« 2015年10月 | トップページ | 2015年12月 »

2015年11月

つれづれなるままに~今度は網走へ行く~

  ●函館から帰ってきたら、明治図書の雑誌『授業力&学級経営力』4月号の原稿依頼が来ていた。
 私が提唱した「3・7・30の法則」が特集される。
 

  ありがたいことである。
 私は巻頭論文で「『3・7・30の法則』で学級開きを」を書く。

●また、明治図書から校正原稿2つ届く。
 これも来春発刊される「新卒教師時代シリーズ」本である。
 

  書名が決まり、『小学〇年 新卒教師時代を生き抜く365日の戦略 担任ビギナーズの学級づくり・授業づくり』となる。
 私と共著となる先生の校正が終わり、私のもとへ届く。
 

  本格的な新卒シリーズ本になる。
 楽しみである。

●母校の高校より、記念品と感謝状が届く。
 佐賀の佐賀東高校。

 11月7日に、50周年の記念同窓会が開かれていた。
 私は、福山憲市先生とのコラボでの講座があったので、参加できなかった。
 

  この佐賀東高校の第1回の卒業生なのである。
 佐賀高校から分かれて、佐賀西高、佐賀北高、佐賀東高となった、第1回生というわけである。
 たまたま初代の同窓会長を私が務めたので、感謝状をいただいたというわけである。
 

  これまでに2万2千名の卒業生が出ているということ。
 50年経ったのである。

●12月4日の網走小学校の公開授業研へ向けての準備。
 講演をする。
 「これからの北海道教育に期待すること~全国・全道の実践から見えたこと」という遠大なテーマである。
 

  この日、この学校の本が明治図書から出版される。
 私の監修である。
 『「チーム学校」で学力アップする!日常授業&校内研修ガイドブック』。
 楽しみである。
 

  3日に網走へ入る。
 雪の網走なんだろうなあ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

つれづれなるままに⑤~本物の学校である~

  ●26日、羽田から函館空港へ向かう。
 アナウンスでは、「函館上空では強風が吹き荒れていて、着陸ができない場合は羽田へ戻ります」ということ。
 
 戻ってきた場合はどうしようかと思案する。
 飛行機は揺れに揺れた。こんなに揺れることも珍しい。
 
 それでもとにかく着陸することができた。ほっとする。
 T主査の迎えがあって、ルートインのホテルへ向かう。
 
 エレベーターの中で、道教委のA主査にばったり。
 今回の会に、札幌から駆けつけて来られたのである。
 
 夜、A主査、八幡小の校長、教頭先生以下ベテランの先生方や教育局の支援課長さんたちと懇親会。さまざまな話を聞く。
 ★
 27日、T主査の迎えで、八幡小学校へ向かう。
 函館市立八幡小学校の実践発表会である。
 
 ここも学校力向上事業に参加している学校で、ぜひとも一度見に来たいと願っていたものである。
 学習が、「ご飯味噌汁」授業と名付けて実践されている。
 
 325名の参加。
 その参加の多さにびっくりする。
 渡島教育局の局長以下幹部の方々、函館教育委員会の教育長,教育委員長の方々も見えていて、八幡小をバックアップする体制が強固である。
 
 3校時目が「若手教師の授業」、4校時目が「ベテラン教師の授業」となっている。おもしろい区分け。
 若手教師の先生たち6名(5年未満)の授業を見る。
 
 いやいや、なかなかのレベルである。
 よくぞ、ここまで授業力をつけたものだ。感心する。
 
 校長先生には「この6名にはさらに『一人研究授業』で授業を録音し、聞かせることをやらせてください」とお願いする。
 
 この時期にさらにレベルアップするためには、「一人研究授業」が最適なのだ。ただ聞くだけでなく、1つずつ感想を残していかねばならない。

 私は最近3年目までの教師に必須の1つは、「一人研究授業」だと考えている。これをきちんとやれるかどうか(できれば50回ぐらい、ハイレベルになるには100回)で、これからの教師人生が変わる。
 
 ★
 5時間目。5年2組の子供たちに授業をする。
 提案授業。「味噌汁・ご飯」授業である。
 
 325名の先生方が参観されるには、体育館しかない。
 子供たちにとっては異常な条件である。
 それでも子供たち、緊張しながらもなんとか授業を終了する。
 
「ごちそう授業」を期待している先生方にとっては、何ともシンプルでたわいない授業に思われたであろう。
 
 そうなのだから、仕方がない。
 私は「小刻み活動法」を使った授業だと言っている。
 ★
 八幡小学校の取組の説明のあとに、私の講演。
 学力向上に絞った話をする。

 強調したのは、今までの「ごちそう」授業づくりは、学校現場では機能しなくなっている現実。
 そして、「日常授業」にターゲットを絞った研究・研修。

 ほとんどの教育委員会が、全国の学力テストの成績を上げるために過去問集を組織的にやらせている。あるところでは、春休みの宿題として、あるところでは、学力テストが実施される日まで毎日1,2時間をかけて練習させたり、さまざまである。
 
 確かに成績をあげていると聞いている。
  しかし、それは単に「得点力」を上げているだけにしかすぎない。 「学力」は上がっていない。
 問題に慣れさせるための試験対策をしているだけだから。

