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2016年11月

童神先生のクラスが落ち着いてきている!

  童神先生から、その後のクラス状況の報告があった。

 うれしいことである。
 一時体調を崩していたということであるが、これで一気に良くなるはずである。見通しができたのである。
 
  ★ ★ ★
 野中先生、ご無沙汰しております。その節は色々とご助言ありがとうございました。

 あれから、クラスが少しずつ落ち着いてきています。もちろん経験を積んだ先生から見れば、まだまだ騒がしくけじめのない学級だと思います。しかし、初心者の僕にとっては、これまでなかなかできなかったことがようやくできるようになり、「やっと」という思いです。改善されてきたのは、以下の点です。

①5~10分も開始時間に遅れていた給食準備が、間に合うようになった。

②授業開始時、教師が指示しなくても、ノートを開けて待っている子が増えてきた(そのうちの一人は、以前手を焼いていると書き込んだやんちゃな三人組のうちの一人です)。

③授業中、ノートを書いている時に「シーン」と静まり返る時間が増えてきた。「すごい集中力だね」と褒めています。

④掃除をさぼらず頑張る子が増えた。遊ぼうとする子がいても、注意すれば聞けるようになった。

⑤体育の時、整列がすばやくできるようになってきた。

 以前書き込んでから、特別何かをしたというわけではありません。体調を崩しがちだったので、授業準備さえ思うようにできないことも少なくありませんでした。

 ただ、野中先生のおっしゃる「テンポとスピード」という1点に絞り、そこだけは徹底的にこだわって指導してきました。
 具体的には、次のようにしました。

①朝の読書・朝の会の後のトイレ休憩は、タイマーを計って(2~3分程度)時間を意識させた。

②授業開始の挨拶はしない。「先生は30秒経ったら黒板に書き始めます。それまでノートを準備しなさい」と指示し、遅い子を待たずにすぐ授業に入った。

③体育の整列は、「前習い・体育座り」をさせる時に『Aさん、B君は100点』というふうに、個別評定を行った。

 まだまだ問題点は多く、今でも日々悩んでいる現状には変わらないのですが(苦笑)、それでも一時は学級崩壊も覚悟していたことを思えば、ようやく一歩かなという気がします。

 そして、これは強調しておきたいのですが、授業に関しては「ほとんど頑張っていません」。端から見れば、ただ黒板を書いて写すだけのつまらない授業だと思います。

 しかし、「スピードとテンポ」という原則を守るだけで、子供達の集中力は高まってきました。これが“子供の事実”です。

 初担任の先生方の中には、「授業が下手だから学級がうまくいかない」と悩んでいる方も多いと思われます。しかし、そうではないということを僕は今強く実感しています。

 初担任の分際で偉そうにと言われそうですが、僕と同じように苦しんでいる初心者の方に少しでも参考になればと思い、長々と投稿させていただきました。

 今までは、「これ以上悪くならないように」と考えて実践を行っていました。これからは、「どうすればもっと良くなるか」と考えて実践できそうです。

 あと4ヶ月間、学級の子供達のために精一杯がんばります!
 投稿: 童神
  ★ ★ ★
  童神先生は、やっと1つの大きなハードルを越えている。

 それが「スピードとテンポ」。
 納得のいくことである。
  この指摘は、とても重要なことである。

 私は、3年目の初任者指導のとき、前期(横浜は2期制)の授業指導は、ほとんどしなかった。「学級づくり」最優先であった。
 授業は、ただ一つ。「テンポ良くやりなさい」だけを強調した。
 そのことを思い出させてくれる。
 初任者などに授業の指導をしても、すぐにどうなることでもない。
 ただ、この「テンポ良く」は大事なこと。
 みごとに童神先生がコメントしてくれている。
 ★
 教室は、「空気」と「時間」によって成立している。
 「空気」とは、担任と子供たちで作り出す雰囲気。
 「時間」とは、教室に流れる一日の時間の流れ。
 
 担任は、この2つの統率ができれば、クラスはうまく成立していく。
 童神先生のクラスは、初任者のほとんどがそうなるように、この「空気」と「時間」が統率できなくてクラスが荒れてきたのである。

 ちなみに、「空気」の統率は1週間。
 「時間」の統率には、1ヶ月。
 この時間が必要。

 10月、11月という時間で、童神先生のクラスが落ち着いてきたというのは稀なことになる。
 ほとんどが、さらに荒れが増幅していく時間であるから。

 その意味で童神先生は、「よくぞ!がんばった!」ということである。
 ★
 きっと私の本で『必ずクラスを立て直す教師の回復術!』(学陽書房)を読んでくれたんだと思われる。

 今荒れているクラスは、「空気」の統率はかなり無理な状態であろう。もう関係がぐじゃぐじゃになっているはずだから。

 ところが、今からでも「時間」の統率はできる。
 だらだら、ぐずぐず、まったり、とスピード感がなくなっているクラスを、とにかくとんとんとテンポ良くスピードをつけていくこと。

 ゲームのスピードに慣れきっている子供たちも、体は無意識にそのスピード感を求めているはずである。
 少しずつ落ち着いてくるというのは、子供たちの無意識の要求にかなっているからである。 

