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2014年12月

今年もこうして暮れていく~どうぞ良いお年を~

   今年最後のブログになる。
 皆さん、今年も読んでいただき、ありがとうございます。
 
 

  退職後、半年を過ぎて再び開始したこのブログも、今日(29日)見ると、「1927310」という数字。
 

  7年を過ぎようとしている。
 もうすこしで200万の大台である。
 
 

  これだけ多くの方に読んでいただけたということになる。
 ありがとうございます。
 

 ★
  先日25日に放送されたNHKの『あさイチ』のプレミアムトークにゲストとして美輪明宏さんが登場されていた。
 視聴者からの相談に答えられていた回答がとても印象的であった。
 

  「良いこと言うなあ」という印象。

 たまたまフェイスブックで、それが紹介されていた。  
 それを紹介して、今年は終わろう。


 相談内容は、次のこと。

 「人生うまくいかないなと思ったとき、どう切り替えればいいですか、悪いこと
  しか思い浮かんでこなくなります」

 という30代の方からの相談。

 美輪さんは、以下のように答える。

 ★ ★ ★
 人間にはバイオリズムがある。この世は正と負、光と闇、吉と凶、相反する2つのもので構成されている。闇がなければ光もない。全てのものの良し悪しは、2つが重なってはじめて成り立っている。ただ、みんな、幸せとか、明るいとか、片方だけを望んでしまう。
 ★ ★ ★

 このように前提をおいて、だからと続ける。

 ★ ★ ★
 だから人間はとても調子の良いときがあるけど、「最高潮に良い物」を手に入れないほうがいい。
 功績があり、最高に素晴らしい賞をもらう。例えば、ハリウッドスターならアカデミー賞とか、アカデミー賞をいくつももらうと、ろくな死に方をしないと向こうでは言われている。日本でもいくつも賞をもらったり、あまりにもすごいものをもらうと、病気や怪我を負ったり、亡くなったりする。身分不相応な大邸宅を建てるような人にも、同じことが起こる。

 だから昔の人は「負の先払い」と言って、棟上げ式(日本で建物の新築の際に行われる祭祀)の時に、紅白の餅をまいたり、近所の人に酒を振る舞ったり、五十銭玉、五円玉をまいたりして、負の先払いをした。

 正と負のバランスなんですよ。
 ★ ★ ★

 そして、相談者にこう答えている。

 ★ ★ ★
 だから、悪い時期。どの扉を叩いても開かないような悪い時期は、外へ向かおうとしてもドアが開かない。では、どうすればいいか?「内に向かえ」そういう指令なのです。 内へ向かうというのは、「棚卸しの時期だぞ、バーゲンセールの時期ではないぞ」ということ。
 だから、「品をそろえなさい」。美・知識・教養・技術、そういうもの全て、自分の財産を増やしなさい。そういう時期。
 それで、セールの時期が来ると、あれ?っと思うぐらい、いろんなところの突破口が開けていくのです。そういう時期に貯めていたものをぱぁーっと出すと、人生がうまく回り出す。
 回り出したら、最高まで行かないうちに、二番、三番手で引いておいたほうが無事でいられる。
 ★ ★ ★

  なかなか含蓄のある内容だ。
 私たちはとても参考になるものである。
 ★
  今年はこんな感じで暮れていく。
 どうぞ皆さん、良いお年をお迎え下さい。

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子供たちに伝わらない(3)~夫婦仲良く長続きする3原則~

   「関わるということ」の最後に次のような内容を挙げた。

 「夫婦仲良く長続きする3原則」。

 

 皆さん、「えっ~~~」という顔。
 

  講座の内容とは、まったく関係がないことのようである。
 「時間があるからこういう内容を入れたと思われるでしょうが、これは『関わる』ことのもっとも大切な具体案になるのです」
と話をした。
 
