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質問に答えます(2)

   再び質問が出ました。
 学級崩壊をしてしまうのはなぜか、という質問です。
 

 愛知のTOSS超末端教師の先生も答えてもらえていますので、参考にできますね。
 
 

 今、このブログで「アンナ先生への手紙」を書いています。
 そこのところでこの質問の答えに十分答えていくことになるはずです。
 
 

 でも、せっかくの質問ですから、答えておきます。
 改めて確認したいのですが、その先生のことについては以下のようなことでした。
 
 ★ ★ ★
 かつて勤務していた小学校でこんな先生がいました。

新採の20代の女性の先生でした。
TOSSをはじめ、いろいろな指導法を研究されていて、授業の進め方もとても堪能でした。仕事も自分なりに効率よく進めていらっしゃいました。
また、人間的にも本当にすばらしい方でした。

しかし、その先生のクラス(1年生。一年目は別のクラスを担任。)は2年目の後半から学級崩壊を起こしました。
この先生は、3年目に退職しました。

私が原因として考えられるのは2つ。
一つ目は2年目に音楽の校務で(全校音楽の時に)全校の前でピアノを弾かなければならず、これが負担になったのではないか。
二つ目は子どもに「理不尽なところがある自分」を示せなかったことではないか。

私から見ると、学級崩壊しない先生は、どことなく(多少でも)理不尽なところがあるように見えます。
  ★ ★ ★
 
  ★ ★ ★
 過日のコメントで書かせて頂いた女性の先生は、(あくまで私から見るとですが)彼女なりに子どもに「ゆずらないところはゆずらない」毅然とした姿勢をとっていました。(過日のコメントにも書きましたが、TOSSの方法論などもふんだんに実践していました。また、例えば、向山洋一さんがおっしゃるような「管理職がむりやり自分たちのやり方を若手の教師におしつける。」ということもなかったように感じます。別の学校では、このような管理職がいて、苦しんでした先生もいましたが・・・)

このような彼女の姿勢があったからか、いじめはこのクラスにはありませんでしたが、授業は崩壊状態、掃除は遊びの時間みたいになってしまっていました。(彼女もいい意味での「教室内のルールづくり」をいろいろと工夫していましたが、結果が出ませんでした。)

そこで、質問ですが
「優しくすべきとことは優しくしている、厳しくすべきところは厳しくしている」先生が、学級崩壊をしてしまうのは、なぜ?と思います。
★ ★ ★

  1年目の1年生の担任の時は、無事通過されていますね。
 2年目(学年が分からないのですが)の後半から学級崩壊を起こしたということですね。
 
 

 明確に言えるためには、一日その先生のクラスにいれば原因ははっきりし、どうすればいいかも提起できます。
 
 かつて学級崩壊の可能性のある初任者(女性)のクラス(5年生)に立て直すために、一日入り込んだことがありました。
 


 分かったことは、2つ。
 1つは、その先生を嫌っている子供は一人もいなかったこと。
 2つ目は、縦糸の張り方が弱いこと。教室の仕組み作りが弱いこと。
 
 

 崩壊になる可能性は少ないこと、スピードが遅いがとにかくクラスは動いていけるであろうことが確認できました。
 
 

 きちんと仕組みを作り、スピードを増すこと。
 縦糸をきちんと張るところでは、ゆずらないことを指導しました。
 
 

 そのクラスは、私の予想通りに何とか1年を終えることができました。崩壊することはありませんでした。
 
 ★
 一般的にしか言えませんが、はっきりしていることは、「やり方」がまずいのだと言い切っています。
 
 

 教師に向いていないなどという問題にすぐすり替えられていきますが、違います。
 

 教師の仕事は、本来そんなにむずかしい仕事ではありません。
 誰でもがやる気さえあれば、できていく仕事です。
 

 40年前の私の若い頃は、そうでした。
 誰でもができました。学級崩壊も退職する人もいませんでした。
 
 

 でも、今その仕事をむずかしくしているのは、「子供と親の変貌」です。
 日本の子供と親は、世界の中で特異な存在として変貌しています。
 

 そのために、こんなにむずかしい仕事になってしまっているのです。

 「やり方」がまずいだけ。
 2つです。
 

 
 1つは、子供との関係づくりがまずいこと。
 2つ目は、「学級づくり」がまずいこと。原理・原則に合わない「やり方」をしている こと。
 
 90%ぐらいが、この問題です。
  昔は、この2つは、担任をしながら身につけていけば良かったのです。
 

 でも、今は、即必要になります。
 

 子供たちは、初任の先生だからと言って甘く対応してくれるなんてないのですから。
 
 

