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2016年2月

質問に答えて~凌いだ日々はあったのですか?~

mika先生が私に質問をされている。

 ★ ★ ★   
野中先生、初めてコメントをします。
mikaと申します。
長瀬拓也先生の著書「ゼロから学べる学級経営」から野中先生のことを知り、それからブログを拝見しています。

私は教員4年目ですが、去年のクラスが崩壊寸前でした。自分のクラスなのに、冷たい空気が流れていて「この場所にいたくない」と感じてしまいました。
担任としてそう思ってしまう自分がすごく情けなくて、悔しかったです。
いつからか「子供に寄り添う指導」を目指していたのに、「子供の顔色を伺う」日々になってしまっていました。
今でも思い出すと胸が苦しくなり、時々夢を見ます。

現在は休職中なのですが(病休ではありません)自分の学級経営を反省し、1から学びたいと思い、時間がある時には学級経営の本を読んだり、先輩が他の体験談がのっているホームページを見たりしています。

そこで、野中先生にご質問があります。
野中先生にも、クラスが上手くいかず、「凌いだ日々」はあったのでしょうか?
もし、ありましたらその時のことお聞かせ願えますか?
  ★ ★ ★

 37年間担任として生活してきた。
 その間に、学級崩壊という状態になったクラスはなかったが、かなりあやうい状態になったクラスは1回だけあった。
 そのときは確かに「凌ぐ日々」であった。
 ★
 H小学校にいた頃、高学年で最高だと思われるクラスを作ったことがある。クラスに数人のリーダーがいた。男の子数人、女の子数人。この子供たちがクラスをまとめあげて、素晴らしいクラスになっていた。私が40代の時のことである。
 このことで、私は学級づくりについてすごい自信をもつことができた。
「私の方法論でどんなクラスもうまく作ることができる!」という自信である。(実はこんな時が一番危険な時であったのだが)
 自信満々で、S小学校へ異動した。4クラス平均の学校。
 学校は荒れまくっていて、春の運動会は初めて見るような荒んだ運動会であった。
 それでも、1年目、2年目は中学年の担任だったので順調だった。
 3年目に持った6年生で、どん底に突き落とされるような思いになる。
 私の方法論が通じないのである。
 絶句する以外になかった。
 4年生の時に受け持った子供が一部いたのだが、様変わりしていた。
 「5年生の時、何があったんだよ?」と思わず聞いてみたくなるほどの変貌。
 クラスの何人かは「生徒しない」のである。
 この1年、それこそ「凌ぐ日々」を送ったことになる。
 ★
 しかし、私はへこむことはなかった。
 忙しかったからである。
 
 教務主任をやり、6年の担任をし、また趣味としてフルマラソンを走っていて、練習に明け暮れていた。女房の仕事の関係で、しばらくの間は夕食作りをしていて、いつも5時半か6時頃には学校から帰っていた。
 
 こんなことがかえって良かったのだと思う。
 ★
 最後の勤務校になるO小学校へ異動して、S小学校の経験をきちんと振り返ることになる。
  「あのことは何だったのだろうか?」
 そんな振り返りである。
 このままいけば、小学校も大変な状況になる。
 
 異動したO小学校も大変に困難な学校で、ここも荒れまくっていた。ここではずっと高学年の担任として過ごす。
 S小学校の経験を総括しての「学級づくり」を試すことができているので、クラスは順調に推移していった。
 
 決してH小学校で作り上げた最高の学級を二度と作り上げることはできなかったが、普通に過ごしていける「学級づくり」である。
 このO小学校では、管理職、教職員が一丸になって学校ぐるみの改革に着手していく。
 
 あれほど荒れまくっていた学校が2年ほどですっかり落ち着いて、普通の学校へ変わっていったのである。
 ★
 このO小学校で、初めての本を出す。
 『困難な現場を生き抜く教師の仕事術』(学事出版)
 私の55歳の時である。

 S小学校での「凌ぐ日々」、O小学校での「改革の日々」がなければこの本を出すことはなかったであろう。
 私の人生も大きく変わっていたであろう。

 もうあれから13年の年月が経つ。
 しかし、この本で提起したことは、まさに的確に状況を言い当て、その状況がさらに深刻化していることは確かであると、私は考えている。
 ★
 mika先生に質問されて、ざっと振り返ってみた。
 言えることは、今では言い慣れた言い方になるが「ピンチはチャンスだ」ということである。
 
 もし私がS小学校の困難な経験がなかったら、H小学校で有頂天になっただけの実践しか残せなかったと思われる。それをO小学校で生かすこともできなかったはずだ。
 
 だから、ピンチの時の過ごし方が大事である。
 必ず(必ずである)、教師は何度か学級がうまく行かないときが出てくる。
 
 これからはどんな教師も危うい目に遭うと思った方がいい。
 
 だからこそ、そうなったときのピンチの過ごし方が大事である。
 そんなときは、普通に過ごせば良いのである。
 できれば、その場をできるだけ早く離れることである。 
 気分転換。

 このブログで何度も書いたことがあるが、日本の精神科医の大御所 中井久夫先生は、次のように言われたことがある。

 「もし家に帰ってまでも担当の患者のことが思い出される
  ようであったら担当を変わらなければいけない!」と。

 ここまで徹底し、したたかになることである。
 
 
 
 

 
 
 
 
 

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著者インタビューから

   新学期最初の1か月で、1年間の学級経営の80%が決まる!

