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2016年6月

童神先生へもう一言の助言~クラスはみるみる甦る~

  童神先生から以下のようなコメントをもらう。
 ★ ★ ★
野中先生、初めて投稿させていただきます。

 今年初めて、2年生の担任をしている者です。低学年の児童の特性がなかなか掴めず、クラスがだんだんと騒がしくなり「このまま学級崩壊してしまうのでは……」と不安を感じながらも、方法が分からず困っていました。ここ数日は、頭の中が言うことを聞かない子のことばかり考え、子どもをマイナスな目で見てしまう自分に嫌気が差していました。

 そんな時、野中先生のブログを見つけました。先生が紹介されていた「はかせ」システムを早速、昨日試してみたのですが、驚くほど子ども達の様子が変わりました! 静かになっただけでなく、座る姿勢まで良くなりました。また僕自身、誰ができていないか探すのではなく、「できている子を探す」ように視点を180度変えることもできました。

 もちろん、まだまだ足りないところもありますが、やっと焦燥から抜け出せたような気がします。

 これからも、子供の良いところを見つけて伸ばす教師でいられるように、努力していきます。どうしても一言、お礼を言いたかったので書かせていただきました。

投稿: 童神 | 2016年6月25日 (土)
 ★ ★ ★
 うれしいコメントである。
 初任の方であろうか。2年生の担任をされている。
 
 私の提案している「ハカセ」方式を取り始めて焦燥から抜け出ておられる。
  ★
 私は、初任者のクラスが荒れる時には必ず言っている。
「あなたが教師に向いている、向いていないとかではなくて、単に『やり方』がまずいだけです!」と。
 いつも学級が荒れると、初任者は自分が教師に向いていないのだと考えこんでしまうからである。
 
 童神先生は、その「やり方」を変えたのだ。
 今まで言うことを聞かないやんちゃな子供にばかり目を向けていたのを、今度はハカセ方式で「よくできている子供」に目を向けるようになった。それだけ。
 
 もちろん180度の転換である。
 なぜ、今までやんちゃな子供を叱りつけることが効果をあげないのか(叱ってはいいのだが…)。
 なぜ、こんなハカセ方式という子供だましみたいな方法(笑)が効果をあげるのか。
 ★
 繰り返しになるが、もう一度書く。
 低学年の子供たちは、理想主義者だということ。
 複雑ではない。

 担任が示す「理想」(こうしようという目標)になびいていく特性がある。
 そこをハカセ方式はうまくとらえているわけである。

 そこで、童神先生にもう少し助言しておきたい。

 この理想主義者は、「ほめ言葉」にからっきし弱い。
 授業で、あらゆる活動で、フォロー(ほめたり、はげましたり、認めたりすること)を繰り返すだけで、どんどん子供たちは変わっていく。
 彼らの特性がそのようになっているからである。
  これは、中学年、高学年、あるいは中学生にも通用する。

 これからこのフォローをどんどんいれていけばいい。
 ★
 ただ、このフォローはむずかしい。
 なかなか入れている教師にはおめにかからない。
 よほど気にかけていないと抜けてしまう。

 だから、童神先生、これからこのようにしてみてほしい。

 ○何か子供たちに指示をして活動させたときには、必ずその様子を確認する

     こと。そして、必ずフォローをすることを待ち構えていること。
 
 ○うまくできないときには、「おしい!残念だなあ!」と言って、もう一度やらせる。そして、ちょっとでもうまくなったら、「さすが2年1組の子供だ!」とフォローを加えるのである。
 
