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2016年9月

かめこ先生へ~あと半年前へ進めますか~

   初任のかめこ先生から相談のコメントが入っています。

 急ぎ私なりの答えを書いておきます。
 もうすでに「げんちゃん」先生がコメントを書かれています。参考にしてくださいね。
 
 ★ ★ ★
はじめまして。ブログ読ませていただきました、現在小学校で初任者で5年生の担任を受け持つかめこと申します。
日曜の夕方ということで、先生方によっては、もちろん私も含め憂鬱な時間を過ごしております。
しかし野中先生のブログを読んで、少し元気をもらってコメントを書かせて頂きました。
今、先生と先生のブログに出会えたことに感謝しつつ、相談文を書かせていただきます。

私は今、辞めたらプライドが。という理由だけで仕事を続けています。でも本当はもうこの仕事を辞めたいと思っています。

私は地元ではなく結婚相手の住む別の県の小学校の先生になりました。
同じタイミングで地元で特別支援の先生になった妹がいるのですが、彼女が楽しそうに仕事をしているのを家族のグループラインに載せる姿を見るとどうしても辞めたくないのです。

あたしの職員室は環境としては本当に最悪だと思います。唯一の理解者である養護の先生と図書の先生を抜いたら、どの先生も敵だと思っています。自分中心な姿が見られ、初任者である私に対する言葉も本当にきついです。
管理職の先生方も私にはもちろん、周りの先生からも疑問の方々です。
学級も学校で一番荒れている学年を持たされて毎日てんてこ舞いです。もともとそんな学級だったのに、うまくいかないと私のせいだと周りの先生は言います。《うちの学校は単級です。》
先日運動会があったのですが、力仕事は全部5年生に回ってきました。おそらくお局の先生ばかりなので、教務主任の先生も私とあたしのクラスに頼みやすかったのでしょう。

唯一、保護者が私のような初任者に対して理解のある方が多いので、凄く救われています。
「先生、初任なのに大変だね」と声をかけてくれます。

地元ではない上に、こんな学校でこんな職員室でがんばれるわけもなく、今家に帰るところなのですが,憂鬱です。旦那も仕事やめなよ、と言ってくれています。旦那は異業種です。

身の回りにいる初任者の先生たちは地元の人ばかり、2クラス以上ある学校でクラスを受け持たされているのでとても楽しそうです。
みなさん地元の先生なので、私はアウェー感も半端なくあります。つまり、あまり誰に相談しても、「大変だね、私はあなたに比べたらまだらくな方だわ」と言われて終わりです。

話があちこちに飛んで申し訳ありません。
なんとか辞めずに、仕事を続ける方法はありますでしょうか?アドバイス頂けるとありがたいです。よろしくお願いします。
投稿: かめこ | 2016年9月25日 (日)
 ★ ★ ★
 
 これを読んで、最初の私の感想は、「こんなひどい学校で、かめこ先生はよく半年もがんばったなあ!」というものでした。
 普通の初任の先生は耐えられません。
 ブラック企業の最たるところですから。

 かめこ先生を支えたのは、「プライド」ですね。
 このプライドはしたたかで、「さすがかめこ先生、肝がすわっているよ」と思わせるものです。
 ★
 ひどい学校です。
 普通、初任の、しかも女性の先生を5年生の先生などにはしません。しかも単級でしょう。
 そして、4年生の時荒れていたのでしょう。
 他の教師たちは5年担任を持ちたくなくて逃げたのですよ。
 校長は仕方なく初任のかめこ先生を当てたのです。
 最悪です。
 
 教師を育てていかなくてはならない存在が、こんな人事をしているのですから。
  教育者としてのかけらも持ち合わせていない、失格者と言ってよいのです。
 
 私は、かめこ先生のコメント読んで、一晩腹立たしい気持ちで過ごしました。
 朝5時に起き出してこれを書いています。
  ★
 でも、養護の先生、図書の先生が理解者でいて、良かったですね。
 保護者も、決して敵になっていなくて、理解のある人が多いのは救いです。
 保護者も、初任のあなたを5年生の担任にした人事を呆れているのですよ。
 
 でも、これらは救いです。
 どこにでも、かめこ先生を見ている人はいるのです。
  ★
 こんなひどい学校で、ひどいクラスで、しかも単級ですべてをやらなければならない身で、半年を過ごしたのはすごいことです。
  何よりも「よくやったなあ!」という感嘆の思い。

 かめこ先生、もう半年やれますか。
 とにかく、1年間を過ごしてみること。

 過ごし方は、先を見ない、後ろを振り返らないということ。
 いつも、目の前に集中して、その日を送ること。
 
 今日のことだけ考えて過ごすのです。そして、明日また今日のことだけ考えて過ごします。そのように明日、明日と過ごします。
 
 1つ、2つ、譲れないこと(これだけはちゃんと守ること)だけを決めて、あとは普通にやること。がんばらなくていいのです。
 クラスを良くなそうとか、授業をがんばろうとか、そんなことを考えなくていいのです。
 