  元横浜市立小学校教諭野中 信行

 今回は野中信行先生に、新刊『新卒教師時代を生き抜く365日の戦略 担任ビギナーズの学級づくり・授業づくり』(小学1~6年)について伺いました。

野中 信行のなか のぶゆき
元横浜市立小学校教諭。初任者指導アドバイザー。『新卒教師時代を生き抜く心得術60』(明治図書)など新卒シリーズで問題提起をする。著者多数。


―『新卒教師時代を生き抜く』シリーズの本書では、初めて学年別に分冊し、野中先生の学級経営の理論とそれを基にした各学年の学級担任の1年間の仕事について、詳しく紹介されています。学年によって、学級づくりや指導法などに違いはあるのでしょうか。

 これら各学年の本は、初めて学級を担任する先生をイメージして作りました。だから、この本を実践してもらえば、基本となる「学級づくり」はきちんとできるのです。第1章は私が書き、第2章からは私の学級経営をよく理解し、第一線で実践している先生たちが書いています。各学年とも基本になる「原理・原則」は変わりません。ただ、学年によって当然、指導法は変わってきます。目の前の子供たちが違っているからです。それは読み比べて見られるとよく分かるはずです。

―本書を手にしてくださる方の中には、初めて学級担任をする先生も大勢いらっしゃると思います。4月までの準備として、これだけは押さえておきたいというポイントがあれば、教えてください。

 初めて学級担任をする先生が、必ずと言っていいほどつまずくことがあります。それをきちんとこの本の中で指摘しています。そして、その手立てを詳しく書いています。
 1つのつまずきは、「仲良し友達先生」になろうとすること。ほとんどの新卒先生が、ここでつまずきます。「教師であること」の態度づくりが間違っているのです。だから、4月までの準備として必要なことは、子供たちの前で「教師」として振る舞えるイメージ、心構えをもつということです。

―本書では、新学期の最初の1か月に焦点を当て、初日や最初の1週間のスケジュール、授業開きアイデアなどを紹介していますが、新学期の最初の1か月に、特に気を付けるべきことは何でしょうか。

 1か月が勝負です。必死になってください。ここで1年の80%が決まります。学級を「安心・安全で居心地がよいところ」にしなければいけません。「教師」としてのリーダーシップを発揮して、縦糸・横糸をバランスよく張ることです。ここに今までの人生の全てを賭けるぐらいの気持ちで突入してください。

―本書の中で、新卒教師の最大の課題が「保護者との信頼関係」であると述べられていますが、保護者との信頼関係を築くためには、どのような対応が求められるのでしょうか。

 この本の中にも紹介していますが、保護者が新卒教師に抱く「不安・心配」があります。それにきちんと応えていければ、保護者との信頼関係はうまくいくのです。それは、「教師」として子供たちにきちんと対応してくれるのかということ、そして、「我が子」に対してちゃんと対応してくれるのかということ。それに尽きます。

―最後に、読者の先生方に向けてメッセージをお願いいたします。

 今回の本は、対象は新卒教師向けに書いています。しかし、私たちは、実は多くの先生たちへ向けても書いているのです。
 今のこの困難な現場で、呆然と立ち尽くしている先生たちに「まだまだやっていく道筋はありますよ」というメッセージを送っています。今の自分の実践と見比べていただきたい。そんな願いを込めています。だから、ぜひとも新しい学年担任が決まったら、自分の学年の本を読んでいただきたいのです。

 

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つれづれなるままに~1人の辞職者も出していない~

●京都長岡京へ行く。
 長岡京教育支援センター主催の学級経営講座。
 2年目から5年目までの先生たちが集まってこられる。

 長岡京という名前は、記憶にあった。
 この地名は何だろうか?
 調べてみた。
 
 都が平城京から平安京へ移る10年ばかりの間、桓武天皇がこの地を都にしたところであることが分かる。
 それで、長岡京なのだ。
  ★
 2月23日という日にちは、極めて厳しい時期である。
 
 というのは、来年度のことを考えるには、まだ今のクラスで1ヶ月が残されている。
 若い先生たちは、今のクラスをどのように終わらせるかで精一杯である。
 なかなか来年度へ目が向かない。
 そんな時期なのである。
 
  来年度の学級経営を話すことになっている。
 大丈夫かなと思っていた。

 案の定、多くの先生たちは疲れ切っていた。
 それでも90分。
 精一杯「学級づくり」について話をする。
  ★
 寒い日であった。震え上がるほど……。
 道を歩いていると、「鈴木けんすけ」の選挙ポスターがある。
 「えっ~~、ここはこの人の選挙区だったのだ!」と。
 
 明日は、大阪寝屋川の初任者研修である。
 大阪へ向かう。
 
●午後1:30から大阪寝屋川市総合センターで新規採用予定者研修を行う。
 もう8年ばかり、この時期にこの研修を行っている。

 多分、新規採用者へ向けて、この時期に研修を行うのは寝屋川市が初めてのことであろう。
 ここで研修を受けて、あと1ヶ月ちょっとの準備期間があるのである。
 
 60名ほどの採用予定者。
 2時間びっしりと研修を行う。
 ★
 寝屋川市は、平成27年度も今のところ1人の辞職者を出していない。
 私が事前に初任者研修を行っている教育委員会は、初任の先生たちの辞職者が極端に少ない。   
 
