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2015年8月

つれづれなるままに~襟裳の秋はすばらしかった~

  ●えりも小学校へ行く。
 朝、7時に家を出て、羽田から新千歳へ行き、新千歳から札幌へ。 

  その札幌から高速バスで浦河へ。3時間30分。
 浦河へは、えりも町教育委員会のH係長が迎えに見えている。
 

  そこからえりも町まで30分。
 着いたのは、夕方の6時。11時間もかかる。
 これが北海道である。とにかく広い。
 ★
 えりも小学校は二度目の訪問である。
 えりも町の高台にあるこの小学校は、とにかくきれいな学校。
 
 えりも町の人たちが、何を大切にしているのかという心意気がこの学校にあらわれている感じである。
 
 運動場の向こうには海が見える。
 うっとりするぐらいの景色。
 
  全部の先生の授業を見せてもらう。
 最近は場数を経て、5,6分見ればその先生の授業の良さ、課題が見えてくる。

 どこを見るか。
 「企業秘密です」(笑)と言っている。
  ★
 5時間目に6年生に私が授業をする。
 谷川俊太郎の「いついまいかいや!」という授業。
 
 すばらしい6年生。
 十分に手応えあり。

 ★
 放課後、講演を行う。90分。
 えりも町の教育委員の方、議員の方も見えて、緊張する。
 
 先生たちに明日に繋がる授業について話をする。
  大曲小学校の学校ぐるみの取り組みで見えてきたことを話す。

 今まで授業上手になるのは、多くの教材研究と長年の修業を経て成立するものだと言われ続け、そのように思い込んできた。
 それは「ごちそう授業」を想定されていたもの。
 
「日常授業」を豊かにするには、別のベクトルを考えれば良いと提案をする。
 ★
 えりも町のT旅館に泊まる。
 自分で布団をひき、あとは寝るだけのシンプルな部屋。(笑)
 
 海が見える部屋で、2日間泊まる。
 朝食がおいしい。
 もう来ることもないだろうと思いつつ、襟裳の春の歌を思いだす。
  
●『授業力&学級経営力』(12月号)「学期末の『かくれたカリキュラム発見立て直し術』特集の原稿を一気に書く。

 橫藤先生からの依頼。
 「新卒教師によく見られる『かくれたカリキュラム』」というテーマ。

●9月末締め切りの原稿がある。
 新卒教師時代シリーズで1年生から6年生まで、それぞれ1冊ずつ「学級づくり・授業づくり」の内容で作ろうというもの。

 新卒教師時代シリーズの総まとめになろう。
 といっても、私はそれぞれの学年の第1章の総論を書くだけである。
 

   2章以下のほとんどを他の著者が書いている。
 今現在原稿に追われているところである。
 ★
 この新卒シリーズ本は、新卒教師がほとんどクラスを持てない状態になっているという現実から出発している。

 大学出たての教師が、学級を持てなくなっている。
 崩壊状態になるのである。
 都市部の学校で進行している。
 
 どんなに意欲や熱意があっても、そうなる。
 そんな現実が進んでいる。

 20年、30年前ならばそんなことはなかった。
 しかし、現実の方が一気に厳しくなっている。
 
 子供たちや親の変貌が激しくて、大学出たての教師が対応できないのである。 
 
 大学の動きが鈍く、ほとんど助けにならない。
 教育委員会は、対応しようにも赴任後の対応になるので限界がある。
 
 初任者は、ほとんど素手のままで学級担任になっていく「現実」を迎えているのである。
 私は、この新卒教師シリーズで何とか初任者が防備する手立てを与えたいと願ってきた。
  ★
 この新卒教師シリーズ本は5冊を数えている。
 最初の青表紙の本は、もうすでに18版を数えている。

 そして、今回来年の2月刊になる学年ごとの新卒シリーズ本を発刊する。さらに強力な防備を与えるものだと願っている。
  ★
 この原稿を書き始める。
 これは一気というわけにはいかない。
  

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「アクティブ・ラーニング」ということ(1)

      「アクティブ・ラーニング」という言葉がどこでも話題になっている。
 ★
 文科省は、次期の学習指導要領の改訂でアクティブ・ラーニングをメインに展開することははっきりしている。
 
 文科省は不退転の覚悟で臨もうとしている。
 日本がこれから世界の中で生き残っていけるかどうかの瀬戸際の提起であることは明確である。
  趣旨も、必要度も、よく理解できる。