 初任者の先生たちは、教えてくれる人がいないので学ばないままに担任になっていくので多くの人がクラスを荒らし、辞めていっています。
 残念としか言いようがありません。

  ここで問題になっている先生は、勉強家で、「優しくするところ」と「厳しくするところ」も分かっていたと言われるのですが、それは周りの目(なっちゃリズムさん)から見られたことでしょう。
 私の目から見れば、違うように見えるのだろうと思われます。
 
 

 また、その先生は、良く勉強をされていて、さまざまな知識を身につけられていたわけですね。
 私も本を書いているので同じ立場ですが、知識はあくまでも知識にしかすぎないことです。
 
 

 決め手は、目の前の子供たちです。
 その子供たちに合う知識もあるし、合わない知識もあるのです。
 
 

 うまく行かないときは、柔軟に変えていかなくてはならない。
 拘らないことですよ。
 
 

 目の前の子供たちに合わせて、うまくいかない時にはいかようにも変えていける柔軟性をもっているか、なのです。
 特に現場教師は、その精神を忘れないことだと思います。

 ★
 改めて質問に答えます。
 
  その先生は、「やり方」がまずかったのです。
 その「やり方」とは、2つです。

 1つは、子供との関係づくりがまずかったこと。
 2つ目は、学級づくりがまずかったこと。

 とくに、1つ目の問題が大きなポイントを占めていると思われます。
 その問題は、今若い先生たちの最大の問題になっているからです。

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コメント

野中先生、連日のご丁寧な回答ありがとうございました!

それから、愛知の先生にも回答して頂きありがとうございました。
実は、私も「もしかしたら、音楽の校務が原因?」と思っている部分がありました。全校音楽でピアノの伴奏を任されるまでは、(あくまでも私の目ですが)この先生のクラスが崩壊しているようには見えませんでした。3年目の秋には音楽会の学年合唱の伴奏も引き受けた(させられた。というのが本当のところだと思いますが)ことが原因か、この頃から目に見えてクラスが荒れていっているように感じました。

横浜で国語塾をされている福島先生という方(元小学校教師の方です)がネット上に「小学校にいらないものリスト」のようなものをいろいろ掲載されていますが、そこにはないものの、私は「これだけ音響機器が学校にあるのに、音楽専科の先生でなくても、ピアノ伴奏はできなくてはいけないの?」と感じます。

もちろん、音楽専科の先生は弾けた方がいいでしょうし、生の楽器の伴奏、というのも音楽科が「情操を育むこと」をねらっている以上「たまには」あった方がいいと思います。(これとて学校行事にある「音楽鑑賞会」でそれこそ音楽のプロが子どもたちに演奏を聞かせれば、その方がいいと思うのですが。)

「理不尽」という言葉についてですが、数年前、ある週刊誌で「若い社員の問題点」について書かれていました。
ある週の記事には「若い社員は、~といった問題行動がある。」といった内容で書かれていました。
そうしたら、ある読者の方が「いや、うちの若い社員の子たちは仕事をまじめにがんばっている。」といったような感想を寄せたそうです。
そうしたら、次の週の記事には「こういう意見を頂いたが、最近の若い社員はまじめだが、忍耐力がない。」といった内容で書かれていました。
そうしたら、ある読者の方が今度は「いや、うちの若い社員の子たちは、遅刻もしないし、さぼらない。指示も素直に聞いてくれる。忍耐力がないようには思えない。」といったような感想を寄せたそうです。

そうしたら、その次の週の記事には「こういう意見を頂いたが、ある会社で取材すると、最近の若い社員は法律に沿わない(違反する)ような仕事をやろうとしない。やらせようとすると「これは、法律違反だ。コンプライアンス違反だ。こんなところで働きたくない。」などと言って辞めていってしまう。自分たちが若い時には上司の理不尽な命令でも我慢して仕事をこなしていった。最近の若い社員には理不尽なことに対する忍耐力がない。といった、先輩社員の声がある。」といったようなことが書かれていました。

