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2015年1月

「授業」はどういう視点で見たらいいのか(1)

  道教委での「初任者研修の抜本的改革に関する調査研究事業」の報告会へ出席した。
 この事業は、文科省の委託事業。
 

この報告会で、私も90分の講演をすることになっていた。授業に関することである。
 
 

  道教委の学校力向上事業で、3年間アドバイザーを勤めてきた。
 北海道中の学校を訪問し、先生たちの授業を参観し、私もまた授業をさせてもらうという機会をもらった。
 
 

  授業を参観した先生方は延べ500人ぐらいであろうか。
 北海道の先生方の授業の現状がよく分かったという気になっている。

 ★
 報告会では、委託事業に参加した初任者12人と初任者指導の先生、そしてその学校の管理職も参加されていた。
 
 初任者の先生たちの報告を聞いていて、話題の1つは「授業を見ること」。
 

  聞きながら、ふとどんな視点から授業を見たのだろうかということがとても気になった。

 ★
 他の先生方の授業を見るというのは、どこででも行われている。
 公開授業研も、研究授業もまたそうなる。

 「授業を見る」のは、一般の先生方だけではなく、管理職でも、指導主事でも、そうである。

 ここでも気づくことがある。
 一般の先生方が「授業を見ること」と管理職や指導主事の「授業を見ること」とは、「見ること」の視点が違っているのだということ。

 一般の先生方の「授業の見方」は、原則的には自分の授業を良くするためである。
 人の授業を見て、自分の中に取り入れていくものを得たいためである。
 
 

  ところが、管理職や指導主事は、そうではない。
 原則的には、その先生の授業の良い点、問題点などを探し、指導するためになされる。

 大きく違う。

 ★
 私も3年間500人近くの授業を見たと書いた。
  私は、どうしたのだろうか。

 それは、一般の先生たちとは違う、指導主事の先生たちと同じような視点であった。

 私が訪問する学校でお願いしたことは、いくつかのこと。 
 

  朝1時間目から全員の先生方の授業を見せてほしいこと。
 
初任の先生たちの授業は、1時間通して見せてほしいこと。
 

  できれば、私も1時間か2時間授業をさせてほしいこと。
 なぜ、私がこの授業をするのかについては、放課後の研究会で説明したいこと、であった。

 ★
 全員の先生方の授業を見れば、その学校の全体像がつかめる。
  それでも1人の先生の授業を5分ぐらいしか見ないのである。
 

  私は、その5分で各先生方の授業を見てしまいたいという必死さで、見る視点をきちんと設定している。

 どんな視点ですかと聞かれるが、企業秘密ですと答えている。(笑)
 
 全員の先生方の授業を見るということに私はこだわるのだが、それには大きな理由がある。

 学校によっては分厚い学校経営計画や、分厚い研究計画などが揃えてある。
 その学校で取り組んでいきたい「建前」である。
 

  だが、その学校の「リアルさ」は、そこにはない。

 その学校の「リアルさ」は、その建前をどのように「具体」に落とし込んでいるかにある。

 その「具体」は、全員の先生方の授業に表れる。(研究授業ではなく、「日常授業」に表れる。)

 ここはごまかしのきかない領域なのだ。

  ★
 さて、初任者が他の先生方の「授業を見る」というのは、どういうことか。
  このことについて、今まで本気で考えたことがなかったなあという思いにとらわれた。
 
 

  初任者が他の先生の授業を見る。
  だいたい、漫然と見る。
 
 

  当然である。
 「見る視点」がないのであるから。
 
 

  だから、適当に見る。

 それでも、次のような視点ぐらいはあるのだろうか。

 ・よく手を挙げて発言する子供がいる。
 ・よく主体的に動く子供が多い。
 ・板書はどうだろう?
 ・先生の発問はどうだろう?
 ………

 もう一度繰り返したいが、初任者が他の先生の授業を見るのは、自分の授業を良くなるためのものである。

 もちろん、参考になる授業ばかりはない。
 それでも、「反面教師」という立場もあるではないか。

 初任者が他の先生の授業を見るのは、自分の授業に生かすためである。
 そんな当たり前のことが、現実にはまったく具体化されていないのではないかと思ってしまう。
 
 

  さて、初任者は、どういう視点で「授業」を見たらいいのか、帰りの飛行機の中で考えたことを次回では書きたい。 
                      (続く) 

