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2016年12月

きこ先生の質問に答えて

  きこ先生から質問がありました。


  ★ ★ ★
こんにちは。以前中学校で講師をしていて叱ることができないことについて質問しました、きこです。なかなか実践は出来ていなく反省の日々です。
つい先日急遽1月から小学校に異動することが決まりました。まだ打ち合わせもしておらずほとんど情報がありません。(怪我で療養している先生の代わりで恐らく4年生。その先生は2月末に戻る。担任になるか専科かもよく分からない。一度その学校に授業研に行って3年生を見たときはあまり授業規律がなってないかなーと思った)そのような中で私はどんなことを気をつけていけば良いでしょうか。今年の4月に中学校に赴任したときは甘くて威厳が全くなかったので小学校ではある程度厳しめにいかなければいけないかなと思っています。ちなみには今日、野中先生の1ヶ月のシナリオ買いました!

投稿: きこ
 ★ ★ ★

 4年生の、一時的な担任になるかもしれないのですね。
 2ヶ月ほどの期間になりますね。

 この期間で何かやろうとすることはありません。
 担任の先生の今までやられてきたことを踏襲していけばいいのです。

 だから、先生との打ち合わせをきちんとしなければいけません。
 すんなりと今まで通りになれば、子供たちは安心しますから。

 分からないことがあったら、子供たちに「これは今までどのようにやられていたんですか?」と聞けばいいのです。

 厳しめというより、「教師」という姿勢で臨めばいいだけですよ。ダメなことをしたときには、きちんと叱ればいいのですよ。

 でも、横糸(子供たちと心の通じ合い)を数多く張ってくださいよ。
 子供たちとよく遊ぶこと。
 
 子供たちと笑い合うことがあったら、なおいいです。
 そのことで、簡単なゲームをしたりすることはいいですよ。  中村健一先生の『73のネタ大放出』(黎明書房)を手に入れて、子供たちと笑い合ってください。

  そして、どんどん子供たちをフォローすること。
 フォローとは、ほめたり、認めたり、励ましたりすることなどです。
 これはむずかしいことだと思われるでしょうが、大切なことです。子供たちのちょっとした「良い行為」を「〇〇さんの〇〇はとても良いですね!」と。大げさにほめて良いのですよ。

 だから、3日間で全部の子供たちの名前を覚えること。
 これは必須のことです。
  座席表を作って、まず順番に名前を覚えること。
 そして、顔と一致させていけばいいのです。

  きこ先生、この2ヶ月は神様が与えたくれた貴重な時間と思って(笑)、子供たちとの付き合い方をマスターしてください。がんばってくださいよ。
  ★
 ここまで書いて、追記としてきこ先生から担任ではないことのコメントがありました。
 
 そうすると、そんなに大変ではないですね。
 でも、基本は同じです。
 
 名前は早く覚えるのですよ。
  国語の授業の間に、余裕があればゲームを5分間ぐらい取るのがいいですよ(できるだけ見に来ている先生がいない時にやるんですよ<笑>)。
 
 子供たちは、このような時間が大好きですから。
  ★
 たった2ヶ月のことですが、教師として何を子供たちに印象づけるかということ。
 このことはとても大切なことなのです。

  私が教師になろうとしたときに、思い出した先生は、2人です。
 1人は、小林先生。
 もう1人は、名前も知らない先生です。

 小林先生は、3年生の時、担任の先生がお休みで代わりに1時間だけ補助にこられた隣の先生でした。

 お話をしてもらいました。
 そのお話のおもしろいこと、おもしろいこと。

 ずっと私の心に残り続けました。
 そして、私が教師になるとき、子供たちに絵本を読み聞かせたり、お話をしたりする教師になろうと思わせたのは、この小林先生の1時間だけのお話でした。

 もう1人の先生は、ほんとに名前も知らない先生です。
 2年生の時でしょうか。
 私は、選抜で隣の附属小学校での歌声コンクールに参加しておりました。ラジオ放送です。
  朝、校庭で友だちと遊んでいると、知らない先生が自分の学校の子供たちを連れてきて、
 「山の方から来たんだけれど、町の子供たちがどんな遊びをしているか、教えてくれないか?」と私たちに告げたのでした。
 一緒に遊びました。
 私が印象に残っているのは、その時の先生の態度です。
 そのさわやかさは、ずっと私の心に残り続けました。
 ほんの20分ぐらいの時間でした。
  ★
 私は、何を言いたいのでしょうか。
 それは、子供たちとの関係づくりは、時間の多さとかではなく、短い時間の中でも十分だということです。
 
