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2014年6月

つれづれなるままに~中学生に初めて授業をする~

  ●25日(木)午後3時頃に女満別空港に到着。
 晴れ渡っていて、快適な天候。
 
 

  斜里中学校のI先生に迎えにきてもらう。
 車で斜里町へ向かう。
 
 

  途中で、そびえている斜里岳や羅臼岳が見えてくる。
 うっとりする。
 
 

  斜里町は、美しい街。
 長野の安曇野のことを思いだす。
 

  景色の美しさに興奮して町のあちこちをウロウロする。
 
 その夜、校長先生、教頭先生を交えて研究部の先生たちとの懇親会を開いてもらい、オホーツクの海産物を堪能する。
 
●26日(金)斜里中学校を訪れる。
 遠くに斜里岳がくっくりと見え、中2の生徒たちが体育でソフトボールをしている。
 それだけで落ち着いた学校だなという感想を持つ。
 


 4時間目、1年B組での国語の詩の授業。
 5時間目、1年A組での同じく詩の授業。
 
 

  初めて中学生に授業をする。
 なかなかの手応え。
 
 

  ほとんど反応は小学生と変わらない。
 きちんと反応してくれるし、笑ってもくれる。
 うれしくなる。

 この斜里中学校も5年前には相当に荒れていたということを聞いて、よくぞこれほどまでに先生たちはがんばられたものだと感心する。

 組織は人である。
 構成する先生たちのチームワークで、少しずつ組織は立て直されていく。
 
 

  斜里中学校は、校長先生の陣頭指揮の下にみごとに再生している。
 中学校でも大切なのは、きちんとした「授業」であること。
 

  校長先生は力説されていた。
 
 部活も、生徒指導、行事も、大切であるが、中心におくのはやはり「授業」なのだ、と。
 

  とても新鮮な言葉。
 中学校の先生からまともにこんなことを聞いたことがなかったからである。

 放課後、「日常授業」の改善で先生たちに話をする。

 斜里中学校での話が終わったら、急ぎ網走の方へ行く。
 網走の道の駅で待ち合わせ。
 
 

  北見市のO指導主事と、北見市の緑小学校のA教頭先生が迎えに見えている。
 遅れていって何とも恐縮する。
 
 

  27日は学校力向上のアドバイザーとしての学校訪問である。
 その夜、緑小の校長先生、教頭先生、研究主任の先生からじっくりと話を聞く。   

●27日(金)、朝8:30にO指導主事に迎えに来てもらい、緑小を訪れる。
 「うわあ~~、きれいな学校!」という感想。

 まさに北海道の学校。運動場が広くて、緑の木々に囲まれている。
 
 

  2時間目に全部の先生たちのクラスを見て回る。
 3時間目は、初任2人の先生の授業を参観する。
 
 

  若手の先生たちがいっぱい。
 5時間目は、4年1組で私の国語の授業。 
 

  この授業で訴えたいのは、3つ。

 ①小刻みな活動
 ②スピード・テンポ
 ③フォロー

  「日常授業」にこの3つを入れたら、授業は一変する。
 そのようなテーマで、授業をする。

 休憩時に、校長先生からノートを見せてもらう。
 初任の先生の毎時間の授業準備ノート。
 
 

  7,8冊あっただろうか。
 びっくりする。
 
 多くの若い先生たちは、こうしてノートづくりをされているということ。
  まさに「日常授業」を大切にする実践である。
 
 

  この緑小は、きっとすごい学校に成長する。
 そんな予感がした。
 
 

「あたりまえのことを積み重ねると、特別なことが生み出される」
 

  
●28日(土)の夕方、女満別空港から羽田へ帰ってきた。
 雨模様の東京。
 
 7月1日からまた、北海道を訪れる。
 今度は、江差に行く。また、名寄へ行く。
 
 

