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学力をどう向上させていくか(7)

       第7回 学力をどう向上させるか

 クラスには、必ず勉強ができない子供たちがいる。
 学年の勉強についてこれない子供たちが、普通3,4人というところだろうか。
 どうされているだろうか。
 

  何とかしたいと思っているが、何ともできないという状態ではないだろうか。 
 私が最後に勤務した学校は、荒れまくっていた学校で、私が最初担任した5年生は、かけ算九九がうまくできない子供たちがクラスの1/3ぐらいであった。
 

  こんな状態で、5年生の算数が満足にできるわけはなかった。
 悪戦苦闘をしたのだが、でもかけ算九九ができない子供たちは1年間かけてできるようにしていったのである。
 

  その方法については、『新卒教師時代を生き抜く授業術』(明治図書)に書いている。
 ★
 問題は、5年生の算数の授業をどうしていくかということであった。
 私たちの発想には、「基礎が大切。基礎から順に理解しつつ先に進んで行かなくてはならない。分からなくなったら基礎に戻れ」という考えが染みついている。
 

  先日もあるクラスの算数の授業を見ていたら、1人の男の子だけ授業と関係ないプリントをやっていた。分からないから基礎から勉強させようという担任の考えであろう。でも、絶対に分かるようにはならないだろう。その時間に、他の子供たちと違う勉強をさせてはならない。これは鉄則である。
 ★
 ここに『超勉強法』(野口悠紀雄著 講談社)がある。1995年に発刊されたものである。もう20年前のこと。講談社文庫から最近再刊されている。
 

  野口先生は、経済学者としては有名な方で、さまざまな経済学の本を出されている。 
 この本には、次のような事が書かれている。
 ★ ★ ★
 私の友人に、家庭教師の名人がいた。成績が悪い生徒の面倒をみて、目覚ましい成果をあげていた。
 彼は、独自の勉強法で教えていた。つまり、勉強法を大きく変えることによって落第生を救ったのである。そして、「少なくとも中学、高校であれば、どんな子でも、一定の点数までは確実にとれる。本当の理解力をつけるには時間がかかるけれども、テストの点数を引きあげるだけなら、簡単。とくに、数学と英語はそうだ。成績がクラスで最下位の子でも、必ず遅れを取り戻せる」といっていた。
  この話を聞いたのは、比較的最近のことである。私が興味を持ったのは、彼が用いていた方法が、私の勉強法と非常に似ていたことだ。英語と数学については、まるで同じだった。このことは、私の勉強法が私だけに有効なものではなく、多くの人に適用可能なものであることを示している。本書を書こうと思った1つのきっかけは、この点にある。
 ★ ★ ★
 そして、野口先生は次のように続ける。
 ★ ★ ★
 右の話は、つぎのことを意味する。
 1 勉強ができないのは、能力が低いからではなく、勉強の
   やり方に問題があるからだ。
  2 多くの人に適用可能な「適切な勉強法」が存在する。
 3 適切な方法を用いると、勉強の成果は顕著にあがる。
 4 試験の点数を引きあげることだけが目的なら、かなり
   容易にできる。
 ★ ★ ★
 また、次のように書いてある。
 ★ ★ ★
 私がとくに強調したいのは、成績が悪い生徒に、とにかく得点力をつけさせることだ。これによって「勉強ぎらい」から脱却させることができる。しばしば、現在の教育は得点力偏重だとして批判される。しかし、得点力のこうした側面を、決して軽視してはならない。
 ★ ★ ★
  そして、野口先生は、数学の苦手な生徒をどう教えるかについて、この本では次のように書かれている。

 ★ ★ ★
 普通は、「いまのところがわからないのは、その前がわからないからだ。だから、そこまで戻って基礎からやり直そう」と考えるだろう。これは「低山徘徊トレーニング」というよりは、「麓まで逆行トレーニング」である。
 しかし、私が家庭教師なら、そうはしない。それまでのところは当面無視して、現在の項目について、教科書に出ている例題だけを丁寧に教え、繰り返して解いて、覚えさせる。つまり、現在の地点にパラシュート降下させる。教科書の例題は数が少ないので、それほど時間はかからない。基礎知識がなくても、解き方のコツをうまく教えてやれば、十分解けるようになる。序章で紹介した名人家庭教師の方法が、まさにこれである。
 ★ ★ ★

 野口先生の「パラシュート勉強法」を使えばこうなるのである。

 ★
 「得点をあげること」と「学力」をつけることは同じことではないが、現場教師も、この野口先生の発想法を身に付けることは大事なことである。
 

  今「味噌汁・ご飯」授業として算数の授業を研究しているが、この発想法を原点に据えている。

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コメント

 久々の投稿です。
 基本的に、いや全面的に賛成です。
 TOSS・向山型算数の一つとして、教科書の例題・練習問題・習熟(計算スキル)でほぼ1時間を完結させます。
 例題では基本形を教え、練習問題でそれを使いこなせるようにし、習熟でほぼ独力で解けるようにする。もし、習熟が独力で怪しい人は、計算スキルのなぞりを行い、「できた」形を味わわせ、満足させて終わらせる。
 ある子供が、例題・練習問題ができなくて、「伏せてしまう」状態でも、計算スキルで「復活」し、できて満足した、という実践報告もあったように記憶しています。
 詳しくは、向山型算数関連のHPをご覧ください。

 ここまでは、完全にTOSSの「宣伝」でした。(笑)