回答して頂いた愛知の先生はTOSSで勉強されているようですが、私は、予備校生の時に向山洋一さんを「いじめ撃退マニュアル(だったと思いますが)」という本で向山さんのことを知りました。
10年ほど前、本屋で「算数教え方教室」を見かけました。
「へ~。向山さんって、算数の教え方の本も出しているんだ。」
と思い、パラパラ本をめくり一読すると、思わずガッツポーズをとりました。
自分の思い描いていた算数の授業と向山さんの授業論が似ていたので。

私は、講師時代には(今でもそうですが)、向山さんの教育論には全面的に支持できないものの、向山さんの教育方法論の根幹の一つであろう「弱い立場の子どもに優しい」方法論、例えば宿題の出し方、授業終始のあいさつの簡略化などはどんどん取り入れ、一定の効果を挙げてきました。(ちなみに私は、この冬、長野のあるスキー場で子ども向けのスキーレッスンをしましたが、ここでも向山さんがすすめる方法論の一部を応用し、一定の成果をあげました。)

ところが(愛知の先生はそうではないと思いますが)、私の講師時代の同僚の先生も、ほとんどの先生が(一部であれ)向山さんの方法論を実践されていたのですが、その中のほとんどの先生は向山さんが「やってはいけないですよ」と主張する方法論、例えば、できない子どもを中傷する、忘れ物表を掲示する、しつこいほどの100ます計算(しかも、タイムまではかる!)を実行していました。ちなみに、こうしたことを実行をしていた先生たちは、例外なく子どもたちにとって「怖い先生」と見られていました。

ただ、こうした先生のクラスは学級崩壊を(向山さんの言う通り、こういうクラスにはいじめや教室内カーストはありましたが)していなかったこと、こうした先生に対する周りの先生の評価が高かったことが少し気になりました。

そして、講師を退職してから、しばらくして、前述の週刊誌の記事に出会いました。
それでも、私は「ただの忍耐力ならともかく、理不尽なことに対する忍耐力なんて若者に求める方がおかしいだろう。この国は民主主義だし・・・」と思っていました。

ところが、先月、図書館でスクールカーストの本(この本では、現実にわが国の教育現場で働かれている何人かの先生が、スクールカーストについていろいろ語っています。)を読んだ時に、本の中で「黄金の三日間を大切にしている」と言っている先生(だったと思います)が、スクールカーストを「子どもにとっていい勉強」などと言っているのを見た瞬間、
「あれ、黄金の三日間って、向山さんの言葉だよな。でも、向山さんってクラスの弱肉強食システムをこわせとか、スクールカースト崩壊(否定)派じゃないの?」
と吐き気を感じながら考えました。(失礼ながら、スクールカースト賛成派の教師の言葉には吐き気を感じるので。)

こうしたことがあり、
「オレは、今の日本は成熟期だと思うし、産業構造の転換期だとも思うから、理不尽な忍耐力なんてこれからの子どもたちにはむしろ害になる方が多いと思うけど、こうしたものを肯定する人も多そうだな・・・オレの考え、おかしいのかな。」
と思い、ネットでいろいろ調べていたら、このブログにヒットしました。

そこで、最初の質問をさせて頂きました。(丁寧に、誤解を招かずに書こうとすると、ご覧の通りかなりの長文になるので、端的に書いたつもりが、かえって読みづらい文章になってしまい申し訳ありませんでした。また、野中先生が書かれた若い女性の先生が苦しまれている記事を読んだり、こうしたことをコメントに書いていると、それこそ社会の理不尽な部分に腹が立ち、かなり感情的な質問文になってしまいました。このことについても申し訳ありません。)

いずれにしても、(レスを頂いた愛知の)先生のように、例えば向山さんの理論を良心的に捉え、現場で実践されている(ように感じました)先生がいらっしゃることに安心感をおぼえました。(私の経験では、パワハラのある学校は100パーセントいじめがあり、パワハラのある塾は100パーセント子どもたちが入試でいい結果を出せないで終わります。また、前述した通り、私は向山さんやTOSSの教育論、指導法に賛成できない部分もいくつもあります。なのに、こんなことを書いてすみません。)

本日も長文、失礼しました。

レスを頂いた愛知の先生へ、愛知の子どもたちは男女仲がいいな、と感じるなど愛知県は全体的にいい教育実践をしているのでは、と感じる部分があります。無理をしないで頂き、現場で更なる活躍をされることを期待しています。

