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「味噌汁・ご飯」授業の現在

  親しいT先生に本のお礼をメールで出したら、返事が返ってきて「味噌汁・ご飯」授業について書かれていた。
 若い先生の授業を見ることが多く、つとに「味噌汁・ご飯」授業の大切さを感じる毎日だということである。
 おそらく、若い先生たちは、お粗末な「日常授業」を続けているのであろう。
 
 また、ある先生は年賀状に自分の地区は研究授業では、まだ全部「ごちそう授業」一辺倒であるということを書かれていた。
 ★
 何度も書いていることだが、今までの日本の授業研究は、「ごちそう授業」の歴史であった。
 「ごちそう授業」とは、多くの時間をかけて教材研究をし、さまざまな準備(発問研究など)をして、精一杯の授業を展開する授業のことである。
 
 その「ごちそう授業」は、主に「研究授業」として各学校では展開されてきた。
 今も日本全国で、ほとんどがそうである。
 
 そのことにほとんどの先生は疑問を持っていない。
 運動会を実施するのと同じように、1つの大きな学校行事になっているから。
 
 どのような成果を上げてきたのか。
 これは研究成果というものであるが、ほとんどの研究紀要では研究主任の作文で終わっている。
 目立った成果はない(多分?)。
 
 この研究授業によって、各先生方が授業力を向上させたという様子はないし、子供たちが大きく学力を向上させたという事実もない(多分?)。
 
 当たり前であろう。
 1年間のうちの1000時間以上ある時間の中で、1,2時間の研究授業で、何かが変わるはずはないからである。
 
 それは、その研究授業が日頃とまったく違う授業であり、日頃の「日常授業」は何の変わりもなく相変わらずそのままに展開されているからである。
 研究授業は、日頃やっているのと違う特別な授業をやるということになっているのである。
 
 その特別な授業をお互いに見せ合って、研究会で検討し合っている。
 一発の打ち上げ花火大会にみんなで集まってきて「今日はきれいだった!」「今日の仕掛け花火は見事だ!」などと言い合って、そしてまた普通の生活に戻っていくというようなこと。
 日頃は線香花火しかしていないのである。  
  ★
 「研究授業」を問題視しているのではない。
 お互いに検討し合う研究会は必要である。

 ただ、日頃やっていない「ごちそう授業」を検討し合っても、問題は「日常授業」が変わっていかなくては意味がないではないか。

 だから、日頃やっている「日常授業」を研究授業で提起して、それを検討し、変えていく試みをすること。
 そうすることで、各先生たちの日頃の「日常授業」がさらに向上していく。
 その結果、先生たちの授業力は向上し、また子供たちの学力も向上していくことにつながる。
 
 これが当たり前だと思えないだろうか。
 ★
 私が関わっている北海道教育委員会は、学校力向上の事業のなかで、明確に「日常授業」の改善というテーマを設けて推進している。
 
 最初は各学校はなかなか動かなかったが、今では数多くの学校が「日常授業」の改善で研究授業を展開している。
 そして、それらの学校は、特に子供たちの学力向上は目覚ましいものがある。
 
 低学力にあえぐ北海道の中で、何をすれば学力向上が図れるのかが分かってきている。
 私が監修して出版した北広島市の大曲小学校や、網走市の網走小学校は、まさにそんな学校である(北海道で算数教育で大きな成果を上げた学校が、その研究成果をまとめてこれから出版されてくる予定もある)。
 ★
 子供たちの学力をあげていく。
 先生たちの授業力を向上させていく(それは「日常授業」をこなしていく授業力であるが)。
 
 そのために、
 何をしたらいいのか。
 どうしたらいいのか。
 それが分かってきたのである。
  ★
 1つだけ言っておきたいことがある。
 私たちは「ごちそう授業」に対しては、今まで否定的に主張していると受け取られているはずである。
 
 そんなことはない。
 「ごちそう授業」づくりは、年に1,2回は必要である。
 夏休みなどに作る必要がある。
  そう主張している。

 なぜか。
 「ごちそう授業」づくりでは、本格的な教材研究をする。
 本格的な発問研究などもする。
 
 そこで教材の見方、扱い方などが鍛えられる。
 発問研究なども鍛えられる。

 その積み重ねが、自分の授業力の向上につながる。
 
 たとえば、11月に一緒にコラボをした福山憲市先生などは、瞬時に教材研究ができ、瞬時に普通の先生ができないような授業を展開されるはずである。
 そんなことができるのは、今までの豊富な修業による。
 ★
 なぜ「味噌汁・ご飯」授業なのか。
 普通の教師が、普通の生活をしながら、それでも「日常授業」を豊かにしていきたいという願いに応えるためである。

 誰でもが「日常授業」はやってはいる。
 だが、その授業は、「おしゃべり授業」であったり、「定着不足授業」であったり、「挙手発言型授業」であったりしている。
 「雑務」という感覚で、できればやりたくないと願っている場合もある。

 私たちの「味噌汁・ご飯」授業は、そんなことを克服して、手応えのある「日常授業」にしたいと願っている。
 「日常授業」が豊かにならなければ、現場で生き抜いていくことはこれから困難になると考えているからである。
  ★
 「味噌汁・ご飯」授業のキーワードは「時間」である。
 「日常授業」は、今日も5,6時間、明日も5,6時間の授業が待ち受けているのである。
 
 それをこなしていく「時間」は短時間。
 まとまった時間などない。
 「ごちそう授業」などはとても無理。

 それでも短時間で「授業準備」をする(教材研究とは言わないで、授業準備と言うことにしている)。
 
 全員参加の授業を考えている。子供たちが集中できる授業。
 そのために、「授業づくり3原則」という授業法を提起している。

 子供たちの基礎的な学力も、きちんと保障する授業も考えている。
 
 このようなことを今「味噌汁・ご飯」授業は考えている。

 

 

 
 
 

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