 それは、事前に話をする私の話が効果があるのではないか。
 何か学級をうまくこなしていく効果的な話をしているのではないか。

 そのように都合良く考えてみたのである(笑)。
 確かにそう言えばそのような話をしている。

 初任者のほとんどが必ず陥る失敗話を確かにしている。
 そして、そうならないような実践を付け加えて話している。

 もちろん、話を聞いただけで行動化できない(実践できない)初任者は苦境に陥るが、それでも行動化できる初任者が多いということではないか。
  ★
 先日のブログでも紹介したが、数字上は3年目までに2人に1人の若手教員が辞職していく時代である。
 ほとんどが学級がうまくいかないという原因である。

 だから、私の話は、その防御策を話すわけである。
  新規採用者は初めて聞く話である。
 非正規職員で今回採用される職員は、「だから、今までうまくいかなかったと分かりました!」という話になる。
  ★
 今回の話は、『新卒教師時代を生き抜く365日の戦略』(明治図書)
に書いていることでもある。
 周りにいる若手の先生たちにぜひとも紹介してあげてほしい。 

 
 
 

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『新卒教師時代を生き抜く365日の戦略』の出版

   明治図書から『新卒教師時代を生き抜く365日の戦略』(1年~6年)出版された。

 http://www.meijitosho.co.jp/bookstore/  

 待ち望んでいたもの。
 
 新しく教師になる人。
 若手の先生方。
 クラス経営に悩んできた中堅、ベテランの先生。

 ぜひ読んでほしい本。
 私は、今回のこのシリーズの集大成ができたと思っている。

 私と共著で私の学級理論をよく理解し、現場で実践されている先生方に執筆してもらった。
  ぜひ担任する学年が決まったら読んでもらいたい1冊である。
 
 

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したたかに生きましょう~「法然的発想」ということ~

 親しい友人である宮城の佐々木潤先生がフェイスブックに次のようなことを書かれていた。
 ★ ★ ★
本当に小学校というのは恐ろしいところだ。
何しろ,その担任とずっと1年間過ごすのだ。合えばいいけど,合わなかったら地獄だ。子どもにとって担任は最大の環境であるが故,自分は最大公約数的な教師でい続けたいと思うが,厳密に言えばそれは不可能だ。多くの子どもは私を信頼してくれたが,私のことが嫌でしょうがなかった子もいるだろう。それは自然なことでもあると思う。だって,教師も子どもも人間なのだから。だから子どもにとっては,いろいろな先生と勉強できる環境がいいのだろう。

本当に小学校というのは恐ろしいところだ。
先日,知り合いの先生が病休をとったことを知った。精神的な病が理由だという。その先生は大変力のある方で,私も何度も助けてもらったことがある方だ。学級づくりも上手で,子どもや保護者からの信頼も高かった。
しかし,それゆえに問題のあるクラスばかり担任させられ,いつも苦労していた。それは自分にも言えることなので,そうやって疲弊していく過程を自分はよく知っているつもりだ。おそらくその方も,毎年のように大変なクラスを担任し,疲弊していったのだろう。そして,病休をとらざるを得ない状況になってしまった。おそらくそういう状況だ。

もう,一人の先生が一つのクラスを担任する制度は限界にきているのではないかと思う。それは,子どもにとっても教師にとっても不幸だ。単純に教科担任制ということではなく,学年や学校にフリーの先生を配置し,学級経営も生徒指導も協同で行えるような学校組織・システムが必要ではないだろうか。多くの目で子どもを見ることで,子どものディティールがよりはっきりする。深い子ども理解につながる。また,問題が起きたときに担任が一人で抱え込まずに済む。単純に問題が起きたときだけ誰かが関わるのではなく,常に一緒に見ているわけだから,一人が気づかなくても他の先生が異変に気づくこともできる。

繰り返すが,一学級一担任制度は限界にきている。早急に改善しないとみんな不幸になる。

と同時に,今担任している子どもに対して,どの子にも最大公約数的なよい環境であり続けることができるように最後まで努力しなければ,と思う。
  ★ ★ ★
 私も佐々木先生の意見にまったく同意する。
 そのとおりである。
 
 ただ、1つだけ、今までは子供が担任と合わなくても、それはそれで問題はないと思ってきた。
 子供が合わせていけばいい。合わせていくすべを身につければいい。社会に出ればどこもそうなのであるから。
 そのように思ってきた。
 
 だから、子供はいろんな教師がいるのだと分かることは、学校で学んでいく大切な1つである、と。
 しかし、この考えも、担任が自分に合わないからと「生徒しない」(学びの姿勢を取れない)子供が出てきたとき、どうにもならなくなる。その子供は教室を壊しにかかるのであるから。

 佐々木先生が紹介されている有能な先生のクラスにも、きっとそんな子供がいたのである。

 一学級一担任制度の限界はその通り。
 だが、一学級一担任制度を克服していく手立てが現実的に実現される見込みはない。
 ほとんどないと言っていい。
 
 学校の中に教職員の余裕がなければとても実現にこぎつけない。 これから教職員を減らそうとしているのである。
 また、管理職などの賛同と学校での思い切った改革の試みがなければ実現ができない。
  ★
 今の学校現場が抱えている「リアルな現実」である。

 私は、抱えている現場の状況が、一段階ステージが下がったのだという認識になっている。
 ステージが上がったのではない。下がったのである。
 
 だから、今までのステージで通じていたことが通じなくなっている。
 今までのステージで考えたり、実践したりしていることがダメになっている。
 今までのステージで十分にうまく学級を経営してきた、力量ある先生たちが疲弊し、うまくいかなくなっている。
 
 学校現場も、多くの先生たちも、こういう発想にはない。
 だから、問題状況が起こると、モグラ叩きをしている。
 どういう対応をしていいか、分からないのである。
  ★
 私は「法然的発想」を考えている。