野中先生、暑い季節になります。お体を大切にして頂き、元気に毎日を過ごして頂ければ、と思います。


投稿: なっちゃリズム | 2014年7月26日 (土) 16時03分

前日に、とてつもなく長いコメントを送信し、また、私は現職の公立小学校の教師でもないので、このブログにこれ以上のコメント送信は控えよう。と思ったのですが、今日、初めてこのブログの記事を時間をかけてゆっくり読ませて頂いたところ、少し歯がゆさを感じたので、大変失礼ながらコメントを再び送信させて頂きます。

時間をかけて記事をよませて頂いたところ、既に現場を離れた私でさえも、野中先生に質問、意見させて頂きたいことがいくつかありました。(既に丁寧な回答を頂いているので、以下の質問の野中先生の回答は結構です。)
例えば、「現場の教師が校長に求めたい資質をブログの記事で3点挙げられていますが、これからのわが国の方向性について一定の見識をもっている。という点は、現場の教師が校長に求めたい資質ではないでしょうか。」など。

私が疑問に感じたのは、現場を離れた私でも、思わずこうやって質問コメントを送信したくなるのに(質問コメントがあると、野中先生は必ず誠実に回答されています。そうしたこともこのような気持ちにさせるのかもしれませんが。)、なぜ、現職の先生方がこうしたブログを活用しないのだろう。と不思議に感じます。

野中先生の教育方法論が、現場とずれているから?
→私はそうは思わない(部分が多々ある)のですが。「味噌汁・ご飯授業」なんてズバリの考え方だと思います。ただ、失礼を承知で書かせて頂くといい意味で「当たり前」の方法論だとは思いますが。

野中先生が有名な方でないから?
→実は、私は最初そう思っていました。(すみません・・・)なので、「TOSSの教育方法論が好きな先生を冷かしてやろう。」といった気持ちでコメント送信をしました。ところが、ネットで野中先生のことを調べると、全国的にもとても有名な先生であることがわかり、今では恐縮しています・・・

野中先生のブログタイトル?
→とても失礼なのですが、これはあると思います。もちろん「風にふかれて」はとてもいいブログタイトルだと思いますが(私はとても好きなのですが)、「らくちん小学校教師の学級経営道場」とかならもっとこのブログを読まれて、質問コメントをされる先生が増えるかな・・・と感じます。(野中先生のお気持ちを考えないようなことを書いて、大変申し訳ありません。このブログをたくさんの先生に読んで頂きたく、このような失礼なことを書かせて頂きました。)

以上、歯がゆくなったので書かせて頂きました。もし、野中先生が「いや、オレも忙しいし、体調などのこともある。あまり質問コメントをされても、正直・・・」と思われるかもしれません。(当然のことですが)その場合は、このコメントは野中先生にとって迷惑なものになると思います。その場合は、コメントの「削除」(つまり非掲載)を希望します。

逆に「そうなんだよ、みんなもっとオレに質問してほしいよ。」と思われるのであれば、私のこの拙いコメントで良ければブログの記事で取り上げて頂いて結構です。

本当にさしでがましいコメントをしてしまい、すみません。
野中先生のような見識ある先生が、現場の先生方の身近にたくさんいらっしゃることが一番いいのは言うまでもないのですが・・・

それでは、お元気にお過ごしください。


投稿: なっちゃリズム | 2014年7月27日 (日) 16時23分

 なっちゃリズム様。
 たびたびご返信、ありがとうございます。
 
 スクールカーストという言葉を知らなかったので、調べました。
 私も大嫌いです。
 確かに、子供たちに序列みたいなのは存在します。
 その中で、お互いに高め合っていき、苦手がある子も頑張っていこうかという雰囲気にできるかだと思います。それが、学級経営の見せ所です。
(向山氏やTOSS主流派みたいに劇的に差別意識をぶち壊すのは、相当勇気が要ります。目指す気持ちは大事ですが)


 「理不尽さ」言われることもなんとなく分かりました。
 そのうえで申し上げますが、理不尽さと学級崩壊は(私の身の回りでは)あまり関係ないと思います。
 TOSS主流派の先生たちは、不当な理由(勤務時間を超えた学年会議等)では、さっさと切り上げようとします。そんな理不尽はいやだからです。TOSS主流派の多くの先生は、学級は安定しています。(もちろん、とんでもなく大変なクラスも担任させられる時があるようですが、それなりに対応されているようです)