 「教育」を投げ捨てて、平均点や順位を上げるということを目的としてはならない。そんなことは結果にしかすぎない。些末なことだと判断しておくべきだ。

 過去問を本格的に取り上げるなら、きちんと学力テストを分析して、本校はどこが弱いのか、どこに力を入れていけばいいのか、そして「日常授業」の中でその対策を取っていかねばならない。
 
 学力テストは、そのためにやられているはずである。
 その本来の趣旨通りに実施していくべきことである。
  それが「教育」である。

 私は先生たちに強調した。
「学力を上げるという本質的な取組は、20,30点しか取れてなかった子供が、70,80点取れるようになること。そんな授業を作り出すこと」
 このことを忘れてはならない。
 子供たちの人生を左右するのであるから。
  ★
 八幡小学校は、私が描いていた通りの学校であった。
 本格的な取組をしていた。
 予想通り、数年前よりも格段の「学力」向上を果たしていた。
 
 私が目を見張ったのは、支援級(こばと、つくし)の取組の素晴らしさ。子供たちが生き生きしていた。本物だと思った。
 ここを大切にする学校は、本物である。 

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

つれづれなるままに④~大曲小公開研が提起したこと~

  ●大曲小の公開研の続きである。
 最後の助言者からということで、私は4つのことを話した。
 
 ただ、時間がなかったために急ぎ話をした。
 ここでは少し付け加えて書いておきたい。
 ★
  1つ目は、「1時間の国語授業をどうしたらいいか」の1つの提案がなされている。(単元4時間目の授業)
 
 最初に子供たちと相談しながら、最初の学習課題を決め、そして、最後の到達課題(「まとめ」と設定されている)も同時に決めていく。
 
 最初に学習課題を設定するのは、どこのクラスでも行われているが、最後の到達課題を決めていくのはほとんどないであろう。
 
 「到達課題」(まとめ)
 「きつねの窓をのぞいた前は~~~~~~~~~だったが、
  後は~~~~~~~~~~~~に変化した」
 「~~~~~」のところを学習の最後に子供たちそれぞれが自分の言葉でまとめるのである。
 
 国語の授業で何を学習しているのか曖昧な授業が多い。
 その中で、このようにきちんと1時間で何を学んでいくのかを明らかにしていっている。
 画期的な提案である。
 ★
 2つ目は、「物語文の授業をどうしたらいいか」の1つの提案がなされている。
 物語文は、本単元でも6時間扱いになっている。
 その中で、「登場人物の心情の変化」をとらえていく授業をしなければいけない。それが単元のねらいである。ほとんどの物語文がそうなっている。

 「心情語」を使った提案がなされている。
 これは、「味噌汁・ご飯」授業研究会で開発したもの(もともとは福嶋隆史さんが提案されたことを、私たちが光村図書の巻末にある「感情を表す言葉」を参考にして低学年用、高学年用とまとめたもの)。 
 
 それを当校でさらに進化されている。
 なぜ、「心情語」を使うのか。
 
 そのねらいは、子供たちの全員参加。
 今までは、「登場人物はどんな気持ちだったでしょうか」という発問は、最悪の発問だと考えられてきた。少数の子供たちしか答えられない発問だからである。
 
 しかし、この「心情語」を使うと全員の子供たちが参加できることになる。
 教科書に採用される物語文は、ほとんどが登場人物の「マイナスの気持ち」が「プラスの気持ち」に変化するものである。
 
 だから、この「心情語」を使えばみごとに、「マイナス」から「プラス」に変化して行く様子が分かる。
 その意味で、これは画期的なものである。
 
 この「心情語」はどんな学力を身に付けさせるのか。
 「具体」を「抽象」する学力。
 文脈に沿って書かれてあるものから1つの「心情語」を導き出すのである。
 
 確実に、これらの実践が子供たちに「学力」を身に付けさせているのは、6年生の学力テストの結果が証明している。
 
 ただ、この「心情語」の授業は始まったばかりのものであり、その扱い方についてはこれからもっと考えられていくべきである。
 
 ※この「心情語」については、『「味噌汁・ご飯」授業 国語編』(明治図書 野中信行・小島康親編)を参照してほしい。

   ★
 3つ目は、K先生がこの授業で駆使されている「基本型」の授業。 私たちは、「小刻み活動法」と名付けている。

 子供たちを集中させるにはもってこいの方法である。
 どういうものか。
 
 それは、教師の指導言(インプット)の後に、すぐに「アウトプットの活動」を入れて行く。
 小刻みにとんとんインプット→アウトプット活動と進んで行く。
 
 この授業法は強力である。
 この基本型を身に付けたら、全てに応用が可能である(ただ、生活科や総合には使えない)。

 でも、すぐにはできない。
 「おしゃべり授業」をしている先生たちは、その脱却には意図的継続的な試みが必要である。
 
 先日の東京講座で福山憲市先生も再現授業を提案されていたが、見事にこの「小刻み授業法」を駆使されている。しかもハイレベルである。

 私も「味噌汁・ご飯」授業として、この「小刻み授業法」で提案授業を各地でくり返している。
  ★
 4つ目は、新しい授業スタイル、研修スタイルが提示されているということ。これは学校全体での試み。

