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2015年2月

初任者には「1・3・1のハードル」がある~寝屋川の新規採用予定者研修~

   26日、大阪寝屋川市へ行く。
 新規採用予定者研修のための講座である。
 
 もう6年目になるのであろうか。この研修を続けている。
 今年は60名ほど。

 寝屋川は、赴任1ヶ月前にこうして研修を開く。
 私の話を2時間聞き、そして指導主事が手分けして、それぞれに個人面談を行う。

「野中先生の話を聞き、これから1ヶ月どのような準備をあなたはしてきますか?」という面談になる。
 寝屋川は、ここまで徹底する。
 
 

  おそらく、1ヶ月前にこのようなことを行う教育委員会は全国でも珍しいのではないだろうか。
 ここまでしていかなくては、初任者は、大変である。
 

  都市圏は、もはや初任者は初年度に担任を持てない状況に変わっていっていると、私は考えている。
 
 

  それでも寝屋川は、今年度の初任者で辞めていくものは1人もいなかった。担当の指導主事の先生のがんばりと各学校のがんばりは見事なものである。

 ★
 2,3日前に寝屋川で親しくしている校長さんから電話を受けていた。
「26日に野中先生が来られるということを聞いて、午前中に私の学校の初任者の授業を見ていただけないか。」ということ。
 

  5年生のクラスだが、厳しい状況が続いていて、これからのことも相談したいという話。

 それで、朝早くに新幹線に乗って、10時過ぎには寝屋川へ着く。

 とりあえず3時間目の専科の理科の授業を見る。
 理科室へ入っていくと、雰囲気はだらけている。

 一応席には付いているが、ほとんど視聴率三分の一ぐらい。
 「こりゃだめだ!」。
 

  4時間目は、初任者の国語授業が予定されているが、ほとんど視聴率ゼロになるであろうことが予想できた。

 そこで校長に提案。
 「私に授業させてもらえませんか。私の授業の様子を、校長先生や初任者、少人数指導の先生たちにも見てもらって、子供たちはどこに集中し、どこがだめなのか判断してもらいたい」と。

 こんなとき、「味噌汁・ご飯」授業が最適である。(笑)
 格別の「ごちそう」授業をしてもだめである。(もちろん、そんな授業はできないが…)
 「味噌汁・ご飯」授業は、たいしておもしろい授業でもないし、何も準備する必要もない。
  限りなく普通の授業になっていく。

 ★
 授業を始めた。
 5年生、40人もいる。
 やんちゃな男の子が目立つ。

 まず、人の音読や話を聞けない。
 興味があると、すぐに周りとしゃべり出す。
 
 

  それでもかまわずにどんどん書かせ、列指名でどんどん当てていく。
 テンポ良くいく。
 
 

  子供たちの発言、音読にフォローを入れて、ほめる。
 おもしろい発言は、「いいねえ~~。すばらしい」とフォローを入れる。

 良かったところもいくつかある。

 ・「5年生のスピードで黒板に書きます。先生が書き終  わって3秒経って『ハイ』と言いますから、書き終わ  って鉛筆を置くことができたら、合格です」と言って  書かせたら、ものすごく集中。
  書くということに対する抵抗はない。
 

  ・発表するとき、単語で発表していたので、「国語の勉  強だから、ちゃんと文で発表するようにしなさい。」  と注意したら、それ以降誰でもが文で発表できるよう  になる。修正能力は高い。

 このクラスは、そのまま6年生に持ち上がってもルールや学習規律がきちんと身についていけば何とかなっていくであろう。(初任者の持ち上がりはないであろうが…)

 講座の後、またその学校へ戻り、関係の先生たちといろいろと話し込む。
 要するに、40人という人数、やんちゃな男の子たち、こんな条件に初任者(女性)が対抗できなかったという結果である。
 