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ひさしぶりの明日の教室。

  久しぶりに東京明日の教室での講座を持った。
 50人ほどの方が参加された。
 
 

  北海道の帯広から、仙台から、長野から、上越から…と遠くから親しい知り合いの先生などが見えられていて感謝、感謝。ありがとうございます。

 「日常授業の改善」というテーマで、3時間ほど話す。

 ここでも先生たちの「授業技量が上達しない」、その原因を話した。

 初任者の先生たちの8割が、最初は誤解することである。 
 毎日くりかえし授業を続けていけば、そのうちに授業が上手になるということ。

 これは幻想であることを強調する。
 
 そうなるならば、中堅やベテランの先生たちは、皆さん授業上手になっているはずである。 
  そうならない。

 教師以外の職業では、こんなことは考えられない。
 年数を重ねると、仕事はうまくなっていくからである。

 ★
 どうして教師の授業だけが、年数を重ねても「授業上手」にならないのか。

 野口芳宏先生は、意図的に授業をうまくなすための試みをしなければいつまで経ってもうまくならないと言われた。
 これはよく分かる。

 だが、意図的にどのようなことを、どのようにこなしていけば授業技量が向上していくのかが分からないのである。

 昔、齋藤喜博先生や向山洋一先生が「100回」の研究授業を薦められた。
 でも、普通の教師にとって、このような回数の研究授業をこなすことはできない。まず、不可能。

 私はそんなことより自分の授業を「客観視する」機会を数多くとることの必要性を訴える。

 「一人研究授業」とネーミングしている。

  ★
 私たち「味噌汁・ご飯」授業研究会は、子育てをしているママさん先生や初任者の先生たち、あるいは普通に教師の仕事をしていきたいと思っている人たちに対して、日頃の授業を豊かに充実させる方法を考えたいと願っている。

 今まで示されてきた、さまざまな授業論や方法論は、寝食をつぶさなくては身につかないもの。

 「修業」を積み重ねなければ身につかないもの。

 身銭をはたいて民間の研修会を渡り歩かなければ、身につかないもの。

 そういうイメージが強すぎたのだと思う。

 そうではなくて、子育てをしながらでも、ちゃんと勤務時間の中で、「授業技量をあげたい」と願えば実現できる「上達論」がぜひとも必要だと、私はつくづく思うようになった。

 今までこのような発想がなかった、といっていい。

 ★
 講座は、5時前に終わった。
 講座に参加されていた方の中に、保護者の方が2名おられた。
 私に相談にこられた。
 

  驚くべき相談であった。
 事態は大変なことになっている。

 ★
 明日、また北海道へ行く。
 初任者研修の会議があり、そこで授業の話をすることになっている。
 

  天候はまずまず安定しているみたいで、安心しているのだが…。

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『THE 教師力アップ』(明治図書)が出版された!

 「THE 教師力アップ」(明治図書)が出版された。

Kyosiryoku

人気教師16人が教師としての力を高めるポイントを直伝!

教育界で活躍する16人の人気教師が、「教師としての力量」を高めるポイントを直伝!【執筆者】堀 裕嗣/青山新吾/赤坂真二/池田 修/糸井 登/石川 晋/大谷和明/金山健一/佐藤幸司/多賀一郎/寺崎賢一/中村健一/西川 純/野中信行/堀川真理/山田洋一

 私も書かせてもらっている。
 どうぞ読んでみて下さい。

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再出発(2)~勘違いがあるのではないか?~

   再出発の2回目。

 私の「学級づくり3原則」について書いた。
 ここで本の読み方について書いておきたい。

 当たり前のことだが、本はあくまでも参考として読むもの。
 盲信してはだめだ。
 

  時々おられる。
「野中先生の本を読んでやってみたのですが、うまくいきません。私のやり方がまずいのでしょうか?」
 
 

  本はあくまでも参考とするもの。
 大切なのは、「目の前の子供たち」なのである。

 なぜそれを実践するのか。
 まず、鵜呑みにしないで、自分がこれからやろうとすることを「なぜか?」と問いかけてほしい。
 そして、実践してほしい。

 知っているだけではだめだ。
 実践(行動化)することでさまざまなことが明らかになってくる。

 実践してみて、あわないことが出てくる。
 自分の指導がだめだから、うまくいかないと思わないこと。
 

  目の前の子供たちに合っていないことが多い。
 ここでも「なせだろう?」と考えること。

 こんな基本的なことをあえて書いているのは、わけがある。
 
 今まで学校現場で通用していたことが、だめになっている恐れがある。
 

  今まで参考にしてきた本、参考にしてきた実践など通用しなくなっている恐れがある。
  地殻変動が起こっているのではないか。
 
 