 きこ先生が2ヶ月間で、どのような教師として子供たちに接していくか、それが大切なのですよ。
 がんばってほしいです。

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新人教員 10年で少なくとも20人が自殺

   9時からのNHKのニュースで突然以下の内容の放送がなされた。見られた方は、びっくりされたのではないか。

 学校現場でとんでもないことが起こっているのである。
 
 私が以前から警告してきた通りのことが起こっている。
 暗澹となる。
   ★ ★ ★
新人教員 10年で少なくとも20人が自殺
12月23日 19時00分
精神疾患などにかかる公立学校の新人教員が急増し続ける中、この10年間で、少なくとも20人の新人教員が自殺していたことがNHKの取材でわかりました。教員は新人でも担任をもったり、保護者に対応したりする必要があり、専門家は「新人教員は即戦力として扱われ、過度なプレッシャーを受ける。国は自殺の現状を把握して、改善を図るべきだ」と指摘しています。
学校の教員は採用されたばかりの新人でもクラス担任や部活動の顧問を任されたり、保護者に対応したりと、ベテランと同じ役割が求められています。
文部科学省によりますと、昨年度、精神疾患などの病気を理由に退職した新人教員は92人で、平成15年度の10人と比べて、急激に増えています。
さらにNHKで、昨年度までの10年間に死亡した新人教員、合わせて46人の死因について、取材した結果、少なくとも20人が自殺だったことがわかりました。
このうち半数の10人が採用から半年以内に亡くなっていて、なかには4月の始業式から2週間余りで自殺していた新人教員もいました。
詳しい自殺の動機は多くの遺族が民間企業の労災にあたる公務災害を申請していないため、不明ですが、おととし自殺した福井県の中学校の教員の場合は時間外労働が月に最大160時間を超え、部活動や保護者の対応に追われていました。
また、同じく自殺した関西地方の教員は担任を任されていましたが、生徒などとの関係に悩んでいたということです。
新人教員の自殺の実態について、文部科学省は把握しておらず、教員の公務災害などに詳しい川人博弁護士は「教員は採用されてすぐに担任を受け持つなどいきなり即戦力として扱われるうえ、理不尽な保護者への対応もあり責任やプレッシャーが大きい。国は自殺の現状を把握して、改善を図るべきだ」と指摘しています。
新人教員の自殺 実態は
福井県の新人教員だった嶋田友生さん(27)は、おととし10月、自分の車の中で、みずから命を絶ちました。取材に応じた父親の富士男さんは、「教員になって半年でこういうことになるとは予想もしていなかった」と振り返りました。
友生さんは、なぜ自殺したのか。そのいきさつを知る手がかりが友生さんが毎日つけていた日記にありました。赴任した初日の日記には「目の前の子どもたちのために初心を忘れたくない」と決意が記されていました。1年生の担任と野球部の副顧問を任された友生さん。夢だった教員となり、大好きな子どもたちのためにと日々努力しました。
しかし、次第に日記には「日付が変わるまで戻れない日々」、「休んではいけないという脅迫観念」、「今、欲しいものと言われれば、睡眠時間」。こんな記述が増えていきました。そして、ついには「死という言葉が頭に」という記述が現れました。
当時の友生さんの勤務表を見ると、毎朝7時ごろに出勤し、深夜帰宅の日々が続いています。土日も部活動や授業の準備のため働いていました。6月の休みはわずか2日。時間外の勤務も最大で月160時間に及んでいました。
当時の様子を父親の富士男さんは、「帰宅すると2階にある自分の部屋にたどり着けず、そのまま1階で寝てしまうことが多くなった。食事も取らなくなったり、精神的に追い込まれている様子だった」と話しています。
そして10月、体のだるさを訴え、学校を休んだ友生さん。昼すぎになり、家族に「出勤する」と言い残して家を出て、そのまま命を絶ちました。日記の表紙には、『疲れました。めいわくかけてすみません』と記されていました。
ことし9月、友生さんの自殺は「長時間労働や保護者対応など強度の精神的、肉体的なストレスがあった」として公務災害と認められました。父親の富士男さんは「教員の皆さんには、学校の働き方が非常識だということに気付いて欲しい。息子と同じ過ちを繰り返さないで欲しい」と話していました。
職場全体が疲弊 管理職も放置
関西地方で教員となって2年目の女性も、おととし新人教員だった友人が自殺した経験があり、今回、新人教員の実態を知って欲しいと取材に応じました。
この教員は、中学校に赴任してすぐに担任を任せると告げられました。当時の心境を「かわいい子には旅させろ、がけから落とされた気分でした。いきなり担任と言われ、学級開きと言われても何していいかわからない。ありえない失敗をたくさんし続けました」と振り返りました。
初めての担任で子どもたちと向き合うだけでも大変なところに、保護者への対応、さらに部活も担当しました。勤務は早朝7時から深夜まで。土日もほとんど休むことはなかったといいます。さらに、管理職からは若手教員に対して、国が導入を決めた道徳の教科化やアクティブラーニングなどにすぐに取り組むよう求められました。
教員は何度も周りの同僚に相談しようと考えました。しかし、学校には若手の教員が多く、みんなが忙しそうにしているためできませんでした。校長など管理職の姿勢にも疑問をもったといいます。教員は「周りの先生も疲弊していた。助けてと思っても、みんなが助けてという状態だったので、その空気感がしんどかった。管理職は『はよ帰れよ』と言うだけだった。帰りたいけど帰れないと言っても関心がない。何でこんなに遅くなっているんやと聞いてもらえれば、よかった」と話していました。
専門家「国は職場の改善を」
教員などの公務災害に詳しい川人博弁護士は、「民間企業は採用後に一定の研修期間があるが、教員は採用されてすぐに担任となり、子どもや保護者との関係で責任を課せられることが多い。新人には精神的にも身体的にも過度な負担がかかっている」と指摘しています。
そのうえで、「学校の中には採用して1年間は研修期間と明確に位置づけて、担任を持たせない学校もある。国は新任教員の問題がどこにあるか課題を明確にして職場の改善を図る必要がある」と話しています。
 ★ ★ ★
 都市圏の初任者は、もはや大学出たてでは担任できなくなっていると、私は考えている。どれほどの情熱とやる気があっても、困難なのである。
 