 ★
 
 まず、第1は、「本音で語り合うな」。
 

「愛し合った二人が、本音で語るなというのはどういうことですか。おかしいんじゃないですか」と言われる。
 

  愛し合った2人でも、その愛がずっと続くわけではない。
 
 結婚式が終われば、2人には普通の「日常」が待っている。
 朝ご飯はどうする?ゴミ捨てはどうする?……山盛りである。

 違う環境、習慣を過ごして2人。ことごとく日々の作法は違う。
 愛だけで乗り切れるはずはない。

 そこで大事なことは、相手に「本音」をぶつけないこと。
 本音で語り合うと、相手をとても傷つけることが出てくる。
 
 

  とくに、相手が大切にしていることはそっとしておくこと。
 「どうしてそんなくだらないことに、一々こだわるの!」とやってはいけない。
 
 だいたい離婚前の夫婦がやることがある。
 「今日は、徹夜で徹底的に話し合いましょう」となる。
 
 

  そして、相手のいやなこと、嫌いなこと、だめなこと、…本音でぼんぼん突きつける。
 いわゆる「意味性のある言葉」を投げつける。
 すぐに別れることになる。
 
 

  それが相手にとって正しいことであればあるほど、ひどく相手を傷つけてしまうことを知っておかなくてはならない。 

「じゃあ夫婦で何を語るんですか?」と言われる。

 「とりとめもないことをとりとめなく」語り合っていくことである。
 

「くりかえし話法」。
 本音を伝えたいときは、この話法の間にそっと含めればいい。

 

第2は、「そうだね」と相づちを打ってあげる。
 

 

  少々自分と考えが違っていても、相づちをうってあげること。
 「今日、寒いね」「そうだね」「もうすぐ学校も終わりだ」「そうだね」。
 まず、肯定してあげることは、心が安らぐ。 
 

第3は、「挨拶言葉」を大事にする。
 
「おはよう」「おやすみなさい」「いってきます」「おかえり」…という「挨拶言葉」を家族の中でかわし続けることは、家族の安定に繋がる。

 挨拶言葉が家族の中で交わされている時(もちろん、夫婦の場合も)、家族の崩壊を防いでくれる。
 

 ★
 小津安二郎の「お早う」という映画のラストシーンに次のような場面がある。
 佐田啓二と久我美子の会話。
 
 

  この二人が、駅のプラットホームで同じ会話をくりかえす。
 「良い天気ですね」「良い天気です」「あっ、あの雲、へんな形をしているね」「ほんと、へんな形」……。
 
 

  この二人、口には出さないけれど、深く愛し合っていることが画面からひしひしと伝わってくる。
 「愛している」なんて言葉をわざわざ言う必要はない。あなたの言葉は、私にきちんと届いていますよということなのだ。
 
 

  要するに、「くりかえし話法」が使われている。
 小津は、人と人との「関わり」の本質をこのような「カタチ」で提起したのである。

  ★
 人生の本質は、「くりかえし」なのだ。
 

  だからこそ、この本質から繰り出される「くりかえし話法」は意味をもつことになる。

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子供たちにうまく伝わらない(2)~くりかえし話法~

  前回、「子供たちにうまく伝わらない」ことを書いた。
 すぐに「意味性のある言葉」を言って、子供の気持ちや言葉を受け止めようとしないところに原因があるのだと指摘した。
 
 

  私は受け止めるためには、「くりかえし話法」を身に付けるべきだと考えている。
 

  「くりかえし話法」とは、次のこと。
 
 

  ①まず、相手の話を聴く。
 ②相手の言葉を繰り返して返してやる。つとめて批判したり、自分の考えを
  話したりしない。

2 成功した「高学年女子」への対応

 次に、高学年教師(とくに男性教師)の最大の課題についてである。
 私は、37年間の教師生活の中で、最後の10年以上はずっと高学年を持った。
 

  その中で、やはり最大の課題は、高学年女子の対応をどうしていくかであった。
 

  高学年女子は、いくつかのグループに分かれるのだが、そのグループの中で
仲間割れが起こる。
 また、グループ同士のいさかいも起こる。
 一人ぼっちの子供は、ともすれば無視などのいじめに合う。
 

  さまざまなそれらの問題は、クラスの中で不協和音を起こしていく。

 私は「包み込み法」という方法で対応して、成功したという事例を持っている。
 どうするか。

 これは第1段階と第2段階がある。
 
 

