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2015年9月

勇気を与えたはずである~yasu先生のコメントから~

  yasu先生からコメントが入っていた。
 鳥取へ行っていたために、コメントへの返事を書いていない。
  コメントは以下のもの。
  ★ ★ ★
野中先生、以前に投稿させていただいたyasuです。野中先生からいただた励ましの声に大変勇気をいただき、感謝しています。一学期後半の病休から復帰した2学期。やはり、スタート時は心身辛い時も度々ありましたが、体育主任として、まず運動会をやり遂げることが、休んだ分を先生方と子どもたちへのお返しになると思い、何とか終えることができました。異動1年目でしたので、勝手が違い、いろいろ分からず、先生方にも気を遣い…何とか終え、ほっとしています。上学年の組体操の全体指導も、前任校と全く違う雰囲気、子どもたち…葛藤し苦心しながら何とかでき、本番も子どもたちの頑張る姿を見ていただけたと感じています。ただ終えた後、長年おられる先生とその先生と親しい若手から「練習のもっていき方がよくなかった、子どものためにならない」と言われました。異動1年目で様子分からない、聞いても曖昧な返答、変えればいいと言う先生も。目の前の6年生は相変わらずぐちゃぐちゃ。厳しい雰囲気だと不貞腐れ、やる気をなくすことから、頑張りやできたことをできる限り見つけ、ほめながら指導することにしました。その方法がよくないと言われたのです。今は仕方ないと黙って聞いてました。自分だって何回も指導してきた中で、こんなに優しい指導は…でも、実態が。同じ異動1年目の先生からは「厳しくしたいけどできないよね。だって、子どもたちのレベルが…と。4年生はほめてもらって、すごくやる気になっていたよ」と自分の気持ちを察し、声かけてくれました。病休したことや管理職から配慮してもらっている自分をよく思っていない人がいるのはしかたないと思います。自分のせいで負担をかけてしまっている先生がいるのも事実です。ただ異動1年目の自分に、市内でも有名で困難な六年の担任、体育主任など最前線に立たせて、また、心身壊して復帰したばかりの自分に、全体指導を渋ったり、指導経験がある人がいないと言ったりして、組体の全体指導をさせる学校に腹ただしい気持ちも出てきました。一学期の自分なら、六年の学級の様子を含め、全部自分のせいと思っていたかもしれません。腹ただしく思えたのは、前任校までの自分に少し戻れたからと感じています。今年度の残りは、今は我慢、我慢、仕方ないと自分に言い聞かせながら、ひとつひとつできることを頑張っていきたいと思います。motaさんをはじめ、自分よりもっと困難な状況の中で闘っておられる先生が多くおられると思います。休んでいる時に、たくさんの先輩や仲間から励ましてもらいました。自分には仲間がいます。今の学校、子どもたちのために、自分に何ができるか常に考え、頑張ります。野中先生、まず大きな行事を凌ぐことができました。一歩一歩先に見えるものに向かっていきたいと思います。大変長くなり、申し訳ありません。
  ★ ★ ★
 ★
 私はしみじみこのブログを続けてきて良かったと思っている。
 このブログを続けなかったら、yasu先生やmota先生にコメントをもらうこともなかっただろうから。
 
 私のところへは、ブログでは書けない方たちからはメールで何人も相談がなされている。これもブログを読んでいる方たちからである。
 私のブログに訪れる方は、毎日600人ぐらいの方。
 
 ところが、yasu先生やmota先生の問題のときには、ものすごいアクセスになった。
 きっとこのコメントには書けない先生たちが、同じような境遇に苦しんでおられるのであろうと想像する。
 
 yasu先生たちが闘っている場所は、「無援の前線」である。ふっとそんな言葉が思い浮かぶ。
 その「無援の前線」では、自分の身を削りながら、必死で闘う以外に方法がない。
 今まで培った力量が、ほとんど通じない場所と思った方がいい。
 どのような実践家も、おそらく同じような立場を強いられるであろう。
  ★
 ただ、はっきりしているのは、yasu先生やmota先生の闘いは、きっと何人もの苦しんでいる先生たちを励ましたことは間違いない。勇気を与えたはずである。
 yasu先生、決して一人ではありません。後ろには、多くの先生たちが続いているのですから。

 江戸の儒学者佐藤一齋は、私たちに大切な言葉を残している。

 一燈を提げて暗夜を行く。暗夜を憂うること勿れ。只だ一燈を頼め。 
 
 
  