 初任者の力量では、一部の子供たちや、一部の保護者たちに対応できないためである。
 そして、担任をしながらの大量の仕事量は、初めての初任者では対応していけない。
 
 どうすればいいか。
 1年目は担任を持たせないで副担任にする。
 そして、その間にいくらか授業をさせ、子供の様子を見させることである。
 しかし、それができる余裕が学校にない。
 だから、必然的に上のような事態が起きているのである。
  緊急事態が起きているのである。
 すぐさま文科省、教育委員会は、対応を検討しなければとんでもないことになる。
 
 

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つれづれなるままに~7月に算数の「味噌汁・ご飯」授業本が出版される~

●12月15日、新幹線で三島へ行く。

 静岡教職員組合三島支部から呼ばれての講座である。
 
 今回は2回目。組合員からの要望であるということ。
 ありがたいことである。
 
 夕方6:30の開会。
 先生たちは、授業を終えて集まってこられる。
 大変なことである。
 
 学級経営についての話を90分する。
 静岡はまだまだ子供たちが落ち着いていて、深刻さはない。
 
 びっくりしたのは、講座があるM小学校のトイレ。
 男子トイレへ入ると、男子用便器がない。
 
 「ありゃ、女子トイレに入った」と思い、急いで入り口をみると、いやいや男子トイレである。
 見ると、全部個室になっているのである。
 
 初めての経験。
 これはいいなあ。この個室になっていると、男子が学校のトイレでウンチができないということがなくなる。実際には深刻な事例があるのである。
 
 講演では、先生方はとても熱心に聞いてもらえる。
 この熱心さが三島の教育を支えているのであろう。
●算数の「味噌汁・ご飯」授業が、来年の7月に刊行されることが本決まりになる。
 国語の「味噌汁・ご飯」授業を刊行したのが2014年の4月である。
 
 3年の月日がかかったことになる。
  やっと、やっと、というところである。
 期待していただきたい。
●来年の1月下旬に、九州から呼ばれている。
 宮崎の西都市教育委員会と、福岡県の三井郡大刀洗町立本郷小学校である。
 
