« 挙手発言型の授業がまだまだ主流なのだが……。 | トップページ | 「当たり前」を徹底すれば特別になる! »

つれづれなるままに~見事な授業に出会う~

  ●18日に静岡県の高校の初任者研修会に呼ばれて90分講演をする。
 掛川市の教育センターに行く。
 
 

 もう3回目のこと。
 最初、小学校の実践が、高校の先生たちに通じるはずはないのだがと断ったのが、
 「小学校の実践を話して下さい」ということで引き受けた経緯がある。
 
 

 テーマは「学級経営における生徒理解」。
 200名近くの先生たちに学級経営の話をする。
 
 

 高校の初任者の皆さんは、実にうまく話を聞いてくれる。
 ありがたいものである。
 

●25日、北海道の岩見沢へ行く。
 学校力向上アドバイザーとしての仕事になる。
 
 岩見沢市立南小学校の訪問。昨年に続いて2回目になる。

 研究部の先生たちとある企画の打ち合わせをする。
 そして、懇親会。
 さまざまな話に盛り上がる。

●26日、南小学校の公開授業研究会。
 3時間目に、全部の先生たちの算数の授業を見せてもらう。

 4時間目は、特設授業として3年生のA先生の算数の授業。
 私が助言者になっていたので、1時間ずっと参観させてもらう。

 感激する。見事な授業である。
 今、私が主張している「スモールステップの繰り返し」が見事に授業で具体化されている。

 子供たちの集中力もすごい。

 また、挙手発言型の授業を乗り越えられてあって、それも見事。

 先生の発問に、指名カードがぱっと提示されて、そのカードの子供が答えていくシステムで授業がテンポ良く進んでいく。
 ある場合は、列指名にもなる。
 
 なるほど、なるほど。
 うまいことを考えたものである。

●27日、「花子とアン」の連ドラの最終回を見て、岩見沢の駅へ向かう。

 この脚本家中園ミホさんが、「いまの時代が、このドラマの当時と似てきているのを感じる。」とテレビで話していた。

 戦争の悲惨さを、中園流で描いたのであろう。
 改めて戦争に通じる時代を作ってはならないと視聴者はしみじみ感じ取ったのではないのだろうか。

●10月1日からまた北海道へ行く。
 今度は、倶知安小を訪ねる。

 今度もアドバイザーとしての仕事。
 倶知安は、ぜひとも一度訪ねてみたいと思っていた。

 倶知安から蝦夷富士と呼ばれる「羊蹄山」を見てみたいのである。
 今の時期、紅葉が素晴らしいのではないだろうか。

 今年は、今回で8回目の北海道。12校目の訪問になる。
 もうすっかり北海道にはまってしまっている。 

|
|

« 挙手発言型の授業がまだまだ主流なのだが……。 | トップページ | 「当たり前」を徹底すれば特別になる! »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

久しぶりにコメントさせてもらいます。

今回も、一点、質問させて頂きます。よろしかったら、また、回答に差し障りがないようであれば回答して頂けるとうれしいです。(いつも書いている通り、差し障りがあれば削除願います。)
以下が質問文になります。

現在のわが国の教育現場での実践が難しくなっている原因の一つに、20年ほど前に雑誌等に掲載された、某家庭教師会社の広告(つまり、この会社の教育についての考え方)があるのでは、と考えます。

それまでは、民間の教育機関と言えども(今、話題になっているYゼミナールさんとか・・・)、生徒が教師を評価する時の判断基準は「教師の授業の進め方や生徒への対し方(優しいか厳しいかなど)」が主流で、(生徒の)教師や授業に対しての評価基準に「教師の年齢や性別、趣味など」を挙げるのは「生徒のわがまま」としてしか考えられなかったと思います。

ところが、前述の家庭教師会社はそうした「生徒のわがまま」と考えられてきたことまで「生徒の(教師や授業の)選択権」として認めるような広告を(20年ほど前に)雑誌等に掲載しました。