  それでも、あと3週間という期間まで初任者ががんばってきたという状況はたいしたものである。よくぞ凌いできた。
 ★
 講座の方は、2時間ぴったりで終わる。

 最近は場数を重ねてきた経験で、時間配分がうまくできるようになっている。

 初任者講座でも、何を伝えればいいかということが最近は分かってきた。 
  今までは「学級づくり」も「授業づくり」も、数多く盛り込みすぎていたが、最近は絞り込んでいる。

 初任者が失敗する2つのことを中心に絞り込んで重点的に話をすることである。
  このことがかなり効き目があることが分かってきた。

 ★
 最後に「1・3・1のハードル」の話をする。
 1年間の要になる「壁」(ハードル)のことである。

 最初の「1」は、最初の1ヶ月。
 「学級づくり」を決定していく1ヶ月。
  分刻みの1ヶ月でもある。
  初任者は、あまりの忙しさに自分が何をしているのか分からないようになる1ヶ月でもある。

 次の「3」は、3ヶ月。
 分岐点の3ヶ月。
 4,5,6月で学級を軌道に乗せられるか。あるいは、荒れていくか。
 これで決まる。

 そして、最後の「1」は、1年間のこと。
 とにかく1年間はしがみついても終えていく。

 2年目からは、見通しができて、少し楽になるものである。
 
 
 

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『新卒教師時代を生き抜く学級づくり3原則』(明治図書)の重版

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  『新卒教師時代を生き抜く学級づくり3原則』(明治図書)が8版の増刷になりました。皆さんに読んでいただき、ありがとうございます。

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板倉先生の授業~底辺校での仮説実験授業~

  仮説実験授業の提唱者である板倉聖宣さんが、20数年ぶりに授業をやられた。(2014年の12月号に『高校生の勉強観』でその様子を書かれている)
 
 

  高校の授業。
 その高校は県内でも一二を争う底辺校。
 

  4時間目、「空気を通すもの通さないもの」というもの。
 ★
 その4時間目の前の3時間目に、クラス担任の数学の授業を参観されている。

 授業が始まっても、なかなか教室に入ってこない生徒がいる。
 前の方の一画ではトランプが始まる。
 教室へ入ったり出たりウロウロする連中がいる。
 
 

  視聴率はほぼゼロ。
 だが、先生が黒板に書き終わって、「はい、ノートをとりなさい」と言うと、それからノートを取り始める生徒がいることはいる。
 
 

  教室を見渡したとき、一番明るいのはトランプをしている生徒たち。
 一番暗いのは授業に乗ろうとする生徒たち。
 どうして暗いかというと、「分かろうと思っても、自分には分かりっこない」という感じ。

 ★
 板倉先生の授業。
 「どんどん進んじゃおう」という方針で進む。

 ところが、板倉先生は致命的失敗をしたことが分かったと書いてある。
 生徒たちに黒板を写させなかった。
 

  黒板を写させないから勉強の雰囲気がなくなって、単なる<あてもの>の授業になってしまった。
 
 

<あてもの>というのは、前の問題の結果を使う必要がない、単なるクイズみたいなもの。
 回路の間に一円玉をはさんだら、豆電球はつくかどうか。
 生徒たちは間違える。五円玉も間違える。十円玉も百円玉も間違える。もちろん、当たる場合もある。でも、系統性がない。

 「勉強とは黒板を写すものだ」という勉強観。
 「教科書にそった勉強をやる」という勉強観。

 勉強が最も遅れた生徒たちの勉強観というのは、この2つにあるのだと、板倉先生はしみじみと書いておられる。

 ★
 板倉先生は自分の授業の失敗を反省して、このような生徒たちにどうしていくかという提言をなされている。

 ほとんどの先生方は、「授業を妨害したり全然授業に乗らない生徒を救う、救いたい」「一応授業に乗ろうとする生徒は、ひとまず放っておく」という方針。

 板倉先生は、違う。

 全然授業に乗らない生徒への対策は当面あきらめて、「<授業に乗ろうとする生徒>が明るくなるようにしたい」と。

 授業に乗らないでトランプをしている生徒の方が明るいというのはおかしい。
 授業に乗ろうとしている生徒たちが明るくなれば、乗らない生徒たちの方が引きずられる。
 

  今、乗らないでいる生徒たちの方が明るいから、そちらに引きずられる。「勉強というのは苦しくものだけどやらなきゃならない。だけどできない。やる気にならない」という思いがあるから暗くなってしまう。