 西都市は、日常授業の改善というテーマで取り組まれている。
 また、本郷小学校も、日本教育新聞に掲載された「味噌汁・ご飯」授業のことについて講演をお願いしたいという要望から実現した経緯がある。
 
 両方とも、私が実際に「味噌汁・ご飯」授業をすることになっている。楽しみなことである。
 少しずつ、私たちが主張している「味噌汁・ご飯」授業が広がっている。
●明治図書からゲラが送られてくる。
 北海道岩見沢市立南小学校の先生たちが書いた本のゲラである。
 
 私が監修ということになっている。
 この学校も、道教委の学校力向上事業を推進している学校の1校になる。
 2月の刊行となる。
 
 これで学校力向上の学校の本が3校揃うことになる。
 
 算数授業をテーマにして書かれている。
 
 第1章教科書を200%活用した日常授業の改善
 第2章全員がわかる・できる算数の指導案&授業づくり
 第3章Before After  で見る教科書の活用のポイント
 第4章ユニバーサルデザインの算数の授業づくり

 いずれも「日常授業」の改善が大きなテーマになっている。

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「研究」ではなく、「研修」である!

  先のブログで、以下のような指摘をした。

  これには、かなりの反発があるのだと思われる。
 
 特に、学校の研究分野を背負っている先生たちにとって、とても譲れない分野になるのかもしれない。
 
 中でも、「そうすると、これはもう『研究』ではなく、『研修』になっていく。
 一学校で、「研究」なんかどだい無理な試みである」というところなどはとんでもないということになる。
 
  私も、37年間の教師生活の中で、研究を提案し、実践してきた。だから、自己批判として提起しているので勘弁してほしい。
 
 ★ ★ ★
 私たちは、学校で行う研究授業は、「ごちそう授業」の追求ではなく、先生たちが毎日行っている「日常授業」の改善として追求すべきだと考えている。
 テーマは、「日常授業」の改善。
 これでいいのである。
 日頃やっている授業に、少し工夫を凝らして提案し合う。
 そして、互いに検討し、明日の授業につながる話し合いにしていく。
 日頃できないことをしない。
 べたべたと貼り紙をする授業。
 教室中に張り巡らした模造紙。
 こんなことは日頃しないし、できない。
 そうすると、これはもう「研究」ではなく、「研修」になっていく。
 一学校で、「研究」なんかどだい無理な試みである。
 私たちは、そういう原点に戻っていくべきだと、考えている。 
  ★ ★ ★
  「研究」を否定しているのではない。
 それは大学の附属の学校とか私立の学校において成り立つのかもしれない。
 
 ただし、研究テーマは限定して、研究成果をきちんと上げていく試みでなければならない。
 日本を背負っていくようなテーマでは所詮同じである。
  ★
 私は、この5年間の間に千人近くの先生たちの授業を見てきた。授業参観を繰り返すうちに、「これは大変だ!」「先生たちは、何をしてきたんだろう?」という授業に数多く巡り合った。

 正確に言うと、初任の段階で身に付けなくてはならない、基本的教育技術を身に付けないままに、中堅やベテラン教師になっているのである。

 だが、一体どこでその教育技術を身に付けるんだろうと考えてみると、その場所や機会がない。
 もちろん、大学では教えない。教えられる教師があまりにも少ないし、そういうカリキュラムもない。

 現場に入っても、そのことを身に付けるところはない。
 かろうじて初任者指導の段階で身に付けなければならないが、指導者が基本的な教育技術を分かっていなければどうにもならない。
 ★
 もう一つ痛切に感じられたのは、研究授業のことである。
 あまりにも大きな研究テーマを掲げていて、その追求に汲々としている。
 真面目な学校ほど、先生たちはその追求に追われている。

 その結果、どうなっているのか。
 授業力は、さほど向上していない。
 授業が空回りしているのである。

 先生たちの授業力の向上はなく、たいそうな研究テーマだけが聳えているという光景なのである。

  ★
 私は、これではダメだと痛切に感じた。

 「日常授業」を支える先生たちの授業力の向上がないのである。

 一学校では、「研究」では、もうダメであると言い切りたい。
 「研究」とは、未知のことがらに、理論を打ち立てることである。
 「研修」とは、効果のある方法を身に付けることになる。

 野口芳宏先生は、次のように言われている。
 ★ ★ ★
 「研究」は、子供を変える方法や考え方を一から追究すること。「研修」は、教師自身を変えることを目指すこと。
 ★ ★ ★