 とにかく、1つ、2つはちゃんとして、あとは普通。徹底的にさぼろうなどはしない方がいい。それは、目立ちます。そのことで、自分が弱くなります。
 なりふりかまわず、普通にやればいい。

  そんなことで、あと半年やれますか。
 私は、かめこ先生ならやれそうだと、踏みました。

 それでどんなことが起こるのか。
 
 先が見えてきます。
  人生は悪いことばかりは起こらないのです。
 そういうようになっているのです。
 続けてやっていると、先の光が見えるのですよ。
 ★
 それでも、自分がぼろぼろになりそうなとき、それはもう辞め時です。

 自分が潰れてしまうほど、仕事にかけることはないのですから。
 
  どうですか。
 かめこ先生、挑戦してみてください。
 
 
 

 

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人間らしい生活を送る権利をください!

   

niftyニュースで次のようなことが話題になっていた。

  ★ ★ ★
 教員の悲痛なツイートが話題「午後10時に保護者の電話で…」
「ブラック企業」なる言葉がすっかり定着した日本社会。
「名ばかり管理職」や「みなし残業」など、あらゆる手を使いサービス残業を横行させる企業が後を絶たない一方で、かつては安定・安泰の象徴だった公務員にも厳しい現実の波が押し寄せているようだ。
8日、中学校教諭を名乗るひとりのTwitterユーザーの投稿が大きな注目を集めた。
■「人間らしい生活を送る権利をください」
「私たち教員にも休む権利をください」から始まる痛切なツイートは、学校現場の過酷な状況を紹介している。
私たち教員にも休む権利をください。人間らしい生活を送る権利をください。一日16時間も学校にいる今の生活は異常です。午後10時に学校に電話かけてくる保護者さん、「なんで○○先生はもう帰ってるんですか?」と、何故怒るのですか?午後10時に電話が繋がることに疑問は抱かないのですか
― kaoru (@kaoru13375786) 2016年9月8日
たしかに、1日16時間も職場にいることや、日が変わる2時間前である22時に顧客が電話をかけてくることは、一般企業でもあまり見ない光景だ。
教師は公務員であるとともに、ときに「聖職者」として高いプレッシャーをかけられるというのはよく言われることだが、現実は想像以上に大変そうである......。
このツイートには多くの賛同の声が寄せられている。
@kaoru13375786 大変ですね。その場合は保護者に怒っていいのです。先生は聖職者かもしれませんが、生活が守られる権利があります。それを理解できない保護者には、校長ら管理職がピリシと言うべきです。県PTA本部役員や単P会長をしたものとして保護者の横暴は抑えねばと考えます。
― 赤熊 (@redbear2014) 2016年9月8日
@kaoru13375786 夫が教員をしていますが定時で帰ってくるなんて夢のまた夢。土日でも学校は休みなのに部活がある。
ご飯と入浴、睡眠を済ませに帰ってきている様な感じで見ていて心苦しいです。
家に帰ってまで仕事と各ご家庭からの電話対応、ブラックどころじゃない。
― ?すあま@28w?? (@ocutopaaas) 2016年9月8日
■ブラック企業に勤めている自覚がある人の割合は
ちなみに、「しらべぇ」ではブラック企業に関して、過去に多くの調査を行なっている。
たとえば、「自分が勤めている企業・組織はブラックだと思う?」という調査において、「そう思う」と答えた人は全体の19.5%。
年代別にみると、20代、40代に該当者が多いことがわかる。
子供たちへ適切な教育が行なわれるためには、教師たちの労働環境の整備は必須。
「子供に愛があればなんとかなる」「公務員なんだからそれで十分だろ」などと根性論で責めるのではなく、先を見据えた建設的な議論・改革が求められる。
 ★ ★ ★
 
 フェイスブックで「学び合い」の西川純先生が、以下のようなことを書かれている。
  ★ ★ ★
ここまで書く必要は無いけど・・・・
 仮に、顧問も部活指導をしたい。子どもも部活動をしたい。保護者もお願いしたい。という状況であっても、定常的な土日の部活は脱法です。
 だって、学校の教育活動は個人の趣味でやっているわけではありません。校長の管理下です。だから、校長が命じて土日に部活をやっていることになります。ところが、校長が土日に勤務を命ずることは出来ますが、例外的であると法に定めています。
 従って、校長は脱法をしているのです。
 それを子どものためだと正当化するのは、お客様のためだと正当化する、どこかのブラック企業と全く同じです。
★ ★ ★
 「脱法」とは、広辞苑を引くと次のようなことになる。
「法律に触れないような方法で、実際は、法が禁止していることを犯すこと。」
 
 部活指導をしている教師は、自分が「脱法」行為をしているという自覚はもちろんないであろう。校長にもないであろう。
 問題は、文科省である。
 「脱法」行為をしているということを分かりながら、放置していることになる(検討をしている段階らしいが)。
 脱法ドラッグが問題になったことは記憶に新しいではないか。
 「脱法部活」も何とかしなくては、中学校の先生たちの生活を守ることはむずかしい。
  ★
 勤務時間を過ぎて、学校に平気で電話してくる保護者はごまんといる。
 