 あの浄土宗の法然である。
 法然は、あの平安末期に比叡山を自ら下りて、易行を進め、念仏を勧めた。これが浄土宗の始まり。
 それまでは、奈良と比叡山が仏教体制の中心で、ほとんど全てを占めていた。
 
 道ばたには、死体がごろごろと転がって、民衆は何の希望も持てない時代だったわけである。
 こんな時に、比叡山に籠もって修行を繰り返しても意味がないと法然は判断したのであろう。

 むずかしい修行や、難しい念仏を唱えても、そんなものが民衆を救うわけではない。
 だから、法然は、南無阿弥陀仏と唱えるだけでいい、と。

 だが、私たちは法然になれるわけではない。
 しかし、「法然的発想」を持たなければ「現実」を生き抜いていけない。もはや、そういう時代を迎えていると私は認識している。
  ★
 「法然的発想」とは何か。
 シンプルであること。
 希望が持てること。
 日々の安寧があること。
 こんなことである。
 ★
 ここに中村健一先生の2冊の本がある。
 『策略 ブラック学級づくり 子どもの心を奪う!クラス担任術』と、そして近刊の『策略 ブラック保護者・職員室対応術』。
 
 多くの異論がある本であろう。
 「品がない!」「こんな本をよくぞ明治図書が出している!」「教育は『策略』とか『戦場』とか『武器』とかを使ってはいけないはずだ!」というような批判が寄せられるであろう。
 今までのステージから放たれる批判である。 

 これは、極めて戦略的な本。
 1冊目の本は、2015年の明治図書で売れた第1位の本であるという。
 
 近刊の本などは、勇気が必要な本だ。
 現場教師として、手の内をさらしているからである。
 この本を保護者や同僚の先生たちに見られると、まずいことになる。

 それでも、そういうことを全て前提にして、この本は出されている。そこが戦略的である。

 中村先生は、今までの現場のステージが一段階下がったのを分かっている。
 今までのやり方ではもはや通じなくなっていることを認識している。そういう「現場」を歩いてきたのである。

 提起されていることは極めてシンプル。
 「策略」を「手立て」や「方法」と言い換えたら、ほとんど凡庸な本になる。
 
 しかし、これをきちんと実践できたら、予防的に日々を生き抜いていく強力な武器になる。間違いない。
 
 恐らく、中村先生は手の内をみんなさらしても、それ以上に「先生たちがんばりましょう」というメッセージの方を選んでいる。
 法然と同じように「比叡山」から下りているのである。
 ★
 どんな状況になろうとも、私たちは生き抜かなければならない。
 したたかになろう。
 そう、呼びかけたい。

  
  
 
 

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つれづれなるままに~もうすぐ新刊が出る~

●アイパットミニを買った。
 と言っても、1月のことであるが…。
 必要に駆られてのものである。 
 
 アップルストアーから買った。
 でも、初めての経験なので大変なこと。
 実際に動かせるようになるまでにかなり時間がかかる。
 
 だが、ストアーの係の人は電話応対が慣れていて、丁寧に教えてもらう。ありがたいものである。
 実際にはまだほとんど何も使えていない現状。
 ただ、必要なものだけはちゃんと動かしているというところである。

●4月号の雑誌『授業力&学級経営力』のゲラが届く。
 読みながら、「これはいいぞ!」と思わずうなる。
 私が提唱した「3・7・30の法則」の特集。

 1ヶ月が勝負なのである。
 新卒教師も、中堅教師も、ベテラン教師も、ここに今までの総力をかけて立ち向かわねばならない。
 
 大げさでもなんでもない。
 雑誌は、具体的に、この時間をいかに過ごすかの特集になる。

●26日発売の新刊『新卒教師時代を生き抜く365日の戦略』(明治 図書)1年~6年 各6冊 の著者インタビューを書く。
 もう少しで発売になる。
 
 著者インタビューと言っても、私は編著ということである。
 
 著者インタビューの最後に書く。
「今回の本は、対象は新卒教師向けに書いています。しかし、私たちは、実は多くの先生たちへ向けて書いているのです。
 今のこの困難な現場で、呆然と立ち尽くしている先生たちに「まだまだやっていく道筋はありますよ」というメッセージを送っています。今の自分の実践と見比べていただきたい。そんな願いを込めています。だから、ぜひとも学年が決まったら、自分の学年の本を読んでいただきたい」と。

●この著者の本は必ず読むということがある。
 私は何人もいるのだが、その一人がこの人。

 神田昌典。経営コンサルタントである。
 この人を知らないとすると、読書家ではない。
 
 2012年、アマゾン年間ビジネス書売り上げランキング第1位にもなった人である。
 「今まで2万人を超える経営者、起業家を育ててきた経験」と豪語されている。

 その神田さんが、『稼ぐ言葉の法則』(ダイヤモンド社)を出した。
 すぐに読んだ。
 「いやいやすごい!」というのが感想。
 言葉にテーマを絞って書いている。

 たとえば、文章〓感情伝達の法則 というのがある。
「あなたの文章を、突然、名文にする方法がある。簡単だが、非常に強力だ。
 実は、ほとんどの人が、文章を書く前提を勘違いしているのだ。その結果、目に留められることもなく、すぐにゴミ箱に消えていく言葉を日々量産している」と、書き始めている。