  どんな出会いがあり、どんな学校に出会えるのであろうか。
 楽しみでたまらない。

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つれづれなるままに~呆れたこと、気になっていること~

  ●明日から北海道への長い旅行が続く。
 

  26日には、斜里のS中学校を訪問。
 27日は、北見のM小学校訪問。
 7月2日は、江差のM小学校訪問。
 7月4日は、名寄のN小学校訪問。
 

  アドバイザーとしての仕事である。
 どこも「味噌汁・ご飯」授業をし、その後講演になる。
 

  中学校では初めて授業をさせてもらう。とても楽しみ。
 大変なのは、それぞれの学校へたどり着く道程である。
 

  江差から名寄までは、バスー飛行機ー電車を使って、一日がかりで移動する。
 日本からサンフランシスコまでを飛行機で行く時間である。
 

  50肩の痛みをこらえての道程はつらいものがある。

●フェイスブックで話題になっていたこと。
 

5月から議員報酬が1ヶ月約26万円アップ。年間421万円の引き上げである。
 

びっくり。ほんとなのかと疑ってしまった。
マスコミでは何の話題にもならなかった。

どこの政党も騒がなかった。

  私は年金生活者である。
 確実に年々減っている。
 

  固定資産税やさまざまな税金は、年々上がっている。
 普通の生活者は、払うものは増え、もらうものは減っているのである。
 

そのようなときに、よくぞこのようなことができるものである。
 呆れた!

●あと1ヶ月ばかりで1学期が終わる。
 1学期の終わりには、通知表が渡される。
 

  気になっていることがある。

 その評定の仕方である。
 いろいろ聞いてみると、まだ相対評価でつけているという実態である。

 今学校での評定の仕方は、絶対評価でつけることになっているはずである。
 相対評価から絶対評価への移行は、もはや10年前ぐらいだったはず。

 ところが、現実にはまだ相対評価で通知表がつけられている。
 ある学校は、ほとんどの子供たちがテストでは90点以上をとる。100点がほとんど。
 

  だから、評定は絶対評価だと◎(よくできました)がつけられるはずである。(もちろん、ペーパーテストだけでつけられないが)
 

  ところが、その学校は、全部が100点でなければ◎にはならない。
 そして、学年でクラスごとに何人ぐらいを◎にしようと調整している。 

  学校全体で評価基準(規準ではない)が作られてなくて、適当に学年で操作しているのである。
 

  それを管理職も黙認している。あるいは推奨している。
 
 

  要するに、学校現場(それは一部だと思うが)ではまだ絶対評価にはなっていなくて、相対評価のままに推移しているのである。
 

  こんなことが許されるのであろうか。

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つれづれなるままに~緘黙児が発表した!~

  ●19日から大阪の寝屋川へ行っていた。
 19日は、寝屋川のK小学校を訪問。
 

 今、3年生を担任している松森靖行先生の授業を見て、それに解説を加え、そして「1年間をがんばりぬく学級づくり・授業づくり」というテーマで講演。
 慌ただしい日程である。
 

 50名ほどの先生たちが参観されていて、教室はぎっしり。
 奈良からも駆けつけてこられた先生もおられた。
 ★
 松森先生は、4月23日に前担任先生が辞められたために、急きょ担任を引き継ぎ、2ヶ月ほどが経過しているクラスであった。
 

 やんちゃな子供がかなりいるという状況。
 それでも見事に立て直されている。
 

 私は、授業の解説として次のように話した。

 ★ ★ ★
 松森先生レベルの力量になると、4年生以下の学年ならば1ヶ月あれば、十分立て直していけます。5、6年生はもっと時間がかかります。
 その力量とは、学級づくりにおいても、授業づくりにおいても、原理・原則の方法論があるということです。
 今日の授業は、3つの点についてその方法論がはっきり出ています。
 1つは、小刻みな活動で授業で進められていること。
 2つ目は、子供たちの活動に対して、フォローがきちんとなされていること。
 3つ目は、授業にテンポ・スピードがあること。
 ★ ★ ★
 驚いたのは、この学校の若手の先生たちのエネルギーである。
 ⒊,4年生のクラスの掲示物や取り組みを見せてもらったのだが、がんばっているなあという様子。
 

