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大切なことは、逃げないこと。

  2人の先生がコメントを出されている。

 前にも登場された先生たちである。
 何とかがんばっておられて、うれしくなる。
 kaamu 先生は、研究授業の様子を書かれていて、その後に次のように続けておられる。
 ★ ★ ★
 このブログにコメントを寄せられている方には、「このままこの仕事を続けていていいのか?」と悩む方々がいらっしゃいます。
私もその一人です。
運よく今年度実施された採用試験に合格しました。でも、この仕事を続けていいものかと日々悩んでいます。
でも、野中先生のブログを拝見していて、野中先生の温かいアドバイスと同じように悩んでいる仲間たちの存在になんとか励まされて仕事を続けることができています。
今日の研究授業を通して正直凹みました。でも、それと同時に今を新たなスタートラインとして次に向かっていきたいと思います。
とりとめのない長文かつ、なんだか愚痴みたいになって申し訳ありません。もう少しこの仕事を頑張ってみたいと思います。
投稿: kawamu |
 ★ ★ ★
 また、はらぐろ先生は、以下のように書かれている。
 
 ★ ★ ★
ご無沙汰しております。
以前、講師一年目で誰も頼れる人がいなくて限界です。とこちらで吐き出させていただいたはらぐろです。
先生のメッセージに慰められ、なんとか危機を乗り越えることができました。本当にありがとうございました。
遅くなりましたが、その後と現状をご報告させてください。
その後、管理職に本当に限界だと現状を洗いざらいぶちまけました。
その中で管理職に私の置かれている立場を知ってもらい、スクールカウンセラーによるカウンセリングを月に二度ほど受けています。
冬休みにゆっくり休養することができ、今年一年の仕事を整理することもできたため、三学期からは自然体で仕事をすることができています。
一緒に入っている特別支援担任は相変わらずですが、頼ることなく自分で判断ができるようになったため、かなり楽になりました。
 ★ ★ ★
 うまく解決するなんて、それはむずかしいことである。
 でも、2人には、前に進んでいこうという気構えが出てきておられる。うれしいことである。
 ★
 クラスが思うようにいかず悩み続けて、何とかあと1ヶ月ばかりにたどり着いた。
 教師の仕事は、3月が終わればそれで終わり。
 今までのことをリセットすることができる。
 また、新しい出直し。
 ここは、最高に良いのである。
  ★
 私の周りには、さまざまに悩みを抱えている先生たちがいる。
 今、教師の世界が、抱え込めないほどの課題を抱え込んでいて、それに先生たちが対応できなくなっているからである。
 まず、うつ状態になる。
 ひどくなると、学校へいけなくなる。
 ほとんどが「反芻」と「自分責め」を繰り返す。
 「反芻」とは、終わったことを何度も繰り返し頭の中で再生して、嫌な気分を味わうこと。これが鬱病の原因だと言われている。
 「自分責め」は、自信をなくすような思考の癖、やる気をなくすような思考の癖。
 この2つから脱していかなければ、レベルを上げていける状態にはなれない。
 
 これは、終わった「過去」(私は幻影だと言い切っている。確かに過去にそれはあったが、すでに終わっていて、気にしているのは私だけなのである)にとらわれて、いつまでも「現実」に踏み出せないことである。
 ★
 「マインドフルネス」という言葉を知っておられるだろうか。
 『世界のエリートがやっている最高の休息法』という本で有名になった言葉でもある。
 実は私もこの言葉を知ったのは、最近のことである。
 
 簡単に言うと、「今、この時間に、心を向ける方法」ということになる。
 この方法は、私の考え方に最も近い。
 
 私は、過去にも未来にもとらわれないで、「今、ここに、力を注いでいけばいい」という考え方を持っている。
 私たちは、いつも過去を悔やんだり、未来のことを心配したりして、気がつくと、実際に起こっていない幻想や妄想で頭の中をいっぱいにしがちである。
 これは、「頭の中で考えた幻想」と「現実」をごちゃまぜにしてしまって、「心ここにあらず」状態にしていることである。
 ここから一歩前に出て、「今」だけを思い、感じられてくれば頭の中がすっと整理されてくる。
 そして、この状態をいつも作り出してくれば、余計なことを考えないで、心が落ち着いてくる。
 実は、私はやっとこの状態にこれたかなと思っている。
 この状態を意図的に作り出していこうというのが「マインドフルネス」である。
 ★
 「マインドフルネス」の代表的な方法が、「瞑想法」になる。この他にもいくつかの方法があるらしい。
 私が読んだ本では、『はじめてのマインドフルネス』(NHKテキスト NHK出版 熊野宏昭著)、『1分間瞑想法』(フォレスト出版 吉田昌生著)がお薦めである。
 ★
 人生には紆余曲折がつきものである。
 現在は大激動期であり、大変革期。
 今までは経験でやれていたことが、通じなくなっていく時代。
 だから、敏感に勉強している人ほどさまざまな試練にぶちあたるのかもしれない。
 
 しかし、最も大切な生き方は、壁にぶつかったときに「逃げないこと」である。凌ぐこと。これが求められる。
 

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

 野中先生、kawamuさん、鈴木さん、みみこさん、コメントありがとうございます。

 状況は、更に悪くなってしまっています。僕自身、正常な精神状態ですごすことができなくなっていて、ありえないミスを繰り返してしまっています。保護者からの厳しい苦情もあり、平謝りするしかありませんでした。幸い、担任外の先生が空き時間にサポートに入ってくださることになったのですが(かなり厳しい状況だと、周囲にも知られているということです)、その先生がいないと崩れてしまいます。