 ○フォローの言葉を持っていなければいけない。
  私は「SWIM」方式と言って、これぐらいはきちんと日常的に使えるようにしておこうと言っている。 
  
  S……すごい、すばらしい、さすが、その調子
  W……うまい、わかる
  I……いいね
  M……みごとだね
  
 童神先生、ぜひがんばってほしい。
 きっとクラスはみるみる甦ってくるはずである。 

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非常時なのである~コメントに答えて~

  以下のようなコメントがあった。
 もしかしたら以前コメントされた方かなと思った。
 
 この先生に対して、aqua先生、mota先生、横藤先生がコメントされている。
 この3人の先生の言われることに尽きている。
 
 一言だけ言っておきたいことを書くことにする。
 と言っても、いつも書いてきたことだが…。
  ★ ★ ★
 野中先生、教師人生を生きるを読ませていただきました。昨年度異動し、ひどい状況の6年担任に体育主任となりましたが、学級と学年、職員室の前任校とのギャップに苦しみ、体調崩し、病休となり、自己嫌悪や卑下する気持ちが収まらず心身おかしくなり、鬱状態になりました。今年度は級外です。体育主任と特別支援教育主任は任せてもらいましたが、昨年のことで自信をなくし、職員室では、こんな自分の言うことなんて…と思うことも言えず、若手にも下に見られているだろうなと情けなくなります。校内もですが、校外では他校の教員、保護者からも、病休した先生だと常に見られている気になり、辛くなります。実際に病休してから冷たくなった教員もいます。心身辛いと、前任校までの自分のように動けない自分が情けなくなります。それでも、子どもたちの前での授業や指導は自信を取り戻せてきていることが唯一の救いです。
自分の中の考えを変える、新しい立場と仕事に挑戦する、淡々と仕事すると自分に言い聞かせますが、なかなか上手くいきません。教師の復路に入りかける歳。こんな自分は教師止めた方がいいという気持ちも出てきます。職場では上も下も同僚は10近く歳離れ、本音が語れる同年代もいなく、他校の教員に時々相談しますが、こんな話ばかりじゃと遠慮してしまいます。覚悟と決意を持って、孤独に耐えていくしか、そうやって、教師人生を過ごすしかないのかなと感じますが、子どもたちのためにがんばろうと思えていた前の自分でないことが本当に情けないです。教師人生って…と悩んでいた時でしたので投稿してしまいました。すいません。
投稿: 力量なしの一教員 |
 ★ ★ ★
 大変な時代になってきたなあという感慨がある。
 このように今までの学校で中心になって頑張ってきた先生たちが、異動して鬱病になる時代である。私が得た情報に寄ると、こんな事例は数知れずあるということになる。
 
 クラスを持っている50代のベテランたちが軒並みにばたばたと学級崩壊にあっているのも、同じ事である。彼らも、力量のある教師たちなのである。

  何かが大きく壊れようとしている。
  今まで普通にやっていれば普通に成り立っていたことが、成り立たなくなっている。
 これは何であろうか。
 
 うまく言葉にすることができないもどかしさがある。
 はっきりしているのは、”普通にやれば普通に成り立つ”
空間が壊れて、ワンランク下の空間へ投げ出された(上ではない)のである。
 
 直接的には、親や子供たちの大きな変貌がある。
 教室では、「生徒」できない・しない子供たちにかき乱されているはずである。

 それを迎え撃つ「武器」が必要である(武器と言っただけで拒否反応を示す人がいる。教育には無縁の言葉である、と。
そんな人は、まだ”普通にやれば普通に成り立つ”空間からしか発想できていないと私は認識している。もうとっくに壊れているのに)。

 非常時なのである。
 私はさまざまな「武器」を考え、提起してきた。

 ○「たし算発想」から「ひき算発想」へ。必要なものだけ  に削っていく。
 ○「学級づくり」を優先する
 ○「学級づくり3原則」、関係づくり・仕組みづくり・集団  づくり、特に「関係づくり」(縦糸・横糸張り)がキー  ポイント。
 ○勝負は1ヶ月。3・7・30の法則
 ○包み込み法
 ○「味噌汁・ご飯」授業、「授業づくり3原則」
 ………
 非常時の武器。しかし、通用するかどうかは、目の前の子供が決める。刀が通用しなかったら、槍にしてみる。槍でもだめだったら、投げ玉にしてみる。フットワークを軽くするのである。
 ただし、これらの武器は数多く持っておかなくては話にならない。

 ★
 今までの力量が通用しない時代になったのである。
 「力量なしの一教員」の先生が、異動して受け持った6年生は、先生だけでなく、他の先生でも通用しなかったのである。その学校の他の先生たちはほとんど嫌がって逃げているであろう。
 
 そんな困難な学年や学級を、今きちんと担任できるのは、福山憲市先生級の力量がいる。
 じゃあ、他の先生はどうするのか?
 
