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つれづれなるままに~呆れたこと、気になっていること~

  ●明日から北海道への長い旅行が続く。
 

  26日には、斜里のS中学校を訪問。
 27日は、北見のM小学校訪問。
 7月2日は、江差のM小学校訪問。
 7月4日は、名寄のN小学校訪問。
 

  アドバイザーとしての仕事である。
 どこも「味噌汁・ご飯」授業をし、その後講演になる。
 

  中学校では初めて授業をさせてもらう。とても楽しみ。
 大変なのは、それぞれの学校へたどり着く道程である。
 

  江差から名寄までは、バスー飛行機ー電車を使って、一日がかりで移動する。
 日本からサンフランシスコまでを飛行機で行く時間である。
 

  50肩の痛みをこらえての道程はつらいものがある。

●フェイスブックで話題になっていたこと。
 

5月から議員報酬が1ヶ月約26万円アップ。年間421万円の引き上げである。
 

びっくり。ほんとなのかと疑ってしまった。
マスコミでは何の話題にもならなかった。

どこの政党も騒がなかった。

  私は年金生活者である。
 確実に年々減っている。
 

  固定資産税やさまざまな税金は、年々上がっている。
 普通の生活者は、払うものは増え、もらうものは減っているのである。
 

そのようなときに、よくぞこのようなことができるものである。
 呆れた!

●あと1ヶ月ばかりで1学期が終わる。
 1学期の終わりには、通知表が渡される。
 

  気になっていることがある。

 その評定の仕方である。
 いろいろ聞いてみると、まだ相対評価でつけているという実態である。

 今学校での評定の仕方は、絶対評価でつけることになっているはずである。
 相対評価から絶対評価への移行は、もはや10年前ぐらいだったはず。

 ところが、現実にはまだ相対評価で通知表がつけられている。
 ある学校は、ほとんどの子供たちがテストでは90点以上をとる。100点がほとんど。
 

  だから、評定は絶対評価だと◎(よくできました)がつけられるはずである。(もちろん、ペーパーテストだけでつけられないが)
 

  ところが、その学校は、全部が100点でなければ◎にはならない。
 そして、学年でクラスごとに何人ぐらいを◎にしようと調整している。 

  学校全体で評価基準(規準ではない)が作られてなくて、適当に学年で操作しているのである。
 

  それを管理職も黙認している。あるいは推奨している。
 
 

  要するに、学校現場(それは一部だと思うが)ではまだ絶対評価にはなっていなくて、相対評価のままに推移しているのである。
 

  こんなことが許されるのであろうか。

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コメント

学校全体で評価基準(規準ではない)が作られてなくて、適当に学年で操作しているのである。
それを管理職も黙認している。あるいは推奨している。

 これにはびっくり。どうなっているのでしょう。

投稿: よしどん | 2014年6月24日 (火) 22時20分

 相対評価から絶対評価に完全に変わったのが、平成14年度だったかと思います。
 その前年までに準備できた学校は、学校全体で評価基準を作り、微調整は学年で相談するというスタイルができていました。だから、その学校ではとても気分的に楽でした。

 しかし、別の学校では、そんな発想もなかったです。提案しても却下されました。その教務主任は「相対評価派」でした。だから”低く調整”させられました!!!(別件でもいやなことが重なり、ブチ切れて異動しました。)

 結局、勉強している教務主任がいるところは、絶対評価になり(もし相対評価であったとしても絶対評価に直し)、不勉強な教務主任の学校は相対評価になるな、と思います。

 本当はそんなことではいけませんが・・・・。

投稿: 一教師より | 2014年6月25日 (水) 19時30分

初めて投稿いたします。関東圏の小学校で教員をしています。ほたると申します。いつも先生の更新を楽しみに読ませていただいています。また、昨年、お味噌汁、ごはん授業の講座に参加して、また一つパワーアップできました。ありがとうございました。
 今回の話題は、「学校現場ではまだ絶対評価にはなっていなくて、相対評価のままに推移しているのである。」というものでしたが、現場は先生が思っている以上にもっともっとひどい状況です。
 自分の自治体では、少なくても自分が勤務してきた学校、及び近隣校ではまさにこれです。表向き「絶対評価」ですよとしつつ、「相対評価」になっています。学年で「◎」の数を調整することが横行しています。
 評価基準、評価規準は、説明のために準備してあるといった感じで所詮は形だけです。
 では、なんでそのようになっているかというと、様々な要因がありますが、教員個人の取り巻く環境が厳しこと、また、力のない教員が増えてきたことが大きな要因だと思います。
 例えば、1組がたくさん◎が多い。かたや2組が◎が全くないとなったら、教員の教え方の問題に発展します。それがたとえ、学力的にクラスに偏りがあったとしてもです。クラス編成は、人間関係を優先するので気をつけていても少なからず学力が偏ります。それはこちらの事情で、保護者とっては関係ありません。当然、保護者は騒ぎます。だから、騒がれないように「◎」の数を調整します。また、保護者のネットワークは、すごく、だれが「◎何個」といった情報が何の躊躇もなく、今はやりの「LINE」で回ることもあります。
当然、力のない教員のクラスに介入したり、教え方改善をうながしたりするべきですが、そういった教員は人の話をまず聞きません。できる先生、こころある先生はなんとか試みますが、失敗することのほうが多いです。そんなところに労力を使うぐらいなら、調整してしまったほうがましということです。
 また、逆のこともあります、教員が正しく評価できないために大量に◎をつける。子どもたちにあげる「あめ」のように扱っている人もいます。それをふせぐ為に、調整をする側面もあります。適正に評価をつけている人にとってはたまったものじゃないです。
 先生がおっしゃっているように許せませんよ。真面目にやっている人と適当にやっている人のクラスの評価が同じなのですから。
 自分は、評価部会、職員会などで幾度となくおかしいと言ってきましたが、のれんいうでおしです。本音と建前はちがうのが現状です。
 今の学校現場は、どんどん弱くなってきています。大量採用で若手ばかりの学校、定年によってベテランがいなくなり知識、経験の継承がされないことも大きな影響を及ぼしています。委員会で行われる研修も、校内で行われている研修もともに研鑽を積む目的が薄く、「やりました」というアリバイ作りのために行われている側面が強いです。すべてが後手後手で、末期です。
 勉強する先生、しない先生との実力の差は開くばかりです。しかし、自分の周りは開いたとしても危機感が全くないのです。自分は、教員はいつか淘汰される時代が来ると思っています。そうなる前に一人一人が、もう一度教育について深く考えないといけないと感じています。
 長文で本当に申し訳ありませんでした。

投稿: ほたる | 2014年7月24日 (木) 22時52分

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