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「自慢づくり」ということ

  新幹線から富士山を眺められたことがあるだろうか。
 その偉容は、「おお~~っ」と叫びたくなるほどのものである。
 
 あるとき、名古屋に行く途中で、富士山がくっきりと姿を現したことがあった。
 同じ車両に乗り合わせていた外国人たちが、「おおっ~~~富士山!富士山!」と一斉に騒ぎ出し、カメラを持って走り回り始めたのである。
 
 外国人にとっても、富士山は、こんなに驚くことなのである。再発見したものである。

 今回、静岡県の富士市に行って、強く印象づけられたことがあった。
 タクシーで会場へ向かっていると、目の前に大きく富士山が聳えているのである。

「えっ~~、こんなに富士山が目の前にあるんですか!毎日この富士山を見て生活するというのは、どんな気持ちになるんでしょうか?」とタクシーの運転手さんに聞いたら、「慣れてしまっています」という答え。

「まあそうだろうなあ」と思いつつ、子供たちはどうなんだろうと想像を巡らせた。
 ★
 関東から西の県は、子供たちが落ち着かなくて、大変さを抱え込んでいる学校が多いのである。
 
 でも、その中でも静岡県の平静さは、目立っている。
 これは、ずばり「富士山効果」ではないかと仮説を立ててみたのである。
 
 以前同僚だった先生が結婚のために富士市の先生として採用試験に合格して異動していった。
 
 語ってくれたことがある。
「もう絶対に横浜の先生なんかに戻りたくない。こちらの学校の子供たちは素直で、先生のしがいがあります!」と。

 そんなに富士市は子供たちが落ち着いているのだとつくづく思ったものである。

 私が立てた仮説とは、富士山という世界遺産を持っていることで、それが子供たちの「自慢」のタネになり、自分たちも富士山に負けないようにしっかりしようという気持ちを育てているのではないか、というものである。
  ★
 何を言いたいのか。
 自分たちの県や土地や学校に、「自慢」になるタネがあったり、できたりした場合は、子供たちは大きく変わっていくということである。

 この教育効果は計り知れないものである。
 ★
 横浜市で、ある高校が甲子園に出ることになった。
 男子校で、あまり目立った高校ではなかった。

 その高校の生徒たちと毎日バスに乗り合わせている先生から聞いたことであるが、その高校が甲子園に出るとなったとたんに一気に生徒たちの態度が豹変したという。

 今まではズボンをずり下げて、だらだらとした態度でバスに乗り込んできて大変迷惑であったのだが、甲子園に出るとなったとたんに、ずり下げていたズボンがあがり、朝の挨拶もきちんとするようになったということ。

 その先生はびっくりしたという。

 「我が高校が甲子園に出る!」→「うちの学校もやるじゃん!これからは甲子園に出た学校として注目されるな!」→「我々も甲子園に出る学校としてちゃんとした態度をとらなきゃ!」
というような気持ちの変化があったことは容易に想像できる。 
 「甲子園出場」という「自慢」のタネが出て、生徒は変わったのであろう。
 ★
 私が最後の勤務校に赴任したとき、今までの学校の同僚の先生に同情された。
 「荒れまくっている学校だから、3年経ったらすぐに異動すればいいよ!」と慰められた。
 
 赴任したら、確かにその通り。
 始業式からわあわあと落ち着かなかった。

 5年生の担任になった。
 5年生は近くの学校と親善の球技大会がある。
 女子はミニバス、男子はサッカーと決まっている。

 隣のH小学校との試合。
 男女ともぼろ負けであった。
  1つのチームも勝てないのである。

 どうしてこんなに負けるのか。
 隣の学校は1クラスしかなくて、男女ともたかだか30名程度。本校は2クラスで70名程度。2倍の数の子供がいるのである。
 
 子供たちに聞いた。
「どうしたんだよ?」
「先生、うちの学校、何やったって いつもこれなんだよ!負けてばっかり。どうせ何やっても同じだよ」と。

 この言葉には愕然とした。
 子供たちには、この「負け犬」の精神が染み渡っていた。
  ★
 2年目から、校長に許可をもらい、特別の陸上クラブを作った。
 5,6年生。
 夏休みなどに練習をさせ、横浜市の陸上大会へ連れて行った。
 徐々に実績をあげることができた。

 5年生の1人の男の子が神奈川県の大会で100mで優勝したり、6年生の女の子が、神奈川県代表で全国大会へ出場したり、あるいは横浜市全体の大会で、女子400mリレーで2位になったりするようになった。

 また、区のクロスカントリー大会(1年から6年まで)には100名以上の参加があり、3位内のメダルを20名以上ももらってくるという快挙も出てきた。

 必ず朝会で、みんなの前で校長から賞状やメダルを授与してもらった。

 このことで、子供たちは変わった。
「おいおい、オレたちの学校はすごいなあ。こんなにすごい子供がいるんだ!」ということになった。
 もう「どうせ~~~」という言葉は聞かれなくなった。

 自分の学校を誇りに思えることが出てきたのである。
 「自慢づくり」と、私は言っている。
 
 O小学校は、2年ぐらいですっかり落ち着いていった。
 先生たち一丸になっての取り組みで、どのクラスも落ち着いた学習活動ができるようになったのである。
  ★
 その中で、やはり「自慢づくり」が果たした役割は大きかったのではないかと、私は思っている。

 自分の学校に、自分のクラスに、自分に、自慢できることがあるということ。
 この「教育効果」は私たちが考えているよりもずっと大きい。

 子供たちが誇れるものが、学校に、クラスに、あるだろうか?
 あまり意識していないのではないか。

 なかったら意識して作ることである。
 そして、これが「すごい!すごいよ!」と何度も何度も子供たちに訴える。
 「自慢づくり」なのである。
 子供たちに、その気になしていく。
  ★
 こんなことを富士山を見ながら考えてみた。
 
  
 


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