 寝屋川は、こういう若手の先生たちが育っているのである。
 

●20日は、寝屋川のS小学校へ行き、4年生のクラスで私が授業をして、そのあとに研究会という日程。
 参加している先生たちは、40名ほど。全部、2月に私が初任研をしている小学校の初任の先生たちである。 
 

 3ヶ月が経過して、一番疲れている時期になる。
 

 4年生の授業は、谷川俊太郎さんのいつもの詩の授業。
 
授業が終わってから校長先生から聞いたのだが、緘黙児が発表したというのである。
 

 周りの子供たちがびっくりしていたのだと…。
 2年目の担任の先生もそばにおられたのだが、びっくりされたのであろうと想像できる。
 

 私はまったく分からなかった。
 
 列指名で順番に読ませていた。
  その子は普通に読んでいたのである。
 

 とびこみ授業には、こういう事例が出てくる。

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「小刻みな活動」の必要!

 研究仲間である秦安彦先生のブログから、またまた引用したい。
 
 http://dousureba2.blog.so-net.ne.jp/

  ★ ★ ★
改めて考える授業のテンポ3
教師の小刻みな活動

小刻みな活動は、教師のふるまいにも適用される。
「味噌汁・ご飯」授業が提起する授業づくり3原則である。
 ・指導言
 ・活動
 ・フォロー
まずは、指導言である。
子どもたちの活動を促し、授業を展開させるキーとなる。
具体的には、「発問」「指示」「説明」「なげかけ」「助言」などであるが、
これ自体が小刻みでわかりやすいことが重要だ。特に、説明は長くなりやすい。
次に、活動である。
子どもたちの集中力を高めるには、小刻みな活動から始めるのがよい。
朝読書が大好き。
体育が大好き。
これはよく耳にすることだが、子どもたちが大好きな活動は、
もともと小刻みな活動になっているというのが、私の仮説である。
最後にフォローだ。
これが最も大切な教師の小刻みな活動だ。
瞬時に、次々と子どもたちの活動をほめたり、認めたり、評価したり、助言したり
と・・・。
時には、個に。時には全体にへと評価言をテンポよく出す必要があるのである。
評価言は、展開した活動を一旦収束させる重要なキーとなる。
学習指導案には大きな一連の流れとしての導入・展開・まとめが示されるが、
一時間の中には、細分化された小刻みな導入・展開・まとめが入れ子構造のように
多く存在するのである。
小刻みなリズムの積み重ねが、大きな流れとなり1時間の授業を構成していく。
そこに、授業のテンポがみえてくるのではないだろうか。
 
私は初任研を7年ほど担当してきたが、
教師の小刻みな活動の重要性を再認識している。
今後は、できればシステムとして
初任研に組み入れることを提起していきたい。

初めからそこをトレーニングしていけば、
子どもたちの集中力が高まり、落ち着いた授業が実現できると
考えている。
拙著「2W仕事術」では、p.38以降にその入口を示した。
参考にして頂ければ幸いである。
 ★ ★ ★
 ★
 「小刻みな活動」の必要を説かれている。
 「味噌汁・ご飯」授業としてぜひとも組み込んでいきたいものだと考えているものでもある。
 

 今年の1月に出版された中村健一先生の『つまらない普通の授業に子どもを無理矢理乗せてしまう方法』(黎明書房)という本。
 「味噌汁・ご飯」授業と同一歩調の本なのだが、この本での授業のメインは、やはり「小刻みな活動」の展開・繰り返しである。
 ★
 今年の2月に北海道の橫藤雅人校長の大曲小学校で、私が2時間の「味噌汁・ご飯」授業をした。
 

 堀田龍也先生が、私の授業を見られて、「野中先生の授業は『スモールステップの繰り返し』で組み立てられている」と解説された。
 

 要するに「小刻みな活動」を組み合わせているのである。
 我が意を得たりの解説であった。

 ★
 今までの「授業研究」の中心は、「おもしろいネタ」「新鮮なネタ」の追求であったり、活発に話し合う授業であったり、…というものであった。
 
 いわゆる「ごちそう授業」の追求である。
 

 もちろん、この課題もおろそかにはできない。
 
 