  まず、第1段階は次のこと。
 
 

  ①日頃からどんなグループ形成をしているのかチェックしておくこと。
 
 

  ②特に、グループの中に入れない「ひとりぼっちの子供」には注意をするこ  と。
  休み時間に教室で本を読んでいる子供。図書室に行っていつも本を読んで いる子供。保健室に行ったり、職員室の前をウロウロしている子供。
  こういう子供をマークする必要がある。
 
 

  ③おかしいなと思ったら、すぐに関係の子供を一人ずつ呼び出す。
   ちゅうちょしない。

 第2段階。

 ①「あなたのことが心配になったので…」と伝える。
 
 

  ②話を聴く。(絶対に批判などはしない。よく分かるよと伝える)
 
 

  ③話を受け止める。「あなたの味方だよ」と伝える。
 
 

  ④「でも、これから相手の子ともうまくやっていかなくてはならないでしょう。このままケンカ別れになっていたら、ずっと気まずいままですごさなくてはならないでしょう。あなたは、今回ちょっといけないなと思ったことはないですか?」
    「それは、相手にも謝ることができますか?」
  「それでは、私が間に入って今回のことは話をまとめるのでいいですね」
 
 ⑤双方を呼んで、話をつける。

 ここでは、一切「意味性のある言葉」を使わない。
 「くりかえし話法」を使いながら受け止めることが中心。

 こういうことで、高学年女子の問題に対応してきた。
 
 噂を聞いて、隣のクラスの女の子たちからも「相談に乗って下さい」と来るようにもなったのである。

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どうして「子供」たちにうまく伝わらないのか(1)~すぐに「意味性のある言葉」を言おうとする~

  岩手県教育センターからの要請で、一日講座に行ってきた。
 花卷である。
 

  宮沢賢治の故郷として有名。
 
 東京からの新幹線で3時間。
 

  花卷は雪、雪、雪。
 この時期に、このような雪に出会うとは珍しいことだとタクシーの運転手。
 まさに墨絵の世界。

 講座は、朝9時から午後16:00までの6時間。
 5つの講座で組み立てる。
 

  50名の受講者。ほとんどが10年次研修として参加されている。
 学校では中堅の方々。

 講座は次の通り。
 
 

  1 学校を取り囲む状況
 2 「学級づくり」の基礎・基本
 3 1年間の「学級づくり」
 4 「関係づくり」を考える
 5 「関わること」の基礎・基本~カウンセリングということ~

 ★ 
 第5講座「関わること」の基礎・基本~カウンセリングということ~
で話したことの要点をここにまとめておきたい。

  1 「関わり」の基本について考える
  2 成功した高学年女子への対応
  3 問題のある子供を包み込む方法とは?

1 「関わり」の基本について考える

 ある末期がん患者の訴えがある。
 「わたしはもうだめなのではないでしょうか?」

 この訴えにどのように答えていくか、医療関係者に実験した結果がある。(「聴くことの力」鷲田清一著 阪急コミュニケーションズ)

 ①「そんなこと言わないで、もっと頑張りなさい」と励ます。
 ②「そんなこと心配しないでいいんですよ」と答える。
 ③「どうしてそんな気持ちになるの」と聞き返す。
 ④「これだけ痛みがあると、そんな気にもなるね」と同情を示す。
 ⑤「もうだめなんだ……とそんな気がするんですね」と返す。

 ①「そんなこと言わないで、もっと頑張りなさい」と励ます。
  と答えた人たちは、精神科医を除く医師と医学生のほとんど。

 ③「どうしてそんな気持ちになるの」と聞き返す。
  と答えた人たちは、看護師と看護学生の多く。

 医療関係者でも、このように分かれる。
 
 ただ、精神科医の多くは次のように答えている。
  ⑤「もうだめなんだ……とそんな気がするんですね」と返す。

  精神的に悩んでいる人たちへの答えにいつも答えている専門家は、⑤を選んでいる。 どうしてだろうか。
 
 