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つれづれなるままに~育児と両立「もう限界」~

  ●鳥取へ行った。
 親しい友人のH先生から呼んでもらってH小学校を訪問する。
 

  1クラスずつの学校。
 小規模の学校である。
 

  各クラスの先生方の授業を参観させてもらう。
 中堅やベテランの先生たちばかりで、安定した授業である。
 

   3年生のクラスで、授業もさせてもらう。
 近隣から多くの先生方も集まってこられて、教室はぎっしり。
 

  15名の子供たちはしきりに緊張している。
 最近は、授業づいていて、喜んで授業をする。
 

  子供たちとの対応が実におもしろい。
 退職して8年もなり、今だにこんなことをやっているなんてとても想像できなかったことである。未来は分からない。
 

  夜の懇親会で、H先生から私の授業を分析してもらう。無意識にやっていることが多いので、はっとすることばかり。

●村上春樹の『職業としての小説家』(スイッチ・パブリッシング)を読む。実に、実におもしろかった。
 

  村上春樹がどのように生きてきたのかがよく分かる。
 同じ団塊の世代が、こうして生きているというのはものすごい励ましになる。

●新卒教師シリーズの原稿ができあがり、明治図書へ送付する。
 1年から6年までの各分冊で、本格的な新卒教師シリーズになったなあと感慨が残る。
 

  私は第1章だけの原稿。2章からは、それぞれの著者が書いているが、これもなかなかのできあがり。
 編著になっているので、校正原稿がさっそく2冊分送られてくる。 おそらく、画期的な仕事になる。
 

  来年の2月に出版できるだろうか。

●東京新聞に、「育児と両立『もう限界』一日平均12時間在校 忙しすぎる教師」という記事が出る。(9月25日)
 

  文科省が7月に発表した公立小中校の教職員の勤務実態に関する初の全国調査では、教諭は、一日12時間の前後も学校にいることが判明したという記事である。
 世界一忙しい教師の実態が、明らかになる。
 

  こんな実態なのに、「アクティブ・ラーニング」なんかが加わって更に忙しくする。
 呆れて呆然となる。
 
 

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学力をどう向上させていくか(3)

  今までだって業者テストをやってきたのに、学力が向上してこなかったのはなぜかという問いかけがある。
 これに対する答えは、そんなにむずかしくはない。
 
 まず、第1に、この業者テストを本校の「学力」として評価していくことを決めていなかったことがある。
 それでは、なぜ業者テストをしていたのか。
  替わりの自作テストを作れなかったことにある。学習指導要領に精通したプロが作っている業者テストに替わりうるテストを作る力量も時間もなかったのである。
 
 第2に、この業者テストの結果は、本校の子供たちの「学力」であるという意識が教師たちにもなかったのである。
 あるのは、通信表に記入する「評定」への意識だけ。
 
 第3に、「学力」を上げていく「向上システム」が機能していないことにある。
  ★
 「点数に表せない学力をどうするのか?」という問いかけは、必ずある。
 これは、「みえる学力」と「見えない学力」として従来から論争されてきたことでもある。
 
 いわゆるテストで点数に表れる学力は、「見える学力」と言うわけである。ところが、ほんとうに大切なのは、点数化できない学力の方ではないのかと、いう問いである。
 
 確かにこの問いかけはある。
 表現力、活用力(これは全国学力テストのB問題になっている)、判断力、興味関心などはなかなか点数化できない。
 ここを問題にするのである。
 
 しかし、これを追求しても不毛な論争になる。
 だから、このように言う以外にない。
「確かに点数化できないものに重要な学力がある。その学力は、今のところ授業で追求していく以外にない。点数化できない。」
 
 ただ、今ではPISAに新科目として「協同型問題解決能力」を測ろうとする動きがある。他の人と協力して問題解決に当たる力を測ろうする意図である。
 
 OECDのアンドレア・シャライヒャー教育局次長は、次のように言っている。
「従来学校で学ぶ知識は<一生モノ>という前提で教えることが教育の柱でした。しかし今日ではそういった教育内容はグーグルで入手でき、知識の蓄積は以前ほど重要ではなくなっています。むしろ、考え方、創造性、批判的思考力、問題解決力、判断力が成功のカギを握っており、協働やチームワーク、ICTを使っていかに社会と関わり合うかの方が、より重要です。」 
  これからは、このようなものを「評価」できるテストが開発されてくるはずである。
 ★
 それではどうしていくのか。
 まず第一段階として可視化できる「見える学力」に拘った方がいい。
 