 今までの日本の授業研究は、「ごちそう」授業づくりをしてきた。 今も続いている。
 
 この「ごちそう」授業は、日本全国の学校現場では「研究授業」として具現化されてきた。
 日頃やっていない授業を時間をかけて作り、それを公開していくという授業方式。その授業を互いに見せ合って検討する。
  
  そんなことをして、何が変わったのか。
 ほとんど何も変わっていない。
 
 先生たちの授業力もほとんど向上しない。
  子供たちの学力もほとんど向上しない。

 考えてみれば当たり前である。
 1000時間以上、研究授業とは別の、関係のない「日常授業」をくり返しているからである。
 
 今までその「日常授業」は一向に問われなかった。

 このことで大曲小は、大きな問題提起をしている。
 「研究」を「研修」に変え、「ごちそう」授業づくりから「味噌汁・ご飯」授業へとターゲットを振り替えている。

 今、こんなことに組織的に手を付け始めたのは、北海道教育委員会だけである(先日講演に行った愛知県春日井市教育委員会も取り組み始めていた)。
 道教委の中の数多くの学校が、「日常授業」を問題にして研究・研修を始めている。
 学力向上の結果も、はっきり現れている。
 
 当たり前である。
 1,2時間でなく1000時間以上をターゲットにしているから。

  まだ始まったばかりである。
  でも、確実に狼煙(のろし)は上がっている。
 これが大きなうねりになるときに、確実に日本の「授業研究」が変わっていく時代を迎えるであろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

つれづれなるままに~北海道行脚③~

  ●20日、大曲小学校の公開授業研究会。
 橫藤校長にホテルのところまで迎えに来てもらう。
 
 橫藤校長の奥さんも一緒。
 学校で書籍販売をする職員が不足して、急遽手伝ってもらうことになったらしい。私たちの本もあるので、申し訳ないことである。(79冊売れたと聞いた)

 それから神奈川から来る「味噌汁・ご飯」授業研究会メンバー3人を北広島駅に迎えに行く(羽田からの飛行機が1時間30分も遅れてやきもきする)。
 私とあと2人の先生たちも、今回の公開研の学年ごと助言者になっているのである。
 ★
 大曲小は、私たちが提案した「味噌汁・ご飯」授業を学校ぐるみで実践している学校である。
 というより、「味噌汁・ご飯」授業を学校の子供たちの実態に合わせて進化させている学校と言った方がいい。
 
 橫藤校長は、今回の公開研で「特別な何かをするな」と繰り返し先生たちに伝えたらしい。
 見栄えの良い授業づくりをしようと意図したら、それは「ごちそう」授業 の提案になってしまうからである。
 
 研究紀要を送ってほしいという問い合わせがずいぶん来たらしい。
 当校は、作っていない。
 特別な何かをしないのである。
 ★
 5時間目の授業が始まる。国語の物語文「きつねの窓」(教育出版)。
 私は6年生の助言者だから、6年生2クラスの授業を参観する。
 以前より2組担任のK先生の授業には注目していて、今回初めて実際に参観するのである。
 
 みごとな授業であった。
 それは、「ごちそう」授業的なみごとさではない。
 
 「すごい!」「すばらしい!」と溜息が出るような授業ではない。子供がどんどん活躍して、話し合いや討論がなされる授業ではない。
 
 この授業は、今までもこうして行われていて、明日もこの続きが行われていると、思わせる授業。
 
 全員参加がなされている授業。
 毎日の「日常」が詰まっている授業。 

 ノートに書く。それを発表する。ペアで話し合う。歩き回って自分の考えを相手に伝える、聞いてもらう。……
 片時も、暇な時間はない。
 
 トントントン……と進んで行く。
 子供たちの目の輝きが違う。
 私は北海道で600人以上の先生たちのクラスを見てきている。
 最近は、瞬時に子供たちが集中しているか、していないかが分かるようになっている。
 
「味噌汁・ご飯」授業的にみごとな授業なのである。
 おそらく、「こんな授業を初めて見た!」と思う先生たちが多かったのではないだろうか。

「こんなに速い授業で子供たちはついて行けるのでしょうか?」と聞かれた先生がいた。
「行けます」と断定することができる。
 
 子供たちが毎日行っているゲームはもっと速いはずである。
 それに慣れている子供たちは、きっとこの程度の速さは快いに違いない。  
 ★
 この授業の核にある「基本型」を私は発見する。
 K先生は意図的であるはずだ。

 しかし、参観されていた先生方はそこに気づかれたのかどうか。
 それは次回に書きたい。
 
 
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

つれづれなるままに~北海道行脚②~

  ●17日、ゆっくりと羽田へ向かう。
 12:45の釧路空港行きの飛行機に乗る。
 釧路教育局のT指導主事に迎えにきてもらう。
 
 関東の暖かさに比べたら、とんでもない寒さ。
 
 私はこれで3度目の釧路。この街は、広くて、私の好みにぴったり合う。
 「また、きたなあ」という感慨。
 
 駅前のルートインホテルで宿泊。 

●18日、朝8;00に教育局からの迎え。
 道教委のG主査も来られていて、「やあ、やあ」ということになる。わざわざ札幌からかけつけてこられている。
 
 すぐに遠矢小学校に向かう。
 この学校には、3度目の訪問。
 
 1,2度は、学校力向上の指定校になったとき、まだまだ遠矢小がさまざまな試行錯誤をくり返していたときである。
 
 最初に3年目の先生2人の授業を半分ずつ見せてもらう。
 1年生と3年生のクラス。
 
 子供たちが落ち着いている。
 学習規律が良く整っている。
 
 それから、全部の先生たちの授業を見せてもらう。
 先生たちの授業力が上がっている。
 
 この授業力で、見事に「学力向上」をなしている。
 特に、支援クラスのレベルの高さは目を見張るほど。子供たちが良い。
  ★
 5時間目、3年生のクラスへの私の授業。
 小中100名ほどの先生たちが見えている。
 
