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時代が変わっている!子供が変わっている!

   堀裕嗣先生が、フェイスブックで次のように書いていたことに注目した。

  ★ ★ ★
今日、隣の学校の新卒さんが半日僕の授業を参観しに来た。新卒さんと言っても新卒ではなく、臨時採用を7年間経験した29歳の新採用。僕らの研究会にも何度も参加してくれている若者である。朝、職員室から4階まで昇っていき、生徒たちが教室で朝読書を始めたのを確認して、二人で教育相談室に行った。僕が日常的に自分の居場所にしている小部屋だ。ソファに座って話し始めた
彼は言った。
「もうここまででも来た甲斐がありました。ものすごく勉強になりました。」
僕は「?」である。
「何が?」と訊くと、「生徒たちとの接し方です。」と彼。...
ああ、なるほど。僕にとっては当然の間合いの取り方とか、言葉がけの仕方とか、そういうことを言っているらしい。
まず、二人で階段を昇っているときに、遅刻してきた5組の女子が階段を昇っていた。1分程度の遅刻である。僕は横に並んでだんだん間合いを詰めていった。「嫌いだなあ。こういうチョロ遅刻…。」とニコニコしながら言う。「ごめんなさいごめんなさい。」と彼女。「まあ、じゃんけんでオレに勝ったら許してやる。ただし、オレが勝ったら一発ね。」と僕。最初はグー!じゃんけんぽん。僕はパー、彼女はチョキ。僕は瞬時に、「5対2でオレの勝ち!とうー!」と言って、彼女の頭をぽかり。即座に逃げた。「ずるいずるい」と女子生徒は笑顔で追いかけてくる。4階に昇ったところで「明日から遅刻すんなよ~」と声をかけると、「は~い」と彼女。一つはこのやりとり。
その後、4階を巡視していると、階段を昇ってきた2組の男子生徒。こちらは3分程度の遅刻。既に2組の教室には担任が入っていたので、引き渡しがてら、他の生徒たちにも聞こえるような声で、「よし、申し訳なさ100パーセントで教室に入っていけ」と伝える。生徒たち全員がその子に注目。「すいません…」と入って行く。間髪を入れず、「ダメだ。申し訳なさ感が足りない。やり直し。」と僕。ダメ出しを繰り返し、5回目でやっと合格。教室は大盛り上がり。ちょうどチャイムが鳴り、朝読書が始まった。
新卒さんは「どうしてあんな対応なんですか?」
そう訊かれても困る。僕のキャラクターに過ぎない。ただ、正面から対峙しないことは大切だ。たいしたことでもなく、本人もまずいなと思っているところに、正面から対峙したのでは生徒も教師もきつい。正面から対峙して説教するのは、こういう指導が繰り返されたにもかかわらず、常習化したときでいい。要するにそういうことだ。
 ★ ★ ★

 「僕のキャラクターに過ぎない」と書かれている。
 そうとばかり言えないなというのが、私の感想。
 
 ここには、きちんと原理・原則が存在すると、私はとらえている。

 ちょっと長いが、堀先生の「生徒指導10の原理・100の原則」から引用したい。

 ★ ★ ★
 私は1966年生まれですが、私の中学校時代は校内暴力の真っ只中で、廊下には竹刀をもった生徒指導の先生がいたものでした。何が悪いことをしたときにも、自分の話などはほとんど聞いてもらえず、とにかく怒鳴られる……そういう指導を受けてきたものです。別に当時の先生方には恨みはないですし、それで良かったとは思っていますけれども……(笑)。
 実はこのことは、私の受けてきた教育からもいま私たちが行っているような教育へと、時代がシフトしてきたことを示しています。つまり、「中学生らしい生活態度」や「あるべき学生の姿」のような理念を前面に押し出し、「こうあるべきである!」といった指導から、生徒たちに嫌な思いや疑問を抱かせることなく、周りに迷惑をかけたり周りから非難されるような生活態度を改めさせていく指導へ、というシフトです。教師の指導姿勢として考えれば、要するに「これが正しい」というメッセージをひたすら投げかける指導姿勢から、<マクドナルド>のようにそうとは気づかせないままに目的を達成する指導姿勢へと変化してきているわけです。東浩紀は前者を「規律訓練型権力」、後者を「環境管理型権力」と呼びました。(『自由を考える』東浩紀・大澤真幸、NHKブックス、2003年)。そして、私も、こうした教師の指導姿勢のシフトについて、方向性としては間違っていない、と感じています。ただし、私は「管理」という言葉が教育に導入するときにはちょっときつい言い方だと感じていますので、同様のことを「規律訓練型権力から環境調整型権力へ」という言い方をしています。
 私は先に「インクルージョンの原理」において、教師が自分自身を生徒に規範へと導く指導者と捉えるのではなく、生徒自身がよりよく成長したいという願い実現していくための<環境>の1つ(要素)と位置づけて捉えることが必要だと述べましたが、こうした自らを生徒の成長を促す環境の1つと捉える教師像は、本項で述べた「教師は規律訓練型権力の発動から環境調整型権力の発動へと移行した方がよい」という理念に基づいています。それは、生徒に対して絶対正しい唯一の在り方を強制するのではなく、自分も含めて生徒を取り巻く様々な環境を調整していくなかで、少しずつ目的を達成していく指導の在り方を追究することなのです。
 ★ ★ ★

 長い引用で申し訳ない。
 大事な指摘なのである。

 時代が変わっている。子供たちが変わっている。
 何が変わっているのか、どのように変わっていくべきなのかが指し示されている。

 50代の力量のあるベテラン教師のクラスが学級崩壊の憂き目にあっているのは、このことを理解していないためである。

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