 テストに表れてくる点数にこだわった方がいい。
 その点数を上げていく試みをしていくのである。

 そうすると、まず子供たちが変わる。
 今まで30点、40点しか取っていなかった子供たちが、70点、80点取れるようになると、俄然やる気になる。私はそんな子供たちをいっぱい見てきた。

 保護者への説得力も増す。
「こんなに先生は、授業で子供たちの学力を上げてくれている。協力しなくては!」ということになる。

 こうなったら、ますます点数化できない学力を追求していく足がかりができる。

 いつもカッコイイことは言うが、テストの点数の平均は低く、30点、40点の子供がかなりいるという教室がある。
 ここからは何も始まらない。
 まず、可視化できるところで勝負できる力をつけることなのである。
 ★
 次回は、具体的にどのようにして「学力」を上げていく手立てを取るかを考えたい。

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学力をどう向上させていくか(2)

   学校での学力向上が曖昧であると書いた。
 それぞれ学校での取り組みは、次のような言葉かけであろう。

「目標を意識した授業をしましょう」
「毎日の授業をきちんとやりましょう」
「毎時間ごとに評価基準をきちんとしましょう」

 で、どうなったのか?
 たいしたことがない。
 うまく上がらない。
 そんなことを繰り返していると、予想できる。
 
 学力向上への取り組みが曖昧であるために、「学力」が上げるという具体策とその「現実」が起きない。
  ★
 学力とは何か?
 たとえば、算数の学力目標では、学習指導要領を読めばはっきりする。
 まとめてみると、次の4つになる。
 ①基礎的・基本的な知識・技能
 ②思考力
 ③表現力
 ④活用力
 でも、こんな学力を一々考えて授業はできない。
 
 それでどうしているか。
  単元が終わった後に、小学校では業者テストをする。
  (ただ、テストには、①②の評価の問題があるだけ。)
 そして、その結果をまとめて通信表に評定する。(もちろん、テストの結果だけを通信表に評定にしているわけではないが)
 ★
 要するに、学校や教師は、「どんな学力をあげるのか」という問いかけをしていないが、結果として業者テスト(小学校の場合)の結果でほとんど「学力」の評価をしているのである。
 
 それをはっきり自覚していないだけ。
 
 じゃあ、業者テストで評価できる「学力」を、学校で追求する「学力」として設定すればいいではないかという話になる。
 
 私が訪問した学校の中で、そうしていた学校は確かにあった。
 単元のまとめのテストを、学校全体で可視化して明確にしていたのである。
 
 また、ある学校は、重点目標として算数のテストを90点以上に設定してそれを各クラスで追求するという取り組みをしていた。この学校の全国学力テストの結果は、秋田の平均を越える結果を出していた。

 上げるべき「学力」を明確にしている学校は、確かに学力を向上させているのである。
 ★
 では、学校は業者テストを学力の評価として設定すればいいではないかという話になる。
 しかし、そうはいかない。ここにはいくつかのハードルがある。
 
 1つは、学校全体でそのような学力設定をすると、必ず反対意見が出る。
「点数に表せない大切な学力があるではないですか。それはどうするのですか?」
 
 2つ目は、「今までだって業者テストはやっていたではないです か。なぜ、学力は向上しなかったのですか?」という問いかけである。

  これについては、きちんと考えておかなくてはならない。
 それは次回。

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「学力」をどう向上させていくか(1)

   学校を訪問することが多い。
 以前より「学力」向上に学校の関心が向けられているのは、強く感じることである。
 

  やはり、全国学力テストの影響である。都道府県ごとの順位がはっきりするので、「どうして我が県が下位に甘んじているのか?」という議会での追及がかなり厳しいと聞く。
 このことで教育委員会が学力向上に躍起になるという構図である。
 ★
 学校は学力向上を抜きにはもはや考えられない。
 そういう状況になっている。
 

  私は、この状況を、決して否定的に考えているわけではない。
 今までが、あまりにも「学力向上」についていい加減だったのである。
 ★
 学校を訪問して、この「学力向上」について気づくことがある。
 それは、学校が「学力向上」を意識しているわりには、どんな「学力」を向上させようとしているのかが極めて曖昧なことである。
 

  はっきりしていない。
 ましてや個々の先生たちも、教室で子供たちのどんな「学力」を向上させていこうとしているのかもきわめて曖昧である。
 ★
 そんなことよりも、ただ単に「全国学力テスト」の成績を上げようと試験対策に走っていく風潮がある。
 これが子供たちの「学力向上」にほんとにつながっているのか。
 