「きちんと」やらなければいいではないか。きちんとやろうとするプライドを捨てる。
 目の前の子供に合わせて、テキトウにやる。できることをやる。うまくいかなければ、さっさと引き上げる。そして、つぎの武器を駆使する。
 
 そのときに絶対必要なことがある。
 それは「自分を否定しないこと」。否定したら、鬱病になる。
 
 否定することではない。
  ほとんどの先生ができないことで、自分もできないのであるから。
 だいたいがうまくいかないのだから。うまくいったらしめたものではないか。
 そのように「覚悟」を決めることになる。
  ★
 『「私」を受け容れて生きる』(末盛千枝子著 新潮社)を読んでいる。
 その中で末盛さんは、書かれている。
 ★ ★ ★
 どんな人の人生も、それぞれに、困難があり、喜びがあり、そして深い意味があるのだと、今頃になってやっと実感するようになった。年を重ねるということの有り難さだと思う。
 若い頃には、自分を安全に最後まで連れて行ってくれる道があるのではないかと考えていた節がある。これから先の自分の人生に様々な困難が待ち受けているなどとは考えもしなかった、というより、なんとかそういう困難な道を迂回しようと思っていた。今となってはおかしいくらいだ。
 ★ ★ ★
 そうなのだ。
 教師人生もまた、困難があり、喜びがある。
 

  困難が待ち構えているし、「力量なしの一教員」の先生みたいに、その渦中にいる人もいる。
 迂回しないで、引き受けようではないか。
 そんな「覚悟」を訴えたい。

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教師人生を生きるということ(2)

 鳥取県の大山町に行って、夜、懇親会を開いてもらった。
 おいしい山陰の料理に舌鼓をうちながら、話は盛り上がった。楽しかった。
 
 私は酒の酔いに任せて、「教師人生は『往路』と『帰路』がありますよ!」と叫んでいた。
 突然の言い方に皆さん戸惑われたのではないだろうか。
  ★
 つまりはこういうわけである。
 「往路」とは、教師としての力量を蓄える時期のこと。
 「帰路」とは、その蓄えた力量で、自分の周りを変えていく時期のこと。
 
 登山に例えるといい。
 登り道(往路)は、頂上をめざしてひたすらに登り続けること。
 下り道(帰路)は、その頂上から麓へ向かって下り続けること。
 
 あるいは、マラソンに例えてもいい。
 折り返し点までが「往路」で、折り返してからが「帰路」(復路と言われている)になる。
 

「ものごと」には、「往路」と「帰路」があるものである。
 ★
 教師人生の「往路」では、ひたすら「自分」の力量形成が中心のテーマになる。本を読んだり、研究会に参加したりする。そこで得た知識を「実践」で試して自分のものにしていく。
 
 さまざまな「往路」がある。
 人によって、富士山に登る先生もあり、2000m級の山に登る先生もあり、あるいは近くの山で済ます先生もある。
 力量形成に違いが出る。
 
 だが、高い山に登るだけが、「往路」ではない。
 さまざまな生活を抱えてできない場合もある。
 ★
 教師人生の「帰路」(復路)は、周りに目が向けられなければならない。
 今まで蓄えてきた「力量」を使って、目の前のクラスを変え、学年を変え、あるいは学校を変えていかなくてはならない。
 
 もちろん、「往路」での蓄え方が、「帰路」を左右する。
 自分ができることを、精一杯やる以外にない。
 ★
 どこまでが「往路」だろうか?
 どこからが「帰路」だろうか?
 
 40歳を過ぎて、管理職の道へ進むか、あるいは教師一筋で行くか、指導主事の道へ行くかなど、そういう選択が問われる年齢がある。
(子育てをするママさん先生は、また違ってくるかもしれない。)
 
 そこあたりが岐路になるはずである。
 ★
 沢木耕太郎の『王の闇』(文春文庫)は、それぞれ勝負の世界で闘ってきた者の「帰路」に焦点を当てて書かれたルポルタージュ。
 沢木は「あとがき」で次のように書いている。
 
