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岩手いじめ自殺事件(4)~「いじめ0」の目標~

  岩手県矢巾町の村松君のいじめ自殺事件は、学校側が報告書を提出したという報道がなされている。
 事態の推移は、私の予測通りのものであった。
 

  新たに出てきた事実は、矢巾町教育委員会が設定している「矢巾町いじめ防止基本方針」http://www.town.yahaba.iwate.jp/field_information/kyouiku/link/kihonhoushin.pdf
である。
 

  「いじめ0」を目標としている。
 設定されてから小中とも「いじめ0」が続いている。
 

  村松君が1年生の頃からいじめられていた事実は、まったく報告されていない。
 ★
 「いじめ0」が目標にされていたら、学校はどういう対応になるのか。
 当然、いじめの事実を報告すれば、その学校の汚点になる。
 

  だから、管理職はじめ学年主任などはできるだけその事実がない状態にしていくはずである。
 要するに、「いじめ」という事態に近づかない。
 

  見て見ぬふりをする。
 今回のことも「ふざけ、からかい」で収めようとしたはずである。
 

  だから、担任一人で事態を収めて、「いじめ」としない事態収拾をする。
 そうすれば、「いじめ0」になる。
 ★
 教育委員会の「いじめ0」の目標は、結局村松君のいじめ自殺を招いてしまったものだと、そのように思われてしまう。

 何が問題なのか。
 単なる願望を、現実の学校の状況に当てはめてしまった、初歩的なミスだということである。
 
 学校で「いじめ」が起こらないはずはないという現実認識が、ここの教育委員会では欠けていた。
 だから、単なる「そうあってほしい」という願望を、そのまま目標にしてしまったのである。

 大切なのは、「いじめ」が起こらないような事前防止策をどのようにとっているか、それをどのように実行しているか、起こった場合の対応をどのように取ったのか、そして事後どのようになっているか、などである。

 「いじめ」は必ず起こる。
 この現実認識を、きちんと踏まえて、されどうするかなのである。 

 ★
 

  「生活記録ノート」を複数の教師で見合うような措置をこれから取るという学校側の方針が新聞紙上で報告されていた。

 この「生活記録ノート」は、毎日子供が記録し、担任が一人一人見てコメントを書いていたらしい。
 日記を毎日書かせているみたいなものである。

 このことだけでも、担任にとっては大きな負担であったはずである。
 いつ、どこで、この時間を取っているのか。
 
 今度は複数で見るという。
 また、仕事が増える。

 私は止めた方がいいと思う。
 日記の効果は確かにあるが、中学校の現実では続けていくのは無理ではないのか。
 

  そんなことより、子供たちとの関わりをどのように図るか、どこで子供たちの「いじめ」などをチェックしていくのかなどを根本的に考え直すところから始めなくてはならないと思う。
 

  また時間が経過すれば同じことの繰り返しになるからである。
  ★
 また繰り返すが、事の本質は、教師たちが何が大切で、何がたいしたことではないかの区別ができないようになり、目の前の蠅を追うだけの生活をしている、そのことにあったのである。

 「たし算発想」で詰めこむだけ詰めこんできている。
 いかに「ひき算発想」で削り取っていくか、それが求められているのである。 

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