  だから、「ひき算発想」で削っていき、最低限に必要なものだけに絞りこむ。
 「学級づくり3原則」は、そういう発想で提起したものである。
 

  そして、これを基本にしながら目の前の子供たちに対して「押したり」「引いたり」しながら試していく。
 今、実践するというイメージはそんなことになる。

 ★
 自己流で勘違いをしていることがかなりあることが分かる。

 私は、「学級づくり3原則」を提起したとき、前提にしたのは、次のようなことであった。

 ①まず、「学級づくり」を土台に据えなくてはならない。「授業づくり」よりも優先しなくてはならない。

 もちろん、授業も同時進行なのであるが、優先するのは「学級づくり」。

 ②「関係づくり」が大原則。
  これは、縦糸・横糸張りをすることになる。
  
  

    中堅やベテラン教師は、この縦糸の張りすぎでだめになっている。
  初任者や若い教師は、縦糸をうまく張れなくてだめになっている。
   

     縦糸と横糸をどのようにバランス良く張っていくかが勝負になる。

  ③「仕組みづくり」とは、教室の組織づくりになる。
  1ヶ月が勝負。
  

    スムーズに教室が動いていくための方策。
  私には、すでに「3・7・30の法則」の提起がある。

 ④「集団づくり」は、子供たちが自分たちで教室を動かしていく方策である。
    そのための手立てを考えなければいけない。
  

    まず、クラスのルールづくりが必要。
  クラスがきちんと動いていくためのルールである。
  

   そのために、「目標達成法」「個人目標達成法」を提起している。
 
 要するに、担任がリーダーシップを発揮して、子供たちを引っ張ることができ、教室の仕組みやルールがきちんとできていれば、まずは順当にクラスは回っていくことになる。
 

  もちろん、個々の子供は、さまざまないざこざを起こす。子供集団でいざこざが起こらないはずはない。
 しかし、基盤がしっかりしていれば乗り切っていけるものである。

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ここから再出発しよう(1)

   30代の地方都市の先生の相談の件に関して、さまざまな先生からコメントをいただいた。実にありがたいことである。ありがとうございます。

 今回のことで、しみじみと思ったことがある。
 「これは大変なことになるな」という感慨である。

 そこで繰り返しになるが、どうすべきかということについて繰り返しになる部分はあるが、ぜひとも書いておかなくてはならないと思い至った。

 私のブログを見て下さっている読者の方には、やはり大変な状況を抱え込んでいる方がいる。
 そのためにも、一つの方向を示しておきたい。

 ★
 今回の30代の先生は、今まで学級崩壊を立て直してきた実力派の先生である。
 その先生が、今回は学級崩壊の憂き目にあわれている。

 学級崩壊を立て直してきたことが、自信になられたことであろう。
 しかし、私から言わせれば、学級崩壊を立て直していくことはそんなに難しいことではない。
 
 

  もちろん、ある一定の力量は必要だが、そんなに難しくない。
 今まで受け持っていた担任の先生と違う対応をすればいいからである。それでだいたい子供たちはついてくる。
 
 

  なぜなら、崩壊になった原因は、その担任の先生との「関係づくり」の壊れだからである。
 
 だから、その先生と違う「関係づくり」をすれば、子供たちはついてくる。今までの崩壊でさんざん嫌な思いをしているのであるから。

 しかし、30代の先生にほんとうにきちんとした力量がついていたかというとそれは疑わしい。

 自己流である。

 といっても、たとえば「学級づくり」の方法で定式化された方法があるわけがないから自己流にならざるをえないのだが……。

 ★
 自己流ではもうだめだ。
 
 「学級づくり」も「授業づくり」も、原理原則に則った対応ができなければうまくいかなくなっている。

 じゃあどうしたらいいのかということになる。

 それをここできちんと書いておきたい。
  まず、「げんちゃん先生」のコメントを読んでほしい。

 ★ ★ ★
野中先生、こんにちは。
今回の記事を拝読していて、「学級づくりの大切さ」ということが、もはや都市部に限らず、地方も含めた全国的な問題になってきているということを痛感しています。また、「学級崩壊」、「学級崩壊予備軍」という状況が、新卒、若手教師だけが苦しむ問題ではなく、中堅、ベテランの先生方も含めた、どの教室でも起こりうる問題として認識しなければならないのだ、ということをも痛感しております。