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横浜いじめ事件、その後②。

 以下のようなコメントが載った。ありがとうございます。 現場がどうなっているのか、よく分かる内容である。

 ★ ★ ★
 30代の小学校教諭です。私が勤めている県でも,生徒が自殺しました。第3者委員会は,現場に指導をしました。しかし,いくら指導をしても子どもたちの事を考える時間が足りないのだろうと私は思いました。
 以前勤めていた学校では,「足し算」方式でした。管理職が,どんどんどんどん「足し算」にしていくのです。一回始めると辞められないのです。その行事や取組について反省をする時間がないからです。一方で,「超過勤務しているから,気をつけなさい。」と多くの職員に言うのです。時間内で終わらない仕事をどんどん増やしていきます。「時間内で終わらない仕事」を命じることもパワハラだなと思います。管理職も,直接的なパワハラはしないケースが多いなと思います。(職員から訴えられてはいけないため。)しかし,「仕事をどんどん増やす」という間接的なパワハラがとても増えています。「ひき算」にしていかなければ,悲しい事件も増えると思います。子どもの問題に目を向ける時間も少なくなると思います。「ひき算」が必要なことに気づいていない若手の教員も多くいます。どちらでもいいじゃんと考えているベテラン教員もいます。私は野中先生の本をよく読んで共感していますが,なかなか現場の意識が統一しません…。
投稿: ある教師
 ★ ★ ★
 横浜のいじめ事件で、学校の対応が少しずつ明らかになっている。
 学校は、まったくのしらんふりをしたわけではない。
 対応していたわけである。
 
 この子は、150万ほどの金を持ち出して、10人ほどにあげていた(おごってもらったと子供たちは言っている)。学校は8万ほどの金しか把握していなかったという。
 そして、これは「いじめではない」と判断する。
 こういう判断をした方が面倒ではなかったわけである。
 
 他にもやらなければならないことは、たくさんある。
 このことにいつまでもかかわっているわけにはいかない。
 多分、そのような判断をどこかでした、と推測される。
  ★
 教師が疲弊し、ぼろぼろになる。
 目の前の蠅を追うということしかできなくなる。
 
 多くの教師を襲っている現象が、ここにある。
 そうなったときに、どういうことになるのか。
 
 教師を支えている「心根」が亡くなっていく。
 教師は、子供たちの成長を自分の喜びとしていく職業である。
 
 こういう感性があるから、どんなに忙しくても自分を保っていける。
 しかし、亡くなっていくとき、どの仕事も一律の「目の前の蠅」になる。
 
 そうなったとき、早く一つ一つ済ませたいということしか思わなくなる。
 きっとそうなる。
 
 いじめ対策も、部活指導も、生徒指導も、教材研究も、相談業務も、……その1つ、と。
  ★
 目の前の子供に「いじめ」の危機が忍び寄っていると思うとき、何としても守り抜かなくてはならないと身構える。
 
 こういう感性が亡くなる。
 ほんとうなら教師の辞めどきである。
 
 でも、教師を職業としている現在、事はそんな簡単に済ませられない。
 
 だからこそ、教師の感性を亡くしてはならないのである。
 踏みとどまらなくてはならない。
 
 しかし、亡くしていく教師は、自分が亡くなっていることに気づかない。それが恐ろしい。
 どうしたらいいのか。
 
 かつて義母は、女房が教師になるときに言った。
「子供の声がうるさく聞こえるようになったときは、もう教師をやめんばいかん!」と。
 尊敬する義母の助言の1つ。
 
 今、この通りにすると、辞める教師が続出して、日本の学校教育は成り立たなくなるのだが(苦笑)……。
 
 しかし、この助言は、子供を丸ごと包み込む教師の懐の広さを言っている。
 教師はどういう感性を持たなくてはならないかを問うている。
 ★
 私たちは、今算数の「味噌汁・ご飯」授業を作っている。
 目標の1つに、単元テストの平均を80点~90点にしようというのがある。
 
 そして、もう1つの目標が、クラスにいる低学力児をなんとかして引き上げる試み。
 10点、20点、30点しかテストで取れないのを、50点、60点、70点に引き上げていく。
 
 かつてのかつて、この低学力児は、「落ちこぼれ」「落ちこぼし」と言って、何とかしなければいけない存在として多くの教師たちが意識して取り組んだ存在であった。
 
 今は、ほとんど意識されていない。
 学校現場は、もうそんなことを考える段階にはない。
 
 低学力児がいなくなったわけではない。
 野放しになっているだけである。
 
 教師たちは、そんな子供たちに関わっている余裕はなく、ただ日々を送っていくだけで精一杯。
 しかし、私たちはそこに切り込んでいる。
  ★
 平均点が90点以上を連発する教師がいる。
 もちろん、低学力児が何人もいたのだが、いつのまにか引き上げている。
 
 低学力児が何人もいて悪戦苦闘しながら、やっとクラスの平均点を48点(50点満点)に引き上げてきた教師もいる。
 
 もちろん、クラスの状況によってそんな簡単な課題ではないが、こんな教師たちが、続々と出てきている。
 
 「何だ!点数主義じゃないか!」と思われるかも知れない。
 しかし、この一連の悪戦苦闘の中で、確実に低学力児だった子供が、60点、70点、80点を取っていく。
 
 あるいは、90点以上を連発する子供までも出てくる。
 この時の、その子供の喜びが分かるだろうか。
 
 「見違えるように勉強するようになりました!」
 「やっとうちの子供は出発点に立てました!」
 「先生、どうぞがんばってください!」という保護者の支援の声が出てくる。
 
 その子供の人生を変えたかも知れないのである。
 私たちは、こういう場にいようと思っている。
 
 子供の喜びが、自分の喜びになる。
 こういう仕事をするのが、本来の教師である。  
 
 繰り返したい。
 教師は、子供の成長を自分の喜びとしていく職業である。
 
 
 