 神田さんの答え。
「文章は情報を伝えるのではない。゙感情゙を伝えるために書くのだ」

 だから神田さんの本は読まれるのだ。   
  これは、文章の方法でもあるし、人の話をする方法でもあると私は判断する。
 
 教育書ばかり読まないで、こんな本も読むことである。
 言葉を仕事とする教師への助言の宝庫なのだ。

●NHKの大河ドラマで真田丸が始まった。
 早速『真田太平記』(池波正太郎著 新潮文庫)を買う。
 全12冊ある。
 とりあえず2冊買う。そして、また2冊。
 ちょこちょこと読む。

 読み進んでいくうちに引き込まれるほどにおもしろくなる。
 4冊目の「甲賀問答」。
  ★
 女忍びお江が甲賀の里で殺されかけたときに「おじさん」と慕ってきた庄左衛門に助けられる。
 お江は「死んでもよい……もう、死んでしまいたい。死んで……」とつぶやく。
 庄左衛門は凄まじい目で、お江をにらみつけて言う。
 「われら、忍びの者にかぎらず、人という人は、自分のためのみに生くるのではないぞ。おのれの無事を願い、おのれのためにつくしてくれる他の人びとのために生きねばならぬ。生きぬかねばならぬ。これが人というものじゃ」
 池波正太郎のこの本のテーマがこんなところに垣間見える。

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公立高校の入試問題に挑戦する!

   神奈川県公立高校の入試問題に挑戦する。
 朝女房に「今日高校の入試問題に挑戦するぞ!」と言ったら、「あなた、そんな時間あるの?」と言われた。
 「国語の問題だけだよ。全部なんか挑戦しないよ」と。
 
 当たり前である。
 何も試験勉強していないのに、現実的に対応できるのは国語しかない。

 何でそんな酔狂なことをやるのか。
 思いつきである(笑)。
 
 新聞の折り込みに、その入試問題があったのである。
 そこで、ふと「今の高校の入試問題はどうなっているのだろうか。これからアクティブ・ラーニングで大騒ぎが始まるから、その前に実体験をしておこうか!」と思いついたわけである。
  ★
 そうは言っても、この種のテストは、大学入試以来である。
 もう50年ぶりぐらいになる。
 
 果たして対応できるものか。
  こたつに入って、いざ挑戦。

 まず躓いたのは、「字が見えない!」。
 めがねをはずして、顔を新聞に近づける。
 
 膨大な問題数である。
 「これをどのくらいの時間でやるのであろうか?」と思いつつ、分からないのでとにかくやり始める。
 一応ストップウォッチを押す。
  ★
 漢字は全問クリアー。
 それからである。
 読解問題が並ぶ。

 一応、解き方は分かっている。
 文章を最初に読んではだめだ。
 
 問題を読んで、それから問題になっている文章へ戻ってくる。
 その問題の周りを読む。
  そして、選択肢になっている答えを読む。
 これでだいたい分かる。

 一番大変だったのが、字数制限の作文問題。
 たとえば、このような問題。

 (エ)ーー線2「プロテウス的な生き方」とあるが、それは
 どのような生き方か。次の①、②の条件を満たし、全体で
 55字以上65字以内の一文で書きなさい。
 
 ①文末は、「生き方。」で終わること。これも全体の字数に
  入れること。
 ②「アイデンティティ」という語を持ちうること。

 このような作文問題が3問あった。
 配点も全部で20点。  
  ★
 結局、63分もかかる。
 作文問題にてこずる。古文もあった。

 ネットで時間を調べる。
 結果は、50分。
 「えっ~~~~、この膨大な問題を50分でやるのか!」と。

 ○つけをして、得点をつける。
 作文問題について採点基準が書いてないので困る。
 一応、半分の得点にしておこうと判断。
 
 結果は、86点。
 しかし、時間がオーバーしているから、実際はもっと下がるであろう。
 ★
 実体験して分かったこと。
 
 ①作文問題(自分で要旨をまとめて制限字数でまとめること)が3  問もあったこと。昔はこの種の問題はなかった。しかし、この  問題はなかなかの良問である。全体の文章を読み解けなければ、  とても書けないからである。
    だが、これに耐えられるようになるには、読書量と問題数をこなしているかである。
  私は、こなしていないので悪戦苦闘した。
 
 ②アクティブラーニングが導入されて、入試問題が変えられていくとすると、この種の問題が増えていくということだろうか。
   
 ③何にせよ、この膨大な問題数に読解力がなければほとんど対応  できないであろう。多くの中3が最後まで行き着かないのでは  ないか。 
    ★
 疲れた。ふう。
 まあ、こんなところである。  

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郡山の講座を終わる~もう7年になる~

  福島郡山へ行く。
 郡山教育委員会の学級経営講座。
 新年度へ向けての講座になる。
 
 東京から郡山まで1時間30分ばかりかかる。
 新白河付近では、激しい雪。
 
 昨日の春一番から一転寒さが戻ってきたのである。
 郡山に下りて、いつものお店へ行く。
 
 ここはコーヒーが最高にうまい。
 注文してからその場で作ってくれるからである。
 ★
 もう郡山に通うようになってから7年目になった。
  年に3回。2月、4月、8月に来ていた。
 
 その間に、あの震災と原発があった。
 今でも鮮明に覚えているのだが、震災後の8月に郡山に行ったとき、先生たちは憔悴しているような感じで、まったく元気がなかった。
 ともすれば、下を向くような感じ。
 笑う場面でも、ほとんど笑ってもらえなかった。
 ★
 今回で引き下がることを伝えた。
 (実際はもう一度4月の初任者研修には行くことになっている。)