 ★ ★ ★
 たとえ、それが日本アルプスの三千メート級の山であろうと、ヒマラヤの八千メートル級の山であろうと、ひとたび山の頂に登ったあとは誰しもそこから降りていかなければならない。そして、その降り方は、登り方と同じく多様である。滑るように降りていく者もいれば、ゆっくりと雪を踏みしめながら降りていく者もいる。頂から頂へ跳び移るようにして下降していく者もいれば、雪崩に巻き込まれて転落してしまう者もいるだろう。私が心を動かしたのは、頂からの、その降り方だった。
  ★ ★ ★
  ★
 私の親しい友人に横藤雅人という教師がいる。
 縦糸・横糸の提唱者。
 

今年の3月まで北海道の大曲小の校長であり、4月からは北海道教育大学の教授である。
 荒れまくっていた学校を、校長として立て直してきた。
 

その実践報告が、先年度『学力向上プロジェクト』(明治図書)として刊行された。
 この本は、大曲小学校の先生たちの実践報告である。
 

でも、いわば校長としての横藤雅人先生が実践してきた「帰路」の本でもある。
そのように私は読む。
 ★
 教師人生は、人それぞれに多様である。
 でも、平板に、のっぺらぼうに生きるべきではない。
 そのように問いかけているのが、私の「往路」と「帰路」の考え方である。
 
 本も読まない、読めない。研修会へ参加しても、ほとんど学ぼうとしない。でも、いつまでも学校に居残り、何をやっているのか分からない生活を続けている。
 そんな若い先生たちが、結構いる。
 
 これからの7,8年で日本の学校は若い先生たちばかりの学校になる。
 20代、30代がほとんどで、40代、50代がぱらぱら。
 すでに都市圏はそれに近い。
 
 「往路」での力量形成は大丈夫だろうか。
 そんなことが心配になる。
 若い頃は勢いだけで進んでいけるが、そんな時間はすぐに終わる。
 
 「往路」を怠けると、無残な「帰路」が待っている。
 
 自分の学級がいつも不安定で、いつ学級崩壊の危機に直面するかわからない。
 初任の先生を教え導くことができない。
 
 学年をチームとしてまとめることができない。
 教務主任として先生たちを引っ張っていくことができない。
  校長として学校を引っ張っていくことができない。
 
 「できない」だらけの教師人生の「帰路」を送らなければいけない。
  ★
 「往路」だけで「帰路」を考えない先生もいる。
 自分がえらくなることばかりを考えている人がいる。
 
 要職ばかりを歴任してえらくなる。
 自分の学校にはいないで、外ばかりを歩いている。
 
 自分が目立つことだけを考えて、周りはどうだっていい。
 自分のことしか考えない。
 そんな人を何人も見てきた。
 
 これも無残な「帰路」と言っていい。
 
 「通りゃんせ」の歌に「行きは良い良い 帰りは怖い」という歌がある。
 「行き」(往路)は、目指すべき頂があるから勢いで「良い良い」である。
 しかし、「帰り」(帰路)は、「怖い」。
 帰りは、「覚悟」がなければいけない。
 
 自分を律する「覚悟」である。
 ここで人は躓く。だから、怖いのである。
 ★
 さまざまに多様な「往路」と「帰路」がある。
 人生二度なし!
 意識的に生き抜いてみようではないか!
 


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つれづれなるままに~素晴らしい生徒たちがいた!~

●13日、雨が強く降っている。
 羽田空港へ向かう。
 
 米子鬼太郎空港へ着く。初めて来る。
 関東はあれほど雨が降っていたのに、米子は晴れている。
 
 大山町教育研究所の所長の I 先生に迎えにきてもらう。
 初めての出会いだが、何度も会っているような気さくな先生である。合気道の館長も務められている。
 
 その夜、中山小の校長先生も交えて、懇親会。
 楽しかった。
 志が高い、このような先生たちと話しているとこちらも元気が出る。
 ★
 14日、8時過ぎにI 先生に迎えに来てもらう。
 最初に、大山(だいせん)町の中山小学校を訪れる。
  1時間だけ、先生たちの授業を見せてもらう。

 落ち着いた子供たち。
 全国学力テストでも、秋田の平均を国語、算数ともに超えている学校であり、その様子が授業を見ていてよく分かる。

 その後、すぐに中山中学校を訪れる。
 まず、学校環境に驚く。
 

   緑に囲まれて、しかもその木々がみんな整えられている。
 「ほうっ~~~~」とため息が出るほどの景観。

 2時間にわたり、先生たちの授業を参観させてもらう。
 なかなか中学校の授業の様子を見る機会は少ないのだが、
 

  この生徒たちの学習へ向かう姿は、半端なものではない。
 学習への集中、ノートの作り方、…どれもすぐれている。
 ★
 5時間目、今度は中山小へ戻り、5年生のクラスで授業をさせてもらう。
 いつもの「味噌汁・ご飯」授業になる。
 18名の子供たち。
 