 緊急の場合は仕方がないが、ほとんどが「子供が荷物を忘れたので取りに行っていいか?」ということから、苦情の連絡である。
 保護者は、教師の勤務時間が5時までだということの自覚がない。多分、9割以上の保護者はそうだと思われる。
 先日のブログでも書いたが、横浜市教育委員会は、8月の8日から12日まで学校閉庁日とした。その間の緊急ごとは教育委員会に連絡してほしいという措置。
 多分、教育委員会が取り組んでいる教師の仕事の軽減措置の1つと思われる。
 土日を入れると、9日間の休みになる。
 やれるではないか、ということである。
 今その気になれば、どこでも来年からやることができる。
  ★
 それから、これも何度も書いているが、学校は5時になったら、留守電に切り替えること。
 緊急の場合は、学校用の携帯電話(教頭が管理している)に電話すればいいようにすればいい。
 このことの効用は、3つある。
 1つは、どうでもいい連絡が減ること。
 2つ目は、保護者が教師にも勤務時間があることを理解できること。
  3つ目は、教師の負担がかなり軽減されること。
 教育委員会がきちんと決定し、学校へ周知すれば必ず実現できる。
 これは脱法でもなんでもない。当たり前のことである。
 でも、こんなことさえも実際には学校現場で決定することはむずかしい。それは教師たちの一部が「そこまでやることもないんじゃないですか!」という声をあげるからである。また、5時過ぎに保護者と連絡を取らなければいけないことも確かにあるからである。
 
 だから、教育委員会である。ここが決定すればいい。最初は「6時以降は留守電にしていく」ということでいいはずである。

 

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このシンプルな場所に戻ってくればいいのだ!

 先日のブログへの反響はとても大きく、コメント、メールなどでの連絡が数多く寄せられた。ありがとうございました。

 今でもコメント欄は豊かである。
 私のブログを読んでおられる方、ぜひともコメント欄にも手をのばしてほしい。
 
 メールで連絡をいただいた一人に、現在休職中の先生がおられた。
 挫折された様子や苦しんでおられる様子なども付け加えられていた。
 
 心にしみいるような内容だった。
 だが、私にメールを出されるということが、もう前を向いて歩いておられるのだと確信できた。
 ★
 人生をうまく生き抜いていくコツは、済んでしまった過去をいつまでもくよくよ考えない、まだ来てもいない未来をうだうだ心配しないことに尽きる。
 
 物理の勉強を極めていくと、宇宙は「今、ここ」の連続で、できているとわかってくるという。
 要するに、厳密に言うと、過去も未来も、実は私たちの思いの中にある幻影に過ぎないということらしいのだ。
 
 中村天風先生は、今何をやっているかを意識しながら生きていけば簡単に悟れるという話をされていたと聞く。
 
 今、ごはんを食べている。
 今、はみがきをしている。
 今、通勤している。
 ……
 
 今、今、…と意識して生活する。
 目の前のことに集中して生きるというわけである。
 
 凡人の私たちには、かえって大変な課題である。
 だが、少しでもこのことができるようになると、大きく道が開かれてくる。
 私は確信している。
 ★
 人生の本質は、「くりかえし」である。
 このシンプルな原理で、世の中は動いている。
 
 自分の人生で、何をくりかえしていくかが問われる。
 もちろん、すでに無意識のうちにくりかえしていることは数限りなくある。
 
 大脳生理学では、人間は85%が無意識で行っているらしい。
 朝起きて、トイレへ行き、ごはんを食べ、はみがきをし、通勤をする。……
 
 ほとんどがくりかえしである。
 その中で、何を意識的に「くりかえす」かである。
 
 自分にとって、何が大事な「くりかえし」なのか、ということ。
 くりかえせばどうなるのか?
 
 慣れてくる。
 習熟する。
 
 そう、「できてくる」のである。
  くりかえせば、「できてくる」ことが積み重なってくる。
  ★
 「今、ここ」と、「くりかえし」。
 
 挫折したら、ここへ戻ってくる。
 つまずいたら、ここへ戻ってくる。
 
 目の前のことに集中し、規則正しい生活を繰り返す。
 このシンプルな場所に戻ってくればいいのである。
 
 そして、もう一度やり直せばいいのである。
 
 
 

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つれづれなるままに~9月も忙しかった~

  ●9月8日(木)、羽田から女満別空港へ向かう。

 羽田は、暑かったのに女満別に降り立ったら、ひんやり。
 むしろ、寒いという感じ。気温は15℃。
 29℃のところから15℃のところへ来たのである。

 9日(金)に行われる北見市立緑小学校の公開授業研究会に呼ばれている。
 この学校へは平成26年度に一度呼ばれていて、今回は2回目になる。道教委が進めている「学校力向上事業」の推進校で、3年目になる。
 