 正直、死ぬことも考えてしまいます。考えるだけじゃなく、自宅のベランダの柵にまたがってみたり、カッターの刃を手首に当ててみたりしてしまいました。

 いつも温かいコメントを下さるのに、こんな状態で申し訳ありません。何とかあと二ヶ月、凌いでいきたいと思っています。

投稿: 童神 | 2017年2月11日 (土) 13時04分

童神先生、大変な状況です。
 すぐに心療内科に行って、先生に状況を説明し、診察を受けなくてはなりませんよ。すぐに病院へ行くことです。

投稿: 野中信行 | 2017年2月11日 (土) 15時26分

 野中先生、昼間はすみませんでした。

 僕は本当に、最低の担任です。教師失格です。クラス内のいじめも指導できず、僕に味方してくれるような、いい子が泣いてしまうクラスを作ってしまいました。

 僕は今でも、学級の子供達が大好きです。でも、僕が担任を続けていると、その大好きな子供達に辛い思いをさせてしまいます。自分がいなくなってしまった方が、この子達にとってはいいんだと、この頃よく考えます。

 休むことも考えたのですが、同僚の先生に迷惑をかけてしまいます。どうしたいいのか分からず、気づけば死ぬことを考えるようになっていました。

 もう、自分の教員のキャリアはここで終わっても構いません。子供達の心身をこれ以上傷つけないことだけが、今の望みです。

投稿: 童神 | 2017年2月11日 (土) 23時18分

童神先生へ
このブログをいつも読ませていただいている関東で教員をしている者です。
童神先生のコメントを読み、私も同じような経験をした事を思い出しました。
その時は卒業間近でクラスが荒れてしまい、子どもたちに嫌な思い出を作ってしまいました。童神先生と同じように「死んでしまった方が良い」と毎日、考えていました。
でも踏み止まりました。それは「自分が死んでしまったら、子どもたちに一生消えない傷を作ってしまう」と思ったからです。
そう考えた後は精神科に行き薬を貰い、沢山の先生たちに助けてもらい、迷惑をかけました。
そして、あれから何年か経った今でもクラスの事で悩み、「自分は教員に向いていないかも」と思い悩みながら過ごしています。でも昔と違うのは、自分で自分を責め続けずに「子どもは子どもの人生を生きている。自分だけが彼らの人生の責任を負う立場には無い」と客観的な立場で捉えられるようになったと思います。
まずは野中先生の言うとおり、病院に行ってください。いろいろと考えるのはその後でも遅くはないはずです。

投稿: けん | 2017年2月12日 (日) 12時01分

夜分に失礼します。kawamuです。

今回は私のコメントを取り上げて頂き、ありがとうございます。

私は、この前の金曜日からインフルエンザになってしまって今日から復帰でした。
インフルエンザで休んでいる間に生徒指導上の問題があり、学年の先生方に対応していただいたのですが、今日は一日その対応に追われていました。

3日間教室を空けていたのですが、学年の先生方に言われたのは、「クラスが緩んでいる」ということでした。
確かに、他の2クラスに比べて、私のクラスは緩いと思います。
それは、半分意図的に緩くしていたところもあれば、緩んでいたというのも事実です。

具体的には、宿題などの提出物が出ない、卒業に向けて起立や礼などの練習をしているのですがそれが中途半端といったことでした。
子どもたちの話を聞くと、私のいない間、主任の先生にはすごく怒られたとのことでした…。

私には、その言葉の裏に「あんた普段、学級でなにやってんの?」と否定的な事を言われているような気になってしまいました。

3年前に相談に乗っていただいたときも、縦糸の張り方が失敗してしまったということだったのですが、あれから3年経っても縦糸の張り方は難しいなとつくづく思います。

逆に、他の2クラスの担任の先生方は、いわゆる「バリバリの先生」です。私はなかなかこの先生方に合わせることができないまま2年が過ぎようとしています。

そんな緩んでしまっている学級ですが、私は5年で担任を持った時から、「あたりまえのことをあたりまえにやる」ことが大事だと子どもたちに話してきました。

一つだけ自慢というか、私が誇れることは、
「チャイムと同時にあいさつ。チャイムと同時に授業を終わる。」ということです。
ほんとにただ一つこれだけですが、これだけは子どもたち全員に浸透し出来ていることです。

この前の研究授業では、授業の中での冗談や話し方が子どもたちの集中を削いでいるのではないかと指摘され、「その通りだよな。」と思いつつもショックを受けました。

あと30日もしないうちに、この子たちは卒業してしまいます。

今から新たに何か始めることもできない時期ですし、私はこれからも残りのわずかな時間、ブレずに「あたりまえのことを、あたりまえに。」と言い続けるしかないんだなと思います。

くり返しになりますが、つくづく縦糸を張るということは難しいと思いました。縦糸を張り続けるということは、教師として子どもたちの前に立ち続けることなんだと痛感しています。

また愚痴のようなコメントになってしまいましたが、周りに何を言われようが、残りの期間を担任として子どもたちの居心地のいい、居場所となれる学級づくりを目指して、子どもたちの前に立って(立ちはだかって?)いきたいと思います。

投稿: kawamu | 2017年2月15日 (水) 22時56分

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