がイメージしている授業と、実際に実現している授業とは、まったくの別物である。
 
 そんなことは自分の授業を録音してみれば、すぐに分かる。
「こんなことは言ってないよ!」
「どうしてこんなにしゃべってばかりいるのか!」
「意味が分からないことをしゃべくってる!」
 …………
 こんなことに気づく。
「そうなんだ!この録音を続けていけばいいのだ!堀先生や渋谷先生がやったことを意識してやればいいのだ!」
 
 そこで私はネーミングして「一人研究授業」と名付けた。
 次のようなシステムにした。
 
 A 月に1回、録音した授業を聞く(もちろん、1週間に1回、2週間に1回ができればなおいい)。
 
 B 我慢して最後まで聞く(最初の場合、15分ぐらいしか聞けない。あまりにもひどい声、脈絡のない授業に辟易するからである。でも、それを子供たちは毎日5,6時間も聞いているのだと思い直して最後まで聞く)。
 
 C 続けていくうちに、ねらいが達成できているか、無駄な言葉、癖などをチェックする。
 
 誰にも迷惑をかけない。
 「日常授業」を月に1回録音して聞く。
 それだけである。
 
 しかし、これができない。
 自分の授業を聞くというのは、一番辛いことであり、嫌なことなのである。
 だから、ほとんどやりたがらない。
 
 自分の欠点やマイナスのことには目をつぶりたい、向き合いたくないと思う。人は、そんなものである。
 
 だが、これに向き合ったら、間違いなく自分の授業の殻がむける。
 挑戦してみないか!ということである。
 
  「私の授業は今までここが問題でした(Before)。
  だから、こう変えてみました(After)。」
 
 これがきちんと言えるように、Before、Afterを洗練するのである。
 ★
 「味噌汁・ご飯」授業を3年間にわたって実践した北海道の大曲小学校は、この「一人研究授業」も実践した学校でもある。
 
 この3年間の中で、K先生、I 先生、I 先生などのすぐれた実践家を生みだしている。
 この先生たちは、40歳前後の先生たちだったのである。
 
 中でも、K先生が提起した国語、算数の授業は格段のレベルだと思っている。
 
 「ごちそう授業」的に優れているのではなく、毎日このような授業をやっているのだという意味である。
 
 うまい授業をする先生たちはいっぱいいる。
 でも、その授業に「日常授業」の匂いがあるかどうかなのだ。
 
 その匂いとは、明日も明後日も、この授業はなされているという匂いである。
 私は、大曲小での「一人研究授業」の成果は大きかったと考えている(この学校の実践は『学力向上プロジェクト』(明治図書)にくわしい)。
 
 挑戦してみないか?
 そう私は、呼びかけたいのである。
 ★
 私ごとになるが、私も文ヶ岡小での道徳の授業は、ICレコダーで録音した。
 最近、授業をさせてもらう機会には必ず録音する。
 1回1回の授業で、Before、Afterを作り出すためである。
 
  現役の頃に、これをもっとやっておけば、きっとひとかどの授業者になれたものなのにという感慨がある。
 
 今回の道徳の授業を聞きながら、良いじゃないかということになった(笑)。
 
 私の口癖は、「ハイ」という言葉をかなり入れることであるが、これを直すことはかなり困難。
 言葉は明快。聞き取りやすい。
 これは毎日朝、発声練習をやっている成果であろう。
 
 10回ぐらい聞く。
 そして、次の9月20日の鳥取大山町の大山西小で授業をさせてもらうことになっている。
  ここでさらにAfterの授業をしたい。
  1回1回進化した授業をしたい。
 
 70歳になったが、私も「一人研究授業」にこうして挑戦しているのである。
 
 
 

 

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