 「音楽伴奏がいらない」私も同意見です。私の身の回りでは、児童生徒が弾いている学校が増えてきました。
 教師の演奏である必要はないと思います。
 ちなみに生演奏でなくてもいいでしょう。なんかあったときはMDにとっておいて、それを流せばいいのですから。
 もし管理職が、教師の演奏にこだわっている、生伴奏にこだわっているとしたら、はっきり言って「能無し」ですね。


 愛知の教育にお褒めの言葉を下さり、ありがとうございます。
 私の子供のころは管理教育「西の愛知、東の千葉」と非難?されていましたが、それだけ先生方が適切に熱心ということです。
 ここ数年間でかなり制度の改革がされていますが、愛知県は腰を落ち着けてやっていると思います。ずっと校長・教頭・教務・校務の4役体制です。(教務主任・校務主任は、準管理職的地位)
 このおかげで、何か大きな仕事が入っても(最近では特別支援教育コーディネーターを校務主任でやっている)この4役でかなり振ってもらえるますし、補教にもかなり入ってもらえるので、担任としてはかなり助かっています。管理的といわれた制度がいいことに循環しています。
 蛇足ながら、全国教研でも愛知県は子供のことを考えた実践であり、高い評価を受けていると聞きます。
教科によっては、県教研の方がレベル高いじゃん、と思うのもあります。(他の県の方々にはすみませんが)
 愛知県教員組合は、日教組にも入っていますが、主張は過激ではありません。
 某政治家が、日教組を時折徹底批判しますが、愛知県の実践を見れば、絶対そんなことはいわないだろうと思います。


 私は一応TOSS超末端ですが、TOSSの主張であまり賛成できないのがあるとお聞きしました。
 どの点が賛同できないのか、教えていただければありがたいです。
 
 (私も全面賛成ではありません。????と首をかしげるのもあります。だから「超末端」なのですが)

 とても長くなり、すみませんでした。


<野中先生、ここでのやり取り、ご容赦ください。>
 

投稿: 愛知のTOSS超末端教師 | 2014年7月29日 (火) 02時24分

愛知の(コメントを頂いた)先生へ
ご質問にお答えします。そして、このようなご質問、ありがとうございました。27日のコメントにもっと書きたかったことが書けます!

私のコメント「向山さんやTOSSの主張で賛成できないものもあります。」ですが、これは、正確に書くと「長野県の中信(松本市や野中先生が行かれた安曇野市などの地域です)地域に住む人間として、また、この地域で講師を経験した人間として、向山さんやTOSSの主張で賛成できないものもあります。」になります。

コメントに書かれたように、私は愛知県や名古屋市の教育について「いいな!」と思える部分がいくつもあります。例えば、規範意識に関する指導、支援は長野県民の私から見ると、いい意味で熱心に取り組まれているように見えます。

でも、愛知県や名古屋市で実践されているような指導、支援は長野の山間地の小学校の一部ではあまり必要がないように感じます。
なぜならば、家庭でのしつけの習慣が残っている地域もありますし、地域の保育園できちんとこのような指導、支援がなされている(学校では、保育園の土台に立った指導、支援をすればよい。)などといった点が挙げられます。

数年前、「教室ツーウェイ」(だったと思いますが)を読んだとき、向山さんが、
「これまで、東京で生まれ育った私には、山形(だったと思いますが)の学校実情や山形の子どもたちの視点がなかった。」
といったような記述を、教室ツーウェイにされていました。

つまり、あの向山さんであっても「今まで自分が知らなかった地域の教育事情などを通して新しく気づかされたり、考えさせられること」があります!(失礼な書き方だし、当たり前のことかもしれませんが)

そこで、ご質問の回答ですが、一つに「TOSSの算数セット(って言うんですか?100玉そろばんが入ったあのバックのことですが。)にも、(他の算数セットにあるような)時計と図形の色板数枚、数直線といった教材を入れた方がいいのでは?」というのがあります。

講師時代に、組合の若い先生たちの集まりで、ある先生がTOSSの教材、実践をいくつも示されたことがありました。
終了後、私は早速その先生のところにかけよって、前述の100玉そろばん入りのバッグを見せて頂きました。