 これから日本の教育はアクティブ・ラーニング一色で染め上げられるであろう。
 しかし、私の思いはそう簡単ではない。
 私の中にある「わだかまり」は何だろうか?
 ★
 このアクティブ・ラーニングは、2回戦なのだという思いがある。
 もう1回戦は終わっている。
 ほぼ大失敗に終わったという認識でいる。

 「えっ、アクティブ・ラーニングは前にもやったの?」
という声が聞こえてくる。

 40歳後半から50歳代の先生しか認識がないだろうが、確かに1回戦はあったのである。

 「新学力観」という展開。
 1989年改訂の学習指導要領に採用された学力観。
 今から26年前になる。

 「旧来の学力観が知識や技能を中心にしていた」として、それに代えて学習過程や変化への対応力の育成を重視しようと考える学力観であった。

 児童生徒の思考力や問題解決力を重視した。
 生徒の個性を重視。
 体験的な学習や問題解決学習を推奨し、評価でも関心・意欲・態度を重視した。

 教師の役割は、旧来の知識注入の指導から支援・援助への転換をするというもの。

  ★
 「指導で」はなく、「支援」「支援」なのだと強調された。
 
 その結果、どうなったのか。
 「教えるのはまずい」「子供が嫌がることは無理強いしない」「できないのも個性なのだ」……という言葉がはびこった。

 どうしても教えなくてはならない内容(繰り上がり・繰り下がりの計算、かけ算九九、カタカナ、漢字の書き取り、音読など)を無理強いすることがなくなったので、基礎学力はがたがたになった。
 ★
 多くの教師たちはどうなったのか。
 「二枚舌的授業」をすることになる。
  
  研究授業では、求められている授業をそれなりに披露し、日常授業では、教え込みの授業に終始した。
 
 教える内容は厳然として数多くあるのである。
 「支援」ばかりで済ませるわけにはいかない。
 
 だから、必然的に「二枚舌的授業」になっていかなくてはならなかったのである。(「二枚舌」とは悪い表現であるが、そうせざるを得なかった現実があったのである)
  ★
 新学力観は、趣旨も必要度も、評価できるものであった。
 だが、下に下りていくにつれて、趣旨が矮小化されていった。

 総合の研究協力校で授業をした。
 私なりにうまくいったと思っていたが、指導主事は、「授業の最初に教師が語っているのは問題である。子供が発しなくてはならない」ということで、私の授業を批判した。
 
 授業の最初は、教師が話し始めてはならない。子供が話し始めなくてはならないというのである。
 授業の内容ではなく、このような形式にこだわった。
 このように矮小化したのである。
  ★
 何が問題だったのか。
 
 ①大学の入試改革(本丸)はそのままにして、形態だけを変えよ  うとしたこと。
  大学入試は、厳然として「知識・技能」をいかに記憶している かのテストだったのである。
 ②新しい学力観を実践していく授業方法論がほとんど提起されな  かったこと。
 ③基礎・基本の知識獲得をなおざりにしたこと。

  ①については、今回ははっきり入試改革を行うことを提起している。これがなければ絶対に変わることはない。
 
 ②については、まだなされない。これから提起できるのかどうかに関わっている。
 問題は、文科省が新学力観の失敗をどのように総括し、代わるべき提起ができるかどうかにかかっている。

 ③については、全国学力テストでA問題を継続していくことで確保されていくことであろうが、これもまだ不鮮明である。

 
 

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つれづれなるままに~68歳になるのです~

     ●12日から16日まで郷里の佐賀へ帰ってきた。
 お盆の日々。関東では、このお盆が盛んでないが、九州では「盆休み」がある。7月盆と8月盆があるが、九州は8月盆が盛んである。
 こんなに涼しい九州は初めてではないか。
 母親も健在。94歳。
 
 妹の家の新築祝いを兼ねて、親類のほとんどが集まる。
 賑やかで、楽しい一日。
 
 14日から3日間は、女房の実家へ行く。
 嬉野町にあり、そこで遠くの山々を見ながらずっと過ごす。
 こんなゆっくりの日々を過ごすことがなかなかできないので、貴重な時間になる。