私も、新採から数年間は学級を掌握できず、しかもどこにどんな原因があるからこうなっているのか、分からない日々が続きました。しかし、4年目になった頃、野中先生の「学級づくり3原則」に出会い、「あぁ、こういう視点が自分には欠けていたんだ」ということに気づきました。縦糸・横糸張りを意識した「関係づくり」、学級の1日を動かす「仕組みづくり」、そして子どもと教師、子ども同士の「集団づくり」です。この原則を意識した学級づくりに励んだ結果、しっとりと落ち着いた、そして子ども同士が日々笑い合い、支え合う学級が生まれたと思います。この学級づくりの基盤の上に立ち、日々の授業づくりや各種行事にも力を尽くすことができました。最後は、保護者も子どもも、そして私も涙の卒業式を迎えることができました。

関東のなな先生の最後の一文、「今回の事は自分の学級経営を見直す機会となり、経験は無駄ではなかったと思います」という言葉は、これからのなな先生、そして同じように自らの学級経営を振り返っておられる先生方が、必ず難しい状況から立ち直り、素晴らしい学級づくりをされる力を持っているからこそ、出てくる言葉です。野中先生のおっしゃる通り、「努力がどうこう」という問題ではなく「やり方」の問題です。「やり方」がぶれなければ、悩まれている先生方のほとんどが、学級を立て直せるとも思います。

私も、最初の3年間があったから今があると思っていますし、今も現状に満足せず(したら終わりだと思います)、心の中に「油断したら崩れる」という危機感を持って子ども達と向き合っています。
今後ますます「学級づくり」の重要性は高まります。間違いなくそうなります。自分自身、謙虚に学び、発信していく立場として修行を続けていきます。

みなさん、どうか無理はなさらずに、できることを確実に積み重ねてがんばってください。野中先生の言う通り、「新しい風」は必ず吹きます。

投稿: げんちゃん | 2015年1月18日 (日) 17時47分
  ★ ★ ★

 私も個人的に「げんちゃん先生」と知り合いである。
 新卒から数年間は、確かに「学級づくり」で苦しんでいる。
 

  「学級づくり」の原理原則を知らなかったからである。
 
 私が提起した「学級づくり3原則」に出会って、自分なりに立て直している。

 私の「学級づくり3原則」は、初任者指導で初任者の実践を経てきちんと作り上げているものである。

 この3原則は、私が持っていた「学級づくり」の方法を削って削って最低限に絞り込んだ原則になる。

 なぜ絞り込んだか。
 多くの原理原則は、初任者には伝わらない。実践できないからである。(この3原則も実践しようとしたら大変であるが)
 
 

  この3原則は、「関係づくり」、「仕組みづくり」、「集団づくり」である。
 中心は、「関係づくり」。
 これが大原則。
 
 この「関係づくり」が、多くの教師たちが躓いているものである。

 だから、まず『新卒教師時代を生き抜く学級づくり3原則』(明治図書)を手にとってほしい。

 自分の方法と比べてほしい。

 ここから再出発である。

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ブログへの波紋~努力なんかしないことです。「新しい風」が吹くのを待つのです~

    ヨッシーさん、再びコメントありがとうございます。
 地方教師の方へのメッセージになる。

  うれしいことである。
 コメントは次の内容である。

  ★ ★ ★
野中先生、お久しぶりです。以前相談させていただきました、ヨッシーです。

今までどうにかこうにか凌いでいます。

今回の書き込みを読み、書き込まれた先生にどうしてもメッセージを送りたくて書き込ませていただきます。

まず、書き込まれた先生と自分の状況が本当によく似ていてとても共感できます。

自分も1校目では、そこそこうまくいき自信もありました。

しかし、異動した今年度すべて崩れました。

そして、今年度矛盾するかもしれませんが2つの考えをもちました。

1つ目は、異動してそのような難しいポジションを任されるということは、「その学校では、誰も出来ないところを任されているんだ」ということです。
他の先生が何か言ってきたら、「それなら、自分がなぜそのポジションをやらなかったんだ」と思うようにしていました。言うは易し、やるは難しです。きっと、その学校ではその先生しかできないんだと思います。きっと、その先生が担当しているからまだその状況で済んでいるんだと思います。情けないかもしれませんが、自分はそのように周りからの批判や非難はかわしてきました。また、自ら声をかけ野郎会などを開き少しでも自分にとって良い環境になるよう努めました。