 緑小が、どのように変わっているのか、わくわくしながら訪問する。
 
 公開授業研は、第1次と第2次に分かれている。
 第1次公開のクラスを見て回るとすると、1クラス3分程度。第2次のクラスは、10分程度。
 
 この時間で、緑小の全体を把握しなければならない。
  何を見るのか、どこを見るのか、が試される。
  ★
 この学校は、「学級づくり」を土台にするという学級経営を前面に出して、そこから始めようとしている。
 まさに、私が提唱していること。
 
 北海道で、このような学校を見るのは初めてである。
 
 だから、クラスの子供たちは落ち着いている。
 学習規律もしっかりしている。

 3年前に比べると、学校の土台がしっかりと整えられたという印象である。
 ★
 90分の講演を終えて、大雨の中、女満別空港へ急ぐ。
 今日中に帰らなければいけないのである。
  夜10時過ぎに自宅へ着く。
 また、蒸し暑い関東へ帰ってくる。
 
●9月10日(土)、「味噌汁・ご飯」授業研究会。
 台風の影響で、帰ってこられなければどうしようと心配したが、まったく影響はなし。

 今回の研究会は、非公開。
 研究会メンバーが、1学期の実践を持ち寄り、今後の方向を決定する会。重要な会である。

 私たちは今算数の「味噌汁・ご飯」授業を作っている。
 これがきちんとした形になるかどうかが問われる。

●9月12日(月)、女房の誕生日。
 娘夫婦と一緒に、レストランで会食。

 このレストランは、隠れ家みたいなところ。お祝いなどにはここを利用する。
 
 最高の料理でもてなしてくれる。

●9月15日(木)、朝早く東京駅へ急ぐ。
 新潟十日町へ行く。
 上越新幹線で越後湯沢まで行き、ほくほく線で十日町まで行く。5時間の旅。

 十日町教育センター主催で行われる「授業力向上研修会」である。
 十日町西小学校の4年生のクラスで、私が授業をして、そして「日常授業の改善」を考える というテーマでの講演になる。
  ★
 体育館での授業。
 参観する先生たちが多いので、教室では無理だということ。

 5分前に体育館へ行く。
 もう先生たちはびっしりと集まっておられる。

 子供たちにとって、こんな多くの先生たちに囲まれて、しかも体育館で授業をするなんて初めての体験だということ。
  ★
 自己紹介で、雰囲気を和らげなければならない。
 最近多用しているのは、「スタニスラフスキーの3つの輪」。
 俵原先生の『全員をひきつける話し方の極意』(明治図書)
「第1の輪とは、一人の状態のことを言います。
 演劇で言えば、舞台に一人で立ってスポットライトに当たっているような状態です。その状態で話すわけですから、独り言を言っているようなシーンになります。つまりは、自分自身に向かって話している感じです。
 第2の輪は、誰か特定の相手を意識している状態です。登場人物が誰かと話をしている形です。自分以外の目の前の人を意識した話し方になります。演劇で言えば、舞台には二人しかいない1対1のシーン、または他に登場人物がいたとしても、話し手の意識は一人にしか向いていないようなシーンになります。
 第3の輪は、みんなに向かって話しかけるという状態です。舞台にいるたくさんの役者に話しかける場合もあれば、たくさんのお客さんに向けて話しかける場合もあります。」
 ★
 普通は、第3の輪を使って、子供たちに話しかけている。
 でも、これだけでは子供たちを惹きつけられない。
 
 そこで、第1と第2の輪を使う。
 第1の輪では、独り言。
 第2の輪では、やんちゃに話しかけて、笑いを起こす。
 授業でも十分に使える。 
 ★
 授業はおもしろかった。
 子供たちも素晴らしかった。
 こんな子供たちと、数日間ずっと授業をして過ごしたいという思いになった。

 こう言うと、素晴らしい授業をしたと思われるだろうが、なんということもない「味噌汁・ご飯」授業である。

 「小刻み授業法」を使っての授業をしているだけである。
 
 その後の講演会で、先生たちに「日常授業」をどのように作り、どのように過ごしていくかを話す。
  ★
 十日町に来るのは、もうこれで4回目になる。
 庭野三省先生からの紹介である。
 校長を経て、十日町の教育委員長をされていた。

 今回も、庭野先生に会えることを楽しみで十日町へ出かけた。

 庭野先生は、参加された先生方にチラシを配布されていた。
「野中先生、ようこそ十日町へ!」と。
  ★ ★ ★
 「野中先生と私(庭野三省・現在教育委員)の出会いは、上記の傍線の本でした。そして『野中信行のブログ教師塾』(学事出版)に、上記のように紹介された。

