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2015年7月

大曲小学校が提起したもの(1)~「研究」を「研修」に変える~

  北海道大曲小の「学力向上プロジェクト」(明治図書刊)が売れている。
 私もじっくりと読み直してみたが、「この学校は、学校ぐるみで大変な課題を提起したものだなあ」というのが正直な感想である。 
 

  橫藤雅人校長は、表紙の袖に次のようなことを書かれている。

 ★ ★ ★
 学校全体の日常授業の改善で、学力向上を実現する!

 大曲小学校では、学校力向上アドバイザーの野中信行先生の提案する、「学習規律の徹底」や1時間の授業を分割し、課題を解決する授業(=ユニット法)、「空白の時間を生まない」「ノート指導を中心にする」などの全員参加の日常授業「『味噌汁・ご飯』授業に全学級で取り組んでいる。

 また、学校の中心的な使命である基礎学力の保障を目指し、各種検定や家庭学習の方法を開発した。

 これらの取り組みを支えたのは、次の4つである。

 1 「研究」をやめ「研修」を推進すること
 2 「日常授業」の改善にターゲットを絞った研修にすること
 3 校内、公開の研修会を全員参加の「ワークショップ」型に変   えること
  4 各学年の最低学力保障を明示すること

 この取り組みを通じて、授業に集中できる児童が増えた。また、謙虚に指導方法を見つめ直す「一人研究授業」などを通して、教師自身が明るくなり、これらには保護者からも肯定的な評価をいただいている。「『「味噌汁・ご飯」』授業」を継続・発展させていく本校の改革の取り組みを是非ご覧いただきたい。
 ★ ★ ★
 ここに大曲小が取り組んだことがまとめて整理されている。

 まず、この学校は、「『研究』をやめ『研修』を推進すること。」と舵を切っている。
 

  日本全体の学校で進められている「研究授業」のあり方が、きわめて空疎になっていることは、ほとんどの先生たちが気づいているはずである。
 気づいていないのは、推進している先生たち。
 
 もともと学校は、「研究」なんかできなかったのである。
 これができる学校は、ほんの一握りの学校だけである。

 研究テーマを決めて、研究仮説を設定し、研究を推進する。
 各先生方は、年に1回の研究授業をする。
 
 そして、まとめとして研究紀要を作成する。
 いわゆる年中行事として進めているだけで、そこから得られるものはほとんどないに等しかった。

  どだい1回程度の研究授業で、研究をしたという発想になることがおかしかった。
 他の分野で研究をしている人たちからみれば、「ちゃんちゃらおかしい」できごとなのである。
  ★
 当校が研究から研修に舵を切った過程を次のように書いてある。

 ★ ★ ★
 1つは、学級ごとに様々な「やり方」「約束」があり、年度が替わるたびに各種の指導を一からやり直さなければならなかったからである。
 もう1つは、研究担当者が難しい話をし、参加者が受け身のままで進んでしまう一方的な研究に陥りがちだったからである。また、その研究のために公開される授業は、野中先生が言われる「ごちそう授業」になりがちだったからである。
 本校では、校長が学校経営方針で「日常授業の充実」を打ち出し、研究部が廃止されて研修部となった。その意図は、「成果に結びつかない研究」の改善である。研修部会に足を運んだ校長は、よく「研修は学校改革の鍵だ。」と言った。そこで、研修部では、学校を改革するような研修の実現を目指して、以下の方針で推進にあたることにした。
 ★ ★ ★

 現実に行われる「研究授業」は、日頃の授業ではなく、飾り立てた「ごちそう」授業 である。
 

  この研究授業だけは、熱心に教材研究をし、膨大な指導案を作り、さまざまな準備をして臨む。
 他の先生方から見られるからである。

 でも、その1回が終われば「終わったあ!」ということで、日頃の授業に戻っていく。
 要するに、日頃やっていない授業を見せ合う研究会をしているだけである。
 
 そこから何が生まれてくるのか。
 教師たちは授業もうまくならない。子供たちも変わらない。ほとんど何も変わらないのである。

 こんなことを何十年も日本全国の学校で続けている。
 ★
 大曲小は、こういう「研究」に見切りをつけて、「研修」として再出発したのである。
  このことで大曲小は、大きな変革をとげていく。

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岩手いじめ自殺事件(4)~「いじめ0」の目標~

  岩手県矢巾町の村松君のいじめ自殺事件は、学校側が報告書を提出したという報道がなされている。
 事態の推移は、私の予測通りのものであった。
 

  新たに出てきた事実は、矢巾町教育委員会が設定している「矢巾町いじめ防止基本方針」http://www.town.yahaba.iwate.jp/field_information/kyouiku/link/kihonhoushin.pdf
である。
 

  「いじめ0」を目標としている。
 設定されてから小中とも「いじめ0」が続いている。
 

  村松君が1年生の頃からいじめられていた事実は、まったく報告されていない。
 ★
 「いじめ0」が目標にされていたら、学校はどういう対応になるのか。
 当然、いじめの事実を報告すれば、その学校の汚点になる。
 

  だから、管理職はじめ学年主任などはできるだけその事実がない状態にしていくはずである。
 要するに、「いじめ」という事態に近づかない。
 

  見て見ぬふりをする。
 今回のことも「ふざけ、からかい」で収めようとしたはずである。
 

  だから、担任一人で事態を収めて、「いじめ」としない事態収拾をする。
 そうすれば、「いじめ0」になる。
 ★
 教育委員会の「いじめ0」の目標は、結局村松君のいじめ自殺を招いてしまったものだと、そのように思われてしまう。

 何が問題なのか。
 単なる願望を、現実の学校の状況に当てはめてしまった、初歩的なミスだということである。
 
 学校で「いじめ」が起こらないはずはないという現実認識が、ここの教育委員会では欠けていた。
 だから、単なる「そうあってほしい」という願望を、そのまま目標にしてしまったのである。