2つ目は、自分の力量の無さを痛感しました。これから自分も教師として生きていくうえで、どのように力量をつけるか真剣に考えました。このまま何もせずに、1年過ごせてもきっとまた同じことを繰り返すだろう。そして、もうこのような思いをしたくないと強く思いました。そこで、自分が出した結論は、近くの教育サークルに入って勉強することです。30代に入り何か新しいことに挑戦する事には、ためらいもありましたが、何もしなければ何も変わらないと思い行動にうつしました。


また、今年度、新しい目標ができました。それは、これから先、学校で一番難しいという学年を担えたり、崩壊したクラスを立て直せたりする力量をつけたいということです。今すぐには難しいかもしれませんが、これから10年修行を積んでそのような教師になりたいです。

今回、書き込まれた先生。自分も本当につらいときにこのブログに書き込み、たくさん励まされました。きっと、同じような思いをされている先生は、全国にごまんといると思います。そのようなつらいポジションを任されるということは、力量がある証拠だと思います。だから、どうぞ自信を無くさないでください。また、自分の学校にも低学年ばかりやっている先生がいます。今まで、わがままばかりで楽なポジションばかり毎年やっている先生もたくさんいました。そのような先生は、きっと教師の力量なんてことは、考えもしないでしょう。だから、教師の力量について真剣に考えられている先生はとても向上心があると感心します。

先生のことを勝手に共に闘っている同士だと思い、心より応援しています。
★ ★ ★

また、ブログには次のようなコメントもついた。

 ★ ★ ★
 はじめまして。ブログ一気に読ませて頂きました。本も注文しました。疲れ果てた私ですが、出来ることはあるのでしょうか。凌いでいきたいという気持ちはあります。
 ★ ★ ★

 事情が分かりませんが、クラスが荒れているのでしょう。

 疲れ果てておられますね。
 でも、あと2ヶ月程度凌げばいいのですよ。
 大変ですけど、その日その日を送っていけばいいです。

 もう何かをしようと考える必要はありません。
 どんなにため口を言い、どんなにうるさくしゃべっていても、子供たちにとって、そこに担任がいてくれるだけで安心するのですから。

 できれば、一斉の授業ではなくて、教科書の問題やプリントでの個別学習方式にした方がいいのではないですか。
 教室中に子供たちを散らばらせて、自習方式にするのです。困ったところは先生が教えるようにします。

 このようにして凌いでいけばいいのですよ。

 子供たちを何とかしたいと一生懸命に教材研究したりなどの努力はしないことです。
 

 問題はそんなところではありません。
 多分、先生の「やり方」がまずかっただけですから。
 

 努力すればするほど、疲弊してしまいます。

 努力なんかしないことです。

 人生にはうまくいかないことが何度もあり、ほんとに追い詰められることも何回もあります。
 
 凌ぐのです。そうしておけば、また「新しい風」が吹いてくるのです。必ず、必ずですよ。

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業務連絡~メールが消えてしまいました~

   突然今までのメール受信が全て消えてしまうというハプニングが起きた。(kazenifukarete の方のメールである)
 新しい受信は開始している。
  さまざまに連絡をして対応しているが、メールソフトの不具合で起こったらしい。もとに戻るのはむずかしい。
 あとはマイクロソフトにバックアップを頼むという手が残っているらしいが、それもどうなることやら。
 こんなこともあるのである。
 だから、今までの方にメールを差し上げることができなくなった。
 このブログを見て頂いている方はよろしくお願いします。

 メールは2つあり、もう一つのメール(biglobeの方)は大丈夫である。

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質問に答えます~今までの方法が通じなくなっている~

   ブログに、以下の内容の相談が寄せられた。
 現在病休ということで、休んでおられる。
 

  大変無念な思いで休んでおられるのではないかと思われる。
 私の経験から率直に思っていることを書かせてもらいたい。
 ★ ★ ★
野中先生
初めまして。いつもブログを読ませていただいております。ある地方都市で小学校の教員をやっている30代の男です。

