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なぜ先生たちは、授業でフォローが少ないのか(1)

 さまざまな授業を見せてもらうことが多い。
 ほとんどの授業で感じることは、フォローが少ないことである。
 
 ほとんどないと言っていい。

 フォローとは、中村健一先生からの受け売りの言葉である。
 さまざまな子供たちの活動に対してなされる「評価言」である。

  ★
 なぜ、先生たちの授業でフォローが少ないのか。

 ①教えるのに精一杯でフォローまで手が回らない。
 ②もともとフォローを出そうという気持ちがない。
 ③フォローは「どうも苦手だ!」と思っている。
 ④フォローの「言葉」を持っていない。
 
 

 こんなことが考えられる。どうだろうか?

  ★
 国語の野口芳宏先生からは、「否定」することも必要だと何度も教えられた。
 褒めてばかりではだめだ。そんなことばかりでは、子供が弱くなると言われる。
 

 その通りだなと思う。
 だめなところや、間違っているところは、きちんと「否定」することも必要である。
 
 

 反面、10歳までの子供は、「否定」を「肯定」にすることは難しいと教えてもらった。
 つまり、教師から「否定」されたことで、それをその子供は自分の中でなかなか「肯定」に変えていくことは難しいということである。
 アメリカの大学の心理学の先生から教えられたと、カリフォルニアの日本人学校(補習校)のある先生は私に教えてくれた。
 これも納得できる事例はいっぱいある。 

  ただ、「褒めること」が必要なのは誰も否定はされていない。
 フォローの必要性である。
  ★
 私は、上記のフォローが少ない理由の④に注目してきた。
 
 フォローはとっさに言葉として出てこなければいけない。
 

 だから、自分の中に「フォロー言葉」の蓄えがなければ、とっさには無理である。

 おそらく、フォローの必要性を感じていても、この「フォローの言葉」を持っていなくてはなかなか使えないのではないだろうか。

 そこで、「フォローの言葉」を考えた。

 「SOS話法」がある。
 

 これは、経営コンサルタントの箱田忠昭さんが提起されたもの。

   S…すごいね
      O…おどろいたなあ。
   S…さすがだね。

 これは個々の子供には適用できるが、授業の中ではなかなかむずかしい。
 

 そこで、私は「SWIM話法」を考え出した。

   S…すごいね。すばらしい。さすがだね。その調子。
   W…うまい。分かるよ。
   I…いいね。
   M…みごとだね。

 このくらいは、子供たちの発言や活動に対して、フォローをかけてあげたいではないかということである。

 

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