私「あれ? 先生、(中に入っている教材が)これだけなの?時計や図形の色板や数直線もあった方がいいんじゃない?向山さんやTOSSの先生方って、何か理由があってこれだけしか入れてないのかな?先生、その理由を知っていたら、ぜひ教えていただきたいんだけど。オレも何かの参考になるかもしれないし。」
バッグを見せて頂いた先生「ごめん。オレもはっきりした理由は知らない。でも、時計や図形の色板は教科書にも教材として掲載されているし、先生(つまり私)が今日、発表してくれたように数直線を使って(2年生の)くり上がり、くり下がりの計算を理解する子もたしかにいるよね・・・そう言われると、たしかにあった方がいいよね・・・」
といったやり取りがありました。ちなみに私にバッグを見せて頂いた先生の学年では、時計は別途購入したそうです。

算数セットの中に入っていた方がいい教材も、地域や学校によっても意見が異なると思います。(小規模校では、子どもたち一人ひとりに行き渡るだけの図形の色板が教材室などにあるかもしれないし、時計についてもTOSSではありませんが、水道方式を実践していた学年では算数セットを買わず、タイルを購入し、時計だけ別途注文し購入していましたこともありました。ちなみに私は水道方式は賛成できません。理由は向山さんの挙げられた理由と同じく、子どもたちの混乱が目に見えているからです。)

そして、私の27日の意見なのですが、(大変失礼な文章ですが)もしかしたら、野中先生の記事を読んでも、自分の経験から疑問点があるかもしれない。野中先生が気づかれない視点があるかもしれない。そうした点は率直に質問し、みんなでより良い教育方法論を構築できれば、と考えあのようなコメントを書かせて頂きました。特に野中先生のブログの記事は(これも失礼な記述ですが)教育方法論の土台の記事としては、もってこいの記事ばかりだと思いますので。(こういったことは土台がしっかりした記事でないとできないと思いますので・・・)

駿台予備校の飯田先生が以前、講師室に遊びに来て講師と意味のないおしゃべりばかりしている生徒は、すし屋でカウンターの奥の席を陣取ってべちゃべちゃ長時間とりとめのないことをしゃべっているおじさんと同じ。とおっしゃっていました。
このブログで、退職し、しかもあわよくばとりとめのないコメントを書いている私が、すし屋の奥の席の客のおじさんのようになっていくのは申し訳ないので、だれか現職の先生が早くこのすし屋ではなくブログのコメント欄に来客ではなく投稿をしてもらえば、私も店ではなくブログから出ていくのですが・・・

とにもかくにも、野中先生や愛知の先生、そしてこのブログをご覧になっている先生方が元気に過ごされればと思います。

投稿: なっちゃリズム | 2014年7月29日 (火) 15時06分

なっちゃリズム様
 またまた愛知のTOSS末端です。
 

 長野県の先生ですか。
 (長野の行政区分に疎いので、当て外れだったらごめんなさい。中信地方は、馬篭妻籠、南木曽町などが含まれていますね。これらの地域は大水害で大きな痛手を被りました。先生のお住いのところは大丈夫だったでしょうか?)
 TOSS長野には、小松先生、小嶋先生など、結構強力な方がお見えですね。


 TOSS算数セットは、ブロックに対抗するために作られたものです。
 一般的な算数セットは、教科書がブロックなので、ブロックを使ったものになっています。
 ふつうの先生は、「教科書にあるから、(しょうがないから)ブロックを使おう」「今までそうだから使おう」と思っています。「つかいにくいなあ」と思っています。
 ぼろぼろ落とすし、使うと積み木みたいに遊ぶ子が出てくるからです。
 だから、「使いにくいから算数セット買うのやめよう」という動きもあるようです。
(TOSS算数セットのことを全く知らないのでしょう)


 TOSS算数セットは、時計や数直線はTOSSランドでやればよい、と考えているのではないでしょうか。(推測です)
 図形の色板は、遊んでしまうからカットしたのではないでしょうか。(これも推測です)
 使う機会も計算関係に比べると少ないから、ということもあるのではないでしょうか。(推測)


 規範意識の「格差」は、全国的に広がっているようですね。
 秋田・福井・長野県中信地方・山形などは、平均的に家庭でのしつけがされている。
 東京・大阪は(一部だろうが)、疑問のつく家庭が目立つ。(だから、学級学年学校崩壊を招きやすいのか?)
 わが愛知は、両都市ほどではなく(放置すると危ない家庭はある)、先生方も熱心なので、規範意識が比較的保たれている・・・というところでしょうか?