 大切なのは、「いじめ」が起こらないような事前防止策をどのようにとっているか、それをどのように実行しているか、起こった場合の対応をどのように取ったのか、そして事後どのようになっているか、などである。

 「いじめ」は必ず起こる。
 この現実認識を、きちんと踏まえて、されどうするかなのである。 

 ★
 

  「生活記録ノート」を複数の教師で見合うような措置をこれから取るという学校側の方針が新聞紙上で報告されていた。

 この「生活記録ノート」は、毎日子供が記録し、担任が一人一人見てコメントを書いていたらしい。
 日記を毎日書かせているみたいなものである。

 このことだけでも、担任にとっては大きな負担であったはずである。
 いつ、どこで、この時間を取っているのか。
 
 今度は複数で見るという。
 また、仕事が増える。

 私は止めた方がいいと思う。
 日記の効果は確かにあるが、中学校の現実では続けていくのは無理ではないのか。
 

  そんなことより、子供たちとの関わりをどのように図るか、どこで子供たちの「いじめ」などをチェックしていくのかなどを根本的に考え直すところから始めなくてはならないと思う。
 

  また時間が経過すれば同じことの繰り返しになるからである。
  ★
 また繰り返すが、事の本質は、教師たちが何が大切で、何がたいしたことではないかの区別ができないようになり、目の前の蠅を追うだけの生活をしている、そのことにあったのである。

 「たし算発想」で詰めこむだけ詰めこんできている。
 いかに「ひき算発想」で削り取っていくか、それが求められているのである。 

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学校で一番大変な学年を持てるようになりたい!

 ヨッシー先生からコメントをもらった。
 ヨッシー先生は、このブログのコメントコーナーに時々登場してもらう先生である。
 

 このヨッシー先生にも、辛い時期があった。
 異動しての6年の体験。
 私もよく記憶している。
 
 ヨッシー先生のコメントを以下読んでもらいたい。
 おそらくあの辛い時期を凌いだ人にしか書けない何かである。

  ★ ★ ★
 yasu先生のご苦労、本当にとてもよくわかります。自分は、昨年度yasu先生と同じように異動して六年をもち、一年間辛い思いをしました。そして、このブログに何度か書き込ませていただき、野中先生をはじめ多くの先生方から励ましの言葉、温かい言葉をかけていただき、どうにか一年間、しのぐことができました。

今年度は、三年生の担任をしています。異動二年目ということもあり仕事量は増えましたが、心地よい忙しさとかわいらしい三年生と毎日を過ごしています。

昨年度の一年間と比べると今年度は久しぶりに小学校の先生をやっている感じです。

野中先生もおっしゃっているように、異動したyasu先生に体育主任、六年生を持たせる学校は正直、ひどすぎると思います。ましてや、崩れている六年生なんて…

ただ、誰も持たない(持てない)ことを考えるとyasu先生は自信を持って良いと思います。少なくとも今の学校でその学年を持てるのは自分だけだと。

だから、学校では自分の困っていることや助けてもらいたいことはできるだけ上手く主張すべきです。まずは、学年に。そして、ブロックや教務主任、もちろん、管理職にも。全く手助けなしにこれからも、やらせるようなら組合などに相談するのも一つです。とにかく、一人で抱えてはいけません。

とは言っても、昨年度の自分も異動したばかりでそんな主張をする事はできませんでした。ただ、誰からみても大変な学年だったので周りが声を上げてくれ、自分は便乗するのが精一杯でした。

しかし、校長は期待はずれでした。校長が教室を見に来るのは中学の校長が来た時や指導主事がくる時だけで、ほぼ何か対策を打ってくれることはありませんでした。よく同情するような声はかけてくれますが、何一つ具体的な動きはありませんでした。指導主事にも二度ほど授業を見ていただき、面談をしましたが、ようは「がんばれ」みたいな話でなんの気休めにもならず、時間をとられるばかりでした。

そんな中、自分がつらい時期をどうしのいだかというと主に三つのことを意識して取り組みました。

一つは、毎日同じことを繰り返すことです。朝起きる時間、学校に行く時間、行きと帰りに休憩するコンビニ、寝る時間などなど同じ行動を崩さずに毎日を淡々と過ごしました。

二つ目は、可能な限り自分の現状を話しました。前の同僚や友達、このブログなどなど。もちろん、個人情報もうるさいので、話せる範囲でしたが。

三つ目は、自分から声をかけ学校の『やろ~会』を開きました。これがとても楽しくて本当に救われました。また、今年度も異動した先生方にも呼びかけ、定期的に開催しています。

自分は、この三つのことを意識して、どうにか一年間をしのぎました。しかし、今も昨年度のことは忘れられません。これから先、同じような学年を持つかもしれません。だから、今は自分の腕をただただ上げたいと思っています。この夏休みも初めて公的な研修だけではなく、身銭を削っていくつか研修にいってきます。これからは、本気で学ばないとやっていけない、ということを昨年度強く思いました。

昨年度を経験し、自分には今、明確な目標ができました。それは、「学校で一番大変な学年を持てるようになりたい」ということです。そして、異動したばかりの人や若い人に押し付けるような学校にはしたくありません。誰もやりたがらないようところを進んでやれるようなベテランの先生になれるよう今後も努力していこうと思っています。

yasu先生も今年度一年間、どうにかしのいでぜひ、今の学校を変えていきましょう。そのためにも、これからも、辛いことがあったらどんどん発信して、みんなで問題を解決していきましょう。同じ境遇を経験したものとして、心より応援しています。

投稿: ヨッシー | 2015年7月27日 (月) 01時04分
 ★ ★ ★

 ヨッシー先生の目標は、「学校で一番大変な学年を持てるようになりたい」ということ。
 素晴らしい目標である。

 mota先生、yasu先生、辛い時期を凌いだら、こういう目標を持てる。
 そのために、今の時期をひたすら耐えていく。
 

 ただ、それだけではダメだ。
 大変だという気持ちに溺れないこと。そこから学び取る冷静な「眼力」を忘れないことである。
 

 いつでもピンチはチャンスになる。

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九州へ行ってきました!