 教室に入らないので、モニターを使って隣のクラスでも見られるようになっている。
 いやいや、大変なことである。
 
 私はいつものように「味噌汁・ご飯」授業をする。
 この後の講演で、「日常授業」の改善というテーマで、なぜ今このような授業をするかの説明をするための授業である。

 言葉だけではなかなか伝わらない。
 実際に授業をして伝えたいと考えている。
  ★
 3年生の先生との事前の打ち合わせで、1人落ち着かない男の子K君がいると聞いていた。
 5時間目、教室へ向かう。
 
 K君は、クラスの一番前の端っこにすわっている。
 「K君だな?」
 「どうして知ってるの?」
 「それは顔に書いてあるよ!」
 「えっ~~」
 「K君は、イケメンだね!」(クラスのみんながどっと笑う)
 「今日は、イケメン君と呼ぶからね」(笑)
 
 こんな感じで、クラスは笑いに包まれる。
 授業では、何度も「イケメン君」と叫ぶ。
 
 授業の最後は、「イケメン君で最後はまとめてもらおう」と言うと、真面目な顔で発表した。
 ★
 K君は、決して「イケメン」ではなかった(笑)。
 口先から出た、とっさの言葉である。
 
 授業が終わってから、K君が講演がある体育館の前で待っていた。
 私のことが気に入ったのであろう。
 「イケメン君だね」
 「先生、怖い話して!」と、まったく関係ないことを口走った。
 私が怖い話が得意だと言ったので、どうしても聞きたいと思ったのだろう。

 K君は、自分が「イケメン」と錯覚したまま、明日から教室に来ないだろうかと、そんなことを心配する(笑)。
 ★
 講演は、時間90分を5分だけ延長して終わる。
 
 夜は、教育局などの指導主事の先生たちや校長先生、教頭先生たちと懇親会。楽しい一日であった。

●19日は移動日。
 釧路から札幌へ向かう。
 
 特急おおぞら6号。
 4時間もかかる。やれやれ。
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

つれづれなるままに~北海道行脚~

●11月10日、小雨の中をバスで羽田へ急ぐ。
 新千歳へ着いたら、ここも小雨が降っていた。
 

  早速、いつもの「ちとせラーメン」へ行く。
 ここでいつもラーメンを食べる。
  ★
 新千歳から小樽までは電車で行く。
 小樽には、積丹町教育委員会のKさんが迎えに見えていた。
 

「まっさん」で有名になった余市のニッカウヰスキー工場を通過してもらい、積丹町へ向かう。
 旅館「かさい」に宿泊。
 

  夜、教育長さん、美国小の校長先生などとの懇親会。
 すばらしい海鮮料理である。さまざまな話で盛り上がる。
  ★
 11日、美国小学校へ行く。学力向上推進校である。
 周りが緑に囲まれた、素敵な学校。
 64名の児童。
 

  午前中、先生たちの授業を見せてもらい、そして私が授業をする。
 6年生、11人。
 

  すばらしい6年生。
 今年の全国学力テストでは、全部の教科の成績が、全国平均を越えている。
 

  クラスが大変だったという平成25年度から比べると、平均でほとんどが30点から40点の成績アップを図っている。ものすごいのである。
 

  何をされたのか?
 そんなことを校長先生に聞く。
 

  特別なことをしたわけではない。
 四則計算、漢字学習、学習規律の確立、家庭学習の徹底などきわめて当たり前のことを繰り返し進められたということである。
 

  6年生で目立ったのは、ノートが素晴らしいこと。
 ノート指導を抜きにしては何事も始まらないのである。
 ★
 講演をして、小樽へ行く。
 ここに宿泊して、明日帯広である。
 

  以前女房と宿泊した「ソニア」というホテルに泊まる。
 なつかしいホテル。 
 
●12日は、移動日。
 小樽から札幌へ行き、そして帯広へ向かう。
 

  途中で雪景色に変わる。
 もう雪が降っている。
 

  夜、帯広で懇親会。指導主事の先生たち、若葉小の校長先生、教頭先生たちなど。楽しい会であった。

●13日、若葉小学校へ行く。ここも学力推進校である。
 午前中、先生たちの授業を見せてもらう。
 

  また、午後、3年生(40名)に私が授業をする。
 元気で、おもしろい子供たちがいっぱい。 

 その後、先生たちに「学力向上」について話をする。
 学力向上に取り組む本質は、順位を上げたり、平均を上げるなどというのではない。それは結果にしか過ぎない。
 

  大事なことは、今まで20点、30点しか取れなかった子供が70点、80点取れるようにすることです、と。
 そのことで、子供は励みになり、これからの人生を変えていくきっかけになる。その本質を忘れるべきではない、と。
 