●横浜へ帰ってきて、すぐに福島の郡山に行く。
 午後から2時間の講座。
 
 130名ほどの先生たち。
 もう8年も郡山へ来ている。しかも、年に3回。
 
 同じ話を繰り返しやっていることになる。
 そろそろ引き下がることを考えなければいけない。
 
 そう考えていたら、「この講座は、ずっと希望者が多く、人数が減りません。もう少し続けてください」と頼まれる。

●明日からまた北海道へ行く。
 襟裳岬の近くにある「えりも小学校」の訪問。
 
 全員の先生たちの授業を見せていただき、私も授業をする。
 札幌からバスで3時間ほど。
 
 これが大変である。
 しかし、これしか交通機関がないのである。
 
 帰ってきたら、次の週には、帯広十勝の大樹小学校へ行く。
 そして、次の週には、北見の大正小学校へ行く。
 こんなにも北海道づいているのである。

●体調を崩していて、もう2ヶ月ほど酒を飲んでいない。
 こんな日々は初めてではないか。
 
 26日に誕生日を迎える。68歳。
 北海道にいる。
 
 未来は分からないものだ。
 この歳で、こんなことをやっている。
 

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『学力向上プロジェクト』(明治図書)がオンラインで7位になる!

   大曲小学校の『学力向上プロジェクト』(明治図書)の本が、明治のオンラインで総合7位になった。読まれている。ありがたいものである。
 
 この本はぜひとも読んでほしい一押しのものである。
 私が監修をしているから言っているわけではない。(笑)

 今まで持っていた私たちの常識を覆しているのである。
 2つある。

 1つは、全国学力テストで振るわない北海道の中で、さらに最底辺にあえいでいた学校が、3年間で全国平均レベルにかけあがっているという事実。
 ほんとうならありえないことなのである。
  ★
 学力は、「家庭力×学校力」で成り立つ。
 「家庭力」が先なのである。

 横浜では、学校が何をしなくても、全国平均よりはるかに上をいく学校がある。
 ほとんどの子供が学習塾に行き、クラスの2/3ぐらいが私立の中学へ進学する。

  学習塾が、子供たちの学力を上げてくれる。
 だから、教師は普通に教えておけばいい。

 反対に、家庭に勉強する机もない、朝食もない、宿題もやってこない、遅くまで起きている、…などの「家庭力」不足の子供が数多い学校では、「学校力」がなかなか機能しない。
 
 学校は、基礎学力をつけるだけで精一杯。
 そうなるのである。
 
 私の最期の勤務校は、そんな学校だった。
 全国学力テストは、下位の子供たちがほとんど対応できない。(問題数が多くて、最初から投げていく子供もいる。)
 だから、平均よりもずっと落ちていくことになる。

 おそらく大曲小学校も、私の最期の勤務校とレベルはほとんど同じだったはずである。
 
 私たちの常識では、こんな学校は基礎学力を身に付けさせていくだけで精一杯。

 ところが、ところが、大曲小は違った。
 何が違ったのか。

 毎日の「日常授業」にこだわったのである。

 理屈では分かる。
 1,2時間の研究授業に精力的に取り組んでいく学校より、毎日の「日常授業」を豊かにしていく学校が学力を上げていくのは、これは当たり前であろう。

 しかし、日本の学校の中で、どこがそれをやったのであろうか。(いや、多分やっている学校もある。しかし、それを公的に表明されていない。)
 ★
 もう1つの常識外れがある。

 短期間で「授業力」が向上させられるという事実。
  初任者の先生たちや若い先生たちが、「授業力」をつけている。

 言うなれば、中堅やベテランの教師の「授業力」とほぼ同じレベルに短期間でのし上がっていると、私は見ている。もしかしたら、それ以上かも知れない。

 中堅やベテランの教師が自分の「授業力向上」を停滞させている間にまたたくまに駆け上がっている。(といっても、この大曲小では授業力を発揮しているベテランの先生たちが何人もいるが…)

 今までの常識では、こんなことは考えられなかった。
 長い、厳しい修業を経て、一角の授業力をつけていくものだと考えられていたからである。

 どうしてそんなことができたのか。

 「味噌汁・ご飯」授業のキーワードを身に付けたからだという以外にない。
 手前味噌的な考えだが、他にないではないか。

 だから、「味噌汁・ご飯」授業のキーワードをきちんと整理して、初任者指導などに使えれば、1年間で一人前の授業者に仕立て上げることができる。
 
 このことがはっきりしたのである。
 いわゆる授業の「上達論」が見えてきたことになる。
 ★
 ぜひ読んでほしいのである。
 そして、今からでも取り入れられるなら、ぜひ挑戦してほしいものである。

 

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縦糸・横糸を張るとは?~質問に答えて~

   コメント欄に相談の事例が載っている。
 早速TOSS超末端教師の先生から横レスを入れてもらっている。
 いつもありがたい。
   ★ ★ ★
 教員1年目のkと申します。