 一学校が、今問われていることが、「研究」なのか、「研修」なのか、一目瞭然ではないだろうか。
 
 研究を支えている先生たちに言いたいのだが、いまやられている学校の研究活動は、習慣的に、今まで学んできた方法を駆使してやっているだけではないだろうか(私がそうだったからだが…)。
 
 一度、ほんとうに今それが必要であるかどうか、それが先生たちの授業力の向上につながるのか、ぜひ問いかけてほしい。
 ★
 北海道の北広島市立大曲小学校は、「研究」から「研修」に大きく舵を切って、大成功を収めた学校である。
 本来は「大成功」などというのは、学校の活動にとっては無縁の言葉なのだが、そう言い切りたいのである。

 何が変わったのか。
 さまざまな変化がある。

 先日、この学校から他の学校に異動した1人の先生の授業を見た。
 その学校全体の先生の中で、格段の授業力の違いを見せていた。
 抜きんでているのである。

 大曲小は、こうした教師たちを育ててきたのだと、しみじみと感じた。

 要するに、教師たちの授業力を向上させなくてはならないのである。
 その課題ははっきりしている。

 何をこの学校はやってきたのか。
 それは『学力向上プロジェクト』(大曲小学校著 明治図書)を読んでいただきたい。

 

 
 

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土井善晴さんの『一汁一菜でよいという提案』を読んで

  タイムリーなことである。

 期せずして、料理家の土井善晴さんの『一汁一菜でよいという提案』(グラフィック社)が出版される。

 「食は日常」というはじめで、「この本は、お料理を作るのがたいへんと感じている人に読んで欲しいのです」という書き出しをされている。

 ★ ★ ★
 だれもが心身ともに健康でありたいと思います。一人の力では大きなことはできませんが、少なくとも自分を守るというのが、「一汁一菜でよいという提案」です。

 暮らしにおいて大切なことは、自分自身の心の置き場、心地よい場所に帰ってくる生活のリズムを作ることだと思います。その柱となるのが食事です。一日、一日、必ず自分がコントロールしているところへ帰ってくることです。
 それには、一汁一菜です。ご飯を中心とした汁と菜(おかず)。その原点を「ご飯、味噌汁、漬物」とする食事の型です。
 ★ ★ ★
 読みながら、納得することばかり。
 私たちが提案した「味噌汁・ご飯」授業と通じるところがいっぱいあって感激する。

 また、このようにも書いてある。

 ★ ★ ★
 日本には、「ハレ」と「ケ」という概念があります。ハレは特別な状態、祭り事。ケは日常です。日常の家庭料理は、いわばケの食事なのです。手間を掛けないでよいそのケの料理に対して、ハレにはハレの料理があります。そもそも、両者の違いは「人間のために作る料理」と「神様のために作るお料理」という区別です。それは考え方も作り方も正反対になるものです。
 ★ ★ ★
 まさしく、私たちが提案した「味噌汁・ご飯」授業と「ごちそう授業」の違いが浮かんでくるはずである。
  ★
 私たちが「味噌汁・ご飯」授業としての「日常授業」の改善を提起しているときに、料理界ではこうして土井善晴さんが、「一汁一菜」として日常の家庭料理を提案されている。

 これは何かなのだと、私は考えてしまう。

 ★
 日本の「授業研究」は、今までずっと「ごちそう授業」を追求してきた。
 それは、日本全国の学校で「研究授業」として具現化されていたはずである。
 1,2時間の研究授業で、日頃やっていない授業を作り出して、それを互いに検討し合う。
 
 そして、その研究授業が終わったら、また違う日頃の授業に戻っていく。
 
 研究授業は、多くの時間をかけ、多くの手間をかけ、素晴らしいと思える授業を作ろうとする。
 しかし、日頃の「日常授業」は、指導書を斜め読みしたぐらいのお粗末な授業。
 それが多くの教師たちの「日常」である。

 このことで、何が変わったのか。
 私たちは何も変わらなかったと言い切っている。

 当たり前ではないか。
 1,2時間の研究授業にどんなに精力的に力を注いでも、1000時間以上の「日常授業」は、お粗末なままだからである。
 
 だから、教師の授業力も、子供たちの学力も上がることはなかった。そう言い切っている。
 ★
 「ごちそう授業」を否定しているわけではない。
 1年に数回は取り組んだ方がいい。そのことで、教材分析の仕方や指導方法などの向上につながる。間違いない。