    福岡へ行ってきた。
 台風が心配だったが、何の影響もなく、一安心。

 昔、横浜から佐賀へ帰るとき、寝台特急さくらでは、16時間かかった。
 関門トンネルを抜けて、九州へ入ると九州の匂いがした。
 あの感じは今でも懐かしく思いだす。

 今は、飛行機で1時間15分ぐらい。
 あっという間についてしまう。
 九州の匂いなんてまったく感じなくなってしまった。
 ★
 講座では、50名ほどの先生たちが見えていて、ほぼ満席。
 ありがたいことである。

 長崎の佐世保からY先生が見えていた。
 ぜひとも一度はお会いしたいと思っていた先生で、Y先生の方からわざわざJRで駆けつけてこられた。大感激。
 ゆっくり話せなかったことが心残り。
 
 大曲小の本が19冊売れた。(20冊持っていったもの)
 私もじっくり今回読んだのだが、とにかくすごいという感想。

 感動することが書かれているわけではない。
 すごい授業が披露されているわけではない。
 
 でも、学校ぐるみで取り組めば、こういうことが可能になるのだという、そういう試みが書かれている。
 
 明治図書のオンラインでは、発売4日で27位にランクイン。
 多くの先生たちに読んでほしい本である。
 ★
 講座に呼んでくれたのは、福岡市の若い先生たちが中心の会「つなぐ」。
  うらやましくなるほどの若さがある。
 
 多くの人から学んでいこうという好奇心がいっぱい。
 こういう若い先生たちが、明日の日本の教育を背負っていく。

  私の若い頃のことが質問に出た。
 私は、現役の時代は一度も組織に所属したことがない。
 
 ほとんど一人で勉強をした。
 時々友人たちとの学習会を設けたぐらい。
  志をもっていれば、一人だってやれるわけである。
  ★
 志をもって生きようとしたら、人生には「往路」と「帰路」がある。
 もちろん、教師人生にも、「往路」と「帰路」がある。
 若い20代、30代のときは、とにかく自分の力量をつける「往路」の時代である。
 
 こういう時には、あまり周りに色気を出さない方がいい。
 「現実」を変えようとしゃかりきにならないことである。

  「現実」はあまりにも理不尽で、疲弊していると若さは強く感じる。

 でも、できることは限られている。そんなに簡単に「現実」は動かない。
 
 ひたすら自分の力量をつけること。
 これが中心の命題になる。

 そして40代、50代のときは、いよいよ「帰路」の時代。
 現実の「学校現場」へ戻って来なければいけない。
 
 今まで身に付けた力量で、周りを変えていくことになる。
 自分の身の丈にあったことでいい。
 
 仕事のスタンスが大きく変わらなければいけない。
 惰性や習慣、慣わしに染められている「現実」を自分の力量で変えていく。
 
 同じ学年の先生、同僚の先生たちが、元気でがんばれる職場を作り上げることである。
 
 そのために、自分は力量をつけてきたのである。
 自分が光り輝くために、力量をつけてきたのではない。
 
 志を忘れないことだ。
 
 残念ながら、若いときにはあれほど志を持っていたのに、歳をとるにつれてすっかり忘れ去り、ひたすら自分のためだけで生きる人がいる。
 確かにそれも1つの人生ではあるが、悲しいではないか。

 教育界は、あまりにも惰性と慣わしがはびこっている。
 前に一歩進もうという気運がまったく感じられない。
 
 その中で、多くの先生たちが疲弊している。
 これからこの状況を変えていくのは、若い志をもった先生たちである。
  ★
 横浜へ帰ってきた。
 福岡も暑かったが、横浜もものすごい暑さ。
 35℃を越えている。
 
 夏は始まったばかりなのだが……。

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つれづれなるままに~台風が来ている九州へ行きます~

●北海道から帰って、またもや虚血性大腸炎になる。
 2回目である。鳥取へ行ったり、北海道へ行ったりの忙しさがたたったのであろうか。
 
 病院へ行ったら入院騒ぎになるから、家でじっと安静にする。
 一過性のものなら、1週間ほどで回復するからである。
 
 ひたすら安静にしていたら、回復は早い。 
 これから仕事の仕方を考えなければいけない。 

●大曲小本が明治図書より届く。
 待ちかねた本。
 
 早速ざっと読み進む。
 「日常授業」の具体が、そのまま実践の息づかいと共に書かれている。 
 
 ここには「あたらしさ」がある。
 今までの学校教育が惰性とならわしに縛られて踏み切れなかったことが、確かに打ち破られている。
 私は、「これからの日本の『授業研究』のあり方を指し示す、1つの狼煙が上がったのである」と監修の言葉で表現した。

 困難校が、何をやればこれだけのことができるようになるか、それを確実に提起されている。
 この中心に、「味噌汁・ご飯」授業があったという事実に、私は誇らしさを感じる。
 
●京都府のM市のK小学校へ行く。
 日本教育新聞に「味噌汁・ご飯」授業が取り上げられ、それを読んだ学校からの招請である。
 90分「味噌汁・ご飯」授業について話し、30分の模擬授業をする。
 京都は暑い、暑い。