  「過去問題集」をかき集めて、学力テストの日まで毎日練習をさせるところもある。
 「過去問題集」を春休みの休業中に配付し、宿題としてやらせるところもある。
 もちろん、教育委員会が組織的に行っているのである。
 

  そして、順位を上げる。
 確かに上がるのである。現実的に上がっている。
 だが、考えてほしい。
 

  そんなことをして、子供たちのほんとうの学力は上がっているのか。
 そこが大きな問題である。
 

「教育」という志、何よりも忘れてはならないことを、目先の利益(順位を上げるという)で投げ捨ててしまう。愚かなことである。
 ★
 ただ、私は、「過去問題をやるな」と言っているわけではない。もはや、どこの都道府県も行っていることである。
 学力テストをただやっただけに終わらないで、どこが本校は問題であるのか、どこに間違いがあるのかを分析するというのは大切なことである。その趣旨で、行われているはずである。
 

  そして、問題点や課題は、日常授業の中で意識し、単元の中でしっかりと扱っていく努力をするべきことである。
 これが「教育」ではないのか。
 

  秋田県や福井県などは、日常的にこのようなことは行われているはずであると、私は予想している。
 ★
 「学力向上」は具体的に学校でどのように行われていくべきか。 そのことを次回では考えたい

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大曲小学校の公開研修会が開かれる!

  北広島市立大曲小学校の学校力向上研修発表会が行われる。
 学年、学級ごとに全員の授業が公開される。
 

 私たち「味噌汁・ご飯」授業研究会のメンバーも4人参加する。
 3人は、当日の助言者として参加することが決まっている。
 

 北海道の先生方は都合をつけて、ぜひ参加をお願いしたい。
 「日常授業」の改善というテーマがどのように具体化されているかを目にすることができる。

 大曲小学校 公開研修会

日   時 : 平成27年11月20日(金) 
                  13:30 ~ 16:20
場   所 : 北広島市立大曲小学校
(北海道北広島市大曲柏葉2丁目14番地6 研修内容 : 授業公開 ⇒ 全体会 ⇒ 分科会)
   <キーワード> 「ごちそう」授業から「味噌汁・ご飯」授業へ!
       ①最低学力保障の取組と日常授業の改善
       ②全員参加の校内研修

 参加される方は、以下を開いていただいて、くわしい内容を確認して下さい。

https://www.ptcnet.jp/oomas/DATA/BBS/kennkyu/epa5002015091446002710/epa5002015091446002710.htm

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壁の前でうろうろすること~mota先生へ~

    このコメント欄で何度も登場してもらったmota 先生が、次のようなことを書かれている。このコメントを読んで、すぐに北海道へ行ったために、その返事がそのままになっている。
 また、スイちゃん先生から暖かいコメントが書き込まれている。

   ★ ★ ★
 野中先生、いつもブログ楽しみに読ませていただいています。motaです。
学級の状態は、1学期よりは少しましになってきているようです。私は渦中にいて、よくわからないのですが、同僚の先生方には、そう言われます。けれど、良くなってきたからなのか、今まで心身に溜め込まれたストレス、不安要素が噴き出し始め、体がザワザワしたり、子どもの前でも涙が止まらなかったり…。ひどくなりそうなのがこわく、パニック障害気味で投薬治療をし始めました。ちょっとした子どもらとのやりとりでスイッチが入り、涙がとまらないのです。
私は、3月まで、なんとか子ども達と一緒に凌ぎたいと思っているのですが、不安定な担任と一緒にいても子ども達にも良くないかな…担任が変わった方が、のびのびやれるのではないかと後ろ向きになってしまいます。コメント欄に書かせていただく内容とはずれていることをお許しください。
 ★ ★ ★

 mota 先生は、十分に闘ってこられました。
 普通の先生たちが想像できない世界で闘ってこられたと思っています。
 私はそう認識しています。

 その結果、パニック障害気味になられています。
 当然のことです。
 そんなに人は強くないのですから。

 その闘う姿を教室の子供たちは見ていたはずです。
 教室が少し落ち着いてきていると書かれています。
 分かるような気がします。理解している子供がいるのですよ。

 ★
 mota 先生は後ろ向きになっていると言われています。

 私は、毎日学校へ通っていける体調があれば、ぜひとも続けてほしいと願っています。薬を飲みながら、涙をぽろぽろ出しながら、そのまま子供と対応していただきたい。そのままのmota先生で対応していただきたい。