 だから、そういう状態から、「半分くらいの生徒たちがそれなりに楽しそうに分かって、先生が話をしたら、その半分のうちのまた半分でも話に乗って、<先生、そこ、どうなってんの?>と、途中で聞けるような状態」にもっていきたいし、それは可能ではないかと、板倉先生は提言されている。 
 
  ★
 板倉先生の提言は実にまっとうなものだと考える。
 多くの先生たちは、授業妨害をする生徒たちを何とかしたいと対処されているが、やはり基本的な方向が間違っている。
 

  暗い生徒たちを少しでも明るくする方向を模索することだ。
 目の前の絶望的な状況に、目を閉ざされてはならない。
 

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女子大での授業に悩んでいます!~「村上さんのところ」~

   村上春樹さんが、「村上さんのところ」で読者の質問に答えるコーナーを設けている。これは先日紹介したところである。

  https://twitter.com/murakamisanno
 

「女子大での授業に悩んでます」という質問があって唸ってしまった。

 ★ ★ ★
 ……(略)……私は今、女子大に勤めていますが、学生があまりにも授業を聞いてくれないため悩んでいます。こちらがどれだけ入念に準備していっても、彼女達はとにもかくにも黙って90分座っているのが苦痛でしかたないようで、おしゃべり、スマホ、化粧、飲食とやりたい放題です。なぜか唐突に着替えはじめる学生がいたり、失恋した学生が急に泣き出したり、お菓子を配りはじめる学生がいたりします。ちょっとでも注意しようものなら「チッ」と舌打ちして不貞寝です。年がら年中他人の子の反抗期に付き合っているようでとても疲れます。とはいえ、学生が一方的に悪い訳ではなく、おもしろい授業で学生を引きつけられない私も悪いのです。教えたい内容はたくさんあるのですが、話芸もなく、一発芸もできないので、パッと学生を振り向かせる授業ができません……。教える内容以前のところで、自信をなくしております。こんな私に聴衆を引きつける術を伝授してください。
(ミツアナグマ、女性、30歳、大学講師)
 ★ ★ ★

 女子大の学生の状況は、こんなものかと驚く。(どこの女子大もこんな状況とは言えないだろうが…)
 

  これは電車の中でよく見る「おねえさんたち」の状況と同じではないだろうか。
 もはや講義式の授業がだめであるということになる。
 
 只致命的なのは、次のこと。
「とはいえ、学生が一方的に悪い訳ではなく、おもしろい授業で学生を引きつけられない私も悪いのです」

 こんな考えを持っている限り永久に学生たちを講義に参加させられることはない。
 誰だって、90分も漫才みたいにおもしろおかしく引きつけられる話ができるはずはないではないか。

 私ならば、このようにいくだろう。
 まず、
「今まで私が一方的に話をしていましたので、今日からみなさにもどんどん考えてもらったり、話し合いをしてもらったり、発言してもらったりします。よろしくお願いします。」と宣言する。
 

