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挙手発言型の授業がまだまだ主流なのだが……。

 さまざまなところで、授業を見せてもらう。
 圧倒的に主流なのが、挙手発言型の授業。
 当然と言えば当然なのかもしれない。

 一斉授業なので、挙手発言型になるのであろうが、それにしても全てが挙手発言であるのはちょっと違和感がある。
 これには考え込んでしまう。
  ★
 私も現役の頃は、確かにこの挙手発言型の授業をしていたことを思いだす。
 明治図書の青い本にも「クラスの子供8割を発言できるようにする方法は?」という方法論を書いている。
 
 

  私は、多くの子供が参加する討論の授業を目指したので、いかに多くの子供を参加させるかというのが目標であった。
 

  でも、最後の勤務校は、全員参加という授業にはほど遠いもの。
 
 原因は、語彙力の圧倒的な不足。
 

  これがないと討論にならない。
 

 文として発表する、そのための語彙力がないためにしゃべることが続かない。
 

  こんなことを目指さないで、早く切り替えなければいけなかったと、今ならば思う。全員参加にならないのだから。
 ★
 今でも挙手発言型は、主流だ。ほとんどと言っていいかもしれない。

 子供たちが手を挙げて発表する。
 そのことに先生たちは、重要なポイントをおいている。
 
 

  メリットは、確かにある。
 子供たちの積極性を高める。
 

  なかなか意見を言えない子供が、意見を言えるようになることでがらりと変わっていく。そんな姿を何度も見てきた。

 なぜ、挙手発言型の授業がまだ主流なのか。
 
 多くの子供たちが挙手をして、多くの子供が発表することを「授業の善し悪し」の判断に使われているからだと思われる。
 
 

  「多くの子供たちが発表していてとても良い授業でした」
 「とても積極的な子供たちが育っていて、素晴らしい学級経営です」
 
 

  保護者は、全部と言っていいほどに担任の「授業の良し悪し」の判断は、手を挙げる子供が多いか少ないかにかかっているといい。
  ★
 しかし、この挙手発言型の授業にはさまざまな問題点もある。
 「味噌汁・ご飯」授業を考えるようになって、そのことに気付くことができた。
 

  今問題点として考えてみると5つほどあげることができる。

 ①「はい、はい、はい」と盛んに手を挙げている授業は、冷静に見ると他の  子供の意見はそっちのけで、とにかく自分に当ててほしいという一心である。
 
 

 ②課題に対して深く考える。友達の発言をよく聞く。授業では、こちらの子  供の姿勢がもっと大切であるはずなのに、こんなことはそっちのけになる。

 ③「発表すること」だけが良きことだという考えを子供に植え付けていく。
   
 ④手を挙げながら考えようとする外向的な子供を大事にし、内向的な子供を  引っ込ませていく。

 ⑤このような挙手発言型の授業を続けていると、結局傍観者を多く作り、全  員参加の授業になることはできない。

  ★
 「じゃあ、それに変わる授業というのはどうすればいいのか?」
と言われるのかもしれない。

 さまざまなところで、私も授業をしている。
 「味噌汁・ご飯」授業である。
 下手な授業だが、挙手発言型の授業とは違った授業をしている。

 全員参加の授業。
 緘黙の子供だって、知らぬ間に発言しているという感じになる。

 どんな授業なのか。

 スモールステップの繰り返しの授業。

 小刻みに活動を繰り返していく。

 アウトプット型の授業と言っていいだろうか。
 
 書く、発表する、ペアで話し合う、グループで話し合う、さまざまに動く。

 これらのものが混ざっていく。 

  子供にとっては、片時も暇な時間がない、スピード感いっぱいの時間だが,彼等はこんな授業に乗ってくるのである。

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