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授業はどんな視点で見たらいいか(2)

  他の先生の「授業」を見る。
 何を見るのだろうか。
 どこを見るのだろうか。
 
 

  ほとんどの人は、漫然と見る。
 テレビを見るようにである。
 
 

  見えることは、だいたい次のようなこと。
 
 

  「子供がよく手を挙げて発表しているね」(発表する子供が少ないな)
 

  「子供たちの発表する内容がすばらしい」(同じ内容の発表ばかりする)
 

  「子供たちがよく集中して授業に臨んでいるな」(子供が集中していないな)
 

  「先生の話し方がいいなあ」(先生はしゃべってばかりで、子供たちは聞いていないなあ)
 

  (   )は、否定的な評価。
 
 先生の「指導言」と、子供の活動の様子。
 ほとんどがそれを見る。
 
 ★
 
 保護者が、授業参観で見るのも、ほとんどがこれになる。
 そして、保護者の9割方が、その先生の授業が上手いか下手かを判別するのは、「挙手発言が多いか少ないか」であるらしい。

 「挙手発言型」授業を中心にしている先生方も、自分の授業を向上させるためには、挙手発言を数多くさせようと身構えているのかもしれない。

 初任者が授業を見るのも、この視点になる。
 
 初任者に「どんな授業をしたいのか?」と聞けば、ほとんどが「子供たちが主体的に、活発に活動する授業」というような感想になる。

 言葉はカッコイイが、要するに「多くの子供が手を挙げて発表する授業」「多くの子供が積極的に活動する授業」ということになる。

 これでいけないんですか?と……。

 ★
 授業の目的と手段を勘違いしている。

 授業の中心の目的は、手を多く挙げることでも、積極的に活動することでもない。 
  「えっ」と言われるが、そうである。

 授業の中心の目的は、きちんと学力を保障することである。
 そのために、どんな手立てを打てばいいか。
 それが手段になる。

 たとえば、今日の算数の授業で、約分を理解させるという本時目標があるならば、それを理解させ、きちんとできるようにさせることである。それが学力保障になる。

 その授業で、子供たちがいっぱい手を挙げることができた。どんどん積極的に計算練習をした。
 
 

  これは目的ではない。
 その結果、約分が理解できていなかったならば、その授業は「良くない授業」なのだ。
 
 

  私たちの授業観や「授業研究」は、この目的と手段を勘違いしてきた経緯がある。
  「見栄えの良さ」にひきずられて、間違った授業観をもってきたのだと考えている。
 

 
 ★
 さて、初任者が「授業を見ること」の視点をどうするかということになる。

 まず、大切なのは、「見栄えの良さ」に引きずられないで、授業本来の目的にかなった「授業観」を持たせる必要がある。
 

  そして、その「授業観」に従った視点をもって、授業を参観するということになる。

 その視点とは何か。
 とりあえず、今の時点で考えたことを記しておきたい。

 1,本時目標は何か。それをどこで、何をもって達成させようとしているか。
 2,45分(あるいは50分)の組み立てをどうしているか。
 3,授業のつかみをどうしているか。
 4,授業のまとめをどうしているか。
 5,「全員参加」の手立てをどうしているか。
 6,子供たちへの作業や活動をどうしているか。
 7,先生は、どこを見て授業をしているか。(教師の視線が全体に向けられているか)
 8,子供たちの集中力はどうか。
 9,教師の表情、話し方はどうか。
 10、その他(自分なりのテーマ)

 この1つ1つは、具体的にどうすることかを授業を見ながら指導していけばいい。
 人の「授業」を見ることは、自分の「授業」を改善していくことなのだという本来の趣旨に立ち戻ることである。

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