ここに書こうかどうしようか悩んだのですが、最近気持ちの整理がついたので、ご意見をお伺いしたいと思いコメントしました。

ブログを読み始めたのは、今年度私の担任する学級が崩壊してしまったからでした。
昨年度、異動してきて持った学年では年度末になって保護者を巻き込んだいじめ騒動があり、心身ともに疲れ果ててしまいました。それまでの私は、学級崩壊した高学年に飛び込み、厳しい指導で何度か立て直す経験をしてきていましたが、新しい学校ではそれが通じなかったと反省をしました。

今年度は学年が変わったですが、昨年度の反省を生かし、自分の教師としてのスタンスを変えて、子どもに寄り添う方向で臨んでみました。しかし、それもうまくいかず、また自分の指導の方針が他の先輩の先生方から痛烈に批判され、10月の末頃にめまいと頭痛で通勤することができなくなってしまいました。結果、現在病休に入り家庭で過ごしています。

今、とても無念な思いでいっぱいなのですが、落ち着いた今考えることは「教師としての力量」とはなんなのだろうということです。今までうまくやっていた自分と上手くできなかった自分との違いはなんなのだろうと。力量がなく、今まではたまたまうまくいっていただけなのだろうかと。
そして、その力量というものはどのように身に着けていくのでしょうか。

脈絡のない文章で申し訳ありませんが、お考えをお聞かせいただきたいと思います。

★ ★ ★

1 状況確認
 

  まず、状況確認をします。

①異動してきた学校で、昨年度受け持った学年で、いじめ騒動があり、心身ともに疲れ果てるような出来事があった。

②今年度は学年が変わり、別の学年で担任をしたが、そのクラスが学級崩壊になった。
  昨年度の反省を生かして、今までのスタンスを変えて、子供に寄り添う方向で臨んでいったが、うまくいかなかった。
  また、自分の指導方針が他の先輩先生たちから痛烈に批判された。
 10月の末に、めまいと頭痛に襲われて通勤できなくなった。
  それで現在病休中である。

③以前の学校では、学級崩壊した高学年を受け持って、厳しい指導で何度か立て直す経験をしてきている。新しい学校では、それが通じなかったことになる。

2客観的な事態
 

どのように考えたらいいか、ということになります。

①はっきり言えるのは、先生の力量云々の問題ではないことです。おそらく、どんなに力量がある先生が、先生と同じような状況でクラスを受け持っても、起こったことは大差がなかっただろうと予想されます。

②今、都市圏を中心に起こっている状況は、学校の機能不全の状況です。そして、それが地方にも波及しています。
 具体的に、それは学級崩壊という現象として起こっているわけです。しかも、今まで十分な力量を持った先生たちのクラスでもおかしくなっているのです。

③その原因は、さまざまにあるのですが、学級崩壊の直接的な原因は、一部の「生徒」できない・しない子供にあるのです。(「生徒」するというのは、「学び」の姿勢をとれるかどうかという意味です。)

④だから、今までの教師が持っていた「力量」というのが、今起こっている事態に対応できないという時代がきています。
 先生が今回抱え込まれた事態は、こういう経過で起こっているのです。先生だけではありません。今数多くの中堅、ベテラン教師のクラスが厳しくなっているのですから。

3具体的に、どこが問題になったのか? 
 
 どこが問題になったのかということです。

①異動するときは、とても警戒しなければいけないことです。それは、まず第1に、その学校の子供の様子が分かっていません。
 とくに、30代の男の先生ならば、その学校で一番厳しい学年を担任させられる覚悟が必要です。その学校の他の先生たちが担任したがらない学年の担任が回されてきます。

②第2に、今までの経験が邪魔します。
 えてして、荒れた学年の場合は、最初から厳しく子供たちに対応してしまいます。(私は「縦糸の張りすぎ」という表現を使います。)「こんなだらしない子供たちを何とかしないといけない!」という気持ちになるのです。
 その結果、一部の子供たちに反発をされ、クラス全体がうまくいかなくなります。
  先生の場合、以前の学校で学級崩壊を立て直した経験がありますので、自信をもって臨んでいかれたのだと思われます。それがうまくいかなったということですね。
  今荒れた学年を受け持った場合、絶対に「厳しく」指導してはいけません。これは鉄則です。
 これができない先生たちが、ほとんど崩壊に合っています。今まで力量があると言われてきた先生たちです。
 「縦糸・横糸」の織物モデルを提唱した橫藤雅人先生は、今そのような荒れた学年を受け持つとき、最初、縦糸:横糸の比率は、2:8ぐらいだと言っています。それぐらいに慎重にいかなくてはいけないのです。