  何度も何度も書かせて、指名発表させる。
 担任の先生からは「あんなすばらしい子供たちとは思いませんでした!」という感想。
 ずばり、その通り。
 ★
 その後、90分の講演。
「私の話は、この大山町の学校には合いません。荒れまくっている都市圏の学校で模索してきた方法論なんです!」と断りながら話を続ける。
 
 先生たちには、熱心に耳を傾けてもらえる。
  何よりも違うのは、先生たちが疲弊していない。
 
 元気なのである。
 この先生たちありて、この子供たちあり。
 ★
 講演を終えて、大山(だいせん)の山を見たいという私の希望で、I先生に大山の麓まで連れて行ってもらう。
 
 雲がかかって大山が見えない。
 「普通ならここに聳えたっているのです!」と言われるのだが、その大山が見えない。残念。
 ★
 15日、晴れている。
 だが、この日も雲がかかって大山は見えない。
 

貴重な出会いがあり、元気な先生たちに出会い、そしてすばらしい子供たちに出会い、幸せな時間を過ごすことができた。
 「ありがとうございました」という感謝の呟き。


 

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つれづれなるままに~「数学」をやっている!~

  ●数学が大の苦手であった。
 今回、思い切って勉強をし直してみようと覚悟を決めて、数Ⅰ、数Ⅱから始めている。
 細野真宏の「HOSONO METHOD」シリーズ本を参考にしている。
 今さら、どうしてそんな思いになっているのか。
 
 今、「算数」の「味噌汁・ご飯」授業を作っている。
 そうすると、根本的なところで疑問に思うところが出てくる。
 苦手であったので、今まで触ってこなかったところだ。

 ・「算数」と「数学」の違いは何か?
 ・なぜ、「算数」「数学」嫌いがこんなに多いのか?
 ・社会に出たら、微分積分、三角関数などはまったく役に 立たないのになぜ勉強をするのか?
 ………

 今まで不問にしてきた課題。
 それに答えを与えようという試みである。

 「残り少ない人生なのに、今更そんなことを追求して何になるの?」という呟きがあるが(苦笑)、これもまた人生なのである。

●これから鳥取の大山(だいせん)に行く。
 大山町にある小学校、中学校から呼んでいただいたからである。
 米子空港に着く。
 島根県のすぐそばにある空港。
 
 近くには弓ヶ浜があり、境港もある。
 風光明媚なところ。

 訪れる大山は、鳥取県で有名な鳥取砂丘と並ぶ自然遺産。
 日本名峰ランキングで富士山、槍ヶ岳に続くベスト3に上げられる名峰になる。
 
 その山を見られる。楽しみである。
  また1つ、冥土のみやげができる(笑)。
  雨が降っている。天候が気になる。

●これから先生たちは「仕事術」を身に付けていかなければ、とてもやっていけなくなる時代がくる、そのようにしみじみと思っている。
 
 どんな仕事術か。
 短時間で済ませていく仕事術。

 明日授業をする5,6時間の教材研究(私たちは「授業準備」と言っているが)を、1教科10分か15分で済ます。
 そんな仕事術。

 放課後職員室でテストやドリルの丸つけをしない仕事術。

 勤務時間中に、1時間は授業準備ができるようにする仕事術。

 家に帰ったら、ほとんどを「自分の時間」に当てていく仕事術。

 5時か6時頃には帰宅できる仕事術。

 ……まだまだあるであろう。
 
 すぐにはできない。
 でも、これらの1つからでも実現できる手立てを模索しなければならない。

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つれづれなるままに~あそこが痛い、ここが痛い~

  ●6月4日に、横浜の教職員組合青年局から呼ばれて「学級経営」講座。
 40名ほどの先生たちが集まってこられた。
 
 大変熱心に聞いてもらえた。
 最近は、教育委員会だけでなく組合からも声をかけてもらうことが多い。

 話すことは「学級回復の処方箋」。
 「魔の6月」なのである。

 クラスの「荒れ」が目立っている先生たちがいるはずなのである。
 「私が提起する方法は、絶対的なものではありません。方法に絶対的なものなんかないのです。決め手は目の前の子供たち。効果がなかったら、さっさと止めなくてはならない。別の方法を探さなくてはならない」と話して、今までうまく行った方法を提起する。