●今日から九州の福岡へ行く。
 体調が回復したばかりだから、用心しなければいけない。
 残念だが、酒はだめだなあ。
 
 それよりも九州には台風12号が近づいている。
 講座がある25日は大丈夫だろうが、羽田へ帰る飛行機が飛ぶかどうか、それが心配になる。
 

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、「絶対凌いで、その先にある景色を見る」

   あらゆるところで、異動がらみの大変な状況が広がっている。
 ブログにコメントした先生もまた以下のような状況に追い込まれている。
 ★ ★ ★
凌いだ先に。
私もこの四月の異動で、崩れた六年担任を受け持ちました。体育主任も任されました。学級は落ち着かず、学習も生活もガチャガチャ。体育主任として、まだ子どもたちや学校の様子もわからぬ状況で、学年や高学年全体の前に立ち指導することも多いのですが、目の前の子どもたちはガチャガチャ。前任校とのギャップに自信を失い…、それでも期待に応えようと、縦糸横糸張りながら学級を、思考錯誤しながら全体指導をしていました。ただ気持ちが入りすぎ、無理したからか体調崩し何日か休み、やるべき仕事がたまり、焦りからパニック状態になり、心身おかしくなり、一学期後半を病休してしまいました。夏休み中に、前任校での実践を大きな大会で発表する予定でしたが、代わりに前任校の同僚に発表してもらうことにもなってしまい、頑張ってきたことは何だったのかと悔しさやら情けなさやらで鬱的にもなりました。夏休みに入り、何とか復帰し、水泳指導しましたが、子どもたちのガチャガチャな様子に愕然。休んだからか、同僚には、入れ替わりで異動した前体育主任の話題をいつも聞かされ、悔しい気持ちに。前任校での自分の実践の方が全然上なのにと心の中で…。異動して、いきなり崩れた六年を持たされ、全体の前に立たされ…という気持ちもしますが、motaさんの記事から勇気いただき、自分も絶対に凌いで、その先にある景色を見てやる、そして、今の学校を子どもたちにとって、良い学校に変えていきたいと思えました。ありがとうございました。
 ★ ★ ★
 しばしばこのブログで、学校の終わり現象を訴えてきた。
 異動してきた先生を、高学年経験があるというだけで一番大変な学年とクラスを持たせていくということ。
 

  これは末期的症状だ。
 以前ならそういう人事は、ありえなかった。
 

  どんなに力量がある先生でも、事情をしらないのでやれるはずはない。
 私が知っている先生たちでも、ことごとく失敗している。
 
 この責任を管理職に押しつけるのも酷である。
 その学校の先生たちは、絶対に持ちたくないと逃げるのであるから、どうしようもなく異動してきた先生を持たせることになる。
  ★
 コメントしたyasu先生も、自他共に力量があると考えられていたことであろう。コメントを読めば、それがよく分かる。
 こんなケースは、ほとんどが失敗する。
 
 私も失敗してきたのでよく分かるが、どうしても今までの成功経験を引きずる。
 だから、目の前の子供に合わせて、今までの自分の経験をなげうっていくということにはなかなかならない。
 
 どうしても子供たちを、自分のやり方に強力にひきずっていこうとする。
 そうすると、必ず一部の子供たちが反発する。
 
 その一部は、周りを巻き込む力があるから、どうしても担任の方が負けてしまう。
「今度の担任よ~~ダセヨ~~。従うのやめようぜ~~」となる。
  ★
 異動して最初の学年担任(とくに高学年担任)は、とりあえず最低限の「学級づくり」(私は「学級づくり3原則」と言っている)から始めなくてはならない。
 

  縦糸・横糸張りも、「2:8」「3:7」という比率で子供たちの様子を見なければいけない。
 絶対に強引に出たらダメだ。
 

  邪魔になるのが、力量がある先生たちの成功体験。
 前の学校で、先生をよく知っている子供たちとの間で作り上げた成功体験にしか過ぎない。
 

  私は、「力量がある」なんて,今ではまったくあてにならないと思っている。
 新しい学校では、また最初からだと思った方がいい。
 ★
 それにしても、yasu先生は、次にように書いてある。
「motaさんの記事から勇気いただき、自分も絶対に凌いで、その先にある景色を見てやる、そして、今の学校を子どもたちにとって、良い学校に変えていきたいと思えました。ありがとうございました。」
 

  ただものではない。
 短期間で、このように考えられるようになったのである。
 
 mota先生も、yasu先生も、そして同じような境遇で苦しんでいる先生たちも、「絶対凌いで、その先にある景色を見る」こと。
  このように生きることである。

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福岡講座近づく!~7月25日(土)

   7月25日(土)の福岡の講座が近づいてきた。
 以下のような時程で行われる予定である。

12時30~35分    代表あいさつ
12時35分~14時  (「日常授業」の改善を考える)
14時~14時10分   休憩
14時10分~15時10分 つなぐメンバー実践発表
15時10分~15時15分 休憩
15時15分~16時45分(「学級を軌道に乗せる学級経営のあり方」)
16時45分~17時   質問&アンケート&片付け

 申し込みは、以下の所からお願いします。

 http://kokucheese.com/event/index/282829/ 

 ★
 私が提案するのは、2つ。
 「味噌汁・ご飯」授業と「学級づくり」。
 これまでの集大成を込めて提案することになる。 

  24日発売の大曲小の本も、明治図書の特別の計らいで、ここに送ってもらえることになった。うれしいことである。
 ぜひお近くの方は参加をお願いしたい。

Photo

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近刊『学力向上プロジェクト』(北海道北広島市立大曲小学校)