 だが、「日常授業」がこんなことをそうそう追求できるはずはない。
 「味噌汁・ご飯」授業として考えたいことは、「ネタ」という「内容」ではなく、「授業の組み立て」である。

 「日常授業」としてのネタは、教科書でいい。
 でも、授業の展開は、「小刻みな活動」の組み合わせを考えた方がいい。

 ★
 でも、現実の多くの先生たちの「日常授業」は、子供たちを「聞くだけ、見るだけ、写すだけ」の「3だけ授業」で済まされることが多い。

 「活動」を取り入れているなと思っても、ずっとプリントに書かせている「写経式授業」に陥っている。

 子供は飽きてしまう。
 まして15秒のコマーシャルやゲームで育ってきた子供たちの体は、スピード感でいっぱいである。
 
 

 だらだらとした授業は、体が拒否してしまう。無意識にそうなる。
 そうなったら、同じように「だらだら」「ぐだぐだ」「のろのろ」という反応を示す。
 つまんないのである。

 私達は授業の内容に飽きていると勘違いしてしまう。
 ちがう。

 そうではなくて、だらだらとした授業の「進め方」に飽きているのである。
 
 このような授業を変えていくには、ぜひとも「小刻みな活動」を組み入れていってほしい。
 

 子供たちにだらだらとした時間を与えないで、どんどん追い込んでいく。
  一変していくはずである。

 ★
 ただ、「小刻みな活動」は総合や生活科には当てはまらない。
 橫藤雅人先生に、そう聞いた。
 

 橫藤先生は、長いこと生活科や総合を研究してきた先生である。

 総合や生活科は、きちんとしたフレームワークを設定して、その時間の中で活動をさせていくことが必要。
  そのように言われた。
 


 

 

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つれづれなるままに~弱くても勝てます~

     ●プロフェッショナル日本代表エースに密着本田圭佑500日の記録ガチンコ 

      総取材。
    

     2週続けて見る。
    見ながら溜息が出る。
    

     27歳というこの若者は、一体何者なのかという思いになる。
   普通のサッカー少年が、世界のトップにのし上がっていく500日の記録なのである。
  

    挫折の連続。
   それでも、再びのし上がっていく。
  

    諦めるという気持ちはさらさらない。
  メッシやロナウドという天才たちと張り合おうというのである。
 

    しかも本気。
 人への試練は、挑戦できる試練しか与えられないと言う。
 

   まさに本田圭佑は、それを本気で実現していく。
 日本サッカー界は、こういう若者を生み出している。

●6日、7日と北海道道教委主催の「初任者研修の抜本的改革に関する調査研究事業推進協議会」に参加する。
 

   初任者研修についての持論を90分間話す。
 各地で行われている初任者研修は、もはやほとんど機能しなくなっている。
 

   初任者の学級づくり、授業づくりにほとんど援助ができなくなっている。
 抜本的に改革をしなければいけない段階に来ていることは明らかである。
 

  そこで今回の協議会になる。
 文科省からの委託。
 

  道教委は、学校力向上の学校に、初任者の自校研修を実施している。
 多分全国で初めての実践になる。
 

  この自校研修で、初任者を教室から離していくことが極端に少なくなる。
 

  今、初任者が教師になっていく1年目の壁は3つある。
 1つは、子供たちとの関係づくりがうまくできないこと。
 2つ目は、学級づくりでできないこと。
 3つ目は、教室から離れての研修が多すぎること。
 

  3つ目の壁に、道教委は挑戦している。
  それにしても、初任者を教職大学院で2年間学ばせるという話は、一体どうなったのだろうとふと思いだす。

●11日から長崎へ行く。
 親しい知り合いの人と2人。
 

  長崎は大好きな街。
 ふっと行ってみたいところである。
 

  受験で長崎大学にもあがっていたので、そこへ行っていたらまた人生が変わっていたのだろうと想像してみる。
 いつものグラーバー園へ行き、そして夕食は茂木の料亭に行く。
 