  そのために、どんな授業をすればいいのか。
 「日常授業」の改善。
 そして、3年生に展開した授業の説明をする。
 ★
 終わってすぐに校長先生から十勝帯広空港に送ってもらう。
 外は、うっすらと雪景色。
 

 横浜に帰り着いたのは、夜の11時すぎであった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

『授業力&学級経営力』(明治図書)12月号発売

     Cover

明治図書から『授業力&学級経営力』12月号が発売された。

 「かくれたカリキュラム」の特集である。今、クローズアップされてきたテーマである。

 私も「新卒教師によく見られる『かくれたカリキュラム』」を書いている。

| | コメント (1) | トラックバック (0)
|

福山憲市先生とのコラボ講座(3)

 福山先生は、今回の講座のために、ノート1冊を作って臨まれていた。
 私の本を読み、ブログ5年間をさかのぼって読み通して、参加されていた。私は恐縮する以外になかった。

 相手から何かを学ぶためには、それだけの予習をしなければいけないと言われていた。
 すごいことである。
 ★
 教師人生には、往路と帰路がある。
 そんなことを講座の最後に私は語った。

 これを登山にたとえる。
 福山先生は、富士山に登られた。今、その頂上におられるのかもしれない。
 私は、神奈川県の大山(たいして高くはない山)を登った。
 
 往路は、ただひたすらに登り詰めていく。
 失敗もあり、挫折もつきものだが、登ればいい。志さえ忘れなければ頂きを目指して前へ前へ進めばいい。
 
 富士山と大山では、見える風景が違う。その頂への困難さは富士山が圧倒的に大きい。
 でも、登頂した喜びや見える光景などが違う。
 富士山に登ったものでしか味わえないものがあるはずである。

 だが、登ったら下りなければいけない。
 どんなに高い山でも低い山でも、再び麓に下りてこなければいけない。これが「帰路」である。

 教師ならば、「往路」はだいたい40歳までになり、45歳頃までに「帰路」を決めなくてはならない。
 
 たとえば、管理職の道へ進むのか。
 あるいは普通の教師として進むのかなど。
  その選択肢を選ばなければいけない。

 「往路」は目指すべき頂があるので、ひたすらそこへ向かえばいい。しかし、「帰路」はむずかしい。
 歌にも「行きは良い良い、帰りはこわい」とあるように。

 教育界の先人森信三先生は、次のように言われている。
   ★ ★ ★
 往相はやがて還相に転ぜねばならぬ。
 そして還相の極は、施であり奉仕である。(一語千鈞)
   ★ ★ ★
 往相とは「往路」のことであり、「還相」とは「帰路」のことになる。

 往路はあれほど素晴らしかったのに、帰路を間違う人がいる。
 往路はあれほど意気揚々としていたのに、帰路をすべり落ちるように下がっていく人がいる。
 帰路はそれほどにむずかしい。
 ★
 福山先生は、「帰路」もまた授業人として全うしようとされている。
 いや、富士山登頂に飽き足らず、エベレストにも行くぞと意気込んでおられるのかもしれない。
 
 私は、福山先生に教育界の「法然」になってほしいと願っている。
  あの浄土宗の法然である。
 高い頂きに登った人にしか理解できないことがあり、伝えられないことがあるためである。
  ★
 平安末期、仏教界に君臨していたのは、南都北嶺といわれた旧仏教である。現在は、「顕密仏教」と言うらしい。
 奈良、平安期は国家の支持を受けた仏教体制が世の中を支配していた。この頃僧侶は、いわば国家公務員だったのである。
 
 この時代、世の中は荒れ、道ばたには死体がごろごろと転がるような悲惨なことだったらしい。  
  民衆は、この世に何の希望も感じられなかった時代。
 
 そんな時代に、在野の坊主が現れてくる。彼らは、「聖」とよばれた。
 
 その「聖」の中から、民衆の支持を集める人物が浮上してくる。
 法然が、その中での大スターである。
 彼は、比叡山をすすんで脱落し、市井に聖として身と投じた人物。

 易行を唱え、念仏をすすめた。
 「南無阿弥陀仏」と唱えれば良いのだ、と。
 耐えがたい修行や小難しい教えではなく、シンプルな念仏で良いと民衆に教えた。
 
 当時の民衆は、法然によってどれほど救われたか。
 
  ★
 結局、私たちは、「日常授業」に還されてきているのである。
 「ごちそう」授業 から「日常授業」へ。

 「日常授業」をどれほど豊かにしていくのか。
 それが教師として生きられるか生きられないのか、最後の砦になるのだ、と。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

福山憲市先生とのコラボ講座(2)

   福山先生は、算数1時間目の再現授業をされた。
 驚くべき授業であった。
 皆さんは圧倒されたのだと思う。

 今、日本で授業をさせたら、きっと五本指に入るであろうと思われる教師の、驚くべき授業なのである。
 その授業を見たのである。
  ★
 割合の授業で、140人、平均99.8の授業を作られたと聞く。
 その再現の授業を講座で設けられるということで、かつて福山先生の講座に申し込んだことがある。
  5時間をかけて下関までかけつけた。
 