   7月24日(金)に北海道北広島市の大曲小学校から本が出版される。
 
 「味噌汁・ご飯」授業シリーズとして明治図書からの出版である。
 橫藤雅人校長の学校。
 
 この学校は、3年間「味噌汁・ご飯」授業を実践して、その一応のまとめとして出版する。
 
 低学力で苦慮している北海道の中でも、さらに困難校であった大曲小が、どういう過程を経て、ここまで来たのか、その状況が分かる一冊。
 
 有名な研究校が、自分の学校の研究を本にまとめて出版することとは、まったく違うのである。
 
  ★
 以前にもこのブログに書いたことであるが、私のもとへこの大曲小からDVDが送られてきた。

 初任の先生(1年生担任)の授業記録。
 それを見て、驚く。

 「初任の先生が、どうして1年目でこんな授業ができるようになるのだ!」という驚き。

 この時、橫藤校長とメールで交わし合ったことは、「味噌汁・ご飯」授業についてである。

 「味噌汁・ご飯」授業のキーワードを整理して、それを体系化し、それを初任者に身に付けさせていけば、初任の1年間で十分にそこそこの授業者に育て上げることができる。

 このことである。
 大曲小は、学校ぐるみでその方向性を、この本で提起しているのである。
 
 「学校ぐるみ」というところが重要。
 「学校ぐるみ」でこれだけのことができるという、そういう狼煙(のろし)を、この大曲小学校が打ち上げたのである。
 ぜひ手に入れて、読んでほしいと願っている。 

Cover


 
 


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岩手いじめ自殺事件(3)~学校の体質がこのような悲惨な形で露呈する~

 あのいじめ自殺事件があった大津の学校では、今各学校にクラス担任をしない「いじめ」専任の先生がおかれているとテレビは放映していた。
 

  その専任の先生が、月1回のいじめアンケートをして、それで各クラスに対応をお願いしている場面が放映されていた。
 これが大津のその後である。

 学校ぐるみの取り組みが始まっていることは確かである。
 しかし、先生たちの仕事は、それでまた倍加されたであろう。
 ★
 岩手の担任の先生は、村松君のSOSの問いかけに、個人的な対応で済ませている。
 それで何とかなると思っていたと推測される。
 
 学年段階では、きっと相談があったと思われるが、学年がチームとして動いた形跡は、今のところ明らかにされていない。
 チームとして動いていくためには、管理職段階に報告されていくということであるが、それはなされていない。
 
 だから、あくまでも担任段階で「がんばってみます!」ということで済まされていったのであろう。
 ここが今回の最大の致命的問題である。

 ★
 この学校では、いじめの事実があれば、管理職に報告し、学校全体で動いていくという、一応のシステムは確立されていたようであるが、それがまったく機能していない。
 だから、「いじめ0」なのである。

 中2の他の女生徒も、いじめで不登校になっているが、その事実も教育委員会に報告されていない。
  学校の隠蔽体質は、相変わらず続いている。

 そのために、文科省で毎年集計される「いじめの数」はきわめていい加減である。実際は、その数倍になるはずである。

  ★
 大津のいじめ自殺事件は、ひどい「いじめ」に学校がほとんどまともに対応しないものであった。

 しかし、今回の岩手のいじめ自殺事件は、普通の学校で、普通に起こっている「いじめ」(こういう言い方はおかしいのだが)<これから実際の実態が明らかにされるであろう)に、真面目で生徒思いの担任が対応したが、結果としてひどい事態を招いてしまったものである。
 
 担任には、何とかなるというもくろみがあったのであろうか。
 この学校に、いじめ防止システムがきちんと機能していれば、担任は、管理職に問題を訴え、学校全体の問題として対応できたのかもしれない。
 「絶対にいじめを許さない」というシステムが機能していれば、村松君は自殺しなくて済んだかもしれない。
  ★
 それでは今の学校に「絶対にいじめを許さない」というシステムの構築を期待できるのか。
 私は懐疑的である。

 形式は整える。文科省や教育委員会に言われて、防止のシステムは整えるであろう。しかし、機能しない。
 実際に岩手の中学校はそうであった。
 日本全国の学校で、本気になって「いじめ防止システム」を機能させている学校は、一体どのくらいであろう。

 いじめはなくならない。
 学級崩壊をするクラスは、必ずひどい「いじめ」を併発する。
 「生徒」しない子供たちは、平気でいじめを起こす。
 
  この生徒たちに、学校は対応できない。

 ★
 これほど「いじめ」が大きな問題になっているのに、学校は対応できない。
 なぜか?

 このことの本質には、学校が抱えている体質がある。
 何度も繰り返すが、今、学校現場は、何が大事な問題で、何が軽く扱ってもいい問題かが分からなくなっている。
 
 それくらいに教師たちが疲弊している。
 だから、目の前の蠅を追っている。
 
 いじめも、部活指導も、生徒指導も、授業も、……全部「目の前の蠅」で対応はするが、それに深く突っ込んで対応はしない。全てが「雑務」化している。
 
 教師たちはそうせざるをえない。
 そうしないと日々を送ることができない。

  今回の岩手いじめ自殺事件は、学校が抱えている体質がこのような悲惨な形で露呈してしまったのである。

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いじめ自殺事件(2)~学校はいじめに闘えない~

    2011年10月11日に、滋賀県大津市で中2年いじめ自殺事件が起きた。
 この事件で、教育委員会や学校の隠蔽体質が明らかにされ、翌年いじめ防止対策推進法が国会で可決された。
 
 この事件で中2男子生徒が直面していたのは、暴行、脅迫、強盗、重過失致死罪であった。
   

  この事件を受けて、1994年に愛知県西尾市の中2大河内清輝君(いじめ自殺事件)のお父さんは次のようなコメントを残されていた。
 ★ ★ ★
 大津の事件を見て、学校現場がずっと変わっていないことが分かりました。アンケートでいじめの有無が分かると本当に思っている。言えない子がいるということ、死ぬほどに思い詰めている子がいるということを、なぜまだ分からないのか。
 ★ ★ ★