●6月5日「教育と笑いの会」に参加するために新宿まで行った。
 今教育界は暗く、せちがらく、沈んでいる。
 「笑いが必要だ!」と野口芳宏先生の発案で、玉置崇先生が主催してやられている。

 おもしろかった。
 野口先生の「教育漫談」は絶品だった。
 玉置先生(「愛狂亭三楽」という)の教育落語もおもしろい。玉置先生は、とにかく笑わせるコツを知っているのである。
 
 本格的な落語は、プロの落語家桂雀太さん。
 プロとはこんなにも違うものなのかという技芸を際立たせてくれる。

 実は私も、2回目の愛知の会で誘われたことがある。
「野中先生が教室でやられている『怖い話、汚い話、おもしろい話』をやってくれませんか」ということであった。

 本当なら断らないところだが、あまりにも「子供だまし」の下ネタなので、とても皆さんの前で披露できないと断ってしまった。
 昨日の会に参加しながら、やれば良かったかなとちらりと思った。
 
●北海道で行方不明になった小学2年生の男の子が発見されて、世界的なニュースになった。
 6日間を水だけで生き抜いていた。

 全ての幸運が重なっていた。
 それにしても、6日間も1カ所で頑張り抜く生命力が、あの男の子にあったこと、それだけの子育てをしたということ。

 たいしたものだと、私は感じ入った。

●急に首が回らなくなった。
 借金のせいではない(笑)。
 
 寝ちがえたのではない。ちょっと様子がおかしい。
 急ぎ整形外科に行く。

 レントゲンを撮る。
 先生曰く。
「老化現象の一つですけど、ここの骨が狭くなっていて、神経がやれています。だから、痛みが出てくるのです。何かやられたのですか?」

「別にないのですが、今日初めてラジオ体操をしたのですが…」
「ラジオ体操ぐらいでは、こんなことにはならないんですがね……」 

 痛み止めの薬を飲んだら、2日ぐらいで収まってしまった。
 要するに老化現象なのである。
  ほんとに困ったものである。あそこが痛い、ここが痛い、となってしまう。


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早くやってくれ!

  自民議連が文科相に以下のことを提言したということ。 

 http://this.kiji.is/110219549016915969

  ★ ★ ★
教員、6時までに退校を
自民議連が文科相に提言

 学校教員の長時間労働是正を検討している自民党の議員連盟(会長・塩谷立衆院議員)は31日、午後6時までに退校できる体制づくりや、部活動の負担軽減を求める提言の中間取りまとめを馳浩文部科学相に手渡した。

 中間取りまとめは「教員の長時間労働に支えられている状況は既に限界」だとして、抜本的な改革が必要と指摘。

 その上で(1)教員全員の午後6時までの退校を目指し、勤務時間管理や健康管理などを促進する(2)部活動は大会などを除き、土曜、日曜を休養日とする(3)業務を明確化し、給食費の徴収業務などを極力行わせない―ことなどを提言した。
  ★ ★ ★

 大賛成。
 早くやってくれと言いたい。

 だが、かけ声だけではだめだ。
 実際の業務がそれだけあるために遅くなっているのである。
 これを削っていかなければいけない。
 
 文科省はじめ各教育委員会などからの提出文書は、前期だけで3000枚、一日あたり平均23,4枚になると聞いたことがある。ほとんど教頭、副校長の業務。
 
 忙しくさせているのは、どこなのかはっきりすべきだ。

 とにかく、まず最初にやらなければいけないのは、次のこと。

 ●午後5時を過ぎたら、学校は留守電にすること。
  (緊急の場合の連絡だけをはっきりしておけばいい)

