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「主体的・対話的で深い学び」ということ(1)

  7月14日に、『「味噌汁・ご飯」授業の算数編』(明治図書)が刊行される。

 それに合わせて、明治図書編集部から著者インタビューがきた。
 その中に以下のような質問があった。

Q4 学習指導要領が改訂され、「主体的・対話的で深い学び」を実現する授業改善が求められていますが、本書はどのように活用できるでしょうか?

 それに対して、以下のように答えたことになる。

A 学習指導要領は、新しい学力(「主体的・対話的で深い学び」)と今までの不易な学力によって成り立っています。「味噌汁・ご飯」授業は、この不易の学力を身に付けるものです。
だから、新しい学力を支える「土台」づくりだと考えています。
 ★
 「アクティブ・ラーニング」と盛んに唱えられてきたことが、新学習指導要領では、「主体的・対話的で深い学び」という言葉に変わった。

 だが、学校現場は、質問にある通りに新しい学力を求める授業改善を無視するわけにはいかない。何とかしなければならないとなっているのであろう。

 私は、これからの対応に対して警告を発してきた。
 それには苦い経験を持っているからである。
 ★
 かつて平成元年の学習指導要領の改訂に伴い、「新しい学力観」に立った学習指導が強調された。 
  今から29年前ということになる。

 新しい学力観とは「自ら学ぶ意欲や、思考力、判断力、表現力などを学力の基本とする学力観」であるとしたのである。

 「あれっ」と思われるであろうか。
 「今と同じじゃないか!」と。

 そうなのである。
 私は、この時が1回戦で、今回は2回戦だと言っている。
 この時は、総合が導入された時期である。
 
 しかし、無残な形で惨敗した記憶がある。総合をうまく軌道に乗せたところは一部のところであった。
 ★
 最大の問題点は、今までの「不易な学力」をほとんど否定して、全てが「新しい学力観」に束ねていかなければならない言説が飛び交ったことである。
 
 私は、この渦中にいた。
 思い出しただけでも苦い経験である。

 漢字指導、基礎的な計算指導などきちんと覚え、習得しなければならないことを軽んじる実践に覆われた。
 かけ算九九などを覚えることを、嫌がる子供には無理に強いる必要はないと主張された。
 
 「できないというのも個性なのだ!」というめちゃくちゃな主張である。
  指導主事が率先して、そのように指導をした。
 教師たちは「そんなに無理をすることがないんだ」という思いで一気に指導を控えていった。

 その結果は無残なものであった。
 クラスには低学力児がぞろぞろ出現した。
 
 そして、その後遺症が今もクラスの低学力児をそのまま放置していくという形で続いている。
 ★
 こういうことが20年から30年前に起こったのである。
 私は、同じようなことが今回の「主体的・対話的で深い学び」で起こる可能性を憂えている。

 何が問題であったのか。
 繰り返しになるが、まとめておく。

 ①学校現場は、「新しい学力観」の実践が全てあるよう
  な雰囲気になり、「不易な学力」(基礎・基本)がある
  ことを無視したこと。
  (文科省が主導したことではなく、各教育委員会段階
   の指導が偏ったことになる)
 
 ②「指導すること」を極端に否定した。「指導すること」
  は「教え込み」なのだとする否定的な考え方が蔓延した。
  かわりに「支援すること」が求められた。
  全てが「支援だ、支援だ!」と主張され、指導案なども 変えられた。今もその後遺症がある。
 
  ③教師たちの多くは、こんな実践をしていたら、教科書
  が進まないので、研究授業では、「新しい学力観」に
  基づいた実践をし、「日常授業」は、ひたすら「教え
  込み」の授業に終始した。そうせざるをえなかったの
  のである。

 ④「新しい学力観」の考え方は、否定するものではなか
  った。今回の「主体的・対話的で深い学び」も、否定
  するものだと思っていない。むしろ、これから求めら
  れる学力としてきちんと対応していくべきである。
  だが、勘違いしてはならないのは、この新しい学力だ
  けで全ての学習を覆っていくことはできないというこ
  とである。
 
  今回の新しい学力を、中心になって追究してほしいの
  は、大学や高校である。
  かつての「新しい学力観」は、小学校だけが一番熱心
  に追究した。だから、無残に終わった。
 
  小学校は、本来の「不易の学力」にこそ中心をおくべ
  である。
  これできちんとした「土台」を形成すべきある。
  忘れてならないことになる。

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