 

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横浜いじめ事件、その後。

   横浜市のいじめ事件についての私のブログに、以下の方の反応が載せられた。

 まず、山形の鈴木玄輝先生。フェイスブックに載せられていた。
★ ★ ★
横浜市で発覚したいじめ事件。
福島市から自主避難した子どもが、大変ひどいいじめに遭い、中学生になった今も、未だに不登校のままでいる。
衝撃的ないじめの内容に、心を痛めた人も多いはずだ。
私も、いじめの真相はこれから明らかになっていくことを踏まえたうえで、おそらく事実と思われる内容については、学級で子ども達にも話した。
「人として許されないことである」と。
いじめを防げた局面はいくつかあったはずだ。児童の状況観察、児童の訴え、他にもいじめに関わる情報は舞い込んでいたようである。その時点で対応していれば、ここまで深刻にはならなかったはずだ。
野中信行先生のブログを読んでいて、「現場の多忙化」も背景要因としてあることは確実だと感じた。以前、野中先生は『授業力&学級経営力』誌で「足し算発想」からの脱却を主張されていた。
今、現場は「足し算発想」から抜け出せずにいる。学級づくり、授業づくりだけでなく、学校運営、もっと言えば教育行政全般が「足し算発想」に陥っている。
今回であれば、いじめ防止対策推進法が遵守されなかったことが問題視されている。恐らく、横浜の先生方の下には、これからたくさんの書類やアンケート等が舞い込んでくるだろう。それらも大切なことかもしれないが、もっと大切なことをするための時間を物理的に奪ってしまっていると思えてならない。
教育行政を初め、教育に関わる全ての場で、勇気をもって「引き算発想」を進めなければ、いずれ教育現場、教師は破たんする。
「重点化」と言いながら、「足し算」、「build」の繰り返しでは、いつまでたっても「重点化」ははかれないという自己矛盾に陥っているのだ。
今回の一件は、そのことを如実に提起している。
 ★ ★ ★
 いつもコメントを書いてくれる「TOSS超末端教師」の先生は以下のコメントを載せられている。
 ★ ★ ★
 先生ご指摘のとおりだと思います。
 加えて思うことが、この学校の状態がどうか、ということです。
 学級崩壊・学年崩壊・学校崩壊が日常化したなら、こんな感覚になっていたのではないでしょうか?
「何、お金を要求された?いくら?〇万円?なら、警察に(も)届けて?それなら(しょうがないけど←ふだんいわないが)対処する」
 落ち着いた状態の学校では考えられないことが、ふだんの感覚になってしまっていた、と考えます。
 もちろん、いきなり「お金をくれ」になるわけはありません。最初は、悪口・からかい・小突き合いだったはずです。そこで、適切に対処できれば、絶対「お金・・・」とはならなかったはずです。
 社会科教師の私としては、ふだんのいじめ解決の指導に加えて、福島県民の立場を理解させる絶好の機会であるととらえます。指導の仕様によっては、「この子のために、何ができるか考えよう」となった可能性もあったでしょう。
 ただ、そんなことも考えられないほど、教師が疲弊していたのではないでしょうか?
 (ここからは、個人的意見です)
 深刻ないじめ(いや、児童生徒の犯罪事件)が報道されるたびに思うのですが、いくら言っても言うことのきかない児童生徒(保護者も?)に対して、「戒厳令」のような制度が必要だと考えます。現法令では、教育委員会による出席停止(の永久化)でしょうか?
 しかし、文科省のHPを見る限り、ぬるすぎます。もっと厳罰化に近い制度にすべきです。できれば、校長に権限を与えてほしいとも思います。いじめ(犯罪)をしても別に問題ないじゃん、と思われかねないので、もっと厳しくすべきです!!!
 こういう意見を書くと、「加害者の人権は、学習権は、・・・・」とか言いそうな「人権団体」がいますが、そういう人たちには、「だったら、あんたらで全部解決してくれ。加害者も被害者も納得する方法で。それではできないから、強烈に言っているんだ!」と言い返しますね!!!!
投稿: TOSS超末端教師
 ★ ★ ★
 また、岩手の平野先生がコメントをくださっている。
 以下のものである。
 ★ ★ ★
野中先生、こんにちは。
岩手の平野と申します。元教員です。
このニュースを聞いた時、私の頭に最初に浮かんだのは、先生が指摘されたことと、全く同じでした。
>この問題の根っこには、教師の多忙さ、仕事の多さによる疲弊感が横たわっていると、私は睨んでいる。
その通りです。私も強く賛同します。
この事件について、第三者委員会は「教育の放棄に等しい」と学校側を非難したそうです。それは正しいとして、でも私は、
「教育の放棄? 教育を放棄しているのは、この国自身だろ」と、真っ先に思ってしまいました。
なぜ今の学校教育は機能しないのか、もっと根本を変える発想を持たないと、これからますます悪い方向に進む気がしてなりません。
投稿: 平野 浩
  ★ ★ ★
 私と同じように考えている先生たちが、こうしておられるということ。
 神奈川県の問題行動調査では、昨年度に前年度より1437件多い7916件のいじめが認知されている。特に小学校の認知件数が急増している。
 公立学校の暴力行為の発生件数も増え、小学校の大幅な増加がみられる。
 都道府県別では、全国第3位の多さである。
 ★
 私の知り合いの大学の先生が、自分のゼミ生が療休に入ったので心配して会って話をしたという。2年目の先生。ところが、話を聞いていると、その学校は昨年だけで6人の教師が退職しているということ。
 これは、横浜市の小学校の話である。
 