 色々な方がおっしゃる方法を実践してみていますが、周りの方がおっしゃってることが縦糸なのか横糸なのか、わからなくて困っています。
わからないままに動いているので、どう効果が出るのか仮説を立てることができず、研究出来ない状態です。
 そうこうしてるうちに、夏休みに入り、二学期が始まろうとしています。
具体的にどういう行動が何糸なのか知りたいです。
   ★ ★ ★

 日々、K先生が「教師」として子供たちに「指導」されていることは「縦糸」を張られていると考えていいです。
 
 その「指導」の有り様が問題です。
 多くの初任者が失敗しているのは、「仲良し友だち」先生になっているためです。
 「指導」するときには、友達に何か話しかけるような気持ちで接してはいけません。
 毅然として「教師」としての立場で「指導」しなくてはならないわけです。
 指導したことができていなければ、注意し、あるいは叱らなければいけない場面も出てきます。毅然とするわけです。
 
 ポイントは、「指示」したことには、きちんと従わせていくこと。  そのためには、「指示」したことがちゃんとできているか「確認」をして、できていない子供には注意をして、従わせなくてはならないのです。
 
 これらが「縦糸」を張ることです。
 この「縦糸」がきちんと張られなければ、教室に「秩序」ができません。
 教師が、リーダーシップを発揮して、この「秩序」を作り出し、保っていかなくてはなりません。
 そうしなければ、教室が「安心・安全」な場を維持し、学習が成立する場所にならないからです。
 
 だから当然、「教師」と「生徒」の距離が出てきます。上下の関係です。
 距離がなければ「教育」はできません。
  子供たちに近づけば近づくほど「教育」はできないと思わなければいけません。
 その点で、子供たちと歳が近いという若い先生たちは、不利だと思っていなければいけないわけです。
 ★
 昔は、「縦糸を張る」ことだけで子供たちの関係は成り立っていきました。難しい仕事ではなかったのです。

 ところが、今は成り立ちません。
 今、ベテランの教師がことごとく戸惑っているのは、「縦糸の張りすぎ」で、一部の子供たちに反発されていることにあります。
 
 「横糸」を張らなければいけません。
 子供たちとの「心の通じ合い」をしなくてはならないのです。
 
 教師の方から子供たちに近づいていって、ここでは友達みたいな関係で横糸を張ります。
 
 子供たちと遊んだり、子供たちをほめたり、認めたりし、そして教室で互いに笑い合って、子供たちとの距離をぐっと近づけていきます。 
 ★
 この縦糸と横糸をバランス良く張っていくことが、教師と生徒との「関係づくり」になります。

 だから、「教師である」というのは、子供たちとの距離の取り方なのだということになります。
 
 初任の先生はえてして最初から子供たちに寄っていって、この「横糸」だけを盛んに張ろうとして失敗します。
 織物作りで、横糸だけを張ることを考えてみて下さい。
 そのうちにがさっと崩れます。
 
 織りなす縦糸を張っていないからです。
 その現象が、「仲良し友だち」先生に起こるのです。
 6月頃です。
  ★
 簡単に書きました。
 詳しくは『必ずクラスがまとまるクラスの成功術!』(学陽書房)をぜひ読んで下さい。
 

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橫藤先生からの提案です

 北海道から橫藤先生がこられます。
 織物モデルの「縦糸・横糸」の考え方を提唱したのは、橫藤雅人先生です。
 

  この考え方は、現在子供たちとどのように「関係づくり」をしていくかについては最適なものです。
 その考え方を実際に橫藤先生から聞くことができます。
 

  野中の提案とはいくらか違うところもあります。
 しかし、本家本元は橫藤先生です。(笑)
 日にちが迫っておりますが、ぜひお越し下さい。

<日 時> 8月20日(木) 9:30~17:00
 <会 場> 文教大学越谷校舎
 <メインテーマ> 学級経営を織物モデルでとらえよう
 <メイン講師>  横藤雅人氏(北海道・北広島市立大曲小学校長)
 <参加費> 3,700円(ランチセッション代を含む)
  ※ 昼食を兼ねた懇親会を行います。