  なぜかけつけたのか。
 平均99.8というのは、130人以上が100点を取っていることになる。どんなに下の子供でも、90点以上。
 
 でも、公立の小学校で140人もいるならば、4年生の時、きっと10点や20点を取っていた子供も何人かいたはずである。
 その子供たちを満点を取る子供たちに仕上げていく。
 
 これはすごいことである。
 その子供たちの人生を変える。

 かつてこのような子供たちを「落ちこぼれ」「落ちこぼし」と名付けて問題にされたことがある。
 
 今はまったく問題にならない。
 常態化しているはずである。
 
 ほとんどの教師が「分からないのはもう仕方がない!」と諦めている。授業中、時間をかけて教えようとはするが、それだけ。
 そのまま分からない常態で、上の学年に上げていく。
 
 しかし、福山先生はこの常態を変えている。
 それがどのようにして可能なのか。
 
 それを知りたいためである。
 それが分かれば、「味噌汁・ご飯」授業の中に込められるはずである。そんな思いであった。
 ★
 福山先生の再現授業を聞きながら、これでいいのだと確認したことがある。
 私たちが「味噌汁・ご飯」授業の授業法として提案した「授業づくり3原則」である。
 「指導言―活動―フォロー」の3原則。
 福山先生はテンポ良く、この3つをくり返される。
 1つ指導言を入れたら、即座に子供を活動化され、そしてフォロー(福山先生はこの言葉を使われないが)を入れられる。
 小刻みにとんとんくり返される。
 それで子供たちを引き入れ、集中させ、定着される。
 ただ、我々と違うのは、その3原則の1つ1つがハイレベルなことである。
  このテンポは、普通の教師が絶対にできない領域の指導力だと言った方がいい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

福山憲市先生とのコラボ講座(1)

  福山憲市先生とのコラボでの講座であった。
 「日常授業の改善」というテーマ。
 
 会場びっしりに先生たちは参加されていた。
 午前中2時間は、私と福山先生との対談。
 
 福山先生も、研究主任として学校では「日常授業」の改善というテーマで研究を進めておられる。もうそれしかないということで、研究は進められている。
 私の考えとほとんど同じ立場を共有されている。
 大きな援軍を得たような気持ちになる。
 ★
 日本の授業研究は、今まで「ごちそう」授業の追求という形で進んできたことは間違いない。
 その「ごちそう」授業 は、日本全国の学校で「研究授業」という形で具現化されてきた。
 
 最初は、「日常授業」の改善をテーマに始まったはずである。ところが、いつのまにか日頃やっていない授業をお互いに公開して、それを検討していくことになった。
 

 「研究」であるから研究テーマがあり、それに研究仮説がついていく。
 これができるのは、極めて一握りの学校に限られるはずである。
 

 他の分野の研究者にとっては、学校でやっている「研究」は、ほとんど「研究ごっこ」であると笑われる。1回か2回の研究授業で仮説などが確かめられるはずはないと…。
 ★
 今でも思いだすことがある。
 私の初任の最初の研究授業。
 

 私は日頃の授業を見せれば良いと思って、それを見せることで行った。
 終わってから副校長先生に呼ばれた。

「野中先生、あの研究授業はいつもの授業だっただろう。それじゃあだめだよ。研究授業というのは、精一杯の教材研究をして、精一杯の準備をして、公開していくものだよ。これからそんな気持ちで研究授業に臨みなさい」
 いわゆる「ごちそう」授業 を見せることが研究授業なのだと指導されたことになる。
 

 そんなものかと思い、研究授業は特別な授業を見せることなのだという認識がここでできていった。
 ★
 今ではこの研究授業は、学校の行事として定着していて、その意味を問い直すということはなされない。
 行事だから、粛々とこなしていけばいいのである。
 

 研究授業は研究授業、日頃の授業は日頃の授業、そのようにきちんと区別されて行われている。
 そんなものでいいじゃないかというわけである。
 ★
 ところが、毎年の全国の学力テスト実施は、この事態を徐々に変え始めている。
 こんなことをしていて、一向に学力が向上していかない。
 当たり前である。
 
 日頃行っていない特別な授業を「研究授業」にして、それを互いに検討し合っているのである。
 ところが、日頃は「日常授業」が展開されているのである。1000時間以上。
 
 理屈で考えても、学力が向上しないのは当たり前ではないか。
「日常授業」が学力向上のための授業になっていないのである。
 

 こんな当たり前のことに、なぜ気づかないのであろうか。
  ★
 福山憲市先生は、5年生の4クラス(140人)で算数の専科をされていた。
 「割合」の授業、算数の市販テストで99.8の結果を出される。 これは5年生の割合の授業をした先生にとっては驚異的なこと。