『学級経営力を高める3・7・30の法則』(学事出版)→野中先生の学級づくり論のエッセンスがまとめられています。

『「味噌汁・ご飯」授業』国語編』(明治図書)→野中先生の授業論のエッセンスがまとめられております。「ごちそう授業」の研究授業から、「日常授業」を採り上げたことに、野中先生の最大の主張、いや功績があります。
 ★ ★ ★
 このように紹介されて、それぞれの本のエッセンスを抜き書きされている。
  ありがたいことである。

 この日、庭野先生は、「太宰治 『斜陽』を読む」という教育委員として講座を持たれていて、それが終わってからの2次会で2人で話し込む。
 楽しい時間。終わりは、11時過ぎていたのではないか。
 
●9月18日、教職ネットマガジンの村岡さんからインタビューのお願いがあり、鶴ヶ峰駅の近くのカフェで話す。
 村岡さんとは、ネットマガジンを立ち上げるときからの知り合いである。

 久しぶりに会って、さまざまな情報を教えてもらう。

 私へのインタビューは、教師生活全般についてである。
 教師になった動機、若い頃はどのような教師生活を送っていたのか、今思い出す失敗談、最後まで教師一筋で行ったわけ、最後まで教師を元気に続けられる条件、若い先生たちへのメッセージなど。

 ネットマガジンで掲載されるということ。

 久しぶりに教師生活を振り返ることができた。  
 
●教育新聞の連載原稿を送る。
 「学級経営の基礎基本~縦糸と横糸のルール」。
 1200字の原稿。
 1つのテーマでしか書けない。
 この夏、愛知県に講演に行ったら、お会いした2人の校長先生から「教育新聞、読んでます。コピーして職員に配布しています」と声かけられた。とてもうれしかった。
 
 静岡県の富士市の校長先生からも、「教育新聞読んでいます」というハガキをいただいた。ありがとうございます。

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やなぎ先生へ答えます!

  新潟へ行っていました。

 やなぎ先生、返事が遅くなりました。
★ ★ ★
 こんばんは。
以前相談させていただいたやなぎです!
僕のような初任者の人のことを
思ってくださっていてありがたく思います。

2学期が始まって1週間は経ちました。
子どもたちも最初の3日日間くらいは
非常に頑張っていたのですが
最近だれてきている姿があります。

テキパキ博士という博士を作っていて
タイマーを使って◯分でできたら
テキパキ博士!といってしています。
1学期のころは帰りの用意など
本当にけたたましいぐらいのすばやさで
できていたのですが
最近は時間内にできる子どもが
減ってきています。

クラスの雰囲気なども関係あるのでしょうが
そのことに困っています(>_<)
何か一助いただけたら幸いです。
投稿: やなぎ | 2016年9月12日 (月)
★ ★ ★

 はかせ方式を使い、最初はがんばっていたのがだれてきているという状況なのですね。
 考えられる原因は、2つありますね。

 ①「はかせ」の設け方に問題がある。
 ②方向性をどのように示しているか。

 ①について
 はかせ方式には、時間を競うというようなものは、最初はやらない方がいいですね。
 やなぎ先生のクラスは、多分スピード感がなくなっている。何でもだらだら過ぎていくという状況。そこで、「てきぱき博士」ではやくしようという発想だったのでしょう。
 でも、これは時間内に間に合わないという経験を何度かしていけば、「もうだめだ!」ということになりますね。
 こういう子供たちには、他のハカセで、「できる」という成功体験をもたせることを何度かやって、それから「これは難しいかも知れないけど、今はできないかもしれないけど、挑戦してみるかな?」という感じで、提出した方がいいです。
 彼らには成功体験を積み重ねさせることが大切です。
 てきぱき博士がうまくいっていないならば、さっさと引き上げることが大切です。
「これはむずかしいようですね。じゃあ、これはとっておきましょう。」とさっさと引き上げることです。
 決め手は、目の前の子供たちの状況です。
 こだわることはないのです。

 ②の方向性です。
 このハカセになることによって、どんないいことがあるのかを語らなければいけないですね。
「これができるようになると、ほかのこともすばやくできるようになってきます。楽しみですね。がんばりましょう」と。
 そして、盛んにフォローを加え、大げさに喜んであげることが必要です。
 
 できるようになったハカセが増えていけばいいですね。
 常時どのくらいのハカセに取り組んだがいいかは、クラスの状況によって違ってくるのでしょうが、私が指導した初任者のクラス(2年生)は、5つぐらいでした。
 
 

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保護者の方のコメントに答えて

  保護者の方のコメントをきっかけに、さまざまなやりとりがなされました。

 保護者の方から私にもコメントしてほしいということですので、改めで読み返しました。
  ★
 私のブログは、これから起こってくる教師たちの問題とどのように対処すべきかの方向を書いているものです。
 
  今、小学校は女性教師は6割、中学校は4割を占めています。
 だから、結婚し、妊娠し、子育てを中心に行う女性の先生の負担は大変なものになります。
 
  私はここ数年の間に、子育てをしているママさん先生は、睡眠を削り、もはやぎりぎりの状態で仕事と家庭を両立させている状態であり、もう両立ができない状態で辞職する以外にないという方が数多くいることを知りました。