  ★
 2人の先生からコメントをもらった。
 ありがとうございます。

 ★
びっくりです。
野中先生と同じ横浜で教員を14年やっています。

私は前任校、現在の学校もそんなに遅くまで残っているいる人いません。5時になるとポツポツ帰り始め、7時までいると今日は遅いなぁ〜と言っている人がほとんどです。
遅くまでいるとなんで?という雰囲気になります。、もちろん終わらない仕事はあります。誰でも。

しかし、私自身教務主任をしていたのでよくわかりますが、そんなに多くの仕事に時間はかかりません。
明日に回せるものがほとんどです。
9時、10時までやって、、何が次の日にいかせるのでしょうか?
仕事術を研究してみたほうが。
今は研究主任してますが、指導案検討を本日行いましたが、30分超えると同じ話しか出ないので、開始時間と終了時間を書いて始めたら、2本で50分ほどで終わりました。板書を書いて検討してもです。
教員はなんでも輪番制を取ることが多いと思います。司会や記録。
そうすると慣れてない、要点を絞れないと途端に長くなるので、私はできる限り司会をやります。すると自分で時間をコントロールできるので早いです。
しかし、これも上記の校長の元だと手を抜いているとなるのですかね。
                          投稿: 同じ横浜です
   ★
まったく同感です。
岩瀬直樹先生が、『成果を上げて5時に帰る教師の仕事術』という本を出されています。家庭も仕事も充実してこそ、豊かな教師人生を送ることができる…。そのことを知っているから、時間を大切にし、しかも成果を上げる仕事術を磨いていけるのだと思います。
確かに現場は多忙です。しかし、変えられるところは変えていく。それは、校内から、自学級から、地道に積み上げていくことで、可能になるのかもしれません。最近、そんなことを考えています。

投稿: 鈴木玄輝

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おかしいよね、この状態!

  先生たちが疲弊している。
 私が退職してもう9年目になるが、更に悪化している。
  ★
 私の知り合いの若手の先生で、4年目の先生がいる。
 順調に「学級づくり」をしているが、管理職はそれを評価していない。
 
 なぜなら、その若手の先生が早く学校を退勤するからである。といっても、6時頃なのだが(その学校ではみんなが遅いので目立つのである)。
 趣味などをやっているので、そのための時間を生み出している。
 自分の時間を作るために努力しているのである。

 管理職にとっては、それは怠けているととらえられるらしい。
 早く退勤する教師は、不真面目な教師であると判断する。
 
 遅くまで残って仕事をしている教師が(自分も現役の頃はそうやっていたのだろうか)真面目で、がんばっている教師だという判断なのだ。
 ★
 別の私の知り合いの教師が、フェイスブックに以下のように書いていた。
  ★ ★ ★
6時間授業、15時授業終了。
15:40分より研修スタート。
16:30頃終了。
その後、職員室で事務仕事。
個人面談プリント作成、印刷。
運動会特別号学年だより作成。
電話1本
授業時数記録
運動会名前シール申し込み枚数カウント
掲示物貼り替え
20:15職員室退勤
そして、職員室には2分の1の職員が残っている。
おかしいよね。この状態。
今週、児童下校後、会議等がない日は皆無。
 ★ ★ ★
 20:15の退勤でも私にとっては、ありえないことであるが、「おかしいよね。この状態」というまともな反応をされている。

 この時間で2分の1の職員は残っている。
 毎日9時、10時、11時の退勤を普通に続けているのであろう。
 この教師たちが真面目で、熱心な教師と判断される。
 こんなことでいいのであろうか。

 夕食はどうなっているのであろうか。
 家族がいる先生なら、家族はどうなっているのだろうか。
 
 こんなことを毎日やっていて「自分の時間」を持てるのであろうか。
 決して、人生は「教師」としての仕事だけでは成り立たないことをどれだけ考えているのだろうか。

 ★
 横浜市の教育委員会が、このような実態に動き始めた。
 市教委は2015年3月に保護者宛に異例の手紙を配布する。

 市立校と諸外国の教職員の勤務時間を比較するデータを提示し、学校に閉庁日や定時退勤日を設けることなどの理解を求める。
 
 その様子を毎日新聞が連載している。
 http://mainichi.jp/articles/20160515/k00/00e/040/158000c
 
 私は率直に評価したい。
 教師たちは追い詰められている。
  こうして委員会が動き出せば、必ず学校も動き出す。

 まず一歩なのだ。


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