  海のそばに立てられた部屋で、しばし海を見ながら刺身のうまさを堪能する。
 つかの間の息抜き。

●「弱くても勝てます」(高橋秀実著 新潮文庫)がドラマ化されている。
 土曜日の9時。主演は嵐の二宮和也。
 

  毎回楽しみに見ている。
 実際のルポを漫画化しているドラマである。
 

  東大合格者数日本一で有名な開成高校野球部が、東東京予選ベスト16に勝ち進む。
 グラウンドでの練習は週1回だけ。
 

  これは本当。
 そこからさまざまな奇抜な発想が生まれていく。
 

  監督の独創的なセオリー。
 

  グラウンドは練習ではなく「実験と研究」の場。
 

  エラーで相手の油断を誘う。
 

  10点取られる前提で、15点取る打順を組む。
 

   空振りOK、思い切りバットを振る。
 

   ピッチャーは甘い球を投げろ。
 

   ドサクサに紛れて勝つ!
 ………
 全てが奇抜だ。
 

  これを見ながら、私達の「味噌汁・ご飯」授業を思いだす。
 「味噌汁・ご飯」授業とどこか似ている。
 

  つまり、与えられた現実を踏まえて何ができるか。
 それを考えようというのである。
 

   今日も9時から見る。楽しみ。
 

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大阪市教委が画期的な対応策

    大阪市教委が,子供の問題行動に対してとろうとする具体的な指導内容が分かってきた。
 次のような内容である。(朝日新聞デジタル、2014.6.9)

 http://www.asahi.com/articles/ASG686JYMG68PTIL003.html?iref=comtop_6_01
 
  ★ ★ ★
 問題児童らを隔離、「特別教室」で指導へ 大阪市教委案

  子どもの問題行動に対し、大阪市教育委員会がまとめた具体的な指導案の内容がわかった。一定レベルを超える悪質な問題行動を繰り返す児童・生徒を在籍する市立学校から引き離し、1カ所に集めて指導する「特別教室」を新たに設ける。10日に開く橋下徹市長との協議会で正式に示し、来春にも実施する方針。文部科学省によると、こうした対応は珍しいという。

 問題のある子どもの安易な「排除」につながるとの批判も予想され、議論を呼ぶとみられる。市教委事務局関係者によると、特別教室には、問題行動の対応に豊富な経験や心理学など専門的知識がある教職員らを配置。社会や学校でのルールの大切さを教え、他者を思いやる態度を育てることに重点を置く。

 対象となる行為は、校内暴力、非行、著しい授業妨害などを想定。具体的には、市教委が昨年9月に策定した問題行動の5段階の分類のうち、「レベル4」(激しい暴力など)と「レベル5」(極めて激しい暴力など)に該当する場合、特別教室で指導する。その際、出席停止や警察など関係機関へ連絡したうえで、行為の悪質さや周囲への影響の大きさなどを考慮して期間を定める。
  ★ ★ ★

 
 
 ★
 朝日は、「問題のある子どもの安易な『排除』につながるとの批判も予想され、議論を呼ぶとみられる。」とコメントをつけている。

 実態を知らない者がこのような議論をふっかけるのである。
 今学校現場で起こっている事態は、こんな生やさしいものではない。
 ほとんど教室が機能できないほどに暴れまくり、教室を壊しにかかっている一部のやんちゃたちがいる。
 注意や叱りは、何の効果もない。
 体罰ができないことをやんちゃたちは知っているので、やりたい放題になる。

 大阪市教委が、初めてこのような具体的な案を出し、行動に移そうとしている。
 むしろ遅いと、思っている。

 ★
 前回のブログでも書いたことだが、1月末にアメリカカリフォルニアの日本人学校(補習校)を訪れ、当校の校長、教頭に日本で起こっていることを説明した。

 親しい知り合いの校長が教室を訪問するたびに、校長に向かって「死ね!」と挑発する子供について、校長は、「野中先生、そんな言葉を校長に投げつけたら、アメリカではその場で退学です」と言い切った。