 だが、「日常授業」には、そんな時間はない。
 
 私たちは、むしろこの「日常授業」をこそ、改善していくことが必要であると強調している。
 土井善晴さんが提起している「一汁一菜」の、そんな授業を作り上げるべきだと考えている。

 時間はない。だから、私たちは「教材研究」ではなく、「授業準備」の時間として、短い時間を考えている。

 だから、「ごちそう授業」と、「日常授業」は、考え方も作り方も違ってくるのである。
 これは、土井さんもハレとケの概念で強調されている。
 ★
 そうすると、「『研究授業』で『ごちそう授業』をやり、『日常授業』はそれなりにやることでいいじゃないですか?」と言われる先生がいる。
 「こんなに忙しいのに、『日常授業』にまで手を出していくのはしんどいことです」と。

 ここには、毎日「ごちそう授業」をやらなければならないという思いがある。
 「ごちそう授業」と「日常授業」がごちゃまぜになっているのである。

 私たちは、そんな提案はしていない。
 ★
 教師が一番豊かになるのは、「日常授業」がうまくいったときである。
 毎日毎日行う授業の中で、子供たちが集中して取り組み、満足した顔つきをしている時、教師は一番豊かになる。

 ここへ帰って行くことである。
 
 繰り返しになるが、土井さんの言葉を引けば次のことなのである。
  ★ ★ ★
 暮らしにおいて大切なことは、自分自身の心の置き場、心地よい場所に帰ってくる生活のリズムを作ることだと思います。その柱となるのが食事です。一日、一日、必ず自分がコントロールしているところへ帰ってくることです。
  ★ ★ ★
 教師は、これが食事ではなく、授業だということである。

 ★
 私たちは、学校で行う研究授業は、「ごちそう授業」の追求ではなく、先生たちが毎日行っている「日常授業」の改善として追求すべきだと考えている。

 テーマは、「日常授業」の改善。
 これでいいのである。

 日頃やっている授業に、少し工夫を凝らして提案し合う。
 そして、互いに検討し、明日の授業につながる話し合いにしていく。

 日頃できないことをしない。
 べたべたと貼り紙をする授業。
 教室中に張り巡らした模造紙。
 こんなことは日頃しないし、できない。

 そうすると、これはもう「研究」ではなく、「研修」になっていく。
 一学校で、「研究」なんかどだい無理な試みである。

 私たちは、そういう原点に戻っていくべきだと、考えている。 
 
 

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mota先生に会った!

  ブログにコメントに何度も登場されていたmotaさんにお会いした。

  北海道の花川小の講演の場所である。
 
「motaです」と言われたときは、ブログのmotaさんとは一致しなかった。分かった時は、びっくり。
 まさか北海道の先生とは予想だにしなかったのである。

 もっと西の京都か大阪の先生なのかと、思っていたからである。こんな出会いもあるのである。
 mota先生は、以下のようにコメントされている。 
  ★ ★ ★
motaです。
花川小で念願だった野中先生にお会いでき、
また気さくにお話ししていただき、嬉しくて
思わず涙がでました。ありがとうございました。
小刻み指導、テンポの重要さ…改めてたくさんの
ことを勉強させていただきました。
また研修させていただきたいです!
 ★ ★ ★

 大変な北海道だったが、mota先生にお会いしたこと、とてもうれしいことであった。







 


 

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つれづれなるままに~北海道で大変な目に遭う~

●12月7日(水)13:30発の新千歳行きの飛行機に乗る。

 快適である。新千歳空港も晴れている。
 
  すぐに常宿にしている新札幌のアークシティホテルへ行く。
 ここは駅まで1分。どこへ行くにもとても便利なホテルである。また、朝食がおいしいので気に入っている。
 
  夜、S先生と会い、一献。

●12月8日(木)5:30起床。仕事をする。
 9:08の電車に乗る。9:49手稲駅に教頭先生が向かえに見えている。
 
 今日は、石狩市立花川小学校の学校訪問である。
 この学校へ来るのは2回目。
 
 でも、1回目は(4年前)冬休みだったために、先生たちの授業を見ていない。子供たちの様子も見ていない。
 今回初めて授業も子供たちも見るのである。
 楽しみにしていた。
 