 ほとんどいい加減でいいのです。
 担任がそこにいてくれるというだけで、子供たちは安心します。  それだけでいいのですよ。
 
 しかし、体調が無理であれば、潔く休むのですよ。
 
 ★
 哲学者鷲田清一さんが、朝日新聞の「折々のことば」(9/9)に次のようなことを載せている。

 大きな壁にぶつかったときに、大切なことはただ1つ。壁の前でちゃんとウロウロしていること。   玄田有史

 ●越えられない壁に直面したとき、うずくまっていないでその前でうろつくこと。すると壁の下に小さな穴が見つかり、トンネルが開くかもしれない。ヘリコプターが上空から見つけてくれるかもしれない。「希望は、無駄とか損とかという計算の向こうにみつかったりするもの」だと、労働経済学者は言う。「希望のつくり方」から。
 ★
 人生は何度もつまずきがあり、失敗があり、停滞があり、挫折がある。
 そんなことがない人なんていない。

 でも、次のことを自分の「考え方」の中に持っておけば必ず耐えていける。

 私は『必ずクラスを立て直す教師の回復術!』(学陽書房)に書いたことがある。

 Q7 野中先生は「人生の本質は繰り返しだ」と言って、繰り返すことの大切さを強調されていますが、どんなことを言いたいのですか?

 この問いかけの答えになる。
 一日の時間も、毎日の生活も、学校の授業も、……自分の人生も、その共通点を探していけば、「繰り返し」に行き着く。
 だから、この「繰り返し」に耐えて、少しずつ前へ進み出ていくことがその本質になる。

 毎日を規則正しく、できるだけ生活を変えないで過ごすこと。
 その平凡さに耐え続けること。
 mota先生、日常の中でこれを身に付けて下さい。

 ★
 そして、もう1つだけ。
 精神科医の中井久夫さんがどこかで書いておられたことがある。
「家に帰ってまでも、患者のことが思いだされたら、患者の担当を変わらなければならない」と。
 
 精神科医という仕事の過酷さは、尋常ではない。
 それでも、この言葉が教師の仕事にも当てはまる。
 
 これからものすごく必要になる言葉でもある。
 クラス担任を変わることはできないが、早く家に帰って、すっかり学校のこと、子供たちのことを忘れていくことは必要なことだ。
 すぐにはできない。
 
 でも、そのように自分を変えていく訓練を自分に課していくことはしなくてはならない。 
   ★
 こんなことを思いました。
 mota先生、がんばらなくていいんですよ。
 そのまま、そのままでうろうろしてほしいというのが、私の思いです。

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どんな学力をあげたいのか?~また、また、北海道北見へ行きました~

  北海道北見の大正小学校へ行く。
 3週間続けて北海道を訪問している。とりあえずこれで1回目の訪問が終わった。
 ★
 女満別空港に下りたって、そのままH指導主事に北見まで連れて行ってもらう。約1時間。
 ルートインのホテルで一泊。
 ★
  10日、北見の大正小学校を訪問する。
 この学校は地域の学力向上支援事業推進校となっている。
 

  そこで私を呼んでもらったことになる。
 学校へ入ると、全体が整然と整っていることが分かる。それは見事である。
 

  そのあと、授業を見させてもらう。
 ここでも教室の掲示や整理・整頓は見事なもの。
 学力向上へ向けてまず何をしていくのかという学校の方針が明確に伝わってくる。
  ★
 森信三先生は、『一語千鈞』(致知出版社)の中で次のように書いておられる。

 時を守り/場を清め/礼を正す
 これ現実界における再建の三大原理にして。
 いかなる時・処にも当てはまるべし。

 要するに、学校は決められた日課表を守り、きちんと学校の中を整理整頓し、そして返事や挨拶、言葉づかいなどをきちんとすれば改革の土台はできるのである。
 教室でも同じ。
 ★
 5時間目、4年生のクラスで国語の詩の授業をする。
 すばらしい子供たち。
 授業をしながら、わくわくと気持ちが浮き立つ。

 ひらがなを読むのが苦手なU君。
 2行の詩を読む前に、「自信がないなあ~~」と呟く。
 
 でも、まちがいながらも読む。
 もう一度読ませる。
 周りは笑わない。よくしつけられている。

  授業の最初のU君の表情が、授業が進むにつれて晴れやかになる。  全員参加の授業なのである。
  ★
 講演で訴える。
 
 毎日「ごちそう」授業 をすることはできない。
 おもしろく、楽しい授業は毎日できない。当たり前である。

 でも子供を集中させる「手応えのある授業」は「日常授業」の改善として挑戦しなければならない。
 
 これは教師が『教師』として生き残っていくための最後の防護線であると、私は考えている。私は「味噌汁・ご飯」授業と名付けている。

 どんなに忙しくても、どんなに疲れ果てても、どんなに追い込まれても、日常で「手応えのある授業」ができれば『教師』として生きられる。
 そう私は確信している。
 ★
 とりあえず、そのためのポイント4つを提示している。
 