③第3に、自分に自信がある分、周りの先生たちから浮いてしまいます。ついつい学校や子供たちへの批判が多くなり、ますます浮いてしまいます。いざとなったとき、協力してもらえなくなります。

4 これからどう考えればいいか

 「教師としての力量」とはなんだろうかと問いかけられています。
 今まで自分なりに力量を高めてきたという自負があり、それがうまくいかなかった。では、今まで培ってきた力量というのは何だったのか。
 そのように問われているのだと思います。
  私は、それについて次のように考えています。

①先述したように、今まで持っていた力量が通じなくなっています。そのように考えていかなければ、今の事態を切り抜けていけないのです。
 じゃあ、どうすればいいのかということになります。

②私は、「学級づくり」(とくに、子供たちとの「関係づくり)の再構築、「授業づくり」の再構築を図ろうと主張しています。
 そして、替わりうるものとして「学級づくり3原則」「授業づくり3原則」を提唱しています。
「学級づくり」の原理原則に立ち返って最低限必要なものだけ。
「授業づくり」の原理原則に立ち返って最低限必要なものだけ。
 そのように3原則を提唱しました。
 あとは目の前の子供たちに合わせて、自分で考えなければいけないのです。

③今までのあれもこれも付け加えていく「たし算発想」で積み上げられてきたものは、もはや成り立たなくなっているのです。
 思い切って削り取っていかなくてはならない。「ひき算発想」で、ほんとうに必要なものだけに削り取っていかなくてはならないと考えています。

④じゃあ、具体的にどうしたらいいかということです。
 それは「目の前の子供たち」が決め手です。
 目の前の子供たちの様子を見ながら、出たり、引いたりしながら「関係づくり」をするのです。
 自分が今まで培ってきた方法を確かめながら、試行錯誤を繰り返す以外にないわけです。
 もちろん、「学級づくり」の原則的なことは同時進行でやらなければいけない。「授業づくり」も同じです。
 大事なことは、今までの自分の方法を絶対化しないこと。
 そうなります。

5 これからのこと

①質問された先生は、30代のばりばりの男性教師であり、まだまだこれからの教師生活があります。
 自分を責めるような状況ではまったくありません。
 事態は、教師個々の問題ではまったくありませんから。
 教師個々では、もはやこの事態は立ち向かえません。
 教師たちみんなに襲っている現象として理解してほしいのです。
 こんな状況にあった教師を、私は何人も知っています。 しかも、すぐれた力量を持った教師たちでした。
 でも、今では復帰して元気にがんばっておられます。

②無念な思いはとても理解できます。
 でも、もう一度出直してほしいと願っています。

 質問されていることの答えになったのかどうか分かりません。
 率直に思ったままに書かせてもらいました。
 
 ★
 フランスの哲学者アランは、悩み、精神的に参っている人に次のように言いました。

 「遠くを見よ」

  ゆっくり流れていく雲や遠くの山並み。暮れゆく海の姿。 
 休まれているのです。
  貴重な時間。
 しばしいろんな思いから離れてみたらどうでしょう。

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山本先生も仕事術の本を出されている

 親しい知り合いである山本正実先生から次のようなコメントがついた。

 そう言えば、山本先生は以下に示しておられる本を出版されていたのである。

 ぜひとも、仕事術を身に付けるものとして参考にしてほしい。

 ★   

昨年、「仕事術」の本を出させていただきました。
効率よく仕事を進めることの大切さ、痛感しています。

「手帳術」ということで焦点化されたこの書籍、ぜひ読むことにします。
ご紹介ありがとうございました。

拙著もよろしくお願いいたします。

『ゆとりを生み出す 学級担任の「多忙感」解消術 (教育技術MOOK)』(小学館)
http://www.amazon.co.jp/dp/4091067824/

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「手帳術」の本が出版される~仕事術の中心は手帳術~

   Tetyoujyutu

「THE 手帳術」(明治図書)が出版された。

 私も書かせてもらっている。

 ★

 難病で奥さんを亡くした知人がいる。
 2人の小さい子供がいる。
 

 朝、朝食を作り、2人に食べさせ、保育園へ送り、そして学校へ向かう。
 もちろん、帰りも勤務時間が終わったら、すぐに保育園に迎えに行き、買い物をし、夕食を作り、そしてお風呂へ入れ、寝かせる。
 