 おそらく、この小学校は、学校崩壊状態でとてもいじめに対処できる状態ではないのである。
 このような学校が増えている。
  私は横浜の教育長が大変努力されていることを知っている。
 だが、多くの学校で機能不全の状態に陥ろうとしていることを防ぎようがないのである。
  いじめ対処どころではない、ということになる。
 はっきりしているのは、学級崩壊をしているクラスは、それに伴って深刻ないじめが起こる。
 いじめをしている子供たちは、確信犯である。
 この対処は、TOSS超末端教師の先生が個人的に考えられていることを行う以外にないはずである。
 アメリカは「ゼロ・トレランス」で一気に全米法で対処したが、日本はこのような法律は作れない(必ず反対されて潰される。だから、政治家は、自分の票に響くので誰も立法化できない)。
 だが、いじめをしている子供を出席停止なり、別教室での学習などの措置を取らない限りいじめの増加を止めることはできない、と私も思っている。
 行政は、学校や教師たちががんばれば何とかなると判断している。だから、管理体制をさらに締め付ける。
 そんな方向が効果を上げるならば、どうしていじめや暴力行為が増えていくのだ、という説明ができない。
 横たわる根本に手を付けようとしないからである。
 残念ながら、いじめ事件は繰り返す。
 
 

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滑走寺先生の相談に答えます!

 

以下の相談がブログに載った。

 まだ正式採用ではなくて、非常勤の勤務をされている先生である。
 2つの学年で10時間程度の授業をされている状況である。
 ★ ★ ★
コメント失礼します。
先生の『新卒教師時代を生き抜く3原則』を読み、ここへたどり着きました。
縦と横の関係づくりや、中間の6割を味方につけることなど、とても参考になりました。
相談なのですが、
新卒で今年度の4月から3月31日までの契約で、小学校の非常勤講師をやっており、2学年で週に10時間程度の授業を受け持っております。
今まで、授業や生徒指導がうまくいかず、来年から正規を目指す意力や、そもそもこのまま続けて行く気力もしぼんでしまっている状態です。
4月の勤務のはじめに指導書の場所は教えてもらい、片方の学年の先生の授業は2時間ほど見せていただきましたが、その後2学年とも全くの1人で授業をしています。
誰も授業を見にきたり、指導などはありません。
他の先生の授業を見に行くことなどもするのですが、授業準備などに時間がかかり、他にバイトを2つしており、なかなか見に行く体力がありません。指導がうまくいかなすぎて家に帰るとぐったりしてしまいます。
正規になると事態は好転することはあるでしょうか。
それともこの程度の気持ちなら辞めた方が子供のためでしょうか。
投稿: 滑走寺
  ★ ★ ★
 滑走寺先生、相談確かに読みました。
 
 現在、授業も生徒指導もうまくいかないということ。
 2つのバイトもかねておられるということで、授業準備の時間もなかなか取れないのでしょう。
 
 この仕事は片手間でできる状況は、もうとっくに過ぎています。だから、現在先生がとても意力がなくなっておられるというのは当然なのです。
 
 子供たちとの「関係」の作り方、学級づくりの仕方、授業の進め方、学習規律の作り方、必須の授業技術の身に付け方などがなければ、今教師として(特に学級担任として)過ごしていくことはむずかしいのです。先生は、大学時代にいくらか身に付けてこられたのでしょうが、そんなもので過ごしていくことはできないのです。
 先生は私の『新卒教師時代を生き抜く学級づくり3原則』を読まれたのですね。新卒の2人が、どういうことをやってクラスを作っていくのかを書いています。
 このようなことをきちんと知って、きちんと実践できなければやっていけないのです(知っているだけではだめです。実践ですよ。これができなければうまくいかないのです)。
 
 だから、問題は、それでも「先生をやりたい」という気持ちがあるのかということになるのです。
 
 先生に向いているとかいないとかではありません。
 教員を目指そうとする人たちは、先生に向いているのです。人間嫌いでなければやっていけます。
 
 今は、きっと子供嫌いになっていると思いますが、それはどの初任者でも通過する道で、問題はそこからなのです。
 それでも、「先生やりたい」という気持ちになれますか。
 
 子供と付き合うという仕事は、ある意味では「これほどおもしろい仕事はないよ」という心境になることがあります。
 でも、そうなるためには、先ほどの「土台」がなければいけません。
 
 もし採用試験に上がっておられるなら、もう一度問いかけてください。
 「それでも先生になりたい」のか、と。
 若い人たちは、どこかに自分に向いている仕事があるのだ、それを見つける「自分探しの旅」をしようと発想します。
 そんなものはありません。
 
 自分探しの旅っていったって、自分はここにいるのですから、きっとそんな旅は失敗します。
 その仕事に向いているとかではなくて、向くように自分を組織していくことなんですよ。仕事ってそういうものです。
 
 だから、むずかしい理屈はいらないのです。
 「それでも自分は先生になりたい」という気持ちがあるのかどうか。それですよ。そう決めたなら、自分が「先生」になれるように努力すればいいのです。
 
  もしなりたいのなら、もう一度連絡をください。
 今度は、メールでどんな準備をすればいいか、どんな本を読めばいいのかなどの具体的な連絡をします。
 
 
 