 この学校は、学校力事業(今23校)の中でも、学力はトップの学校で、全国平均より10点程度上の成績。北海道でこのような成績を上げるのは大変なことである。
 
 4時間目、14クラスの授業参観をする。
 1クラス2分40秒と設定。
 
 私がストップウォッチを持って回る。
 2分40秒で何を見るかである。
 
 ところが、この設定がうまくいかず、6年生の2クラスへはたどり着けなかったのである。失敗、失敗。
 ★
 5時間目に私のいつもの国語の詩の授業。
 3年2組。初任の先生のクラス。
 おもしろいクラスだった。
 ★
 午後、90分の講演を行う。
 ★
 夜、新札幌へ戻り、そこで懇親会を開いてもらう。
 若い先生たちも交えて、授業談義。
 いやいや、楽しい会であった。

●12月9日(金)6:00起床。
 9:29の電車に乗る。
 
 電車から降りると道教委石狩局のA指導主事が待っておられる。
 またまた、一緒である。先日も若草小で一緒だったのである。
 雪が降っている。大雪である。
 
 千歳市立桜木小学校の学校訪問。
 この学校には2年前に訪れている。

 4時間目には早速私が授業をする。
 今回は道徳の授業。
 
 3年2組。初任の先生のクラス。
 これも楽しい授業。
 3年生ぐらいだと、何を言っても笑ってくれる。

  5時間目は、公開の授業研究会。
 今度こそ全部のクラスを回れるようにする。
 3分の授業参観。12クラス。

 そして、その後講演。80分。
 千歳の初任者も参加していて、急遽初任者を意識した内容を付け加える。
  ★
 夜、またまた新札幌に戻り、懇親会を開いてもらえる。
 おいしい海鮮料理に舌鼓を打つ。
 それからまた千歳のルートインホテルへ戻る。
 
●12月10日(土)7:00起床。
 外を見ると、大雪である。
 
 すぐに「これは飛行機が飛ぶのだろうか?」と心配になる。
 9:20ホテルのバスで新千歳空港に急ぐ。

 12:00の飛行機。
 搭乗手続きが中断中になっている。

 だが、この時までは大変な事態になることを予想だにしていなかったことになる。

 昼前に乗る飛行機が欠航になる。
 初めてのこと。
 どうするか、となる。

 とりあえず、欠航の手続きをしなければならない。
 ものすごい数の人たちが並んでいる。
 
 並ぶ以外にない。
 並びながら、泊まっていたルートインホテルへ連絡。
 運良く取れる。

 4時間並ぶ。
 そして、伝えれたことが「明日の飛行機は全部満席です。キャンセル待ちしかありません。明日朝6:30から開きます」ということ。
 
 たったこれだけに4時間も並ばなければならなかったのである。
 
 JALのカウンターは、2人のいつもの対応をしている。
 こんな大雪の非常事態は想定されるはずだが、それに対応できていない。大失態であろう。
 
 稲盛さんが会長になって大改革をしたことで、JALは良くなったということで、私もJALの会員になった。
 それが、こんな大失態をしている。あきれかえる対応である。

 やっと3時30頃になって、他のカウンターでも業務を始める。私は4時間並んだのだが、きっと5,6時間並んだ人も多かったと思われる。
 
 その日、空港に泊まった人たちは数多くいたという。
 12日現在でも1000人の人たちが空港にいるというテレビ放送。
 ★
 10日は、運良く昨日泊まったホテルを取ることができた。
さて、11日。雪は降り続いている。
 朝5時に起きて、タクシーで空港へ駆けつける。
 6:30のキャンセル待ちに並ぶ。
 