 もう一教師の努力ではどうにもならない状態に追いやれていることがわかります。
 このままでは、学校は崩壊してしまうと何度もこのブログで言ってきました。
 崩壊してしまうというのは、学校で子供が育てられない状態に追いやれていくということです。
 
  ハコモノは、公立ですから残りますが、もはや収容所みたいになっていく可能性があります。すでに、そのようになっている学校はあるのです。
 
 教師は鬱病や入院などに追いやられて、退職していきます。
実際に知っている中学校では、4月から7月までの間にかなりの先生が辞めている状況があり、また、昨年ある小学校で6人の先生が辞めて、2年目の先生が療休に入るという学校の状況も聞きました。
  大変なことになっているわけです。

 こういう中で、さて私たち教師は何ができるのかと問いかけているわけです。
 そういう思いを先生たちと共有したいという考えです。
 
  私はもうすでに退職していますが、常に教師の立場で、教師の目線で、今も考えています。
 ★
 保護者の方はコメントされています。
 上の子供の体調不良や自分の体調不良(妊娠中)でしばしば休む先生がいる。
 それでいいのでしょうか、と。

 私の問いかけと、あまり正対していないコメントなので、忙しさに紛れてそのままにしておりました。
 そこからさまざまな方のコメントが出されて、やりとりが
交わされました。
 
  やりとりの一部は、不毛なものだと思いました
 学ぶものがないのです。

 私のブログで、こんなやりとりはしてほしくないと正直に思いました。
  ★
 私の37年の教師経験から言えば、このような先生はいませんでした。もちろん、休まれたりすることはありますが、それは特別な時です。
 
 がんばって一生懸命教師を続けておられました。
 私の女房も、同じようにして妊娠し、出産し、教師を続けました。

 学校の管理職は、このようなことには特に気を遣い、最優先のこととして取り組みます。
 だから、あまりにもひどい場合は、周りの教師も迷惑する訳ですから、当然その教師への指導が入るはずです。

 そのような甘さをもって、これから教師を続けようとしたら、続けられるはずはありません。
 学校現場は、もうそんな悠長な場所ではないのです。
  ★
 私のブログは、数多くの先生たち、保護者の方、各方面の方々に読んでもらっています。
 
  私の動向を記録したもの(つれづれなるままに)。講演をすることが多いので、そこで感じたことや思ったこと。それに何よりも大切にしているのは、困っている初任の先生や、クラスがうまくいかない先生たちへのアドバイスです。本を出しているという責任として、相談に乗っています。何とかがんばってほしいという思いを込めて、発信しています。

 コメントでも、私と同じ立場で相談に乗ってもらえる先生方があり、励ましてもらえる先生もあり、……ととてもうれしく思っています。

 だから、このブログはできるだけ門戸を広げて、自由に意見を発表できる場でありたいと願ってきました。
  ★
 私も、来年は古稀を迎えます。
 このブログも、そんなに長く続けることもないでしょう。
  止めどきはありますね。

 だから、これからは私のブログの趣旨に限定し、絞って続けて行けたらいいなと考えています。

 コメントも、私の判断で掲載できるかどうかを決めていきます。
 どうしても答えなければいけない場合は、個人的に連絡します。
 ★
 保護者の方からのコメントの、私なりの答えと、これからのことを書きました。

 
 
 
 
 

 
 

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ここが最後の砦ではないか!

   朝日新聞に、氏岡さんが以下のようなことを書いていた。

  (2016.9.2 社説余滴)
 ★ ★ ★
次の学習指導要領が2020年度から小中高校で順次始まる。それに向け、中央教育審議会の部会が8月末、審議まとめ案を了承した。

 「我が国の子供たちの学びを支え、世界の子供たちの学びを後押しする」

 部会がまとめ案で自らそう述べるほど意欲的な案だ。

 これからの社会で必要な力を育てようと、中身は盛りだくさんになった。例えば、小学校。18年度から先行する道徳の教科化に加え、英語の高学年での教科化、プログラミング教育の必修化もある。

 特に英語はいまの時間割に入りきらず、短時間学習や土曜日、夏休みで対応する。学校はこなせるのか。

 小中高を通じた課題として文部科学相が中教審に諮問したときから盛り込まれていた「アクティブ・ラーニング」(能動的な学び)は、既に多くの学校が取り組んでいる。

 話し合いや発表を採り入れ、時間が足りなくなる授業をこの間、いくつも見た。

 深い学びを目指せば、相応の時間がかかり、教える中身を絞らざるを得ないと思うのだが、どこまで可能なのか。

 審議を傍聴していたが、こうした時間や内容の量をめぐる議論は深まらなかった。

 その一因は、文科省が「ゆとり教育」批判から受けた傷が、まだ癒えていないことにあるように思う。

 文科省は02年度からの前回の指導要領で、教える内容を3割削減し「学力低下を招く」と集中砲火を浴びた。

 その轍(てつ)を踏むまいと5月、馳浩(はせひろし)・文科相(当時)は「ゆとり教育との決別宣言」として、「内容の削減を行うことはしない」と言い切った。

 今回の指導要領がアクティブ・ラーニングなどで主体的な学びを重んじ、その姿勢がゆとり教育とも通じるため、自民党内から「また削るのか」と臆測する声が出て、対応を急いだのだ。そして議論は打ち止めになった。