  これは答えではない。
 でも、「あなたの言葉を確かに受け止めました」という応答にはなっている。

 これは、「聴く」という本質的なことになるのだが、何もしないで耳を傾けるという単純に受動的な行為ではなく、語る側からすれば、言葉を受け止めてもらったという、確かな出来事になる。

 「言葉を確かにうけとめてもらった!」
 このことが大事だ。
  ★
 私たち教師は、日頃子供たちに言っていることは、これと反対のこと。

 「意味性のある言葉」をすぐに語ろうとしている。
 
 

 「どうして同じことばかりするの!」
 「何度言ったら分かるの!」
 「そんな馬鹿なことはもうやめなさい!」
 「〇〇君が悪いんでしょう!」
  ……

 うまくいかない。反発をされる。
 
 多くの教師たちの教室で、うまくいかない事例が数多くある。
 子供たちとの「関わり」に原因があるのは明らか。

 それは、子供たちの気持ちや言葉を受け止めてないことに原因がある。
 だから、まず大切なことは「子供の言い分(ことば)を受け止めること」なのだ。

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つれづれなるままに~7年ぶりに風邪をひく~

  ●横浜そごう美術館に院展を見に行く。
 久しぶりの美術館。
 
 

  日本美術院が主催するもので99回目。
 創立が1898年(明治31)、岡倉天心が中心として為したもの。
 
 

  この院展には、レベルが高い日本画が並べられている。
 久しぶりに堪能する。
 
 

絵には素人の私には、ただただ絵の方から「ここを見て!」と誘いがくる感じで見つめていく。
 

  \松尾敏男さんの「長崎旅情」、福井爽人さんの「音韻」、牧野伸英さんの「往き交う」がとても印象に残る。

●年賀状を書き始める。
 300枚以上になる。
 
1年に1回のあいさつ。
 
 

  高校駅伝を見ながらひたすら書き続ける。
 駅伝の方は、圧倒的に広島の世羅高が勝つ。強すぎる。
 
 

  かつて高3年のとき、私も高校駅伝の地方大会でアンカーを走ったことがある。
 その時のことを思いだす。

●鼻水が出て、寒気がして、これはいかんと横になる。
 明日は、Sさんの結婚を祝う会である。
 
 

  風邪を引いたのは、7年ぶりになろうか。
 退職の年、あれは夏休みであった。
 
 

  北海道教育大学での講座。
 咳がひどく、ホテルで眠れない。ほとんど眠れないままに、出て行く。
 
 

  熱はない。しかし、咳がひどい。薬もまったく効かない。
 講座は2日間。
 ずっと出っぱなし。
 

  「どうなるんだろう!体はもつのだろうか」と思ったほどであった。
 
 あれ以来の風邪。少し微熱がある。
 

  おとなしくしている。ひたすら回復するのを待つ。
 
 25日からは岩手の花卷に行く。
 今年最後の講座。
  これは絶対に外せない。

 (結局、22日のSさんの結婚祝いの会は出席できなくなった。)
 

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不登校児を回復させた!~カウンセラーから奇跡的だと言われたこと~

   2年目の先生からクラスの状況(3年生)の報告を受ける。
 初任者指導の講座で知り合った先生である。

 時々、電話やメールで連絡を受け、さまざまな相談ごとをされる。
 
 彼のクラスに、1,2年生の頃ずっと不登校を続けていた男の子H君がいた。
 4月の最初、登校してきたH君が担任の自分に囁いたという。

「先生、ぼく、勉強のこと、何にも分からないよ!」と。
 おどおどして、自信なげに囁いたという。

 その報告を受けた。
 4月最初である。
 
 1,2年生を通じて不登校を続けていたのであるから、当たり前である。
 でも、そういう訴えを担任にしたというのは、何かを求めていることになる。

 私は、「チャンスだよ。ここで一気に時間を見つけて勉強を教えていく必要が
 ある」と助言をした。

 勉強が遅れている子供に対して、どういう手立てを取ればいいか、私なりに実践してきた手立てがあったのである。
 その手立てを彼に送付してあげた。

 聞いてみると、1+1から、本を読むことから、ほとんど何にもできない状態であったらしい。 
 
  ★
 H君は、4月から1ヶ月に3、4回休むだけで朝からきちんと登校できるようになった。 
 クラスの友達とも交流できるようになり、一緒に遊べるようにもなっている。