 私も愛知(東尾張です)中心にみてしまいますから、東京大阪の現状で聞くと「うそだろ」と思うし、文科省の役人の発言を聞くと、「東京だけを見て発言するなよ」と思いたくなる。
 秋田・福井のことををきくと、「家庭的にしっかりしているからうらやましいし、先生も学力を上げようという気が起こるだろうなあ」とうらやましくなる。
 そんなところでしょうか?


 しかし、愛知の子供たちも、私の子供の頃と比べると、“道徳的な平均値”はダウンしています。だから、TOSSの方法は必要だろうと思います。


 もっと根本的なところでTOSSの批判があるのかと思っていました。
 私は、なっちゃリズム先生は、良心的な実践をされていたのだろうと思います。
 機会があればお話ししたいですね。


投稿: 愛知のTOSS超末端教師 | 2014年7月30日 (水) 20時07分

愛知のコメントを頂いた先生へ
返信、おそくなりすみません。

先月の南木曽町で発生した災害に関するお心づかい、ありがとうございます。
私が住んでいる地域は中信地域でも中北部に当たるので、大丈夫でしたが、実は講師時代、南木曽町内の小学校で勤務していたことがあり、災害後、町内のある観光協会の方にメールさせて頂いたところ、「みんなで元気にやっています。」といったような返信を頂き、本当に安心しました。(中学生の生徒さんが犠牲になったのは本当に残念でしたが。)

私のような者と「話をしたい。」との事、先生のような勉強熱心な方からこのような言葉を頂き、びっくりしていると同時にうれしく思います。丁寧なコメントをされる先生の事、社交辞令のように感じなくもないのですが、それにしてもうれしく思います。

ただ、実際にお会いするのは言うまでもなく極めて難しく感じます。なので、こうしたブログでのやり取りもいいな、と思うのですが、先生もコメントで書かれている通り、野中先生のブログで頻繁にやり取りをするのは私も失礼に感じます。

そこで、Yahoo(ヤフー)ブログで本日から「がっこうプラットフォーム」という名前のブログをはじめたいと思います。(この後、4時頃にはご覧頂けると思います。)
実は以前「みんなの政治、みどりの経済」というブログを書いていたのですが(もちろん、学校の退職後です)、段々面倒になり書かなくなってしまいました。
他のブログでやり取りしている方から(TOSSを実践している方でも、もっと言うと教師の方でもないのですが・・・)「あなたもブログを復活したら?」との声があったので、いい機会?なのではじめたいと思います。よかったら見てみてください。

もし、見て頂けるのであれば、誠に勝手ですが
① TOSSに関する記事はあまり書かないであろう事を承知して頂きたい事(TOSSに関しては、いろいろな先生方が既に知性溢れる記事を書かれていますので。)
② もし、私のブログにコメントを頂けるのであれば、HN(っていうんですか?私で言えば「なっちゃリズム」に当たるものですが。)は「末端」以外のものにして頂きたい事(先生のような見識ある方に、私のような未熟な者が「末端」などという言葉を使うのは、勝手ながらとても抵抗を感じますので・・・)
を願いたく思います。

パソコンが苦手な部分がある故、ここから(私のブログに)リンクできない事、すみません。

また、野中先生には、先生の貴重なブログであるのにも関わらず、このような「自分のブログの紹介」みたいなコメントになってしまいとても申し訳なく思います。

8月になりました。暑い毎日が続きます。野中先生、愛知の先生、このコメントをご覧になっている先生方もお体を大切にして頂き、元気に毎日を過ごして頂きたく思います。


投稿: なっちゃリズム | 2014年8月 2日 (土) 14時58分

上の私のコメントに書いたブログ(がっこうプラットフォーム)ですが、誠に勝手ながら、時間的に今後、ブログを書くことができなくなってしまいそうなので、数日書いただけで本当に申し訳ないのですが、ブログの利用停止をしました。

関東甲信は台風が過ぎ、ここ数日間は暑くなりそうです。野中先生も元気にお過ごしください。

投稿: なっちゃリズム | 2014年8月11日 (月) 13時38分

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