 ★
 この事件を受けて、Y新聞から取材を受けた。
 実際に記者に会っての取材である。
 

  その時に、その記者は新聞記事を見せながら指摘した。
「野中先生、なぜこんなひどいいじめが行われているのに、学校や先生たちは対応できないのですか?」
 おそらく日本中の人たちが疑問に思っていることをぶつけたのであろう。
 

  その時、私が答えたことは次のこと。
「学校も教師たちも、いじめに対してさぼっているわけではないですよ。一応は対応しているのです。」

「しかし、あまりにも先生たちは忙しすぎる。
 このいじめ対策も、もろもろの仕事の1つなのです。
 先生たちは、何が大事で、何が大事でないかが分からなくなっていて、目の前の蠅をただただ追っているだけなのです。だから、いじめ対策も、部活指導も、授業も、生徒指導も、……とにかく早く済ませて次に行かなければ終わらないのです。雑務なんです。だから、こんなことになるのです。」

 記者は、この私の答えが腑に落ちなかったのであろう。その表情に読み取れた。
 新聞取材は、あらかじめ自分たちの結論を持って、取材をする。
 

その結論に沿うように答えなければ、記事はボツになる。
 だから、その時の私の答えもボツになった。
 ★
 学校の教師たちの現場での忙しさに対する「想像力」が、ほとんどの人たちには働かない。
 ある新聞記事の読書の欄に、次のようなものが載った。

  元高校の教員の方である。
 ★ ★ ★
 先日中学校の若い先生方とお話しする機会があり、私は学校に居る時間の長さに驚き、「一体何をして」と尋ねました。すると、放課後のクラブ顧問、教科・学年の会議、ノート点検、クラス便りの作成、欠席生徒への連絡、保護者の帰宅を待っての給食費の催促、などなど。私は聞いていて悲しくなりました。生徒の具体的な話題が一度も出なかったのです。
 夜遅くまで明るい職員室で熱心に仕事する先生方。体罰・いじめでは担任は当事者との話し合い、調査書作成、保護者からの相談と、年々心も時間も余裕がなくなっているようです。本来の先生の姿は「授業に心血を注ぐ」「生徒と向き合う時間を持つ」が基本だと思います。先生方にこそ心身ともにゆとりが必要ではないでしょうか。
 (朝日新聞2013,2.4)
 ★ ★ ★
 中学校の教師は、世界一長い時間仕事をしている。統計上、そのように出ている。 
 その中で、繰り返すが先生たちは、「何が大事で、何が大事でないかが分からなくなって、目の前の蠅を追っているだけ」になっている。
  ★
 大津のいじめ自殺事件で、何がはっきりしたのか。

 ●いじめに対して学校は闘えない
  そのいじめに向かって闘っていくはずの学校ぐるみの防止シス テムが機能
しない。もはや、教師個々の個人的努力ではどうにもできない状況に追いやられている。

 おそらく、今回の岩手のいじめ自殺事件は、このことをを追認する形で指し示されたのである。
 

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中2 いじめ自殺事件をどのように受け止めるか(1)

 岩手県矢巾町で5日、中学2年の村松亮君(13)が電車にはねられ死亡した事故は、いじめ自殺として特定されようとしている。
 
 「生活記録ノート」に自殺をほのめかす記述が3ヶ月にわたって残されていて、担任のコメントがあまりにもひどすぎるという批判を浴びている。
 

  教育評論家尾木直樹氏は、次のようなコメントを残している。
 ★ ★ ★
 尾木氏は8日に更新したブログで、生徒のいじめ被害を見過ごした学校側を厳しく批判。「驚くべき学校!これが現代日本の学校なのか!?これじや生徒殺人学校!こんな学校が存在するのでしょうか!?」と怒りをあらわにした。

 さらに9日に更新したブログでは担任の女性教師に対し、「彼のこと心のどこかで軽く見ていた?だからこそ いじめのあれほど具体的な訴えや死にたいというあんなに差し迫ったアピールを軽く『いなすこと』が出来たのでしょう!!生活記録ノートへのあの小馬鹿にしたような『返信』しか書けなかったのかも知れないです」と糾弾した。   読売新聞7月12日(日)
  ★ ★ ★
     ★
 その「生活記録ノート」のやりとりとは、たとえば次のようなもの。
 

 6月28日
 ここだけの話、ぜったいだれにも言わないでください。もう生きるのにつかれてきたような気がします。氏(死)んでいいですか?(たぶんさいきんおきるかな。)
  

  担任のコメント
 どうしたの?テストのことが心配?クラブ?クラス?元気を出して生活しよう。(男子生徒の名前)の笑顔は私の元気の源。

 6月29日
 ボクがいつ消えるかはわかりません。ですが、先生からはたくさん希望をもらいました。感謝しています。もうすこしがんばってみます。もう市(死)ぬ場所はきまってるんですけどね。まあいいか  

  担任のコメント
 明日からの研修たのしみましょうね

  ★
 ここだけ抜き出せば、いなしたり、小馬鹿にしたような印象を受ける。尾木氏は、その印象でコメントをしている。
 
 教師経験がある尾木氏なのに、ひどい印象批評である。
 
 どんな状況で、その生活ノートは書かれたのか。村松君は日頃どんな生徒だったのか。
 

  そのことをきちんと把握しなければ、こんな批評はしないはずである。ましてや、その生活ノートはあくまでも教師と村松君の2人のやりとりで成り立っているものである。
 公開されることを前提で書かれているものではない。
 ★
 この担任の女教師に対する批判に反論する記事もある。
  ★ ★ ★
担任教諭は自殺した生徒と直接話し合うなど誠実に向きあい、ふたりの間で交わされたノートにも「先生相談に乗ってくれてありがとう」との文面が残されていたそうだ。