 申し込みは以下のところでお願いします。

 http://kokucheese.com/event/index/295181/

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「夏休み明け1週間の法則」

   先生方は、夏休みを満喫されているのだろうか。
 北海道などは、もうあと10日ほどということだろうか。
 

   2学期が始まる。
 そこで次のような質問が入った。
 
  ★ ★ ★
初めまして、近畿地方で教師をしているAと申します。いつもブログを拝見しています。野中先生の学級づくりの3原則を取り入れ学級づくりをしています。夏休みの間に2学期にむけての準備をしています。野中先生が銀の時間とおっしゃられている夏休み明け1週間にすることをアドバイスして頂ければ幸いです。乱文、乱筆で申し訳ございません。

投稿: A | 2015年8月 9日 (日) 21時56分
  ★ ★ ★
 1年間の「学級づくり」において、大事な時間が2つある。
 「金の時間」(4月いっぱい)と「銀の時間」(夏休み明け1週間)になる。
 

  「金の時間」はもうとっくに終わっている。
 残された大事な時間は、「銀の時間」だ。
 

  「銅の時間」はもうない。
 9月から1ヶ月過ぎるごとに、学級を立て直していくことが困難になる。
 ★
 さて、「銀の時間」になるをするのか。
 これが質問事項である。
 
 「銀の時間」の目的は、「1学期の日常をすばやく取り戻すこと」にある。「夏休み明け1週間の法則」と言っている。
 
 だから、目標は、2つ。
 (1)学校へ来てから帰るまでの「学校の毎日」を取り戻すこと。
 (2)ポイントになることをきちんと押さえること。
 

  私が「3・7・30の法則」で提起した「7」の法則をもう一度振り返ることになる。
 
 ポイントは5つ。
 

  ①「自主管理の原則」をもう一度振り返る。
  「日直がやる仕事」を中心に、日直に毎日の仕事を進めさせること。
 
 ②「一人一役の原則」をもう一度振り返る。
  教室で決められている仕事をもう一度決め直して確実に果たしていく手順を取ること。 

 ③「給食指導」「清掃指導」をもう一度振り返る。
  給食指導、清掃指導は、指導の中心である。1学期と同じように徹底する。

 ④持ち物指導を行う。
  道具袋(道具箱)、筆入れ、机の中の整理・整頓をもう一度振り返ることが大事になる。

 ⑤授業はテンポ良くきちんと進めていく。
  夏休み前と同じようにテンポ良く授業を進めていくこと。 
  ★
  これが「銀の時間」の内容である。
  なお、A先生には「夏休み明け1週間の法則」の冊子を添付で送ります。参考にしてください。
 もし必要だと思う先生は、私のメールにその旨連絡をください。 kazenifukarete●hkg.odn.ne.jp(●のところに@を入れてください。)

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つれづれなるままに~忙しい日々を送っています~

  ●7月29日(水)神奈川県愛川町の中津小学校へ行く。
 午前と午後の講座。
 

  午前は、「味噌汁・ご飯」授業講座。
 午後は、「学級づくり」講座。
 

  若い先生たちがいっぱいで、やる気いっぱいの学校である。
 研究会メンバーの秦校長と私が提案する。

●7月31日(金)静岡県教育会館主催の教育講演会に呼ばれて静岡の掛川まで行く。
 約900名。
 文化会館の2階席までぎっしり。
 

  こんな大人数の講演会は初めて。
 90分、元気に話す。

●8月5日から7日まで、北海道へ行く。
 第11回のブラッシュ・アップサマーセミナーに呼ばれての会。
 

  堀裕嗣さん、石川晋さんなど知り合いがいっぱい。
 堀さんからは「野中先生、びっくりした!もう68歳なんだ。64歳ぐらいかと思った。」と言われた。
 

  テーマは、「アクティブ・ラーニング」。
 100人ぐらいの人たちが集まる。
 場数を経た会なので、スタッフの先生たちの動きがとても良い。

●大曲小学校の『学力向上プロジェクト』(明治図書)が明治図書オンラインで総合10位になった。買ってもらっている。ありがたい。
 

  アマゾンでも、8月7日から買えるようになっているので、ぜひとも読んでもらいたい。

●お盆に郷里の佐賀へ帰る。
 母が94歳で、まだまだ元気である。
 

  お盆には、兄弟たち親戚一同が集まって会を開く。
 今年は妹の家での新築祝い。
 

  1年に1回の集まりであり、とても楽しみなものである。 
  佐賀は、いつもめちゃめちゃに暑い。
 

  数年前になるのか、デパートから出てきた女子高生たちが、
 「うわあ~~ガバイ ぬっかあ~~」(大変に暑いという意味)
 と叫んでいて、佐賀に帰ってきたなあとつくづく思ったものである。