 勉強の方も続いている。
 私が助言した手立ては、給食の配膳時間10分間を使う方法。
 この時間を継続的に使って取り組んでいく方法である。

 授業中に取り組むことは無理である。
 あまりにも初歩的なところでつまづいているためである。

 12月の段階で、H君は、かけ算九九を2/3ぐらい覚えることができたらしい。
 ほとんど読めなかった本も、拾い読みではなく、きちんと読めるようにもなったらしい。(漢字が読めないので大変らしいが…)
 ものすごい進歩をとげている。

 感心するのは、2年目の先生がよくぞこの段階まで不登校児を引き上げたことである。 校長も、「よくぞがんばった!」と認めてくれている。
 スクールカウンセラーの先生からは「朝からきちんと登校できるなんて、奇跡的だよ!」とほめてもらえたという。

 1,2年の担任だったベテランの教師たちができなかったことを、2年目の先生がやりとげているのである。

 ★
 どうしてこんなことができたのか。
 理由は2つ。

 1つは、不登校児が何に不安をもち、何を求めているかをきちんと受け止めたこと。
 2つ目は、手立てを持っていたこと。(私の助力があったのだが)

 ★
 私は、今北海道で学校を訪問しながら、さまざまな先生たちに強調していることがある。
 1,2年生の先生方は、どうしても必要なこと(1年生では算数での繰り上がり、繰り下がり、2年生ではかけ算九九、国語では、すらすら本を読めることなど)をきちんと身に付けさせて上の学年にあげているか。
 
 

  3年生以上の先生方は、クラスで勉強が遅れている(必要なことができていない子供)子供に対して、1年間できちんと身に付けさせて上の学年に上げているか。
 以上のことである。
 
 このことは、親がやることではなくて、学校の教師がしがみついてでも教えなくてはならないことである。
 
 

  教師の「生命線」。
 「生命線」とは、教師として生きられるか、生きられないかの問題である。

 厳しい問いかけであるが、このことは子供たちの人生を決定する重大事であるからである。
 
 

  残念ながら、私も若い頃はできなかった。
 さまざまに確かめながら実践を繰り返した。
 その手立てを今ならば提起することができる。
 
  ★
 不登校だったH君は、担任のS先生に出会い、人生の入り口を歩み始めている。 
 きっとH君のこれからは、このできごとを支えにするであろう。
 
 私は児童心理の1月号の最後に、次のように書いた。

 ★ ★ ★
 私たち教師の仕事は、子どもたち一人一人とどのような「物語」を作り上げるかにかかっている。その「物語」は、「逆上がりができた!」「かけ算九九ができた!」というささやかなものでもいい。物語は積み重ねが必要である。その「物語」は、ある日教え子たちの人生を大きく支えていくことだってあるのである。
 人生のあるとき、つまづいて悩み苦しんでいるとき、ふと小学校時代のときに「逆上がりを克服した経験」が思いだされて胸熱くなることがある。何日も何日も練習して、ついに逆上がりができた経験。「もう一度あの日のように挑戦してみよう」と思うことだってある。
 私たち教師の仕事は、このように小さな「物語」をいっぱい作って、子どもたちの「未来」に託す仕事なのである。
 ★ ★ ★

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つれづれなるままに~「花卷待ってろ~~」「トホホ」~

  ●『児童心理1月号』が送られてくる。
 特集「子どものいざこざ」に私の拙稿も載っている。
 

「さざ波も立たないクラスがいいクラス?」~時には小さないざこざも起きる学級風土の健康性~。
 

  37年間の担任生活の中で、一番刺激的で、おもしろかったクラスのことから書き出している。
 退職して7年も経つのに、まだこんな原稿依頼もあるのである。

●マララさんのノーベル平和賞受賞演説を読んだ。
 17歳の演説原稿。
 感じ入った。
 

  日本では高校2年生になる。
 こんな演説原稿を書ける高2など、日本では1人もいないであろう。
 


 抱えている現実が違う。
 目ざすべき志が違う。
  人は抱えている「現実」と志で、このように変わっていく。

 ★ ★ ★
 親愛なる兄弟、姉妹の皆さん。いわゆる大人の世界の人たちは理解しているのかもしれませんが、私たち子どもにはわかりません。どうして「強い」と言われる国々は戦争を生み出す力がとてもあるのに、平和をもたらすにはとても非力なの?なぜ銃を与えるのはとても簡単なのに、本を与えるのはとても難しいの?戦車を造るのはとても簡単で、学校を建てるのがとても難しいのはなぜ?
 ★ ★ ★