 なぜ、こんなことができるのか。
 福山先生は、午後の1時間の講座をその答えに当てられる。

 5年生の最初の1時間目の授業。どんな授業で始めたのか。
 その再現をされた。

 これは参加者にとっては驚くべき授業であったはずである。
  これならば、やはり「割合」のテストが99.8になるのは可能である。そう私たちは受け取れる。
 

 その授業を毎日やられたのである。
 まさに「日常授業」を積み上げられていったのである。
 ★
 我々にとっては、やはり名人芸。
 とてもマネできる技ではない。

 私は「その割合の授業を、みんなができる授業に下ろしてもらえないか。平均は80点でもいい。」と食い下がったのだが、なかなかそれは難しいとのこと。

 どうしてもそこにこだわったのは、どんな優れた実践でも、再現性がなければそれで終わるものであると、私は考えているからである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

つれづれなるままに~これから北海道への旅が始まる~

●10日から長い北海道への旅が始まる。
 10日には、積丹町に行き、11日に積丹町立美国小学校を訪問する。北海道学力向上推進校である。
 

  学力向上のためにどんな手立てを取るか。
 学校を訪問し、全てのクラスの授業を参観させてもらう。
 

  そして、私も授業をさせてもらう。
 午後からは、私の講演を行う。(105分)

 12日は、移動日。
 小樽から帯広まで。電車での移動。

●13日は、帯広市立若葉小学校を訪問する。
 この学校も、学力向上推進校。
 ここでも全クラスの授業を参観し、同じく私も授業をする。そして講演90分。
 
 ほとんどがこのパターンで行う。
 全クラスの授業を見せてもらえれば、この学校の授業力ははっきりする。何が必要なのかも分かる。
 
 私が授業をするのは、どのように「日常授業」を改善するのかを提案するためである。
 実際に授業をした方がいい。そして、なぜこんな「日常授業」をするのかを講演で説明するのにもってこいだからである。
 
 この日、終わったら夜十勝帯広空港から羽田へ戻る。

●17日に、釧路へ行く。
 18日の遠矢小学校の訪問である。
 
 この遠矢小学校は、学校力向上事業に参加している学校である。 すでに私は2回訪問している。今回は3回目。
 
 どのように変わっているのか楽しみである。
 ここでも全クラスの授業を参観し、私も授業をする。そして講演。90分。

 19日は、移動日。
 釧路から札幌へ。

●20日は、大曲小学校へ行く。
 この日、大曲小学校の公開授業研修会。
 
「味噌汁・ご飯」授業研究会のメンバー4人と共に参加する。
 私と小島先生、秦先生は助言者としての参加になる。
 どのように大曲小が変わっているのか、楽しみなことである。

  21日(土)に羽田へ戻る。

●26日に、函館へ行く。
 27日に、八幡小学校の訪問をする。
 
 ここでも授業参観、私の提案授業、そして講演(80分)。
 この学校は初めての訪問になるが、「味噌汁・ご飯」授業を実践されていると聞いている。楽しみなことである。

 終わって夜函館空港から羽田へ戻る。

●12月3日に、網走の女満別空港へ行く。
 4日に、網走市立網走小学校の公開研究会に参加するためである。 全クラスの公開授業を参観し、午後から講演をする。
 
 「これからの北海道教育に期待すること~全国・全道の実践から見えたこと」というテーマ。
 
 これからの北海道の教育に期待することは大きい。
 私は北海道に多くの可能性があると考えている。
 
 この日に合わせて、この学校の本が出版される。
 『「チーム学校」で学力をアップする!日常授業&校内研修ガイドブック』(明治図書)。楽しみなことである。
 また1校、北海道の学校の可能性が明らかになる。

 5日に、女満別空港から羽田へ帰る。
 これで長い北海道の旅が終わる。
 
 最近、新千歳空港に降り立ち、いつものラーメン店で札幌ラーメンを食べれば何かほっとする気持ちになっている。郷里へ帰ってきたような心境。
 
 九州人である私にとっては、複雑な気持ち(笑)。
  すっぽりと北海道へはまり込んでいる自分がいる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

名古屋いじめ自殺を受けて~ここはほんとうに「学校」だろうか~

   名古屋の中1いじめ自殺は、新たな展開を見せている。
 「いじめを直接見た」という生徒が20名、「本人から聞いたり、相談を受けていた」生徒が3名、「本人以外から聞いた」生徒が57名いた。 
 これはどういうことであろうか。
 
 ところが、同校の常勤教職員への第1回目の聞き取りを終えた段階では、全員が「いじめを認識していなかった」と答えたという。
 驚くべきことだ。
 ★
 先日の岩手県矢巾町のいじめ自殺で、明らかになったことは次のこと。
 
 1 いじめを受けた生徒は、いじめ調査にきちんといじめの
   事実を訴えていたこと。
 

  2 その事実を担任は学校へきちんと報告していなかったこと。
 

  3 担任は、加害者にも指導し、被害を受けた生徒にも相談に
   乗り、対応はしていたこと。
   その段階で、担任は自分の指導で何とか乗り切れると踏んでいた恐れがある。
 

  4 町教育委員会は、いじめ0の目標を定め、取り組んでいたこと。
   ★
 今回のいじめ自殺をした生徒は、この矢巾町のいじめ自殺を報道で確認していたと思われる。
 そして、今回のことである。
 
 学校や教師に対する信頼は、まったくない。
 むしろ、彼らは無力であると見切っている。
 
 今回明らかになったことは、次のことである。

 1 学校は2ヶ月に1回。記名式のアンケートをいじめについて
   とっていた。
   いじめがある事実を記載したのに、対応できない学校があるというのに、記名式のアンケートにきちんと事実を記載する生徒などいるはずはないではないか。こんな常識的なことさえ、この学校は分かっていなかった。あきれるほどの鈍感さである。