そして、講義のさまざまな場面で質問し、ペアやグループで話し合いをさせ、その中の1人に発表させる。
 あるいは、列指名でどんどん指名し、発表させる。

 教師の方でのまとめは簡単にする。
 ノートに写させていけばいい。
 テンポ良く、どんどん活動させていけばついてくるはずである。

 この学生たちには、「聞くだけ、見るだけ、写すだけ」の「3だけ授業」はもうだめなのである。

  この授業は、ひょっとしたら「味噌汁・ご飯」授業の「全員参加」の授業ですかと問われれば、「そうです!」ということになる。
 

  この女子大の学生はほとんど小学生なみなので(失礼!)、このように授業を変えていけばいいのである。
 
   ★
 ちなみに村上春樹さんは次のように答えておられる。

  ★ ★ ★
 僕はアメリカの大学でしか教えたことがありませんが、みんなすごく熱心に授業にのぞんでいますし、ちゃんと予習もやってきます。積極的に発言もします。少なくとも私語はありません。それは僕の授業だけじゃなくて、ほかの授業でも(僕が見る限り)だいたいそうです。日本とアメリカで、どうしてそんな違いが出てくるのでしょうね? 不思議ですね。僕が一度、「来週までにこの本を読んできてね」と課題を出したら、一人の学生が手を上げて、「村上先生、僕らは高い授業料を払ってここで学んでいるんです。もっとたくさん課題を出してください」と言いました。すげえなあと思いましたよ。

お仕事大変だと思いますが、がんばってくださいね。日本はどうなるんでしょうね? 

村上春樹拝
  ★ ★ ★
 

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「教師になる」ということ

   2月17日、福島県の郡山へ行く。
 学級経営講座で、140分の話をする。

 参加者は、100名程度。
 学級経営については、どこでも満員になる。

 この郡山には、年に3回来る。
 2月の学級経営(金の時間)講座。
 4月当初の初任者研修会。
 8月の学級経営(銀の時間)講座。

 もう6年ばかり続けているのであろうか。
  私の話を何回も聞いている先生方が数多くいる。

私も、「同じ話ですよ。笑うところも同じですよ。初めて聞いたような顔をして笑って下さいね」とお願いすることになる。(笑)
 ★
 もう少しで1年目を終えようとする初任者16名が講座に参加していて、控え室でみんなから「ありがとうございました」と挨拶を受ける。

 うれしいことである。
 とにかく1年目を何とか凌ぎきるということ。
  これができている。
 きっと平穏な日々ではなかったであろうが、とにかく1年を終えるということに価値がある。

 その初任者たち、夜の懇親会にも参加してくれる。
 一緒に酒を飲みながら語っていると、1年前とずいぶん違っていることに気づく。
 別人のような雰囲気。
 この1年間で確実に「教師」になっているのだと気づく。

 「教師になる」というのは、そういうことである。

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つれづれなるままに~遺言でも交わしましょう~

   ●横浜の教職員走友会のメンバーになっている。
 といっても、私は年1回の駅伝と総会にしか参加していない「いるだけのメンバー」にしか過ぎない。
 
 

  今回たまたま「シニア〇〇会」を行った。
 私がよく行く、愛想がなくて、古くて、料理だけがおいしい旅館である。
 
 

  還暦をとっくに過ぎて、どちらかといえば70歳に近いメンバー5人が参加する。
 
 1人は、自宅から30キロ近くを走って参加する。
 さすがに走友会である。
 
 

  もう20年以上の付き合い。
 遺言でも交わし合いましょうと…。

 飲んで、食べて、とことん話し込む。

 何とも愉快な集まりになる。

●2月13日、東京北区の学年学級経営研究会に呼ばれて行く。
 研究報告と私の講演会ということ。

 研究報告では、QーU調査の結果をどのように活かしてきたのかの報告がある。興味深い内容。

 その後、70分ほど私の学級経営についての講演。
  70名ばかりの参加で、会場はぎっしり。
 

  こんな参加人数は初めてと言われていた。
 やはり、今先生たちが学級づくりで苦労されている状況がはっきりする。

●埼玉県の所沢市の小中学校にエアコンを設置すべきかどうかの住民投票が行われて、次のような結果であった。
 
 

  「埼玉県所沢市で15日、航空自衛隊入間基地に近い防音校舎の小中学校にエアコンを設置すべきかどうかを問う住民投票が行われた。即日開票の結果、賛成が5万6921票で反対の3万47票を上回ったが、投票率は31.54%にとどまり、市条例の「多数票が投票資格者の3分の1以上」の条件を満たさなかった。」