 別便で、「得点力偏重」についての私の考えを述べたいと思います。

投稿: TOSS超末端教師 | 2015年10月17日 (土) 01時13分

 個人的な考えです。TOSSとは関係ないと思ってください。

「得点力偏重」がしばしば批判されることがあります。
 しかし、これは「余裕が適度にある」人の考えです。批判している人もおそらく、「勉強ができた人」です。または、その知識が深く、「いきなり教えては宝の持ち腐れだ。原理原則を考えさせることにより、思考の大切さを味わわせよう」と思っている人でしょう。教科・単元によっては、こうした学習方法が有効な時もあります。
(「覚える」学習内容が比較的少ないところや、教科書の基礎レベルが分かっての応用問題ならいいと思います。)
 
 しかし、これが全ての学習内容で適用されると大いに疑問が出てきます。
 特に「余裕のない人」はどうでしょうか?聞かれていることがさっぱり分からない。何だが意味不明だ。次に練習問題が待っている。わけのわからないことの連発だ。更に大量の計算ドリル、宿題・・・そりゃやる気は出ません。
 また、「余裕がありすぎる」人は退屈です。いつまでこねくり回しているんだよ。そんなことは分かっている。友だちの話は一応わかる。(時々、説明が回りくどすぎる子がいて混乱しそうになるのもいる)聞くつもりはある。でも、退屈すぎる。早く練習問題に行きたい・・・。よし、練習問題、そして計算ドリルだ。できる!!しかし、前半の長すぎる時間は何なの・・・・???

 こう思っている子が結構いるのに、研究協議では「考え方がいろいろ発表されて、子供たちは話がよく聞けていてすばらしかったです」とか言われる。そして、「今後も研究を続けていきたいと思います」「さらにネタを集めていきます」とか前向きのコメントを校長などが話す。とてもよい会に集約されて終わる。いったい何なの?これは「授業セレモニー」か?
 そして、私は思います。「こんなの、ふだんできるわけないじゃん。日常授業の5パーセントぐらいしか取り入れられないよ」
 授業研究のほとんどがこの繰り返しです。

 ここでは算数を取り上げましたが、国語の読み取りも似たようなことが起こっています。

 長くなったので、更に別便で。

投稿: TOSS末端教師 | 2015年10月17日 (土) 01時49分

 すみません。「得点力偏重」から議題がそれてしまいました。
 
 学力に厳しい子は、できるだけ少ないエネルギーで、一気に解き方をマスターし、習得までもっていかせないといけません。ただでさえ、考えたり計算したりするのに時間がかかりますから。
(九九とか分からなくて、九九表がいる人もいるでしょうし、繰り上がり、繰り下がりが怪しい人は、別の所にサクランボ計算をかかないといけないときもあるでしょうから。)
 勉強の理解力が落ちる25パーセント程度の子は、得点力「偏重」とは無縁です。むしろ、得点力「向上重視」です。点数が上がれば勉強好きに多分なりますから。
(なお、25パーセントは、標準的な集団です。クラスによっては、40~50パーセントになることもあります。そんなクラスを知ったうえで「得点力偏重」を本気で言うなら、笑止千万です。きっと、そういう集団に出会っていない人・認識していない人が「偏重」なんていうのでしょう。もしかしたら、昔の受験戦争の批判として主張しているかもしれませんが。)
 
 私の経験でこのことをいうと、「偏重」の主張が強い人はお茶をにごされます。きちんと向き合おうとしません。そして「勉強できないんだからしかたないじゃん」という態度が見えます。そして、「授業後の個別指導」「家庭学習(宿題)にする」を持ち出します。子どもが5・6時間も授業受けてへとへとなのに、家に帰ってからもやる気もでない(家庭事情でできない)のに。学習の苦手な子の気持ちがまるでわかっていません。

 こういう人に論争するには、展開が見えています。かつて先輩たちが言っていたのを見ましたが、相手は変わりませんでした。だから、頭の固い人には言わないようにしています。言うだけ無駄ですし、論争しても相手は変わらないですし、恨まれるのはいやなので。
 ただ、若い人、頭の柔軟な人にはおろかなことだ、と話しています。子どものやる気を考えろ!という意味をこめて。

 じゃあ、お前はどうなんだ?と言われたら、こう答えます。
「授業中に全部させます。早く終わった子には調整タイム(読書など)をとります。あと数人(ものすごく遅い人)だけになったら、別の学習の授業に入ります。できてから、学習内容に合流してもらいます。(それでもできない子がまれにいます。その時は、授業の隙間に呼び、みんなの授業に合流させます。できなかったところは、答えを書いてなぞるか、写せるようにします。やってこなくても叱りません。答えは見えているので、わからないことはありませんから。やってきたら、もちろんほめるか〇をつけて返します。)」

 私のやり方を批判する人もきっといるでしょうが、授業後に残されるほどいやなことはありません。ましてや、不審者が心配される世の中です。授業時間中にやっておかないといけないと思います。
【本当なら、長い休み時間もやらせてはいけないのでしょうが、物理的にどうしても無理なので、時々ながらやらせています。遊びに行ってしまう子も当然いますが、次の授業の初めに一気にやらせてしまいます。次の休み時間にやらせるのは、諸事情でほぼ100パーセント不可能ですから。】

 長々と失礼しました。

投稿: TOSS末端教師 | 2015年10月17日 (土) 02時38分

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