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つれづれなるままに~コントロールできること、できないこと~

●朝日新聞のスポーツ欄で時々書いている西村欣也さんの「EYE」の愛読者だった。
 最後のコラムを読んだ。
 

  定年での最終回。
 20年近くこのコラムを書いてきたことになるらしい。

 ★ ★ ★
 あと2つ書いておきたいことがある。
 超一流アスリートを取材していて生き方を教わることがある。例えばイチローと松井秀喜だ。全く違う個性の2人から同じ言葉を聞いたことがある。
 イチローが首位打者争いをしていた時、ライバルのその日の成績を伝えた。彼の言葉は「愚問ですね。彼の打率は僕にはコントロールできませんから」。
 松井はヤンキース1年目、出だしでつまずいた。成績があがらない。ニューヨークのメディアは厳しい。「気にならないか」と松井に聞いた。「気にならないですよ。だって彼らの書く物は僕にコントロールできないもの」。
 つまり、自分にコントロールできることとできないこととを分ける。コントロールできないことに関心を持たない。これは日常生活にも採り入れられる生き方だと思った。
 ★ ★ ★
 これは良い。
 自分でコントロールできることとできないことを分ける。
 そして、コントロールできることだけに関心を向ける。

 なるほどなあと思う。
 だから、イチローと松井が確かに存在したのだ(イチローは現在進行形なのだが)。
 キヨハラになることがなかったんだ。

 キヨハラは、レストランで自分の方を指さして笑っているものに頭にきて、自分の食べている皿をたたき割った実際の場面をブログに書いていたらしい。
 
 プロ球界での有名人に駆け上って、「有名人になること」の意味を分かっていないのだ、私にはそう思えた。
 コントロールできないことはひたすら冷静に耐えることなのに。
 ★
 キヨハラのことについてもう少し。
 彼は言っていた。
 「現役を退いてから、満足する絶頂感を持てなくなった。」と。

 天才バッターだった彼が、成し遂げた栄光は数限りなくある。
 絶頂感に浸ることは何度もあったことであろう。
 

  周りにもちやほやされて、絶頂感は更に高まったであろう。
 (こんな時がほんとうは一番危険なときであるのだが。)

 絶頂感は求めるものではない。訪れるもの。
 キヨハラは何度もそれを求めて、最後は覚醒剤に手を出していった。

 人の生涯は、案外平等にできているものである。
 「WINWINの生涯」なんてない。
 
 傍目からはそのように見える人も、実は辛いできごとを抱え込んでいるものである。見えないだけ。
 
 良い思いをしたら、どこかでしっぺ返しを食らう。
 悪い思いだけの人生なんてない。どこかで必ず良い思いが訪れる。
 そのように人の生涯はできている。

  だから、日々の安寧を求め、それに感謝する。
 そのように生きるべきだと、私は自分に言い聞かせる。
 ★
 ずいぶん脱線してしまった。
 コントロールできないことって何だろう?
 
 それは、自分の過去のこと。
 自分が関与できないこと。
 そして、「なるようにしかならないこと」。

 このことにひたすら関心を持たないこと。
 それは私たち凡人にはなかなかできない。
 
 過去に苦しめられることは多い。
 調子が悪くなると、思い出すのだ。過去の苦い思い出を…。
 
 そして、苦しむ。
 どうにもできないのに。
  ★
 私はどうしたか。
 経営コンサルタントの小宮一慶さんの方法に学んだ。

 女房から髪留めのゴムを借りて、左手にはめる。
 いやな過去を思い出したら、そのゴムを「終わり!」とパチンとする。考えるのを終わるのである。

 半年かかった。
 それでも時々思い出す。

 ただ、もうそんな過去で思い悩むことはない。
 ★
 では、コントロールできることってなんだろう?

 それは、自分の「今」と「これから」。
 自分が関与できること。
  できることをやればいいのだ。
 
●29日、神奈川県の平塚松原小学校へ行った。
 この学校には、5年前にも訪れている。

 そのときも授業をさせてもらった。
 今回も5時間目に授業をさせてもらい、そのあと講演である。
 
 4年生の初任者のクラスで授業をした。
 素晴らしい子供たち。
 私の一つ一つの言葉に敏感に反応する。

 「よくこんな子供たちを育てたねえ」と初任者には声をかけた。 初任者のクラスで、なかなかこういう子供たちにはお目にかかれない。

 講演では熱心に聞いてもらえた。
 90分。
 先生たちのレベルが高い。
 先生たちの話を聞く姿勢を見ていると、すぐに分かる。

 最後に質問が出た。
「先生は、各学校へ行って先生たちの授業を5,6分見られて、そこで先生たちの授業力を判断されるということで、企業秘密と言われていますが、どんな視点で授業を見られるのか、良かったら教えてもらえますか?」   

 企業秘密なのだが(笑)、3つほど話をした。
 
 先生たちは、私が授業を見にいけば、身構えて取り繕われる。
 当然だ。誰だってそうなる。
 しかし、取り繕えないところがある。
 それを見る。
 
 何を見るか。
 それは今までほとんど問題にされてこなかったことではないだろうか。

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