 ここの市長は、果たして夏の暑い日に、一日教室で授業を参観するような体験をしたのであろうか。
 そういうことを踏まえてエアコンを設置しなくていいという結論を出したのかどうか、それを聞きたいものである。

 私は横浜で37年間教室で生活をした。
 エアコンがなかった。(今は、全クラスに設置されていると聞く。)扇風機でがまんした。

 6月の後半頃から7月は、普通の服を着て、教室にいることができなかった。
 仕方なく、短パン、Tシャツで過ごした。
 

  それでも汗がだらだらと噴き出た。
 教室は、40℃近くまで気温が上がる。
 

  しかも子供たちの熱気がさらに教室をヒートアップする。
 
 我慢大会をしているようであった。
 

  まともな学習が行われる環境ではなかった。
 
 7月の父母参観にきた親たちはびっくりして、市長への手紙でエアコンの設置を願うことまで起きた。
 

  まともに親たちは教室にいれないのだから。
 
 

  所沢はさらに基地の街でもある。
 横浜よりも更に過酷な条件であると思われる。
 ★
 「子供を甘やかしてはいけない!」
 「そんな費用はもっと有益なことに使わなくてはならない」という意見なのであろう。
 
 

  自分の子供の時よりも暑さはさらに過酷になっていることを知らない。
 だから、こんな意見が出る。

 とにかく夏の暑い日に1日、ずっと教室にいてみればはっきりする。
 こんな条件下で学習は成立しないことがはっきりする。 甘やかすとかいう段階ではない。

  何を大事にするのか。
 何に一番資金を投入されなければいけないのか。
  ここに教育に対する考え方の違いがあると私は思っている。

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野口塾の開催~今年も横浜で開催される~

  今年も横浜で野口塾が開催される。
 主催しているのは、私が最後に勤務していた大池小学校の先生たちが中心である。
 
 野口先生も、相変わらずお元気である。
  私もいつものように1講座だけ持たせてもらっている。
 みなさん、どうぞおいでください。


「第139回 授業道場 野口塾 IN横浜 」

1 期 日 平成27年3月28日(土)   10:10~17:00

2 会 場 横浜市教育会館  横浜市西区紅葉ヶ丘53

      JR桜木町駅徒歩10分

            市営地下鉄桜木町駅徒歩10分

         京急線日ノ出町駅10分

横浜駅東口バス乗り場 B階段 7番から103系統のバスに乗車 「戸部一丁目」下車 徒歩1分

3 参加費 5,000円    学生2,500円

4 定 員 50名

5 日 程

   9:40 受付開始

  10:00~11:40 第一講座 「物語文指導のポイントはこれだ」

   10:10~10:25   地元教師による「海の命」の模擬授業

   10:25~10:30   野口先生による指導・講評   
  10:30~10:45  野口先生による「海の命」の模擬授業

           5分休憩

  10:50~11:50    野口先生による説明文の指導法についてのご講演

  11:40~12:40  昼食休憩・書籍販売

    12:40~12:50        PRタイム

 12:50~14:30 第二講座 「詩の指導のポイントはこれだ」

   13:00~13:15     地元教師による「谷川俊太郎の詩」の模擬授業

   13:15~13:20    野口先生による指導・講評

   13:20~13:35     野口先生による「谷川俊太郎の詩」の模擬授業

           5分休憩

    13:40~14:40    野口先生による詩の指導法についてのご講演

          10分休憩・書籍販売

 14:40~15:40  第三講座  野中信行先生の学級経営講座 

       10分休憩・書籍販売

  15:50~16:30 第四講座  野口先生の教養講座 
  16:30~ 17:00  交流会

   17:30~19:30 懇親会(希望者) 

6 申込方法

 「第139回 授業道場 野口塾 IN横浜 」のページのURLからお申し込みください。

 http://kokucheese.com/event/index/263627/

 

 

 

 

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つれづれなるままに~今年は乙女座が最高なのです~

  ●今年は、乙女座が最高の星巡りだそうだ。
 今までのひそかな願いがことごとく実現するらしい。
 
 