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家族を犠牲にした仕事をしてはならない~西川純先生と初めて会った~

  「学び合い」の西川純先生に会った。
 メールでは何度か交わしあっていたが、会うのは初めてのことである。
 北海道の「教師力ブラッシュアップセミナー」でのこと。
 
 ぜひとも会いたいと思っていた先生である。
 
 朝、ホテルまで代表の高橋先生に迎えにきてもらった。
 その車の中に西川先生がおられた。
 
 初めてなのに、何かしょっちゅう会っている雰囲気で話が弾んだ。
 気さくな先生である。私はその話がおもしろくて、大笑い。
 落語を聞いている感覚。

 西川先生は、私との出会いを次のようにフェイスブックに書いておられる。

 ★ ★ ★
 私には会いたいと思っているけど、なかなか会う機会のない方がいます。その第一は、野中先生です。駆け出しの大学教師だったときに、私を最初に評価してくれた大御所は野中先生です。その文章から、野中先生を勝手に想像していました。本日、「生」野中先生に会いました。期待通り、期待以上の方でした。
 一言で言えば、可愛いのです。謙虚、という言葉があたりません。そもそも、自分の価値をあまり意識されていない方のように思います。だから、子どものようです。私のような若造にも礼儀正しい。講座では失礼なことを言っても、大笑いして受け入れる。
 私はそのように年を重ねられるか。と思います。
 無理だな。なぜなら、私には品がない。
 ★ ★ ★
 
 ★
 西川先生の講演の迫力はすごいものであった。
 この迫力で、皆さんを引きつけていくのだなあと思った。

 このような迫力ある講演に今まで出会ったのだろうか。
 福山憲市先生の講座ぐらいしか思いつかない。
  ★
 私は以前西川先生が書かれていた中で、西川先生と完全に一致した考えがあった。

 「教師は家族を犠牲にした仕事をしてはならない」ということ。

 とくに、実践家と言われる先生方は、家族の犠牲の上に自分の仕事を成り立たせているのではないかと思ってきたので、西川先生の言葉は新鮮に感じた。
 
『必ずクラスを立て直す教師の回復術!』(学陽書房)に、かつて書いたことがある。
 
 「Q8 毎日学校に遅くまで残って仕事をしている先生たちがいます。熱心だという評価がある一方で、やはり問題だという先生もいます。どう考えたらいいでしょうか?」

 私の答えになる。
   ★ ★ ★
 A <自分の時間>を大切にしよう
   学校へ残って遅くまで仕事をする先生たちがいます。
  夜の9時、10時まで毎日のように居残っている。
  たまにはそういうこともあるでしょう。
  若い先生たちならそういうことも可能ですが、中堅になっても(家庭もあ るのに)そういう生活をし続けている先生がいます。
  一部の校長には「熱心だ!」と推奨する声もあります。
  しかし、私はあまりにも生活のバランスを欠いていると思います。
  夜の食事はどうなっているのだろうか?
  家庭はどうなっているのだろうか?
  私は初任のときからこのような生活をしたことがないので、残って何をや っているのか想像することができません。
  教師の仕事は、確かにやろうとすれば果てしなく出てくるが、基本的なこ とはそんなに多くないはずです。
  遅くまで残っている先生たちは、単に仕事が遅いということでしょうか。 それともただぐたぐたと残っているだけなのでしょうか。
  教師は、ただ仕事をしていればいいということではありません。もちろん、 仕事ですから中心の課題になることは仕方がないことです。
  しかし、家庭に帰れば<夫婦>としての生活があり、子供ができれば<親 >としての生活もある。どんなに仕事人としてすぐれていても、家庭が壊れ ていけば自分の人生を全うすることはできません。
  大切なことは、<自分の時間>を持つことです。
  私は、若い頃からこの時間を持つために仕事を早く終えるようにがんばっ たのです。
  できるだけ早く帰って、自宅で自分1人になる時間を持ちたいと願ってや ってきました。もちろん、夫婦で話し合う時間も、子供と過ごす時間も大切 ですが、自分1人で過ごす時間も取りたいものだと考えてきました。
  また、地域社会とのつきあいも出てくるでしょう。その時間も必要になり ます。
  それぞれの時間が<串団子>みたいにバランス良く配置されていなければ いけません。仕事だけが異常に大きく膨らまないようにすることが大切では ないでしょうか。
 ★ ★ ★ 
 