 先日、その知人が私に告げた。
 「野中先生の仕事術を知らなかったら、とてもやっていけないですよ」と。

 ★
 私の教師生活37年の主要なテーマは、学級組織論であった。
 それに、もう1つ大きなテーマがあった。
 

 仕事をいかに早く済ませていくかの「仕事術」。
  これを追求してきたことになる。
 
 初任の頃から、できるだけ学校から早く帰ることをモットーにしてきた。
 「自分の時間」を作り出すことが大きな目標だったから。
 

 退職して、ズバリこのことはうまくいったなと思っている。
 


 ★
 今若い先生たちが増えて、遅くまで残っている先生たちがいる。9時、10時まで残っていることが普通になっている。
 
 

 初任の頃から3年目頃までは分かる気がする。
 仕事の仕方がまだ分かっていないからである。
 

 それでも、7時頃までがせいぜいである。
 若い先生には、そのように言ってきた。
 「仕事はそこそこに終わらせて、自分の時間を作るんだよ」と。

 若い頃は、時間が無尽蔵にあると錯覚する。
  「時間」が、人生であることを忘れる。

 毎日の時間を、「仕事」だけで終わらせていく時間に早くけりをつけなくてはならない。
 きちんと仕事から距離を置く時間がなければいけない。
 

 そうしなければ、自分の「生きる時間」が痩せ細る。
 若い頃はそれでも何とかやっていけるが、40歳過ぎにぼろぼろになる。
 
 ★
 私の仕事術の中心は、「手帳術」であった。
 
 この手帳術は、今の仕事の程度によって大きく変わる。
 

 普通の担任で過ごしている先生と、教務主任では違う。 もちろん、管理職になったらもっと違って来るであろう。

 この手帳術の野口先生や堀先生レベルは、また大きく違ってくる。

 私の手帳術は、普通の担任をやっている先生の手帳術。 その肝になるのは、「1日のスケジュール」になる。
 これがうまくないと仕事術にならない。

 遅くまで残っている先生は、ほとんどがこれができていない。
 手帳はもっているが、単に日程を書いているだけ。
 

 目の前の蠅を追って、「その日暮らし」をしているだけになる。 
 

 ぜひとも、若い先生方に手帳術を身に付けてほしいと願っている。
 


 

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あけましておめでとうございます~早速、明日の教室の講演のお知らせです~

  ●あけましておめでとうございます。
 今年もどうぞよろしくお願いします。

 正月もあわただしく過ぎ去って、もう7日。
 こちらでは学校が始まっている。

 私も「仕事始め」。
 朝7時前には起きて、ゴミ出しをする。
 そして、朝食。
 

  「まっさん」を見ながら、「朝の体操」。
 この体操に40分ぐらいかける。
 

  そして、午前中いっぱいに抱えている仕事にかかる。
 そんな感じで、私の「日常」が始まる。

●1月最初の講演は、東京明日の教室になる。
 「味噌汁・ご飯」授業のことである。
 

  とりあえずのまとめを伝えようと考えている。
 

 私の中ではっきりしてきたのは、「もう『ごちそう授業』ではやっていけないな!」という感慨。
 

  別に「ごちそう」授業そのものを否定しているわけではない。 
 

  だが、これらを目ざそうとする「授業研究」は、学校現場で多くの先生たちがぶつかっているハードルとかなりの距離感がある。
  最近つとにそのように思うようになった。
 

  うれしいことに学校全体で「日常授業」にターゲットを絞った実践がいくつか生み出されていることである。
 新しい風が吹き始めている。
 

  ここらあたりをまとめて伝えられたらいいなと思っている。

1、 日時 1月24日(土)13:30~17:00

2, 場所 東京 教育同人社2階多目的スペース 

3, テーマ「『日常授業』の改善をどうしていくか」~「味噌汁・ご飯」授業で日常

      を豊かにする~

4、 申し込み  以下のところでお願いします。
 
        http://kokucheese.com/s/event/index/250067/

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