 彼女は、人間のもっとも醜い本質を徹底的に突いていく。

●『文藝春秋新年号』を近くのスーパーで買ってきた。
 もはや一切の週刊誌や雑誌は買わないのだが、今回は特別である。

 高倉健さんの「病床で綴った最後の手記」が目に留まったからである。
 沢木耕太郎も、特別寄稿を寄せている。

 健さんは、その手記の最後に次のように書いている。

 ★ ★ ★
 僕は、志があって俳優になった訳ではない。思いもよらない変化をかいくぐりながら、出逢った方々からの想いに応えようと、ひたすらにもがき続けてきた。

 「往く道は精進にして、忍びて終わり、悔いなし」
 阿闍梨さんが浮かべる満面の笑みとともに、僕に一つの道を示し続けて下さっている。

●北海道から帰ってきて、悪戦苦闘の日々。
 暮れの26日に岩手花卷の講座を引き受けている。
 一度宮沢賢治の里に行ってみたいという思いから。

 その講座は、朝の9:15から夕方の16:15まで。
 6時間の講座。しかもテーマは「学級経営」についてだけ。
 講座をやる私も大変だが、聞く先生たちも辛い。

 それでも申し込みが増えていて、何人まで受け入れられますかと問い合わせ。
  私の「学級づくり」の集大成を込めてやり抜く以外にない。

 東京から花卷まで、新幹線で3時間かかる。
 「花卷!待ってろ~~~」……「トホホ~~」という心境である。(笑)

 

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網走小学校の公開研究会へ参加する

  4日、北海道女満別空港。
 すっかり雪化粧をしていることを想定していたのだが、まったく雪はなく、晴れ渡っている。
 ただ寒いだけ。
 

  5日の網走小の公開授業研究会に学校力のアドバイザーとして呼ばれている。
 空港で校長先生の出迎えを受ける。
  その夜、校長先生と一杯。
 オホーツクの魚は格別にうまい。
 ★
 5日、8:30にホテルのフロントに行くと、教育長が迎えに見えている。
 「えっ~~~~」という感じで恐縮する。
 
 

  指導主事の先生が車でお迎え。
 同じアドバイザーの北海道教育大学の佐々木先生も同乗されている。
 初めてお会いする。
 
 網走小学校の公開研究会。
 
 

  2校時目に半分の先生方の授業。
 3校時目にもう半分の先生方の授業。
  全部の先生方が授業公開をされる。
  ★
 私も教頭先生に案内されて見て回る。
 
 この先生方の授業を最初に見たのは、昨年のこと。
 (ずっと前に見ているような気になっている)
 

  その時にも、授業がうまい先生たちだなという感想を持っていた。
 
 ところが、今回の授業は、それとは格段に違っていた。

 何人かの先生方は北海道でも有数な授業者になられているのだという印象。
 そして、それに続く何人もの先生方。
 
 

  何が起こったのだろうか。
 教頭先生は次のように言われた。

「今年、先生方の合い言葉は2つでした。1つは研究会の時だけ特別な授業(「ごちそう」授業)をするのではない。2つ目は、年間1000時間の授業を通して子どもを育てるということでした」

「日常授業」をいかに大切にするかということである。
 その合い言葉を毎日の授業で実践してきたということである。

 子供たちが育っている。
 このような子供たちを育てるには一朝一夕では無理。
 それは授業を見た先生方が感じたはずである。 

  ★
 午後、研究発表のあとに私の講演。100分もいただいている。

 ①子供たちの基礎学力の保障。
 ②学校力向上の学校の現状。
 ③「日常授業」のどこを改善するのか。
 ④どんな授業をするのか。
 ⑤授業力の向上のため。
 ⑥明日の授業を変える授業法。