 このようなことができるには、自分なりの仕事術が必要になる。
  その仕事術をこの本では書いた。

 どうだろうか。
 若い先生方は「時間」は無尽蔵にあると思っていないだろうか。
  ★
 西川先生ともっと話したかったなあと思いつつ、横浜に帰ってきた。
 講座などで一緒の時は、ほとんどゆっくり話すことはできない。
 今回もそうであった。

 札幌の涼しさに慣れていたら、羽田の熱風はすごいもの。
 関東は相変わらず猛暑の中であえいでいる。
 
 

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大曲小学校が提起したこと(4)~授業力向上の研修~

 大曲小の実践で最も注目したいのは、「授業力の向上」という課題である。
  ★
 今、学校現場では教師たちが授業の技量を上げていくことができない。 
 研究授業が、その任を担っていたはずであるが、それができない。

 教師たちの中には、授業を繰り返しておけばそのうちに授業は上手になると誤解している人がいる。
 
 初任者は8割方そう思っている。
 これも幻想である。

 現実的にそうなっていない。
 中堅やベテランになっても、ひどい授業をしている。

 他の職種ではありえないことである。
 仕事を積み重ねていけば仕事の腕は自然に上がっていく。
 
 しかし、教師の授業についてはそうならない。
  なぜか?
 
 意図的に授業をしていないからである。
  毎日の「日常授業」を、「ぶっつけ本番」で授業をしている。
 赤刷りの指導書などを横目にその場で教材研究(?)しながら授業をしている。

 それはたとえば大工さんが「家の作り方」のマニュアル本を横目に家造りをしているみたいなものである。
 それで家が作れるだろうか?ありえないはずである。

 もちろん、やることが多くて授業の準備などに時間を取れない結果がこうなっている。
 
 H県では、4:15に子供たちが帰り、それから会議や研究会がある。勤務時間に教材研究、授業準備などはできない。
 
 子育てしているママさん先生などはどうしているのだろうか?
  5時から保育園に子供を迎えに行き、10時頃に子供を寝かせ、それから2時まで学校の仕事をするか、あるいは2時まで寝て、それから学校の仕事をするのか、という話を聞いた。
 

  溜息が出る。こんな生活が長続きするのだろうか?
  ★
 大曲小では、「授業力向上」の方法を習得する「研修」がなされている。
 「研修」体制に変えたのは、教師の授業技量を上げていくためであったのであろう。
 
 しかも、この学校は上意下達方式の「研修」をしていない。
 全員参加のワークショップ型に変えている。

  私は、何度もこの学校へ足を運びながら、見る見るうちに授業力を上げていく先生たちを目にしてきている。
 この授業力とは、「ごちそう」授業をこなしていく技量ではない。 毎日の「日常授業」をこなしていく技量。

 ベテランの数人の先生は、「新しい授業スタイル」を確立しているように思えた。
  「新しい授業スタイル」とは、「すごい」という「ごちそう」授業を作り出すスタイルではない。
 

  毎日の授業を「手応えのある授業」に改善していくスタイルなのだ。
  見栄えの良い授業ではない。
 確実に、全員参加の授業を作り出し、基礎学力を身に付けさせていく授業力。

 そのベテランの先生たちに続く若い先生たちが伸びている。
  これにも驚く。
 短期間で「手応えのある授業」ができるようになる。

 この大曲小は、「研究」から「研修」体制に変えていくことによって、「授業力向上」の方法を蓄えたのかもしれない。

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『必ずクラスを立て直す教師の回復術!』が5版になる!

  『必ずクラスを立て直す教師の回復術!』(学陽書房)が5版になった。

 この本がそんなに版をのばすなんてとても考えられなかったものである。

 読んでもらっているのである。ありがとうございます。

 この本には、私の仕事術を注ぎ込んでいる。

 これはこれからとても必要になることではないだろうか。

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大曲小学校が提起したこと(3)~学力をあげること~

3   橫藤雅人校長が、「はじめに」に書かれている。

 ★ ★ ★
 このような取り組みを通じて、本校の「味噌汁・ご飯」授業が徐々に見えてきたところである。授業に集中できる児童が増え、各種学力検査の数値もようやく上がり始めた。もっとも問題だった児童の自己肯定感の数値も上がりつつある。何より教職員が明るくなってきた。保護者アンケートの回収率も上がり、学校の取り組みへの肯定的な評価が増えてきた。…
 ★ ★ ★
 