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横浜でのいじめ事件

  福島第一原発事故で福島県から自主避難した中学1年の男子生徒がいじめを受けて不登校になっている問題が話題を集めている。

 
 横浜市の林文子市長が記者会見で、学校側の対応の遅れの原因を調査するように委員会に指示したことを明らかにしていた。
 ★ 
 またしてもである。
 私の地元である横浜で、こういういじめが再び明らかになっている。
 
 心痛めることである。
 多くの人たちは、「またしてもか!」と思っているはずである。
 
 これほどいじめは騒がれてきたのに、一向になくならない。学校は何をしているのか?教師たちは、何をしているのだろうか?
 怒りがこみ上げてくることであろう。
 ★
 私がまだ現役の頃と、今の事態は何が違っているのだろうか。
 はっきりしているのは、「いじめ防止対策推進法」という法律が2013年6月28日に与野党の議員立法によって国会で可決成立し、同年9月28日に施行されていることである。
 
 文科省や教育委員会の指示のレベルではない。
 はっきり法律として可決されていることである。法律だから守れなければ罰則がつく。

 この法律で何が変わったのか。

 ①各学校は、いじめ防止の取り組みなどの「学校いじめ防止基本方針」を必ず定めなくてはならない。策定には、保護者などにも参画してもらい、策定後は公表する。

  ②各学校は、複数の教員、心理や福祉の専門家、弁護士、医師、警察経験者などによる「いじめ対策委員会」を必ず設置しなければならない。同委員会は、いじめの通報や相談などの窓口ともなる。

  ③各学校は、いじめがあると思われる時は、速やかに事実関係を確認し、措置を講じるとともに、その結果を教育委員会に必ず報告する。

  ④各学校は、いじめの定期的なアンケート調査や教育相談を実施し、いじめを訴えやすい体制を整える。

  ⑤子供の心身の安全や財産に関わる「重大事態」が発生し、または発生する恐れがあれば、直ちに警察に通報し必ず援助を求める。

  ⑥「重大事態」の申し立てがあった場合、その時点でいじめはないなどと考えず、「重大事態」として教育委員会に報告し、調査する。

 ①から⑥までのことをきちんと各学校は実施しなければいけないことになったのである。
 ★
 先生たちは、もう一度「いじめ防止対策推進法」を読み直してほしいものである。
 
 今回の横浜のいじめ事件は、この①から⑥がきちんと施行されていれば、こういう新聞沙汰になることはなかったはずである。
 
 小学校の2年生段階で徹底的に「いじめ防止」をしておけば、このような事態になることはなかったのである。

 問題は、ここである。
 この学校はやっていない(はずである)。
 
 法律など、当事者が守ろうとしなければ意味がないからである。
 ★
 どうしてこういう事態になるのか。
 恐らく、学校現場にいない人たちにとっては、不可思議な現象であるに違いない。
 
 でもはっきり言っておきたいが、学校現場では、こんな事態だけではなく、いじめを防止し、解決した事例なんかごまんとあるに違いない。そんなことなんか報道されないだけである。
 
 だからこそ、何で先生たちは、こういう金品に関わることを見つけられないのか?
 何で先生たちは、子供や保護者が訴えていることを真剣に取り上げようとしないのか?
 こんな疑問がわき上がる。
 
 この問題の根っこには、教師の多忙さ、仕事の多さによる疲弊感が横たわっていると、私は睨んでいる。

 こうした重要な「いじめ対策」が、数多くある仕事のうちの1つとしてしか受け止められない感覚とでも言えばいいかもしれない。

 部活指導、生徒指導、児童指導、教材研究、学級指導、保護者との相談、さまざまな研究会……これらの仕事の1つとして「いじめ対策」がある。
 
 これにばかり力を注いでいるわけにはいかないのである。
 目の前の蠅を振り払っていくのに精一杯。
 これからも、道徳、英語の教科化、アクティブ・ラーニング等が控えている。

 だから、今回の事件を契機に、学校の管理体制などをさらに強めていくことが予想される。
  ますます教師たちはぼろぼろになる。
 
 「たし算発想」で何でもかんでも積み足してきた、その結果がこういう現象を起こしてきていることを、文科省も教育委員会も、真剣に考えなければいつまでも同じようなことが続いていく。

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つれづれなるままに~菊池省三先生とばったり会う~

●11月12日、朝急いでタクシーで新横浜へ向かう。

 愛知県の弥富総合社会教育センターでの「力量向上セミナー」。ホールで150名ほどの先生が集まるということ。
 風邪から回復し、やっと間に合ったという感じである。

 テーマは、『学級づくり、授業づくりを軌道に乗せる』~今、学校が問われていること~。

 会場へ着くと、弥富市の教育長もかけつけてこられる。
 講演の最後まで付き合われる。ありがたいことである。
  ★
 「学級づくり」は、今「学級づくり」の時代が訪れていることを強調する。
 学級をきちんと成立させなくては、もはや授業などできなくなっている時代である。
 
  ポイントを3つ。
 ①「学級づくり」を土台にすること。
 ②勝負は1ヶ月。
 ③8割の子供たちを味方にすること。
 ★
 「授業づくり」は、最後にアクティブ・ラーニングのことについて話をする。
 大切なのは、子供たちに「基礎体力」をつけることだと強調する。
 