 年に3回の講座に長年耐えていくことは大変である。
 学級経営についてであるので、同じ事を繰り返し話すことになる。
 もう何回も聞いている先生もいるし、私自身が飽きてくる。
   
  私は来年はもう70歳になる。
 ここらが一番の引き際になる。
  ★
 今まで話してきたことをたっぷりとまた130分語る。
 これで終わりである。
 もう何回同じ事を話したのだろうか。

 震災、原発の影響があるのだが、福島県や宮城県は、子供たちが不安定になっている。先生たちが苦労している。

 そんな中で去って行くのは心苦しいものだが、もう十分に先生方には伝えたのである。

 郡山は、今にも雪が降ってきそうである。
  17:30の新幹線に乗る。

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「味噌汁・ご飯」授業の現在

  親しいT先生に本のお礼をメールで出したら、返事が返ってきて「味噌汁・ご飯」授業について書かれていた。
 若い先生の授業を見ることが多く、つとに「味噌汁・ご飯」授業の大切さを感じる毎日だということである。
 おそらく、若い先生たちは、お粗末な「日常授業」を続けているのであろう。
 
 また、ある先生は年賀状に自分の地区は研究授業では、まだ全部「ごちそう授業」一辺倒であるということを書かれていた。
 ★
 何度も書いていることだが、今までの日本の授業研究は、「ごちそう授業」の歴史であった。
 「ごちそう授業」とは、多くの時間をかけて教材研究をし、さまざまな準備(発問研究など)をして、精一杯の授業を展開する授業のことである。
 
 その「ごちそう授業」は、主に「研究授業」として各学校では展開されてきた。
 今も日本全国で、ほとんどがそうである。
 
 そのことにほとんどの先生は疑問を持っていない。
 運動会を実施するのと同じように、1つの大きな学校行事になっているから。
 
 どのような成果を上げてきたのか。
 これは研究成果というものであるが、ほとんどの研究紀要では研究主任の作文で終わっている。
 目立った成果はない(多分?)。
 
 この研究授業によって、各先生方が授業力を向上させたという様子はないし、子供たちが大きく学力を向上させたという事実もない(多分?)。
 
 当たり前であろう。
 1年間のうちの1000時間以上ある時間の中で、1,2時間の研究授業で、何かが変わるはずはないからである。
 
 それは、その研究授業が日頃とまったく違う授業であり、日頃の「日常授業」は何の変わりもなく相変わらずそのままに展開されているからである。
 研究授業は、日頃やっているのと違う特別な授業をやるということになっているのである。
 
 その特別な授業をお互いに見せ合って、研究会で検討し合っている。
 一発の打ち上げ花火大会にみんなで集まってきて「今日はきれいだった!」「今日の仕掛け花火は見事だ!」などと言い合って、そしてまた普通の生活に戻っていくというようなこと。
 日頃は線香花火しかしていないのである。  
  ★
 「研究授業」を問題視しているのではない。
 お互いに検討し合う研究会は必要である。

 ただ、日頃やっていない「ごちそう授業」を検討し合っても、問題は「日常授業」が変わっていかなくては意味がないではないか。

 だから、日頃やっている「日常授業」を研究授業で提起して、それを検討し、変えていく試みをすること。
 そうすることで、各先生たちの日頃の「日常授業」がさらに向上していく。
 その結果、先生たちの授業力は向上し、また子供たちの学力も向上していくことにつながる。
 
 これが当たり前だと思えないだろうか。
 ★
 私が関わっている北海道教育委員会は、学校力向上の事業のなかで、明確に「日常授業」の改善というテーマを設けて推進している。
 
 最初は各学校はなかなか動かなかったが、今では数多くの学校が「日常授業」の改善で研究授業を展開している。
 そして、それらの学校は、特に子供たちの学力向上は目覚ましいものがある。
 
 低学力にあえぐ北海道の中で、何をすれば学力向上が図れるのかが分かってきている。
 私が監修して出版した北広島市の大曲小学校や、網走市の網走小学校は、まさにそんな学校である(北海道で算数教育で大きな成果を上げた学校が、その研究成果をまとめてこれから出版されてくる予定もある)。
 ★
 子供たちの学力をあげていく。
 先生たちの授業力を向上させていく(それは「日常授業」をこなしていく授業力であるが)。
 
 そのために、
 何をしたらいいのか。
 どうしたらいいのか。
 それが分かってきたのである。
  ★
 1つだけ言っておきたいことがある。
 私たちは「ごちそう授業」に対しては、今まで否定的に主張していると受け取られているはずである。
 
 そんなことはない。
 「ごちそう授業」づくりは、年に1,2回は必要である。
 夏休みなどに作る必要がある。
  そう主張している。

 なぜか。
 「ごちそう授業」づくりでは、本格的な教材研究をする。
 本格的な発問研究などもする。
 
 そこで教材の見方、扱い方などが鍛えられる。
 発問研究なども鍛えられる。

 その積み重ねが、自分の授業力の向上につながる。
 
 たとえば、11月に一緒にコラボをした福山憲市先生などは、瞬時に教材研究ができ、瞬時に普通の先生ができないような授業を展開されるはずである。
 そんなことができるのは、今までの豊富な修業による。
 ★
 なぜ「味噌汁・ご飯」授業なのか。
 普通の教師が、普通の生活をしながら、それでも「日常授業」を豊かにしていきたいという願いに応えるためである。

 誰でもが「日常授業」はやってはいる。
 だが、その授業は、「おしゃべり授業」であったり、「定着不足授業」であったり、「挙手発言型授業」であったりしている。
 「雑務」という感覚で、できればやりたくないと願っている場合もある。