 文科省は「ゆとりか詰め込みか」の対立を超え、「質も量も追求する」と言う。だからといって増やすにせよ減らすにせよ、量の検討をしなくてよいわけではないだろう。

 「ゆとり教育との決別」を掲げるなら、批判を恐れず、量の問題に向き合うべきではなかったか。

 中教審は年内の答申を目指し、指導要領は年度内に改訂される。足元の学校現場の現実を踏まえ、確実に実現できる内容か、その量はどうかを吟味してほしい。

 (うじおかまゆみ 教育社説担当)
 ★ ★ ★
 
 「足元の学校現場の現実を踏まえ、確実に実現できる内容か、その量はどうかを吟味してほしい」と氏岡さんは書かれている。

 まさにその通り。
 道徳の教科化、英語の教科化、プログラミングの実践、そしてアクティブラーニングなのである。

 現場では、その1つ1つの実践のために多大な時間がかかる。
 ただでさえ、これだけの過密の内容なのに、これにまた付け加えようとしている。
 
 旗を振る人間はいい。
 実践していくのは、現場教師なのである。
 ★
 私は、根本的な考え方のところで不信感がある。
 「教師を人間として見ているのか?」
 というどうにもならない不信感である。

 はっきり言っておくが、うまくいかない。
 今だってこなせなくて、疲弊しているのである。
 これ以上詰め込んで現場教師がこなせるはずがない。
 
 だから、形だけが繕われて、実質は形骸化する。
 やってるだけになる。

 そうでもしなければ、現場教師は生きていけないはずである。
 ★
 北海道の山田洋一先生がフェイスブックに書かれていた。
  ★ ★ ★
  昨夜は、電話でサークルメンバーと打ち合わせした。
「教師として生きる」も大事だけど「わたしとして生きる」ことも大切にする。
そんな新しい研究会を始める。
教師は「どのように指導するか」ということにばかり目が向いているが、そろそろ「どう生きるか」を真剣に考えよう。
下世話な言い方かもしれないが、教師であることの「うまみ」はどんどん減ってきているのだ。
教師という仕事をとらえなおしたり、自分の生きる目的みたいなことを考えなければ、ただのブラック労働になってしまう。
  ★ ★ ★
 私が「味噌汁・ご飯」授業を提唱したとき、そこに込めていたのは、いかに人間として仕事をとらえていくかという視点であった。
 
 保育園に子供を預けているママさん先生が、その忙しさの中できちんと教師としての生活が成り立っていく。
 そのための仕事を、どのように作り上げていけばいいか。
  ただ、給料のためだけの仕事ではなく、自分の仕事に誇りが持てるものにしたい。
 
 それが「日常授業を豊かにする」というテーマであった。

 この課題がこなせていれば、教師の仕事はなんとかなっていく。
 ここが最後に残された砦ではないか。

 

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「どうでもいい」仕事に悩んでいる人 必見!

 私は密かに読書通を自認している(笑)。


 と言っても、そんなに本を読んでいるわけではない。
 
 私は若い頃組織に所属することがなかったので、ただただ一人で「インプット」を繰り返してきた。
  めちゃくちゃにインプットした。
  だから、無駄なインプットも数多くした。

 そのために、今では「読まなくてはならない本」は向こうから声をかけてくれる。匂いを発してくれるのだ(笑)。
  「読まなくちゃ!」となる。
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 先日、朝日新聞の広告欄にふと目をとめる(2016年8月28日朝刊)。

 出口治明さん。
 ライフネット生命保険会社 代表取締役会長となっている。
  初めて名前を見る人である。
 
 いやいや、初めてではなかった。
 『世界一子どもを育てやすい国にしよう』という本は買って積んでいたのである。忘れていた。

  その広告欄は、「リーダーの笑顔に人はついてくる」というテーマ。

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 僕は60歳を過ぎてからインターネット販売の生命保険会社を開業し、今年で8周年になります。社員140人ほどのベンチャー企業ですが、トップとしての目標は全社員が毎朝、目覚めたときに「今日も早く出社したい」とワクワクするような職場にすることです。そのためにはまず僕自身が元気に明るく楽しく仕事をすること。そう心がけ、時折、鏡で自分の顔をチェックしています。
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 教育現場でも同じです。子どもにとってはすべての大人がロールモデル。先生が楽しそうな顔をしていれば子どももまねするはずです。より優れた子どもを育てたいなら、まず教える立場にある先生が元気に明るく楽しく指導に取り組むことが大切です。
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 ところで、そもそも人は何のために勉強すると思いますか。 自分の頭で考え、自分の言葉で自分の意見を言えるようになる。たった一つ、それだけのために勉強するのです。教育の目的はこの言葉に尽きます。ですから、これから教師や講師に就こうという皆さんには、自分の考えを言語化でき、相手に伝えられる子どもを育ててほしいと思います。
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 おいおい、私たち「味噌汁・ご飯」授業のめあてをここに同じように書いてあるではないか。