   私も乙女座。
 そう言えば、新年から良いことが舞い込んでくる。
 数えただけでも5つもある。
 

  私がさしあげた年賀状が2等賞に当たった親しい知人もいた。
 私の福が、他の人にも届いている。(笑)

●最近、「村上さんのところ」というコーナーにはまっている。
   http://www.welluneednt.com/entry/2015/02/11/113800

 村上春樹が、さまざまな人の質問に答えるコーナーである。
 

  質問は、テキトウなものが多いが、村上の答えはおもしろい。
 笑ってしまう。
 「さすがに村上春樹だ」と思わせてくれる。

 読者の次のような質問に、村上は答える。

「村上さんは最近どんなことに感情が高ぶりましたか? 
そして、自分の過去の選択に激しく後悔したことはありますか?」 

  ★ ★ ★
 最近感情が高ぶることがあったか? ありました。でも内容はここでは言えません。わりに秘密です。
過去の選択に後悔したことはあるか? 重要なことでは一度もないと思います。だいたいはずさずに生きてきました。
 人生において大事なことの多くは、継続の中から生まれてくるというのが、僕なりのソフトな哲学のようなものです。そこに長く一貫したものがあれば、そんなに大きく人生をはずすことはないだろうと思います。あなたも何か、あなたの人生にとっての長く一貫したものを見つけられるといいかもしれません。
  ★ ★ ★

●テレビのニュース(フジテレビ 津田大介さんのリポート)を見ていたら、今の女子高校生のスマホ使用時間は、平均7時間だという。9.7%は15時間の使用時間。びっくり。
 
 

  さすがに15時間は、もうほとんど中毒症状の病気であろう。
 「お腹すいたね」などのとりとめもないことをラインなどに流しているという。
 
 

  こんなことをやっているのは、日本の青少年が、世界で一番ではないかと予想できる。
 20年後、30年後に、この青少年たちはどうなっていくのか、その人体実験をやっている。
 
 

  アップルのジョブズが自分の子供には、絶対この種のものを持たせなかったらしいが、彼はその問題性を把握していたのであろうか。

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やんちゃな男の子たちが何人もいるクラスで授業をする!

  神奈川県大磯町の教育委員会からの要請で、K小学校を訪れる。
 

   4時間目に、3年生のT先生のクラスで授業をして、午後初任の先生たち(何とこの学校は初任の先生が4人も担任をしている)の授業を見て、その後、講演という忙しい日程。
 ★
 3年生のクラス。
 初任のT先生は、学級が大変で、今まで苦労して何とか凌いできたという経過。
 

   他の先生たちに助けられて、ここまで来られたという。

  そのクラスで授業をお願いしたいということ。
 

  やんちゃな男の子たちがいる。
 
 私はこんなクラスが大好きである。
 

  「いいね、いいね」という感じで教室へ向かう。
 
 授業は、谷川俊太郎さんの、「なくぞ」という詩にする。
 
  ★
 おもしろくて、楽しい授業になった。
 集中して、笑って、そして全員参加。
 
 「フォロー」をどんどん入れる。
 

  3年生の子供たちは「理想主義者」なのだ。
 どんどん顔つきがよくなる。

 おそらく担任のT先生が一番驚いたのかもしれない。
 「えっ~~~、この子供たち、こんなことができるだ」と。
 ★
 私は改めて、私たちが提案している「味噌汁・ご飯」授業の威力を感じる。
 「なくぞ」という詩の授業は、「ごちそう」授業ではない。
 

  ほんの15分程度で作った授業。
 何の準備もない,実にシンプルな授業。

 ただ、この授業には、私たちが提案している「味噌汁・ご飯」授業のエッセンスが込められている。
 ★
 放課後、講座である。
 近隣の地区の先生方、中学校の先生、幼稚園の先生など多数。
 