 6:30になったら、ずらりと職員がカウンターの前に並び、深々と挨拶をして業務が始まる。
 昨日の対応への抗議が数多かったのであろう。

 テキパキとした対応。これで良いのである。
 この対応をどうして昨日できなかったのか。

 羽田行きは5番目のキャンセル待ちだという。
 9:00発の飛行機が取れる。
 
 乗り込んだが、動かない。
 滑走路が閉鎖されたからである。
 
 一旦飛行機を降りて、ロビーで待機。
  その間にも次の羽田行きの飛行機は欠航になる。
 
 11:50に再び乗り込む。
 やっと12:05に動き出す。
 
 丸24時間待たされたことになる。
 飛び立ったときの安堵感は大変なものである。
 こんなに羽田が遠いものだと思わなかった。

 13:38に羽田へ降り立つ。
 ここはもう別天地。
 晴れ渡り、穏やかな気候。

 もうしばらくは北海道は勘弁してほしいと、しみじみと思う(笑)。
 と言っても、また来年の1月10日は今度はもっと寒い北見へ行くのだが…。
 
●12日に起き出して、元気であることに気づく。
 北海道の後遺症がない。
 
 予定も詰まっている。
 5日間に溜まったメールの返信をする。

 すぐに15日の三島での講演会の準備。
 まだ、資料を送っていない。
 急ぎ午前中で仕上げ、送付する。

 連載の教育新聞の原稿も気になる。
 午後から取りかかる。

 数えてみると、あと18日で今年も終わりなのだ。
 何という日々を送っていることか。
 
 







 


 

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つれづれなるままに~またまた、北海道です~

●山田太一のドラマスペシャル「5年目のひとり」を見た。

 山田太一という脚本家が、3.11の震災を経て5年目に何を考えているのか、それを知りたいという思いであった。
 重い課題だったが、自分は3.11から何を学んできたのかと、突きつけられた思いになった。

●54年ぶりの雪。朝方から雪が降った。
 寒い、寒い。この寒さも、54年ぶりという。
 さまざまな異常気象が、私たちを襲ってくる。
 こんなに異常が続いたら、異常が普通になっていくのでは
ないかと思ったりする。

●11月29日から12月1日まで北海道札幌へ行った。
 恵庭市立若草小学校を訪問するためである。
 私は道教委の学校力アドバイザーを務めていて、学校からお呼びがかかれば、こうして訪問することになる。
 
 雪の北海道である。とにかく寒い。
 
 30日に若草小学校を訪問する。
 3,4時間目で授業を見せてもらう。
 1学年3クラス、4クラスある学校なので大規模校になる。
 1クラス4分程度で回っていく。

 子供たちは落ち着いていて、学習への集中度も良い。
 
 そして、午後の5時間目の私にも授業をさせてもらう。
 授業をした方が訴えることが明確になるからである。
  6年生のクラス。
 素晴らしいクラス。こんな6年生にはなかなか巡り会えない。
  午後から近隣の先生方も見えていて、授業を参観してもらった。
 そして、その後80分の講演である。
 学力をどのようにして上げるかを中心にして話をする。

●また、今週も北海道へ行く。
 今度は、2つの学校を訪問する。
 もう千人近くの先生たちの授業を見てきていることになる。
 これだけ場数を経れば、授業のどこを見ればいいかが分かってくる。
 そこに授業力が集約される。
 ★
 だが、最近気づくのだが、先生たちはむずかしいことばかりに手を出して、基本的なことが疎かになっている。
 
 ある学校で、校長先生から「先生、あの2つのクラスがちょっと不安定で困っています。どこが問題なのか見ていただけませんか?」と頼まれたことがあった。
 
 1つのクラスを見る。
 元気で、意欲的な先生。でも、子供は落ち着かない。
 しばらく見ていると、先生が指示を出される。
「ノートをしまいます」という指示。子供たちは、テキトウにしまっている。そしたら、しまっている途中で、次の指示。

「あららら…」と。この先生は、指示を出したら、きちんと確認しないままに次の指示を出す。それが習慣になっているのである。
 子供たちが不安定になるのは、ここなのだ。
 要するに、「指示―確認」という基本的な教育技術をこなしていないのである。
 ★
 もう1つのクラスを見る。
 クラスに行ったとたんに、おかしなことに気づく。
 その先生、子供の顔を見ないで話しかけている。
 教科書を見たり、ノートを見たり、黒板を見たり、…時々ちらっと子供を見る。
 
 このようなことを繰り返している。
 子供たちが不安定になるのは、ここなのだ。
 教師は、子供たち一人一人とコンタクトを取りながら、話しかけなければならない。
 
 それができていない。
 これも基本的な教育技術なのだ。

 初任の時、このような基本的なことを身に付けてきていないわけである。
 でも、今でもきちんと指導してあげなければ、なぜクラスが不安定になるのか半信半疑であろう。 
 
 土台をきちんと積み上げないまま、むずかしいことをやろうとする。
 でも、現実的にはできないわけである。
 
 

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