 私たちの「味噌汁・ご飯」授業は、そんなことを克服して、手応えのある「日常授業」にしたいと願っている。
 「日常授業」が豊かにならなければ、現場で生き抜いていくことはこれから困難になると考えているからである。
  ★
 「味噌汁・ご飯」授業のキーワードは「時間」である。
 「日常授業」は、今日も5,6時間、明日も5,6時間の授業が待ち受けているのである。
 
 それをこなしていく「時間」は短時間。
 まとまった時間などない。
 「ごちそう授業」などはとても無理。

 それでも短時間で「授業準備」をする(教材研究とは言わないで、授業準備と言うことにしている)。
 
 全員参加の授業を考えている。子供たちが集中できる授業。
 そのために、「授業づくり3原則」という授業法を提起している。

 子供たちの基礎的な学力も、きちんと保障する授業も考えている。
 
 このようなことを今「味噌汁・ご飯」授業は考えている。

 

 

 
 
 

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じらしがスゴクて可愛い~授業の感想から~

  神奈川県大磯町の国府小学校へ行く。
 この学校へは、今回で3回目の訪問。
 

  毎回授業をさせてもらっている。
 今回も、5年生のクラスで道徳の授業をさせてもらう。
 ★
 3,4時間目は先生たち全員の授業参観。
 19名の先生方の授業を3,4分ずつ見ていく。
 
 講演が終わってから、校長室に9名の先生方が見えて、一人ずつに率直な感想を伝える。
 この短い時間の中で、一人一人の先生の授業力を判断し、良さと課題を見つけなければいけない。
 

  私がすばやく見抜いた感想を伝える。
 ★
 5時間目の授業。
 楽しかった。
 

   39名もいるクラスである。
 それでも担任の先生がきめ細かく対応されているのであろう、「残念!もう一度手を挙げよう」と促すとしっかりと修正ができる。
 こういうクラスは打てば響くところがある。
 
 最近、私は授業が上手になっている気がする(笑)。
 もう現役を辞めて9年目になっているのだが、これはどういうことであろうか。
 
 とびこみで、1時間だけやるからこういうことになるのであろうが、それにしても授業をやる楽しみがこんなにあるのかと、最近しみじみと感じる。
 ★
 子供たちに最後に簡単な感想を書いてもらう。

 ・先生がオーバーアクションでおもしろい。
 ・いっぱい笑えて楽しかった。
 ・ものすごくおもしろかったです。またきかいがあったらきてください。
 ・楽しくて面白かった。担任になってほしい。じらしがスゴクて可愛い。また来てほしい。

 11歳の女の子が、68歳の私をつかまえて「じらしがスゴクて可愛い」と書いてくれている(笑)。
 
 子供たちに見せるものを、「じらし」て、もったいぶった結果である。
  ★
 また、ある子供はこう書いている。

 ・楽しかった。自分にじしんがもてた。

 全員参加の授業なのである。
 自分の答えを全員板書させる。
 

 子供たちに強制的に列指名で発表させる。
 それで意見が言えたから、「じぶんにじしんがもてた」と書いたのであろう。
  ★
 テンポ良く進めることを心がけている。
 子供たちもそのように反応している。

 ・とても楽しく時間がとてもはやかったです。
 ・先生の話が次つぎときて、とても楽しかった。
 ・とても楽しかった。道徳だとは思えなかった。あっという間だった。
 ・すごく楽しくて、道徳の時間がすぎるのが早くて、もっと授業したいなと思いました。
 ★
 毎日だとこうはいかない。
 当たり前である。
 
 おもしろい授業でなくていい。楽しくなくてもいい。
 毎日は平凡に過ぎていってよい。

 ただ、その日の数時間は子供たちが集中する授業でなくてはならない。
 この手応えを得ればいい。
 
 最後の教師たちの生命線は、こういう手応えのある授業を毎日行こなえるかどうかなのだ。
 ★
 ただ、私はこの道徳の授業を通して、先生たちに送っているメッセージがある。
   ・どんどん強制的に指名をして、全員参加をさせる。
   ・フォローを数多く多用する。
 
 シンプルなこと。
  「味噌汁・ご飯」授業として提案していることでもある。

 副次的には次のような提案もしている。

 ・子供たちは笑いが大好き。
 ・教師は表現豊かでなければいけない。
 ・テンポ良く進める。
 
 先生たちの多くが苦手にしていることであろう。 

 ★
 授業をしている先生方の数人に注意をしたことがある。
 マスクをして授業をしている先生方の多かったこと。

 今はインフルエンザが流行っているから、咳が出たりしている先生方は仕方がないことである。

「マスクをしていると、先生の表情が見えないです。
 それだけで先生はマイナスを抱え込んでいると自覚していなければいけないですよ。
 表情で子供たちとアイコンタクトを取るのですから」と。
     

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第9回横浜野口塾の案内です!