 当校でも、中3の生徒が、現地校の担任への抗議に、匿名のメール(メールの最後に捨て台詞みたいな言葉を付け加えていたらしい)を出したら、警察へ訴えられて探し出されて退学になったという事実を伝えてくれた。

 それほどまでにアメリカの「ゼロ・トレランス」は厳しいのである。
 だから、さまざまな問題もあるということである。

 ドイツでは、教室の授業を妨害する生徒に「注意3回」を行い、それでも良くならない場合は、家庭へ「書面3回」を出し、それでも良くならない場合は、退学になると聞いた。

 とても日本では実施できないことである。
 
 しかし、確実に言えることは、アメリカもドイツも、学校や教師たちにきちんと権限を持たせているということである。

 日本は、学校や教師にはほとんど何の権限もなく、生徒達のやりたい放題に任されている事態である。

 その意味で、今回の大阪市教委の具体案は、画期的なことになる。
 それだけ大阪の事態が深刻であるのだが……。
 
 問題行動への5段階の対応も、ほとんど当たり前のことになる。
 すぐにでも、この大阪市教委に続かなければいけない教育委員会は数多くあるはずである。
 
  ★
 日本の教育政策の中心でなければならないのは、「子供」でも「教育内容」でもない。 「教師」をいかに元気にするか、なのである。
 もはや疲弊しつくしている「教師」をどのように元気にしていくのか、それが最大の課題になる。

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対応が甘すぎる!おざなりの対応である!

   北海道から帰ってくる高速バスの中で、このニュースを知った。
 帰ってからネットで確認すると、以下のような内容であった。
  その夜、このニュースに怒りがこみ上げて、しばし眠ることができなかった。

 ★ ★ ★
修学旅行生が長崎被爆者に暴言 横浜の中3男子生徒数人

共同通信  2014年6月7日 13時00分 (2014年6月7日 13時03分 更新)

 修学旅行で5月に長崎を訪れた横浜市の公立中3年の男子生徒数人が、爆心地周辺を案内していた被爆者で語り部の森口貢さん(77)に「死に損ない」などの暴言を吐き、森口さんが学校に抗議していたことが7日、分かった。

 森口さんによると、被爆者らが5月27日、3年生119人をグループに分け、爆心地周辺の被爆遺構を案内。森口さんが山里小学校で説明し始めたところ、グループから離れて行動していた数人の生徒が「死に損ないのくそじじい」と大声で叫んだ。森口さんは注意したが、この数人は周りの生徒にも「拍手しろ」などと言って妨害、暴言を続けたという。
  ★ ★ ★
 また、朝日新聞は、次のようにも伝えている。

http://www.asahi.com/articles/ASG673RG9G67TOLB001.html


 ★
 私の叔父と叔母は、長崎の原爆病院で亡くなった。
 長崎原爆の放射能被爆者であった。
 
 

  小さい頃から長崎原爆の被害に触れ、そのひどさを胸に刻み込んできた。
 教師になってからも、その実態を強く子供たちに訴えてきた一人でもある。

 今回語り部である被爆者の森口さんに対して、「死に損ないのくそじじい」とはやし立てた5人の中学3年の生徒。

 許せないという気持ちでいっぱいである。

 「死に損ない」ということは、「オマエハ ホントウハ ゲンバクデシヌハズダッタノガ ノウノウトイキノコッテイル」ということである。

 ★
 学校は、今回の後始末を生徒の感想文と校長の謝罪文を森口さんに送るということで済ますということである。

 対応が甘すぎる。
 おざなりの収拾策である。

 ここは、横浜の教育長が校長にきちんと指示をし、長崎の森口さんのところへ教育長、校長、生徒5人が実際に訪れて謝罪をするという処置を取るべきである。

 このくらいの重さがある謝罪であることをきちんと生徒たちに見せていく必要がある。 そうしなければ、長崎の原爆記念地を訪れた意味はない。

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