  ①全員参加の授業をすること。
 ②授業はアウトプットの活動を意識して入れなければいけない。
 「指導言」(インプット)のあとにはすぐに「活動」(アウトプット)を入れること。
 ③フォローを数多く出せるようにすること。
 ④思い切って「一人研究授業」を始めること。
 ★
 大正小は、26年から27年にかけて見事に学力向上を果たしていた。算数では、ABともに全国平均を越え、国語ではAは平均程度、Bがまだまだである。
 こんなことを短期間に成し遂げている。
 
 可視化できる数字にもこだわるべきである、と私は言っている。
 ただ、それだけに振り回されないことが大切である。
 
 学校はどんな「学力」を上げたいのか。なぜか。それはどうすればいいのか。
 先にあげたU君のような存在の「学力」を具体的にどのようにしてあげていくのか。

 こういう問いかけをきちんとなすべきである。
 私たちは、子供たちの「未来」に託して『教育』をなしているのだという志を忘れるべきではない。 
 

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ぜひ訪れてみたい学校を訪問した!~北海道大樹小学校の素晴らしさ~

  北海道大樹町の大樹小学校を訪問した。
 帯広空港へ降り立ち、広大な十勝平野を車で40分ほど大樹町へ着く。
 

  大樹小学校ヘは、一度ぜひ訪れてみたいという願いを持っていた。今回それが実現した。
 大樹小学校で行われている実践は、私が提唱している「味噌汁・ご飯」授業そのものであり、ぜひとも私の目でそれを確認してみたいという思いであった。
 ★
 9月3日、4時間目。ほとんどのクラスの授業を見せていただいた。
 予想通り、それぞれの先生たちがレベルの高い授業を展開されていた。
 
 学習規律がしっかりしている。
 机の上には余計なものをおかない。
 

  ノート指導がしっかりしている。
 テンポ良く授業が進行する。
 

  板書がすばらしい。
 ………

 基本的なところがしっかり根付いている。
 そんな印象を受ける。
  ★
 道教委の学校力向上事業4年目の学校。
 「『当たり前』を改めて共有し、習慣になるまでしっかり指導しよう!」というかけ声で学校のチーム力を高めている。「大樹小スタンダード」と名付けられている。
 
 学習活動として、基礎・基本の確実な習得のために「味噌汁・ご飯」授業を推進されている。
 
 確かに人材配置は恵まれている。しかし、毎年初任者を1,2名受け入れて育てていかなくてはならない。
 これは学校力向上の学校に課せられた使命である。
 
 さて、今までの3年間の取り組みでどうなったのか。
 可視化できる数値のいくつか。
 
●3年間で全国学力テストの平均をほとんど上回る。
 (3年前はほとんど5,6点下がっている状態であった)

●単元末テストにおける達成率80%以上の割合は88.3%。

●「学校が楽しい」と答える児童数99.3%。

 「学校が楽しい」と答えた子供が278名中276名。あと2名だけがそうではないと答えている。これは、すごいことではないか。
こんな学校はめったにあるものではない。
 
 ★
 この学校が行っている公開研究会では、普段着の授業を公開している。
 特別にあつらえた「ごちそう」授業を披露することを止めている。
 

  日頃やっていない授業をお互いに見せ合っても意味がないと断じている。
 この考えは、大曲小学校と同じである。

 訪問してはっきりしたことは、基礎的、基本的なことを学校ぐるみで大切にし、徹底していくことの見事さである。
 
 ここから始まるのであり、ここから始めるのである。
 ここをいい加減にしては、なにごとも始まらないのである。

 大樹小学校へ行って、改めて感じたことは、「日常授業」の改善というテーマがいかに学校を変え、教師を元気にし、子供たちを豊かにしていくかという「事実」についてである。            
  ★
 もう1つだけ、記しておきたいのは、この大樹町で泊まったホテルのこと。
 数々のホテルに泊まっている経験から言えば、まず1番目にあげられるホテルであった。
 
 コンクリートむきだしで、ズデーンと立っているホテルであって見栄えは決してよくない。
 しかし、一旦ホテルへ入り、部屋へ入ると「ほっ~~~」という声。シンプルだが、豊かな誂え。
 

