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授業がうまくならない!

   「毎日授業をやっているのですが、授業がうまくなっている実感がありません。どんなことをやればうまくなるのでしょうか?」という質問を受けた。
 「味噌汁・ご飯」授業を提唱している立場として、これにはきちんと答えておかなくてはならない。
 このブログでは、何度も繰り返していることもあるが、今回も答えておきたい。
  ★
 今、多くの教師たちが中堅やベテランになっても、授業がうまくならない。
 いつまでも初任者のような授業をしている。
 
 それにはわけがある。
 「ぶっつけ本番」授業をしているからである。

 「ぶっつけ本番」授業とは、何の授業準備をしないままに教室へ行き、「今日はどこから?」などと子供たちに質問しながら始めていく授業のことである。
 
 とりあえず、国語では、子供に教科書の音読をさせたり、算数では、例題を考えさせたり(自力解決という)させる。その間に、赤刷りの指導書をさっと読んで今日の流れを確認する。

 こんなことをほぼ毎日やっている。
 時間がないのは分かる。
 学校の他の仕事に追われて、授業準備の時間が最後になる。
 でも、そこに行き着かない場合がある。

 そんなことに慣れてきて、いつのまにか授業準備をしないままに教室へ行くことになる。
 何とか授業は進められる。
 そして、いつのまにか時間があっても授業準備をしなくなる。
 そのなれの果てが、現在というわけである。
 
 こんなことをやっていて、授業がうまくなりようがない。
 子供たちが、授業にそっぽを向くのは時間の問題である。

 こんな授業をやっていることが、学級崩壊の原因の1つになっていることをまだ分かっていない。
 ★
 「ぶっつけ本番」授業でなくても、職員室で事前の授業を確認するために、さっさと指導書を確認する場合がある。
 これがいわゆる「教材研究」というわけである。
 
 どこで指導書を読むかだけの違いでたいした違いはない。

 要するに、指導書がなくては授業ができない。
 多くの教師たちの現状である。

 勤務時間の中で1時間という時間でも、授業の準備をする時間が確保できていない。
 子育てをしながら教師を続けているママさん先生が、まともに教師を続けていくことが大変困難になっている。

 この指導書で乗り切っていく以外に方法がないのである。
 ★
 日本の「授業研究」は、ずっと「ごちそう授業」の研究をしてきた。
 「研究授業」という方法で具現化してきた。
 今でもほとんどの学校では、「ごちそう授業」研究をしている。
 
 日頃やっていない授業を互いに見せ合って、研究会を行っている。
  その研究授業だけは、時間をかけて「教材研究」をする。
 と言っても、「教材研究」の方法が確立されているわけではない。
 ほとんどが指導書を綿密に読み、そしてネットで参考文献を探す。
 
 だいたい「発問研究」をすることになる。
 今まで教材研究の方法とは、発問を探すという形になっていた。
 ネットを探せば数限りなく資料は出てくる。
  ★
 研究授業が終わると、日頃の授業に戻る。
 指導書通りの授業である。
 
 教材研究とは、指導書を読むことだという一般的な風潮を変えなくてはならない(もちろん、参考にすることは一向にかまわないのだが)。

 私たちの「味噌汁・ご飯」授業は、まともに授業準備をやろうとしてもできない先生たちがやっていけるための方策を考えている。

 私たちは、教材の準備をするために今まで使われていた「教材研究」という言葉を使わない。「授業準備」と言っている。短時間で行う授業準備は、なかなか「教材研究」というものではない。
  ★
 さて、なぜ授業がうまくならないのか。
 以上書いてきたとおり、日々の授業(「日常授業」)でうまくなるための手立てを取っていないからである。

 研究授業は、かなりの時間をかけて準備する。
 でも、それっきり。
 日頃は、おざなりの授業に終始している。

 「味噌汁・ご飯」授業を学校ぐるみで実践してきた北海道の大曲小学校は、短時間で授業準備をする方策の1つを「課題道場」として提起されていた。

 ★ ★ ★
 「味噌汁・ご飯」授業では、「1時間の授業を10分で計画する」ことを目安にしている。短時間で1時間の授業を確かなものにするには、焦点を絞った取り組みが必要である。この課題道場もその一つの方法になると考えている。
 では、どこに焦点を絞ればいいのか。課題に絞るのが有効である。
 主要な発問や指示、板書(ノート)づくりなどももちろん有効であるが、それを決定づける課題を、強く明確なものにすることは、とても効率がいい。
 『学力向上プロジェクト』(野中信行監修 横藤雅人編著 北広島市立大曲小学校著)
 ★ ★ ★
 このように指摘して、その方法を提起されている。
┌────────────────────────┐
│ A 課題を書く。                                                         │
│ B まとめを書く。                                                       │
│ C 課題とまとめが正対しているかを検討し、課題           │
│  とまとめを見直す。                                                 │
└────────────────────────┘
 当校に私は何度も通い、授業を見せてもらう。
 当校の授業での「課題意識」はとても強いものであった。

 たとえば、加藤優子先生の授業は、国語で最初の課題を提起し、そして最後のまとめの課題をも最初に確認して授業を始めるというものであった。初めて見る授業。
 算数でも、「課題とまとめの整合性をもたせる」という形で、
 課題 整数÷小数の計算の仕方を考えよう
  →まとめ 整数÷小数の計算は、……
などを提起されている。
 
 課題が教材研究(授業準備)の中心である。

 だから、大曲小の授業法は、以下のようになる。
┌───────────────┐                
│本時の課題ー授業ーまとめの課題 │               
└───────────────┘                
 ★
 大曲小が提起した方法は、課題を意識した授業法の提起であった。
 これはかなり大事な視点である。

 多くの教師たちが、指導書にひきづられて怠ってきたのは、この自らの「授業法」を持つという視点であった。

 この授業法を自分なりに作ってこなかったために、いつまでたっても授業がうまくならなかった。
  私の結論はこういうことになる。

 「ごちそう授業」を作るための方法とは別に「日常授業」を乗り切るための方法論を持たなければならないのである。

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