  学級経営講座(45分)、授業講座(45分)。
 私が考えていることを凝縮して提案する。

 熱心に聞いてもらえる。
 
 講座が終わって、5人の先生が質問に来られる。
 どの質問も、今悩んでおられる問題。

 

  神奈川県は、都市部で進んでいる若返りの職員人事で、若い先生たちが数多く学校へ赴任している。
 この大磯町も、その通り。

 課題は、この若い先生たちの技量をどのように向上させていくかにかかっている。

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「日常」を変えましょう!~日本サッカー協会の呼びかけ~

  朝日新聞の1/31号に「育成 大人から変わろう」という潮智史のコラムが載っていた。サッカーについてである。
 

   横浜市にあるサッカーの街クラブ、大豆戸(まめど)FCで小学生を指導するクラブの話。
 引きつけられた。
  ★ 
 指導者が子供たちの変化に気づいたのは5年前。

 練習に集まってきても、「始めるよ」と声をかけるまでは座り込んでいる。サッカーが楽しくて来ていないことに気づいた、と。

 観察していると、親に言われるままに複数のクラブを掛け持ちし、学校行事を休んで練習にやってくる。サッカーがまるで習い事になっている現状に気づいていく。

 これはだめだと分かって、コーチ同士で話し合い、クラブの在り方や指導を見直す。

 全員に出場機会を与える。
 1日がかりの週末の試合遠征を半日にする。
 

  宝探しやスキーなどサッカー以外の活動を増やす。
 引率をなくし、現地集合、現地解散を原則にする。

 原点は、子供自身がうまくなりたい、ボールをけるのが楽しい、と感じること。

 ★
 がらりと方針を変え、保護者などから反発もあったが、指導を変えず貫く。試行錯誤だったという。

 子供たちは、どのように変わったのか。 

  1年とたたないうちに、試合中に子供同士の話し合いが自然と生まれ、時にはコーチに反論する。
 練習前もほっておけば、いつまでもボールをけって遊ぶようになった。

 その変化に対戦相手の指導者はすぐに気づいた。
「以前は鍛えられたチームという印象だったが、表情が変わった。いつも子供がにぎやかにサッカーをしている」。

 指導者は、「このわいわいがやがや感」を大事にしている。
  ★
 昨夏のW杯1次リーグ敗退以降、サッカー協会は、選手育成を問い直す作業が続いている。
  協会は「日常を変えましょう」と呼びかけ始めた。

 そして、コラムの潮さんは、次のようにまとめている。

「難しく考えることはない。子どもを変えようとするのではなく、まずは大人が変わる。大豆戸FCはとっくに日常を変えてしまっている」
 ★
 どうしてこのコラムを引き出したかというと、私たちが「味噌汁・ご飯」授業として「日常授業」を変えましょうと提起した経過と、実によく似通っている事例だったからである。

 サッカー協会が「日常を変えましょう」と呼びかけているところまで似通っている。

 結局、この「日常」を変えなければ事は始まらない。

 ★
 今まで日本の「授業研究」は、「ごちそう」授業 の時代であった。
 これは何度も書いてきたことである。

 今でも、この「ごちそう」授業を作って、公開の研究授業や自校の研究授業をしている。

 「ごちそう」授業とは、多くの時間をかけて教材研究をし、分厚い指導案を作り、そしてさまざまな準備をする、そんな授業。
  要するに、日頃行っている授業とは違う授業である。

 なぜ行っているのか。
 それで何が変わっているのか。
 
 

  そんな問いかけはない。
 年中行事だからである。

 ★
 こんな現状から、北海道が変わりはじめている。
 3年間、北海道中をアドバイザーとして回ってみて、そう実感できる。

「日常授業」の改善をテーマにする学校が増えている。
 
 

 私が昨年11月に参観した北海道の北広島市立大曲小学校は、公開授業研修会で、明確にこの主張をしている。
  橫藤雅人校長の学校である。

 数人の先生の授業は、はっきりと「授業スタイル」が変わっている。
 「ごちそう」授業ではない。
 
 「毎日、こんな授業をしている」という授業。
  そこには、きちんとした工夫や主張が込められている。

 「ごちそう」授業を求めていく「ごちそう」授業スタイルから「日常授業」スタイルへ変えましょう、というのが私たちの主張である。
 
 