 私たちは、「味噌汁・ご飯」授業でどんな子供たちを育てようとしているかと言うと、次のように言ってきた。
 
 ①自分の考えを持つ
 ②言語化する
 ③それを相手に伝える
 
 同じことを出口さんも言われている。
 ★
 急ぎ出口さんの著作を調べてみると、結構出されている。
 うかつであった。
 読書家を自認している私が、同世代の団塊の世代が出している本を知らなかったのである。

 急ぎ、3冊の本をアマゾンに頼む。

 『本物の教養』(幻冬舎新書)という本は、もう13万部突破だったのである。

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 さて、現在、ライフネット生命というベンチャー企業の代表取締役会長兼CEOというポジションに就いています。いわゆる経営者です。経営者は企業に対して大きな権限をもっていると同時に、大きな責任を負っています。それだけに、経営者にとって自分の企業はとても大きな存在です。私は、当然のことですが、ライフネット生命を起業して以来、過去の人生のどの時期よりも長時間必死に働いています。しかし、それにもかかわらず、人間にとって仕事とは何かと言えば、「どうでもいいもの」だとあえて言っておきたいと思います。
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 う~~~~ん、よくぞ言うなあというところ。
 実におもしろい。

 今「どうでもいい」仕事で悩んでいる人、苦しんでいる人は、この本を読んだ方がいい。

  改めて本から学ぶことは数多くあるのだと、再認識する。

 
 
 

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「小刻み活動法」を身に付けている!

  ●8月31日、神奈川県の愛川町中津小学校へ行く。

 この学校には、今まで何度も訪れ、授業をし、講座を持ってきている。
 
 今回は、模擬授業。
 3人の先生が算数の授業(15分から20分)をする。
 
 ねらいは、次の通り。
 ①日頃の授業をする。
 ②教科書をどう教えるかというねらいで行う。
 ③教科書の例題の指導を行う。
 ④全員参加をさせる。
 
 講評は、秦先生と私が行う。
 ★
 この学校では初めての試みということ。
 授業者は、初任の先生2人と5年目の先生。

 いやいや、驚いた。
 初任のM先生、T先生2人。
 彼ら2人のレベルは、もう初任者ではない。
 中堅の実力者というレベルではないか。

 指導言の区別が身に付いている。フォローを加えられる。
全員参加の手法もとれる。
 生徒へ向ける視線、表情も合格。
 
 5年目のM先生。
 着実な実力を身に付けてきている。
 私が主張する「小刻み活動法」のお手本となる授業。
 
 3人の授業は刺激的な授業。
 中堅やベテランの先生も、おおいに刺激を受けたのではないだろうか。
 ★
 模擬授業を終えてから、秦先生が「教科書の教材研究を考える」、私が「授業をうまくする方法を考える」というテーマで講演。

 私は、この4年間で1000人以上の先生たちの授業を見てきて、実は授業をうまくしていくには、もっと手近なところに手立てがあることを感じている。それを伝える。

 もちろん、名人授業をすることではない。
 「味噌汁・ご飯」授業の立場から明日の授業を「手応えのある授業」に変えていく方法である。

 「手応えのある授業」とは、「子供たちが集中してくる授業」ということになる。

 私たちは、いつもは「つまんない授業」をしている。
 その授業を、いつのまにか「集中する授業」に変えていく方法がある。
 
 それが、「小刻み活動法」。
 今までの教育界で、スモールステップと言われてきたものである。
 それを私なりにまとめて提起している。

 ただ、今回の模擬授業をしている3人の先生たちは、もうすでにこの手法を身に付けている。
 たいしたものである。  
  ★
 この学校は、外国人の子供たちが数多く通っている。
 だから、クラスの中で勉強についていけない子供たちが何人もいる。

 「大変だ!」と。

 私は決してマイナスのことだとは思わない。
 さまざまに手立てを考えればいい。
  (人ごとだからと思われることを覚悟して)
  大変だからこそ、さまざまな手立てがある。
  この「小刻み活動法」も、その1つ。

 確かに学力を上げることは大変である。
 でも、そんなことはたいしたことではない。

 そんなことより、その子たちに「日本で勉強して良かった!」「自信がついた!」などの「事実」を作り上げることである。

 私は一人一人と「物語」を作り上げると言っている。
 教師の仕事の本質は、未来を生きる子供たち一人一人にしっかりと生きていける「物語」づくりをすること。

 その物語が、子供たちの未来で生きてくる。
 そう私は信じている。

 この志を忘れないことである。 
 

 

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