  それは、3つ。
 ①自分の考えを持ち 
 ②それを言語化し、
 ③人に伝えることができる。

 この「基礎体力」をきちんと「日常授業」の中で育てていかなくては、アクティブ・ラーニングなどは機能しないと、強調する。
 ★
 先生たちは、熱心に耳を傾けてもらえる。
 こんな土曜日に、わざわざ出かけてこられたのである。
 1つでも、2つでも、何かつかんで帰ってほしいのである。
 ★
 晴れ渡った一日。
 月が輝く。14日は、最大のスーパームーンになると。

 8時過ぎ、いつものように新横浜の駅に到着し、急いでいると、何とばったり菊池省三先生に会う。
 「やあ、やあ」と。
 
 今から三重へ行くのだ、と。
 相変わらずの忙しさ。
 テレビのプロフェッショナルで有名になってから、げっそりと痩せて心配していたのである。
 
 しばし立ち話をする。
 数年前(まだ菊池先生がこんなに有名になる前のこと)、菊池先生から北九州に呼んでもらって講演をした経緯がある。
 何度も何度も、握手をして別れる。

●教育新聞の12月号の原稿を送る。
 読んでいただいている方が結構おられて、元気が出る。

●いじめについての原稿依頼がある。
 1冊の本にされるということで、その中のいくつかの原稿依頼である。
 引き受ける。
 1週間程度の時間があるので、そこで何とかなる。

 

 


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今、算数の「味噌汁・ご飯」授業を作っています!

  私たちは、今算数の「味噌汁・ご飯」授業を作っている。

 
 教科書を教えていくのである。
  「で」ではない。「を」である。
 
 そうしなければ、授業の日常に耐えられないから。
  ★
 「でも、それならば全国の多くの教師たちがやっているのじゃないですか?」と言われそうだ。
 教科書をしまわせて教えている教師もいるが、まあだいたいが教科書通りに進んでいる。

 だが、多くの先生は指導書を見ることに精一杯。
 教科書がどのような配列になっているか、どんな工夫が凝らされているか、見ていない。
 ほんとうは、教科書研究が教材研究なのである。

 私たちの「味噌汁・ご飯」授業は、確かに教科書通りに進むが、工夫はある。

 第1に、単元テストで平均80点~90点を目標にしている。
 私たちは、学力向上の指標を単元テストに置いている。

 第2に、クラスの低学力児を、何とか中位に引き上げていく努力をしている。
 10、20、30点ぐらいしかいつも取っていない子供たちを、50、60,70点に引き上げることを目標にしている。
  これはそんなに簡単なことではない。
 ★
 点数にこだわり過ぎではないですか。
 点数を上げることばかりにとらえわれる点数主義になるのではないですか。
 そういうように言われそうである。
 
 私たちは、ここはきちんと押さえている。
 確かに点数ばかりにこだわると危険である。
 
 だが、私たちは、「子供たちが目が輝くようになってきました」「とても意欲的に学習に望むようになりました」「挙手する子供が多くなり、子供たちはとても意欲的です」などの情緒的で、抽象的な言葉で、私たちの算数の授業を表現しない。
 こんな言葉は、見方を変えればどうにでもとられるものである。

 私たちは、きちんと「事実」(点数)で自分たちの授業を表現したい。
 それとともに、きちんとした「学力」を子供たちに保障していく責務を持っている。

 学力を向上させる意味は、ただ点数をあげるだけでなく、子供たちの学習に対する意欲や自信を育てるためであると。 だから、点数を上げることは、あくまでも手段にしか過ぎない。
 目的化してはならない。
  ★
 研究会で2年目の先生である。
 先日、こんな報告を受けた。
  ★ ★ ★
 先日「面積」のテストを行いましたのでご報告を。
細かい数字は手元に資料がないので忘れてしまいましたが、平均点は88点でした。LD傾向の児童がひとり15点という結果に終わってしまったのが課題ですが、37人の児童のうち2/3くらいは90点以上とれています。また、同じくLD傾向(九九が全て言えません・・・)の児童が65点をとれたということに私なりに手応えを感じました。その子も嬉しそうにしていました。
やや、簡単で理解しやすい単元であることも事実ですが、いまのクラスでこれくらいの点数をとってきたのは恐らく初めてかと思います。
研究会の先生方と比べてしまうと大したことはないと思いますが、私なりに良い感触を掴めたのでご報告いたします。
 ★ ★ ★
 あえてメールを載せている。
 2年目のこの先生の「やったなあ!」という思いが伝わるだろうか。
 教師は、こんなところで一番うれしくなるのである。
 ほんとうは、このような喜びのために、私たちの仕事があるのである。
 ★
 「味噌汁・ご飯」授業研究会に参加して、2回目の先生がいる。教師生活3年目の先生である。1回目の研究会に参加して、早速自分の算数を変えられている。
 何が一番変わったか。
 クラスの低学力児3人が、算数に対して意欲的になったという。
 たとえば、次のように報告されている。
 A児…指導メモを取り出しの先生にコピーして渡すこと
    で、連携。テストによっては、他の子よりできる
    ようになった。
 B児…もともと解ける問題と解けない問題がはっきりし
    ていたが、まんべんなく取り組めるようになった。
 C児…授業に対して前向きになった。合同な図形は、進ん    で回りの子とノートを見せ合ったりして正確に書け    るようになった。
 
 自分の授業を変えて、早速3人の低学力児が反応している。
 こんな時、一番変わるのは、教師自身であることが分かってもらえるだろうか。
 不可能と思えていた低学力児が、目の前で変わっていくのである。
 教師にとって、こんなうれしいことが他にあるだろうか。