  他にもさまざまな「おもてなし」がなされている。
 オーナーの考えが生かされている。

 夜、寝ながらふと気づく。
 「音」がない。
 急ぎテレビを消す。
 
 し~~~と静まりかえっている。虫の音も聞こえない。
 「無」の世界。
 久しぶりである。
 
 いつも音に慣れきっている世界で、これほど無音の世界というのは、何にも代えがたい「ごちそう」。
  しばしその無音を楽しむ。

 このホテル,大樹ホテルという。

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北海道の片隅に一灯の灯火を掲げる~『学力向上プロジェクト』本の広がり~

      今回、北海道の大曲小学校から出版された『学力向上プロジェクト』について、校長の橫藤雅人先生が明治図書オンラインで答えておられる。
 ★ ★ ★
学力向上、自己肯定感アップにつながる日々の授業改善をしよう!

北広島市立大曲小学校長横藤 雅人
 今回は横藤雅人先生に、新刊『「味噌汁・ご飯」授業シリーズ 日常授業の改善で子供も学校も変わる!学力向上プロジェクト』について伺いました。
横藤 雅人よこふじ まさと

札幌市立小学校教諭、教頭、校長として勤務し、2012年より北広島市立大曲小学校長。北海道教育大学招聘教授。

―本書は「味噌汁・ご飯」授業シリーズとなっていますが、「味噌汁・ご飯」授業とは、一体どのようなものなのでしょうか。

 これは野中信行先生が命名された授業の考え方です。野中先生は、研究授業によく見られる重厚な指導案とかカラフルな張り物とかで構成する授業を、「ごちそう」授業と呼びました。そして、「ごちそうは、毎日だと飽きてしまう。毎日食べる味噌汁やご飯は、効率的に作ることができ、少しの手間でいろいろ変化させることもできる。しかも基本的な栄養はきちんと採ることができる。授業も、この味噌汁やご飯のようなものを目指そう。」と主張されました。これは、大曲小学校が目指す日常授業の重視と一致したのです。

―学校全体で、その「味噌汁・ご飯」授業の考えを取り入れ、日常授業を改善しようと思ったのはどうしてですか?

 本校は、学力が伸び悩んでいました。各学級のルールや授業の方法などが我流だったからです。また、初任者が毎年入ってくる状況もありました。「味噌汁・ご飯」授業では、学習規律の確立や指導言の整理、ユニット法などすぐに取り入れられる具体的な方法が提案されていました。とても取り入れやすく、子供たちの学力を詰め込みでは無く伸ばすことができると思ったのです。

―それはどのような取り組みから始まったのでしょうか?

 最初に着手したのは、環境づくり。教室内外の環境を整え、掲示物、子供たちのノート、使用する筆記用具などから見直していきました。
 次は、学習規律。ノートをきちんと取ることや、立腰(腰を立てて腰掛けたり音読したり書いたりする)言葉遣いなどに、どの学級も取り組むことにしました。
 その次が、指導言の整理や1時間を分割して展開するユニット法、児童の活動をきちんと評価するフォローなどです。
 これらと並行して、漢字や計算の検定や年間の各教科の内容を横断的に展開することなどにも取り組みました。本書には、それらを図表や写真を多用して紹介しています。

―また、日常授業を改善した結果、どのような効果がありましたか?

 本校では、子供たちの自己肯定感の低さが最大の課題でした。全国学力・学習状況調査質問紙の「自分には、よいところがあると思う」という設問では、例年とても肯定的な回答が少なかったのです。そのため、少しのことでキレやすい子が多く、学習どころではないという感じでした。しかし、日常の授業がテンポ良く展開されるようになるにつれて、学校全体が落ち着いてきましたし、テストの点数やノートなど、目に見えるところが良くなるにつれて、自分や他の子を自然に認められるようになりました。
 学力もゆるやかに上がりました。全国学力・学習状況調査では、全国でも低かった北海道の中で最低レベルでしたが、平成27年度の結果は、ほぼ全国平均となりました。

―最後に全国の先生方に、メッセージをお願いします!