   恒例になった3月末の横浜野口塾が開かれる。
 会場も横浜駅近くの小学校ということである。
 私も、いつものように1講座持たせてもらう。
 いつもの「学級づくり」の講座になる。
 どうぞお出でください。
   ★
横浜で9回目となります野口塾を開催させていただきます。
多くの方々のご参加をお待ちしております。

1 期 日 平成28年3月26日(土)10:30~16:00

2 会 場 横浜市内小学校(横浜駅近郊小学校)
 詳しい会場は後日お申込みされた方にご連絡致します。

3 参加費 4,000円    学生2,000円

4 定 員 60名

5 日 程
 10:00 受付開始
 10:30~12:00 第一講座 「説明文指導のポイントは                          

 これだ」
 10:30~10:45  地元教師による光村2年「動物園のじ                    

 ゅうい」の模擬授業
 10:45~10:50  野口先生による指導・講評   

  10:50~11:05 野口先生による「動物園のじゅうい」                        

 の模擬授業
   5分休憩

 11:10~12:00    野口先生による説明文の指導法につ                       

  いてのご講演

    12:00~12:50  昼食休憩・書籍販売
   12:50~13:00        PRタイム

   13:00~ 14:25 第二講座

        「入門期国語指導のポイントはこれだ」      

 

   13:00~13:30  地元教師による

       1年生国語指導の実践発表
       

      5分休憩           
    

   13:35~14:20   野口先生による

           「入門期国語指導」                                          

           についてのご講演
         

      10分休憩・書籍販売

      14:30~15:30  第三講座  野中信行先生の

    学級経営講座 
        「学級を軌道に乗せる学級づくりのあり方」
             10分休憩・書籍販売

    14:40~15:20 第四講座  野口先生の教養講座 
      「昭和天皇の鴻思」    15:25~ 16:00  交流会

     16:50~19:00 懇親会(希望者) 

 6 申込方法
 「第154回 授業道場 野口塾 IN横浜 」のページのURLから

 お申し込みください。

         http://kokucheese.com/event/index/373092/

 

 

 


   

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もうそこまで追い込まれている!

  1月31日から北海道(札幌)へ行った。
 2月1日の研修会への講座のためである。
 

  北海道教育委員会は、文科省の委託を受けて「ジョブ・シャドーイング」の研究を続けていて、そのための講座である。
 初任者が学級を持たず、1年間主に副担任という形で初任者指導教師について研修を積み上げていくという研究である。
 

  今回の中教審では、この研究が認められて項目の中に加えられることになっている。
 ★
 初任者がすぐに担任を持たず、副担任として1年間を送るという形は主に中学校では実施されてきたのであろう。
 私は今の初任者を育てて行くにはきわめて現実的で、適切な方法であると思っている。
 

  しかし、小学校では、職員の数に余裕がなければとても実施はできない。北海道でも職員の加配をして、その研究をしている。
 ★
 私は、今現在各教育委員会で行われている初任者研修は、ほとんど実をあげていないと認識している。
 
 こういう認識を持つのは、厚生労働省が発表した「新卒3年未満辞職率」の数字が物語っている。

 平成24年の新卒3年未満の辞職率は以下のようになっている。

 ・1位…宿泊業・飲食サービス業→52.3%
 ・2位…生活関連サービス業・娯楽業→48.6%
 ・3位…教育・学習支援業→48.5%

 この「教育・学習支援業」というのは、小中の教員、塾講師なのである。
 この驚くべき数字は何を物語っているのか。
 要するに、3年目までに2人に1人が辞めている現況である。

 もちろん、初任者研修が主因であると言っているわけではない。
 膨大な仕事量と長時間の勤務時間と困難な学級経営などに問題があることははっきりしている。
 
 今教員は、日本のあらゆる職種の中で、2番目に睡眠が取れていない仕事であるし、長時間の仕事時間では1番なのである。(統計では平均がそのようになっている)
 ★
 初任者研修が実をあげていない原因は、4つあると私は思っている。
 1つは、初任者を教室から離しての研修が多すぎること。
 
 2つ目は、初任者が子供への対応を間違うこと。そのことを事前に誰も教えてあげないこと。
 
 3つ目は、初任者が勝負の1ヶ月目の学級づくりができないこと。
 そのことを事前に誰も教えてあげないこと。
 
 4つ目は、初任者指導教員が初任者に2つ目、3つ目の指導がきちんとできなくて、授業の指導ばかりに偏ること。  

 これすべて初任者の責任ではない。
 ★
 関東、関西の都市圏では、大学出たての初任者がすぐにクラスを担任するのは、むずかしくなっていると私は認識している。
 いつ学級崩壊の憂き目を抱え込むか分からない状況になる。
 
 初任者に能力があるなしの問題ではない。初任者の力量では、変貌した生徒や変貌した親たちには対応できないのである。
 
 もうそこまで追い込まれている。
 読売新聞の朝刊(2/1号)の一面に、山崎正和という劇作家が「地球を読む」というコーナーで「義務教育の現状 教員の負担増 学校の危機」を書いていた。
  ★ ★ ★
 首相が「一億総活躍社会」を目指し、人材育成への期待が高まっている昨今だが、人づくりの基礎となる義務教育の現場が、いま危機に直面している事実は意外なほど知られていない。経済格差の拡大、家族関係の歪みなどによって、学齢以前の子供の基礎教育が疎かになっていることが原因である。
 貧困家庭や父子・母子家庭の増加に伴い、いわゆる要保護児童・生徒とそれに準ずる子供の数は、2012年度には6人に1人に達している。
 ★ ★ ★
 学校が大変なことになっているという事実は、山崎さんが書いている通り意外なほど知られていないのである。

 この現状で、教師の数を減らそうというのが財務省である。
 この現状で、どうしてPTAの大組織は騒がないのだろう。
 この現状で、どうして教職員組合は騒がないのだろう。

 このままでは、多くの教師が鬱病などで倒れていき、学校がほんとうに潰れていくのに、手を拱いている現状はどうしたことであろう。
 
    

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