私が考えるに、こうしたこと(生徒たちに「行き過ぎた」権利意識を与えたこと)が今日のわが国の教育現場の実践を難しくさせている原因の一つになっていると思いますが、先生の見解をうかがえたらうれしく思います。
(今回の質問は、特定の企業についての質問なので、書こうか迷いましたが、私はこの家庭教師会社とは何の利害関係もなく、この会社を誹謗中傷するための質問ではないこと、ご理解ください。また、現在においては、家庭教師や個別指導業界では(生徒の)教師に対する性別指定については「特別の事情がある場合」はやむを得ない部分があるかな、とも思います。)

季節の変わり目です。野中先生もお元気にお過ごしください。

追記
少し前に掲載された、本ブログの(文科省の)学力テストの記事についてですが、私も野中先生とほぼ同じ意見です。

投稿: なっちゃリズム | 2014年9月28日 (日) 16時25分

なっちゃリズムさん、コメントありがとうございます。
 
 一応答えておきます。
 ここで取り上げてある家庭教師会社の主張については読んでおりませんので、分かりません。

 『生徒たちに「行き過ぎた」権利意識を与えたこと』ということで言えば、私もその通りだと感じています。

 諸外国の公立の学校では、きちんと教師の権限が認められています。
 授業中に授業の妨害をする生徒については、注意をしても直らない場合は退学になるのです。
 どんな個人的な生徒の理由があるにしても、授業の妨害は退学になるのです。
 もし日本で諸外国と同じように教師にその権限が持たされたら,今学校現場が抱え込んでいる8割方の問題はほぼ解決するのではないでしょうか。

 そのくらいに日本の教師にはまったくと言っていいほどの権限がないのです。
権限というより人権さえもないのです。
 要するに生徒や親のやりたい放題なのです。
 
 ★
 教師と生徒とは、人間としては平等です。
 だから、お互いに人間として認め合うことは大切なことです。
 教師は、人間として生徒に対応しなければいけないことは当たり前です。

 だが、学校の中では、教師と生徒は平等ではありません。
 教える存在としての「教師」と学ぶ存在としての「生徒」は、上下関係にあります。
 そうなければ、ものを教える関係はできません。
 また、そうなければ、教室に平和で民主的な秩序を作ることができません。
 
 ここのところをきちんと理解できないで、教師と生徒は人間としては平等だからという考えを「教師」と「生徒」の関係までにも引き延ばしていった結果が、なっちゃリズムさんが指摘されているような家庭教師会社の考えになったのだと、理解できます。

 よくあるのです。
 多くの親たちも、あるいは教育関係者も、このことを誤解しました。
 そして、学校を、教師たちを潰していこうとしています。

投稿: 野中信行 | 2014年9月29日 (月) 14時20分

一応、どころか今回も丁寧でわかりやすいご回答、ありがとうございました。

特定の企業の(それもかなり過去の)行為を書くことについては、かなり迷いましたが(質問でとり上げた家庭教師会社にも申し訳なくも思いましたが)、質問に書いた(家庭教師会社の)広告については私にとっては(まだ学生時代でしたが)かなり衝撃的なものだったので、今回、このような質問文を書かせて頂きました。野中先生も、このような(今回の私の)質問だったので、回答しづらかったことと思います。申し訳ありませんでした。

「上下関係」という言葉がこういったやり取りで使用せざるを得ない(もちろん、野中先生がこうした言葉を使用したことを問題視しているわけではありません。)現状、わが国の教育現場がかなり厳しい状況になっていることの表れだと感じます。

先生の回答文を読ませて頂いて、「五体不満足」の著者、乙武さんが「太田総理」(だったと思いますが)の番組でおっしゃっていた言葉が思い出されました。
「何かを(相手に)求めることは、あっていいと思う。しかし(相手に)求めすぎると、やがて自分自身に(しっぺ返しのようなものが)はね返ってくる。」(フレーズが微妙に違うかもしれません。申し訳ありません。)

明日から10月になり、過ごしやすくなると思います。野中先生もお体を大切にして頂き、元気にご活躍ください。


投稿: なっちゃリズム | 2014年9月30日 (火) 14時16分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/520860/60388326

この記事へのトラックバック一覧です: つれづれなるままに~見事な授業に出会う~:

« 挙手発言型の授業がまだまだ主流なのだが……。 | トップページ | 「当たり前」を徹底すれば特別になる! »