 2 この鈍感さゆえに、多くの生徒が見聞きしていた、いじめの事実を教職員の誰一人発見できない哀れさには言葉もない。
      
   ここは、ほんとうに「学校」だろうか。
      怒りを通り越して、哀れさを覚える。

  ★
 いじめはなくならない。
 「いじめ0」などという目標などを持って教育委員会は、絶対に取り組んではいけない。
 いじめは必ず起こるものだということを前提に考えていくことである。
 これほどいじめはだめだとキャンペーンが行われても一向にいじめは減らない。
 はっきりしているのは、確信犯的に「いじめ」を起こす生徒がいるということである。

  ★
 日本全国で今まさに「いじめ」を受けている生徒への影響が心配である。
 「いじめ」の問題がハードルを一段階上げて、さてどうするかということが大きく問われてくる。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

つれづれなるままに~体の方はもう大丈夫です~

  ●ぎっくり腰は安静にしていたら、急速に改善。
 もうほとんど日常生活に支障をきたさない程度に改善。
 多くの方に心配をかけてしまった。もう大丈夫。

 口内炎はもう子供の頃からの持病で慣れてはいるのだが、私の場合は腸の調子が悪くなると、とたんに出てくる。
 ケナログを塗って何とかなってきた。

●2日は、雨の中を愛知の春日井へ行く。
 教職員組合の招きである。
 
 この春日井にある出川小学校と教育委員会は、今年『学習規律とICTの有効活用』(教育同人社)という本を出された。
 
 内容は、「日常授業の改善」である。
 監修が堀田龍也先生である。
 
 春日井市がこういう動きをされている。
 
 そこで、私が「日常授業の改善」を提唱しているという関係で、教職員組合の方から呼んでもらえたということらしい。
 
 当日,130名ぐらいの先生たちが参加されて、会場はびっしり。
  90分の講演。(5分超過した)
 熱心に聞いてもらえる。ありがたいことである。
 
 その日、また名古屋から新幹線で自宅へ帰る。
 家に着いたのは、夜中の12時近く。
  長い一日。

●私が監修している「日常授業」シリーズの本が、もうすぐ刊行される。北海道網走小学校の本である。大曲小学校に続いての2冊目である。
 『チーム力で学力をアップする!日常授業&校内研修ガイドブック』(明治図書)

 この学校は、12月4日に公開授業研究会を行う。
 驚くべき子供たちに出会う。
 よくぞここまで子供たちを育ててきたものだと思う。

 今年の全国学力テストの成績も、秋田県の平均をほとんど抜いたと聞いている。
 低学力で悩む北海道の中では、特出した学校になっている。
 学校がチーム力を発揮すれば、どのようなことになるのか、はっきりと答えを出している。
 
 
 

| | コメント (2) | トラックバック (0)
|

つれづれなるままに~11月の過酷なロードが始まる~

  ●明治図書より雑誌『授業力&学級経営力』4月号特集の依頼が来る。「3・7・30の法則」の特集である。
 光栄なこと。
 書いてくれる執筆者を選び、依頼の作業に追われる。

●ぎっくり腰になる。
 なんとか歩けるのだが、不自由である。
 
 とにかく安静にしておかなくてはならないということ。
 右手の五十肩も、まだ治らない。
 
 持病のひどい口内炎にもなって、満身創痍の状態。
 これで11月の過酷なロード(?)を乗り切れるのだろうかと心配になる。
 
 11月の半分ぐらいは北海道にいる。
 11月2日は、愛知の春日井市に行く。ここから11月は始まる。

●日本教育新聞(11月2日号)に記事が載る。
 求めに応じて、初任者がよく陥る「おしゃべり授業」のことを書く。それについての対策も書く。

●JR東日本 大人の休日・ジパング倶楽部の会員である。
 この会員(男性満65歳から、女性は満60歳から、夫婦だとどちらかが65歳以上)になると、新幹線(のぞみを除く)や鉄道(200キロ以上)の割引(3割引)になる。
 
 友人から聞いて、先日入会したばかり。
 年会費が3770円。
 
 ところが、先日新神戸まで新幹線で行ったら、往復で6000円ばかり割引になった。1回で年会費分の元がとれたことになる。
 
 私は新幹線に1年に30回ぐらい乗る。
 これは、これは、大変なことだと思う。
 
 早く知っておけば良かったとつくづく思う。
 歳をとると、このようないいことも出てくる。
 
●小学校のいじめの件数が過去最高になったという。
 岩手県のいじめ自殺事件で再調査したら、この数字である。
 
 まったくいい加減な数字。
 数年前も同じようなことが起こったと記憶している。
 
 先日の小学校で暴力行為が過去最高というのも、いい加減な数字かも知れない。実際は、その数倍の可能性がある。
 学級崩壊がらみであることははっきりしている。
 
 都市圏の学校が、深刻な学級崩壊から学校崩壊へ進んでいる。
 学校が、もうもたなくなっている。
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

« 2015年10月 | トップページ | 2015年12月 »