  「目の前の子供たち」の現実は、そのように私たちに問いかけている。
 

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授業はどんな視点で見たらいいか(2)

  他の先生の「授業」を見る。
 何を見るのだろうか。
 どこを見るのだろうか。
 
 

  ほとんどの人は、漫然と見る。
 テレビを見るようにである。
 
 

  見えることは、だいたい次のようなこと。
 
 

  「子供がよく手を挙げて発表しているね」(発表する子供が少ないな)
 

  「子供たちの発表する内容がすばらしい」(同じ内容の発表ばかりする)
 

  「子供たちがよく集中して授業に臨んでいるな」(子供が集中していないな)
 

  「先生の話し方がいいなあ」(先生はしゃべってばかりで、子供たちは聞いていないなあ)
 

  (   )は、否定的な評価。
 
 先生の「指導言」と、子供の活動の様子。
 ほとんどがそれを見る。
 
 ★
 
 保護者が、授業参観で見るのも、ほとんどがこれになる。
 そして、保護者の9割方が、その先生の授業が上手いか下手かを判別するのは、「挙手発言が多いか少ないか」であるらしい。

 「挙手発言型」授業を中心にしている先生方も、自分の授業を向上させるためには、挙手発言を数多くさせようと身構えているのかもしれない。

 初任者が授業を見るのも、この視点になる。
 
 初任者に「どんな授業をしたいのか?」と聞けば、ほとんどが「子供たちが主体的に、活発に活動する授業」というような感想になる。

 言葉はカッコイイが、要するに「多くの子供が手を挙げて発表する授業」「多くの子供が積極的に活動する授業」ということになる。

 これでいけないんですか?と……。

 ★
 授業の目的と手段を勘違いしている。

 授業の中心の目的は、手を多く挙げることでも、積極的に活動することでもない。 
  「えっ」と言われるが、そうである。

 授業の中心の目的は、きちんと学力を保障することである。
 そのために、どんな手立てを打てばいいか。
 それが手段になる。

 たとえば、今日の算数の授業で、約分を理解させるという本時目標があるならば、それを理解させ、きちんとできるようにさせることである。それが学力保障になる。

 その授業で、子供たちがいっぱい手を挙げることができた。どんどん積極的に計算練習をした。
 
 

  これは目的ではない。
 その結果、約分が理解できていなかったならば、その授業は「良くない授業」なのだ。
 
 

  私たちの授業観や「授業研究」は、この目的と手段を勘違いしてきた経緯がある。
  「見栄えの良さ」にひきずられて、間違った授業観をもってきたのだと考えている。
 

 
 ★
 さて、初任者が「授業を見ること」の視点をどうするかということになる。

 まず、大切なのは、「見栄えの良さ」に引きずられないで、授業本来の目的にかなった「授業観」を持たせる必要がある。
 

  そして、その「授業観」に従った視点をもって、授業を参観するということになる。

 その視点とは何か。
 とりあえず、今の時点で考えたことを記しておきたい。

 1,本時目標は何か。それをどこで、何をもって達成させようとしているか。
 2,45分(あるいは50分)の組み立てをどうしているか。
 3,授業のつかみをどうしているか。
 4,授業のまとめをどうしているか。
 5,「全員参加」の手立てをどうしているか。
 6,子供たちへの作業や活動をどうしているか。
 7,先生は、どこを見て授業をしているか。(教師の視線が全体に向けられているか)
 8,子供たちの集中力はどうか。
 9,教師の表情、話し方はどうか。
 10、その他(自分なりのテーマ)

 この1つ1つは、具体的にどうすることかを授業を見ながら指導していけばいい。
 人の「授業」を見ることは、自分の「授業」を改善していくことなのだという本来の趣旨に立ち戻ることである。

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