問題となっている「研修楽しみましょうね」との文言も、自殺した生徒やクラスでしっかり話し合ったという前提がある上で、発せられたものだと強調。その上で、この生徒は「あんないい先生が、チグハグに切り貼りされた報道で頭おかしい人のように扱われるのは納得行かない!」と、マスコミの偏向報道に怒りを覚えているという。
この発言の真偽は現在のところ不明だが、一部報道では、担任教諭がいじめの加害者を叱っていたという証言を紹介している。
     (2015.7.10 トピックニュース) 
 ★ ★ ★
 ★
 私の推測では、この女教師は生徒思いで、とても熱心な教師だという印象を持つ。
 いじめの加害者にも、対応はしている。そして、いじめは一応収まったという思いを持っていた。
 
 これも推測だが、女教師は、村松君を、どうしても悪く考えてしまう性格があり、何とかそうならないように励まそうとしていたのではないか、と思ってしまう。
 
 私も、37年間の教師生活の中で、何人もそういう生徒に出会ったことがある。
  どんなにくわしく調べてみても、さほどのいじめの事態がないのに、悪く悪く考えてしまう。そんな子供がいたのである。
  ★
 しかし、現実は、はっきりしている。
 村松君は、いじめ自殺で死んで行っている。
 

  生活記録ノートには、SOSを3ヶ月間書いていたと、結果的にははっきりと捉えることができる。
 このことをどのように考えたらいいのだろうか

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毎日行っている授業を明日からすぐに「手応えのある授業」に変えていく方法教えます!

  鳥取へ行った。
 6月11日に1回目。今回の7月2日は、2回目になる。

 ちょうど12時に鳥取空港へ着き、M小学校の校長先生に迎えにきてもらう。
 
 まず、M小学校へ向かう。全校生徒27名。
 一昨年、この小学校へきて、5年生に授業をしたことがある。
 といっても、10名の子供たち。

 今回は、公開授業研究会で、3年生のT先生の国語の授業。
 7名の児童。
 
 授業が終わって、先生たちで話し合い。
 最後に、私が指導講評という形で締めくくる。
  ★
 次に、私の講座になる。
 45分。駆け足である。
 
 45分で先生たちに何を伝えるか。
 まず、最初に次のように伝えた。

 「毎日行っている授業を明日からすぐに『手応えのある授業』に
 変えていく方法 教えます!」

 すかさず、次のように続ける。
 
 「ほんとかな?
  ほんとなら、もうとっくに明らかにされているはずだろう!」

 私が今から伝えることは、次のこと。
 
 「『すごい!』と賞賛される『ごちそう』授業ではない。
  普通のいつもの授業をちょっとだけ変えていくだけです!」

 そこで、「日常授業」の改善というテーマを出した。

 ★
 今、多くの先生たちの普通の「日常授業」は、「ぶっつけ授業」になっている。

 「ぶっつけ授業」というのは、その場で教材研究をしながら、その場で授業をするという授業。
 教材研究といっても、単に指導書を見て、その通りに進める授業なのである。
 
 要するに、「ぶっつけ本番」の授業。
 初任者はとてもこんな授業はできないが、数年、教師をやっていると、ほとんど教材研究をしないままに、「ぶっつけ」になる。
 
 最初は、「まずい!」と思っているが、慣れてくるとこれが当たり前になる。
 誰も見ていない。
 子供も文句は言わないからである。

 確かに教材研究をする時間がない。
 学校の仕事がある。事務作業もある。これは手を抜けない。
 全体に関わってくるから。
 
 手を抜くのは、授業。
 まともに教材研究の時間が取れないのである。

 しかし、しかしである。
 学校できちんと教材研究の時間が保障されていけば、きちんと教材研究をする教師としての「姿勢」が残っていますか?

 そのように先生たちに問いかけたい。
  ★
 脱線をした。
 
 私は先生たちに明日の授業からどのように変えていけばいいか、シンプルに4つ示した。
 「これがきちんと実践できれば、必ず授業が変わります」
 そして、最後に伝えた。
 「明日、S小学校でこの原則を使って私が授業をします。
  うそか?ほんとか?確かめに来て下さい」

  ★
 その日、もう1つ 夜の7:30から9:00までの講座が控えていた。
 教師と保護者合同の講演会。
  テーマは、「今、学校で起こっていること。~いかに子供と関わるか~」。
 
 170名近くの方々が参加されていた。教師と保護者、だいたい半々。
 司会や講師紹介、最後のまとめなど全部PTA会長さんたちが担当されていた。びっくりするくらい若い会長さんたち。

 ほんとうなら家庭で団らんの時間。
 それをこうして参加されている。
 責任重大である。

 私の話は、きっと保護者の方にとっては初めて聞く、衝撃的なできごとだったかもしれない。
 真剣に耳を傾けてもらった。
 あっという間の90分。
 
 ホテルに帰り着いたのは、10時頃。
 忙しい一日であった。
 ★
 朝、ホテルまでS小学校の教頭先生に迎えに来てもらう。
 2時間目、初任のS先生のクラス(3年生)の授業。

 事前に子供たちについての打ち合わせ。
 5人のやんちゃな子供。
 1人の緘黙に近い子供。
 ………

 保護者会を3回行って話し合いをしていると校長先生から聞き、厳しいクラスだということが分かる。
  初任の先生は、このやんちゃたちに対抗していくことは大変なことなのである。
 ★
 教室へ行く。
 多くの先生たちが教室に入っておられる。
 子供たちにとっては、初めてのできごとで、緊張する時間。
 

  「おはようございます。」と挨拶。
 「自己紹介をしますね。野中先生です。横浜からきました」
 「えっ~~~」という歓声。
 

  「横浜を知っている人?」(多数の子供が手を挙げる)
 「手の挙げ方がうまい人がいるね。すごい!天井に突き刺さるように上げるんですよ」(学習規律を教える)
 