「学校力向上のアドバイザーの先生方は、私の他はほとんどみんな大学の先生です。私だけが只の教師です。今日は、只の教師の立場からきわめて具体的な話をしていきます。」と前置きをして話し始めた。

 ★
 夜、校長先生の自宅で公開研の反省会。(管理職住宅は、学校のそばにある)
 校長先生の奥様の手作りの料理で(これがすごい料理)反省会。

  私も呼んでもらっている。
 
 

  楽しかった。私も網走小の一職員になったみたいな感じになる。
 また酔ってしまって、余計なことをしゃべる。

  私が先生たちに言ったのは、「自分たちだけで高まるな!もっと周辺の学校に広がるような公開研にすべきである!」という苦言。

 大学の附属小や研究協力校などが、軒並みにレベルダウンをしているのは、授業のレベルダウンではない。
 公開研で示される授業は、「すごい!」と言われるもの。
 
 

 でも、ほとんど「再現性」がない実践である。(と言っても、そんなに見ているわけではないが……)
 

 「再現性」というのは大事なキーポイント。
 
 私たちはそのために「味噌汁・ご飯」授業として「授業づくり3原則」「小刻み授業法」を提起している。
 「日常授業」を乗り切っていくための「基本型」である。
 ★
 翌日、教頭先生に連れられて知床半島へ向かう。
 さまざまに北海道を巡ったが、知床だけはまだ行っていない。
 ぜひとも冥土のみやげに…と願って連れて行ってもらった。

 網走から2時間ぐらい。
 晴れ渡っている。風もほとんどない。絶好のコンディション。

 知床連山が雪をかぶってそびえている。
 ひときわ目を引きつけるのは、羅臼岳。
 いい眺めである。

 雪を踏みしめながら見晴らしの崖から、遠くの「ウトロの町」を見渡す。
 これが知床。
 ここから歌で有名な知床岬までもう少しなのだ。

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はやく病院へ行って下さい~誰にでも起こってくることです~

     以下の質問を受けました。
 
  ★ ★ ★
 いつもブログ読んでいます。
東京で小学校一年生の担任をしています。四年めです。一学年2クラスの中規模学校です。お悩み相談で、コメント欄使わせてもらいます。
一年目、学校にお局的な存在の先生がいて、毎日のように叱られていました。それから、仕事に滞りがあると叱られるのが怖くて、ちゃんとできているか、いつも気になってしまっています。その先生は、いまはもういないのですが、かなり大きな影響力があり、今でも叱られることにはとても敏感な自分がいます。三年目、隣の学級が学級崩壊しました。ベテランの先生だったのですが、仕事がやれなくなってしまったので、学年の仕事はわからないことは他の先生たちに聞いて、自分でどうにかやりくりしていました。今年は、仕事にとても時間のかかる先生と組みました。たくさん指導してくれるのですが、毎日それに付き合っていて、もうやれなくなりました。何度かお休みをもらったのですが、先日校長室で大泣きしてしまい、管理職に病院にいって来いと言われました。
実は、自分が鬱かもしれません。
子どもたちに会いたいから、休みたくないのが、本音です。
どうしたらいーか、わかりません。
  ★ ★ ★

  実は、このような悩みを持っている人は、かなりたくさんいます。
 学校では、精神的なことで病院に通っている人は、必ず何人かいます。
  親しい知り合いでも、このようなことで病院に通ったものもいます。

 ぜひ早く精神科の病院へ行って下さい。
 そこで相談して下さい。
 病院の先生は専門家です。きちんと話を聞いてくれます。
 どうしていけばいいか相談にのってくれます。

 こんなことは特別なことではありません。誰でも起こってくることです。
 私の知り合いでも何人もこんな状況を克服した人はいるのですから。
 
 時々通院していくということで治ります。
 「子どもたちに会いたいから、休みたくない」と思っておられるのですから、大丈夫です。

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