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つれづれなるままに~「次をどうするか、それが人生である」

   ●19日、横須賀市の授業研修会へ行く。
 2年目の先生たち80名。
 

  この先生たちには1年前に授業研修をしていて、2回目になる。
 
 3時間なのである。
 

  この長い時間で、何ができるか。考え込むところである。
 
 しかも、前の日まで夏休み。
 

  先生たちは、現場から離れてしばしの休養。
 長い研修は眠くなる。

 そこで考えたのが、彼等にその場で教材研究をさせて、模擬授業をさせようという試み。算数の5年生、平均の導入の授業。
 これで行こうということになる。

 「今日はみなさん、このあと教材研究をしてもらい、模擬授業を2名の方にしてもらいます。模擬授業は、くじびきで行います」
 というと、「えっ~~~~~~」という感じで一瞬雰囲気が凍り付いた。

 あとで受講した先生に感想を聞くと、夏休みが一瞬で終わり、緊張した時間になったということ。

 2名の先生。(一人の女性の先生は、顔が引きつっていた。)
 何とか10分間ぐらいの模擬授業を終える。(15分以内の時間制限)
 

  2名の先生には、ぜひとも今回宝くじを買いなさいと励ましにもならない助言を与える。
 
 

  2人とも「おしゃべり授業」になる。
 くどくどと説明する授業。

 もちろん、私も模擬授業を行う。
 2名とはまったく違う授業。
 授業に「小刻みな活動」をどのように入れればいいかという授業である。

 さて、今の自分の授業を少しでも変えていくヒントをつかんでくれたのかどうか、
 そこである。

●20日は、朝早くから福島郡山の学級経営講座に行く。
 もう郡山には6年通い続けている。
 
 

  しかも年に3回も講座を行う。
 話すことは繰り返しになる。

 今回も120名ぐらいの参加者。
 その数の多さに圧倒される。

 震災のあと、郡山の研修を訪れたことを思いだす。
 先生たちは、下を向き、元気がない。
 

  笑いを入れても、まったく笑わない。
 ダメージの大きさを感じ入ったことがあった。
 
 

  もうあれから3年ぐらい経ったのだろうか。
 会場の先生たちには元気さが戻り、表情にも明るさが戻っている。

 前半の70分は、今学級づくり(学級経営)で何をすればいいのかに絞って話す。 
  後半の60分は、2学期から何をすればいいかについて話す。

 ★
 最後に「悩むな、反省するな、次が大切だ」と持論をぶつける。
 
 先生たちを取り巻く環境は最悪である。
 

  鬱病になる。
 普通のサラリーマンと比べても3倍ぐらい増えている。

 「悩むな!」
 そんなことを言われても、「はい、明日から悩まないようにします」とは言えない。

 日本では、「悩む」ということは美徳として良いことと考えられている。
 「悩む力」というベストセラー本もあったほどである。

 でも、「悩んでも意味ないですよ」と私ははっきり言う。
 悩んで解決することなんかほとんどないからである。
  ★
 私が尊敬する福沢諭吉は、まったく悩まなかった人である。(「座右の諭吉」(齋藤孝)の新書版を読めばいい)
 薩長軍が江戸へ攻め入り、どんどん砲撃を続けているときに、福沢は毎日江戸城へ通って行っていた。幕臣(幕府外国奉行翻訳御用)だったのである。
 
 

  物見遊山。周りからは顰蹙をかったのではないだろうか。
  福沢は言う。
 「私は時勢を見る必要がある。城中の外国方に翻訳などの用はないけれども、見物半分に毎日のように城中に出ていました」
 
 

  もう福沢には先が見通されていたはずである。
 その時ちゃっかり芝の新銭座に新しい住まいと塾舎を購入している。今の慶応義塾である。

  福沢は、時代の流れを常に一歩引いたところから眺め、決して時代の流れに押しつぶされることはなかった。
 その軽やかさ、たくましさはすばらしいのである。
  ★
 悩んで解決はしない。
 じゃあどうするんですかとなる。
 
 

  そのままにしておくのである。
 ほっておく。

  そのうちに時間が解決してくれる。
 そう、ほとんど時間が解決する。

 だから、1年前の今頃悩んでいたこと、2年前の今頃悩んでいたことなんて、ほとんど忘れている。
 時間が解決してくれたのだ。
 それでいいじゃないか。
 ★
 悩んでいるときは、視点が固着する。
 一点だけをずっと見続ける。

 それをやめるのだ。
 旅へ出る。自然を見る。山へ行く。
 散歩に出る。

 「幸福論」のアランは、「精神的な病の人に言うことは『遠くを見よ』ということ」と言っている。
  悩んでいる人は近くばかりを見つめている。

 遠くを見るのだ。
 青い木々に目をやる。日が沈む山を見つめる。

  そうすると、一点だけでなく、さまざまな視点がふっと浮かんでくる。
  ★
 「反省するな」
 反省ばかりしていると、自分を傷つける。
 いいじゃないか、「あらっ、またやってしまった!」と。

  反省することで得られることなんてたいしたことではない。

 そんなことより「次をどうしていこうか」と考え、そして行動する。
 このことが最も大事である。

 「次をどうするか、それが人生である」

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