 この3年目の先生は、どのように授業を変えたのか。
 ぜひとも知りたいと思われるだろうか。
 
 確かなことは、教科書をきちんと教える「日常授業」を大切にし出していることである。
  ★
 これが、「味噌汁・ご飯」授業である。
 
 忙しさにへとへとになっている教師。
 とにかく毎日を乗り切るのにぼろぼろになっている教師。
 
 忙しさは変わらないが、教師たちは「この場所」に戻ってこなければならないと思っている。

 「この場所」とは、「日常授業」の中に教師の喜びを見つける場所である。
 その場所を、私たちは「味噌汁・ご飯」授業として提案している。
 

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風邪顛末記~やっと回復~

  ひどい風邪に見舞われた。

 北海道から帰ってきて、翌日は元気であった。
 2日目の午後から急に体の調子がおかしくなった。
 ぞくぞくと寒気がして、寝込むことになる。
 
 風邪を引くのは、10年ぶりになる。
  10年前も北海道へ行って、咳が止まらなくて、2日間にわたる講座をこなさなければならなかった。
 夜、咳で寝られず、ふらふらになりながらやっと講座を成立させたという経験。
 もう死ぬかと思うようなものだった。

 あれ以来の風邪である。
 普通は、「あれっ、風邪かな?」と思えば、高めのユンケルを飲めば、もうそれで回復。
 ところが今回は、そうはいかなかった。
 夕方になると、熱が出て、朝になると引くという繰り返し。
 熱といっても、私の場合記憶にないぐらいのもの。
 それが、38℃まであがったから、とんでもないことである。もうふらふら状態。寝る以外にない。

 ずっと寝ていて、心配なのは12日に控えている愛知県あま市での講演会である。
 半分は準備ができているが、あとの半分はできていない。
 あせってしまう。
  でも、どうしようもない。

 ついに8日には、近くの医者に行く。
 内科のお医者さんに行くのも、10年ぶりになる。
 そこで診察してもらい、薬をもらってくる。
「もっと早く来てください!」と言われる。
  ★
 9日になって、やっと熱が下がり、回復の兆しが見え始める。
 でも、体のあちこちが痛い。
 熱の後遺症であろう。

 とにかく12日の講演会には間に合いそうだ。ふう~~。
 急に元気が出てくる。

 私は今まで500回以上の講演をこなしてきているが一度も自分の都合でキャンセルしたことがない。
 一度引き受けた以上、強い責任がある。

 今回も、何とかなる。ありがたいことである。


 
 

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つれづれなるままに~襟裳から帰ってきたら風邪を引く~

  ●宮崎県の西都市のN指導主事が、訪ねて来られた。

 「どこかの学校で「味噌汁・ご飯」授業を実践しているところはないですか?」ということ。
 残念ながら、横浜ではない。
 そこで、井上雅一朗先生のクラスで授業をしてもらい、私も駆けつけて国語の授業をしましょうということになった。
 
 西都市では、「日常授業」の改善というテーマで取り組んでいるということ。
 
 最近、あちこちのところからこういう連絡がある。
 
 もう授業研究が、「ごちそう授業」では成立しなくなっているのである。
  それはそうであろう。

 日頃やっていない授業を作り上げて、互いに研究授業をする。それを全体会で検討する。
  年に1回の研究授業で、役目を果たすことになる。

 明日からまた研究授業とは違う「日常授業」をする。
 こんなことを繰り返してきたのである。

 ここからは何も生まれないはずである。
 学校の現状が、それを物語っている。
 
●9月30日、9時に家を出る。タクシーで二俣川駅へ向かう。そこから高速バスで、羽田へ。
 
 羽田では、20℃の気温。コートはとても着てはいられない。
 ところが、帯広空港へ着くと、気温2℃。
 一気に、18℃下がる。とにかく寒い。
 
 ここからあの襟裳岬のえりも町へ向かう。
 えりも小学校への学校訪問。
 
 もう3回目のことになる。
 えりも町教育委員会の課長補佐のHさんに迎えにきてもらう。
 2時間かかる。
 
 旅館に着いたのは、5:30過ぎ。もう真っ暗。
 いつもの田中旅館。ここにも3回目になる。
  食事がおいしいので、とても気に入っている。
 ★
 31日、9時に迎えにきてもらう。
 えりも小学校へ行く。

 えりも町の高台にある小学校。
 北海道中を回ったが、3本指に入るぐらいの、すてきな学校。
 えりも町の人たちの、学校へかける願いが分かるものである。
 「今年も、ここへ来たんだ!」という思いになる。

 早速校長室へ入ると、教育長がおられる。
 初めてお会いする。

 今まで2回とも、教育長の所用で会えなかったのである。
  日高教育局からも2人の指導主事の先生が見える。
 
 3校時、4校時。全部の先生方の授業を見せてもらう。
 算数の授業。もう3年目の研究である。

 見違えるような授業が展開されている。
 子供たちの集中が良い。先生たちの授業の授業のテンポが良い。学習規律がきちんと整えられている。
 今までの2回目までは、かなりの課題があった。
 それが、見違えるように変わっている。
  ★
 各教室を回っていると、ふと気づく。
 全員の机の前の方に、ざっくりと溝が掘ってある。
 子供たちは、そこに鉛筆や消しゴムなどを置いている。

 下に落ちることがない。
 聞くと、教育長の発案で、今ではえりも町の全クラスがこうなっていると。

 アイデア。教育長が帯広の学校を参観しているとき、こんな学校があってマネをしたと言われる。
 実際に、このように変えていけるというのがすごい。
 志がある教育長はやることが違う。
 