●授業に集中する児童が増えたこと。

●各種学力検査の数値が上がり始めたこと。

●児童の自己肯定感の数値が上がりつつあること。

●何より教職員が明るくなったこと。

●保護者からの肯定的な評価が増えたこと。

 「教職員が明るくなったこと」が良い。
 おそらく子供への対応や授業や「学級づくり」に手応えを感じているのであろう。
 先生たちが元気にならなければ、学校は変わらない。

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 「味噌汁・ご飯」授業を推進していくのに、まず学習の「土台」づくりをしている。
 ①学習規律の徹底
  大曲のスタンダードづくりという徹底ぶりである。
 

  ②ユニット法で授業を3つに分けている。
  学習の基礎・基本を身に付けさせるには絶対必要なこと。
 

  ③ノート指導の徹底
  「味噌汁・ご飯」授業のポイントになるもの。
 

  ④最低学力保障として基礎学力の充実
  これだけは徹底して身に付けさせる基礎学力の目安をきちんと確立している。

 あれもこれもやらないで、ここに学習の「土台」を据え付けたことは見事なことである。
 
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 困難校が、「授業づくり」において何をなさなければいけないのかが、明確に提示されている。
 

  橫藤校長は、「各種学力検査の数値が上がり始めた」と書かれている。
 北海道というのは、学力的には沖縄とともに最下位に位置している。その中でもさらに最下層の部類に属する学校が、3年間で全国平均レベルの位置まで上げている。
 

  過去問を必死でこなして試験対策をしている各都道府県の実態に比して実にまともな対応と言うべきである。
 「学力」をあげることは、ほんとうはこんなことなのである。

 

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大曲小学校が提起したもの(2)~「一人研究授業」の威力~

 大曲小本を読んで、引き込まれるように読んでしまうのは、「一人研究授業」のところである。
 これは、私たちがネーミングしたもの。
 今までも多くの方が実際にやられていた方法である。

 自分の授業を録音して聞くという、ただそれだけのことである。
 これがなかなかできない。
 
 やろうとしても、最初は15分ぐらいで録音を止めてしまう。
 とても聞くにたえないもの。
 
 どうしてこんな変な声だろうか!
 どうしてこんな冷たく抑揚のない声だろうか!
 …………

  「味噌汁・ご飯」授業研究会は、これを研究方法としているのだが、誰でもが15分ぐらいで立ち止まってしまった。

  しかし、これを子供たちは毎日5時間も、6時間も聞いている。
 そのように思い直して、もう一度ボタンを押す。

 最初は、ICレコーダーなどを使った録音が良い。
 車の中でも、どこでも聞ける。
 
 慣れてきたらビデオもいいが、いろんなものが映りすぎる。
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 初任者2人も、この「一人研究授業」に原稿を寄せている。
 なかなかおもしろい。

 この「一人研究授業」を積み重ねているはずである。
 この威力は大変なものではないかと思ってみる。

 廣田先生の「一人研究授業」の視点は3つ。
 ①余計な言葉を削り、短く適切に話しているか。
 ②机間巡視をして確認しているか。
 ③効果的なフォローができているか。

 吉井先生の「一人研究授業」の視点も3つ。
 ①指導言(発問・指示・説明)の区別はできているか。
 ②言葉遣いは適切か。
 ③児童への関わり(目線・発言への対応・机間巡視)は適切か。

  自分の学校の初任者をイメージしてもらいたい。
 こんな視点を持って、「日常授業」に臨んでいるか。

 初任者に、授業力をつけたいと思うならば、この「一人研究授業」をやらせていけばいい。
 とにかく何回も何回も自分の授業を録音して聞かせる。
 
 毎回簡単な感想を書かせる。
 そのうちにねらいを持って取り組ませる。そして、結果を聞く。

 1年間で、一人前の授業ができるように成長することは間違いない。
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 どうしてこの「一人研究授業」がそんなに効果があるのか。
 
 自分の授業を「客観視」できるからである。
 自分では、自分のやった授業はどんな授業なのかは把握していると思っている。
 
 だが、現実は違う。
 自分がイメージしている授業と、実際の授業は別物である。
 思い込んでいるだけである。
 
 思い込んでいるだけでは、自分の授業を改善することはできない。
 一度冷静に客観視して、どこに問題があるかをチェックするのである。
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 初任者でなくていい。
 大曲小の先生たちだって、中堅の先生も、ベテランも挑戦しているではないか。
 初心に返って自分の授業から出直してみる。
 そんな心意気があっていい。

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