  「野中先生は、もなか先生と呼ばれていました。いやだったんです!」(いやな顔)(笑)
 「『もなか先生、もなかアイスちょうだい』と言われていました」(子供の物まねで言う)(笑)
 

  「野中先生は得意なことがあります。」
 「ものまねです」
 

  「このまえ、2年生にやったんですけど、だれも分かりませんでした。やってみますよ。『メエ~~~~』『メエ~~~~』これっ、何でしょう?」(「ひつじです」「ちがいます」「やぎです」「当たりです」)
 「さすがに3年生ですね。分かりましたね」
 

  「今度は、にわとりが鳴いて、最後に卵を産みます。卵を産む音がしますから、静かに聞きますよ。卵の産む音が聞こえたら、拍手です!」
 「拍手の練習をしますよ」(3回練習をする)
 

「行きますよ。『コケコッコ~~~』『ポン!』」(大きな拍手が出る)

 こんな調子で、まず緊張をやわらげる。
 ポイントは、笑わせたり、手を挙げさせたり、拍手の練習をさせたりして、体を動かして緊張をやわらげるのである。
 
 大切なことは、「インプット」の話を入れたら、すぐに「アウトプット」の活動をさせることである。
  これで全体が締まってくる。

 授業はとにかく楽しかった。
 やんちゃな男の子が活躍する様子が全体の笑いを生み、笑って、集中して、そしてあっという間に1時間が終わった。
 

  私の役割は、笑わせたり、フォローを入れたりすること。
 ★
 隣のT小学校の校長先生は、多くの先生たちを引き連れて参観に見えていた。
 その一人の先生に、「野中先生の授業はどうだった?」と聞かれた。
 「きちんとしたクラスなんですね!」と。
 
 その感想を聞かれたS小学校の校長先生は苦笑い。
  日頃の初任の先生の悪戦苦闘と大変さを目にしているからである。

 私が昨日約束した「『味噌汁・ご飯』授業の原則を使った授業」をしたのである。
 分かってもらえたであろうか。

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相談事例に答える~現場は、原理原則より広く、深い~

  私のブログには、さまざまな相談事例がのる。
 現場で悩んでいて、ネット検索し、私のブログに行き着いたという先生たちが、相談を寄せられる。
 
 できる限り、答えていく。(もちろん、ブログでは書けない事例の先生もおられる。その時はメールでの相談になる。kazenifukarete●hkg.odn.ne.jp  ●には@を入れる)
 
 私が答えていく原則は、37年間の現場経験から自分なりにまとめた方法論からのものである。
 
 どんなものか?
 一言で言えば、「ひき算発想による『学級づくり3原則』『授業づくり3原則』」になる。

 今、現場で闘う最低限の原理・原則は、これでいいと自分では思っている。
 「最低限」と断っているのは、<あれもこれも>やってもとても対応できないからである。
 現場はそれほどに混迷を深めている。
 
 だから、時々「野中先生の方法論ではうまくいきません!」と言われる先生がおられる。
 それは当然である。
 
 これはあくまでも1つの方法論であり、通用しない場合は出てくる。
 現場は、原理・原則よりも広く、深い。
 
 だから、「うまくいかない場合は、押したり、引いたりして試行錯誤する以外にありません」と言っている。
 
 その場合、「なぜだろう?」と自分で調べて考えてほしい。 
  自分のやり方がまずいのか?
 そのやり方そのものがまずいのか?
 
 さまざまに検証をする必要がある。
 原理原則を盲信しないことが大切だ。

  ★
 げんちゃん先生からこんなコメントもついた。
  辛い初任の時代が書かれている。
 ★ ★ ★
motaさんのコメントを読んでいて、自分自身の初任者時代を思い出します。
授業も学級づくりも成り立たない日々。学年集団の中で、ベテランの先生達のクラスに追いつこうと必死になるものの、すべてが空回り。興味を引こうと教材研究、ネタ収集に走るものの、膨大な時間をかけた割にはよくて単発、ほとんどは見向きもされずにいつもの日常が繰り返される…。しかも、私のクラスには5,6人のやんちゃな子がおり、彼らの反抗的な態度、けんか、毎日のトラブルに振り回されていました。
そんな日々を送っていると、「いろいろな先生に迷惑をかけている」、「すべては自分の力不足のせいだ」としか思えなくなり、更なる教材研究やミニネタの収集に走るのですが、次第に自分自身が閉塞的になっていったのを思い出します。

今思えば、努力の方向が間違っていたのだし、経験や力が圧倒的に不足しているのに周囲のクラスと同じことをしようとした事が、結果的に自分もそうだし、子ども達をも苦しめたと思います。

しかし、幸運にも、その子ども達を卒業までの3年間担任し、凌ぎきった経験が、今に生きています。そして、その過程で野中先生の「学級づくり3原則」を実践し、学級づくりの土台の必要性を痛感することもできました。

とても辛く、大変で、よく1年間凌ぎ続けられたなぁ、という初任のクラスでしたが、初任校を異動する時、一番やんちゃだった男の子は、両親とともに私にあいさつに来てくださいました。「先生には、本当に迷惑をかけました。」と笑顔で彼が話した時には、胸が熱くなりました。凌いで本当に良かったと、そしてそのおかげで今があるのだと、強く実感しました。

どんなに経験を積もうと、どんなに年数を経ようと、謙虚に子ども達の前に立ち続ける姿が、何よりも一番子どもに伝わってしまうのだと思います。

「凌いだ人にしか見えない風景が見える。」
今、改めてそう思います。

投稿: げんちゃん | 2015年6月30日 (火)
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