 夜、校長先生、教頭先生と田中旅館で懇親会。そこへ教育長も駆けつけてこられる。
 盛り上がった。なんとも楽しい会である。
 ★
 翌11月1日、またまた帯広空港へ送ってもらう。
  2℃の寒さ。
 3日には、44年ぶりの大雪が降ったという。
 帯広空港で、20センチの積雪。
 これにぶつかっていれば、帰れなかったかもしれない。

●先頃発表された文科省の問題行動の調査によると、昨年度の小中高のいじめ件数は過去最多で22万件上回り、暴力行為も約5万7千件で、これも増加しているという。
 
 小中の不登校は12万6千人で3年連続増加している。
 小学校では、いじめ、暴力、不登校すべて過去最多となった、という報告である。
 
 毎年、過去最多という表現で増加している。
 これは数字に出てきただけで、この何倍も実際には起こっていると思わなければいけない。
 
 O府やO市は、教師に受けようとする学生が少なくて、教員の質の確保が困難になっていると聞いている。
 「おい、おい、おい」と言うところである。
 あのH氏も、とんでもないことをやってくれたのである。

 私は、数年前から日本の学校はこのままでは崩壊していく、と言っている。もちろん、公教育だからハコモノは残るが、そこは収容所みたいになる。
 子供たちの教育なんて不可能なのだ。
 
  こんな状態で、「アクティブ・ラーニングなんか危険である」という意味が分かってもらえるだろうか。

●襟裳から帰ってきたら、ぞくぞくして、鼻水が出て、これは、これは、風邪を引いている。
 ちょっと熱があるかもしれない。
 10年ぶりの風邪ということになる。
 しばし、ゆっくり休養をしなければいけない。
  女房から言われる。
 「お父さん、もう少し歳のことを考えなきゃね」(苦笑)と。

 
 


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はらぐろ先生へ~理不尽なことに負けないで!~

  北海道に行っていました。

 そのために、この「はらぐろ先生」へのコメントが遅れました。ごめんなさい。

 ★ ★ ★
 はじめまして。書店で先生の著書を拝見し、ここへたどり着きました。
私は今年度から小学校で講師として働いています。
来月末に研究授業を控えているのですが、毎週のように行事があり、もう無理だろうなと思います。
子どものことを考えろと言われても仕方ありませんが、もう学校へ行きたくありません。

私のクラスは僻地の少人数学級です。
軽度知的の特別支援児童がいるので、特別支援の先生も教室にずっといます。
この先生の授業態度が非常に悪く、頬杖、ため息、背もたれに腕を掛けて足を投げ出す、やれやれといった仕草をすぐにする、一学期には「時間の無駄」と授業中に吐き捨てられたこともありました。
さらに他の教員に私がいかにできていないかを逐一報告します。
校長に助けを求めても、話し合って解決しろ、他の教員もあなたを心配している、相談しろ、と言われるだけです。
陰口を吹き込まれている相手に何を相談できましょう。
遠巻きに見ているだけの人が心配してくれているから一体何だというんでしょう。

一年目で授業が下手なことは自覚しています。
書店で本を探し、自分なりに授業の質を上げようと努力はしています。
しかし、その授業を見るのは数少ない子どもと、意地の悪い特別支援だけです。
学校行事では学年で決まっているからとまとめ役をあてられ、分からないことを聞こうにもたらい回しをされ、できないことを叩かれ、あとで申しわけ程度に一年目だからわからないよね、と慰められ。

研究授業や職員研修もしていますが、誰も、何のためにやっているのかわからないような状態です。

一度担任を受け持った責任と、採用試験のために経歴をつけないようにという思いだけで毎日を過ごしています。
早く4月になって、この学校から離れたいという思いで一杯です。

味噌汁ご飯授業の研究会や勉強会は今はされていないのでしょうか?
もしされているのであれば、ぜひ参加させていただきたいです。

投稿: はらぐろ
 ★ ★ ★
 なんとも腹立たしい思いになりました。
 特別支援の教師は何でしょうね。
 まだ採用前の先生の授業がうまくないのは当たり前です。だから、教えなければいけないでしょう。
 それを何でしょう。この態度は!
 
 まずい授業ならば、自分が変わって授業をしてみせて、教えてやればいいではないですか。簡単です。
 そんなことをやらないで、ただ悪態だけつくのです。
 
 教師としてというより、人間として最低なやつです。
  テキトウにつきあうことです。

 それでも、先生はがんばらなければいけないです。
 教師へなろうとする望みがあるのですから。
  ★
 若い頃、理不尽なことばかりが起こります。
 投げ出したいという心境に陥ります。

 でも、でも、がまんして、がまんして、目の前のことに向き合います。できる精一杯のことをやればいいです。

 きっとそのことがいずれ身になってきますから。

 絶望的だと思うことでも、もう少し先、もう少し先、と進みます。
 そのうちに道が開けるときが訪れます。必ずですよ。

 そのように世の中の仕組みも、人生の仕組みも、成り立っているのですから。
 ★
 「味噌汁・ご飯」授業研究会ですね。
 今、算数の「味噌汁・ご飯」授業を作っています。

 ここ何回かは非公開で行いました。
 今のところ、なかなか公開の研究会を開くことができませんが、いずれ考えていきたいと思っています。
 これからもブログ、読んでくださいね。
 


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