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「学校が危ない」

   「学校が危ない」という特集に目をひかれて、久しぶりに雑誌を買った。
 週刊東洋経済の9/20号。

 「先生が辞めていく」「燃え尽きる先生」「ブラック化する職場」「多忙と疲労の果てに」というルポが載っている。

 この見出しは、初めて目にする人たちには驚くことであろうが、現場の人間にとっては当たり前の内容で、私はずっとブログで明らかにしてきた内容である。

 読んでみて、まあまあよく取材している。
 正確な内容である。
 

 こんな内容を知らない人たちにとっては、「まさか?」ということになろうが、本当である。
 ただ、雑誌であるので、雑然とまとめられてあるだけである。

 ★
 数年前、ある通信講座の会社から呼ばれて話に行ったことがある。

 その時に、そこの会社の方々に尋ねたことがある。
「これから学校がほとんど機能を果たさなくなる『学校の終わり』現象が始まるのです。学校がなくなるのではなく、ハコモノは存在するのですが、その中で教育という機能が働かなくなる。だから、親たちは、通信講座や塾などの助けを今まで以上に求めてくるはずです。今まで学校が果たしてきた役割を通信講座とか塾が背負わなくてはならなくなるはずです。そのための準備をされていますか?」と。

 そんなことは考えていないという答えであった。

 九州佐賀の武雄市では、公教育が塾と連携を始めている。
 武雄市の市長は、私が考えていた通りの考えである。(ただ、進めていることはちょっと私の考えと違っている)

 もう始まっているのである。

 ★
 「アベデュケーション」と安倍政権が主導する教育政策を呼ぶらしい。

 次々と教育政策を打ち出すらしいが、ほんとに学校現場が求めていることとはほど遠い。
 

  教師たちが疲弊して、もう教育政策を背負えなくなっている。

 学校が荒廃して、もはや教育政策を実践していくことができなくなっている。

 この実態をどれほど知っているのか、疑わしい。

 さて、さてである。

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コメント

 文科省官僚が現場を知る、ということで、何人か派遣をしているようです。
 ただ、派遣された学校がどんな学校かは、まったくわかりません。
 
 もし、あまり問題ない学校に派遣しているとするなら、自分たちの政策を推し進めるために
「アリバイ工作している」だけです。

 むしろ、荒れまくって困っている(俗にいう底辺校)に積極的に派遣しているのなら大いに評価します。誠実につとめれば、いろいろな問題(の一端)が現実として見えてくるのです。

 そうした気持ちがあれば、「(国として必要だがら)この仕事を増やそう」という発想だけではなくなるはずです。もし、増やすにしても「この仕事は減らそう、まとめよう」となるはずです。

 現場を本当にわかっている管理職の学校では、「仕事をまとめよう、減らせるものは減らそう」という発想で動いています。(ただ、わかっていない学校は、そうした発想すら感じさせません。前任校がそうでした。)
ただ、現場の工夫だけで何ともならないのも事実です。

 
 

投稿: 一教師より | 2014年9月20日 (土) 20時29分

一教師さん、コメント有難うございます。
私の近くの中学校にも、文科省から天下って校長になっています。実情はどうなのか分かりませんが、その中学校は、子供たちのレベルも高く、落ち着いた学校です。だから、安泰な中学校に行ったわけです。
 せっかく文科省から天下るなら、深刻な学校に行くべきだし、そこで現実を体験させるべきだと思います。横浜はいくらでもあります。私の近くの別の中学校では、7月までにかなりの数の教師が辞めました。そんなところへぜひとも行くべきです。
 といっても、いかないでしょうね。やっているという実績だけを残そうというのではないでしょうか。

投稿: 野中信行 | 2014年9月21日 (日) 09時27分

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