 教育困難時代で、どの学校も児童・生徒の荒れに直面していると思います。学校全体で日常授業の改善に取り組むことにより、そうした状況を打ち破ることができるという希望の灯を北海道の片隅に点すことができたのかな、と思います。
「一灯照隅(いっとうしょうぐう)」という言葉があります。延暦寺の開祖最澄の言葉です。
「最初は小さな一隅だけを照らすような小さな灯火だが、心を込めて一隅を照らしていこう。その灯火が広がって掲げる人が万となれば、国中が明るく照らされる(万灯照国)だろう。」というのです。
 ぜひ、本書を参考にして、元気のいい学校づくりを進めて欲しいと思います。
(構成:木山)
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 この本について、畏友梶浦真さんは、その書評をブログで書かれている。
 これも合わせて読んでいただきたい。

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 日常授業の改善で 子供も学校も変わる!
『学力向上プロジェクト』
野中信行 監修 横藤雅人 編著・北広島市立大曲小学校

 人間の行動は関心と意欲に左右されるものだ。知識はなくとも、「関心や意欲」があれば、人はかなりのことが出来る。そもそも、脳がそのような仕組みになっているのだ。例えば、人にとって最も関心が高い対象は自分自身であろう。「こんにちは」とあいさつをされた場合と、「〇〇さんこんにちは」と自分の名前が入っているあいさつでは、脳内の活性度が大幅に変わることが分かっている。人は関心を持てば意欲を喚起でき、能力を発揮しやすくなるのだ。それは、大人も子どもも同じである。
 
 では、教師にとって最も関心が高い問題はなんであろうか。学校や教師の状況によっても様々であろうが、「子どもの学力育て」については、とりわけ関心が高いと言えるだろう。それでは、子どもの学力を伸ばすには、どうしたらよいのだろうか。方法は無数にある、と言いたくなるところだが、教師の指導技能の向上こそが、学力伸ばしの要である。指導技能の向上なくして学力向上は困難だ。しかし、指導技能と言っても、単元設計や授業設計、学級経営や発問技能など、その要素は多様だ。すべての要素を視野に入れた、教育実践は困難である。

 ところが、「学力向上プロジェクト」という一つのテーマの元、授業設計、学級づくり、学習規律の成立、自己研修、課題設計、言葉遣いの工夫、子どもの実態の見取り、教師の協働的な組織づくり等に取り組み、成果を挙げた小学校がある。北海道の北広島市立大曲小学校がその実践の舞台だ。
 特に、「味噌汁・ご飯」授業で知られる野中信行氏をアドバイザーに招き、シンプルな構成で効果的な授業づくりを取り入れた点は大きな特徴である。「味噌汁・ご飯授業」については野中氏の書籍に詳しいので、そちらをお読みいただきたい。授業の一時間の指導過程を①「導入での教科の頭づくり」②「展開に向かって課題の世界に子どもを導く」③「より深い学びに向かって課題解決や発展的課題に取り組む」という三ユニットで構成するという点が、同授業の特色の一つだ。学習活動のねらいを明確に絞り、三ユニットというシンプルな授業構成にすることで、子どもの理解とやる気を同時に促すことがねらいである。

 この夏、北海道で実際に野中氏の模範授業を見る機会を得た。まず、授業冒頭で音読などのシンプルな活動をさせ、子どもの意識の学習スイッチを入れる。ここから子どもの頭が、教科的な方向に動き出していくことになる。いわゆる、クレペリンの作業興奮を喚起し、子どもの頭を学習頭にするのだ。そして、次には子どもからの反応を期待した言葉がけや、指示を行い、子どもの活動や発言を評価していく。「いいね」「まえよりもっといい」「スピード感もでてきた、すごい、すごい・・・」、こうしたフォローによってますます子どもの学習温度は上がる。説明と指示だけで教えるのではなく、言葉や活動を子どもから引き出して評価して行く。
 そして、子どもが見つけた法則性や決まりごと、子どもの意見の同じ点や相違点を捉え、子どもと共に明らかにしてゆく、という授業であった。小さな活動と評価、そして単純な反復学習ではなく、スパイラルに既習をなぞりながら変化をさせていく授業。「スモール・ステップ・スモール・スパイラル」の連続で、子どもの学ぶ意識をアクティブにしていく授業であった。

 大曲小学校はこうした授業スタイルを基本にしながら、教師自らが批判し合いながら磨き合う活動によって、学力向上への具体的対応策を生み出していった。その手法、過程、哲学が詰まっているのが本書「学力向上プロジェクト(明治図書刊)」である。同じ授業実践者であれば、内容のリアルさに思わず、そうか!と声を出しそうになる部分も多い。特に、取り組んだ個々の先生方が、そのキャリアに応じて自分の授業を見直し、より進化した授業実践のポイントを生み出していく姿には感動すら覚える。関心や意欲の焦点を絞って問題解決に取り組む活動は、教師にとっても子どもにとっても最大の学習条件なのであろう。
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